はてなキーワード: 歌手とは
にけつッ最新回でコバが「2023年年末に初めてBTSのDynamite聴いたんですよ。それ言ったら周り中が驚いていた」と言っていて
自分も未だに聴いていないので、人類として異常なのか?と思った
しかし、昔と違って現代は「興味のないもの」を排除して生活出来るので、こんな状態になるのは必然だと思うのだ
昔はテレビくらいしかメディアが無くて、それを見ている限りは否応なく「流行り」を浴びることになるけれども
ネットにこもったり配信だけ見たりサブスクで聴いたりして暮らせる現代は自分の嗜好のみに従えるので、どうしたって「要らないもの」は排除される
ぶらぶらと繁華街を歩いたりする住環境や嗜好が無い限り、流行を押し付けられることもない
そうやってどんどん洞穴暮らしみたいな状態になってく現代人がこれから更に増えていくかもしれんな
あまりにも流行から取り残されて「本当に現代人ですか?」状態になっちゃう
つーか、そうなったらもう「流行」って何?って話だけどな
万人が知っている様なものが「流行」だとしたら、「知ってる人」がどんどん減ってく場合はもう成立しないよな
それよりも一つ言いたいのは、「流行」なんてもんは「先鋭的」ではないよなってこと
「今現在流行っている歌・歌手」は「10数年前にネットの一部界隈で持て囃されてたもの」なんだから
今頃かよって話だ
北欧諸国にもブルマーらしい写真を見つけることもできた、また、学校の体育で使われたと確認できるものもあった。
〇デンマークの学校教育では、1960年代から1980年代後半にブルマーが採用されている学校があった。また、レオタードを着用する例もあった。
〇スウェーデンの学校教育でも時期ははっきりしないが、ブルマーやレオタードが使われていた。
〇ノルウェーでは学校教育でブルマーの写真が確認できた。また、学校教育外ではへそ出しブルマー、ブラトップにブルマーが確認できた。
〇これは英国での影響かもしれない。英国では、学校教育で導入される以前の1930年代、1940年代から、Women's League of Health and Beautyなどで提灯ブルマーやショーツ型ブルマーが導入されていた。
https://www.youtube.com/watch?v=YmWYxulYQI4&ab_channel=BritishPath%C3%A9
https://www.youtube.com/watch?v=UbO9RAXHdHU&ab_channel=BritishPath%C3%A9
https://www.youtube.com/watch?v=HUrx29uQpwg&ab_channel=BritishPath%C3%A9
そして、これは知らなかったのだが、女性だけの場所では、へそ出しファッションもあったようだ。
https://www.youtube.com/watch?v=2k5uTySJO4w&t=28s&ab_channel=BritishPath%C3%A9
ちょうどビキニの水着が生まれた頃で、少しずつへそ出しの時代が始まっていたようだ。陸上ブルマ以前のへそ出しの存在には驚いた。ヨガと書いてあるが、す1956年代ににヨガが欧州に伝わっていたのが驚きだ。ヒッピーとかの時代だと思っていた。対し蟹欧州のインド研究の歴史は長いが、大衆にまで広がるのにはタイムラグがあったはずだ。いや、ここでヨガが伝わってヒッピーが育っていった?
〇フィンランドでは、女性のみの環境では1940年代から1950年代でブルマー姿になっている女性が見られた。また1970年代のブルマー着用者ではなく、ブルマーそのものの写真も見つかった。現代の学校では、スパッツやレオタードが選べるらしい。
〇アイスランドについては資料が少ないが、現代の生徒でジャージ以外にバレエみたいな恰好をしている例を見つけた。
さて、以前、調査は国ごとにまとめて行うべきで、地域を横断するのは雑になるのではないかと思っていたのだが、こうやってブックマークしておいた画像をもとに1つの記事にまとめると、北欧にはへそ出しがあるという意外な関係性がわかるメリットがあった。
女性だけの環境では、多少大胆な格好をしてもいいのだろうか。あるいは、屋内というか体育館限定なのかもしれない。
かつての記事では、女子は人前ではスカートだが、女子だけの場所ではパンツスタイルで運動したことを書いた。
それと関係しているのだろう。
もっとも、上のWomen's League of Health and Beautyでは、うら若き女性が人前で大胆なブルマーで開脚している。
これは女性の解放・自由・権利が、家父長制に逆らって好きな格好をするほうに向かっているケースで、マドンナやテイラー・スウィフトのレオタードにも似ている。
https://genxy-net.com/post_theme04/328116l/
https://pbs.twimg.com/media/F_vqDL8W0AABet_?format=jpg&name=large
では、韓国のブルマー同然の短パンで腰を振りながら歌う女性歌手は?
