はてなキーワード: 愛情表現とは
推しCPがかぶった人に「これからもカップリングを盛り上げていきましょうね……」みたいなこと言われることあるんだけど一瞬返答に困り、「ああ…うん…そっすね…」と雑な返答をしがち。
だってわりと推しCPが盛り上がろうが盛り上がらなかろうが結構どうでもいいんだもんなー。
そもそも雑食なので、今日AB書いてても明日BA書いてるかもしれないしその次はCDを書いてるかもしれん。運よく同じCPで年単位で活動することはあっても、それはなんちゅーかたまたま自分とそのCPのウマが合っただけなんだよね。
感想ももらえれば嬉しいけどなくてもなんやかんややっていけるタイプなので、評価が少なくてもまあいいや~と思ってへらへらしてるだけなんである。
CPの規模がでかかろうが小さかろうがやることは一緒なのであんまり気にしたことない。
でもまあ「推しCPを盛り上げたい」という人にとってはそれが愛情表現なんだろうなあ、ということは思う。
私みたいな「周りが盛り上がっても盛り上がってなくても何か書いてるだけで結構満たされている」というタイプの人間の価値観が想像つかない人もいるんだろう。
しかし私みたいな人少数派かもしれないけどそこそこいると思うんだよね。どうなんだろう。
ノンセクシュアルかもしれない。でも分からない。3年間恋人がいて、2年間(だいたい1ヶ月1回くらいの頻度で)セックスしてきた人間でもノンセクシュアルって言って良いのかな。
恋愛感情はある。性欲もある。エロ漫画読むの好きだし。でも明日から一生セックスできませんよ!って言われても困らない。自慰行為で事足りる。
恋人がいた時も、恋人関係にある人たちは愛情表現としてセックスをすると聞いていたのでセックスした。求められたからセックスした。次第に恋人が私に女性らしさを強要し、見た目のことしか褒めなくなったから別れた。
そういえば自分からセックスしたい!!!となったことは、なかった。私は別にセックスしなくてもよかったけど、しようよと言われたからしていた。
苦痛というわけではなかった。気持ち良くなかったわけでもなかったけど、わざわざ毛を剃ったり、ホテルに行ったりする方がめんどくさくて、別にセックスしなくても生きていけるなと思った。もしこの人と結婚したら、同じ部屋に住んでいるからセックスの頻度が上がるな、毎週するのはだるいなって。愛情があったときですらこれだった。
よく考えたら高校生のとき、初めて付き合った彼氏も、キスまでして、この先多分セックスするのかと思ったら嫌になって別れたんだった。
「女の恋は上書き保存」などと言われるが、私はこれまで好きになった人たちの誕生日すら忘れていない。
30年間で12人。片思いや失恋がほとんどだが全て良い思い出だ。
今更誰かに話せるようなものでもないが、自分の中だけに留めておくのも勿体無いのでここに放流しておく。
幼稚園年中〜年長のころ
一人称が「オレ」なのがかっこよくて好きだった。
小学校に上がる際、親の転勤でどこかへ行ってしまい、好きと伝えることはなかった。
小学校1年生〜4年生のころ
顔がかっこよくてスポーツ万能で、いわゆるカースト上位の男の子だった。
小学校2年生の頃に仲良しの女の子に彼のことが好きだと内緒の恋バナをしたところ、翌日には本人にバラされてしまいとても嫌だった思い出がある。
そのときは「もう好きじゃない」などと言って誤魔化したが、結局クラス替えで離れるまでずっと好きだった。
小学校5年生のころ
クラスで1番可愛い女の子も彼のことが好きで、どうやら両思いのようだったのでそのまま好きでいることがつらかった。
このころ、自作のホームページに彼をキャラクター化した絵を載せていた黒歴史がある。
小学校6年生のころ
ガキ大将タイプで少し粗暴な、学内カーストトップの男の子だった。
小学生なのに「女子」ではなく「女の子」と言うところが好きだった。
