はてなキーワード: ホモセクシュアルとは
まずはNTRの物語を「主人公の男性と親密な関係にいる、または主人公がそのような関係を望む~恋人・幼馴染・友人・家族・片思い等の関係の~女性が、別の男性と性的な行為を持ち、最終的にその男性の"モノ"になる」物語としておく。
堀あきこ著「欲望のコード」を参考に、どこに同一化しているかで分類した。
性的な行為において快楽という道具を暴力的に使って、女性を徹底的に客体化(主体の否定、モノ化)して、その女性を支配・所有する楽しみ方。また支配・所有と合わせて、その女性を快楽に負ける"(非理性的な)劣った女"とみなすミソジニーが背景にあると考える。
親密な関係(またはそれを望む)女性を別の男性に寝取られる事の喪失感と、その男性に比べて、自分の(性的な能力も含む)能力が低いことの無力感、の二つに快楽を覚えるマゾヒスティックな楽しみ方。
自分との比較対象である寝取る男性は、汚いおじさん(*1)など一般に性的魅力に欠ける場合からイケメンの先輩など性的な魅力に富んだ場合まで様々である、どちらも寝取られる側の人間よりも女性を性的に満足させるという点はほぼ共通している。
女性へ同一化することで、セックスにおける男性のノブレスオブリージュ的な奉仕の役割を放棄して、快楽を受けること・またその背徳性を想像する楽しみ方。
寝とる男性への同一化は、ヘテロ男性向けエロ漫画に共通する読者と女性とセックスする男性とが一致する見方で、フェミニズムがしているポルノ批判の範疇にいるだろう「欲望のコード」で挙げられている男性向けポルノコミックの<視線>と同様で、これには『男性身体の透明化』(*2)が寄与している。
一方、寝取られる男性への同一化では、寝取られる男性の目を通して女性と寝とる男性を俯瞰し、かつ寝取られた後で自身を俯瞰するという点で、上で挙げたエロ漫画での一般的な同一化・視線とは異なっており、「欲望のコード」で提示されている男性向けポルノコミックス・レディコミ・ヤオイの<視線>のどれにも当てはまらない
俯瞰する視線という点ではヤオイと共通するが、その視線が自身に返ってくる点がどれにもない
最後に、寝取られる女性への同一化は、「欲望のコード」で提示されているレディコミの<視線>と同様である (お姉さん優位の)おねショタに見られるような、男性の性の主体性の放棄と快楽への受け身と捉えることができ、おねショタと違う点として、女性(挿入される側)への同一化であり、この楽しみ方はトランスあるいはホモセクシュアルへの潜在的な欲望と言える。またNTRは女性の快楽やそれへの戸惑いに表現の比重が置かれていて、それが『男性身体の透明化』と組み合わさって、逆に女性への同一化を促進していると考える。意外とこの読み方は多いんじゃないかな
「快楽への受け身」ではなく「快楽の主体的な獲得」と読み替えられたらポルノ批判をうまく躱せる面白い読みになるんじゃないかと思っているが、そのように女性の心情を表現した作品は知らない。読みたいので教えて欲しい
(*1)寝とる男性が汚いおじさんで、かつ読者がそのような要素を自身に認めているとき(つまり読者自身と寝とる男性が近い時)、寝とる男性に同一化して、女性を所有することを通じて、自分の性的な能力の誇示・確認をする読みもあり得そう
よく女性向けは規制されてないと言う人が居ますがむしろBLは狙い撃ち状態です
韓国でもアチョン法で一年で2200人逮捕されその中の相当数が女性です
「ポルノ被害と性暴力を考える会」「ECPAT/ストップ子ども買春の会」の金尻和也氏による発言
ボーイズラブ漫画を男性同性愛の人が読む事もあるでしょうが、多くの読者層は異性愛者であって「面白おかしく、見世物的に」読むものだと思います。
女性同性愛の人たちも読むでしょうが多くはヘテロ女性だと思います。
男性向けAVと同じ論理で考えれば、その自由権によって同性愛差別(平等権・人格権・生存権)がさらにひどくなると思います。
同性愛を隷属的で自己主張せず、少女的・幼さや未熟さを前面に押し出し、性的に描写されていれば、私たちの主張するポルノとして扱われるべきだと思いますし、子どもの権利を擁護する観点から一定の制限されるべきだと思います。
○H委員 いずれも区分陳列等をし ていただくべき図書だと思います 。
なお、4誌目が、自主規制団体からの聴き取り結果によると、指定非該当という意見 が著しく多いようでありますが 、改めて見ましても、私 の感性からは、ほかの4誌と変わらないというふうに思います。