わからない。だが、女性が堂々と肌を見せる権利と、それが異性愛者の男性の欲望の対象となることで起きる緊張は、今にもつながっている。
だが緊張は常に悪ではない。そこから新しい思想、ファッション、表現が生まれていく。問題なのは無知や無理解、人格攻撃であり、批判は時には深い理解からなされることだってある。純粋理性批判だって、批判は肯定的な意味じゃない。何ができて何ができないか、境目を知っておくのは大切だ。
話を戻そう。
一方で、これが本当にブルマーだったのかは留保が必要な写真もある。というのも、ごく短いスパッツのサイズが合わず、結果的にブルマーのような形になってしまっていると解釈できなくもないからである(さっきの★をつけたデンマークの写真や、☆をつけたノルウェーの写真)。つまり、結果的にブルマーに見えているだけで、最初からショーツ型ブルマーとして裁断されているわけではないのかもしれない。提灯型ブルマーかはっきりしない写真もある。
今後は他のアーカイブサイトを横断し、さらに事実確認を続けていく必要がある。
今回見つけたのは、例えばデンマークでは第二都市オーフスのアーカイブだが、それこそ首都コペンハーゲンのアーカイブを探せばもっと当時のブルマが見つかるのではないか?
ノルウェーではオスロ博物館の情報もあったが、他の諸国ではどうか。
とはいえ、画像による調査に行き詰まりを感じている。幾分、事実確認よりも画像の狩猟に近づいてきているからだ。
なので、今後は各国の言語で「体操服の歴史」と検索して、それを読むことになるだろうか。
実際、英国やオーストラリアでのブルマーの展開については、個人の記憶や体験をもとにしたブログでの証言をもとにした記事もある。ただし、人口の少ない国では苦労するだろう。前にも書いたように、ショーツ型ブルマーそのものに特に名前がなく、短パンやスパッツの一種ととらえられているとしか思えない国もある。
また、リンクの途切れたバルト三国についても、画像を探し直すやもしれない。
そう、過去の記事を見るとすでにいくらかリンク切れができている。だが、魚拓を取るのも面倒だし、どのリンクが死んでいるかを何十もある記事をさかのぼって調べるのもおっくうだ。
いつ上述の作業をしたり、続きを執筆したりするかは全くの気まぐれ、次回はいつになることやら。下手をすれば来年だ。それくらい面倒くさくなっている。というか、調べまくっていたらブルマがゲシュタルト崩壊を起こしてきた。あの頃のブルマーってあんなにハイレグだったっけ?
資料の豊富にある英語で調べた、ブルマー以外の服や手塚ブッダのおっぱいのほうがしっかりと調べ物をした実感もあるし、バズる。
けれども、少しずつはてな匿名ダイアリーでブクマを稼ぐことへの執着が前よりもさらに薄れてきており、調べものをしても増田に書くかどうか、日々怪しくなっているのである。
やるとしたらトップレスやへそ出しの歴史か、しかしそれもウィキペディアの丸写しになりそうなので、何か別の資料がいる。
それではまたどこかで会いましょう。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/b.hatena.ne.jp/entry/4750290984367867328/comment/zyzy
数年前にこんな番組をやっていた。
海外の特定の職業をやっている人がダメダメなんだけど、日本人のプロがあえて「素人なので指導してください」といって潜り込んで観察し、
ダメ人間を装って最後にどんでん返しでプロの技を開陳する。海外の素人は度肝を抜かれてアヘ顔である。
この番組で、前半は寿司職人についてやっていて、番組は良い形になっていた。
だが、後半がかなり違和感があった。
海外でマジンガーZの歌を披露する外人がいて、セクシーボディーをおっぴろげて卑猥なポーズをしながら歌い始める。
それを見た水木が「こんなのはマジンガーZじゃない...」といって号泣。
そして「プロのマジンガーZを見せてあげましょう」といって開陳し、外人から「ちょっとそれ、違うんだよなぁ」と逆の反応をされる。