このクラスではくじ引きで席替えをしていたのだが、先生のくじの作り方のクセを見抜き毎回必ず隣の席か同じ班になるようにしていた。しかしそれで仲が深まるということは特になかった。
高校生の頃、風の噂で彼が薬物か何かで少年鑑別所に入ったことを知り、少し切ない気持ちになった。
中学1年生〜2年生のころ
ある日廊下であくびをしている姿を見かけた時にキュンと来て好きになった。人生で唯一の一目惚れだった。
とにかく人望があり良い話ばかりを耳にするので、その度にどんどん好きになっていったが、ほとんど会話をすることもできないまま「憧れの人」で終わった。
高校1年生〜3年生のころ
同級生とは違う大人の落ち着きや優しさに惹かれて好きになった。
先生に気に入られたい一心で毎日勉強をして、定期テストや模試は常に学年トップだった。
勿論この恋が成就することはなかったが、たいして進学校でもないのに難関大学に合格することができたので、人生を変えてくれた恩人だと思っている。
大学1年生〜4年生のころ
サークルの同期。
とにかく話が面白く、顔が筋肉痛になるほどずっと笑わせてくれる人だった。
趣味も合いとても仲が良かったが、友達以上になる方法が分からず、彼氏がいる期間を除いてぼんやりとずっと片思いをしていた。
大学4年生の頃、クリスマスとバレンタインを二人で過ごせたにも関わらず何もすることが出来ずに終わり、ようやく諦めがついた。
大学2年生のころ
はじめてできた彼氏だった。
付き合って4回目のデートでTシャツから胸毛と背毛がはみ出ているのを見て、さーっと冷めてしまい別れた。
当時は「未成年の女子大生を狙う社会人男なんて気持ち悪いし別れてよかったよね!」などと思い体毛ごときで冷めた自分を正当化していたものの、4回デートしてもキスすらしなかったのでそれなりに誠実な人だったんだろうなと今となっては思う。
大学2年生〜3年生のころ
この人には私がいないとダメだ、と思わせるようなところが好きだった。
1年間付き合ったものの、色々なことがうまく噛み合わずお互いに疲れてしまい別れることになった。
納得して別れたつもりだったが、かなり引きずった。食事がほとんど喉を通らず、風呂も入らず、歯も磨かず、毎日泣いていた記憶がある。半年ほどで落ち着いたが、未だにほんのり未練がある。
今ならもう少し上手く付き合えただろうなあなどと思ってしまう日がたまにある。
社会人1年目のころ
会社の同僚。
かなり変わった人だったので告白をされてから少し悩んだものの、見た目が良かったのと猛アタックしてくれるのが嬉しくて付き合った。
愛情表現をたくさんしてくれるので私も出来る限り尽くしていたものの、日々重くなる愛に辟易し1年と経たずに別れた。
その後少ししてからメンタルを病んでしまったらしく、長期休職後に退職していた。私も原因のひとつだったのかもしれないと思いやや責任を感じている。
社会人1年目〜3年目のころ
会社の同僚。
頭が良く明るいので会話が楽しく、一緒にいて居心地が良かったので好きになった。
付き合ってから徐々に相手の気持ちが離れていくのを感じ、それを繋ぎ止めるのに必死だった。
結局1年ちょっとで振られたものの諦めがつかず、その後も1年ほどセフレの座に甘んじていた。
本気で婚活をしようと思い立ったタイミングでようやく断つことができた。
社会人4年目〜今
婚活を始めてからは「恋愛」よりも「結婚のための条件」に重きを置いて出会いを求めていたが、結局好きになってしまったのでふつうに恋愛をした。
同棲するとなったときにお互いの個人情報を共有したところ、仮に「結婚のための条件」だけで相手を選んだ場合でもきっと夫を選んでいただろうと思うくらいの人だと分かった。大好きな人にオマケで好条件までついてきて、私は大変運が良かったと思う。
ここからもう増えることはないと思う。
元増田は年齢も性別も書いてないのだが、勝手に元増田は30歳を過ぎた女で相手は同年代の男と決めつけて書く。
