はてなキーワード: 旅行者とは
その中のひとつに、「福島への差別だ」というアホな意見が数多くあったのが嘆かわしい。
あれが「差別」だと? 差別と言ってる奴こそ差別意識があるんだぜ?
差別とは、たとえば「全国にいる福島出身の子供をのけものにするような行為」だ。
もっと例を出すと、「あのエンジニアのAさんは韓国人だからレイプしそう」とか、
「バイトで入ったアフリカ出身のBさんは黒人だから危険」とか、そういう類のものだ。
決して「アフリカ旅行で犯罪に遭う旅行者が多い」という言動が差別では無い。
もう一度言う。
「アフリカで犯罪に遭った旅行者が多い」発言が差別ではなく、そこから
「あの調理場のアフリカ人留学生も犯罪起こしそうだよな」と結びつけることが差別なのだ。
アフリカで犯罪に遭った事を報告した人間が「アフリカに対する差別者だ!」と弾圧されるなんて恐怖の社会。
そもそも、「公共の損失を防ぐ目的」のために、別の不利益が生じるケースは差別とは根本が異なる。
例えば「ある地方の魚を食べると病気になる可能性がある」場合、ある地方に対する不利益よりもまず
その際に必ず「不確定な情報を流すな!」と言う人間も出てくる。
だが確実に学者が証明してくれるまで「その魚を食べて病気になった」と
非常にマズイぜ、この社会。
「え、でも低線量の放射能で鼻血出るわけねーじゃん、馬鹿か、無知野郎が」と反論する輩もいるだろう。
だが「放射能×鼻血発言=叩いてもいい」という刷り込みが強すぎて、
ここぞとばかりに正義感を振りかざして叩いた人間が殆どじゃないのか。
実は放射性物質による鼻血の可能性は完全に否定はできないんだよな。
確かによく言われる「急性障害」としての鼻血は、大量の放射線を浴びないと起きない。
福島に行くだけで「急性障害」が起きることはまず無いだろうから、「鼻血」をトンデモという人間はこの「急性障害」について言ってるのだろう。
だが、空気中のホコリや花粉に付着した放射性物質が鼻の粘膜に付き蓄積していった場合、
鼻血が出やすくなる可能性は「統計を取るとわかるレベル」である可能性はある。
この鼻血が重大な病気を引き起こすかというと、急性症状の鼻血とは違い、可能性は低いとは思うが。
ちなみに俺は2011年の3月21日〜24日くらいに10年ぶりに鼻血がドバっと出た。
会社などでは「鼻血が出た」って発言しただけでトンデモ扱いされるから絶対言わないけどね。
当然ながらこれはたまたま出た鼻血の可能性が高く、放射能と直接結びつける気はない。
こういった報告の統計を調査していって、数%ほど高くなってるかもしれない、とようやくわかるレベルだろう。
あとは、今回鼻血が騒がれたが「甲状腺がん」の問題提起がもっと行われるべきだとは思ってる。
被害の可能性としては一番大きいからね。
チェルノブイリと状況が全く同じではないが、あの事故を参考にするべきだし、この問題提起を潰してはいけない。
それと原発問題を話すときに「福島」とひとくくりにしているので、
もっと実情に合わせて狭い範囲の地域名で呼ぶようにしたほうがいい。
今いいネーミングが思い付かないが、フクイチ付近を限定した地域名をつけるべきだろう。
まぁこう言うとまた「その地域を差別する気か!」という輩も出るんだろうが、
これによって起きる農家の売上の損失などに関しては、
食べたい人は食べていいし、食べたくない人は食べなくていいし、それを批判してはならない。
そしてそれによる特定地域への損失は、東電か税金による補填でされるべきだ。
俺が言いたいのは以上なんだぜ。
みんな信じたい情報を信じる、それでも構わないが、
「公共の損失を防ぐための問題提起」自体を潰す社会なんて、糞だろう?
