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はてなキーワード: 尊厳とは

2022-03-30

脳死で手を出したほうが悪いって判断するのどうかと思う

前提として法律的観点では手を出したほうが罪が重くなりがちなのはある

でも尊厳を守るためには手を出してでも黙らせるのが正義でしょ

他人尊厳を踏みにじるような存在に口で返してもまともに受け取らないか無駄

今はネットやらで好き放題かけるから関わらないようにしても向こうから一方的に関わってこれる

徹底的に叩き潰すしかないよ

ウィル・スミスは一発だけじゃなくボコボコにするべきだった

2022-03-29

anond:20220329212048

妻だろうが恋人だろうが友人だろうが師匠だろうが、

誇りに思う大切なものを傷つけられて怒るのは当然。

(殴るのが当然とは言ってない)

そこにジェンダーとか関係ないでしょ。

いから守る、のではなく、大切なものから守る、んだよ。

尊厳問題

anond:20220329231407

それって、その経緯を経た女湯を覗いたキャラは「相手は嫌がってるな、いけないことをしたから二度としないように気をつけなきゃ」って反省するスタンスなんだろうか?

そうじゃなくて「美味しい思いをしたお代を払った(またやってもいいや)」って感じじゃない?

後者だとすると、他者尊厳無視することを肯定してるストーリーに思える

エロ表現自体TPO踏まえて好きにやればいいと思うけど、エロ云々以前に特段アウトロー役などではない一般人の軽いいたずらとして「人の意思自分欲望より下に見たふるまいをためらいなくする」表現は許しちゃいけないと思う

2022-03-28

anond:20220328105408

やっぱ障害者に人の尊厳はないと考えてる植松予備軍だったか

anond:20220328102458

からきちんと相手の人としての尊厳大事にして接しろってことだよ

まり「聞きたくないことを言い出したりせず何となく上手くやってこの世界に「臭い物」は無いんだと信じさせてくれればいい」ということだな。

anond:20220328101022

からきちんと相手の人としての尊厳大事にして接しろってことだよ

2022-03-24

ゼレンスキーさんに演説してもらえてよかったね

スルーされてたら、自由主義陣営先進国としてメンツが立たなかったよ。

まだ民主主義人権重視の主要国の一員とみなされていてうれしかった。

アジア民主主義国家として誇りを持とう。

日本世界平和と安定に貢献しようとするとサヨクが「余計なことするな!日本戦争に巻き込まれる!」と文句を言うけど、あれは日本国際的地位を貶めて日本民族の尊厳を奪おうとする工作から耳を貸さないでほしい。

この素晴らしい世界に祝福をフェミニストに潰してほしい

通称このすばはアニメ劇場版アニメも作られて原作は1000万部売れてる大ヒット作。

しかし、この作品主人公魔法女の子の履いてるパンツを盗んで優勝したり

「お前のエロい肉体にしか俺は興味はない」とか女性性的しか見ていないクズ中のクズ

こんな作品一般向けラノベとして売られていて更に図書館で誰でも借りることができるという状態にあるというのだ。

少年漫画スカートめくりされたとか女湯覗いたとか低レベルな話ではなく、女性尊厳のものが汚され続けている。

このラノベは焚書するしかない。

フェミニスト達も同意であるはずだしそうでなければならない。

だって女性キャラが性暴力を受けていてそれを作品内で否定していないんだから

はやく角川にクレームを入れてこのすばを燃やしてほしい。

ここまで書いて疲れたので寝る。

あとはよろしくー。

2022-03-23

anond:20220323202641

スカートめくりも女湯覗きも悪いこととしてちゃんと描いてないやん。

ちょ〜っとやんちゃ男子ありがちな行動😅みたいな感じで「きゃー!のび太さんのエッチー!」とか「○○のばかー!」みたいなお決まりギャグちょっと怒られちゃいました笑すまんすまん笑

みたいなノリじゃん。

被害者側の女性キャラが傷ついたりするシーンも入れずにお決まりデフォルメされた怒り顔で怒ってあげてるシーン入れておしまい

他人尊厳踏みにじる犯罪行為として描いてんの?

