はてなキーワード: WIkiとは
今そんなことになってんのか?と思ってWiki見に行ったんだが繋がらねぇ
Wikiでご覧になったんですか?
【追記はじめ】
air77et1980 "俺らの方が先進的であるとすら言える"くっさ。きっも。こういうアホな文言さえなければ国語力増田さんっぽい書き味なんだけどなぁ。一応、リストに加えとくか
俺はくさくてきもいのはご存知の通りで別に言われたって気にはしないが
おまけ : これは俺は書いてない
【追記おわり】
「人格を持った多様な姿」じゃないと駄目ってどういうこと?
確かにこの文は違和感ある。ガイド内に散々登場してるいらすとやのアイコンには多様な人格なんて感じないのに
こんな文言が入ってしまった原因を紐解くために、ラディカルフェミニズムの用語「性的モノ化」について調べたので今回書いてみる
おそらくこの理論が半端に入ってしまったことが今回の問題の原因だ
sexual objectificationの訳語で性的対象化、性的客体化とも訳す
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E7%9A%84%E5%AF%BE%E8%B1%A1%E5%8C%96
性的じゃないモノ化も当然あって、上記wikiでは「企業が従業員を交換可能な機械として扱う」ことなども事例に上がっている
マッキノン・ドウォーキンなどラディカルフェミニズムの提唱者にとって、ポルノがなぜ悪いかというと不道徳・風紀を損なうからではなく
価値が肉体の魅力などのパーツに還元されてしまうことにあるとした
ヌスバウヌがこれを具体化して、下のような例を上げている
1.道具性 : ある対象をある目的のための手段あるいは道具として使う。
2.自律性の否定 : その対象が自律的であること、自己決定能力を持つことを否定する。
3.不活性 : 対象に自発的な行為者性(agency)や能動性(activity)を認めない。
4.代替可能性 : (a)同じタイプの別のもの、あるいは(b)別のタイプのもの、と交換可能であるとみなす。
5.毀損許容性 : 対象を境界をもった(身体的・心理的)統一性(boundary-integrity)を持たないものとみなし、したがって壊したり、侵入してもよいものとみなす。
6.所有可能性 : 他者によってなんらかのしかたで所有され、売買されうるものとみなす。
7.主観の否定 : 対象の主観的な経験や感情に配慮する必要がないと考える。
この理論がガイドライン「人格を持った多様な姿」という文の根底にあると考えられる
要はモノのように交換可能なパーツとして魅力を描くのでなく、被写体でしか得られない魅力を表現してほしいと言っているのだ
女性をアイキャッチに使うなと言う要望もこの理論から派生していて
実際は広告にはアイキャッチ自体は不可欠で(そうじゃなきゃみんなに見てはもらえないでしょう)
アイキャッチの内容に人格を無視したモノとしての価値しかないところが問題になっている
それゆえ、スポーツ選手などの有名人のスポーツしている姿などはアイキャッチにしても問題ない
この理論は本来人格を持った対象がモデルになった絵や写真の人格を剥奪する行為には適用できるけど
無から創造された絵にはそもそも剥奪する人格がないんだから適用できなさそうに思える
実際、いらすとやの絵には元々の人格がないし、それが代替可能だったり主観が否定されたりしても問題はなさそうだ
実は今回の問題はさっきまで議論していた性的モノ化とは別の議論で、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E5%8A%B9%E6%9E%9C%E8%AB%96
府のガイドラインは萌え絵以外はずっとこれのことを言っていて、メディアに男女不平等な描写が盛りこまれていると
人々も釣られて男女不平等な行動をしてしまうのでよくない、という事を言っている