■追記
というのも俺や俺のまわりで当時、鼻血が出た人間がいるからってのもあるとは思う。
★ネット社会、SNS社会になって、商品購入の「勝ち馬心理」が加速していると思う。
要は、「楽天の売れ筋ベスト10、アマゾンの売れ筋ベスト10に入った商品は、より加速して売れる」
「Google先生検索結果でベスト10以内のサイトは、より注目されるが、それ以下は閲覧されなくなる」
という現象。
これが、より社会のいろんな消費行動、あるいは政治行動に影響していると思う。
★例えば、「国内旅行でどこに行くか?」
以前にも増して、人気観光地(東京、京都、北海道、沖縄)の寡占が強まり、
そうでない観光地(例:四国など)は「より厳しい戦いを強いられる」ことになりそう。
★心理学的に、人間が選択肢として許容できる数は、せいぜい5~6つらしい。
「メニューの選択肢を5~6個に絞ったお店の方が、選択肢が20も30もある商店より、売行きはいい」らしい。
となると、旅行サイトとかで、「より消費者に旅行に出かけてもらう」には、
「国内の有力な旅行先候補地の中で、サイト運営サイドで、第一候補地を5~6つに絞っておくのがいい」となる。
こうなると、東京、関西、北海道、沖縄、九州で5つ。あとは東北とか信州が入って6~7つ。
中国地方とか四国地方は、「運営者側の予選に選ばれない」ので、余計に訪問者が減ることになる。
※勿論、四国とかの選択肢を、旅行会社側が「用意しない」のではない。
「用意はするが、目立たないところ、トップページじゃなく2頁目の掲載」になってしまう、ということ。
四国のガイドブックも書棚に並んでいて、それなりに手に取る人は多かったと思う。
書棚に「並んでいさえすれば」、気付いて手に取る⇒興味をもって出かける、という可能性はあった。
しかし、今では「トップページは東京京都北海道沖縄」しか存在せず、「四国は2頁目」なので、
「2頁目まで捜しに行く、アクティブ旅行者」だけしか、四国を旅行先候補にしなくなる。
★そして、この傾向が、旅行先のみならず、「大学選び」「就職先選び」「住宅選び」
そして「政党選び」にまで波及していっているのでは?
昨今の自民党の圧倒的強さは、こういう時勢を反映している気がする
★住宅選びの場合、ネット時代になってから、明白に「徒歩10分」と「徒歩11分」のマンションに
売れ行きの差が顕著になったらしい。
これは「徒歩10分以内」のラジオボタンで検索し、その結果で家さがしする人が増えたため、と言われている。
(逆に言えば、徒歩11分のマンションは「お買い得」ともいえる。資産価値は兎も角。)
★別の言い方をすれば、「スマホ時代になって、人々は即断即決、3秒で決めたがる」ので、
予選エントリー(例:Google1ページ目表示)までが勝負になっている、ということか。
以下有名なコピペ
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも生きがいい。
それを見たアメリカ人旅行者は、「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。
旅行者が 「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」と言うと、 漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」 と旅行者が聞くと、
漁師は、「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、 女房とシエスタして。夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって… ああ、これでもう一日終わりだね」
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。 いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。 お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。 その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。 その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。 きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」
漁師は尋ねた。 「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」 「それからどうなるの」
「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て日中は釣りをしたり、 子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、 ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」
俺は何で社長になったのか。
そして本心はどこにあるのか。
社長になったのは、強く望んだからじゃない、親父の経営する会社の借金を親父が返せなくなって
代わりに俺が返すことになって、それで親父から独立して社長になった。
社長だった親父の背中を見て育ったわけで、いずれ社長になるとは思っていたけど、まさか、こんな形で社長になるとは思ってなかった。
今考えれば、運転資金も無しによくここまでこれたと思う。
新参の会社だから、当然買い掛けさせてくれる資材屋さんは無く、最初の半年くらいは殆ど現金支払いだった。
支払いサイトの関係で、支払いが滞ることも何度もあったけど、その都度誠心誠意お願いして待ってもらった。
でも、大手さんは厳しいね、1度でも支払いが滞ると取引停止になってしまう。
2年目からはキャッシュフローも順調に増えて行き、支払いが滞ることは無くなり、買い掛け出来る取引先も増えていった。
売上も年30%以上の伸びで増えて行き、今期は6億を計上する予定だ。
ただ、今の業態と年商って目標を設定して成し得たわけじゃなくて、気がついたら、こんなんなってましたって感じなのだ。
だから、すごいだの言われても実感もなければ感慨に耽るような事も無い。
正直な所、また売上上がりましたねすごいですねって言われても
「うわ毎月数千万も支払いあんのかよ・・・。一歩間違えたら破産するしかねぇ」としか思ってない。
年収すごいですねって言われても
「どうせ俺の金なんて個人保証してる限りは、あって無いようなもんだ」としか思えない、時計もカシオのまんま。
車は何故高級車にしなかったのかと周りから言われたが、
「高級車なんて買った所で、どうせ何かあったら銀行に取られるんだから、高級車なんて乗ってたら恥ずかしい」としか思えない。
これが、経営者になりたい!って強烈な意識の目標で成し得たなら、高級車に高級時計にってなるんだろうけど、俺にはそれが無い。
じゃぁ、今俺が望んでいることは何だろう。
何がしたくて社長業を続けているのか。
やっぱり、親父の借金を返済しなきゃってのもあるけど、家族が毎日笑顔でいられるような生活を提供したいってのが強くある。
俺が作った家族だ。
娘2人が可愛くて可愛くて仕方がない。
月に一度会いに行くくらい。
あれ?だったら何も地元で働いてたほうがよくね?
