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2024-10-22

名作といわれる昭和映画「はなれ瞽女おりん」(1977年)を観たので感想を書く

最近昭和ドラマ映画を観るようになった。解像度の高い映像で当時の作品をじっくり楽しめる環境が整ったこともあり、作品の細部にある仕掛けや意図が見えるようになり、改めて面白さを感じている。そんな中で観た「はなれ瞽女おりん」(1977年)は、篠田正浩監督の名作といわれる一本だ。

正直、この年齢になるまで篠田監督作品を観たことがなかったが、この映画は素晴らしかった。明治から大正にかけての日本の「原風景」を映し出すという監督意図は、見事に画面に現れていた。しかし、単に美しい風景を描くにとどまらず、登場人物人間性時代矛盾を深く掘り下げた内容に感銘を受けた。おそらく20代若いころにみていたら、おりんカワイソス以外の感想が残らず、忘れさられてしまっていただろう。年齢を重ねて初めてわかる名作というのがある。

映画の中心となるのは、瞽女であるおりん(岩下志麻)と脱走兵鶴川原田芳雄)の物語だ。二人とも社会から周縁化された存在だが、その中でもおりんの「はなれ瞽女」という立場は二重の周縁性を持っている。彼女瞽女共同体である高田の一座から追放された理由は、禁制の「男との関係」があったためだが、それは彼女自身選択ではなく、レイプによるものだった。

そんなおりんに寄り添い、導き手となる鶴川は、物語が進むにつれてその人物像の不整合が明らかになっていく。「天涯孤独」と語りながらも、家族存在がほのめかされ、ついには母親存在告白するシーンは映画クライマックスとなる。この告白が、おりんにさらなる絶望をもたらす。

時代背景と家制度矛盾

この物語が描かれる背景には、明治維新に始まる天皇を頂点としたイエ制度による国民統合矛盾がある。家父長制のもと、人々は家や国家という枠組みに縛られていた。

天皇を頂点としたイエ制度は、乱暴にいってしまえばそもそも江戸時代の「家中=藩」にならって編み出された。江戸時代においては「家中」が人を従わせ、結束させる機構だった。幕末の志士たちが思いつくことのできた次の時代国民統合の在り方は、やはりイエだったということだ。この点が王を承認する倫理的な神を持つヨーロッパ統治と異なっている点だ。国の危機を前にしても藩同士がいがみ合うならば、ということで、もっと大きな家中=イエにしてしまえばよい、という発想が明治維新だ。天皇を頂点として、家父長制に結合させ、国、地域共同体世帯すべてのレベルで上から下まで論理的整合する入れ子構造にするために、廃仏毀釈という荒業まで行った。この「家」の概念は、主君への忠誠のもと、等しく苦労するフィクションを生み出し、社会の不平等を覆い隠すことになった。

大正デモクラシーはそうした不条理解決する機運として盛り上がりを見せたが、やがて不況日本を襲い、財閥と大地主の利害を代弁した立憲政友会に幻滅し、人々の失望とともに大正デモクラシーは終焉を迎えるのだ。当時、腐敗した政治毎日新聞をにぎわせた。

脱走兵であることが官憲についにバレて拷問されたとき鶴川叫び「何が、国民皆兵だ。金持ち徴兵逃れで、俺が引き受けただけだ」というセリフは、その矛盾を端的に表している。明治維新で構築された家制度矛盾を背景に、映画鶴川叫びやおりんの境遇を通じてその時代不条理を描いている。

また、瞽女たちが社会の中で次第に居場所を失っていく様子もこの映画は巧に表現している。鉄道の普及が、農村部を含め人々の娯楽へのニーズの変化をもたらし、ひいては彼女たちの文化を衰退させたことや、彼女たちが生き残りをかけて変化を迫られた様子は、急速な近代化による価値観生活の変化を象徴している。

そうした社会状況のなか、おりんは一座から破門され、「はなれ瞽女」となってからは一人で生きてゆく覚悟を決めた女性だった。旅の途中で長岡のはなれ瞽女若いころの樹木希林)と出会うシーンでは、斜陽化する瞽女文化のなかで自立を模索する様子がうかがえた。またおりんも同じ境遇のはなれ瞽女出会いを通じて、自立して生きてゆく勇気と自信を得ていたように見えた。しかしやがて愛する男との別れを契機に、おりんは猛烈な不安に襲われる。それは周縁であるがゆえの存在論的な不安だ。

