はてなキーワード: 公募とは
クソ寒いキモ自分語りをどこにもぶん投げられないので増田に放流する。
いや、友達はいたんだけど外遊びが出来なかった。運動音痴って言うか、身体が思い通りに動かなくて、真っ直ぐ歩くこともままならない。身体も弱くてみんなから無理しないで!ってハブられるような子だった(アラサーになった現在脳の障害者なのでまあその関係かなと今では思う)
当然外遊びが出来ないので、暇な私は図書室に引きこもった。沢山の本を読んで、いっぱい感動して泣いた。私もこんな話を作りたいと思った。私みたいに本の中しか居場所がない子によりそう話が書きたいと思った。ここから二十年小説を書き続けることになる。
が、驚くほど才能がなかった。
オタクの人ならわかる話の例えしかできなくて申し訳ないが、本気で書いた6万字の二次創作をpixivで公開した時、ブクマ6しかつかなかった。別に私の中では過疎ジャンルじゃないし大手カプなんだけど。100人読んで6人しかブクマしてくれない。そのくらいの才能。
オリジナルもいっぱい書いた。いっぱい公募に出した。何十万、お金をかけて学校まで通った。
全部ダメだった。
妥協案で私は図書館司書の資格を取った。本に関わりたかったし、司書になれば子供に寄り添った本選びとか、居場所がない子に場所を提供できると思った。でもインターンシップに行って夢が壊れた。あんなのは(職についてる人には悪いけど)私にはやりがい搾取にしか思えなかった。
身体が弱いからだ。でも2年で身体に限界が来て、自分が統合失調症と鬱を患ってたことを知った。会社はやめた。
医者には数年は職につけないと思ってくださいって言われた。ぼーっとしてたら障害者手帳と障害者年金が手に入った。
どうしても昔の自分に伝えたいことがあった。私はデキ婚で、中絶費用が無くて産まれてきただけで、望まれて産まれたわけじゃないし、親に虐待されてたけど、親も別の思考を持った人間だから無理に仲良くしなくてもいいんだよって言いたかった。遺書代わりの遺作になる予定だった。10万字書いた。最後に自分だけでも救いたかった。
自殺に失敗した。
もう笑うしかなかった。
職に就くのは絶望的、結婚もブスだから出来ない、日常生活に介護が必要なほど無能、子供は反出生主義なので出来ない。朝が来ないで欲しかった。日に日に歳をとるのが怖かった。30歳になった時に「あーこれ詰んだわ」と思った。
こっから成り上がるには小説家になるしかないと思った。売れる小説を研究して書いて、出版社の評価シートやなろうのコメントに一喜一憂した。勿論未だに出版は出来てない。その程度だ。
でも、この間ある音楽アプリのソシャゲのストーリーを途中まで読んで、「あれ?」って思った。天才が人を救う曲を作るために作品作りをする話だった。
売れるためじゃなかった気がするんだ。友人からもお願いだから初心にかえってって何度も言われた。別に私は異世界もふもふ悪役令嬢ざまあエロ小説(売れる要素てんこ盛り丼)が書きたいわけじゃなかった気がするんだ。いや楽しんで書く分にはいいんだけど、私には苦行だし、私は売れるのが理由で書いていたわけではなかった気がするんだ。
でももうなんも思い出せないんだよ。
なんで小説家にあんなになりたかったのか思い出せないんだ。思い出せるのはそうなると決めた結果だけで、何が私を感動させて、何がそんなにも、それこそ人生捨てれるくらい追いかける理由になったのかが全く思い出せないんだ。
昔、貴方の作品は全て人を選びますって言われたことがある。文章が読みにくいって言われたことがある。それって才能無いってことじゃん。
私、なんで小説家になりたかったんだっけ。小説を趣味で書いてネットに置いておくのはなんでダメなんだっけ。私、本当は何が書きたかったんだっけ。
涙と一緒に笑いが溢れてきた。
二十年小説書いててなんも書きたい物書けてない。ひとつだって満足したもの書けてない。誰にも私の小説は目にとまらない。
疲れたなあって、もう辞めるぞって、そう何度も決意しても次の日には何万文字も書いてる。
私、これからどうすればいいんだろう。何を書けば辞められるんだろう。パソコンとスマホ捨てればいいのかな。でも紙とペンがある限り、私は何枚だって書いちゃう気がするんだ。