遠く離れた地で、孤独に精神を病みながら頑張った結果成果は出たけど、それって俺が本当に心から望んだ事なのか?
経済活動やお金のために生きるとなるとこういう考えに収束していくんだろうなって思った。
元増田の言ってることには夢がない。
夢がないんだ。
だから悲観的でつらいんだ。
夢を持て、って言っても、そういうのどうでもいいしつまらないしその夢は誰かからの洗脳だろ?って言われるんだろうけどさ。
それだけじゃないよ。
そして、つまらんかもしらんけど、金だけが価値じゃないし人生でもない。
心の底にある衝動に従えばいいだけの話だ。
人間って、というか動物って、そのくらいシンプルでいいはずだ。
俺は研究職やってる。
学生に勉強教えながら、自分の好きな研究をして、評価されるのかされないのかわかんないけど、
自分が面白いとかすごいとか知りたいとか思うものを研究している。
つまらないって言われるかもしれないけど、自分次第でなんでもできるし、どんな夢でも持てる。
俺の兄は医者をやってる。
人が生きている限り、医者はなくならないし、収入も高収入のままだ。
一時期、医者を増やすために大量に医大ができたあと、それ以上増やすような動きはでていないので、
このままいくんだろう。
高齢化社会になっていってどんどん医療費がかかって、医者は儲かる。
一応尊敬される仕事だし、人を助けたい、みたいな夢を持てるし、開業してビジネスとして成功を、
みたいな夢も持てるだろう。
しかし、そういう世界じゃないところで、夢をもってる人たちはいるよ。
地元で小さいお好み焼きや開くのを夢と思ってる人たちだっているし、それをくだらないとは言えないだろう。
そうだ、こんなコピペがあったな。
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。その魚はなんとも生きがいい。
それを見たアメリカ人旅行者は、「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。
旅行者が 「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」と言うと、 漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」 と旅行者が聞くと、
漁師は、「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、 女房とシエスタして。夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって… ああ、これでもう一日終わりだね」
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。 いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。それであまった魚は売る。 お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。 その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。 その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティに引っ越し、ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。 きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」
漁師は尋ねた。 「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」 「それからどうなるの」
「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、日が高くなるまでゆっくり寝て日中は釣りをしたり、 子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、夜になったら友達と一杯やって、 ギターを弾いて、歌をうたって過ごすんだ。どうだい。すばらしいだろう」
人生ってなんなんだろうな。
初めに断わっておく。今の上司は尊敬してるし、甘えるときも甘えられるときもあるし、非常に良好な関係で仕事してると思う。その上でのギャップ。
非常にいい会社でさ。社員がどうしたいかっていうのとても親身になって聞いてくれるし、ほんとにそれを目指して頑張ろうよっていう空気もちゃんとある。
でもさ、「どうしたい」の部分が、成し遂げたい何かがある人と、生き方を手に入れたい自分とでどうしても合わないんだなって思った。
自分はさ、別にこう、成し遂げたい事とかないのよ。自分の望む生き方しててそれで一生終えればそれで幸せだな~とか思うわけ。でも、上司のボキャブラリーに置き換えると、「そのライフスタイルを手に入れるには年収がいくらで貯金がいくらで…」ってどうしても目標達成アプローチというか成し遂げたいなにかを持ってる人の発想で道筋ができていくみたい。数値目標みたいなのが無いと、生きる方向性が分からなくなるんだろうな。(逆にその人に言わせれば、俺は目標に対する執着心が薄いそうだ。そりゃそうだ。)結果、望みの生き方を手に入れるために望み通りじゃない生き方をする、みたいな意味不明なことになる。
と、ここまで書いて昔見たコピペを思い出した。いままさにこの状態かもしれない。