自主規制団体の方は、業界の方なので、ご覧になる部分が 、ちょっと違うのかもしれませんが 、一般成人の私からすれば、4誌目の図書も変わらないというふうに思います。
○J委員 はい。5誌の中では一部修整がなされているものもありますけれども、全体的にや はり内容が卑わいであり、性描写が多いということもありまして、青少年の健全な育成を阻 害するということが認められますから、ぜひ指定該当でお願いしたいというふうに思います。
5誌ともお願いしたいと思います。
それで、思いとしては、H委員と全く同じで、4誌目の『つぐなわれ』だけ指定非該当が 多いんですけども、やはり自主規制団体の方々の非該当と思われるところと、私が思うのと は、やっぱり正反対なのかなと思う部分がすごく多いです。全誌該当ということでお願いし ます
○A委員 本当に、前回、K委員から修整の話がありましたが、やはり局部を消すだけでなくて、行為そのものを本当に少なくというか、消してほしいという感じでおります。
本当に全編卑わい感を出し過ぎていて、本当に露骨ですし、もう本当にそのものだけだ、 と感じます。人格否定もありますし、暴力的な表現もありますし、全誌とも指定でお願いいたします
1誌目、2誌目、ピアスシリーズというのは、前にもあったと思うんですけれども、こち らのほうも、同じような自主規制団体の方から、ほとんど同じコメントだと思うんですけど も、修整の配慮が見られ、という意見や、あと、設定にリアリティーがない、ということが 意見としてありますけども、リアリティーがある、ないに関わらず、やっぱり人格否定があ ったりですとか、その卑わいなシーンがあるということに対しては指定に値すると思います。
それで、3誌目のムーグコミックスピーチシリーズというのも、前にもあったと思うんで すけれども、こちらも、デフォルメがすごくされていて、女性を何か蔑視というか、そうい う感じにどうしても捉えられるのではないかなと思うんですね。やはり人格否定もあります ので、かわいいタッチということもあり、青少年が手にとりやすいなというところも、何か よくないと思いますし、指定と非該当が、二つに分かれているような感じがありますので、
どういうように自主規制団体の人が考えていらっしゃるのかなというところが、ちょっと不 安な気持ちになります。
4誌目のムーグコミックスのほうも、やはり皆さんが言っているように、非該当が12名と いうところで、この男性が女体化している設定ということでリアリティーがなく、卑わい感 がないというんですけども、私も女性なので、女体化しているというところが、何か女性と してばかにされているような感覚がどうしても感じられますし、人格否定もありますので、やはりこれも指定でお願いします。
最後の5誌目ですけれども、修整が甘いというよりも、修整しているようには思えません ので、これも指定でお願いいたします。
以上です
○K委員 今回、5誌というのは、ちょっと私がここに参加してもう3年近くになりますけど 初めてなんで、驚いたんですけども、『かべアナ』というマガジン・マガジンの2誌は、こ の2誌ともが、やはりBLのエスカレートしたパターンなんですね。というか、この帯に書 いてありますように、「陵辱調教の餌食」とか、「肉体の限界を超える性調教」とか、誰が されたいかと思うんですけど、こういうふうに学園の中での何かストーリーがエスカレート しちゃうと、もうとめどもなくなるんで、それだったら、もう成人マークをつけて、区分陳 列しておくべきだと思うんです。
これに関しては、BLものを読まれる読者の対象が、皆さん、ご存じと思うんですが、「腐 女子」と言って、腐敗の腐に女子と書くんですね。婦人の婦じゃなくて、腐女子というネッ ト上の言葉がありまして。この腐女子の中には、池袋の東口をご覧になれば分かると思いま すけれども、今、ジャンルとしては、確立されているいうか、一定程度読まれているものな んですね。
それで、そういう腐女子の層をちょっと調べたところ、やっぱり女子中学生とか高校生レ ベルでご興味を持つ方もいらっしゃるんですね。
ですから、やはりBLものというのは、こういうふうにエスカレートしていって、何か現 実社会では、こういう男が男を攻めまくるような社会になっているんじゃないかというようなちょっと誤解もあるんじゃないかと。男が読んでも、全く何も感じないこういう世界を、書いていらっしゃる方も多くが女性なんですね。担当されている方も、編集者も女性が多い。
それで、やっぱり今回のように挙がってくると、私たちの出版倫理の委員会では、このことに関しては、東京都の健全育成審議会でもこういう意見が出ているということは、伝えたいと私は、思っております。
