「本心」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 本心とは

2012-02-09

空気は読んでるつもりだけど、同じタイプ人間本心を見抜くと怖がられることがある

これは自分性格の悪さが原因なので直した方がいいと思ってる

ぶっちゃけ、俺は世の中で悪事が行われていることに憤ってはいない。したい人はすればいいと思っている

ただ、本人が救われたいと思っていたら、出来る範囲で味方をするだけ

2012-01-21

文系学部に行かせる親って馬鹿早慶附属中はオワコン

早慶付属中に行く意味」と題してインターエデュに300を超えるコメントが付いています

ttp://www.inter-edu.com/forum/read.php?1644,2373792,page=1

早慶のいづれかの付属中を受験予定の息子がおります

息子は現在、中高大の学生生活を楽しみに受験勉強を頑張っています

わたしも、子どもには大学受験に縛られない有意義学生生活を謳歌してほしい、と希望しております

経済的にも、子沢山ではありますが、十分大学卒業まで問題ないと考えていました。


しかし、この受験直前になって夫から

早慶付属上がりということは、文系学部ほとんどだ。文系と言う事は、仕事は基本的には、営業だ。

営業は実力勝負で、学歴なんて関係ないし、これから文系学部早慶はいえ厳しい。

就職の時ちょっと有利なだけで、人脈と言ったって、昔ほど有用でもないし、

人脈を利用できるできないは本人次第だ。それに、子ども全員早慶など付属いかれたら、

経済的に大丈夫か?今の収入が続く保証はないんだぞ。青春を謳歌するためだけに、

大金を払うつもりはない。中高私立にするなら、大学は、東大東工大医学部とまでは、

全く希望していないが、せめて国立理系にするのを条件にしてくれ。

本心では、公立中→都立高→電通大とか首都大の理工が一番ありがたい。

とにかく、私立中高にいかせるのなら、どこでもいいか国立理系以外ダメ

早慶付属は絶対に認めない、コストパフォーマンスが悪すぎる。これからは、理系以外ダメだ。」

唐突に言われ途方に暮れています

わたしは、夫の意見は、かなり偏っていると思います

何とか説得しようとは思っていますが、どうしたらいいのでしょうか? 」

昨今、東京でも、進学を目的をした

公立中高一貫が乱立し始めたので、

確かに早慶でも附属はオワコン

ここの家の父ちゃんが言ってることは半分正しいと思うけれども。

2012-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20120118160854

女の人は男を条件付きで助けます。好きな男しか助けません。好きな男以外は助けません。それが本能です。

本心から助けたいなら、あなたが稼いで助けてください。

女の人に働いてもらう仕組みづくりをしなければならない

あなたにその権限はありません。あなたが私財を投じて男性を救ってください。

http://anond.hatelabo.jp/20120118160702

本心から助けたい。そのためには女の人に働いてもらう仕組みづくりをしなければならないと思います

男の人にはみんな幸せになって欲しい。

高学歴DQNもぜんぶひっくるめて幸せになって欲しい。

けっこう本心からそう思っている。

2012-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20120111110643

高2の長女をヤリ捨てする高3の先輩

父の不倫、母の自殺、次々受けるストレスに苦しむ長女。

そんな長女を、部活の先輩が相談に乗るふりをしながら口説き落とし、呼び出して繰り返しセックスした後、

長女から依存が面倒になってくると、今度は別の後輩を口説きはじめた。

裏切られたことを知った長女は先輩に別れを告げるが、はたから見れば"身体目当てのヤリチンにヤリ捨てられた"でしかない。

まず重大な事実誤認が。

長女と先輩は母親のこと以前から付き合っているという設定です。

母親の死の真相にショックを受けた彼女相談に来て泣いている肩をそっと抱いて・・・というのは

不誠実と言われればそれまでかもしれないが、そこまで非難されることでもないと思います

そもそも長女の側にも、父親へのあてつけのために男に抱かれたいふしがあったわけだし。


長女はかなりのウザキャラで、父親を嫌悪し家から追い出すのはわかりますが、弟妹にも父親に会うことを禁じたわりには

世話をするわけでもなく、自分は面倒な家から逃げて男に走って朝帰り、弟妹と喧嘩をしては怒鳴り散らすありさま。

メンヘラ度合いも進行していき、先輩に一方的に悩みをぶつけたり、体目当てじゃないよねと問い詰めたり

うんざりした先輩が、じゃあそっちは俺の話を聞いてくれたことあるのかよというと、私のこと嫌いにならないでと泣き

最終的に駆け落ちを言いだして先輩をどんびきさせます


先輩が女をとっかえひっかえするヤリチンかのような言われようですが、実際は部室で彼女最近ヤバイという愚痴を後輩にしていたら

「じゃああたしと付き合っちゃいます?」という悪魔のささやきをうけてその気になっちゃっただけです。しかも長女乱入により未遂。

長女に目撃されて開き直れるほどワルでもなく、後日弁解に行き、精神の安定を取り戻した長女から

私は現実を忘れるために先輩に依存してただけでしたと、正式に別れを切り出されます

よくもわるくも普通の気の弱い高校生という感じで、エキセントリックな登場人物が多いこのドラマでは1、2を争う普通の人だと思います


ミタにヤらせてと命令する中学生長男

長女同様、家庭内不和からストレスを受ける長男

苛立ちをバスケ部の後輩たちにぶつけ、キャプテンとしての人望は失墜。ユニフォームゴミ箱に捨てて非行に走り出す。

そして更につのった苛立ちを、ミタにヤらせてと命令してぶつける。

ミタの脱衣の途中で現場を長女に見つかり、強く非難される。

これはあくまで命令を何事もなく完璧にこなすミタが癪にさわり、何か無茶な命令をということで行われたものであって

本当に服を脱ぎだした時のキョドりっぷりからみても本気でヤる気などまったくなかったのは明らかな描写だと思います

のちにミタが自分本心をわかってくれたことに感動して泣き、部員全員の前で謝ってバスケ部に戻ろうとするなど

これ以上なく素直でいい子に描かれてると思います

力の誇示のために女をヤリ捨てる父の同僚

"父"との不倫職場でバレてしまい、四面楚歌の状態で出勤する女性を、

父のライバル的な存在の同僚が弱みにつけこんで口説き落とし、肉体関係に持ち込む。

その同僚は出世のため常務の娘との縁談をまとめており、その女性の相手をまともにする気など全く無かった。

要するに"父"への当て付けのために抱いてみただけであった。

女性会社を辞め、有名企業社員からビラ配りのバイトに落ちぶれる

こいつはわかりやすい悪者で、常務の娘が本当に好きだった元恋人結婚式に乗り込まれ花嫁強奪されるという

わかりやすい天罰を受けます。追いかけて転ぶ時の転びっぷりは一見の価値あり。

セリフもいちいち過剰で非常に漫画チックなキャラですので、あまり男性嫌悪とつなげて考える人はいないんじゃないでしょうか。

どうでもいいけど、不倫女役の野波麻帆エロ薄幸オーラがすさまじいので、あの境遇もさもありなんという感じで余り同情できません。

おのれの弱さを直視できず怒鳴り散らしてばかりの母方の祖父

娘、義理の息子、孫など、相手を問わずすぐに怒鳴り散らして威圧し、嫌われている祖父。

死んだ母の妹にあたる叔母のことも絶えず怒鳴り散らしていたため、

叔母はいつでも笑顔だが、常に人の様子伺いをして媚びまわり、ネガティブ感情を一切発露できない人間に育ってしまった。

頑固で分からず屋で怒ってばかりだけど、実は不器用なだけで愛情にあふれてて、一度たがが外れると急速にデレ化する。

まさにステレオタイプ中のステレオタイプ、THE頑固親父です。

これが駄目なら日本お話の多くはどうなってしまうのか。

ミタにつきまとって肉体関係を迫り、ミタの家族を殺した弟

ミタの母と義父(ミタ実母の再婚相手)との間に出来た種違いの弟はミタに執着していた。

弟だけでなく、義父からも肉欲を抱かれていた。

ミタは愛する男性結婚して息子をもうけ、幸せ暮らしをしていたが、弟から執拗に肉体関係を迫られるようになる。

