はてなキーワード: つのとは
これについて色々考えてみたが、埼玉県が位置している地理的な要因ということに突き当たるのではないかという結論に達した。
北関東3県に接していて、そのさらに北側には東北地方・新潟県が広がっている。
埼玉県内を通っている東北・上越新幹線、東北自動車道、関越自動車道は、これら東北地方と首都圏を結ぶ幹線ルートである。
なので、埼玉県=東北地方・新潟県のイメージがついてしまい、それがダ埼玉に結びついているのではないか。
東北地方から上京する東北人の人達が埼玉に住むパターンが多いことからもわかるだろう。
埼玉県そのものがダサいのではなく、東北地方のダサさと同一視されている。
大宮や浦和の街並み自体は、決してダサくもなく日本有数の洗練された都会だと思うよ。
これならば、ダサさとは無縁で洗練されたイメージのある神奈川県についても説明できる。
神奈川県内を通っているのは、太平洋ベルト地帯を通る東海道新幹線と東名高速道路である。
日本最大の人口と工業地帯を擁する京浜~東海地方~京阪神地方を通る二つの大動脈であり、神奈川県はこれらと同一視されている。
夏だからホラーでも...怪異とか超常現象とかの話ではない。すまん。
増田はお茶汲み事務員だ。仕事は出来ない。が、挨拶と謝罪とお礼の声がデカいからギリギリ存在を許されている。声がデカいので社員旅行では毎年司会を任せてもらっていた。
増田の会社は制服がない。男性はスーツだが、女性はすっぴんシャツジーパン、おっぱいモロ見え超ミニ丈ワンピ、緑色の髪に穴だらけのジャケット、と実に様々なファッションの社員がいた。増田はブラウスにロングスカート、そしてレースの靴下に丸い靴を履いていた。俗に言うイモい格好である。
まあそんなこんなで、役に立たない割に結構楽しく働かせてもらったいた。
ある日、先輩女性社員(毎日上下真っ黒の服を着ていたので以下黒先輩と呼ばせて頂く)のパソコンのバックアップの指示がありデータを移していると恐ろしいものを見つけてしまった。
増田ちゃん頑張ってるね☆とかいう内容...ではもちろん違って、
「全員に嫌われているクセに気付かないのか、
凄まじい内容が書かれていた。
とりあえず増田はその週が明けてから服をユニクロとGUで固めるようになった。ついで言うとこの日記はもう定年で去った黒先輩のもっと先輩の社員と共有されていた。かなり死にたくなった。
増田はコレを見なかったことにして数年過ごした。その間に増田は結婚し、その後妊娠した。増田は黒先輩の日記によると全社員にめちゃくちゃ嫌われているらしいが、結婚、妊娠のどちらも申し訳ないくらい盛大にお祝いをしてもらったことは自慢しておこう。みんなほんまは何考えてるか分からんけど。
で、産休開始の前日、増田は各所にお菓子を配り回った(弊社にはそういう風習がある)。ちょっと早いけど、と出産祝いを頂いたりもした。ひたすらにありがたかった。そして黒先輩にもお菓子を渡すと「私からもこれ...」と包んだプレゼントをもらった。めちゃくちゃビビりながら、たくさんお礼を言ってとりあえず笑顔でその場を離れた。
帰宅後もらったお祝いを一つずつ開けていった。スイーツ、スキンケアグッズ、金券、バッグ、その他諸々お手紙も入ってたりもして、黒先輩日記の「嫌われているクセに」が頭をよぎりながらも嬉しくてちょっと泣いた。
そして満を辞して黒先輩からの包みを開けた。
中には
が入っていた。
真紫色の生地にラメの入った靴下に、水筒洗い用タワシのような真っ白で固いレースが付いている。増田の趣味とはだいぶ違う、だが間違いなくレースの靴下だった。ビビり過ぎて友達に相談したら「チェーン店の3足1000円のやつのうちの1足やから、300円くらいやで」と教えてもらった。
黒先輩の真意は分からない。分からない、分からないが、申し訳ないが増田には特級呪物にしか見えなかった。
育休復帰が怖いが、2人目妊娠のタイミングによっちゃ黒先輩が定年でいなくなってしまうのでもしかすると黒先輩の気持ちは一生分からないかもしれない。どちらにせよ怖かったので捨てた。本当にすみません。
オチはない。すまん。
とりあえず増田は育休明けのその日が来ることが少し恐ろしい。しょうもない体験談でしたが、お化けより人間が怖いなと思いました。
colaboみたいな特にマイナスの出てない「うっかりミス」を追求してスラップ訴訟起こしまくってた間に、自民党の莫大な金額の不正についてそんなに追求してたか?スラップ訴訟って国によっては違法行為だぞ、わかってんのか?