それで、ほかにも、あと3誌、まず、『カーストBL』。このカーストというのは身分差 別、やはり人種差別といいますか、この階級に準じて男性が男性を攻めるシーンが、この修整もあんまりされずに、ちょっと露骨に出ております。
それから、もう一つ、『つぐなわれ』も、実は、女装した男性が女体化しているのを無理 やり強制的に犯すようなところもございまして、何となくコミカルには描かれているんですけども、これも、区分陳列でやむを得ない。
それから、この3誌目。これもコミカルには描かれているんですけども、これをやはり非該当にするには問題があるなと思うのは、女性を陵辱して、性的になじませて、要するに、 性的に未熟な女性に対して、性義をもって、自分に従わせるような妙な陵辱感があります。
以上です
○K委員 今回、5誌というのは、ちょっと私がここに参加してもう3年近くになりますけど 初めてなんで、驚いたんですけども、『かべアナ』というマガジン・マガジンの2誌は、こ の2誌ともが、やはりBLのエスカレートしたパターンなんですね。というか、この帯に書 いてありますように、「陵辱調教の餌食」とか、「肉体の限界を超える性調教」とか、誰が されたいかと思うんですけど、こういうふうに学園の中での何かストーリーがエスカレート しちゃうと、もうとめどもなくなるんで、それだったら、もう成人マークをつけて、区分陳 列しておくべきだと思うんです。
これに関しては、BLものを読まれる読者の対象が、皆さん、ご存じと思うんですが、「腐 女子」と言って、腐敗の腐に女子と書くんですね。婦人の婦じゃなくて、腐女子というネッ ト上の言葉がありまして。この腐女子の中には、池袋の東口をご覧になれば分かると思いま すけれども、今、ジャンルとしては、確立されているいうか、一定程度読まれているものな んですね。
それで、そういう腐女子の層をちょっと調べたところ、やっぱり女子中学生とか高校生レ ベルでご興味を持つ方もいらっしゃるんですね。
ですから、やはりBLものというのは、こういうふうにエスカレートしていって、何か現 実社会では、こういう男が男を攻めまくるような社会になっているんじゃないかというようなちょっと誤解もあるんじゃないかと。男が読んでも、全く何も感じないこういう世界を、書いていらっしゃる方も多くが女性なんですね。担当されている方も、編集者も女性が多い。
それで、やっぱり今回のように挙がってくると、私たちの出版倫理の委員会では、このことに関しては、東京都の健全育成審議会でもこういう意見が出ているということは、伝えたいと私は、思っております。
それで、ほかにも、あと3誌、まず、『カーストBL』。このカーストというのは身分差 別、やはり人種差別といいますか、この階級に準じて男性が男性を攻めるシーンが、この修整もあんまりされずに、ちょっと露骨に出ております。
それから、もう一つ、『つぐなわれ』も、実は、女装した男性が女体化しているのを無理 やり強制的に犯すようなところもございまして、何となくコミカルには描かれているんですけども、これも、区分陳列でやむを得ない。
それから、この3誌目。これもコミカルには描かれているんですけども、これをやはり非該当にするには問題があるなと思うのは、女性を陵辱して、性的になじませて、要するに、 性的に未熟な女性に対して、性義をもって、自分に従わせるような妙な陵辱感があります。
以上です
私も、この『つぐなわれ』という、自主規制団体の方の意見聴取では非該当のご意見が多 かったものも含めて、5誌とも区分陳列指定を判断すべき図書ではないかというふうに思い ます。
それでは、委員の方、いずれも条例の規定に該当し、今後、指定やむなしというご意見で ございます。そのように答申させていただきます。よろしゅうございますでしょうか。
議事録を読んで驚いたのが、挨拶の中で「BLは本当に許せない、店頭に置くのもやめてほしい」と言っていたのに、まるっとカット。載せたらマズイと判断されたか。
「青少年に与える影響としては男女より男と男のラブストーリーの方が法律的には良くない」 「同性愛を奨励するのは日本の法律としてどうなのだろう」(東京都青少年健全育成審議会、2010年9月13日)
○D委員 まず、1誌目に関しては、これはラグビー部の男同士の性的関係が表紙を開けて最初から出てくるんです。
男同士が性的関係に陥るということに関して、それ自体が問題だというふうに思われているのかもしれないんですけども、LGBTの市民権が認められる今の時代、性的にその人が異性を愛するか、同性を愛するかということに関して、そのことがもう犯罪のような言い方をされると、それは違うと思うんですね。