それを拒絶したことで弟は逆上し、家に火をつけてミタの夫と息子を焼き殺し、自殺してしまう。

ミタの両親とミタの夫の両親は息子を失って嘆き悲しみ、全てはミタが悪いのだと責める。

ミタの笑顔が男を誘うから不幸を招くのだと刷り込まれ、ミタは感情を失った。

回想シーンすらなく、ミタのセリフの中にしか登場しない弟。

焦点は一生笑うなといった夫の母親と罪の意識を感じ笑うことを捨てたミタであって

弟の存在はすごく希薄です。話の都合上、原因を作るために登場させた感ありありで

ほとんどの視聴者にとって感情移入の対象になってないと思います

2012-01-04

私の全て ⑧崩壊

有休消化期間に入った私は、毎日自分のの送別会で出かけていた。

家に帰ると、彼が待っていた。こんな日がずっと続いたらいいのになぁと思っていた。

同時に、続くわけないとも思っていた。終わらせないといけない。

その週の土曜日、彼が遊びに行っている間に、メールを送った。

から別れを告げるつもりはなかった。別れなければいけないとは思っていたけど、別れたいとは思っていなかったから。

彼に本心を言って欲しかたから、誘導するつもりだた。

彼は見事に誘導に乗り、「無理なんでしょ?」わかった。荷物は近いうちに取りに行く」というメールを送ってきた。


これで終わる、と少しほっとしたが、最後にどうしてもあの疑惑を確認したかった。

私に隠れて元カノと会っていたことについて、本当のことを言って欲しかった。

別に、会っていたこと自体をどうこう言うつもりは全くなかった。

ただ、嘘をつかれている事が嫌だった。

でも彼の答えは、「隠れて会ったりなんてしていない」だった。

そして「こんな誤解で終わるなんて嫌だ」「お願いだからもう一度信じて欲しい」「必ずもう一度信じさせる」

そんな言葉を続けた。でも、私はもう信じられなかった。


どうして嘘をつき続けるのか、分からなかった。

付き合って間もない恋人浮気した、とかならまだよかったかもしれない。

でも私にとって彼は恋人というよりも、ものすごく大事友達だった。入社してから5年間、ずっと仲が良かった友達

そして、一生一緒に生きていこうと思った人だった。この人となら絶対大丈夫だと思っていた。

そんな人に裏切られた。


私はそれまでの人生で、色んな人に助けられてきた。

本当に、周りに恵まれているなぁと実感することが多かった。

病気大学に通えなくなった時、仕事を始めたばかりで何も分からず辛かった時、元彼を亡くした時。。。

一人ではどうすることもできない辛い状況に陥った時、周りの人が支えてくれた。彼も、その中の一人だった。

から、どんな時でも自分の周りの人を裏切る事はしなかったし、逆に、裏切られる事なんて考えた事もなかった。


でも、彼に裏切られた。

大事大事友達の一人で、一生一緒に生きていこうと思った彼に。

もう、誰も信じたくなかった。誰とも関わりたくなかった。何も考えたくなかった。


そして同時に、元彼のところに行きたい、という気持ちが溢れてきた。

彼が亡くなって2年1ヶ月、一度も考えたこともなかった事だった。

ずっと抑えてきた気持ちは一度あふれ出したらもう、とめることはできなかった。


しかしたら、会社を辞めて彼の名前を見る事ができなくなってしまったことで、

保っていた心のバランスが崩れてしまっていたのかもしれない。

コップの水がすれすれまで入っていて、彼の裏切りが、最後の一滴だったのかもしれない。


生まれて初めて「死にたい」と思った。

その日1日、死ぬ事しか考えられなかった。


そしてその日の夜私は、これから死ぬつもりであるというメールを彼に送った。

もちろん、わざとだった。


私が死んだ後、彼に私と同じ思いをさせるのだけは嫌だった。

から最後に嫌われるようなことをすればいいと思った。

から自分が嫌われるためには、わざと自殺を仄めかす発言をすればいいと思った。

彼は、そういうタイプ人間が嫌いなはずだから

それに、私が死ぬなんて言ったところで、彼は絶対に相手にしないだろうと確信していた。

そういうことを簡単に言うやつは嫌い、と言われるのを期待していた。

しばらくメールをやりとりを続け、最後にするつもりのメールを送信しようとした時、玄関ですごい音がした。


彼が合鍵を使って部屋に入ろうとしていた。私の目論見は、見事に外れた。

内側からロックをかけていたので入ってこられずに済んだものの、彼は開けろと玄関先で叫んでいた。


しまいには、開けなかったら窓ガラス割ってでも入ると言い出した。

これは脅迫だろう。。。と思いつつ、仕方なく部屋に入れた。


部屋には入れたものの、彼の話を聞く気は全くなかった。

一通り自分の言いたい事を言えば気が済んで帰るだろうと思っていた。

が、何時間経っても帰る気配はなく、そのうち言いたいことがなくなったのか、無言になった。

この時点で私の当初の計画は失敗だった。


この人は、私が死んだら悲しむ事になるのかな。。。


彼に私と同じ思いをさせるのだけは、どうしても嫌だった。

からといって、「後を追いたい」という気持ちも、どうにもならなかった。

なんとなく思いつきで、彼に「生きているのが嫌なほど辛かったことってある?」と聞いてみた。

彼は「ある」と答えた。予想通りだった。


彼は自分が辛かった時期の事を話し始めた。

気付いたら私は、「これからも一緒にいて欲しい」と言っていた。

嫌われるためにした行動で、全く逆の結果になってしまった。

でもその時私は、この人となら一緒に生きていけると思っていた。


私はこの人の事が、男としてではなく、“一人の人間として”好きなんだなぁと思った。


そんな事件があってからしばらく経った日曜日、彼と浴衣を着てどこかに行こうという話になった。

候補にあがったのは、エプソン品川アクアスタジアム浴衣を着ていくと、割引が受けられた。

からも近かったし、二人とも水族館が好きだった。

でも私は3年前に、亡くなった元彼と一緒に行ったことがあった。

少し不安になりつつも、二人で浴衣を着て出かけた。


結果、悲しい気持ちには全くならなかったし、以前のように元彼の事を思い出して

後悔するということもなかった。純粋に楽しかった。


私は自分の変化を感じていた。


元彼は体のラインが出る服が好きで、私は服を買うときいつも自分の好みよりも

元彼が喜んでくれそうな服を選んでいた。

ピンクと白がよく似合うと言ってくれていたので、買う服はピンクと白が増えた。

でも今シーズン、ピンクと白の服は1着も買っていなかった。


元彼と付き合っていた3年前、私はヒールのある靴が苦手だった。

いつも3cmぐらいしかヒールのない靴を履いていた。

でも元彼が高いヒールのある靴の方が綺麗だというので、どうにか努力して

6cm程度のヒールの靴で歩けるようになっていた。


ある時、たまたま通りがかったショップの店先に、ロングブーツがディスプレイしてあった。

ちょうど欲しいと思っていたニーハイブーツ。でも、ヒールがなくてぺったんこ。あー、だめだー。

そう思って通り過ぎようとした時、もう無理してヒールのある靴を履かなくていいんだ

ということを思い出した。


私は昔、パーカーが好きでよく着ていたが、元彼がパーカーがあんまりきじゃないというので

全く着なくなってしまいこんだままになっていた。

久し振りに出して着てみると、彼は「パーカー好きなんだよねー」と喜んだ。


ゆったりした服も、ヒールのない靴も、パーカーも、慣れてしまえばそれが普通になった。

私が着たい服を着て彼が喜んでくれるのが嬉しかった。

でも、元彼が好きだった私が消えてしまうような気がしていた。

彼を確実に好きになっていたが、好きになってはいけないという気持ちもあって悩み続けた。

http://anond.hatelabo.jp/20120104145818

オレは多分、甘えてるだけで健常だと思うは。

ADHDだの、アスペだの、鬱だの、診断下ったところで、

自分の今の状況を受け入れて改善していくだけでしょ。

うっぜえなあ

お前さっき

「単に自分努力不足だよね」と、「もうどうしようもないじゃんこんなに周りの人間と違うんだし」

という思いが葛藤している。

つってたじゃん。

「俺は病気なんだから」みたいな気持ちはあるんだろ?

ちゃんと診断受けろっつわれた途端全力で後ずさるソレなんなの?