男が自分に愛情表現をするのは当然だが、自分から相手に愛情表現をするなんてありえない。自分は男をジャッジする側の存在だから男が自分に合わせるのは当然だが、自分が男の気持ちを考えたり男に合わせたりする必要はない。そういう考え方が本当に読んでいてキツいと思った。ある種の女が恋愛に対して示すこのような態度を私は「お客様気分」と呼んでいる。お客様気分で恋愛をする女は、若いうちの遊び相手としては良いかもしれないが、年を取れば価値を失うし、結婚相手としては「地雷」である。
10代や20代なら、相手の気持ちをまったく考えなくても若い女の性的魅力だけで男を引き寄せて繋ぎとめることも可能だっただろう。30代でも同じことを続けることは可能だろうが、当然のことながら女の性的魅力は年齢とともに衰えていく。40代50代で同じことを続けるのはかなり難しい。元増田が今の相手と結婚するのであれば、加齢とともに相手の態度が冷たくなっていくのを感じるだろうし、今の相手から別の相手に乗り換えるのであれば、加齢とともに相手に要求する容姿や身長や年収などの条件をどんどん下げなければいけないという状況に直面するだろう。
同性婚カップルや同居しない夫婦や子供を持たない夫婦といった多様な夫婦のあり方も存在するとはいえ、一般に結婚とは、男女が互いにセックスの相手としての地位を独占し、生活空間を共有し、互いに責任を持って家庭を運営し子供を養育するための契約として認識されている。元増田と結婚する男は、加齢とともに性的な魅力が低下していく元増田との盛り上がらないセックス以外を禁じられ、お客様気分で自分の世話をすることを要求する元増田をお姫様扱いし続ける生活を、離婚しないのであれば半世紀近くにわたって続けなければならない。
子供が生まれれれば状況は更に悪化する。当然のことながら子育てはお客様気分ではできない。親と乳幼児の関係では、お客様扱いされるのは後者の方だ。腹が減った、眠たい、おむつを替えろ、親にはそういった子供の要求にいつでも対応することが当たり前に求められる。親ががんばって作った料理を食べることを子供は平気で拒絶したりする。お客様気分で子育てをする親は、自分の思い通りにならない子供にむかって癇癪を起こし虐待に走る。なぜなら家庭においてお客様気分でいる権利を持つのは本来は乳幼児なのだが、親がお客様気分でいる家庭では、親が乳幼児と同じレベルにまで下りてきてしまっているからだ。乳幼児と同じレベルに下りた親は、子供が何か気に入らないことをすると、大人の体格と声量と腕力で、子供のように怒鳴り暴力を振るう。
元増田に必要なのは、男女関係において男女は対等なのだという当たり前の事実を認識し、自分の性的魅力は年齢とともに衰えていくという事実と向き合い、お互いに親密さを表現しなければ数十年単位で一緒に生活していくのは難しいだろうということが理解できる程度の想像力を持つことだ。とはいえ人間はそう簡単には変わらないので、相手の男の方は元増田に期待せず全力で逃げるべきだろう。「そういうことを私ちゃんからもやってほしい、言って欲しい」というのは、今のような「めんどくせ〜」という中二病じみた態度の元増田と数十年単位で一緒に生活していくのは苦痛に満ちたものになるだろうという当たり前の想像から出てきた要求だと思う。しかし断言するが90%以上の確率で元増田は一生このような恋愛観のまま生きていくのだろうし、このような女と結婚しても数年後には結婚生活は冷え切ったものになるだろう。子供が出来る前なら離婚すれば赤の他人に戻れるが、子供が出来た後では難しい判断が待っているだろう。DV男と結婚する女が幸せになれないのと同じように、お客様気分女と結婚しても男は幸せにはなれないのだ。
料理って人によって心理的障壁の高さがかなり違うけど、もう現代では料理好きじゃない人は家庭料理なんかしなくていいと思うんだよね。全部冷食やnoshみたいなミールキットでいいと思う。どうせ近い将来家庭料理文化は消滅するだろうし。