レズビアンとか、ゲイとか、バイセクシャルとか、トランスジェンダー(心は男性だけれども体は女性、逆に体は女性だけども心は男性)などの性があり得るということは、今の時代ではもう認められつつあると思うんですね。
まぁそれはさておき、この作品そのものは、ラグビー部の部員同士の一見コミカルに見えるような性描写なんですけども、ちょっとゲイの人たちをからかっているような描写が多くて、それで、しかも絵がやはり修整はなされてても、もうそれと分かる性描写そのものです。
修整というのは何かというと、性器を修整すればそれでいいのかということではありません。
例えば性器は修整されているけども、性行為が露骨な表現の場合は修整とは言わないと思う
んですね。
私は、修整するんだったらストーリーも含めて考え直したらどうかみたいなことをよく言うんです。
ところが、やっぱりそういうことも考えると、これは男同士の性を扱うにしては、余りにもずさんで、ゲイの人をからかったような部分はやっぱりちょっとまずいと思いますので、そういう意味では、読みたい大人が読むような区分陳列には、すべきだと思います。
A 委員
これらの本は、粗暴性や残虐性は少し影を潜めていて、性的感情を刺激する内容がほとんどで、その中で女性が男性をリードする描写が多く、それをもし青少年が読んだりすると、女性はそういうものを望んでいるんだといった偏った価値観を植え付けるのではないかと思います。
また、女性リード型の描写が進むとホモセクシュアル的な傾向が出てきて、心理的にノーマルな性交渉が難しくなるんですね。
男性の意識の中で、自分がリードできないんじゃないかと考え、一概には言えないと思いますが、ホモセクシュアルの方にいく傾向が強くなるといわれています。
まさに今日の本の中では、その傾向が出ていたので、青少年の目につく形で普通の本と混在しているのはとても危険だなと思いました。
B 委員
こういう傾向は時代を反映しているのでしょうかね。私には、それが分からないんです。
というのは、昔、同性愛というのは、特殊な環境の中でそうなると聞いたことがあったのですが、一般にはこういうのがあるのかなと思いますね。
昔は、男性が求めたけれども、現在は女性が求めるようになって、これは、時代を反映しているのかなと思って驚いています。
A 委員
こうして謎のワンシーン挿入が巷で物議を醸すなか、シューゴさんや父たちは会議を開いて修正案をひねり出していた。
「当分はあのカットで対応するとして、これからの内容について考えていきましょう」
「ご意見の傾向としては、ヴェノラとリ・イチの武器に関しては苦情はきていませんね」
「まあ、あいつらは魔法とか超常現象とかだからな。真似したくて出来るものでもない」
「そうですね。チョウナ・ブーメランを使うイセカと、弓を使うウロナをどうにかしましょう」
「具体的にはどうするんだ。あいつらのメイン装備だぞ」
「そりゃあ~やっぱり人に向けたら危ないとかで色々理由をつけて使わせないように……」
「アホか! 武器は人に向けて使うもんだろうが! あいつらは戦うために旅をしているんだぞ。物語の根本から崩れるわ!」
「それですらファンから不満が出そうだが……まあ、代替案だけでも聞こう」
「なんだそれ?」
「イセカの新武器だ。これなら危なくないだろ?」
「ウィンナーが?……まあ、チョウナ・ブーメランよりは危なくないけど……」
「ハッハー、くそダセぇ!」
「『私はヴァリオリのことが好きですが、食べ物で遊ぶのはどうかと思います』という苦情が……」
「まあ、ぶっちゃけ食べ物武器ダサかったから、変えられるのはよかったがな」
「たとえば?」
「……緑色とか?」
「あんたの血は何色だ。それに色を変えようが血であることは変わらんだろうが。なんで血の色を変えたらセーフになるんだよ」
「“ホモ”みたいなものですよ。ホモセクシュアルは同性愛者を指す言葉ですが、略語のホモは社会通念上は差別的と認識されています。なので言葉の定義としては問題なくても、ゲイやレズとか、或いはより厳密な表現を用いるのが善いってことです」
「フォンさん。共通点の少ない別事例を例えに持ち出すのは、ただの詭弁だぞ」
「でも何となくは伝わるでしょう」
「フォンさん。ただのレスバトルで是非を問うならともかく、俺たちは表現をダイレクトに作品に反映させないといけない。これはそのための会議なんですよ」
「失礼しました……では真面目な提案をすると、こういうのはどうでしょう?」
「いくぞ、木の棒!」