じゃあ素直に萌え絵禁止の条文にも「ふしだらで不道徳な姿を描写してはいけない」とか書けばよかったんだろうけど
男女不平等と違ってふしだら・不道徳はなぜそれが悪なのか理論立てが不明瞭なんで
しょうがなく既存の理論で構築に問題がなさそうな性的モノ化の理論を元に注意書きを付随させたんだろう
ただこの理論は非実在のキャラには使えないのだが、そこはあまり考えてなかったんではないか
とはいえ、中の人がいるVTuberみたいに人格が備わっている存在の場合、いらすとやの絵や文字だけのロゴのように人格のないものと扱うわけにもいかない
男女共同参画ちゃんみたいに元々人格がない存在にも人格を見出してしまうのが俺らオタの習性だ
https://togetter.com/li/1781336
であれば、そもそもの最初の議論に戻って「あくまで俺らはアイキャッチになった事物を交換可能なパーツとは考えていない」と表明し続けるのが正面突破の道だと思う
例えば宇崎ちゃんの献血ポスターは乳袋さえあれば顔やセリフは別のものに差し替えても効果は変わらなかっただろうか
そんなことはなく、あれは宇崎ちゃんだからファンが注目したんだ
碧志摩メグもキズナアイも戸定梨香も、それぞれ背景があってそのキャラは他とは交換できない魅力があるという声が多くなれば
また、隠された動機である「ふしだら・不道徳ではないか」という異議立てに関しては
それを隠した理由をもって堂々と反対を主張すればよいと思う
すなわち、「人をふしだらと断定するのは失礼なのではないか」という反論だ
この反論を避けたいためにガイドラインでは性的モノ化の理論を持ってきたと思われる
道徳・不道徳という価値判断は旧来からある価値観を保存しようという動きであり
本来男女共同参画という旧来の価値観を是正する方向の運動とは相性の悪いものである
結局さあ、金になるから良いコンテンツになるってのは勘違いなんですよ。
広告っていらなくない?
一言で問題をまとめると、「CMが多すぎて作品の良さが殺された」ということだ。
で、改めて問うんだけど。
CMっている?いらないよね?
はい、ということで「CM=広告うぜえ」という感覚を多くの日本人が持っている中で問題をぶち上げます。
②広告の内容が面白いか面白くないかに関わらず、見たくもない広告はウザい
これが前提ね。
①と②は似てるようで少し違う。コンテンツとして面白い広告があることを私は否定しない。
鬼滅の刃で提示された問題は「鬼滅が見たいのに良い場面で何度も何度も広告が挟まれてムカつく」というものが本質だよね?別に1回や2回、CMが挟まれる分には構わなかったはずだ。
これから極端なこと言うけど、私はその辺ちゃんと認識してるって意味で書いた。
はい、ということで本編です。
これだよ。これ、主流だよね。無料のアプリなら広告が入るのは当たり前、課金すれば取れるよ。
テレビも基本無料だけど、CMによって成り立ってるんだ!ということだよね。うんうん。
は?
なんなの?「しょうがないよね」じゃなくね?
なんでウザい広告を見せられるのが当たり前になってるわけ?
だって広告ってさあ、ウザいじゃん。できれば見たくないものなわけじゃん。
広告っていらなくない?
だってさあ、可能なら鬼滅の刃を私達はフルで見て、煉獄さんが死亡した直後に『うおおおお!甲子園を目指すぞ!竈門少年!』みたいな台無し広告を見たくないわけだよね?
なんで視聴者側から『無料だから仕方ない』って妥協してんの???
仕方なくないよね?だって広告さあ、ウザかったじゃん。どうしてウザいけど、これは世の中に必要なものだから…みたいな態度を、不快にさせられた側が納得してんの?
私達がするべきは、広告というものへのヘイトをもっと高めるということだよ。
無料で見る=広告が入るって前提みたいになってるのおかしいでしょ。人質ビジネスじゃん。コンテンツを見たければ興味のない不快なものを見ろ!