外人が感じる曲の雰囲気が「セクシー」だったのだから、日本人が「プロの技」などと言ってもそんなに驚くことはないだろう。
この増田以外にもSNKに関するブログにも触発されて、何年も前のちょっとしたエピソードだけどずっと心に残っている話を書いてみた。
彼女と知り合ったのは今から(※)年以上前、私が学生だった頃だ。当時、私は毎週のように近所の繁華街のクラブやバーで飲み歩いていた。いくつかあるなじみの店で私は彼女に出会った。お互い常連だったのでそのうち顔見知りになって会話も交わすようになった。特に連絡先を交換していた訳ではないし、ニックネームで呼び合ってたから本名も分からない上に、今となってはニックネームも忘れてしまってすごく残念。でも今でも顔はハッキリ覚えている。
そして、顔よりもハッキリ覚えている彼女とのエピソードがある。ある日とあるクラブにてイベントがあったので遊びに行った。大音量で音楽が流れている中で酒を飲んでいたんだけど、ふとステージに目を向けるとそれが生歌であると分かって驚いた。てっきりCD(当時はCDが音楽媒体の主流だった)を流しているのかと思ったぐらいとてもクオリティーの高い歌声だった。そしてそれを歌っていたのがその彼女だと分かりさらに驚いた。彼女と話すことはあったけど、こんなプロ級の歌が歌えるとはまったく知らなかった。彼女の歌声にとても感動した。
彼女の歌を聞いた後、座っている彼女を見つけた。この感動を是非伝えたいと思ったので話しかけた。「歌めっちゃうまいね!こんなすごい歌が歌えるなんて知らなかった!感動した!」と話して言葉をいくつか交わしたと思う。その会話の中で彼女は私にこう話してくれた。「私、歌のトレーニングのために(※)へ行こうと思ってる。歌手になりたいんだ。」と自分の夢を教えてくれた。
彼女とはそれを最後に会っていない気がする。でも(※)へ行ってまで歌手になりたいという大きな夢を語ってくれたこのエピソードはずっと忘れることはなかった。その後、私自身の夢について考える時、学生時代を思い出す時、(※)に関するコンテンツを見た時、など何かきっかけがある度に私は彼女の事を思い出し、彼女は(※)へ行けたんだろうか?歌手になれたんだろうか?などと思いを馳せていた。でも私はすでに引っ越していたし、彼女の連絡先も分からないし、その問いの答えを得る術はなく、歌手になれてたら良いなとただ願うだけだった。
そして彼女と最後に会ってから十数年後のある日、私は何気なくテレビを見ていた。歌番組だ。曲名と歌手の名前が紹介され、今から歌が始まろうとしている。私は音楽に疎いので初めて聞く名前だ。そしてイントロが流れ、間もなく歌い始めようというタイミングで歌手が映し出された。ここまで書くともうバレてしまうが、そう、テレビの中に映し出されたのはあの彼女だった。顔はハッキリ覚えている。一目で彼女と分かった。とても胸が熱くなった。そしてそれは曲名も分からない私でも聞いたことがあるヒット曲だった。
私の知らない十数年の間、彼女は努力を続けていて、そしてあの大きな夢を私が想像した以上に大きく叶えていた。私の心の奥でずっと漂っていた問いは、突然に答えを得た。そして「夢って叶うんだ」と思った。強く感じたというより、十数年という重みをもって私の心の奥深くに届いた。彼女ぐらい歌が上手い人はほとんどいない。でもそれ以上に、彼女ほど私を感動させてくれた歌手は他にはいない。たまたま昔の彼女を知っていたという個人的な理由だが、この感動は彼女から勝手にもらった私の人生の宝物だ。
私もそれなりに子供の頃の夢に近い職業に就けた。それでも自分に失望したりすることは多い。残念なことに、もう今から大きな夢を語るような歳でも地位でもない。それでもまだ小さな夢を持っていて、それに向かって努力をしている。彼女ほど大きな夢でもないし、彼女ほどの努力でもないとは思うけど、こうやって私がまだ夢に向かって進んでいけるのは、彼女からもらったこの宝物のおかげだと思う。彼女にはとても感謝している。本当にありがとう!