最後に残ってるのは「子供には手作りの家庭料理を食べさせなければ」という強迫観念なんだと思うけど、それって単なる呪いでしかないと思う。別に家庭料理が愛情表現の全てじゃないし、ミールキット中心で育ったならそういうもんと思うだけだよ。それよりも嫌いな料理を嫌々作ってストレス貯めていつもピリピリしてる親がいる環境の方が悪影響でかいと思うわ。
https://anond.hatelabo.jp/20180814130819
4年も前の記事だけど、レコメンドに出てきて読んでしまった。全体からあふれ出す圧倒的な光のオーラが眩しすぎて直視できなかった。書いてないことも色々あるのかもしれないけど、こんな家庭で育ったらそりゃ自分も子供を持って家庭を作ろう!って自然と思うよね。俺だってそう考えると思う。
俺の場合、家族と特別仲が悪いというわけではないけど、これまでの人生で父親と話をした時間の総量は上記の光の増田が2人旅の間に会話した時間より短いんじゃないかなと思う。何か教わったこととか、思っていることを話し合ったこととか、ほとんどないんだよね。俺の父と祖父も似たようなもんだったんだろうなと何となく感じている(詳しい話を直接聞いたことはもちろんない)。
最近増田で流行りの「子供を育ててこそ一人前になる」だとか「早く結婚をして家庭を持つべき」というようなことを主張している人たちはこういう感じの家で育ったんだろうか。だとしたら、こんな少子化しまくり独身増えまくりの世の中を見たらそりゃあ一言言いたくなっちゃうよねと理解できる。家族とはいかに素晴らしいものであるか説いて聞かせなければならないと考えるのは純粋な善意の発露として自然なことだろう。同時に、そういう水準で育ってきた人たちの行いを真似せよと言われても何もかも無理だよなあとも思う。実際のところどうなんだろうな。
さらに遡ると前日譚まで辿り着いた。
私は毎晩眠る前に息子も娘もハグする時間を確保するようにしてます。その時に「今日も◯◯(子どもの名前)に会えてよかったわぁ。嬉しいなぁ。また明日も元気に会おうな」と言ってから「おやすみ」を言うようにしてます
https://anond.hatelabo.jp/20180730141338
そう。こういった大げさな愛情表現や褒め言葉が本当に全くできないんだよなあ。やってもらったこともないし、やったことも人生で一度もない。「イェーイ!!」みたいなテンションになれたことすら人生で一度もない。
男の愛情表現としてのセックスは性欲処理のセックスと切り離せないからな。
なんでこういうクソ女は一方的に男に生理やさまざまなことに理解を求めるくせに、自分は男の性欲について理解しようと思わないのか。
昔はすごいよかったんだよ、でももう1年以上レスだよ、私はちゃんとセックスしたいだけなのに相手はテレビ見ながら胸とか陰部とか片手で突然まさぐってくるの
めっちゃ嫌だよね、雑に扱われてるし性欲処理って感じがひしひし伝わってムカつく、そもそも同意なく他人の体触るなって怒ったらだってそこにおっぱいがあったんだもん、って
私のこと人間として見てないじゃんただのおっぱいさんじゃん、ラブドールとかオナホじゃん、私の意志は尊重されないのかって言ったら、なんでそんなに怒るのって引いてて呆れた
隣で寝てる時も夜中気づいたら寝間着をめくられて乳首舐められてるときある、睡眠姦に興味あってとかのレベルじゃなく、まじで自分が触りたいときに触ってるだけ
結構ブチ切れて怒ってるけど、相手は今日は機嫌悪いね~機嫌良いときに触ろうっと~ぐらいの認識みたい
愛情表現としてのセックスをこっちは求めてるのに相手は性欲処理のセックスしか考えつかないんだと思う、最後にした時も前戯が適当で嫌だった
なんでこうなっちゃうんだろうね、付き合いたての頃とかと関係性が違ってくるのは正直しょうがないと思いつつ、性教育的なところから叩き直さなきゃいけないのかとゲンナリしてる