こう、極端なお気持ちを表明すると、「そもそもお前の文章がウザい」という人間もいるだろう。それは構わない。言葉の暴力で存分に私を排除しにかかればいい。
ウザいものは、叩いて排除する。私はこれを人間社会で最も正しい自治機能だと思っている。あまり使いたくない言葉だが、自浄機能だ。
だから私を叩く感情論を私は全面的に支持する。存分に殴り合おうじゃないか。
「広告がなきゃ食えない人がいる」「広告がなければ良いものが広まる機会もなくなる」「広告ビジネスがなければ成り立たないコンテンツがある」などと言うのであろう。
いや、簡単な話で、家族全員路頭に迷っちまえばいいだろ?他人を不快にさせて、見たくもないものを見せて食ってるような人間は全員失職すればいいだけの話だ。
広告によって支えられているコンテンツがある、それらを失うのが耐えられない、いわば広告ビジネスと自分はwin-winなんだ、という人もいるだろう。
いや、簡単な話だよ。無料じゃなきゃ見ないものなんてのは、なくて構わないものなんだよね。
技術やシステムの成長で、クリエイターに投げ銭をすることも出来るようになったし、「欲しいけど買えない」なんて場面はほとんど無くなってきたし、これから無くなるだろう。
しかも別にインターネットの、例えば掲示板の会話だとかさ、「歌ってみた」「作ってみた」なんてのは、みんな本来無料でやってたことなんだよ。
ほとんどの場合、広告がなきゃコンテンツが成り立たないというのはただの誤解。
結局何が言いたいのか
②アドガードを入れろ。
①については解説要らないだろう。
鬼滅の刃のロードショーで「広告多すぎ、邪魔」と感じた心が貴方の本心であり、それは当然主張していい権利なのだ。
②
まずはなんJの下のwikiを見ろ。
https://wikiwiki.jp/nanj-adguard/
今はちょっとブロッカー関係で揉めているが、私と同じく「アフィリエイトによって居場所を殺された人間」たちによってつくられた、信用できるwikiだ。
なんJはその9割がゴミだが、上のwikiは憎しみという人間にとって最も原初的な感情から作られたwikiだ。一見の価値はある。
クソみたいなアフィサイトを憎めと言っているんじゃない。「ウザいものを視界から排除しなよ」と言っている。
まさかYouTubeの広告とかまともに見て生きてる人間いないだろ、と考えていたが、結構いるんだよな、これが。フィルターかければ0に出来るんだから入れよう。
何度も言うが、
広告ブロックされて困るようなコンテンツは全部なくなっちまえばいいんだよ
だから気兼ねなく入れろ。
③
これは別にしなくていい。広告見て良いものだと思ったら買えばいい。
ただ、忘れないで欲しいんだけど
人類の歴史で最も広告というものに価値を見出したのはナチスドイツだ。
結局の話、広告なるものは人の意思を曲げさせる洗脳行為だということを念頭に入れておくだけで大分違うと思う。
こんなクソみたいな長文読んでくれてありがとう。
総括する。「無料だから広告が入る」という前提はおかしい。少なくとも、消費者側がそれを肯定的に捉える必要性がない。
ウザいなら見たくないと叫べ
(28日 追記)なんか思ってた以上に見られてて草生えたので拡張機能が前にくるようにだいぶ書き換えました。
推しは好きだけど推しの全肯定と腐・関係性のオタクがとにかく無理になったROM専のオタクが自衛として使ってるおすすめの拡張機能を陳列していくよ。
PC版Chromeのみ。ものによってはSafari、Firefoxとかも対応してる。
【YouTubeLiveClock】
個人的なおすすめポイントは「タイムラインノート」というメモ帳みたいな役割がある機能。
ワンクリックで自分用のタイムスタンプが作れるし、推しが配信画面にチャット欄載せるタイプならこれで隠せるのでおすすめ。
NGワード設定でチャットに流れないようにする。「草」とか入れとくとすっきりするよ。
ちなみに絵文字単体はすり抜けるので注意。
動画タイトルやコメントへワード指定でフィルターかけて非表示にしてくれる。
特定ユーザーを非表示することもできるのでブロックできないコメ欄とかどうしても表示したくない投稿者に使うと便利。
筆者は使ってないけど、チャット欄・コメ欄を完全に非表示にしてくれる機能がある他かなり細かくいろいろできるみたい。
他の配信・動画にも影響するためその辺考えて使うと便利かもしれない。