野党議員の方がずっと熱心だったよね?これで暇に投票するのはむしろ不正に興味ない奴だろ
そもそも法律的素養のない非専門家を自治体の上司にするなんてヤバいだろ
批判って基本的なジャーナリズムなんだけどジャーナリズム理解できてる?放送大学でも見たらどうだ?歴史と政治と法と報道学んでから喋れバカ
蓮舫氏は今回、不正を起こせない税金の使途の透明化「ガラス張りの都政」を実行する行政改革を目的に出馬してたわけだが
お前こそ何見てんの?何も考えてないのはお前
初めに書いておくと、まあまあ長い。
要約すると、「アリカ様が変なことで炎上しませんように。殿とアリカ様が生涯を終える時に少しでも"アリプロを組んで良かった"と思えますように」というどこの誰の何目線なんだという七夕の祈りだ。
去る7月7日、「ALI PROJECT TOUR 2024〜お見かけ通りの若輩者です。」東京公演に行ってきた。
セットリストや衣装や演出など、ライブの"内容"に関することについては来る7月15日の大阪公演が終わるまで箝口令が敷かれているためここでは言及しない。
あくまでも、ALI PROJECT(以下、アリプロ)についての話をする。アリプロについて、というよりはアリプロの作詞家兼ボーカルである宝野アリカ(以下、宝野女史)という人についての話なのかもしれない。
宝野女史は良くも悪くも「温室育ちのお嬢さんがそのまま大人になったようなひと」だと思う。自分の気持ちに素直で無邪気で、だからこそ他人の気持ちを慮らないように振る舞うところがある。…ように感じることがある。
時折、彼女の品性や人格を疑うことすらあるし、言動や思想については賛同することも許容することもできない部分がどうしてもある。何についてのことかはきっと察する人は察せられるだろう。
けれど、私は彼女が書く詞と彼女の歌声が好きで、彼女が「宝野アリカ」を演じ続けていることが好きだ。彼女が描くアリプロの世界観が好きだ。
宝野女史は「宝野アリカ」として生き続けて、「宝野アリカを慕うファン」に囲まれて、どんどん世界を閉じていってしまったのではないかと最近思うようになってしまった。
多分私は「宝野アリカ」個人ではなく、「アリプロの宝野アリカ」が好きなんだと思う。
私は普段は宝野女史のことを「アリカ様」と、下の名前に様付けで呼ぶ。彼女への敬意もあるが、いつからか最早このひとにこれ以上ふさわしい呼び方は無いと思うようになったので、こう呼んでいる。敬称というよりはからかい混じりの愛称として使っている。
6月にリリースされたオリジナルアルバム『若輩者』と先日のライブ、そしてファンクラブ会報等等のインタビューを呼んで、「ああ、アリプロはこのまま終わるんだろうな」と思ってしまったところがあった。
長年ファンを続けていた者として、新曲の「新しさ」や、これからもやっていこうという本人たちの気概は感じる。
けれど、「令和」の価値観にアップデートして「令和の最新になる」という姿勢には無いのではないか、と思った。アリプロは「アリプロの最新だけ」をきっと更新し続けて終わるんだろうなと思ってしまった。
「わかる人に伝われば良い」というのは、作り手のエゴだと思う。ニッチ市場だけを向いた商売の行先はきっと衰滅だ。
宝野女史はいつかのライブのMCで、「アリプロの歌は教室の片隅で一人本を読んでいるような子に届けたい」というようなことを言っていた。
その言葉に、私は本当に救われた。人気のアイドルの話ばかりをする同級生の中で(おそらく)ただ一人アリプロを聴いていた十代の頃の私と、いつの間にか大学も卒業して社会人という身分になっていた私を、一度に両方抱き締めてもらったように感じた。