勢いで女性風俗行った時もあるけど、むなしいというか、終わった後の帰り道、虚無がすごくてやめた
そんな男選んだお前が悪いとか言われるけど、こんなことになるってどうやって見抜くんだよ、と思う、すごく体の相性いいひとだとすら思っていたのに
幼少期からそういう扱いを受けてきたし、父母も親族も種類は違えど美形であり、自分も例に漏れず美形でスタイルがいい。
性格は暗いため、学生生活や社会生活では目立たないように暮らしていた。
そんなわけで、派手な恋愛遍歴やドラマチックな人生でもなかった。
そんな私にも人生で二人目の恋人が出来た。とてもいい人である。
優しく穏やかで、顔立ちも整っていて、おしゃれで、清潔感ももちろんあり、専門職で頑張り屋さんで、家事も掃除もよくやってくれる。
大好きだよ、かわいいよ、こう言うところが素敵だよ、と愛情表現やスキンシップも豊かで非常に愛情深い人である。
仕事の話、家族の話、友だちの話、愚痴もなんでも話し合えて、喧嘩してもお互い歩みよることができる。
柔道を長年やっており、引き締まった体型に、飲食店で酔っ払いが色んな人や私たちに絡んできても、穏やかに問題解決できる正義感もある。
何も言うことはない。
何と素敵な紳士だろうか。優しくて生活力があってイケメンで浮気をしない。こんな素敵な人、なかなかと思う。
ただ、夜の時はなんかこう、もっとガッと来て欲しい。
なぜ私の服を脱がさない。この細身巨乳薄ベージュ乳首の、フルカラーエロ同人もびっくりの裸体をなぜ見てくれない。
なぜキスばかりする。キスだけでなくもっとこう、色々あるだろう。胸を揉みながらとか。下を触りながらとか。
なぜ下着をすぐ抜く。その割に服はなぜ脱がさない。なぜ服の上からしか触れないのだ。ちゃんとオタクくんが好きな綿の縞パンを履いたのにキスしながらノールックで脱がせただろ。何か一言あってもいいだろう。ないんか。
もっとこう、頑張って仕上げたこの肉体をもっと楽しんでくれたら嬉しいのだが。
女性器の形がコンプレックスすぎて50万かけて整形手術して白人もびっくりのピンクスジマンを作ったんだが。
見てないじゃないか。ノールック挿入じゃないか。おいおいその穴、50万円だぞ。
美人でスタイルも良いがグロマンだったのがコンプレックスで貯めた美マン貯金。これで私は完璧な人間になれたと全能感すらあった3年前の術後。
彼氏がいないうちに、と激痛を乗り越えて仕上がったこのピンクスジマン。大好きな彼氏が出来ていよいよと思ったらこれですよ。
隠してるけどもう暴露して50万円の女性器だから見てくれないか、とお願いしたいくらいだ。
大好きだよ、かわいい、一生一緒にいよう、絶対に離さないからね、ぼくのことすき?などの声かけはとても素晴らしい。
ノールックなだけで前戯は上手く、挿入に痛みもなく、満足度の高いセックスはとても嬉しい。愛されてるなと思う。
ただあまりに着衣フェチすぎて、こちらの裸体を一切見ないその心意気に少し、いやかなり、悲しみを感じている。
着衣か二次エロかエロゲでしか抜けない、生身の女の質感が苦手なのだろう彼は。
この人と結婚するし、このピンクスジマン他の人に見せることももうなかろう。
ああ、50万円をかけたこの女性器よ。誰にも褒められぬこの悲しき人工ピンクスジマンよ。
私だけは褒めてやろう、よく手術に耐えてくれた。なんと美しい。そう思いながらお風呂でひとり、今日も鏡の前でM字開脚をしている。
私は自分に自信がなくて、ちょっとしたことですぐに不安になる。そしてそれを、相手にぶつける。
昔はこんな感じではなくて、きっちり相手にぶつけてはいけないことを理解してぐっと堪えているような子だったと思うのだけれど、いつからかそこがぐるりと変わってしまった。
理由は漠然としかわかっていないけれど、たぶん、人生で最初に付き合った人の影響かもしれない。