2022-03-22

anond:20220322231848

いや、殴るまでに相当な時間が経ってるわけですよ。

殴られてもこっちは何もやり返さなかったんですが、後で聞いた殴る理由が単にイライラたから仕方ないとかで片付けられると、はぁ?となるでしょう。

こっちは殴ったんなら気持ちが晴れるとか、後で謝ってくるとか、せめてそういうことを思ってやってると思ってたのに、殴って終わり、何もなかった、謝る気もない、となると、これは理由目的もないわけで、目の前の人間尊厳を踏み躙った行為ですから、その分やり返さないといけないわけでしょう。

一般的に殴るんなら殴り返されることまで含まれてるわけです。

だって殴ってきたんだからね。

俺は殴り返しただけで、債務を履行しただけで、そもそも自衛のための暴力で。

これのどこに俺の暴力衝動があるっていうんですか?

全て事実行為に基づいて判断しているだけでしょう?

誘拐殺人よりも重罪な国日本

恋愛感情抱いていた男子大学生殺害 37歳男に懲役17判決 千葉地裁

女子中学生誘拐性的暴行繰り返した男に懲役20判決 首輪や鎖つけるなどして撮影も 「尊厳一顧だにしない醜悪行為

2022-03-20

anond:20220320153511

昭和の頃は冴えないインキャも何だかんだでインキャ同士くっつけられてた。

インキャの再生産だが一応子孫を残してインキ二世三世が生じた。

令和のインキャは子孫を残すことすら許される前に世を去ってしまう。

ここが大変に面白い

そこだけは尊厳として認めてやれないかって部分まで根こそぎしばき剥がされて終了するのが優しい今の時代

必要職業まで非正規雇用にした結果地域住民生活ごと崩壊する自治体のよう。

2022-03-19

痴漢

田舎だったので満員電車に乗る機会が少なく、触られる係の痴漢には遭遇したことない。都会って大変ですね。

田舎で出没する痴漢はだいたい見せつけてくる変態

時々暴力的変態もいました。

電車で斜向いに座ったおじさんが、シャツボタン外して黒レースブラジャー見せつけてくる(勃起している)

電車のドア横に立ってたら、おじさんが壁ドンしてきて逃げられないように腕で囲まれ、何故か大きく口を開けて腔内を見せつけてくる

高校の通学路で露出狂(頻出)

◆歩いてたら「道を教えてください」と車が寄ってきて

運転席の男性下半身裸で性器を触っている

◆駅のホームで不自然な角度で女性に猛突進して、ぶつかると舌打ちするおじさん(頻出)

通路が狭い古本屋で、進路を譲るためにこちらが棚に寄ってるにも関わらず、不自然に腕をひらいて胸にぶつかろうとするおじさん(頻出だったのか、店に痴漢警告ポスターが貼られてた)