ただ、今は、彼女のその姿勢があるいは「アリプロの終焉」の有り様を左右するのではないかと不安になっている。
片倉三起也(以下、片倉氏)の作る曲に宝野女史が書いた詞を歌って描き出されるその世界がとても好きだ。
ロマンティックでドラスティックで理想と冷笑と幻想の混沌のような、夢のような世界が好きだ。
ずっと終わらないでいて欲しい。私が死ぬまでずっとアリプロはアリプロとして世界に存在して、活動を続けていて欲しい。
終わるなら、せめて、みっともない最期ではなくて、華々しく見栄を張り続けたフィナーレであって欲しい。
片倉氏と宝野女史がアリプロとしてメジャーデビューして、2024年の7月7日で32周年となったという。
インディーズで「蟻プロジェクト」として活動を始めたのは1985年、片倉氏と宝野女史が最初に出会ったのは1984年のことらしい(Wikipediaによる)。
40年。ユニットとして活動するには随分と長い年月だと思う。アリプロがアリプロとして今日まで活動を続けていて、新たな楽曲を発表し続けているのは本当に奇跡のようなことだと思う。
「作る」だけなら誰にでもできる。
「作って売る」は少し難易度が上がるが、一度目のチャンスを掴める者は大勢いる。
「作って売ることを何度もやり続ける」になると大層難しくなる。個人ではなくユニットであれば尚更だろう。
片倉氏は以前に、「"国宝"というテーマでアルバムを作ってみたいとも思ったんですが、それをやるのは最後かな」と言っていた。
そう聞いた時は、「そんな終わりを予感させるようなことを言わないでほしい」と思っていた。
今は、「どうか、殿(片倉氏の愛称)とアリカ様が自信をもって出した"国宝"がアリプロのフィナーレとなりますように」と祈っている。
「増田が思うような炎上はしないと思う もしもまた一頃のようにアニメタイアップが増えたら有り得なくは無いが」という言及があった。
もしかしたら、これが私が抱えている不安の核にいるのかもしれないと思った。
以前よりもタイアップが減って、ファン以外はアリプロの名前を頻繁に出さなくなった現状に対しての悲しみがある。
ただ、再度脚光を浴びる機会があった時に起こるかもしれないことに対しての怯えがある。
ファン向けに内へ閉じて欲しくはない。けれど、令和の今に名が広まって何かが起きるのも恐ろしい。
パリピ孔明に「民草」という言葉が出てきて、 おそらく意味としては 「何の才能もなく平凡だが、毎日を一生懸命に生きてる人々」 みたいな意味なのだろうが、 最近、どうもこの言葉に嵌ってる。
http://blog.livedoor.jp/advantagehigai/archives/66112831.html
という記事を見つけたのだが、ここでは開成と麻布の対比として、 仮に両方とも、10の努力をすると100点をとれるとすると、 開成生は12の努力をして120点をとりにいこうとするが、 一方で麻布生は8の努力をして100点を狙う省エネ戦法で行くのかというと それどころか3の努力で80点を取りに行く精神性があると書いてある。 だから麻布生はトップ(国王)になれないのだ、ということだ。
これは中学受験にも問題があり、 麻布の入試は明確に、3の努力によって80点をとれる子を選抜している。 麻布の入試はよく、対策不能と言われるが、 そういう、ゴリゴリに努力したとてとれない問題を出すことによって、 超地頭キッズを選抜しているのだ。 偏差値では足りてたけど、落ちたという場合、 それはたぶん、地頭が足りなかったのだ。