男女の非対称性

この映画特に印象的だったのは、男女の「帰る場所」の非対称性だ。

鶴川官憲連行される直前、おりんは鶴川から思わぬ告白を受ける。

鶴川の、ごめん実は家族がいるんだ、という告白に、留置所の小窓にかけたおりんの手が崩れ落ちるような衝撃を受ける。このとき岩下志麻の演技すごい。

このシーンに二重写しで思い出した映画がある。それは「駅station降旗康男監督1981年)。大晦日に一人飲み屋のおかみさんと熱燗を飲むシーンでおかみさん役の倍賞千恵子がいうセリフだ。

水商売やってる子には暮れから正月にかけて自殺する子が多いの。なぜだかわかる? 男が家庭に帰るからよ。どんな遊び人もこの時期は家庭に帰っちゃうからね。

好きな男には帰る場所別にある、迎え入れてくれるホームグラウンドがある、という、この同じ寂しさがおりんを襲う。

おりんは、そのさみしさを押し殺して、よかったじゃないかあんたにお母さんがいても不思議はないと思っていた、自分もいるんだ、と幼少期に記憶の残る唄を口ずさむ。エンタメ的には、涙腺崩壊のシーンだ。

鶴川がなぜうそをついていたのか。おりんを深く愛しながらもなぜ夫婦になるのを鶴川は拒んでいたのか。これは推測だが、おそらく母親瞽女を娶ることを認めないことを鶴川はよくわかっていたからだろう。失恋でつきつけられる差別社会現実瞽女文化の衰退、はなれ瞽女であるおりんの存在論的な不安定はここに極まってゆく。

鶴川には母親という寄る辺があり、天皇を頂点としたイエ制度の中で一定の救いが残されている。しかし、おりんにはそのような場所がない。かつての瞽女共同体も失われ、彼女はどこにも属することができない存在だ。この非対称は、映画終盤の「親不知の岬」で息絶えるという結末に象徴されている。

女はひたすらアウエイを強いられ帰る場所はない。これは同時代の歌でいうと、中島みゆきの「生きていてもいいですか」「エレーン」や山崎ハコの「望郷」と同じ世界線だ。一方で同時代男性歌手では、何気に上京してもふるさと愛にあふれている、という世界線の歌が多い。男には、失敗してもいざとなったらふるさとに抱かれる、というまなざしだ。「母に捧げるバラード」の海援隊松山千春の「旅立ち」が典型

この男女の人生の非対称は、先日来観ていたドラマおしん」でも同様にみることができた。

おしん物語では、農民運動に熱を入れていた浩太は官憲拷問され転向余儀なくされる。夢破れ傷ついた浩太は傷をいやしに実家の世話になる。浩太の実家父親貴族院で太かったのだ。事業に失敗したおしんの夫・竜三を救うのも佐賀実家だ。一方、おしんにはセーフティネットとしての故郷はない。振り返るという選択肢は存在せず、ただただ前を向いて歩く以外に救いはなかった。

水上勉の描く世界と非常にシンクロした世界観だと思う。



映像表現演出の巧みさ

「はなれ瞽女おりん」の映像表現は見事で、セリフに頼らず映像感情や状況を語る部分が多い。例えば、鶴川告白した後のおりんの行動や、瞽女屋敷を訪れるシーンの演出は、彼女の焦燥や絶望を鮮烈に伝えている。

男の告白ですべてを悟ったおりんは、まず瞽女屋敷に向かい自分の育った場所を確かめに行く。しかし、時がたち、すでに瞽女時代は終わりを告げていた。屋敷がもぬけの殻だとわかると、男を待つことも探すこともせず、心身ボロボロになって、一人はなれ瞽女として宿場町を回る日々。おりんの着物がボロキ状態になっていることから、はなれ瞽女としての暮らしが何年も経過していることがうかがえる。この映画終盤のテンポ絶妙だ。

また、ラストシーン親不知隧道での描写は、観る者の解釈に委ねる余韻があり、深い感動を呼び起こした。私の解釈になるが、ズームアップされるトンネルの測量機器と遠くの岬に見えるおりんの着物の切れ端の遠近感は、鉄道の普及と瞽女文化終焉を見事に演出している。さすがだわ、この演出家、そしてカメラワークに感嘆ぜざるを得なかった。映像を学ぶ人にはぜひみてもらいたい作品