その人は最初はとてもいい人だったのに、付き合って半年も経つと本性があらわになったのか(この言い方が正しいのかは、今でも正直わからない。それくらい豹変の仕方がすごかったから)、立派なDV男に変わってしまっていた。
私はそのとき、まだ15歳。恋愛経験なんてない二次元オタクだったし、こんなものなのかなあと、私はすっかり馬鹿なので信じきってしまっていたのもある。
ちょっとした違和感から気付けば日常的な殴るけるの暴力にまで発展していって、私は処女もその人にレイプで奪われた。大好きなアニメの大好きなキャラクターのステッカーを携帯に貼っていたら、すべて目の前で捨てろと言われて泣きながらはがして捨てたこともある。
私はそれから、何かを犠牲にすること、してもらうことが、愛情表現なんだと思ってしまった。
何をされてもずっと好きだった。2年ほど付き合って、私から別れたけれど。
それからというもの私は誰を好きになってもうまくいかなくって、ありがたいことに好きになった人とは絶対に付き合えたし、出会う男性は大体私に好意を抱いてくれたけれど(すごい自慢みたい)誰一人として続かなかった。
1か月で別れたり、1年近く付き合っても不満もなければ好きの気持ちもない、みたいな感じで別れてしまったり。
今思うと全員、本当に本当にやさしくて私のことを大好きでいてくれたのに、当時の私はなぜかそれがまったくわかっていなくて、心の中で時々思い出しては謝ったりする。私は好きでいてくれるということがどんなことか、本当にわかっていなかった。今もだけれど、今よりももっと。
そんな私は今お付き合いしている彼がいて、もう本当にその人が好きで好きで仕方なくて、人生で一番好きになった人だと言い切れるくらい大好きなのだけれど、私はその人をずっとずっと傷付けている。
私の過去や面倒な性格を全部知ったうえで好きになってくれて、私に寂しい思いをさせないように、不安にさせないように、おくるみに包まれた赤ん坊を抱くみたいに私を大切にしてくれている。
わかっているのに、足りない。自分でも意味が分からない、理解不能なくらい、なぜか足りない。
私のために尽くしてくれていることより、私は私のために何かを犠牲にしてくれているということでしか、愛を実感できない。ずっとそうやってきたから。
言われたものは捨てたり、見ないようにしたり、好きなものを犠牲にしたら「ありがとう」と言ってもらえた。「それくらい好きでいてくれてうれしい」って、一番最初に付き合ったあの人に。
だから私も同じようにその人の大切なものをたくさん捨てさせた。そもそも無趣味な人だったから、捨てさせるものもそんなになかったけれど。
それが染みついてしまって、何か好きなものを大切にしながら、人を愛すということが、私には理解ができない。本当にできない。
すべての欲が、興味が、どんな意味での好意であっても、何もかもが私に向いていないとそれは愛だと思えない。大切な人の好きなものが心底嫌いで、憎悪の対象になってしまう。
普段からずっとそう思っているわけではないのだけれど、なんというかスイッチみたいなものがぴんと入ってしまった瞬間、私は別人になってしまう。自分でも怖いと思うくらい、自分で自分が制御できない。
相手を傷付けるような、追い詰めるような、自尊心を失わせるような最低な言葉がすらすらと出てきて、まるでそのときの私は悪魔みたいだと思う。相手からしたら、心底私のことが怖いのではないだろうか。
そういうときの私は相手からどんな言葉が返ってきてもダメで、解決策は、相手が私のために何かを犠牲にしてくれることだけ。そうならない限りもう怒りも、悲しみも、何もおさまりがつかない。
相手から電話を切られて、そのあとは、普通に生活した。終わらせないといけない仕事も終えたし、ご飯も食べて、家族と談笑もした。
あんなに大切な人を傷付けたのに。考えると涙が出るのに。