思い出せる限りではこんな感じ。

その瞬間は呆気にとられてしまったり怖かったりで、捕まえるとか通報するとかできなくて、すぐ逃げられてしまう。

後々ふりかえると、自分尊厳無視されて、変態スリルを味わうための道具として消費されたことが腹立たしくなります

追記

ボンテージ着用した女性が虚ろな目で自分の両胸を揉みながら夜道を徘徊してるのとすれ違ったのも恐怖でした。

痴女は珍しいかもしれません

2022-03-16

ロシア進撃の巨人類似性

エルディア人は巨人兵力を持ちかつて世界統治したが、自分のしてきたことが恐ろしくなり壁を作って引きこもった

巨人への恐怖から、エルディア人は差別される立場となっている

しかし、始祖の巨人の力を使えば、世界を滅ぼせる力は依然ある


一方、ロシアはかつて強大な国で、今も影響力を持とうとしている

その野心が西側からは恐ろしく、チェチェン侵攻やクリミア併合なども経て、制裁される立場になっている

しかし、その気になれば世界を滅ぼせる核を持っている


エルディア人が差別されず平和に暮らすため、エレン達は壁の民を滅ぼそうとする国々と戦う

しかし、世の流れ的には立場は不利にならざるを得ない、というところで、エレンは壁の巨人を動かし、世界を全滅させようとする



一方、ロシア世界での不当ないじめを終わらせ、尊厳を取り戻すために戦う判断をした

が、世の流れとしてロシアの存続が危ぶまれた時、エレンがやったようにロシアは核を撃つだろう



エレンが皆殺しにするつもりで巨人を動かした時点で、皆殺しをやめればエルディア人はもはや生きていくことはできない

今以上に排除されるだろう

しかし、皆殺しは間違ってるとして動いたエレンの仲間たち、ミカサによってエレンは殺され、巨人の侵攻は止まる

こうなると、もはやエルディア人は排除されるのか?と思いきや、エレンにより世界の2/3の人口土地は壊滅させられていたため、エルディア排除の余裕をもつ国はもはやなくなっていた

そして、エレンを倒した人たちは英雄となった



では、これをロシアに当てはめるとどうなるか?

最終的に立場が悪くなった時、それを覆せるのは核しかない

いよいよとなれば使うしかないだろう

それもエレンと同様、中途半端に使えばますますロシア立場がなくなるから世界の半分以上の壊滅は義務だろう

そして、核の罪をプーチン1人に着せ、内部からクーデターを起こしてプーチンを打倒すれば、ロシアにとってそう悪くない落とし所となるかもしれない

いやー、ほんと恐ろしい

2022-03-14

anond:20220314063804

まあわからんでもないけど、やっぱりリョナでひとくくりにするのはちがうだろうな

たぶんだけど、この人はアビスだとカートリッジより自分で毒で腫れた腕を切ろうとするシーンとか、カートリッジ前の両方載ってるエレベータでの実験のほうがクるんではないだろうかと

それは本来は「凌辱」(リョナの前半になった言葉普通エロ目的含む)だったり

「残虐」(エロ目的含まない)のタグだろうと思うし、2次だと「グロ注意」の一行程度で済ます人もいる

「○子爆弾で10万人しにました、爆心地はまるで地獄のようでした」って一行書いただけじゃ残虐描写でもグロ描写でもないし、そこで省略される残虐と尊厳相克のような描写こそをこの増田はみたいんだろう

とするとやっぱ第一候補としてはヒーローピンチとかなんだろうしそこで好みの作品についてるタグ調べるくらいはしてみればいいのでは?

 

ただ、たぶん行為に着目した分類(「ダルマ」だの)も当然のようについてるだろうけど、そういうタグのついた素人創作だと行為自体に十分興奮できる人が書いていてあまり心理によせた描写がうまくないのが多いと思う

モブレ 自己犠牲 BL」とか「ヒロピン 損壊 尊厳」とかで検索したこと自分はないけどありそうだね

次世代型のなんか適切な言葉ができるといいね

 

ジャンルで近そうとおもいつくのは

バドエンありのクトゥルフRPG(ただしそのバッドエンドシーンの美しさはGMプレイヤーの腕前によるが)

商業ゲーだとパニシングレイレイブン機械キャラ損壊っぷりあたりかなとおもう。

意外と手塚治虫ブラックジャックも近いものがあるけどどうかな、描写が古くて残虐とか自己犠牲に見えるだけで今だともっとスマートな術式(内視鏡とか十分なインフォームドコンセントとか)が開発されてる気がする。

 