「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。
すると漁師は
「そんなに長い時間じゃないよ」
と答えた。旅行者が
「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、
女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、
きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、
漁をするべきだ。 それであまった魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。
その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、
漁師は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」
1,043,246人(2011)
1,425,100人(2012)
http://www.jnto.go.jp/jpn/reference/tourism_data/pdf/market_basic_china.pdf
1,658,073人(2011)
2,042,775人(2012)
http://www.jnto.go.jp/jpn/reference/tourism_data/pdf/market_basic_korea.pdf
「もう一度来たい。友人にも勧めたい」という気になってもらうためには、
言語対策
日本を訪れる殆どの中国人は中国語しか話さないと考えても良いでしょう。
そのため、中国語(簡体字)の資料・情報・案内板などが必要となります。
また、中国語を話す従業員についても今のところ充分な数が揃っていないので、
計画的に育成する必要があります。従業員は中国語に堪能であるだけではなく、
(タイ旅行が当地の人々にとって人気が高い理由は、価格が安いことが一番ですが、
中国語が通じるうえ、人民元も通用するなど中国人を歓迎する姿勢を直接訴えていることにあります)。
商品の説明が中国語でないと買いたくても買えないことになります。
http://www.jnto.go.jp/jpn/reference/visitor_support/greeting/china.html
言語面での対策として、施設の利用方法などはハングル表記が親切です。
ただし、注意事項などの場合、ハングルだけでは韓国の人だけを注意しているように見えるので、
http://www.jnto.go.jp/jpn/reference/visitor_support/greeting/korea.html
「AともいえるがBともいえる」とか言う人の役立たなさ( http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20131123 )を拝見しました。
以下の場合、ちきりんさんはどちら(A or B)を支持するのでしょうか?
★★★
「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。
すると漁師は
「そんなに長い時間じゃないよ」
と答えた。旅行者が
「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、
きみにアドバイスしよう。
それであまった魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。
やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。
その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、
漁師は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」
★★★
A.のメキシコ人の漁師は「人生とは自由なものだ。今が大事であり、生きて行く上で大切な物は十分にあるよ」と言っている。
B.のアメリカ人旅行者は「安泰を得るためには苦労と成果が必要であり、その先の成功の報酬として自由があるよ」と言っている。
漁師が病気になった場合は?漁の規制ができた場合は?社会保証は?
イレギュラーな事態での生存確率はメキシコ人の漁師は低いのではないか?
メキシコ人の漁師に突っ込むことは可能だが、僕が言いたいのはそこではない。
メキシコ人の漁師も自由な生活をしているが、お金が必要になれば仕事を探せば良いし、それこそ漁で捕れる魚を売ればいい。必要がないからやっていなくて、その分時間を確保している。
アメリカ人旅行者は社会的には成功しているので、メキシコでの旅行を楽しめるし、他人に説教をできる余裕も自信もある。それは過去の実績に起因しているわけでこの人は、そもそも仕事や勉強が得意で好きでありそれをアウトプットして世の中の暮らしを良くする事ことに喜びを感じているんだと思う。
Aだ!Bだ!決めること自体、大きな間違いなんだよ。
この曲でも聞いて出直せ
「AともいえるがBともいえる」とか言う人の役立たなさ( http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20131123 )を拝見しました。
以下の場合、ちきりんさんはどちら(A or B)を支持するのでしょうか?