うんち。
はじめてやけど、ちょっと思い返した雑感をまずは......。
先日、23歳にしてはじめて小説一本書き上げた。
とにかく書き上げることで精いっぱいで、完成させるのが目的みたいなもんだった。
出してから二か月ほどたって、書いたものと距離をおけるようになった。数人の友人にも送ったけど、みんな途中で読むのやめちゃったみたい。みんなが最後まで読み通せるものを書けなかったのは悔しいね。
まあ、下読みの段階で落とされてるんだろうな。
ま、そんなんは今となってはどうでもいいわ。
実際に小説書いて形だけでも完成させてみて、得たものもいっぱいあってさ、
まず当たり前けど小説を書くむずかしさってのは身に染みてわかった。想像してたのとは違った。それに敷衍して、小説以外にも、曲とか絵とか完成させてどんな形であれ世に出してる人へのリスペクトがめっちゃ深まった。
どんなものであれ、とにかく作品ひとつ完成させるのにはすごい労力かかってて、それ自体がすごく尊いことだなって思えるようになった。
そんなこと考えてた時に、twitterでとある下読みの方が投稿されてきた小説に対してながながとツリーぶらさげてアドバイス(というか苦言)書いてるのを目にした。いっぱいRTされててトレンドになってた。
その内容自体は教本に書いてあるようなことで正論。下読みしてきてあったらしい悪例挙げて、「そんな書き方だとプロにはなれないよ」って批評してる感じ。まあ、その通りだと思った。
けど、なんか違うんじゃないかなって思った。なんか下読みっていう立場を利用してマウントとられてるような気がして、やな感じだった。
少なくとも、素人ながらも時間かけてなんとか作品を完成させた人へのリスペクトはみじんも感じられなかった。いや、そんなリスペクトしてくれってわけではないんやけどさ。
でも、下読みの人にマウント取られるような世界でものは書きたくないなって思った。
小説の公募新人賞の投稿作品のほとんどは箸にも棒にも掛からないような駄作、またはそれ以前の問題なんだろう。
けれど、そのごみ小説ひとつ書き上げることへの労力はかなりのものであることは確か。でも出来たものはごみ。けれど時間かかってるから、書いた当人には思い入れがある。気に入ってるところとかもある。このアイデアは独創的なんじゃないかって思って書いた場所もある。
ふと、京アニのあいつのことを考える。あいつも京アニの公募に時間かけてひいひい言いながら書いた作品送ったのかな。これはいける。このアイデアはいけるって思いながら書き上げたんかな。
そんで、公募投稿者の例に漏れず、賞とらねえかなとか期待しながら発表を待ったのかな。そして、選外。そんときは落胆したのかな。
どんな精神状態で待ってたんだろう。落選したあとは何考えてたのかな。不安だったかもしれない。
実際に小説を出してみて、あいつの気持ちが少しわかった気がする。
自分の書いたものが、どんな風に読まれて、どんな風に落とされたのかもわからない公募新人賞のシステムは、合理的だけどやっぱり多くの人にとっては不親切だ。そんで、今なんてTwitterで下読みにマウント取られさえする。別にそのシステムが悪いとかいいたいわけじゃない。才能を持った人はそのなかで当然のように選ばれるんだから、このシステムは正しいんだと思う。
ただ、もし自分が精神的に不調で被害妄想気味になってて、自分の作品に対して距離をとれずに、落とされた意味が理解できずにいたとしたら、
そのあとに、自分が書いたものと似たような作品が自分の送った公募の運営会社から出たら、彼のようにならないとはいえないなあ。
私はこれからも小説を書こうと思うけど、10年後、20年後、自分がどうなっているかはわからない。
人知れず消えていく、多大な労力を掛けられた渾身の駄作たちは、それ自体が意味を持っていると思う。
小説家になりたくて何十万かけてスクールにも行った。公募にもたくさん出した。紙の束が何個もできるくらい頑張った。
でもだめだった。
同じ大学だった文芸サークルの友人がデビューしてだめだった。ちなみに今俺三十路な。
無職だよ。今。
この間別の友達に怒られたよ。いつまで無職なんだよってな。なんで俺より頭良いのに働かないんだってな。