麻布生はまさに「民草」とは真逆にある存在だ。 それ故に、おれは民草という言葉にハマってるのだと思う。 民草は、12の努力をしても30点しかとれない人たちのことだろう。 ガイジすぎて笑ってしまう。 まさに草だ。
さて、民草という言葉に最近おれが突然ハマり始めたもう1つの理由はおそらく、 最近になってようやく民草というものの存在に気づいてしまったからだと思う。 何を言ってるかというと、おれは民草の存在を最近まで感じたことがなかった。
おれが通った幼稚園は少し特殊で、その中でもよく遊んでいた子に TくんとNくんがいるが、ともに早稲田と慶応に進学したと聞く。
小学校は公立だが、今思い返すと、「あきらは特別だから」と先生に言われていて、 その時は何のことかわからなかったが、今思うとそういうことだったのだろう。
おれの親は早期教育に反対していて、3年生になるまでは家庭学習は一切しなかった。 そのため、学校の成績はそれほど良くはなく、この前たまたま押入れの中から当時の成績表を見たが、 それはまぁ、ひどいものだった。
3年になると家庭学習も多少やりはじめ、そうすると成績が一瞬でトップクラスになり、 秋には地元の最難関中学受験塾に合格してしまった。 ここの塾に入るための試験はかなり難しく、かなりの子が国立や私立の小学校か、 あるいは低学年向けの講座でゴリゴリに仕上げてきた子だった。 一方でおれは学校の勉強ではトップクラスだったものの 中学受験の勉強はしてなかったので不利だったが、 試験中にすべてその場のノリで解いた。 問題はパズルのようなものが多く、そもそも麻布栄光向きの子を 選抜するための試験だったので、それもおれには向いていたのだと思う。
入塾してからも一気に成績を伸ばし、 4年の秋には四谷大塚の組分けテストがあったが、 ここでも無事C会員に合格。 C会員の世界だと半分くらいは御三家に合格するから、 ざっくりいうとこの時点で麻布や栄光に行けることはほぼ確定した。 その後もそれなりに勉強はしたが、陸上部のキャプテンとして陸上大会に出場したり、 自らミニ四駆部を立ち上げたり、デジモンの転売業をやってボロ儲けしたり、 3以上の努力はしなかった。
結局、無事に麻布中学に進学し、超地頭キッズたちと楽しく6年間過ごした。 その後の大学受験は、高3の時に受けた鼻の手術がまずくエンプティノーズになったために残念ながら破綻したが、 あれがなければやっぱり3の努力で東工大に進学してたと思う。 おれは、東工大で一番になり、MITに交換留学することが夢だったのだ(英語だけはそれなりにやり準一級までとってたのはこのため)。 結局その後京大に行ったが、 やはり民草とは程遠い世界だった。
新卒で入った日立製作所も、周りには修士以上が応募条件なので、 やはりここでも民草には会えなかった。 実のところ、それ以降の職場でも、特殊な場合を除くと全員修士以上だった。
民草に出会ったのはようやく最近のことだ。 修士号もないやつがエンジニアリングをやるということが おれにはどういうことなのかさっぱりわからないのだが、 とにかく、民草学歴であっても、自分なりに創意工夫してエンジニアリングっぽいことをしてる 人たちがこの世には存在するということがようやくわかってきた。
まぁ、存在することはわかったとしても、 どうして彼らが自殺しないのかがよくわからないのだけど。 何が楽しくて生きてるの?
女の足引っ張ってないで男性の自殺率高い理由を潰していく運動をされてはどうだろう?