これはごく自分勝手なソムリエ行為であって単に自分趣味なので

別に全部真に受けなくてもいいよ、ヒントにでもなればいいね

そんでこの広いインターネッツをご自由に探し回って安住の地がみつかるといいね

2022-03-12

おむつ着けろや

電車うんこ臭いんじゃ

腹が弱いやつはオムツ装備しとけや

糞漏らしてメンタル尊厳傷つける前にできることあるやろ

2022-03-11

anond:20220311083932

ワンオペではとうていまともに育児できないとこれまでの虐待事例や社会証明してきているのに自ら進んで子供をそういう環境で育てよう!と考えて実行するのあまりにも子ども人権尊厳蔑ろしまくってて怖い。もう虐待だよ。自分子供欲しいという気持ちを優先して子どもがどんな社会で生きていくのかまるで考えてない、というかどうでもいいんだろうな。


こんなんじゃまともに子育てできないと言うならしなけりゃいいだろ。

文句言っても結局子ども産むんだろ。この程度の施策とき馬鹿から子ども産むわこいつらって思われてるよ。

産むのやめて「産んでほしけりゃ社会を変えろ」って態度出さなきゃ無理だろ。

anond:20220311020402

恋愛関係として長く付き合う上ではそりゃ相手への敬意や尊厳大事になるのはもちろんわかるけど今その話してなくて、その関係ベースだったりフックだったりは性欲なんでしょ?あなたがもし異性愛者の男性だったら、なぜ男性というだけで恋愛性愛をともなく人生パートナー候補から外すのか、っていうのが知りたいの今 それって究極なにが関係を深めることを阻んでいるの、身体なの? 心なの? って話

2022-03-05

anond:20220305224346

エロ漫画ストーリーの雑さは人格や性の尊厳を踏みにじって残虐性とエロさが交錯するんやで

2022-03-02

anond:20220302111857

じゃあこういう日本人強制収容の話とか

日系アメリカ人一家秘密だった強制収容、物置で発見された着物から明らかに

https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-60506738

シベリア抑留の話なんかも全面的に当然そうあるべきと増田は考えているってこと?

僕はそうは思いません(あばれる君

国民一人一人が、尊厳を持って生きられる社会否定すんのは違うと思うで

anond:20220302111007

それは違うんじゃない?

太平洋戦争は全ての日本人の罪なの?

アメリカイラク攻撃は全てのアメリカ人の罪なの?

壁の中のユミルの民が殺されるのは全てのエルディア人に罪があるからなの?

そんなことはないでしょう

その時の国の政策、国の行動と、その時の世論の話と、個々人の尊厳は丸っきり異なる話だろう

2022-03-01

anond:20220227141555

自衛隊が嫌わられたのは日帝反動もあるんだろうな

負けた軍隊尊厳を失ったのかも。

anond:20220227141555

自衛隊が嫌わられたのは日帝反動もあるんだろうな

負けた軍隊尊厳を失ったのかも。

2022-02-22

枕営業」という言葉おかしい、搾取だと言うべきだ、

とか言われていたけれど

そんな事言ったら普通営業だって別に好きでやってねーしまさに時間尊厳の切り売りだよ

なんで普通仕事での営業自発的にやっているかのような前提なの?

寧ろ普通営業こそ生活のためにその仕事を選ぶしかなくてイヤイヤやってる人が多いだろうに。

自己実現のために好きでやってる芸能界枕営業の方が選択余地はあるし自発的行為といえる。

ていうか性行為を利用してまさに自分自身を『売り込む』側なんだから営業で間違ってないでしょ

枕営業じゃなくて搾取とか言うのって普通労働を美化し過ぎだし枕営業について一方的に男だけが悪い事にして女の責任を透明化するからよくないと思う

2022-02-18

増田メンヘラにとって救済をもたらすサービスであり続けて欲しい

私は「インターネット上で故人のブログが閲覧できる」ということを知り、廃墟サイトまとめを閲覧していた。

そもそも一体なぜ私が故人のブログに興味を持ったのかということについて述べたいと思う。中学生の頃、図書館南条さんの本を借りた。当時私はリスカアムカを常習的に行っていた。そのような自傷行為きっかけで南条さんの本に辿り着いたと記憶している。