おりんの物語は、単なる一人の女性悲劇ではない。社会の中で周縁化される女性たちの象徴であり、家制度という枠組みの中で矛盾を抱える日本近代のものを映し出している。家父長制のもと、妻には銀行口座を持つ権利すらない時代、周縁化された存在であるはなれ瞽女の自立と恋、その挫折を通じて、その背景に潜む不平等や抑圧を丹念に描いた篠田監督の手腕に心から感服した。

篠田正浩監督が描きたかった「日本原風景」とは、単なる美しい日本風景ではなく、矛盾や悲哀に満ちた人々の生き様のものだったのではないか。この映画を観て、初めて彼の作品に触れたが、もっと多くの作品を観てみたいと思った。そして、昭和ドラマ映画が描く時代背景の奥深さに、改めて心を動かされた。

また、ドラマおしん」と時代が重なるところでは、国民統合や周縁性に関して、もう少し思うところがあるので、またそのうち増田で。


2023-11-18

さて政教分離について考えようか

政府宗教干渉しない   わかる

宗教政府干渉してもよい  まあわかる

政府国教を〇〇とする   だめじゃね?

廃仏毀釈         だめでしょう

政府宗教団体を税制的に優遇する  これってどうなんだろう。税金払えない寺社仏閣はつぶれてよいのでは?

信仰自由        われわれは本当にそんなものを望んでいるのだろうか

2023-07-08

京都出身だけど、最近やっと鎌倉の魅力が分かってきたか

鎌倉、いいところですね。

関東に来たばかりの頃は、鎌倉にきて、こんな"古都"もあるんだなあと少しばかりびっくりしたけれど。

古都という色眼鏡を外せば、鎌倉の良さがすこしずつわかってきた、気がする。

まず、明治以降の別荘地としての、鎌倉

山と海があって、都市から近い。

鎌倉というと歴史都市と思われがちだけど、案外関西なら西宮から西側須磨とか塩屋あたりまでくらいの雰囲気に近いのかもしれない。

あそこまでハイソ雰囲気はないけれど、東京文化が入ってきていて、それなりに洒落た店も多い。

京都のように深い伝統香りはしないけれど、まあ、いい感じの海沿いの街としては、ありなのではないかな。

春の晴れた日に海沿いの古い路地を歩くと、これが漱石の味わった鎌倉かもなあと、嬉しくなる。

もう一つは、鄙びた田舎町としての、鎌倉

関東風の中華そば(甘すぎず美味しい)とか、無骨な力もちとか、そういう、言ってみれば滋賀の片田舎で感じるような、素朴な良さが鎌倉にはただよっている。鎌倉野菜京野菜パクリみたいで笑ってしまうけれど。

最後に、寺社仏閣としては、見るべきものはそれほど多くないけれど、禅寺の荒々しい雰囲気はなかなかよい。京都の禅寺は洗練されすぎていて、貴族宮殿みたいなのだ。ああいうのは、本来修行の場としての寺ではないんだろうなと思っていたから、鎌倉くらい無骨雰囲気の方が、らしくてよい。

鶴岡八幡宮は、廃仏毀釈で見る影(それは石清水八幡宮もそうだ)もないけれど、それでももう少し建築年代が古ければ良かったのに、と思う。石清水八幡宮だってこないだ国宝になったんだから。あれ、近世建築としても、洛中のものからすれば格落ちすると思うけれども。

それなら鶴岡八幡宮だって、ねえ。あと200年古ければ。

まあ、そんな鎌倉最近楽しんでいます

サーフィンでも、はじめようかな。

2023-06-25

田舎のお寺に赴任してきた若い僧侶檀家向けLINE配信はじめた結果

いや、けしかけたの俺なんだけどね。

住職が生涯独身を貫いて突然死んだ。

しばらく近隣のお寺がカバーしていたんだが、限界と言う事で、三十歳半ばの若い僧侶が赴任してきた

お寺は優良物件だそう。観光寺ではないんだけど、廃仏毀釈の流れから戦後で、歴史的経緯複数のお寺が合併しており、檀家数が無茶苦茶多い。その結果、無茶苦茶経営が安定している。