でも俺マジで小説しか書けないからさ、会社とか新卒の時にクビになったきりだし。そもそも人間関係が苦手だ。
周りにも媚びれない。だからネットでも人気者になれない。デビューした奴は周りからの人気(Twitterでの営業)がまめな奴だった。まあコイツ仕事も出来るから(会社員)得意なんだと思うけど。
比べるのをやめたいけど、毎日毎日惨めになってもうダメになっちゃった。
先を走ってても追い抜かれる。
それを思うと怖くて1文字も書けなくなった。
今は2件結果待ち。
本当はもっと書きたいけどもう無理だ。
怖いのに疲れた。
コメントの仕方がわからないからここに書くが、俺は多分純文学(?)を書いてる。そのつもりだ。だがそれをライトノベルの出版社に(多少ラノベ要素あるので)を送るカテゴリーエラーじゃないかみたいなことをしてる。俺も自分がいったい何を書いているのかわかってない。だから落ちるんじゃないかな。
のんびり自分のペースでまったりやってきたが、どうやら自分がトラブルの渦中にいた事を知ってしまい死にたくなっている。自殺も考えている。
俺はその時出版社宛ての公募に落ちまくっていて気持ちがいっぱいいっぱいだったが、公募用とは別にネットで小説を書いていた(今は非公開・完結済み)
宛先は友人3人と共同でやってるアカウントだ。一緒にやってるのを友人A、Bとする。ファンアートの件は昨日偶然知った。なんでも俺に届かなかったのは友人Aが投稿された瞬間描いてくれた人に凸ってキレて、Bが即謝罪でその場を収めていたかららしい。(俺は基本Twitterにいない)リークって怖いな。
友人Aは囲いを作って媚びてポイント稼ぐタイプの小説書きで、自己顕示欲の鬼だ。それが原因かわからんが共同アカウントはファンアートがきっかけでAによって削除されたが(Bはキレてた)キラキラ創作者を演じている別垢で転生し、毎日フォロワーにちやほやされてる傍、Aは毎日のように俺に個別LINEでマウント、俺の作品sage、愚痴系自慢などを送ってくる。
Aはあるweb公募に通って担当付きになった。そしたらマウントがもっと酷くなって、別ジャンルで公募に送る小説をシコシコ書いてる俺は毎日のLINEに疲れてしまった。
何よりきついのはちやほやされるために小説を書いているAに俺の頑張って一生懸命書いた小説が負けた事だ。
Aは読者選考系のwebから成り上がり、俺は地道に紙で出版社に送り付けてるので、まず土俵が違うのはわかってるが辛いもんは辛い。
俺が全部悪いのか。
助けてくれ。
一方で、受かった人をネットで検索すると何人か出てくるけど、「政府と関係ある会社の社員」とかが多いように見える(あくまでネットで見える範疇だけど)
テレビで出てきた人も知り合いがいたが、「君はひろゆきや起業家や大学の先生より社会に貢献できるサービス発案なり開発できるんですか?」と疑問しか出てこない人もいた。
正直自分も落ちたんだけどさ。
でも、自分の場合もそうだけど、「マイナンバー問題とか普通に解決できます」ってアイディアなり経験なり持ってる人が応募しまくってると思うんですよ。
そういうサービスなりシステム作っていける人が受からずに、「政府と関係の会社の社員」みたいなのが受かりまくるってのはどうなんかなあ。置きに行ったのかもしれないけど、最初から置きにいくとかで大丈夫なのかな。
ひろゆきクラスでシステムを作ることができる人が、デジタル庁の採用者でどれくらいいたんだろう。
ってか、ひろゆきクラスを不合格にすると決定した人は何ができるんだろう。
社会を変えるチャンスだと思ってひろゆき採用すりゃいいのに、なぜしなかったのか。
社会を変えたい人やサービス作りたい人が採用されず、政府関係の会社の社員なだけで民間登用するのなら、デジタル庁も、やはり今までのIT大臣とかと同じパフォーマンスになっちゃわないかなと心配になる。
友人をネトストしたい。友人の推しキャラをアイコンにし、友人と相互フォローしているクラスタをフォローしてから、鍵垢フォローの申請がしたい。
もちろん、本当にそんなことをするつもりなんてない。休み時間に友人のアカウント名で検索して、友人の所属するクラスタが飛ばしたリプライを見る程度だ。めったに更新しないアカウントらしく、頻繁にリプライが飛んでいるわけではない。だから、よくやり取りしているアカウントは記憶してしまっている。