「次は、何の新武器の真似事?」
「見ての通り、木の棒だよ」
「は? 実際のアニメでも、そんな棒切れで戦ってること?」
「ダサいよな」
「そういう話をしているんじゃない!」
「どういう話なんだよ」
「『私はヴァリオリが好きですが、前回の放送内容については問題があると考えます。木の棒はそこら辺に転がっており、子供が簡単に真似できてしまうので危険』という苦情が……」
「そのクレーマー、毎回『ヴァリオリが好きです』だとか前置きを置くが、すげえ嘘くせえ」
「一通り踏まえてみると、暴力描写そのものが駄目ってことらしいですね」
「はあ!? そいつ、そもそも本作をちゃんと観ているかどうかすら怪しいんだが。こんな本作の根本から変わるような提案をしてくるか?」」
「はいはい、要は危ないものですよってのも含めて伝えればいいんだろ?」
「どうしたんだ、シロクロ。そんなに怯えて」
「ああ! 木の棒が! 木の棒が!」
「何をそんなに怖がっているんだ?」
「みんな逃げろ! 木の棒が爆発する!」
「え? どういうことだ。ひょっとしてただの木の棒じゃないのか!?……って何も起きないじゃないか」
「『必要以上に怖がらせる表現は子供にトラウマを与える。あ、あと私はヴァリオリが好きです』……とのことです」
「ああ、もう! “必要以上”ってどの程度だよ。そもそもアニメ自体が余剰なもんだろうが」
「あれも駄目、これも駄目。じゃあ何だったらいいんですか」
「それはオレに対して言うセリフじゃねえ。もとからこの修正案自体に反対だったんだよ」
「今さらそんなこと言わないでください。不服でも従うって言ったじゃないですか」
「それでこのザマだから言ってるんだよ」
シューゴさんの怒りは爆発寸前。
そのピリつきはスタッフたちにも伝染し、この時の現場の空気は最悪だったらしい。
「ですが厳しいものがありますよ。イセカもウロナも設定やキャラクターってものがありますし」
「もうイセカとウロナをリタイアさせるか?」
「これまで斧や弓で戦ってきたキャラが、お花畑な理由でダサい武器を使っているほうがファンは怒るわ」
理由? いったいどういう「納得できる理由」を求めてるのかよくわからない。
言葉それ自体に人を傷つける力があるのではないよ。その言葉で人を傷つけようとする人がいるから傷つくんだよ。
例えば、「短耳」って言葉(今作った)、別に差別的でも何でもない。だが、耳が長いほうが偉い、短い奴はぷゲラって時代が
百年も続けば、公の場で人に「短耳」と言うことは「失礼だ」とか「差別的だ」という声は当然生まれるだろう。そうなってから、
『短い耳の人のことを「短耳」以外に何と呼べばいいんだ?俺に差別意識はないぞ』と言っても始まらない。
そう呼んで差別してきた人が今もいて、そのせいでその呼称に傷つく人がいるからには、それは差別語として機能してしまうんだ。
なお、ホモ(同種の)はヘテロ(異種の)の対概念で、増田の考える「ホモ」は「ホモセクシュアル(同性愛)」からきている。
「ホモソーシャル」は「同種のものしかいないことを暗黙の前提にした同質的社会」の意味であってホモセクシュアルという意味ではないし、
ホモ牛乳は脂肪分が(同種同士)集まり固まる=クリームができる牛乳のことで、こちらもホモセクシュアルとは無関係だ。
なお、レズビアンは女性同士のホモセクシュアル(同性愛)の俗称なので、これもまたホモセクシュアルの一種だが、ふつうそちらを
ホモという略称では呼ばない。ホモという略称で意味されるのは、主として男性の同性愛や同性愛者であり、このことからも、
ホモという略称が学問的なホモセクシュアルそのものの意味ではなく社会的な意味を含んだ呼び名であることが分かる。
「あいつはホモなんだぜ」という発言は、一般に、単に「あいつ」は「同性愛者だ」というだけの意味ではなく、
「あの/恥ずべき/滑稽な/日陰者の/変態的な/男を見れば欲情する/潜在的なHIV保菌者の」くらいの意味を込めた
非難のニュアンスを帯びて周囲に響く、あるいはそう聞こえることを意図して用いられる。言っていることはつまり
「普通の俺たちとは違う」ということであり、ヘテロ男性社会からの排除がその効果だ。相手の社会的人格を棄損し
極端なことを言って誘導したいのかわかりませんがやめてください。
他の返答にもあったけど、「ホモ」自体が蔑称であるとか、逆の例で言えば「レズ」は駄目で「ビアン」なら良しとか。
これら単語の解釈の流れって、ポリティカルコレクトネスの流れかと存じますが、それらを含めても蔑称だと思ってないです。
ホモセクシュアルって言葉自体は差別用語でも蔑称でもないですよね。