一緒にいても傷付けるだけだから、離れた方がいいと本当に思った。私のこんなダメな部分を直す努力をするのは当然の話だから開き直りとかそんなものではなくて、ただただ心から、いつこうなってしまうかわからない自分が自分でも怖くて、もう疲れてしまった。
なんで満足できないんだろう。こんなに私のことを考えて大切にしてくれているのに。わかってるし全部伝わってるのに。なんでなのかわからない。つらい。
彼が今日あんなに苦しんだのだって、私から責められたことももちろんだけど、何度も何度も「こんな思い挿せる自分がだめなんだ」って泣いてたから、そういう理由なのに。満足できない私が悪いのに。
そうやって離れた方がいいと思ってそれを伝えたら、またそれが彼を傷付けた。一緒にいるために頑張ってくれないんだって、違うんだよ。また遠ざけられて離れていくんだって、そういうことを言わせたいわけじゃないんだよ。
もう何年も前のこと、前の人を引き摺っているのかこんな自分になってしまって、今の彼に向き合えていないのは私の問題でしかない。
そもそもこんな私だって、一番最初に付き合ったあの人のせいでそうなったのかな。違うかもしれない。もともと私はこういう頭のおかしいやつで、それがあの人と付き合ったことでわかるようになっただけなのかも、と思う。
自分に自信がないから不安になるとか言っておいて、それだけ何かを犠牲にしてもらえる価値があるからきっと相手にそれを求めるんだ。
大切な人の好きなものを否定したり、奪ったりしたくない。私も私の好きなものを大切にして、全部ひっくるめて一緒にいたい。こんな不安定な、何かを捨てたりしなきゃいけないような恋愛なんて長続きしないことは私が一番わかっていて、だからこそ今回は穏やかにただ大切にするだけの恋をしたかった。
冷静なときの私はそういうの全部わかってるのに、私がふたりいるみたいで、自分が怖い。気持ち悪い。
私は優しい彼が私を大切にしてくれるたび、あなたはこんなに人を大切にできる素敵な人だよって思ってほしかった。彼は私なんかよりよっぽどやさしくていい人なのに、自分に自信のない人だから。
だめだって落ち込まないで生きていってほしい。もっと自信をもって、笑って、楽しく生きてほしい。つらいこと、苦しいことがひとつでも少ない人生を送ってほしくて、そのために大切にするねって約束したのに、破ってるのは私。
大切にしたい気持ちも、自信をもって明るく生きてほしい気持ちも本当なのに、私が一番そうさせないようにしてる。
今日でまた私は彼に、自分は人を傷付けるようなダメな人間だって思わせてしまった。違うのに。私がおかしいだけなのに。
どうやったら直るの?考えないようにしたってそれまで楽しく過ごしていたって一瞬で壊れる。私が壊してしまう。
一番怖いのは、彼が怒っているとき、私は安心してた。嬉しかったこと。こんなに怒るほど私が好きで、振り回されてくれるんだって思った。
違うってわかってる。そんなことが好きって証明になるなんて違うのに、もうずっとそれが愛だって思ってきた自分がいなくならない。
傷付いた私を救えだとか、罪悪感を抱けとか、なんでそんなことが思えるんだろう。私って何者?気持ち悪い。
私がひどいことを言って嫌われるのは仕方ないからそんなことはどうでもよくて、今はただ、彼の口から彼を否定する言葉を吐かせるようなことをした自分が許せなくて、もう死ねばいいのにと思う。
比喩でもなんでもなくて、私は人を壊してしまうのかもしれない。そんな人間が誰かと一緒にいていいわけがなかった。
一緒にいたいのに、自分がどれだけ頑張ってももう無理なんじゃないかって自信がなくて、それが本当に怖い。怖いよ、どうしたらいいかわからない。
彼がいない人生がもう考えられなくて、これからも一緒にいるんだろうなって漠然と思えたのは初めてだったから、今回こそ穏やかに過ごしていけるって信じてた。
もっと頑張りたい。変わりたい。本気でそう思っているなら変われるはずなのに、なんで?