本には、南条さんという人物について、また彼女インターネット上に残したものについて書かれていた。


「死んだらインターネットで公開したものが残り、さらには書籍化されるパターンもあるらしい」

衝撃だった。

南条さんは、生存した証をインターネット上に残して死んだ。いや、「生存した証がインターネット上に残ってしまった」と言い表した方が正しいのかもしれない。


さて話を戻すと、インターネット上で閲覧できる故人のブログというのが、二階堂さんの「八本脚の蝶」という日記サイトだった。利用されていたのは「@niftyホームページサービス」で、このサービスから推測できるように、当時はまだ世の中に気軽に開設可能ブログサイトは広まっていなかったのかもしれない。

二階堂さんもまた、南条さんと同様にに生存した証をインターネット上に残して死んだ。特筆しておくべき点が、二階堂さんは南条さんと異なり「自らの意志生存した証をインターネット上に残して自殺した」という点である


私は、南条さんも二階堂さんもインターネット上でリアルタイムにて追うことができなかった。そのことについてなぜか「残念だ」と感じてしまうの自分自身気持ち不謹慎でたまらなかった。

インターネットではブログサービスの代りに増田流行り始めた。私は主にメンタルヘルスについて発信している増田を好んで見ていた。そのうちそのクラスタ内のある増田について「どうやらあのアカウントの持ち主は自殺したようだ」と囁かれている場面に何度か遭遇するようになった。

このような場面を目撃し私は、非常にモラルの欠けた発言になるのだが「インターネットに生きた証を残して伝説になるのも悪くはない」と感じるようになっていた。


さて、『八本脚の蝶』は2020年2月に文庫化され河出書房新社より発売された。文庫化されるという情報を得た時点で既に私は、自分の心の中で妙にひっかかるものを感じていた。故人の尊厳について考えた。

前置きは長くなったが、本編の日記を読んで感じたことを述べていこうと思う。



その日記は2001年6月13日水曜日から始まっている。

はいつの間にか、2001年当時自分が何をしていたかということについて思いを馳せていた。2001年6月13日水曜日、私は小学6年生だった。私は6年生のゴールデンウィーク旅行先で体調を崩し、風邪をこじらせてしま入院した。自宅で寝ていると熱がぐんぐん上がり、布団に包まっても寒くて寒くてたまらなかった。後になって改めて親とその話をしていると、どうやら熱性けいれんを起こしていたらしい。

ところで北海道運動会は春に行われる。私は運動会当日までに退院することができた。当時の担任先生が「持久走どうする?」と確認してきたので、私は「徒競走だけ出ます」と答えた。グラウンド5周の1キロなんて走りたくなかったのである

私にとってそんな小学最後運動会が終わり、初夏なのか蝦夷梅雨北海道にも一応梅雨のような時期が一瞬だけ存在する)なのかわからない曖昧気候の中で、小学生活を送っていた。おそらくそれが、私の2001年6月13日水曜日だったのではないかと思う。


2002年4月8日、月曜日。おそらくこの日に私は中学1年生になった。中学校に進学したといっても、私が通っていたのは小中併置校だった。わかりやす説明すると、小学生の教室が校舎の2階にあって、中学生教室が3階にあるということだ。つまり中学生になると階段を上る段数が増えるだけのことである

私は新学期の校舎の何とも言えないにおいに敏感な子どもだったので覚えているが、小学生のフロア中学生フロアとでは、においが異なっていた。中学生の階の廊下教室は、やはり中学生らしい大人っぽいとでも言ったらいいのか、とにかく少し変なにおいがしたのを覚えている。

4月も8日頃となると、多くの会社にとっては新年度区切りを迎えてから日経過したというところで、まだ新しい環境には慣れていないという時期ではないだろうか。

2002年4月8日の月曜日二階堂さんにとってのこの日は、ある本に引用されていた詩を見つけることができた日ということになっている。どうしても読みたくて探していたのだという。彼女にとってのちょっとした記念日であるように感じられる。


2002年の3月末~4月初旬の彼女日記確認してみると、すっぽりと更新されていない空白の期間になっていることがわかった。年度末から年度初めは、やはり忙しかったのだろう。