★★★
「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。
すると漁師は
「そんなに長い時間じゃないよ」
と答えた。旅行者が
「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、
きみにアドバイスしよう。
それであまった魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。
やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。
その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、
漁師は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」
★★★
A.のメキシコ人の漁師は「人生とは自由なものだ。今が大事であり、生きて行く上で大切な物は十分にあるよ」と言っている。
B.のアメリカ人旅行者は「安泰を得るためには苦労と成果が必要であり、その先の成功の報酬として自由があるよ」と言っている。
漁師が病気になった場合は?漁の規制ができた場合は?社会保証は?
イレギュラーな事態での生存確率はメキシコ人の漁師は低いのではないか?
メキシコ人の漁師に突っ込むことは可能だが、僕が言いたいのはそこではない。
メキシコ人の漁師も自由な生活をしているが、お金が必要になれば仕事を探せば良いし、それこそ漁で捕れる魚を売ればいい。必要がないからやっていなくて、その分時間を確保している。
アメリカ人旅行者は社会的には成功しているので、メキシコでの旅行を楽しめるし、他人に説教をできる余裕も自信もある。それは過去の実績に起因しているわけでこの人は、そもそも仕事や勉強が得意で好きでありそれをアウトプットして世の中の暮らしを良くする事ことに喜びを感じているんだと思う。
Aだ!Bだ!決めること自体、大きな間違いなんだよ。
この曲でも聞いて出直せ
イオンの不誠実さも非難されるべきだろうけど、イオンの気持ちもわからなくもない。
なんでウチだけだ、というようなユッケ社長的な気分もあるだろう。
俺はちょいちょい中国方面に旅行に行くのが趣味なんだが、あちらの食い物など食って大丈夫か?との心配を頂くことがある。
確かに手放しで安全とは言いがたい。現地テレビ放送も、安全な野菜の選び方なんかを特集しており、現地人に危機意識もある。
しかし最低限のことに気をつけていれば、概ね問題ない。いや、問題ないかどうかは数十年経ってみなければわからないかもしれないが、現状特に健康被害はない。
あちらでは快餐というスタイルの、チョイスしたおかずぶっかけ飯を喰うことが多い。指差しだけでメニューを選べるので、外国人旅行者にも人気だ。
快餐屋は一食500円以上する店もあれば、20円以下の店もある。
件の20円以下の店は、そのイカレた安さから人気があるかというとそうではなく、汚い身なりの労働者がパラパラといるだけで、全く繁盛していない。店もボロく、匂いも臭い。
そんな店で何かを食いたいかというと、どんなに安くても御免な訳で、概ね200円ぐらいの店に入ることが多い。
お肉などは公設の市場があり、そちらをブラブラみて回るのも楽しい。
見たこともないケモノヘンの漢字の獣肉がところ狭しと売っている。貂なんて食えるのか、と感動することもある。
あちらでは、鳥肉は鶏よりも鴨の方が、比較的メジャーと思われる。
彼の鴨肉であるが、これまた一羽丸鳥で、千円近い品もあれば、百円以下の品もある。
件の百円以下の鴨が、これまた鳥だけに飛ぶように売れるかと言うと、無論そうではない。
モノには適正な価格があるということは、実際誰でも知っていることであり、現地の人間はもちろんのこと、ポッと出かけた旅行者ですら、小一時間も市場をブラつけば、概ね把握できる。
その中で極端に安いものがあれば、それを警戒するのは、ごくあたり前の心理である。
その警戒を、果たしてスーパーのバイヤーが、冷食工場仕入れ担当が、共有しているかというと、当然共有しているだろう。
本部の人間は安くしろと要求する。日本の経済の仕組みでは安くするのが正義だろうから。
彼の国では、安くしろというと、下限知らずにどこまでも安くなる。数十円の丸鶏があるお国だ。
大阪西成に俺の愛するスーパーマーケット、スーパー玉出という店がある。