言わずと知れたTwitterクライアント。複垢管理やリストの閲覧におすすめ。
Twitter Webだとミュートワードがリストへ作用しないが、TweetDeckは効く。そこが良い。
TweetDeck側で設定し直す必要があるが、かなり快適になる。
【Better TweetDeck】
カスタムCSSが優秀で、これでツイートへのリプライ数・RT数・いいね数を非表示にできる。
【おだやかTwitter】
Twitter web用。おすすめ〇〇、ツイートへのリプライ数・RT数・いいね数を非表示にできる。
【Twitter Stress Reduction】
Twitter web用。おすすめ〇〇や画像を非表示にできる他、トレンドにNGを設定してワードやニュースサイトを非表示にすることができる。
Twitter web用。他人のフォロー・フォロワーを一括でブロックしてくれる。
やりすぎるとアカウントが一時的に動かなくなったりするので注意。Cookie削除すれば戻る。
【feather】
おまけ。iOS用有料Twitterクライアント。ミュート機能がとにかく優秀。TweetDeck同様リストにも効く。
iPhoneで推し活してる人は入れておけ。サブスクではなく買い切りな点もグッド。
その他自衛として、基本的に推しの配信ではチャット欄を閉じ、コメ欄も極力見ず、ツイッターはミュート・ブロック当たり前、ツイートは眺めてRTするのみ、パブサは一切してません。
推しのオタクを視界に入れず、推しから提供されたものは見たいものだけを見るようにするために過剰に自衛してます。
ここまでして見る必要ある?と思われるかもしれないけど、ただただ推しそのものが好きなだけなので…としか言いようがない。
小島一志という格闘技ライターがいる。格闘技と言ってもほぼ極真専門といっていい。
詳細はWikipediaやコジ苑というアンチwiki、Amazonの著作レビューでをご覧いただきたい。
外部から眺めている彼らより少し近い場所にいたので、そんな立場から見た彼を語りたい。
家高泰彦というライターがいる。
『極真大乱』という著書をあらわし、何よりも小島の大学時代の同級生で一時期は仕事も一緒にしていた人物である(現在は絶縁)。
小島と直接関わりを持つきっかけをわたし自身を例として回想してみてもその印象は同じである。
しかもそのスイッチがわからない。だから彼との会話は地雷原を歩くようなものだ。
「俺を侮辱するな!」「俺を疑うな!」
小島は怒ると大抵こういう風に言った。
しかし第三者として見てもどこが侮辱なのか、どこが疑いなのかさっぱりわからないことが大半である。怒られている当人には当然もっとわからなかっただろう。
小島は何でもない一言を過度に悪く拡大解釈し、しかも当人が言っていないことまで「言った」などと述べるのだ。
怒った時の小島はきわめて横暴で独裁的、まさしく暴君の言動であった。
その一方で、1日も日を置くと、「あのときは感情的になりすぎた」などと反省の弁を述べることも多かった。
当初は「困った人だが、きちんと反省や謝罪もできるんだな」と思っていた。
だが、あまりにもそのようなことが続くとさすがに異常に思えてくる。
そしてこんな風にも思い始めた。
これは共依存のDVカップルなどによく見られるコミュニケーションパターンではないか?
そんな人間と長く関係が続くはずもない。あるものは自ら去り、あるものは切り捨てられた。
わたしの時も同じであった。再三、理解不能な怒りを買ったあげくに切り捨てられたのである。
彼の会社である夢現舎には現在スタッフはおらず、息子との間でさえ険悪な仲のようであるが、それも当然であろう。最近では『大山倍達正伝』(新潮社)に協力したLeo氏が「0.1円も儲けさせたくはない」と発言しているのを見た。
その場に居合わせたわけでもなく、録音テープがあるわけでもないのに、あるシーンのやりとりや長台詞、心情、仕草まで詳細に記述するからである。
アンチはこれを称して作話、捏造の根拠のひとつとする場合が多い。
催眠ショーでよくあるのだが、「あなたは○○(歴史上の有名人)だ」という暗示をかけたら、被催眠者は顔つきも声色も、姿勢も変わってなりきった言動を行う。強い暗示にはそのような力があるのである。
彼のYouTubeチャンネルを見てほしい。大山倍達、芦原英幸の語りを再現する時の様子を。
すっかり本人になりきっていると思わないだろうか?