彼女文学部哲学科を卒業した後、編集者レビュアーとして働いていたようだ。新年度が始まって早々しかも平日に、ずっと探していた本が見つかったという出来事日記に書くほどに、彼女は本に対してかなり熱心な人物だったんだろうとぼんやり想像する。


2003年4月1日火曜日、この日は平日だ。

平日だが、二階堂さんの日記は「その一」「その二」「その三」「その四」「その五」「その六」「その七」、これに止まらず「その八」「その九」、さらに続き「その一〇」「その一一‐一」と綴られている。私はそのことに気付き、なんだか雲行きが怪しくなってきたと感じた。「その一一‐二」「その一二‐一」「その一二‐二」と日記は続くが、いくら新年度決意表明にしても長編すぎやしないだろうかと思う。「その一二‐三」の日記の次に、彼女はやっと翌日の4月2日を迎えられたようだ。

しかしその4月2日水曜日日記タイトルは「その一」とある。この日は「その七」まで綴られているが、分割されている記事もあることを踏まえるとトータル9回更新されたということなのだと思う。おそらく当時はスマホなど普及していなかったはずなので、勝手個人的な予想になるが、彼女は自宅で夜中になるまで複数回にわたってブログ記事投稿したのではないかと考える。もしくは、職場PCから小分けして投稿していたという可能性も考えられる。しかし、2002年4月8日月曜日日記から判断する限り、彼女であれば絶対にそんなことはしないのではないかと思う。


投稿あたりの文字数は、今でいうブログ(いわゆる収益化を目的としたブログ)と比較するとかなり少なく感じられる。

しか彼女複数回に及ぶブログ投稿現代増田で例えるなら、短文の増田をかなりの回数にわたって連投しているという状態に置き換えられるのではないかと思う。多くの人はそのような増田のことを、はてなーもしくはいわゆる「病み増田メンタルヘルス系の内容を扱う増田の中でも特に思春期中高生が該当するように思う)」に分類すると思う。事実私も、一晩にかけてそのように連投しているアカウントを見かけると、どうしてもメンタルヘルス系の悩みでも抱えているのだろうかと見なしてしまう。

さて連続して投稿された日記の内容はというと、私が生きてきた中でそのタイトルも作者も聞いたことがないような本から引用である。また、彼女が数年前に受け取ったと思われる知人から手紙引用している投稿も見られる。


ふと私は、おそらく二階堂さんは思考の整理のためにブログを使うというやり方をとるタイプ人間ではないだろうかと感じた。というのも私も時たまTwitterをそのような用途に用いるかである。そしてどういうときにその思考の整理をするかというと、それは「ものすごく死にたいが、どう対処していいか方法が見当もつかないときである。これについては、もしかするとピンとくる方もいるかもしれない。そのようにしばしば私はTwitter思考の整理を行う。なぜなら自分自身脳内の回転及びそれによって生じる思考インターネットに吐き出さなければ、到底処理しきれない状態に陥っているからだ。

そしてなぜあえてインターネット吐露するのかというと、リアル社会には私の話を聞いてくれる人が存在しないからだ。私にとって、リアル社会相手の様子を窺いつつ的確なタイミングでふさわしい言葉相談を持ちかけるという動作は、極めて難しい。過去に何度も相談時のコミュニケーション挫折する経験を重ねたことがきっかけで、そのような事態に辿り着いてしまったのではないかと疑っている。


彼女本心は今となってはわからない。そのため私のような人間が、勝手彼女自身を重ね合わせ、どこかに類似点があるのではないかとあれこれ想像してしまう。

ふと、彼女の死とはこのような在り方でよかったのだろうかと思わず考えてしまう。死後に自分作品が残るとは、そういうことなのだと思う。


2003年4月に私は中学2年生になり、無事に厨二病発症した。インターネットに本格的に参入したのは、この時期だったか記憶している。休み時間には、情報担当教諭ヤフージオシティーズアカウント取得を手伝ってくれた。