そのためか、赴任してきた僧侶は、10歳で仏門に入り、本山から観光寺まで巡ってきたという無茶苦茶エリートがやってきた。

その住職さんとLINE交換した。

檀家世話人会に年寄りばかり出ていたところで、同世代の俺が出ていったところ、若くて住職と年齢が近いからと言う理由で大量の仕事を振られた結果である

その連絡のためにLINEを交換したところ、何故か一日一度「今日の拙僧」みたいなLINEが届くようになった。

例えば、檀家さんが野菜を持ってきてくれたけれど食べきれないので、子ども食堂にお裾分けをしたら、浅漬けにしていただいたのでありがたく頂戴しておいしかった、とか、育成会が焼き芋をすると言うので落ち葉を貯めておいたが、水が溜まってしまってしけってしまい、煙ばかりで上手く燃えなかった、とか。

こちらが反応できなくても送られてくる。

それがあまりにも素朴で面白いので、LINEビジネス公式アカウントを作ったらどうか、連絡も簡単になるし、ジジババも孫と連絡用でスマホ使ってるよとか言ったところ、やってくれと言う。

結果、登録者じわじわ増えて、この間ライトプランじゃ足りなくなってスタンダードにした。

もちろんLINEだけではないけれど、お寺でお葬式をしたいという相談が来るようになって、実に二十数年ぶりにお寺で葬儀を行い、それがコンスタントに続いていたり、(先代住職葬儀すらセレモニーホールだったのに)