人間関係が悪化すると、いままで許せていたものが許せなくなる。
これはほとんどの人間がそうだろう。それにしても小島のそれは極端に過ぎる。
非常に難しく、自分も十全に理解しているとは言えない。だから説明はしない(ネットでわかりやすい説明を見つけたら、それは大幅にはしょって簡略化したモデルであると言い切ってもいい)。
・現実に,または想像の中で,見捨てられることを避けようとするなりふり構わない努力
・理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる,不安定で激しい対人関係の様式
もう一つ、社会心理学に認知的不協和理論というものがある。精神分析学では防衛機制において「合理化」といわれている概念にほぼ等しい。
矛盾した言動や納得できない状況などに対して、それを正当化するために認知をゆがめ、自らを納得させるための理屈を作り出す。
思い込みの激しい小島の場合は、妄想の物語を作り出すという形で表れる。
だから小島自身は嘘をついているという自覚はないのではなかろうか。少なく見積もっても6割、多ければ8割ぐらいは本気で信じているように思える。
これに被害感情の強さが結びついた時、極度の人の好き嫌いが生とも考えられる。
イタコ気質は生来のものであろうが、それ以外は育成環境もかなり影響しているような気がする(なんとなくそう思うだけである、明確な根拠はない)。
原田寛『最後の直弟子が語る 芦原英幸との八年間』によると芦原英幸がきわめて猜疑心の強い人物だったようだ。
そして小島は芦原に心酔している。
2022/6/30 加筆訂正
正確にはネット中に出回っている記事や悪質なYouTuberやVtuberの動画のせいで騙される子供が増えた。
テレビとラジオだった頃は、ここまでひどくはなかったというか親がうるさすぎて、ある程度の縛りがあったせいか馬鹿な考えも早めに摘み取られていたので目立たない時代だったが
(※ネットがない分余計に目立たない)
ネットで動画が当たり前になってから、記事よりも配信者の悪質なトークや間違った知識を当たり前のように不特定多数へ発信するので
Wikiに書いてある事なんていうのは間違いも多いわけだけど、それ以上に動画配信で目にするYouTuberなどのトークには誤りしか無い。
偉そうに屁理屈を並べているような輩から、放送局をぶっ潰すなんて言っている輩、迷惑行為を当たり前のように行う輩、
これに関しては、配信者に問題があるだけでなく保護者にも問題がある。
昔のようにテレビなどの視聴に縛りをつけるような配信を見せないという縛りをつけるのではなく、見せてもいいが保護者が正しい知識を子供に教えるようにしなければいけない。
それを怠っている保護者、もしくは保護者自体が常識はずれだったりする事で、余計に子供は騙される。
だからといって、悪質な配信者と折半するような責任問題ではない。
元々ネットに限らず道具は正しく使うもので、悪事に使うものではない。
そういう意味からして、悪質な配信者は保護者以上に問題がある。
また子供に対して悪影響を与える材料の一つとして、その悪質な保護者に同調するどうしようもない烏合の衆がいるという事。
いい歳した大人が善悪の区別もできずに同調していれば、当然まっさらな子供は影響を受けるに決まっている。
動画で差別を肯定するようなYouTuberだったり、CGの皮を被って差別や暴言を吐くようなVtuber、そういった輩が存在すること自体が悪だと考える。
人は、何をどうしようとも善ではないし、罪を犯さないことは無い。
だけど、悪いことをしないようにするという努力は誰にでも出来るし、そういう誓いを立てることも実行することも出来る。