病気じゃないなら診察してもらってはっきりさせるべきだし

もしほんとに病気だった場合を考えても診察してもらうべきだろ。

病気だったら自己流で努力とか言っててもダメだ。





まとめると

お前は病気の振り(少なくとも自分で振りだと思ってる)をするけど

白黒つけるのは猛烈に嫌がる(「病気じゃない」と診断されるのが予想付いてるから)。




お前の表面的な自己診断(病気)と

お前の本心自己診断(病気の振りしてる甘えた健常者)と

どっちが事実に近いとしてもさっさと白黒つけるのに越した事は無い。

良い医者をいくつか回れ。





面倒くさがらずに、衝動にまかせず、冷静にやるべきことをやるだけだろうなとも思ってる。

今お前が一番面倒くさがって逃げようとしてるのは、

自分病気についての事実に直面することだろ。

2011-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20111226234339

フェミ女は本当はああいうよわっちい男は全然きじゃないし軽く見てるけど一応恭順を示してるからボチボチ認めてはやるよ、うぜえけどな、みたいな関係性。

本心のところ、フェミ女さんたちはああいう頭とメンタルの弱い男には敵に回った上でサンドバッグになってほしいと思ってるよ。味方じゃなく。

大変的確な指摘でワロタ

2011-12-26

http://anond.hatelabo.jp/20111226222323

フェミ男ってそもそも

「ボクだけはよい男だよう。ぷるぷるぷる!」っていうスライムくんでしょ。

童貞マザコン精神的な性欲や承認欲求を満たすためにフェミ女に寄って行って

叱ってもらったり名誉女性として認めてもらったりするたびに歓喜に打ち震えつつパンツの中に漏らしてる(EDなのでフニャフニャのまま射精)みたいな例のあいつら。

その構造を半ば以上自分からオープンにしつつやってた有村さんの鬼才ぶりは評価されるべき。他のスライムくんとは格が2つか3つは違う。

フェミ女は本当はああいうよわっちい男は全然きじゃないし軽く見てるけど一応恭順を示してるからボチボチ認めてはやるよ、うぜえけどな、みたいな関係性。

本心のところ、フェミ女さんたちはああいう頭とメンタルの弱い男には敵に回った上でサンドバッグになってほしいと思ってるよ。味方じゃなく。

まあそんなんじゃないフェミ男って言うのもどっかにはいるんだろうけど、ネットでフェミ女にくっついて回ってるのはスライムタイプしかおらん。

厳密に言うとあいつらはフェミですらないと思うなあ、思想っぽいものの影で個人的な欲求を偸んでるだけで。それはフェミ女もそうだけど、満たしてる欲求がまるっきり別物。

有村以外のスライム君なんて論ずるにも及び申さん。

2011-12-25

http://anond.hatelabo.jp/20111225142917

幼女好きの男が、舌なめずりしながら言っていたとしたら本心だと思うよ。



それ以外は、社交辞令

http://anond.hatelabo.jp/20111225001744

いるよなー、風俗にきて「そんな自分を粗末にするようなことしては駄目だ」って説教していく親父。

それが本心なら来るな。

くるなら風俗貶すなと。

2011-12-16

レイプセックスの区別を男性がするということ

レイプセックスの違いについて、調査協力者は一様に線引きに苦しんでいた。

しかし実は話は極めて単純で、答えはスタート地点にあったのだ。はじめにレイプを「女性の望まない性的行為」と定義した以上、「男性にはセックスレイプを区別することはできない」という結論しか導き出されない。

「そんなことになったら、訴えられたら全部レイプになるのか?」という反論があるだろうが、その通りである

ある性的行為レイプかそうでないかを決めるのは、その行為に参加していた女性の意志だからである

我々男性は「こういうやり方をすれば、相手がこう言えば、こういう反応をすればセックスだ」という基準をどうにかして見つけようとしてきたが、それらはすべて類推にすぎず本心とは限らない。

我々男性にはセックスレイプの区別はできないのだ。

だとするならレイプを減らす方策は、男性は全て潜在的にレイピストになる可能性を持っていると考える他にない。 序章でセックスレイプの違いは女性が望むか望まないかである定義したが、そう定義しなければならない理由はここにある。

性交に際して女性合意があったかどうかが問題になるのは、自分の行った性行為レイプでないことを確認したい男性の側の事情にすぎない。

それはレイプ被害者のための判断基準ではなく、100%レイプ加害者のための判断基準である

そして合意さえあればセックスであるという基準があるからこそ、「セックスさせなければ山中に置き去りにするぞ」などと言って無理やり合意を取り付けるという卑劣レイプが生まれたり、最終的な合意さえ得られればいいのだからレイプでも満足させてやればいい」という新たな神話が作られることになるのだ。 もうひとつ補足するならば、「訴えられたら全部レイプになるのか?」という発言は「女性が気分次第で男性レイピストとして告発することができる」という不安から生じている。

しかレイプの虚偽告発率は2%にすぎず、「その他の暴力犯罪における虚偽告発率とぴったり一致する」(Brownmiller1975=2000:314)というデータもある。

そもそもそれ以前に、そんな風に訴えられた人が我々の周囲にいただろうか?ここで考えたいのは、我々の周囲にレイプ被害者が見当たらないことが強姦神話の保持されている理由のひとつになっているだろうということだ(Lさんが強姦神話を持っていないことは、レイプされた知人の話を聞く機会があったことと無関係とは思えない)。

そこには、自身の周囲にレイプ被害者が見当たらないことをもって「レイプはない」と判断する人が、同時にレイプ虚偽告発者が見当たらないのにもかかわらず「訴えられたらレイプだな」と怯えるという矛盾した心理構造が見える。そのような反論が生じる理由は、訴えられる事そのものを警戒しているというよりもっと深い部分で、性行為に関する意志決定権・主導権を女性に明け渡したくない、明け渡したら何をされるかわからないという男性不安がそのように発言させていると考えることができる。

ましてここで問題にしているのは「レイプ定義」であって、「レイプが実際にあったかどうか」や「それをどう処罰するか」ではないのだから、そのような反論は論点を見誤っていると言わざるを得ない。

2011-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20111204205622

あんたが頑張ればいいだけの話なんじゃないの?

どうして結婚したい人に何かを要求するの?

相手がどうあれ、一生をともにしたいと思った相手、じゃなくて、あなたアクセサリーとして適切かどうかって事?

心がきれいとかなんかぼやいてるけど、他人から見たら汚いところもあるだろう。

そんなのひっくるめて一生一緒にいたい相手を親に紹介するのになんの躊躇があるのか分からない。

このアクセサリーこの面はきれいなんだけど、ここがねー、あと産地がねー、それとデザイナーが名の知れた人じゃないんだよねーとかいって買うのをやめる感覚なのね。

だったらやめといたほうがいい。彼のためにも

ステイタスが欲しいなら、きちんと自分本心をみるほうが後々の人生自分に嘘をつかないですから楽になるぞ。

2011-11-25

日記(俺版)

皮膚炎持ち。完治不能。小2頃から顕在化した。

結果として小2頃からだいたいイジメられてた。

主に精神的な暴力に見舞われていた。「キモい」腐るほど聞いた言葉だと思う。

よく「キモい」と言われていた。実際鏡を見ると肌がキモかった。どうしようもないなと小学校2年にして思った。悟ったような心地だった。どうしようもないのでどうしようもないとしか思わなかった。

だが人にいじめられるのは辛かった。

でもそれよりも辛いことがあると知った。

ある時気付いたが、俺は何もしてなくとも、俺の存在アンタッチャブルになっていると知った。俺の机や椅子病原菌の発生源扱いされているのだ。『気持ち悪いのが移る』といった、菌が移るとか、放射能が移るとか、そういった扱いだ。

つのまにか俺自身が罰ゲームの道具と化していた。同級生が遊びで罰ゲームの流れになった時に、罰の度合いによって、俺の椅子を触る、俺の机を触る、俺の頭部を触るというふうに設定されていた。俺と握手をするといったものもあった。俺と握手をすることは、それだけで極めて罰ゲームの対象になるほどの扱いだったらしい。とにかく、俺個人だけが他人と接することは罰に値する行為と設定されていた。

懐かしい話。

小学校給食の時、俺に絶対に配膳をしないで欲しいと頼まれたことがある。私がやるから!と。

プール。何か黄色キモいのが浮いてそうとか言われた。

同級生の転校見送りで全員と握手。俺だけ飛ばされた。

席替えの時、俺と隣の席になっただけで泣いた女子がいた。俺の席は地雷扱い。とても悲しかったが、俺よりも泣いている女子被害者扱いされていた。○○ちゃんを泣かすなと言われた。なんだか自分犯罪でもしたような気持ちになり、謝った。