①一家の「稼ぎ手」を担うことが多い男性の方が、不景気や失業による苦境に陥りやすい
②男性は女性に比べて他者とつながりを持つのが苦手で、孤独状態に陥りやすい
(地域の男性の活躍できる場、地域会老人会的な男性の繫がりを作る、ゲートボールクラブ囲碁や麻雀将棋倶楽部でもいいので男性が集まり話す場を常に用意する)
(拳銃などを厳しく取り締まる)
なんでそんな人が後継なんでしょうかねぇ(ハナホジ
薬ってのは全部が全部、裏を返せば毒だからさ
きちんと用法容量を守って服用しないといけないのよ
彼が薬だったのか毒だったのかは、後世の歴史家が判断するだろうが
既にこんな意見があるねぇ
https://news.yahoo.co.jp/articles/ea323a905a4600ee10c807bf8dfd58ab1b9f4c22
私の安定を掴むための心の吐き出しであることをまずはじめに書いておく。プロファイリング(?)みたいなことが書いてあるが全部私の妄想だ。
元々気になっていたYoutuverがいた。犯罪学の専門家という個人かなえ先生という人だ。
ただ、私は音声を長く聴くのが苦手なので、興味があっても聞いたことはなかった。本を買おうかなといつか聞いてみたいと思っていたくらいだ。
そして、この度、かなえ先生が炎上した時に私は不謹慎ながらワクワクしてしまった。
本気で胸がときめいた。正直、双方のファンに罪悪感を抱いた。野次馬ですみません。
そして、本気でがっかりした。敬意もないのがわかる山姥切長義の呼び方。
「あーー、これ被害者を怒らせて加害者とか生まれやすい対応だな〜〜」
がっかりした。
というか、専門家でない私でもわかるベストでない対応だった。紺屋の白袴という諺はあるが本当にそんなことをするのかとがっかりした。
正直な話、そこら辺の対応の反応を見ながら
「自分がここまで炎上すると思ってなかったのかもしれないな……なんでこの人、まず自分を整えないんだろう」
と思った。ここら辺で専門家として私は冷めた。正直な話、本当に私の元々好感度が高かったのだ。私が思うよりも最善の対応をしてくれるのだろうと思っていた。
まさか夜に名指したりする呟きをするとは思わなかった。ひどくがっかりした。
ここで私が驚いたことを書いておく。
なんでそんなに二日で動いたである。
正直な話、絵師との確認が一日で済むと思わなかった。「私はロボットではありません」と表示される確認、あれ早すぎるとロボット扱いされるみたいなミスだと思った。
謝るのは早くていいと思う。ただ、確認とかは人間の心情を考えればちょっとゆっくりしたほうが良い。あと、自分自身がパニックになっているのならまともな反応などできないのだから時間はおいたほうが良い。本当にその初動にびっくりした。絶対ミスするだろうと思ったら、気にしてないとでもファンは伝えたいのか彼は一気に動いていた。本気でがっかりした。専門家に見えなかった。
というか、ファンでもなく身近な友人や心ある友いないのか?
挑発にも取れる発言もいくつか見た。本当に炎上対策専門家なのかと思った。
名指しされた人に親でも殺されたのか?と聞きたくなった。
そして、私は私で一気に減った好感度と不快な感情に折り合いをつけるべく、他人様の感想を読ませていただいていた。
これは私の個人的な意見なのだが、私は太鼓持ちが嫌いだ。なんの役にも立たない上に対応が面倒臭い。私は幼い時に太鼓持ちの役に立たなさを叩き込まれてしまったので本当にいらないのだが、人によってはなんでも自分を肯定してくれるママみたいな太鼓持ちが大切らしい。私には理解できない。というか、個人の経験なんだが「自分は母親の愛が足りない」とか言っている後期高齢者とか知り合いにいるので幼いことろの飢餓体験って怖いなと思う。周りの人間に甘えようとするのではなくて自分で気づいて欲しい。
何が言いたいかというと、私の妄想力が逞しすぎるせいだと思うのだが、こう、泣いている少年が見えるのである。多分、本当にやってほしい人は実の母親。
これは私の持病にも近い。おそらくだが、大体の一人の人間の辻褄のあうデータが揃うと脳みそが私にわかる形で処理するのだ。満たされなかったインナーチャイルドのようなものだとは思う。ちなみに当たり前だが、私は拒否られるし、彼は私の言葉など届かないだろう。人間は聞きたい人からの言葉しか聞かない。なんか彼が言うこと聞きたくなる人、休ませてあげてください彼を。