そういう意味で使ってるだけです。ポリコレってそれくらい曖昧な話なんですよ。
でもね、同性愛者の男性に対しては、彼らが「ホモ」を差別用語だと思っているからこそ、当然ながら「ゲイ」と呼びますけどね。
でも主さんって女性ですよね?なんで女性がその方面で代弁してるんですか?しかも見当違い。ちょっと意味がわからない。
他の返答にもこれ使いますが。
でも、そうじゃないから主さんは怒ってるんですよね?所謂直結厨とか、出会い厨とかがいるって事で。
噂に聞いたのだけれど、ある芸能人のセクシュアリティがどうこうってことで騒がれているそうですね。
結論から言って、セクシュアリティの相異(多様性)を認められない日本社会の方が異常です。
セクシュアリティということ自体がそもそもきわめてプライベートなことなのに、それが勝手に暴露されていじくり回される人々って、気色悪いし危険です。
ただでさえ、シスヘテロでない(ヘテロセクシュアルでなかったり、トランスジェンダーであったりする)ってことだけでも、あれやこれやと言われたり、興味本位でネタにされたりする社会です。しかも近年は、少子化問題とか言って、結婚しろ、子供産めっていう、儒教的な教義(道徳)を押し付ける社会的圧力があって、たかがホモセクシュアルでさえも狩られそうな雰囲気です(一種のヘイトです)。公言する(いわゆる「カミングアウト」)ってだけでも、人生や命が懸かるんです。
たとえ公言せずに隠していたとしても噂が流れて社会生活に悪影響が出ます。実際にはシスヘテロの人でも虚偽の噂が流れて社会生活に影響が出ることがあり、「自分はシスヘテロだ」って言って噂を否定することになるでしょうが、それは結果的には世のシスヘテロでない人に対する否定的価値観を表明する効果が出てしまいます(ヘイトの片棒をかつぐことになります)。
私は生まれつき染色体異常で、幼い頃から今までもずっと、周りの人々から酷い扱いを受けてきました。皆、私に対してだけ態度が変わり、職業柄で私に接さないといけない人(店員とか教諭とか医者とか公務員とか)でさえも嫌々やっていることが露骨です。陰口叩かれたりありもしない噂を流されたりするのはいつものことで、勝手にホモセクシュアルだという虚偽の噂が流されていました。面と向かって罵詈雑言を浴びせられもしてきたし、殴る蹴るや盗むや壊すといったことは学校ではしょっちゅうやられていました。私からすると、不条理です。なんで私ばっかり迫害を受けるのか。
人間というのにはどうにも、現実が自分にとって都合が悪かったり好きでなかったりすると、認めたがらない性向がありますね。例えば「正常性バイアス」というのもそうでしょう。
例えば、自分の中にも若干はあるゲイ的性向が怖いから、嫌だから、ゲイを嫌悪する男がいるのでしょう。自分のことを褒めてくれない(承認欲求を満たしてくれない)からゲイを嫌悪する女がいるのでしょう。レズビアンがヘイトされるのも同様ですし、そのほか多彩に実在するセクシュアリティについてここではいちいち言及しませんが。
例えば、現実には醜いから、「美しい国」って言うんでしょ。弱いから「強い」って言うんでしょ。どこぞの首相とか大統領とかも現実を認める能力を欠いているわけでしょうし、現実を認めたくない人々の心情を利用して権力を獲ったんでしょうね。だからきっと、世の中は良くなるどころか、更に悪化していくのでしょうね。自分さえ良ければいいんでしょうし、自国さえ良ければいいんでしょ。けどおそらく、一過性の愉快しか得られず、将来へのツケを増やしていくばかりになると思いますね。
今の人々は、現実を認められないし、現実を観る能力すら欠いてきています。周りの人が言うこと、マスコミが言うこと、SNSとかで流れていることが、現実とすりかわって認識されています。自分自身の眼や脳で見なくなり、自分の脳で感じたり考えたりすることを放棄するようになってきています。こうした異常性について自覚がないから、ものごとはよくなるどころか悪化していく一方なのでしょうね。
書き殴るぞ!!!!論理もへったくれもない!!知るかそんなもん!!感情論じゃ!!!!
私!レズビアン!!!!同性結婚したい!!!!できれば巨乳で美人で黒髪の、ポニーテールが似合う処女の女性と結婚したい!!!!無理だ!!!!!処女は難しい!!!!!!!おっぱいもBぐらいが関の山だ!!!!!よくよく考えたら日本は同性婚できないしな!!!!よっしゃ!!!!フランスいくか!!!お!!!!フランス語難しいなおい!!!!フランスはともかく、できれば日本で結婚したい!!!!!コミケもアニメも漫画もある!!!!!素晴らしい!!