やはり、当時はまだブログがそこまで一般的ものではなかった。私はまずは無料レンタルスペース(現代でいうレンタルサーバーのようなもの)を契約個人サイトを作っていた。そしてレンタル掲示板を設置し、同盟バナーハッシュタグで繋がる文化など当然存在しなかったため、共通趣味で繋がる同盟という文化が主流であった)を貼り、繋がっていた。あの頃はそのような時代であった。

私は夜な夜な日記(これはノートに綴った日記であった。というのも夜はインターネットができない家庭環境にあったのだ)を書き、アムカをするようになっていた。田舎特有地域性、そこで生じた問題、そして本来の私の性格と一体何が根本的な原因であるのかはわからないが、ちょうど家庭内でもそこそこ大きな出来事が発生し、私は混乱のさなかにあった。

やがて私は個人サイトの別館を作るようになった。それはおそらく現代でいうTwitter複垢サブアカウント)のような類に非常によく似ているのではないかと思う。私はやがて、いかにも「メンヘラポエム(笑)」と晒されそうな文章を拙いながらも公開するようになっていた。


私は日本におけるインターネット内でポエム馬鹿にされる風潮にいまいち納得がいかないので補足するが、あの頃は「テキストサイト」とカテゴライズされる個人サイトが充実していた。現代詩ともエッセイともいえない、インターネットならではの文章ポートフォリオのようにまとめた個人サイトは、当時かなり多くみられたように思う。

このように、思春期も相まって私は何かと思いつめて過ごす時間が多かった。先に述べたアムカをするようになったのは、確か半袖を着なくなった秋頃だったか記憶している。


二階堂さんの日記は2003年4月26日の土曜日更新が途絶えている。4月26日というと私の誕生日の翌日なのだが、そんなことなど今はどうでもいい。4月26日の日記は、6回更新されている。「その一」「その二」「その三」、そして「お別れ その一」「お別れ その二」「お別れ その三」という題で投稿されている。

そしてその後に、おそらくこれは投稿時間を設定したことによる自動投稿なのではないかと思うのだが、「最後のお知らせ」が更新されている。その内容は、「2003年4月26日のまだ朝が来る前に自ら命を絶ちました」という旨を報告するものである


人の死についてあれこれ憶測することが心苦しいが、おそらく夜中のまだ朝が来る前に、最期のまとめとお別れの言葉を、何人かの対象に向けてそれぞれ投稿したのではないかと思う。そして、2001年から更新が続いていた日記ありがとうございましたという言葉で締めくくり、パソコンシャットダウンしたのかどうかはわからないがきっと彼女ことなら身支度を整えてどこか高い建物へ向かい、そして亡くなったということだと思う。


インターネット死ぬとはこういうことなのか。


断っておくと、私は『八本脚の蝶』すべてを読破したわけではない。二階堂さんが好んだ幻想文学などの専門分野について私は詳しくないため全文の理解が困難であるという言い訳により、私は挫折した。しかし何とも言えないモヤモヤとした疑問が残った。

冒頭で私は「インターネットに生きた証を残して伝説になるのも悪くはない」と述べた。再度ここで明記するが、『八本脚の蝶』は2020年2月に文庫化された。

しかするとインターネットに生きた証を残して自殺するということは最悪な選択肢なのではないかと私は思った。というのも、自らの意志に構わず書籍化され、需要編集者の熱意があれば数年後に改めて文庫化されるというパターンもあり得るということが今回わかったかである


果たして彼女はそのようなことを望んでいたのだろうかと、厚かましくも疑問に感じてしまう。世に広まるということは、全く想定していないターゲット層にまで届いてしまうということだ。もしかすると「自殺なんて弱い人間が行うことだ。自殺をする人間は敗者だ」などと主張する層に触れ議論を呼ぶこともあり得るかもしれない。

事実書籍化された『八本脚の蝶』は私のような読者にまで届いたし、加えて私は今こうしてこのような文章まで書いている。果たして私のこのような行為は許されるものであろうか。