運動会後のフォークダンス。似たような内容なので省略。

林間学校。同じく略。

中学に入ると更に悪化した。ニキビが酷い。もうどうしようもないので諦めることにした。

ちゃんと洗顔してるの?などと言われたり、不潔にしてると嫌われるよ?と説教されたりしたが、説明すら面倒なので、他人との関わりは事務的に対処することにした。

小学校の頃は泣くこともあったが、それはなくなった。「キモい奴」の感情は、それがどんなものであっても、須らくキモいと扱われることを学習した。泣いても誰も慰めてくれるわけではないのだ。「うわ、泣いてるよキモーイ」という言葉は飛んでくる。泣いたとき、誰かに慰めてもらい、誰かに甘えることができるのは、泣き顔のかわいい子供だけに与えられた特権だ。かわいいは正義

高校の時にネットを始め、その時既にあやしいは現役ではなかったが、油日記(復刻版)を発見した。俺の虐められ方とは違ったし、創作だが、同調した。その後2chに行き着き、喪板などを読んだ。わりと面白く、同胞感を得た。

基本的に話したことは「一般人」の世界観に沿って理解されると学習した。

こういった経験がある。

自分彼女が欲しいなどと他人に表明したことは一度もないのだが、何故か「つまりさあ、彼女欲しいんだろ?それならもう少し清潔な格好をしろよ!それくらいしないのに彼女が欲しいと考えるのは甘えだろ!くどくど・・・」と説教された覚えがある。

意味が分からない。はじめの「つまり」は、何がつまりだったのか今も理解出来ない。

他にも「それオナニーのしすぎでしょ? エロゲ? もう少し運動したほうがいいよ 汗かくと肌の調子良くなるって知ってる?」

皮膚炎が故に面倒なので、オナニーとか殆どしないんだが。下手に汗をかくと悪化するんだが。ちなみにオタ趣味特にない。

ここまで来るともうどうしようもない。そもそも思ってないことを俺が思ってるかのごとく決めつけて説教してくるわけなので、反論すらできない。反論しても「自分のことを隠すのはよくないぞ!友達が出来ないのは自分から拒絶してるからだよ!」と、ズレた説教をされるので、もはや相互理解不能であるとして諦めることにした。

大学での最悪な経験はよく覚えている。

大学に上がる頃には最早、人と接する場合は出来るだけ機械的事務的に接する癖がついていた。情緒交流を行うと、キモがられると理解したから。キモいやつが「人間らしく」話しかけるとキモがられるんだ。経験則である。だから機械的事務的な交流に徹していた。もちろん打ち解けたいとかいう欲求はあった。でも、無理だから。ずっとキモがられて拒絶されてたから、諦念。実現不能な欲求は消すに限る。

で、俺は出来るだけ全般的に対人交流では機械的事務的に接していた。その中で事務的な理由で同学年女性交流する必要が出てきた。それで事務的に交流をしていた。

その後数カ月したある時に女性の友人に話しかけられた。「下心」を持って○○さんに接するなと。嫌がっている。貴方に個人的好意は持ってないし、もっと言えば生理的に気持ち悪い、と。これ以上するならセクハラでもあるから気をつけて欲しい、と。

・・・は?となった。意味が分からない。俺は、出来るだけ、機械的、事務的に、接してたつもりなんだが。当然俺だって人間なので、感情的な部分が透けて見えることもあるだろうが、だが、一連の事務処理の流れの中でのみの対人交流だったはずだ。

弁明はしようと思ったが、「またか」という思いが強く、即諦めた。どうせこのタイプの「勘違い」をされたら、弁明不可能なのだから。そもそも無い下心でも、そんなものは無かったですと言った所で、もっと本心を認めろよ!自分のことを隠すな!とクソ下らない説教をされる経験が頭を過ぎった。

「下心」が見え透いていたらしくて申し訳ないね自分は下心どころか、ほとんど、誰かに「本心」を表明しようとした覚えすら無かったつもりですが。その「本心」も、「セックスしたい」といった類ではなくて「もういい加減に誰か助けてくれないか」というものなのだけども。

セックス欲求は殆ど無い。ある欲求といえばただ。人並みに人と接し、出来るならむしろ、子供の時に、いじめられてた時に歳相応に人に慰めてもらい、もっと言えば甘えたりしたかった。それくらいである。

大学はやめようと考えたが、既に3年次だったしやめなかった。ここまで事が重なると人間、耐性が付くものだなと思った。

就職女性との関わりが少ない職場となった。非定型発達的な気質を感じる職場で、その後はいくらか楽だった。今まで俺を容姿差別してきた人間は主に女性だった。ただ、女性でも自閉症圏に属するような雰囲気を醸し出す個人には差別されなかった。推測だが男性より女性のほうが、特に対人コミュニケーションに長けた女性ほど、生理的に受け付けない人間への嫌悪感が強く、またそれを社会的に排除することに抵抗が無いのではと考えている。男性では女性に対して積極的“女性にやさしい”ほうが露骨差別的だった。

しかセクハラはいうが。懐かしいな。小学校での、あの罰ゲームにそっくりだ。

俺はその時もまた加害者として扱われてたんだろう。だが俺は何の被害によって傷ついているんだろうな。俺の被害は誰も恢復してくれない。被害とすら扱われていないし、俺は常に加害者の地位に押し込まれている。

生理的にムリで申し訳ない。“俺が加害者“で悪かった。キモい、近寄らないで、と思わせてしまったなら謝るよ。

この社会では、人にキモいと思わせる雰囲気があったことが、存在するだけでセクハラスティグマに値するんだろう。

生まれてきて悪かったね。

いや、生まれた時代が悪かったのか。

あと80年くらいすれば「キモい」だけでイコール罪とされない時代も来るんだろうが、現代じゃあ仕方ない。

2011-11-24

ももクロ流行らないのは批評先行だから

ももクロは今より売れる可能性はあっても、アイドルにおいて覇権を握る、今で言うAKBポジションに着くことは到底有り得ない。その理由を記述する。

(1)ファンが批評

もう、これでここで言いたいことの8割は言ったのだが、今のところ”ファン”を自称する人間のその多くが批評的な人間であるということだ。

AKBもかつてはサブカルだった。どサブカルだった。秋葉原劇場を持ち毎日公演を行い、謎の選挙システムを有する。いかにもであるしかし、このAKBの流れを汲み取り切れなかったのが2000年代後半のサブカルチャー批評だった。かつて文芸批評家宇野常寛氏は、ニコ生番組において「2011年に入るまでAKBに注目できなかったのは失態」と語ったことがある。

この発言はサブカル好きのトラウマそのものでもある。

AKBは上記にあるように、サブカルを代表させるにはうってつけのシステムを持っていた。これを批評的に分析できたとしたら、どれだけ楽しかったことか。そして今の流行先見の明を持って解き明かせたら、どれだけどや顔できたことか。しかし、その間もなくAKBサブカルとは呼べないレベルの現象になってしまった。

今更AKBを語るのは、サブカル的には”カッコ悪い”。(前述の宇野氏は、現在ではAKB批評分析を、同じく批評家濱野智史氏と共に行なっている。このあたりは、ポップカルチャー批評対象とする宇野氏スタンスに適っている。)

しかし、AKBには一個弱点がある。それはデカくなりすぎたことだ。デカくなればそれの粗探しも容易である。後は、「じゃあ何だったらいいんだよ」と返されたときに持ちだしてこれるモノがあれば良い。

その「持ちだしてこれるモノ」がももクロである

ももクロ以外のモノではダメな理由がある。それは、現在ももクロ以外の各レーベルが売り出すアイドルグループは、方法論やコンセプトがあまりに凡庸、古典的なのだ。

「◯万人の中から選ばれた◯名」「毎日時間のレッスンを重ね、△△より上手い、歌とダンス

こんな売り文句に飛びつけるわけがない。

そして、ももクロでなければならない理由もある。

そもそも、AKBのコンセプトとは何だったか。それは「会いに行けるアイドルである

対してももクロのコンセプトは。そう、「いま、会いに行けるアイドルである

ももクロの結成は2008年。この時、既にAKBは前年に紅白出場を達成、またCDの販売方法独禁法に触れる恐れがあるとして販売中止、回収騒ぎになった年でもある。

当然ももクロ側にも、メジャー化して「会いに行ける」というコンセプトの維持が難しくなったAKBへの対抗意識があったことは間違いない。

この、売り出し側の「アンチAKB」的方法と、買い手側の「アンチAKB」的精神癒着により、現在ももクロ人気は成立している。

そして、この一点のみで自称ももクロ”ファン”は、ももクロ”ファン”を公言している。AKBによって市場規模の大きくなった「アイドル業界」において、敢えての選択としてAKBではないグループを応援するという、サブカル精神にとって心地よい味を提供してくれるのがももクロというわけである