友人との付き合いは長く、学生時代からだ。元々は一緒に小説を書く仲間だった。友人が小説を書き始めたきっかけも、私がブログに詩を掲載していたからだ。紆余曲折を経て友人は小説家デビューしたけれど、私は芽が出なかった。最終選考には残ったが、プロから小説に向かう態度が甘いと言われた。数年ほど公募に挑戦したが最後には心が折れた。
私は最善を尽くした。けれどもダメだった。結果は受け入れている。友人がプロデビューしたのは、友人がさらに努力したからだ。けれど、最近はその友人もプロとしてではなく、小説サイトに連載することを選んだ。商業でやっていくことの大変さを知ったからだ、と言っていた。自分よりも構成やキャラクター造形が優れているのに、すごくもったいなく感じている。私よりもずっと読まれるべき作品を書いているのに、商業出版しないなんて。私は友人の保護者でも何でもないのに、そうした気持ちになってしまう。友人の小説を隅から隅まで読んだわけでもないのに。むしろ、友人に対する嫉妬と作中の地雷描写のせいで商業作品より後の作品には眼を通していないのに。私はあなたのファン一号、と言われたことをずっと引きずっているんだろうか。
私が友人に対して屈折した思いを抱いているのは創作にまつわることのほかにも、鍵垢で私よりも深くつながった友人がたくさんいるからだ。よくある話で、自分が相手に向けている感情が、相手が自分に向けている感情が大きいらしい。それだけのことだ。文学サークル時代にもそういう友人がいた。私が一方的に憧れて毎週のように会いたくても捕まらない相手がいた。
友人にも、私のあずかり知らないところでやりたいことが山ほどあるのだろう。だから、友人にこっちに振り向いてもらおうとは思わない。でも、複雑な家庭の事情を私にはあまり詳しく話してくれなかったのは単純に寂しい。
それでも、数か月に一回飲みに誘ったとき、なんだかんだ言いながら顔を出してくれるのだから、そこは素直に喜びたい。昔の人間関係にずっと執着してもしょうがない。書いてすっきりした。この煩悶をネタに小説を書くこともないだろう。もうちょっと職場で人付き合いをよくしよう。友人とも細く長く付き合っていきたい。
君は学生時代から行動力があって、ちょっと傲慢で、自分の正しさを確信していて、「正しいこと正しい」と突っ走ることが多いゆえに、誤解も受けやすい人でした。
大学を卒業後、商社マン→経済紙記者→大阪での公募に応募しての中学校の校長と、目まぐるしくキャリアを変えていったらしいことは風の噂とネットの噂で知りました。
中学校の校長を辞めるにあたっては、色々なトラブルの報道も出て、遠くから少し気にはしていました。
その後、君が東南アジアに渡って記者の活動をしているらしいこともネットで知りました。
先程、テレビで記者会見をみていて、あー、とか、えー、とか挟みながら喋る癖は変わらないけれど、昔より声が低くなって、昔より周りの人への感謝とか素直に語れるようになったなあと感じました。
まあ、異常な体験の後でしょうから、これが今の君の本当の姿なのかはよく分かりませんが。
とにかく、無事に帰ってきてなにより。
君が見てきたことは、世界に伝えるに価値のあることだと思うので、今後の活動に期待しています。
とりいそぎ。
サイボウズ 社内公募による 次期取締役最終候補者を公開 新卒1年目を含む計17名の社員が最終候補者として選出
https://topics.cybozu.co.jp/news/2020/12/22-8926.html
あと、サイバーエージェントは新卒を社長に子会社を作るみたいなことをよくやってるね。
それが良いことだとは思わないけど、事例としてはあるよ、ということで。
元から収入が多かった人気漫画家 最初から高級マンションに住んでた時点で気づかないもんだろうか?
かなりのコミュ強でVtuberコミュニティ内に超積極的にアクションを起こしてコラボを作り出して交流を繰り返してきた
ついにはお友達の収入確保のためにVtuberグループまで作成する。(のりプロは公募とか一切なくてお友達枠しかデビューしてないんだぞ…?)