文中で軽く触れたが、私にとって増田思考の整理のためのツールとして役立っている。

私は物心ついた頃より、「この子ぼんやりと過ごしているねぇ」と周囲から見なされることが多かった。しかしその一方で、「あなたは随分と真面目だね」などと言われる場面もたびたびあった。その理由について私は、私の脳は必要以上に過剰な思考を行っているためではないかと考えている。


私にはストレスや言いたいことを溜め込む傾向がある。「我慢しちゃだめだよ」とかなりの数の人たちから言われた経験がある。しかし、言える相手に言える範囲相談をし、さら増田で大量に噴出しても追いつかないのが残念ながら現状なのだ

私は、増田を含むインターネットとは「最後の砦」であると考えている。リアル社会で捨てきれない期待をインターネットに託している。もし私がインターネットに見捨てられたなら、どうにかして確実な方法で間違いなく命を絶つと思う。それほどまでに私はインターネットに縋り付いている。


果たしてインターネットは苦しみの最中に置かれた人間にとっての救いとなるのだろうか。

今となっては、様々な利用目的によりインターネットは利用されている。インターネット事業を興し収入を得る個人も随分と多く見かけるようになった。しかインターネット上に人が増えたわりに、一向に私はそこで救われることがないように感じる。

私はリアル社会の中で、絶望絶望を重ねている。冷静に振り返ると自滅して傷ついている場面が多いようにも感じられるが、何らかの救いを求めてインターネットに入り浸っている。もしも私がインターネット絶望しきってしまったのなら、それは完全に終了の合図だ。「死」以外に何もあり得ない。


インターネット彷徨っていると、「死ぬ以外の選択肢が無いために死ぬという選択を取った」という人間が多数存在することに気付かされる。

二階堂さんが一体どうして「八本脚の蝶」というウェブサイトを立ち上げたのか私にはわからない。もしかすると彼女日記のどこかで触れられているのかもしれない。  

しかし、私にはそのことについて何時までもこだわっている時間は無い。正直に言うと、小康状態を保ちながら生きていく上では、他人のことを気にかける余裕など皆無なのだ。そして当然なことであるのかもしれないが、健康人間にとっても同様に、いわゆる「生きづらい人」を気にかける余裕というものは本当に無いらしい。最悪の社会だと思う。

しかしその「最悪な社会」だからこそ、インターネットは救済希望者を受け入れて欲しい。私の意図することをより明確に言い表すなら、「すべての利用者インターネットを通じて他者を救済する世界であって欲しい」。


相変わらず私はぐちぐちと思考の飛躍や感情上下運動に振り回される様子を、増田のしかも匿名披露している。どうかこのことに何らかの意味があって欲しい。

私は自分自身人生について、「あまりにも辛く、ほとんどの時間を疲れ果てた状態で過ごし、さらに今にも死にたくなる瞬間がたびたび勃発してしまう」ものであるように感じている。それならば、私の不幸によって同じようにどこかで苦しい思いをしている誰かが救われて欲しい。


自分自身とよく似たパーソナリティ人物言動思考を知ること」は、抱えている苦しみを解消することにかなり役立つのではないかと思う。そのような情報医療機関提供してもらう機会が少なく、私はインターネットに救いを求めている。そういうわけで私は毎日欠かさずインターネットを利用している。

私はインターネットヘビーユーザーのまま亡くなっていったすべての人たちを観測したわけではないが、目にした限り彼らは社会に対する憎しみを叫ぶことなどせずにこの世を去っていったように思う。彼らに共通することとしては、後世に何らかの表現方法アドバイスを残し、そして希望を託して亡くなっていったように感じられる。


私は彼らから希望を託された側として生を続けたいと思う。そしてそれがいつまでの期間になるかはわからないが、インターネットに救いを求めつつも、積極的自分自身の不幸を開示していこうと考えている。

増田には、メンヘラにとって永遠に救済をもたらすサービスであり続けて欲しい。

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