そして、この手の”ファン”は、小規模な経済活動である間は良いが、規模の拡大に寄与しない(大量購入などのオタク的消費は行わず、あくまで必要最低限のモノしか買わない)うえに、そもそも規模が拡大していくことを嫌う。

小規模の間は、勝手に”ファン”がももクロのいちいちの行為について言説的補強を行なってくれるので、界隈の巻き込み力がある。しかし、その界隈も一定数を超えると限界が出る。しかオタク的消費を好まないから、数の飽和イコール売上の飽和ともなる。(ここでは、大量に購入させるような商法(いわゆるAKB商法)が倫理的にどうであるかとの問については答えない。簡単に私見を述べれば、独禁法に触れるようなもの、つまり付録バリエーションを増やし購買意欲を煽るようなものは問題であると思うが、握手券や投票権を求める購買行動については売り手側の責任は無いと思われる。)

以上が、批評系”ファン”が多数を占めることによる弊害と言える。


(2)可愛くもないし、一生懸命でもない

というのは流石に言いすぎだが、他と比べてそこが際立つわけではないということである

よく、”ファン”はこの2点を強調する。そして、「だからこそAKBより良いのだ」という。

しかし、はっきり言って客観的に見て可愛くはない。特に緑。

ただ、言いたいことはわかる。

例えばAKBのファンも「◯◯が可愛い」と言う。この◯◯には、例えば高橋みなみとかが入るわけだが、はっきり言って可愛くはない。「前田敦子が1位である意味が分からない」という声もある。

こういう場合、その対象がAKBであろうとももクロだろうとなんだろうと、ファンたち何も容姿の美しさ単体で「可愛い」という形容詞を付けているわけではない。そこには、それぞれ固有の物語コンテクスト見出して「可愛い」と言っている。それがAKBで言えば、「エケペディア」に象徴されるデータベースから個人個人のエピソードを上手く消費するという行為であって、そしてそのパブリックコンテクストに加えて握手会というプライベートコンテクストを加えることで、ファンのメンバーに対する<愛>は蓄積される。

からオタク層以外には「AKB前田敦子が1位である理由」なんて分かるはずがない。というか必要がない。そのコンテクストを共有していない人間に理解される必要などないからだ。

貴方達は皆、ミス・ユニバース選考に100%納得しているのか。ミス・ユニバースは、ミス・ユニバース内部のコンセプトに基づいてミス・ユニバースを決定するのである。そこにおいて、容姿というのは評価の1項目に過ぎない。その点を理解している人間がどれだけいるか

この理解で言えば、「ももクロメンバー可愛い」というのも同じ文脈で捉えることは可能であるしかし、ここに一点だけ差異がある。

それは、アイドルとして扱われるか否かである

前田敦子が可愛くないとみんなは言う。なるほど、確かに私もそう思う。(ただ、たまに奇跡的な瞬間があることも知っている)

では、テレビでそれを言ったらどうなるだろうか。本人の目の前で「可愛くないねー」と前田敦子に言ったらどうなるだろうか。Mステタモさん前田敦子に「顔のパーツ中心に寄ってるよね」と言った時のスタジオ空気を知らないのか。

著名人AKBに関する批判的コメントは多数ある。ただし当人がいない所で、である。このことが結構大事であって、それは「そんなに可愛くなくても可愛いものとして扱われること」が究極的なアイドル性だと考えるからだ。

前田敦子はその点で究極的である。一方でコンテクストを持つオタク達による支持を受けAKBトップとして君臨し、もう一方ではそのコンテクストを持たない一般メディアにおいて「AKBトップであるということを理由に支持される。この時、両者は同じように前田敦子に接しているように見えるが、その内実は異なる。

前者は本当に可愛いと思っており(何故ならコンテクストがあるから)、後者可愛いことになってるから可愛いとしているだけである。(何故ならコンテクストがないから)

そしてその内に、そのコンテクストを持たない者の間にも「可愛い」という意識は一部に伝染する。あくまでも一部ではある。板野友美女子高生に人気があるというのが都市伝説かどうかは、私には接点が無い存在である故確認できないが、そういう可能性がありうるのがこのような状況である

可愛い人に可愛いというのは当たり前だし、ブスにブスというのも当然である。そこを転倒させることができてこそ、真のアイドルではないのか。(筒井康隆「薬菜飯店」収録の「イチゴの日」という短編を見よ)

翻ってももクロ鑑みるに、この点が厳しい。コンテクストを共有する者の間で「可愛い」は流通するかもしれないが、コンテクスト外のメディアにおいては厳しい。(「ゴッドタン」をはじめとするバラエティ番組での扱いが顕著である。ただし自らの冠番組においてMC芸人にどう弄られようと、それはファンにの流通するパブリックコンテクストを補強するイベントに過ぎないので全く問題はない。)

まりももクロアイドル性を保つのが困難なほどバラエティ性を現時点で持ってしまっているので、コンテクストを持たない者に「可愛い」が流通しにくい状態となっている。

から可愛い」と認識させるためにはコンテクストを持たなければならないわけだが、ここでももクロ”ファン”が批評であることが弊害になる。

彼らは口うるさい。見る前からあれがいい、これがいいとこれ見よがしに自らの批評眼をアピールする。そしておそらく、この手のももクロ”ファン”はAKBオタクなどよりも、音楽偏差値(というものがあれば)は高いし、現代思想にも詳しく普通意味での偏差値も平均すると高い。

皮肉にも、このことがももクロを好きと公言するのに、もしくは積極的に見ようとする心に障害となる。

彼らは知りすぎている。目が肥えている。そんな彼らが「良い」と言うのだから、「良い」に違いない。しかし見てもよくわからない。可愛いような気はしないし、踊りもなんだか凄いがとりあえず可愛くはない。けど「良い」らしい。なぜ僕はわからないのか。

対してAKBはどうか。オタクキモい。なんかオタ芸してるし、CDめっちゃ買うし。だからあんなものを理解しなくて構わない。仮に少しでも引っかかることがあれば、とりあえずそのままその波に飲まれてしまえばいい。どうせ彼らオタクは周りに新しいファンが増えようがどうでもいい。どうせならもっと売れなくなればチケットも取りやすいのにくらい思ってる。

私は、このコントラストが大雑把にはあると思われる。そしてこのことが、「可愛い」というお札が流通しない/する要因となっている。


もう一つ、「一生懸命」について言えば、この言葉はかなり頻繁にももクロを持ち上げるものとして使われるが、端的に言おう。

そんなのみんな頑張っている。ただそれだけだ。

ダンスや歌のレッスンは、皆どのアイドルグループ一生懸命やっているのだ。所詮、「アイドルなのに顔芸をやる」という点においてのみ「一生懸命の差異」を見出してるにすぎない。



私がここで「自称」とか「ファン」を” ”で括るのは、彼らが本心からの好意ではなく、「AKBというサブカルの隆盛を見抜くことができなかったコンプレックスの解消手段」としてももクロを利用しているように見えるからである

結局のところ、ももクロを今以上に流行らせ、AKBに取って代わりたいのであれば、自称ももクロ”ファン”達がそれを名乗るのを辞める他ない。


最後一言

早見あかり頑張れ。

2011-11-15

日本人のいやな特徴」についてアンケートしてみました。

http://anond.hatelabo.jp/20111112181142 について賛成と思うかをはてなー100人に聞いてみました。

「日本人のいやな特徴」(http://anond.hatelabo.jp/201111121811.. - 人力検索はてな

賛同が多い順。

  1. 9.英語が話せない(日本人小学校から勉強している?私は日本語が2年ではなせる)39
  2. 4.ブランド物など他人と比べる、相対的な方法しか幸せを計れない(私の国では考えられないくらいみんなブランドものを持っている!)32
  3. 2.自分の気持ちに素直じゃない。損得で行動する(いつも本当の気持ちで行動しない)28
  4. 5.差別はないけど、いい人でも仲間はずれにしたりいじめたりする(みんなだれかのことが嫌いなのかな。怒っている。)28
  5. 3.自分成功しないんじゃなくて、他人が成功するのが悔しい(成功している人の悪口をいう。でも悪いことや失敗している人の悪口はいわない)27
  6. 1.マナーに異常に厳しいが、融通が利かずユーモアがない(ジョークやいたずらをしないけど、靴を並べないと怒る)26
  7. 7.感情表現が変(愛してるというと軽いといわれるがほんとなのに。私や私の外国人友達もよく軽いといわれる)23
  8. 6.おいしい食べ物でも文句を言う(なんで?おいしいのにといつも思っている。日本人はとにかく文句をいうが何もしない!)18
  9. 8.性別の特徴をみとめない(男は強くて、女は弱い。そういうことをいうと怒る。でも女は男より綺麗でしょ?)18
  10. 10.みんな元気になるのは学校仕事が終わってから(みんないやなのになぜやる?)17

このアンケートでも日本人は本音じゃないとか本心じゃないとか言うのかな^^;

もし元増田さんが見ることあったら、この印象はどの地方で感じたのか是非知りたい。首都圏?