近所の不登校の子が「お寺なら行く」といって、住職のところに仏教画を習いに来たり、

何より、世話人会に若いのが出てくる様になって、お布施の振込・キャッシュレス化が一気に進んだりとか色々と安定してきた。

結局、接触を増やす事が大事なんだろうなと。そのためのツールとして、LINEはやはり強い。このままLINEペイでお布施が払えると楽なんだが、これは禁止だった。

2023-03-16

anond:20230316102801

無理やり分離させられたっていうのも坊主目線仏教史観だけどな。

ただの分離令が廃仏毀釈にまで発展した背景を隠している。

矛盾欺瞞に満ちた仏教に対する民衆フラストレーションを察しろ

そしてそのフラストレーション現代でも着火点にジリジリとにじり寄っている。

2023-03-14

廃仏毀釈ってあったじゃん

あの時代葬式とお墓はどこがめんどうをみてたのじゃろ。

2023-01-20

anond:20230119232607

うんうん、廃仏毀釈したいってことだよな

明治の人もそんな衝動解放して気分よかっただろうな~

2022-07-15

anond:20220715195143

明治廃仏毀釈まで神社と寺はそう区別されてないけどな。神社と寺が隣り合わせみたいなのまだ腐るほどあるやろ。

浅草寺もそう

2021-06-13

フランスってなんで仏蘭西にしたんだろう

昔の日本人は「仏」を外国名に使うことを何も思わなかったのかなと。

「ふ」という当て字だけなら他にも色々あるのに…。

明治だと廃仏毀釈運動とか関係あるのかな、なんてふと思った。

2021-04-07

欧米中東では宗教社会規範と一体になっている。

日本も昔は宗教社会規範と一体になっていた。

日本の特徴は、仏教神道を混ぜ合わせて一つの宗教にしていた点にある(神仏習合)。

しか明治に入ると、日本仏教神道を分離し(神仏分離)、結果として仏教破壊した(廃仏毀釈)。

そして国家神道を一体化させた末に(国家神道)、敗戦によってその国家破壊されたため、

日本から宗教が消え失せ、社会規範けが残った。

いま日本人が神社に参拝し、寺で葬式を挙げ、墓の前で祈るのは、

それらが「社会規範」だからやっていることで、

そこからは「宗教」がぽっかりと抜け落ちている。

しか欧米中東はいまだ「社会規範」と「宗教」は不可分なのだから

日本人が社会規範に従っているのを見て彼らは「あれは宗教ではないか」と考えるのである

anond:20210406215403

廃仏毀釈なんていうロック宗教運動熱狂してたこともあるし、そんなに宗教心薄いとも思わんのよな。

喜び勇んでテラぶっ壊してた。

とくに石曼子なんかはテラゼロを達成したし、坊主虐殺のかぎりをつくして一時絶滅までさせたのに。

このくらい宗教熱狂してた民族が、どの辺から自分たち無宗教と思うようになったのか気になるわね。

2021-02-19

anond:20210219060145

嘘つくな

仏教立国した国で

廃仏毀釈した国だ

下記のクソ増田さんのように神社に省庁がついてるクソの国だ

現実見ろよ

2020-12-29

[]110日目 『夜明け前』を読んだ

なわとび:602回

ボクシング:126kcal

年末で忙しくて疲れてたら前回から一週間以上経過していた

『夜明け前』読みおわった

まあ、実は読み終わったのは結構前なんだけど、せっかく読んだからなんか書いておきたいなと思ってから実際に書くまで結構時間がかかった

最初の巻を読んだのは実は結構前で、もう15年以上昔のこと。以来続きの巻をそのうち読もうと思いつつなんだかんだで今まで来てしまった

kindleを導入したときに、手持ちの本をいくつか電子書籍と置き換えようと思って、青空文庫に入っている本をいくら処分したのだけれど、その時ついでに続刊を持っていなかった『夜明け前』を全部揃えてあとで読むリストに放り込んでおいた

まあ、それからも1年以上放置したわけだが

一度、どうにか読んでしまおうと思って自動読み上げ機能に読ませてみたこともあるのだけれど、漢字の読みがぐっちゃぐっちゃで、たとえば「金兵衛」を「きんひょうえ」と読んだりする

これを聞きながらちゃん理解しようとするよりは、自分で読んだほうがまだ脳みそリソース消費が少ないなと思って断念した

あとで読むリストに入れて毎日目にしているとなんとなく爪のささくれのように気になるもので、今年とうとう一念発起して読んでしまうことにした

実はこのあとにまだ20年積んである破戒』というのも控えているのだけれど、まあこれは来年あたりに読んでしまおうか

こっちは一冊で終わるし

さて読み終わってみると、まず第一になぜ藤村父親の一代記とも言うべきこの本を書こうとしたのかということを考えるわけだけれども、これはやはり父親精神を病んだからというよりも、その過程で家の菩提寺でもあり、代々深い付き合いのあった万福寺放火しようとしたことの原因を探ろうという意味合いがあったのではないかという気がする

物語はすべてこの放火事件へ向かって流れていき、この事件のあとはすべてエピローグであるように自分には読めた

ところで、物語は半蔵の父親吉右衛門時代は万事が概ね順調で、半蔵の世代に移ってからは半蔵自身の才覚のなさもあって波乱万丈なように見えるが、これはたぶん作者自身が実際に見たのが半蔵の時代だったか祖父に当たる吉右衛門時代理想的に見えているだけで、実際には吉右衛門時代吉右衛門なりの苦労があったのはもちろん、彼なりの不手際軋轢もたくさんあったのではなかろうかと想像する

半蔵は半蔵なりに精一杯その時代を生きたし、それは彼の父親吉右衛門も変わらなかったろうと思うから

つの時代もどんな人であっても安気に暮らしている人はそうそういないもので、その人なり、その時代なりの苦労をそれぞれ背負って生きているものだろうと思う

これはまあ4冊も通して付き合った半蔵に対する同情でもあるけれど

個人的な興味関心との関連でいうと、一つは、最近登山をするようになって各地の山にある神社仏閣を訪れる機会が増えて、その由来などを調べるにつれ、明治廃仏毀釈いかに激しかたかを知り、なぜあのようなことが起きたのか興味があったので、その思想的背景の一端を知れたことは良かった

とはいえ平田国学から廃仏毀釈へと至る背景にはさら江戸時代寺院がかなりの権力を持っていて、その弊害が大きかったらしいこともうかがえるので、むしろ平田派の思想きっかけに過ぎなかったのかもしれない

このへんはまた機会があったらちゃんと調べたいところ

もう一つ、この前恵那山にも登ってきて正直面白みの薄い山だなと思っていたのだけれど、木曽路から見る恵那山描写を読むとこの山はむしろから眺めることにこそ面白さがあるのかもしれないと思ったりした

2020-10-23

anond:20201023174130

そりゃさすがに「問題ないと思います」なんて言うわけにはいかないか批判してるってことにするけど

あんまり話題に出してほしくはないか

「わざわざウイグルの話を持ち出す奴はネトウヨ」とか「ウイグルの件は問題だけど中国全体を叩くんじゃねーぞネトウヨ」っていう言い方をするよ

ソース

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/ShinodaHideaki/status/1313842966063005697

x988 日本国内人権問題には全く関心がないのに都合のいいときだけウイグル問題を持ち出して話題をそらすネトウヨたち。政府批判的な人物追放するのはオタクの大嫌いな中国そっくりですよ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASNBG7F0YNBCUHBI00Y.html