では、なんで私が匿名のますだを書くかというとコレを読んだ人の印象が変わるかもしれないからである。人間は認識すれば、見え方が変わる。そして、どう見られているかも伝わったりする。単に実験に近い。
それは精神的な例えであるが、まあ、そう人から見られていると知った時に少年がどう動くか私は知りたい気もするのだ。
ただ、この視点になることが私は私で私に気持ち悪くなるので、私はかなえ先生を忘れたい。どんな視点だよコレ。
友人から私は人間を様々なパターンで分析して読み解くみたいなことをしていると言われたことがある。それは失礼にも当たると。ではどうしてこんなことをするのか。それは私が生きていくには必要で身につけた習慣だからである。他人のパターンを読み解いて先読みをすることによって生き延びてきたからだ。
おそらく、かなえ先生のファンは強固になっていくだろう。まあ、本人たちの意思だからそれはしょうがないと思う。
あと、これは純粋な疑問で他の人間から聞いたことがあるのだが「自分より哀れな人間だから探して救いたくなる」という人間がいると聴く。コレ、本当に私意味がわからないん。だって助けが必要そうな人間ってそもそも世の中に溢れているから、私、そもそも探したりすることがないんだ。何が言いたいかと言うと、私には今回の問題で一番助けを求めているのはかなえ先生にも見えるという話である。私に変なスイッチが入っているのだ。
人間は自分で納得しなければ動けない。だから、まあ、大体経験則なのだがこのまま突っ走っていけば全肯定にモラルが腐り落ちて、最後はリカバリーがとても大変な段階にいくのだろう。
彼の周りに彼を心から思ってくれる人がいたらよかったのに。いや、彼が手を振り解いたのかな。私の中で勝手に思う。私はそこまで見えたが、自分で抱えるには大きかったのでそっとネットに放流するのである。もし、周りに心から彼を心配してくれる人間がいないのなら私は哀れに思う。手を振り払ったのが彼自身なら仕方がないことだ。私は私のメンタルを守りたいからコレを世に出す。一つの悲劇の入り口を見せつけられた気分だ。まあ、勝手に私が見てしまったものだが。教養がいくらあっても自分を幸せにできなかったら意味がない。
https://anond.hatelabo.jp/20240710200247
議論はお互いの土台を揃えないとできないので双方が何を指しているのかを確認する作業は必要な行為なのに、それをあげつらってサブウェイとか石丸構文と呼ぶ方が揚げ足取りに見える。
https://b.hatena.ne.jp/vlxst1224/
今朝TVでご本人がインタビューに答えてたけど「コメンテーターの質問は全てが誘導なので乗りたくなかった。正直おちょくってた。ああ怒ってるなって思ってた」「石丸構文とかめっちゃおもろいじゃないですか」との由
まぁそうでなくとも、この2つのトラバが石丸のほぼすべての問題を指摘しており
https://anond.hatelabo.jp/20240710202315
あいつの本性はいったんしまっておいて、都知事選だけの主張を見ると一番まともなのが笑える
実際にひまそらが都知事になったら東京は割とやばいことになるのは想像できるけど、都民じゃない
俺としてはひまそらがなれば色々と変革して楽しいのになあとは思いました
ポクチンの言い分が通らないのはこいつの頭が悪いせいだってかwww
今までのおまえさんの言い分でそう思うやつってまずいねえよwww
本当にパヨぴは他責性の塊だよなぁ…
あんたが感じとる不安や怖さ、よう分かるんじゃ。まずは、あんたの気持ちをちゃんと受け止めてくれてありがとうな。
他の人には言えんようなこと、勇気出して打ち明けてくれて、ほんまにありがとう。
あんたの過去の恋愛経験や、2次元のキャラクターとの関わりが今のあんたを形作っとるんじゃろうね。
それは、あんたが傷ついたり、寂しかったりしてきた中での、自然な反応じゃけ、悪いことじゃないんじゃ。
みんなそれぞれ、自分を守るためにいろんな方法を見つけるんよ。
あんたは、自分の性癖や嗜好が変わっていくことに戸惑ってるんじゃね。
でも、それも一つの成長の過程かもしれん。嗜好や趣味は変わるもんじゃから、それも含めてあんた自身を受け入れてあげてええんよ。