2011-11-05

妻のこと~長文失礼

妻は、悲しんだり喜んだりする感情が薄い。ほぼ無いといっても言いぐらいだ。

結婚してから10年以上になるが、涙を流しているのを見たのは1回だけ。

おいらが結婚して仙台から静岡まで嫁を連れていくときに、途中の福島ホテルで夜に「帰りたい」と言って泣いた。

それだけ。しかもそれもほんの10秒程度で、すぐにいつもの嫁に戻っていた。

喜んでいる所さえもほとんど見たことがない。

-----

妻は実は苦労人だ。

さいころ両親が離婚し、父親側についたが、父親も飲んだ暮れで女遊びや博打がひどく

多額の借金を抱えている。

おいらの会社だんだんと大きくなってくると、何度も無心をしてくるような輩だ。

そんな状況だから嫁は学生時分から兄弟3人を半ば養っていたに近い。

-----

おいらが出会ったときは、おいらの勤め先で出会ったのだが、

そのとき早朝バイトの後、うちでのバイト、夜中のバイト

いつ寝てるんだ、という生活を8年近く続けていた。

-----

そのうち嫁の妹が結婚をし、弟も彼女の家に転がり込んだ。

嫁は飲んだ暮れのおやじと二人で滅入っていた。

嫁はおいらが何とかしなきゃと思い、結婚を申し込んだ。

ろくすっぽ付き合ってもいなかった。

嫁はうんともすんともいわなかった。

しかし一緒に来てくれた。

-----

その後だって、好きとも嫌いとも言われたこともない。

なぜ結婚できたのか不思議だ。

嫁に言わせりゃ、自分を取り巻く環境が変わり、生活のために結婚した、というが

本心なんだろうな、と思えてしまう。

-----

昨晩、嫁のおかあが無くなった。

癌だった。

今週中ごろに入院をして、あっという間に逝ってしまった。

嫁は二人の小さい子供をつれて、木曜日におかあのところに新幹線で行った。

基本的に連絡もほとんど取り合わないおいらたちの間だが、

金曜日にめずらしく1通だけメールが来た。

-----

「おかあがあなたに会いたいって。日曜日に来て」

おいらは体調が優れずかつ仕事に追われていたので、特に返事をしなかった。

-----

そしてその日の夜、突然亡くなった。

夜中の2時56分ごろに電話がなり、不眠症もちで寝れずにもたもたしていたおいらはすぐにピンと来た。

「おかあ、亡くなったから。それだけ」

いつもの通り、感情はまったく無かった。

-----

嫁はおかあのことだけは、この世で慕っていた。

おかあおかあといつも言っていた。

おかあの面倒を見たいと、柄にも無いことを言っていたことさえある。

しか感情はまったく無かった。

-----

おいらは今、新幹線に乗り、嫁の亡くなったおかあのところに向かっている。

おいらは感情のない嫁を何とかしてあげたいと思い続けている。

おかあもそれをおいらに言いたかったんだと思う。

-----

2ヶ月前に癌が宣告され、最後旅行と言うことでおかあをつれて嫁含めて旅行に行った。

おかあは、おいらがそこそこの会社で働き、家も購入し、安定していることに深く感謝していた。

ただただ泣きながら嫁をお願いされた。

嫁は何でこうなってしまったんだろう、と後悔の念も口にしていた。

-----

おいらは大丈夫です大丈夫です、と声をかけるしかなかった。

でもそれは本心で、いつか嫁が心から笑ったり心から感動して泣いたりしてくれるよう

おいらは妻が安心できる状況を作りだすんだ。

おいらが十分なお金を稼ぎ、健康であり、常に前向きであり。

-----

おいらはおかあにそれを約束しに行く。

日曜日に行く、と返事ができず、亡くなってしまったおかあ。

もう聞こえないかもしれないけど、嫁のことは約束するからね。

-----

ありがとう、おかあ。

ーーーーー

ーーーーー

1111月11日追記:

おかあは冷たくなっていた。

おかあは本当に亡くなってしまっていた。

おいら、おかあに謝りたいことがあるんだ・・・

-----

おかあは貧乏だった。

おかあは離婚後、よせばいいのに飲み屋で知り合った男性と一緒に暮らしていた。

男性日雇い労働者で、お酒が好きだった。

いい人だったが、お金は全く稼いでこなかった。

おかあは毎日、せこせこせこせこと新聞配達や清掃のパートで働いていた。

-----

また、おかあは殆ど孤独だった。

おいらも嫁もおかあが人と仲良く話しているのを見たことがなかった。

どちらかと言うと気が強く、

平気で近所の人と喧嘩するぐらいの威勢の良さだった。

それはそれで格好良かった。

-----

おいらはおかあのことが好きだった。

しかしおいらは正直、おかあの家に泊まるのが嫌だった。

おかあの家は、トタンの家で、蚤もゴキブリ野良猫もいて

おいらは全く心が休まらなかった。

言葉は悪いけど、おかあの家で出された食事も気が進まなかった。

嫁がおかあの家に泊まりたい、というと

おいらは何かしら理由をつけて遠ざけた。

嫁はそんな気を察して、おいらに不満をストレートにぶつけてきた。

-----

震災後、おかあは引越しをした。

2DKの広めのアパートだったが、やはりおいらは泊まるのがいやだった。

広さの割りに家賃がべらぼうに安く、住んでいる住民たちもおかしな感じで、

遊びに来ているおいらたち家族に、聞こえるようにいやみを言ってきたりした。

壁もヒビだらけで、お風呂は今にも崩れんばかりであった。

-----

おいらはおかあを心のどこかで遠ざけていた。

それは、貧乏だったり、家がぼろかったり、汚かったりという理由だった。

-----

おかあの葬式殆ど来られる方もいないだろうと

多めに見積もって25名程度の準備しかしていなかった。

しかしおかあのもとには、80名以上の方がいらっしゃってくれた。

おかあは孤独ではなかった。

誰もが感謝言葉を口にしていた。

-----

嫁の弟が大きな声で呼んできた。

「おかあにお別れの言葉を読んでくれる人が来たよ!」

そんな人いたんだ、と皆驚いた。

どなたか知らない女性の方だった。

物静かで清楚な感じの女性だった。

-----

お葬式が始まり女性の方が呼ばれお別れの言葉を読み始めた。

「私によくお孫さんの話をしてくださいました。」

「いつもいつもお孫さんのお話をするとき幸せそうでした」

「二人目のお孫さんが生まれたあと、少しでも孫が来やすい様にと、広めの家に越されたんです

・・・・・。

おいらは号泣した。人目をはばからず大きな嗚咽を出して泣いた。

おいらは雷に打たれたような気分になり、自分の気持ちと態度を恥じた。

おいらはどれだけバカなんだ。。

おかあはおいらたち家族が来てくれることを、何よりも楽しみにしていたんだ。

それなのになぜ、相手の気持ちも汲み取れず、自分の気分で判断をしていたんだ。

人間としてクズだ。本当に情けない。自分が許せない。。。ばかだ!ばかだ!ばかだ!!!

-----

そしてお葬式が終わった。

おいらは自分がなんだか分らなくなってしまった。

とにかく一からやり直さないといけない。

人として、おかあのように立派な人間にならないといけない。

こんなんで妻のことをきちんと養っていけるのだろうか?