こちらの惣菜が実に象徴的で、精肉コーナーに豚バラ肉が100グラム120円前後で売っているのに対し、デリカコーナーでは豚バラチャーシューが100グラム80円で売っている。
パートのおばちゃんが手間暇かけてコトコト煮込んだチャーシューが、生肉より値下がりするなどという、河原の積み石よりやりがいのない過酷な労働を、彼女らに強いている訳では無論ない。
それら加工食品は、その出自を明らかにする必要がないから、原材料費をどこまでも抑えられる。
そしてそれが今後どのような影響があるのか、それはわからない。
今後、米農家の補助金が削減されていく趨勢にあるとのことらしい。
これに関しては全く恐ろしいという気持ちにしかならないが、ウェブ上では、補助金ジャブジャブの農家は潰せとの声が高い。
実際厳しい競争の中で生きている、都市部の住人にとって、不公平感があるのも理解できる。
しかしながら、総じて先進国の農業で、全く保護を必要としない分野はどれほどあるものだろう。
無論、規制を緩和して、やる気のある農家や企業の参入を推し進めるのは良いことだろう。
農業大国と言われる国々、特にアメリカ、フランスでは、補助も厚い。
アメリカでの農業補助金は、大別して5種類。作付面積に対する補助金。市場価格による差額の補助金。ローン充当補助金。最低価格保証金。作物保険への政府充当金。などなど、日本の補助金など可愛らしいと思えるような補助金の幅の広さ。
その上先般のバイオエタノール原料買い付け保証などなど、挙げたらきりがないほど補助金ジャブジャブである。
特に市場価格ベースの補助金は、WTOからお叱りを受けかねない、輸出補助金に触れると見られており、今般のTTP交渉では果たしてどうなるかというところでもある。
この恐ろしい規模での補助金によって、折角の国連の援助を受け殖産された後進国の綿花、穀物畑などが、価格競争で打撃を受けて青色吐息だそうだ。
例えばコーンだと、その金額の八割以上が補助金に依っており、俺達が喰うケロッグコーンフロストは、アメリカ人の税金によって八割増量してもらっている。
そして当然アメリカであるからして、その全補助金額の七割以上が、上位数%の大規模農家によって独占されている。
まさにアメリカというお国柄らしい、ビッグになるほど保証も厚い、悪夢的アメリカンドリームの類の補助金だ。
方やおフランスでは、アメリカ同様、斯様な大農家向けの補助金も充実しており、これまたグレーな輸出補助金の類も、ジャブジャブ拠出しているのだが、反面、小規模農業のみならず漁業、加工業への保証もこれまた厚い。
例えば農地のその周辺環境、景観への配慮などを目的とする補助金。また産品の国定ブランド化とそれへの国際的な法的保護、輸出補助金など、小規模でも国際社会で十分戦えるような保証が充実している。
彼の国の優良な小規模一次、二次産業への保証は、単にその百姓の生活、土地の景観、田舎ワイナリー、漁港を守るという小さな目的ではなく、それに付随する食の安全と文化、外食産業、観光業、ひいては国のイメージという、より大きな対象への投資なのだろう。
翻って日本には、果たして保護に値する農業、食産業が無いだろうかというと、全く実に多い。
地方地方に奇妙な郷土料理や農法やらが、険隘な国土ならではの多様性に富んでおり、港町に行けば、寿司屋の生ゴミかと見まごう奇妙な鱠が出てきたり、山国に行けばタクアンのままで美味いのになんで燻製にしちゃったかなーという漬物が供せられる。
狭隘な土地に無理やり作った田畑や、それにまつわる行事や伝統産業ら、それら無数の多様性が重層的に折り重なり、文化というものが形成される。
食にやかましい中国人に、俺はベトナム料理が好きだと述べたところ、中国人は鼻で笑って「ベトナムに料理なんかねーよ。美味しい菜(惣菜)ならあるけどな」とのたまう。
欧州に住んで気づいた「日本人女子旅行者の危うさ」 | All About News Dig(オールアバウト ニュースディグ)
http://allabout.co.jp/newsdig/w/51822
http://b.hatena.ne.jp/entry/allabout.co.jp/newsdig/w/51822
qwerty86
id:narwhal みたいなことを本気で思っている旅行者、ワリと居る印象。「犯罪者と、ちゃんと取り締まらない政府が悪い。なんで何も悪くない私が対策しなきゃいけないの?」的な。2013/09/14
narwhal 旅