勝手にもらって勝手に感謝しているので良い迷惑かもしれないが、この感謝の増田がどこかへ流れ着いて彼女の目に届いてくれたらうれしいと思う。十数年後に届くかもしれないと実は本気で思ってる。そんな彼女は紅白歌合戦にも複数回出演するなど、今も活躍を続けている。そして彼女からもらった宝物も輝きを増している。
他者の賞賛が必要な何者病の子が必要なのは、基本的に精神科医やカウンセラーのアドバイスか親との和解だと思うけど、
最近、推してるアーティストが『何者にも〜』+『地を這う感覚が消えない』って言ってるのとか見て、
確かにアーティストの場合は、有名になって、とにかく聴いたり・見たりしてもらわないと、何も始まらないので、
何者かになりたいと熱望するのはそりゃそうだなって思いました
でも、自分の作品を知ってもらうために、本業とは違うことして仮に大成功収めても、果たして幸せなのかな?って思う
ヒカキンなんぞ、もう常人の10周分以上のお金稼いでるのに、『僕って何者なんですかね?』とかやってるぞ
171cm、65kg
女性に魅力を感じるから恋愛対象は女性だと思うんだけど、結婚する理由がない。
推しの歌手や友人が結婚したり、恋愛系の話を聞いて微笑ましい気持ちになる。
好きな人が別の人と結婚して幸せそうにしていたら、自分と結婚するよりはその方が幸せだったんだろうと素直に喜べると思う。
貯金が多少あるとはいえ、この程度では国民年金も貰えないであろう将来に不安が残る。
しかも数年後に親がリタイアすれば、ローンと生活費すべてを自分一人の給料では賄える自信がない。
でも親が一人で自分ともう一人の兄弟を大学まで卒業させてくれたから、自分のできる範囲で親の面倒は見たい。
そんな負債ばかりあって相手の欲を満たせず、異性との付き合い方も分からないモンスター、選ばれるわけがない。
だから、自分には結婚ができないんだろうなと思っている。そう思えば、自分から探す気にもならない。
とはいえ、どなたか好いてくれる人がいても、きっとその愛に報いるだけのモノを返せないんだ。返せる自信がないんだ。
だから、もう数年前から思ってはいるが、云十年後に一人で生活して云十年後に一人で野垂れ死ぬ事実は、もう目と鼻の先の現実。
でもそれは絶対苦しいし寂しいだろうなと思う。
いくらインターネットで誰かとつながっていても、一度遮断すると一人だ。寝るときは必ず一人。
誰か一緒に将来を歩んでくれないか、性欲がないから別に同性でもいいんだ。
今のままでは、自分が生きていた事実は何も残らないんだ。それが怖い。
誰か一人の胸の中にでも存在が残ってくれ。
きっと自分はもう上に書いた通り、将来一人で死ぬことになる。多分もう手遅れだ。なんならとうの昔に手遅れだ。
これを読んで共感する君、まだ手遅れじゃなかったら足掻いた方がいい。自分は多分、首が締まっていることに気づかなかったんだ。
一人でも助かった人の記憶に残ったら本望だな。
https://twitter.com/seikouotakujp/status/1759760451578269727
『成功したオタク』って映画、出てくる女たちが小太りでもさくてえらいリアルなオタク役者だなーとPV見て思ったが
ドキュメンタリー賞取ったってことは役者じゃなくてガチでオタクな一般人たちなのか
アイドルやインフルエンサーばかり見て弱者女性を認知外に置いてる奴らよ、これが本物の弱者女性だぞ
>あるK-POPスターの熱狂的ファンだったオ・セヨンは、「推し」に認知されテレビ共演もした「成功したオタク」だった。ある日、推しが性加害で逮捕されるまでは。
>突然「犯罪者のファン」になってしまった彼女はひどく混乱した。受け入れ難いその現実に苦悩し、様々な感情が入り乱れ葛藤した。そして、同じような経験をした友人たちのことを思った。
>信頼し、応援していたからこそ許せないという人もいれば、最後まで寄り添うべきだと言う人もいる。ファンであり続けることができるのか。いや、ファンを辞めるべきか。彼を推していた私も加害者なのではないか。かつて、彼を思って過ごした幸せな時間まで否定しなくてはならないのか。
https://alfazbetmovie.com/otaku/
「正しいオタク」で検索すると「誰」「元ネタ」とサジェストされる割に答えが書かれてない
PV中で顔は隠されてるが、イベントシーンの背景の韓国語はそのままだったのでGoogleレンズさんに翻訳してもらって特定
チョン・ジュニョンという歌手だ
全然知らなかったけど「バーニング・サン事件」というのが大統領が言及するほどの大事件になったそうだ
バーニング・サン事件 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
芸能人や富豪の集まる高級クラブ「バーニング・サン」で、セクハラされた女性客を守ろうとした男性客が暴行される事件が発生
店も警察も暴行犯の味方をしてもみ消されそうになったのを男性がネット上で告発、店で行われている売春斡旋・違法薬物・賭博なども発覚し騒動に
チョン・ジュニョンは店自体には関与してないようだが、逮捕された客のスマホからチョン・ジュニョンのグループチャットが見つかる
彼は、女性たちとのセックスを盗撮し、それを金持ちたちに頒布するという違法行為をしていた
集団強姦したわりには軽い気がするが、日本の猥褻行為が韓国だと強姦の一種扱いだからまた違うのか?