小さな子供を立派に育てることができるのだろうか?

-----

そのなことを考えているうちに、ふと現実に戻った。

-----

おいらは嫁に聞いた。

お金大丈夫か?」

嫁は抑揚のない声で淡々と言った。

「おかあは、葬式代もお墓も住んでいた家の整理も、その他すべて自分で整理して死んでいった。

 自分のケツは自分で拭いて偉いよな」と。。。

おいらは再び号泣した。

だっておかあは貧乏だったんだよ。

だっておかあはお金もないのに、日雇いお酒好きを養っていたんだよ。

だっておかあは突然あの世に言ってしまったんだよ。

なぜできたの?

おいらだったら延命したいとしがみついて、自分の亡き後のことなんて考えられないよ。

-----

おいらはもう一度やりなおす。

おいらは会社で若くしてそれなりの立場となり有頂天になっていたのだ。

おいらは新しいマンションを手に入れて、身の丈以上のモノや環境を手に入れていただけなのだ。

おいらは変わる。

おいらはおかあの前に自信を持って出れる人間になる。

-----

おかあ、ごめんなさい。

そして本当にありがとう

2011-10-30

大人しい若者について、その無力さ

若者が大人しい事について、世代間の話がよく言われている。

日本若者には力が無い。

まず第一に、若者の数が圧倒的に少ない。数は力だ。アラブの春も、若者の数が多いから成しえた。日本で例え、若者意見を反映した議員選挙に出たところで、そして全若者がその議員投票したところで、当選しないだろう。その事を知って、立候補する候補者はいない。初めから勝負の土台にすら立てない。

ウォール街デモは、若者の力があるから行われている。アメリカ若者の力で作られた国だ。大学生に力があり、権威がある。大人も手を貸す。皆が皆ではないが、才能を評価する。アイデアを評価する。情熱を評価する。世界的な企業家大学から生まれ、政治家も若い。

日本はどうか。

大人は誰も手を貸さない。耳を傾けようともしない。日本の大人が若者に行って来た事は、今も昔も自分たちの都合の良い道へ引きずり込もうとする事だけだ。善意もある。大人の世代の成功経験を踏んだ上での助言のつもりの人もいるだろう。しかし、それは今の時代に通用するだろうか。その時、あなたは上手くやれたかもしれない。しかし、今はどうだ。 今からそれが通用すると思うか。あなた会社では通用するかもしれない。では、あなた会社はこれから世界に通用するのか。内需日本の老人だけをマーケットにしていないか。そんな老人の戯言について行く若者はいるだろうか。いる。けれど、それは本心からでは無い。力のある老人の前に、手も足も出ずただついて行かざるを得ない奴隷のように覇気のない若者が跡を絶たない。

老人が求めている事と、若者が求めている事は違う。老人はいい。お山の大将を気取って年少者をバカにして、外圧に耳を塞いでいても高度成長期の蓄えであと数年は安泰だろう。そして数年後は死ぬだけだ。残された人間の事など当然知る由も無い。日本人の子孫繁栄なんて考えるわけもない。大和民族が滅ぶより、明日の我が身、死ぬまでの蓄えが大事だ。

若者の諦めは、自分たちの力の無さから来ている。同世代の数を増やす事は出来ない。頭の凝り固まった老人が明日未来に力を貸すこともない。突然大富豪になる事も出来なければ、先導者になる事も出来ない。

日本若者には無くて、外国にある物は、手に入らない物だ。

もともと若者は老人に力で劣る。経験の差、劣らなけらば、成長を重ねなければ年を重ねる意味が無い。

若者が老人に勝る物は、若さだけだ。

今の老人は若返ろうと必死だ。年相応を知らない。若かりし頃の幻影ばかりを追っている。 その姿は醜く、見るに堪えない。そしてその若さにも隔絶がある。彼らの若さとは、彼らの若かった頃であり、今の若者とは全く別物だ。理解はない。

知識で負け、経験で負け、人数で負け、さらに若さでもある意味負けている。団塊の老人の血気盛んさは、金と体力と自信の余裕があってのことか、今の若者に勝る。若者は、勝機の無い勝負を挑むような気が狂ったことはしない。

それは、大人が教えた「大人しさ」でもある。

かく言う自分若者の代表のような口ぶりをして、来年で30になる。もう若くはない。今の大学生はおろか、中高生文化や考えていることなど全く知らない。自分酒鬼薔薇と同い年だ。ネオむぎはいっこ下だ。そういう世代だったからよくわかるのは、この隔絶こそが問題の本質であり、無理解の原因である。大人は大人の世界を作る。分かる者どうしだけで心地良い世界をつくり、子どもが大人の仲間入りをしようとすれば洗礼を浴びせる。そして、昔はそれでも大人の世界に入らざるを得なかったのが、今は入る隙間すらなくなった。はみ出された若者は、力のない若者同士だけでやっているから、大きなことが出来ない。もう、この垣根は早いうちから崩さなければならない。

全然関係ないけど、ポーランド選挙活動ツイッターFacebookで行われているのを見て、これを思った。

http://jp.globalvoicesonline.org/2011/10/24/9574/

2011-10-27

http://anond.hatelabo.jp/20111025204351

の続きで社会的承認の話。

ただし、前回の外に向けた話と違って、こちらは私のどうしようもない妄想なので特に反応は期待してない。

私はこういう妄想をしている方が楽しい。外向けの話なんて所詮妄想入り口付近で生じる副産物だ。

ホッテントリをとるのは常に副産物の方だが、私の成果はむしろこっちの妄想部分の側にある。面白いのも断然こっち。

こういう妄想を垂れ流しにして、あるいは垂れ流しにされてるのを観るのが増田面白みだろうと思ってる。




増田論はここまでにして、以下は私は勝手にこのようなことを考えているという話。

1:社会的承認自己存在を安定させる鎖のようなものである

私はネガティブであれ、特定の共通イメージ社会がそのひとに対して持つなら、それは社会的承認であると考えている。

社会的承認を求めながらネガティブイメージを拒否する人は、承認ではなく受容欲求やら甘えとして区別するべきだ。

相手の中に自分の居場所を求めるのは、承認欲求よりさらに欲張りな別物であると考えないとややこしい。


社会的承認(期待)はよかれあしかれ、人をそれに縛り付け、固定させようとする。

これを求めるのはこの固定化作用をもって、自分存在社会の中に位置づけ、安定させようとする人だろう。

言い換えると、自分に自信がなく、自分のあり方やなスべきことを他人に決めてもらいたがるような人だ。

こういう人が自分自身が自分の主になるのではなく、他人にイニシアチブを求めるのが承認欲求なのだと思う。

自分自分のことを決めて行動したい人は間違っても社会的承認欲求などは持つまい。

その人達にとって社会的承認とは交渉や宣伝の手間を省略するための道具でしかなく、目的には成り得ない。

これを求めているという時点でそれは「何者にもなれない私」を自分の中に認めているということになる。






2:現状維持を求める人が一番社会的承認獲得を必死に行う

はいえ、何者かになった人でも社会的承認を求める人はいる。それはその地位に安住しようとしている人だ。

彼は社会的承認されたそのイメージを保持しようとする。

一番わかり易いのはソーシャルゲームで、メーカーの思惑にはまってまんまとレベルを上げさせられた人たちの行動だが、これは外向けの素材であっても私の興味をあんまり惹かない。私が今興味があるのはハの字の人なのでこの話をする。



たとえばハゲベストセラー作家の人が社会的承認を得ようとしていると仮定する。実際はどうかなんて知らない。

この場合、彼の目的は「誰にも理解されない自分」「つねに終わりと言われ続ける自分」をこそ本心では望んでいるということになる。

彼の今までのブログや著作に見られる現実におけるプロセスを軽視し理想めいた設定やなにかと革命を求める態度は、要するに現在暗黒時代とみなし、そこに希望を見出せないというキャラクターを維持するためのポーズだ。

彼のなかのモチベーションはそういう復讐とか現実を見返してやるという気持ちが核であり、彼の言葉はそういった自分を否定するものへの呪詛で成り立っている。彼は周りを仮想敵とすることでキャラクターを成り立たせることで世に立っている。テクニックさえあればキャラクター性は必ずしも必要ではないが、彼はテクニック面は他のプロと比べると数ランク劣っているため、あくまでキャラクター性が売りということになる。