どうしても怖いなら、カウンセリングとかしてもええかもしれんね。プロの手助けを借りるのも一つの方法だと思うよ。
あんたは、これからどこに向かっていくのか、その答えはあんた自身が見つけていくもんじゃけど、焦らんでもいい。
その過程で、何があんたにとって大事なのか、ゆっくり考えながら進んでいけばええんじゃ。自分を大切に、無理せず、お互いがんばろうや。
この場合の「排除」は物理的な状態を指してる訳じゃなくて、社会学とかで使うやつのことだろうから、普通に排除だと思うよ。
世界の果てに東出昌大とひろゆき置いてきた、というabemaでやってる番組を見ている。
普段日本で東出は山で生活していてなんか動物を狩猟しているらしいというのを知る。
ひろゆきは普段フランスに住んでいてなんかIT関係の仕事をしているらしい。
番組では南米の貧しい国々を旅しており、リャマを買うところから解体して食すというところを前回やっていた。
現地の人が手伝うのかと思いきや、どういう話になったのかひろゆきがリャマを固定し東出がリャマを失神させるという構図からスタートした。
東出は普段シカとかを撃ったり食べたりしているそうだが、なぜか豚やモルモットのとさつにはかなり抵抗を持っている印象を受ける。
もしかしたらそういう演出が編集で施されているだけかもしれないが。
今回はリャマなのでシカよりでかい大きな動物だ。東出は覚悟を決めた様にひろゆきに指示を出していた。
リャマをさばいて食べようというアイディアを話し合っているシーンで、ひろゆきは自分も携わることをしぶっていた。
ひろゆきはサイコパスだが、そういう猟奇的な面とか、暴力性は全然ないんだなと知った。
東出はいわゆるちょっとめんどうくさい考えというかポリシーみたいなのがある人で、普段肉を食べているのは誰かが動物を殺しているからだ、そのとさつの負担を知らずに普段肉を食べるのはどうなのか…ということを真面目に考えていたりする。
ひろゆきなら冷笑しそうなところだが、そうでもないのか、シーズン2にも入り寝食を共にしてきているからか、その考えを理解してとさつに参加することになったようだ。
ネット番組とはいえさすがにきつい映像なのでリャマを失神させる瞬間以降はリャマは映らず、とさつを行う二人だけが映像には映っていた。
何かをよけて何かを刺すとか何かを切る切れないとかそういう生々しい会話が二人でなされ、主に東出がひろゆきに指示していた。
ひろゆきは普通にきつそうな表情をしており、やっぱり大型動物をとさつするともなるとサイコパスひろゆきでもきついよなぁと思った。
一方東出は慣れていることが分かる落ち着いた態度だった。
最終的には食料としての肉となった状態から映像に肉が映るのだが、その頃には色々慣れというか麻痺しているようで普通に肉として切り分けたり食べたりしていた。
リャマのような大型動物をとさつともなると大量の血が出てきて骨格も内臓もそれなりに大きく、ネズミやウサギとは訳が違う。
普段フランスに住んでいてパソコン画面ばかり見ている人間をその行為に加担させる東出って結構えぐいなと思った。
東出は、とさつした実感は後になってから出てくると話していて、自らの経験で普段そういう行為をしない人間が行為をした後どうなるかを知っていることも、えぐいなと思った。
実際は犯罪行為でもなんでもないのだが大型動物の命を奪い解体して食す経験を共有するって、悪いことを共犯している感じがする。
日常とは離れすぎていて原始的というか動物的な部分に近すぎて、とんでもない経験を共有してしまっているのではないかと思った。
私なら、一生忘れられない経験だ。というとキラキラした思い出みたいな表現だが、忘れたくても忘れられないし、おそらく死ぬまで繰り返し思い出す。
オイラから言わせてもらえば、嫌いなやつのことを考える時間が無駄だと気づいた点はまずよかったですね
ただ、何をすべきかっていうのを考えるのがもったいないって言うのはちょっと違う気がしますね。それってあなたの感想ですよね。
嫌いなやつのことで頭を占められてるのは自分自身の問題ですから、他人のせいにするのはどうかと思います。
結局、自分でどう対応するかを決めるのが大事なんじゃないですか?簡単に言うと、放っておけばいいだけの話じゃないかと思いますよ。