でも、結婚できない!!ああああああ!!!!ナンデナンデ!?!? 今、はてなでは弱者男性が人気だよね!!!!!深くは言わん!!高齢者、独り身が弱いことはみんな知っている!!!! そこだ!!まず、そこを伝えたい!!!!自分の老後を思い浮かべた時、一人でひっそり死ぬか、彼女と親子になって死ぬか、渋谷のアレを使って彼女とパートナーになって死ぬか、そんくらいだろう!!!! 結構選択肢が多いな!!!!しかし!!!!!!!!!!結婚という選択肢はナァイ!!!!!ああああ、法律婚のメリットは?とか!!!!渋谷のアレじゃダメなの?とか!!!!!もう他のセクシュアルマイノリティの方が語ってくださっているだろうから書かないぞ!!!!!!!!!私が言いたいのは、選べないと、選んでやめたとではかなり違うってことだ!!!!!!感情でいくぞ!!!!ぶっちゃけ、異性愛者は選べるのに、なんで私は選べないんだああああああああ!!!人の性指向、女性が好きか男性が好きか大体生まれつき決まっているそうじゃないか!!!!!ホモセクシュアルはなんだ!!!!!人生ハードモードか!!!言っておく!!!!彼女と結婚できないからとか、愛する二人が結ばれないからとかいう恋愛至上主義的な理由は3割あるけど!!!!!!!!どっちかっていうと、人生の問題だ!!!!!結婚してーあーだーこーだっていう人生設計が立てられない!!!!!!同性愛者として生まれた瞬間、自分の人生は狭くなる!!!!!結婚そんないいもんじゃない辛い!!!!!!ということも分かるぞ!!!!!!じゃあ尚更、辛さを下さい!!!!!!辛くなる選択を下さい!!!!!!!不幸になる選択を下さい!!!!!!!!!
どんなに気持ち悪いと言われたっていい!!!!!!!権利がほしい!!それだけなんだ!!異性愛者が同性愛者を気持ち悪いと思う感情を否定するつもりはない!!!!!!!それも多様性だ!!!!!少なくても私はその声は大切だと思っている!!!!!!!ヘイトスピーチと片付けられない!!私はレズビアン!!!!同性愛者はキモイと何度もなんどもなんどもなんども言われた!!!!!自分の感情は脳はおかしいと思い続けてきた!!でも違う!!!!正常だ!!!!異性愛者と同じだ!!!!!分かって嬉しかった!!とてもとても嬉しかった。
今は同性愛者を気持ち悪いというと炎上する世の中だ!!!!!殴られたから殴り返す!!!!!!奴らはマジョリティ。奴らを叩いても弱者である私は何も悪くない!!!!!!!!と思っていた時期もあった!!!!でも!!!!!結局その方法は解決に至らない!!!!!!!どっちも不幸になるだけだ!!!!!!それに性の多様性を望んでいるのに、意見はひとつしか認めないってのも腑に落ちない!!!!そんな不幸の連鎖の先にあるのは、更なる嫌悪だ!!!!!!!!そんなの誰も望んでない!!!!!!!!!!!!
ですが、女性の同性愛者はレズビアンと呼んで区別するので「ホモセクシャル=男性の異性愛」は一般的かと。
ただ、ホモソーシャルとホモセクシャルを一緒に説明するのは違うでしょ、と。
ホモソーシャルは「女性には同胞集団が起こりにくい」という話が前提で使われていた言葉なので
http://anond.hatelabo.jp/20130420163625
ちがう。ホモ=「同じ」「等価」の意を示す接頭語。対義語はヘテロ。
男性の同胞化社会をホモソーシャルと呼ぶが、ホモセクシャルから名付けられたわけではない。
上野さんの古い本でも読んだのかな?
まず、男性の恋愛観について知るためには、ホモソーシャルとミソジニーという言葉について知っておく必要があります
まず最初に、ホモソーシャルとミソジニーについて解説していきたいと思います
まず、ホモソーシャルというのは、分かりやすく言うと男性社会のことです
ホモというのは、皆さんが知っている通り、男性の同性愛(ホモセクシュアル)から来ています
そしてソーシャルは、これも皆さんが知っている通り社会という意味です
つまり、ホモソーシャルというのは、男性の社会という意味になります
これが、ホモソーシャルの基準です
簡単に言うと、ホモソーシャルの人は基本的に男性と仲良くしたいのです
ただ、男性とのみ関わっていると、どうしても同性愛的になってしまいます
なので、同性愛にならないために、異性と付き合いたいと思うわけです
ミソジニーというのはミソ(ギリシャ語で憎しみ)とジニー(ギリシャ語で女性)という言葉で出来ています
ただ、ミソジニーというのは、ただ単純に女性が嫌いという意味ではありません
まず、女性が好きとか嫌いという価値観には、3つの意味があります
1つ目は友達として好きかどうか、2つ目は恋愛対象として好きかどうか、3つ目は性的に好きかどうかです
ミソジニーというのは、分かりやすく言えば体目的ということです
なぜミソジニーになるのかと言うと、先ほども言ったように、男性は基本的には男性と仲良くしたいのです
ただし、男性は友達としては女性が嫌いですし、そもそも男性には恋愛欲求というのはあまりありません
そして、女性がミソジニーの男性が多いことに気が付くと、女性はミソジニーになっていきます
男性は友達としても恋愛対象としても女性を求めていないので、ミソジニーでない女性はあまりモテなくなります
そこで、ミソジニーの男性にモテない女性は、ミソジニーの男性にモテるために、ミソジニーになります
具体的にはギャルになったりして自分が体目的であることをアピールしたり、男性におごってもらったりして、男性にモテようとします
生物学的には、原始時代には男性は狩りをして、女性は家庭を守っていました
そのため、男性は狩りをした食料(お金)を女性に渡したがる傾向があります
ただし、最近は草食系男子などのように、ミソジニーの女性(ギャル)でない女性を好む男性も増えてきています
そして、草食系男子からすると、ミソジニーの女性(ギャル)はとても気持ちが悪く関わりたくないと思っている人がかなり多いです
なので、ミソジニーの女性になるということは、ミソジニーの男性にモテる代わりに、ミソジニーでない男性からはかなり嫌われることになります
ヘテロの男が女を見て、抱きたいと思うのは、生物として当然の反応だし、ヘテロな男なら多かれ少なかれ、そういう感想抱くだろう。
そして、自分が抱きたいと思ったから、「いい女だ」と表してるわけで、自分がヘテロで、この異性が気に入りました、と言っているに過ぎない。
対して腐のそれは、自分がホモでもないくせに、勝手にホモに幻想を抱いて、他人をホモにして、そのシチュエーションを楽しんでいるだけだ。
どうでもいいけど、ガチのセクマイさんでも今どきまだこんな考え方したりするんだ。
まるでホモセクシュアルは生物として不自然だし危険みたいじゃん。そうなの?