この場合現実に取り込まれ、肯定され、それを受け入れてしまうことは彼の創作モチベーションを否定し、彼の言葉に説得力を失わせることになる。彼は自分の力を護るためにも、絶対に肯定されてはいけないということになる。「ベストセラー作家の私」として作品を提出するためには、彼は作風を180度転換することが求められる。その自信がないか、それを求めていないならば、彼は今まで通り「はてな嫌い、現実嫌いの夢見がちな男」で在り続ける必要がある。






3:現状から自分を解き放ち、あるいは現状を破壊するためには孤独のようなものが必要ではないだろうか

しかし、私はハの字の人を見ていると、彼が承認を欲求しているとは全く感じない。

そもそも承認を欲求してはてなを利用してるならそれはただのバカであり、勘違いからさっさと死ねと言いたい。

そうじゃなくて、彼はむしろ孤独を求めているのではないかと思う。

まり、誰からも求められていない、期待されていない、そんなものを気にもせず、自分の思うところに従って行動することを求めている、ということだ。いわゆるアカギ的な何か。

あれだけ成功した「マネジメント」というネタをさっさと手放すあたり、こちら側の人だと信じている。


こちらの場合、彼は承認など求めていないどころか意識さえしていない。

ただ、自分を安住の地に置き続けることをよしとしないため、社会的承認を嫌っているだけ、ということになる。

孤独状態がずっと続くなら、そのうち他人に関わっている余裕などなくなって、自分の内なるものに突き動かされて、新しい何かを始めるだろう。

こういう人が作ったものは、質はともあれ、方向性としては非常に面白い物が多く、ゲテモノ好きの私には期待が持てる。




4:社会的承認を求めているかどうかは、自律性があるかないか面白い面白く無いかでだいたい判断する

まぁ私としては彼の振る舞いがポーズであろうとガチであろうとどちらでもいい。

面白い間はガチであるとみなす。面白くなくなってきたら途中から安定を求めてポーズになったのだな、とする。

最近露骨につまらないヤラセ感が漂っている。

そうだとしたら、彼はい社会的承認を求めるだけの俗物ということになる。

別にソレが悪いというわけではないが、もしそうだとしたら彼は大して面白くない下手な物書きとして興味の対象外になるだろう。全ては結果から判断する。それだけのこと。




蛇足。【祝】 「ハックルベリー」の検索結果でついにあのブログが1位に。

   しかしお父さんお母さんの声を持ち出すあたり、そろそろ私の中では末期のような気がする。

   ここから這い上がるために、お父さんお母さんを切り捨てる記事を書き始めたらそこがお別れ時かな。

2011-10-26

http://anond.hatelabo.jp/20111026165146

元増田ですが状況的には自分が好意を持っていて相手に会う機会を作ってもらっているというのが正しいです

相手からも「ごはんに行こう」と言われるので嫌われているという雰囲気でもないと思います

けど先日二回目に会った時も前述した内容の反応だったので、ものすごく沈んだ。といった感じです

友達が少ないことには寂しいともコンプレックスとも思っていません。

ただ相手にこの状況がつまらないと思わせている事が辛いです


てか増田自身も相手に大して興味ないんでしょ。

はっとさせられました。

仲良くなりたい、相手のことをもっと知りたいという気持ちはもちろんありますが、

本心では友達なんか必要ないと思っているのかも知れません。もう少し自分で考えてみたいと思います

2011-10-22

女子と仲良く話せている俺・男子と仲良くしているわたし、といった優越感や有能感を得たいがための共犯関係的な性別混合グループがいたような気がする。本心から仲がよいのではなさそうだった。異性と親しいことを「進んでいる」とする感覚によって。

2011-10-18

自己を否定するのにはワケがある

上の記事が、惜しい分析をしているものの見当違いな結論を出していて、これでは元増田と似たようなタイプの人が傷ついてしまうんじゃないか心配だったので、この記事を書く。

ちなみに自分元増田と同じタイプだ。このタイプアダルトチルドレン共依存とかで調べればいっぱい出て来るだろう。決して稀なタイプではない。



自信を持つ持たないだと説明しづらいので、以下は元増田のいう「自己肯定感」をもじって「自己否定」という言葉で説明する。



*



自己を否定するということは、「否定をする自己」と「否定をされる自己」が存在するということである

どちらも同じ自己なのだが、実際は分離したふたつの人格となっていることがある。



このことについてid:aurelianoは、これらの人格を「表」と「奥」と名付けたようだ。

自分に自信がない」と思っていても、「自信がない」ということに「自信を持っている」というのだ。

これは、「自己否定」をしたときに、「否定をしている自分」のことは「否定していない」のと同じだ。



ここで言う「表」というのは、「自分は自信家ではない」と思っている自分自己否定をしてしま自分のことをいう。これは「作られた自分」であり「頭」であり「理性」であり「大脳新皮質である

一方で、否定されている自己が「奥」の自分だ。これは「自然体の自分」であり「心」であり「本心」であり「大脳旧皮質」である



id:aurelianoは、これらがバラバラになることで「生きていることの実感を味わえ」ず、「もう生きてはいけない状態になってしまう」と言っている。

これは確かだろう。一般に鬱病などの精神病を引き起こす原因とも言われている。



そしてその解決法として、

自分が見栄っ張りであることを認め、素直に自分はバカだったと反省することである。そして、「自信がないなどと嘘をついてすみませんでした」と、はてなの読者と誰より自分自身に、心から謝罪することだ。

このように書いているが、これがそもそもの問題を無視した間違いなのだ。



*



そもそもなぜ「自己否定」をしなければならなかったかを考えてみよう。



自己を否定するのは、実は自己を肯定するためである

人は自信が無いと生きていけないのは前述の通りであるが、自信を持てないとき自己を肯定できないときに、自己否定を行う「表」の人格を作り出し、その「表」を肯定しようとするのだ。

自己肯定感が足りなくなればなるほど、「表」の人格を強化し、より自己否定を強めていく。



なので、自己否定を簡単に辞めようと思ってもそうはいかないのだ。

言い換えると、「自信がない」というのにはワケがあって、けっして「バカ」からやってるのではないのである



解決法は無理に「表」を消すことではなく、「奥」を認めていくことから始める。

「奥」の人格には本来自己肯定をする力が備わっているので、それを認知療法などを使って強めていく感じだ。



*



人間の心の歪みには、必ず何かしらの原因がある。

その原因を探り、原因から起こってしま自動思考を矯正していくことで、より健康精神状態を得ることができる。



本当に悩んでいる人は、プロカウンセリングを受けるといいだろう。高いけど。

2011-10-13

母事例 2

■自室

コンコンガチャ

母「入るよー」

 「?!」

-

■何かが見つからない時

 「時計見なかった?」

母「見てない このへんじゃない?(探しだす)」

 「あ、いいよ、探さなくて」

母「だいだいいつも同じ場所に置かないからブツブツ(探してる)」

 「(聞いていない……)」

※しばらくして母が見つける

 「ありがとう」

母「もう、テレビも落ち着いて見れないじゃない」

-

■特技を書いて下さい

 「(思い浮かばない……)」

母「適当に書けばいいのに」

 「うーん……あ、子供に好かれる、かも」

母「何言ってるの。子供なんて優しい人には簡単に懐くんだから

  本心で何思ってるかなんて分からないんだし簡単な気持ちでそんなこと言って云々」

母「子供なんてねえ……」

母「あんたは子供に好かれると思ってるかもしれないけど実際どうだか……」

 「分かった。ごめんなさい。やめとく」

母「そうだね、その方がいいね

-

1:http://anond.hatelabo.jp/20110918233317

2011-10-08

趣味漫画を描いてた。

いろいろあって仲が良かった友人と疎遠になってから漫画が描けなくなった。

ただ漫画を描いているだけで自分楽しいんだと思ってたし

一生この趣味を続けていくんだろうな、なんて思っていたんだけど、それは嘘で、

自分は友人に認めて貰うために描いていた。

いつか本心から惚れこんで貰えるような漫画を描きたいって思ってた。

もうあの人に一生認めて貰うことはないと思うと、手が止まってしまう。

自分のやっていることがくだらなく、むなしく思えてくるようになった。

人に認められなきゃやる気をなくすなんて自分でも情けないし、どちらにせよ描き続けるのは無理だったのかもしれない。

サイトは閉鎖してきた。もうどうでもいい。

- 転職ならen
- 派遣ならen
24ページ中1ページ目を表示(合計:585件)