どちらにせよファンは辛いだろう
映画見たいな
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/45027695e530e051763275a72d54d44c1509526a
昆布(自然?)と味の素(化学?)が対立概念である、という図式をスンナリ受け入れている人々が多いようだけれど、そういう人々はいまだに味の素を石油化学合成食品だと考えているのだろうか。
味の素が化学合成を中止して発酵製法に切り替えたのは1973年のことだ。
1973年5月14日にMSGの最終晶析、23日に最終分割を行い、試運転開始以来10年10カ月にわたり続けてきた合成法によるMSG生産に終止符を打った。
(※MSG = グルタミン酸ナトリウム)
60年代~70年代の日本では公害が大きな社会問題となっていて、石油化学工業全体に対する消費者からの風当たりは非常に強かった。四大公害病(水俣病、新潟水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそく)を小学校で習った人も多いだろう。
味の素の基幹工場は、ほかならぬ四日市市にある。上の資料でも、石油化学製品を過剰に警戒する消費者の忌避感に逆らえなかった苦衷が(かなりあけすけに)綴られている。
1960年代前半には高い評価を得ていた技術が、わずか10年余りのうちに一転して受容されにくい技術になった。その背景には、化学に対する消費者の劇的な意識変化があった。化学合成技術を最先端技術としてもてはやす時代から、公害の元凶として排撃する時代に変わったのであれば、食品を化学合成で作るというコンセプトは受け入れられない。
「化学調味料は得体の知れない身体に悪いモノ」という風評やマイナスイメージは70年代にはすでに一般的だったのだ。時代はPCBや水銀やカドミウムが重大な食害事件を起こしている真っ最中である。化合物食品や食品添加物に対する不信感は、現代のオーガニック信仰などとはまったく次元の違う切実さがあったはずだ。
味の素の失敗は、せっかく製法を切り替えたのに商品名を変えなかったことに尽きると思う。すでにブランドを確立していて手放しがたかったのだろうが、味も成分も商品名も同じままだったら、誰も作り方が変わったなんて思わない。新・味の素とか味の素ネオとか、あるいは全然違う名前をつけた化学じゃない方の旨味調味料を売り出して、オリジナルの味の素は静かにフェードアウトさせるべきだったろう。令和の今に至っても味の素を「化学調味料」「化調」と呼ぶ人がたくさんいることが失敗をよく物語っている。
味の素系のブクマでコメントを見ていると「親が味の素を嫌いだったから自分にも使う習慣がない」という2世アンチも散見される。事実を知らないまま「味の素は悪者」というイメージだけが親から子へ、子から孫へと語り継がれてしまった結果である。
古いイメージをアップデートできていないだけならまだいい。それは無知なだけだ。
『美味しんぼ』には、露骨に旨味調味料を貶めるエピソードがある。山岡たちは(現在は味の素が発酵食品だと知りながら)わざと「化学調味料」という言葉を使い、味の素が化学合成していた時代のままの主張を展開する。まるで電気自動車の排気ガスが汚いと言っているようなものだ。
味の素の味が嫌いなら使わなければいいし、昆布の味が好きならば昆布を使えばいいし、「身体に悪いって言ってる人がちょいちょいいるから」くらいのよくわからん理由で使わないのもその人の自由だと思う。
私は基本的に増田に追記ってしないんだけど、スカタンなブコメひとつだけ晒し上げときます
安全とわかっているのだけど、遠慮したいのだね。味の素を愛好していた歌手・タレントの方が「がん」で亡くなった。生前に特製ソースと謳って、味の素を大量に投入していたのテレビで観ていた。