妄想上のホモがあまりにもご都合主義なのがイラつくってだけで、「安全」とかはちょっと違うよね。
少なくとも前者は、自分自身について晒している。自分はヘテロで、こういう異性が好きで、性欲を抱いています、と。
対して後者には、一貫して自分がない。男二人と3Pするとでも言うなら、自分が出てくるが、そうじゃない。
行為の最初から最後までを、勝手にホモに仕立てた自分以外の人間に受け追わせて、自分はそれを想像してワーキャー言ってるだけという立場。
ずるいし、悪質だし、セクマイとしてはより馬鹿にされていると感じる。
「自分自身について晒している」から何かが免責されるってこと?
欲望について語ってる時点でオノレの性癖晒してるんだからそんなんどっちも同じじゃん。
っていうか、ヘテロ男が妄想上に「再現」して性欲を抱く女は間違いなくヘテロ男のいいように感じて喘ぐようにできてんじゃないの?
これって相当身勝手なわけだけど、「より悪質」とかってどうして言えるの?
要するに「自分がより馬鹿にされていると感じるのでこっちの方が悪質です」って言ってるだけじゃないの?
そんなんセクマイ関係ないよね。単なる主観だもん。
「大違い」のくだりはまあ大体理解できたけどw
でもやはり、なにがそんなに大きく違うのかしらん。というか、
「おいおいソッチの方向に『大きく違う』といろいろヤバイんじゃないの」っていう感じだ。
巨乳女子は、「自分の意志と関係なくヘテロセクシャルであることに」などされていない。
会話主である男の性的興味の対象になっているだけで、巨乳女子がヘテロであるかどうか、恋人がいるかどうかは、問題とされていない。要するに、ソソる異性か否かという話。
(中略)
「対象の性的志向その他を抜きにして、単純に男である自分から見て、ソソる異性か否か」(つまり性的興奮を覚える対象か否か)
「対象の性的志向・対象にパートナーがいると規定した上で、そのシチュエーションがそそるか否か」
前者は、対象の性的志向や人格を一切考慮に入れず、単に外見が好みかどうかの話。
後者は、対象の性的志向やパートナーの有無を、話者が「勝手に」規定した上での話。
後者の方がより悪質。
絶対この「後者の方が悪質」論が来ると思ってたけどw
何を以てして「より悪質」なのか、基準が理解できない。
ある人間をモノ扱いする方が、ある人間が他の人間を好きなのだと妄想することよりも悪質さの度合いが低いとはとても思えない。
「より不快」とは言えると思ってたけど、でもそれ主観だからwって退けられたら終わりだからね。
例でちょろっと書いたけど、これ「ある人物がホモセクシュアルであると妄想する」行為じゃなくて、「ある人物が別の同性の人物をなんか一線越えてるかのように好きすぎると妄想する」行為ですからね。
まあ元記事に上げている通り、自殺率がヘテロに比べて六倍だという事実もありますし。
私にだって思春期には色々と悩みもあったんですよ。
ええですから、よく考えもせずに現実はそこまで救いようがないことはない、などとは仰らないで下さいね。
因みに、ホモセクシュアルやトランスセクシュアルといったマイノリティーが、メンタル面に多く問題を抱えざるを得ないという状況にあるという事実は、昨今でも多く取り沙汰されております。
http://www.nhk.or.jp/heart-net/mukiau/shirou3.html