Gl17 人権主義から報じてるこれを朝日disに利用したり、或いはレイシズム丸出しで嫌中※記している連中て要するに弾圧側と一緒の思想だろ、陣営違うだけで。それがダメなんだよ。既出だが廃仏毀釈歴史とかこれだよね。

senbuu いくらでもこの差別政策に対しては批判すべきだが、この件では便乗して中国人全体を貶める輩がいつもいつも少なから存在する。心ある者は、そういった背後の差別者非難しよう。見て見ぬふりをするなら共犯だぞ。 宗教 差別 ウヨがひどい

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/1a44351ac948fe6c0129721b526b8d12d55f5da0

x988 自国人権問題に向き合わないやつほど他国の話に首を突っ込んで話題をそらしたくなるよね

 

ちなみにこっちは本当に「私は中国批判に荷担しません」と言った人たち

https://twitter.com/neoamakusa/status/1303525771437244417

ムーランを叩いてるのは本当はウイグル族の事なんてどうでもいいくせに、中国ディズニー憎しでここぞとばかりに吹き上がってる連中ばかりなんですよね。

そういうネトウヨ差別主義者を利する事になるので、私は加担しません。

皆さんも一度冷静になって「誰が」叩いてるかよく観察した方が良いです

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/uyghur-j.org/japan/2020/09/mulan/

RRD 残念ながら、世界単純化を望んでる。ここでの中国批判踏み絵という単純化された行為なら俺は踏まない。キリスト信者でなくても信教の自由を重んじるなら踏むべきではなかったように。

2020-04-25

明治政府キリシタン弾圧は正しいという主張を見た

日本人外国奴隷として売られていたからー、みたいなのは

一体いつの話してんだよって感じだし、

それも人身売買に加担しているらしい宣教師追放だけやれば十分なことで

日本人信徒弾圧する根拠としては弱いよな

まあ、廃仏毀釈ももっと徹底してやるべきだった、という考えも併せ持つなら

それなりに整合性はある気もするが

2020-03-06

anond:20200305061410

ルネサンス芸術復興)を経験していないから(というか復興しなければならないような芸術破壊経験していないから)ではないだろうか。(強いて言えば信長とか廃仏毀釈とかだが全体的なものではない)

西洋においては、ルネサンスの後でも、写真発明ジャポニズム発見によって印象派シュールレリズムが生起された。現代芸術はその流れの上にある。

中国においては共産革命文化大革命によって既存芸術は壊滅的に破壊され、その損失を穴埋めするために、世界散逸した古典芸術を買い戻すだけでなく、中国現代アーチスト作品を買い求めている。

日本においては、明治文明開化によって西洋美術が導入したが、日本美術にとってかわったわけではない。日本美術西洋美術技法思想をとりいれてさらなる進歩を遂げたといえよう。日本美術現代美術コンテキスト独自にとりいれているともいえる。

日本における西洋美術は、それ自体現代芸術のようなものであったし、それを完全に消化、定着しきったわけではない。したがって、それにとってかわる現代芸術海外の見た目だけを真似たものしかなっていないのではないか

2019-02-22

障害者障碍者にって特集夕方見たんだけど

そういう流れは知ってたけど、そういう主張してる人が話してるの初めて聞いてやべえなって思って、ああいうのが主流意見で変えて行こうってなってんの?

障害の害は公害とかで悪い印象だから違和感がある、行く手を阻むみたいな意味の碍にするべきみたいな

えっ本気で?って思ったんだけど

だって障害者って言葉はあつらえられた言葉じゃなくて障害って単語ありきなんだから、それで害だけ取り出して他の悪い意味のある使われ方の熟語持ってきて悪いイメージだって意味わかんなくない?

単に障害って熟語を用いて表すのは妥当ではないので新語として碍を用いた表現を、っていうなら分かるんだけど害の字が他の使われ方で悪い言葉に使われる事あるから変えるべきって???ってなるんだけど

害って言葉が害を与えるとか、要はその障害持ってる人自身を悪いように言ってるみたいで違和感とかそういう風に言ってて、それって結局障害って言葉がどこに掛かるかって部分で、単に自分自身がその当人自体を表す言葉だって思ったからそう捉えたんでしょって思うんだけど