qwerty86のようなコメントが人気コメントを取るようになった。かつてはこのような発言があれば
はてなフェミの連中がすっ飛んできてホラーだのこれはこわいだのタグ付けたりしたものだが。
震災以降すっかり見なくなって、勢力図が変わったというわけだ。
割とはてサとのシナジー効果があったため、はてフェミの凋落ははてサの今後の活動にも影響をおよぼすこと請け合いだが、それは別な増田がくどくどエントリ挙げてくれるからそっちはいいや。
これ書いてるのはたぶん、夏休みの高給バイトっつーことでよくわからんまま面接受けて、右も左もおぼつかず悪戦苦闘してる女子高生かフリーターなんだろうと思うが、かくいう自分も一応”中の人”経験者なので、事情を知らん他の人も含めてこの手の撮影商法に関してさらっと説明しておく。
(ただし園内での撮影許可に関しては、手元のパンフに「当園の委託を受けた業者が、お客様の撮影を行う場合があります」「入場の際には、お客様など入場者を含む写真が、当園の宣伝その他の目的に使われる事を許諾したものとします」などの断り書きがされてる例がほとんどだ。園内はそもそも、基本的には私有地であることを忘れんように)
観光地では昔から、地元の写真館が旅行記念写真撮影もやってる例が多いんだが、今じゃデジカメや携帯電話のカメラ機能が高性能化してるしでこのビジネスモデルは徐々に時流に合わなくなり、廃業や合併も珍しくなくなっている。まずここら辺の事情は、皆の想像通りだ。
元増田の場所では富士フイルム社製のライドフォト自動撮影システムが組まれてるけど、娯楽施設以外で販売されるものでは市販の「写真プリンタ」をRAID的に組むことで見た目の出力速度を向上させるソフト(ご丁寧に、ドングルプロテクト付きだ)でプリントした”写真”を渡す業者もある。
http://www.print-better.ne.jp/story_memo_view.asp?StoryID=6103
で、こんな写真を買う人がいるのかって?いるんだよ!そうでなきゃ、自分もとっくに食いっぱぐれてる。具体的な納入先を挙げると、企業や学校の旅行に老人クラブ(年金友の会)、各旅行代理店ごとのパック旅行ツアーでの団体撮影がメインだ。
撮影機材だが、昔は6x7のブローニーフィルムで周遊前に撮影・即座に現像して焼付けし、宿泊するホテルのロビーまで出張して販売していたものだが、最近は撮影からプリントまでフルデジタルでたったの3分。無線LAN経由で、キヤノン・ニコンのデジタル一眼で撮影・純正トランスミッターを使用してデータ転送がおこなわれる仕組みになっている。
・・・要はつまり、ガジェット好きな大半のはてなー諸君には、「いらんわ」と言われるだろう商売なわけだ。
ここでひとつ、疑問が浮かぶだろう。「撮影がデジタルカメラなら、なぜデータを売らないの?」。
自分も一度そう思った。やってみりゃいいのにと。
ところがそこからは、ウェブシステム系の構築や保守、といった壁が高く立ちはだかる。今まで培ってきた記念写真販売ビジネスのノウハウは、そこにはまったく通用しない。
具合の悪いことに、写真ビジネスに関わる人間というのはみな、どこかガンコなところを抱え、しかも年齢が高い人がそう少なくない。したがって、機材のデジタル化に対応できずに絶滅した業者が多いわけだ。
(ただしスタジオアリスなど系列の写真館では、「一定期間経過した後に」などの条件で撮影データの販売もしている。もっともこの辺は、ストロボや貸衣装などの撮影器材を常時稼働できるようメンテナンスしている分の人件費も込みのコスト、と考えたほうがいいだろう)
このため、近年の30代未満の旅行者がおそらく求めている「物質としての写真は不要・ブログにきれいにアップロードできるデータがほしい」といったニーズに、当の記念写真撮影業者側が対応し切れていない、という妙な状況に陥っているのだ。
いっそのことウェブストレージ系ビジネスと提携すれば話も早いのに、と自分は感じてしまう。
ただしビジネスとして考えた場合は別で、旅行の際にお金を自由に使えるのは、現状では高齢者が圧倒的だ。
だったら、彼ら向けに写真を売っていればまだ”延命”できる、と考えてしまうあたりがこの業界の悪弊というか、限界を見る思いがする。
※2015.Apr/06th 追記:
ブコメにも記しておりますように、このエントリの著者は id:guldeen であります。退職したタイミングだからこそ言える事というものも、世間にはあります。