それ、早めに解決しといたほうがいい。
そこら辺を大した問題じゃないと許してたら離婚の話し合いにまで発展した。
うちは付き合ってる時にこの状態になりました。
早朝疲れて寝てるのに、ムラムラした夫(当時彼氏)が服の中に手を入れてきて起きる。何度も嫌だと言ったが聞かず。
ただ当時は恋愛真っ最中だったので、愛情表現に応じる気持ちで、嫌だったけど大問題にはしなかった。
結婚してからはセックスレスに。私がしたい気持ちで彼に触れてもやんわり断られる。
この辺りから『なんで結婚前は愛情を受け止めてあげたいと、望まない性的行為を咎めず受け入れてきたのに、逆パターンではこんなに拒否されるのか?』
と、自分が軽く見られてる気持ちになってきて相手に優しくできなくなってきた。
なんやかんや優しく出来ない気持ちからいろんな事で揉めるようになり、結局はセックスレスと、付き合ってる時に同意なく性的接触された事がわだかまりとして残ってたと言う話で離婚というワードまで出てくるようになった。
結局、何故自分は相手の嫌がる行為を押し付けたのか?何故逆になったら寛容になれないのか?と言うところを突き詰めて考えてもらい、離婚は回避。
腹を立てるほどのことでは...と私も思ってたけど、多分結局〝相手の嫌がっている事〟に向き合わない、向き合えない姿勢がどこかで露呈するはず。
どんなに恵まれた教育の機会を与えられても本人の人間性のレベルが低いと価値のないものになるんだと思った。
家庭環境に恵まれ高い教育を受け日本で2,3番目に良い大学を出て、幾度と海外旅行をして、たくさんの本や映画や音楽の知識があり、コミュニケーション能力が高く、名の知れた会社に勤めてる人。
そんな人と付き合うことになった。
でもなんとなく心の奥ではその人のことが好きになれなかった。
付き合って2週間経った時、正直に思いを伝えた。
私は信じようと努力することにした。
しかし彼の行動は、変わらなかった。
相変わらず愛情表現は口だけだったし、手すら繋がなかった。
彼の感情の起こりや、言葉は私にとって望んでいないものだった。
いつも私をきれいだと言った。
物事に対しての向き合い方が好きだと言った。
しかし私は一度もその言葉を喜んで受け取ることができなかった。
この人の言いなりになりたくないと思っていた。
いつも自信がなく、何かを隠し、傷つくのをひどく恐れているように見えた。
しかし何を言えば人が喜ぶのかを理解し、自分の価値をわかっていた。
そして私に媚び、他人を見下していた。
一貫性のない人だった。
二か月くらい経って、そのことを伝えた。
やっとこの関係に終止符を打つことになった。
やりとりが終わったその日の夜、「嫌いになったからブロックする、さよなら」というLINEが来た。
思い通りにならない私にいらつき、傷つけようとしたのだろう。
彼は最後の最後に、自分のプライドを守るために、私たちの間で起きた出来事を上書きし、汚してしまった。
大学時代は軽音楽部に入りヒッチハイクで全国を回ったと言っていた。
そのような行動の端々に浅はかさを感じていたのかもしれない。
彼は結局、私と、そして自分自身と向き合うことをしなかった。
彼が今まで目にしてきた美しい絵や音楽は、他者を攻撃するためにあった。
ヒッチハイクで知った、出会いの大切さとは、こんなに粗末なものだった。
軽率な行動は、彼の持つ経験や知識や人生をすべて、私にとって価値のないものにした。
どうして会う回数を重ねるだけで私があなたを好きになると思えるんだろう。
どうして好きになってもらう努力をしないのに簡単に好かれると思えるんだろう。
どうして嫌いと言ったら私が傷つくと思うんだろう。
私はあなたを好きにすらなっていないのに。
どんなに高い教育の機会を与えられても、本人の人間性のレベルが低いと、そこから得られる感情や学びは軽薄で、価値のなさないものになるのだと知った。