配信上こそコミュ障だとか陰キャだとかアピールしてオタク営業してたけどさ、とんでもなく「陽」の人間だぞ?
たまき君のリスナーってそういうの分かった上で楽しんでる人間だと思ってたけど、そうでもないピュアなオタク君のファンもいたんだね。
「究極進化したフルダイブRPGが現実よりもクソゲーだったら」とかいうアニメがあるそうで、そのティザーがTwitterにあった。
https://twitter.com/fulldive_anime/status/1342802340420739072
で、このムービーの冒頭のファンファーレが、JRA宝塚記念だけで使われるファンファーレと同じなんだ。
https://www.youtube.com/watch?v=UtxAswuxlQY
アニメのサウンドトラックにクレジットされている中西亮輔って人は、いろいろ実績がある人みたいだけど、その中にアニメ「ウマ娘」の楽曲の編曲も含まれるんだよね。
・七色の景色 (TV Edit) [第1R 挿入歌] 作詞・作曲:瀧田綺美 編曲:中西亮輔
・恋はダービー☆ (TV Edit) [第3R/第10R 挿入歌] 作詞:Cygames (corochi) 作曲:Cygames (本田晃弘) 編曲:中西亮輔
ということは、さすがに「競馬はまったく知らない、どこかで偶然耳にしたメロディに似てしまった」ということも難しいと思うんだよね。
ファンファーレだからきっとクラシックだろう、著作権なんてないだろう、みたいな意識で譜面にしたのかな。JRAのファンファーレはすぎやまこういち、宮川泰、鷺巣詩郎、服部克久、川口真というそうそうたる面々の作曲で、宝塚記念は1999年から公募で選ばれた早川太海氏の作品だから、どれもまだまだ著作権は健在なんだけどね。
みんな「女」が自由意志を剥奪されるっていうありえない仮定をしてるけど、普通に女性は自由意志を持ち続ける前提にして、そこにシステムがどう貢献できるか考えればいいんです
たとえば金と権力はあるけどそれ以外どう見ても魅力のない男に美女が寄っていくパターンが世の中にはありますね?あれは脅迫されてるとかでなければ自由意志でしょう
たとえ人格的・肉体的魅力がカスでも、トロフィー的魅力があれば選択肢に入れてもいいと考えるタイプの人間は存在するものです
ところで金とか地位とか名誉とか特権というものはまさに「お上がシステムとして与えられるもの」です
さすがに弱者男性に金や地位を与えたら強者男性になるだけなのでやるべきでないでしょうが、何か代替になるような概念を公共事業として創出することができれば、あとは市場原理に基づいて自然に人々が流れていくと期待できます
たとえば障害者介助のボランティアを行えば道徳的な学生とみなされ進学・就職で有利になるように、弱者男性と結婚すれば進歩的な女性であるとみなされ様々な優遇を受けられるようにするというのはどうでしょう?
優遇の内容は金銭的援助でも公務員試験の評価ポイント加点でも選挙権2倍でもなんでもいいので各自適当に考えてください
もちろん強制ではないので自由恋愛のメリットとのトレードオフで好きな方を選べばよいし、恩恵を失ってもいいなら離婚も可能とします
多くの人は自由恋愛の方を選ぶでしょうが、「私のスキルでは他にいい職もないし、安月給でも働けるだけまだマシか」と判断する人が世の中にはいるように、「私のスペックでは幸せな結婚できないし、公募結婚して社会貢献実績を得るのもひとつの手か」と判断する人が集まっても不思議ではありません
オリンピックで何を実現したかったかを考えて、別の方法でそれに近いことを達成しようとするのが代案だぞ。
コロナ禍で外国人観光客を今後も期待できないなら、ネトゲやオンラインカジノを国が後押しするとか。
前例のないくらい大規模の、国を背負ったチーム同士のeスポーツの祭典にしたら、オリンピックに近い応援の高揚感が得られるかも。配信権や広告収入もかなり期待できる。
ドローンレースや遠隔カメラで操作するラジコンカーレース大会ならフィジカルコンタクトなしでスポーツ的なイベントができる。国内の技術力向上や電波法規の整備も期待できる。
開催都市のインフラ整備というオリンピックの副産物が重要なら、都市計画案の公募や都市計画プレゼン大会そのものをイベントとして開催するとか。
3分くらい考えてこれだけ代案出たけど?