だって障害レースってあるけど、それ聞いて害っていう字があって害は公害有害って言葉に使われるからそういう意味で害をなす印象、なんて誰も思わないでしょ

普通に障害意味そのまま、行く手阻む、妨げになるものがあるレースって意味じゃん

障害者って言葉もその当人自体に害の要素があるんじゃなく、障害という概念を負っているって意味しかないし、偏った思想人間以外はそう取ってるでしょ

しかもその番組恣意的で、碍って文字の行く手阻むみたいな意味は紹介するのに障害って単語意味は言わないんだよね

意味碍の字と変わんないか

そんな他の使われ方でのイメージがとか言い出すなら、逆に障はいいの??って思うのにそこには触れないのが更にわけわかんないし、適当に障るって意味で調べても害になるとか邪魔って出てくるし耳障りとか癇に障るとかあるのにそっちはそのままなの???って

害って言う字が嫌だからって変えたいのに害って意味が含まれる事のある障はそのままなの???ってほんと頭?まみれになるんだけど

しかもその主張してるおじさんが、碍の字が使われないのは政府廃仏毀釈の結果仏教意味のある漢字を避けてその影響だ、とか???ってなったんだけど碍推してる人ってみんなそんな感じなの?って思ったわ

それに常用漢字じゃないか校閲ちゃんと入るメディアじゃ障碍者は結局障がい者なっちゃうはずなんだけどそれはいいの?って

個人的な印象を正当化させて権利得るために自分の偏った知識の上の主張に執着して言葉や使ってる人に責任負わせるのってすごい自分勝手だなって思うわ

障害って単語自体違和感つのも人を指す場合言葉として碍で表すのもいいんだけど害だから悪い(でも障はいい)とかの筋通らない理由堂々とあげるそのやばさがやばいと思うし引く

それで辻褄あってんの?頭の中で???って思う

2018-12-16

明治の「廃仏毀釈運動

各地の廃寺となった寺の数を知るだけでもその苛烈さが分かる。富山藩では、1600か寺以上あった寺院が6か寺にまで激減。薩摩藩でも1000か寺以上あった寺院明治7年には全廃となり、藩内には一つの寺院存在しなくなった。まさに「おどろくべき暴挙」(圭室文雄*1)であった。

当時の全国にあった寺院の約半数が廃寺と化し、途方もない数の文化財が廃棄・破壊され、果ては売買されたと伝えられているが、今もなおその正確な実態は掴めていない。

2001年アフガニスタンイスラーム主義組織「ターリバーン」が偶像崇拝禁止を掲げて、バーミヤン仏教遺跡群の石像破壊すると世界中から非難の声が上がった。その際、日本政府は修復のための基金設立し、最終的に3億円以上を拠出した。

だが、皮肉なことに、近代日本の夜明けを告げた明治政府は、「ターリバーン」など比較にならない規模の「ヴァンダリズム」(文化破壊運動)を容認していたことを、日本人として記憶に留めておくべきだろう。

2018-08-11

anond:20180811233517

もともと日本はそんな感じで神仏習合進んで、明治維新廃仏毀釈明治政府天皇押し出したことで再び分離したイメージもある。

から間違ってるような気もするし、いうほど間違ってない

2017-04-26

http://anond.hatelabo.jp/20170425210458

こういう現象が続いたことが明治廃仏毀釈に至ったわけで、その時代に各地で失われた多くの文化財のことを考えれば、放置すると仏教界だけでなく日本全体にとって不利益というのは分かる。ただ、「そういう目に遭ってもなお性懲りもなく同じことを繰り返す人々」なわけだよな。結局、体制自体を変えないとダメなんだろう。

地元の様子を考えるに、僧が寺を「我が家」のようにして後を継いでいくのが100%悪いとは思わないのだが、後を継ぐ肉親がいなくなった時点ですっぱり手放すという決断自分でできないのが問題なのだと思う。知り合いのところも、子がダメなら孫、みたいな感じでなんとか後を継がせようとしてた。それは結局「自分が住み慣れた家(寺)から出て行きたくないから」なんだよね。

かといって、増田のあげた例で言うなら、「養子で入った新しい住職」の権利を強めると、今度は「信じて入れた養子に冷たく追い出された高齢の元住職夫妻(あるいは元住職が亡くなって、妻のみが追い出される等)」といった別な方向の修羅場が発生するだけのことだと思う。難しいね

とりあえず、元住職夫妻限定で入れる素敵な養老院を、本山出資して整備してみるとかそういう方向での解決はどうなんだろうかね。

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