はてなキーワード: 自力とは
今は作ってなくても、技術者は居て、その気になれば作れるという状況にはないのではないだろうか。
設計用のソフトなど国内で作っていない。ソフトエンジニアは沢山いるだろうが海外のフレームワークを実装する人の割合の方が多い気がする。
PLCはあるので工場のラインは作れそうではあるが、その上で作れるのか。
逆に考えてさ、表紙に笑顔のハッピーエンド想像させる絵なのに途中が暗い暗いシリアスだったら最初から最後までハッピーエンド至上主義な人は途中で折れるんじゃない?私なら表紙を中身のシリアスに合わせとけと本投げるよ最後にハッピーエンドだったとしても
表紙は暗く、最後のページに2人の笑顔の一枚絵とかならまた違うんだろうけど、そんな騙され方したら二度と買わないリストに入れるし表紙描いた人も嫌いになりかねない
アイス売りに暗雲たちこめ、ジメジメとした嫌な暑さがまとまわりついてきた。
そんな俺たちの状況なんて弟は露知らず。
というより興味もないだろう。
今のあいつにとっての急務は、もっと捉えどころのない“何か”だ。
少なくとも、タケモトさんの家で麦茶を飲むことが、そこに含まれているとは思えない。
「この部屋、寒くない? タケモトさん」
「カロリーを消費していないからだろ。エネルギー使いながらだと、これくらいが丁度いいんだよ」
タケモトさんは大人であり社会人でもあるが、そんな彼も長期休暇をとっていた。
「むしろ門前払いしなかっただけありがたかったと思え。こっちはやることがあるってのに」
弟のことはそっちのけで、タケモトさんはデスクワークに勤しんでいた。
この様子だと暇つぶしには付き合ってくれそうもない。
アテが外れた弟は、冷房のききすぎた部屋で冷やかすのが精一杯だった。
「この社会は誰かが休んでいるときも、誰かは働いてなきゃダメなんだよ」
つまり働く人がいない場合、そのシワ寄せは休んでいる人にくるってことだ。
「タケモトさんの働いている所、人手不足ってやつ?」
「そういうわけじゃねえが……いや、無能や怠け者を数に含めないなら、人手不足と表現してもいいか」
少し間をためて、噛みしめるようにタケモトさんは答える。
その無能や怠け者のことを思い出していたのだろう。
「休みなのに休めないなんて大変だね」
「別に休もうと思えば休める。オレがやらないなら、他の奴がやるだけだ」
「えー、じゃあ、やらなくていいじゃん」
「ガキのお前には分からねえかもしれんが、“休む”ってのと“何もしない”ってのは違うんだよ」
「“休む”と、“何もしない”……」
実のところ、俺がさっき言っていたことと大して変わらないのだが。
まあ身近な人間より、そこら辺の誰かが言っていることの方が響く年頃なのだろう。
「それは大人だったら分かること?」
それは遠回しに、「お前は無能・怠け者の予備軍だ」と言われているように弟は感じた。
「ガキは無敵だ。時間をドブに捨てても肥やしになってくれる。だが“大人の時間の無駄”は“正真正銘の無駄”だ。何の意味もない」
そして、続く言葉に弟は体を震わせる。
単に冷房のせいで体温が低下しただけなのだが、弟はタケモトさんの言ったことに身震いしたと錯覚した。
そもそもタケモトさんの家を訪ねたのはそれを聞くためだったはずだが、弟は今になって思い出したらしい、
「“やりたいこと”をやればいいんじゃないか? ないのなら見つける」
「“やりたいこと”って?」
「そういうのは自分で探すもんだろうが」
タケモトさんは露骨に舌打ちをした。
無理もないだろう。
片手間にするような話じゃないし、それにつけても弟の対応は手に余る。
「じゃあ……“やるべきこと”をやっとけ。そうしていれば、やりたいこともいずれ見えてくる」
それでも仕方なく、投げやり気味にタケモトさんは答えた。
「“やるべきこと”……」
「それぐらいは、さすがに分かるだろ」
「……宿題だ!」
「そうだ、宿題をやれ」
こんだけ理屈をこねておいて、結局は大人が子供によく言う、自明の理である。
「宿題という気がかりを失くしておけば、じっくり考える時間もできる!」
「そうだ、後顧の憂いを絶つんだ」
だが弟にとっては青天の霹靂といってもよかった。
捉え方が適切かどうかなんて、さして重要ではない。
歴史の偉人たちの言葉を借りるように、同じくタケモトさんの言葉を都合よく解釈したまでだ。
「善は急げ。宿題は己の宿る場所にある。マイホーム、ゴーホーム。さっさと家に帰れ」
「うん、ありがとう! タケモトさん!」
粗雑に囃し立てられながらも、弟は勢い良くタケモトさん宅を去った。
「……ま、やりたいことが見つかった時には、既にやれなくなってる……なんてこともあるがな」
弟が出て行ったのを見送ると、タケモトさんは意地悪そうに呟いた。
内心、だいぶ苛立っていたらしい。
紙新聞
・購読する。
利点:他人と競合しない、チラシも入る、敷物や乾燥剤や焚付につかえる
弱点:捨てるの面倒
利点:ほぼ競合しない。
弱点:捨てるの面倒、夕刊ない、チラシない
・喫茶店、ホテル、すかいらーく系列で朝ごはんかランチ食べる。
利点:タダ同然
・公営図書館にいく。
利点:タダ、以前のも読める
弱点:競合者による独占、遠い、暇がないといけない
・親と同居して購読してるのを読む。
利点や弱点は状況次第
・電車で折りたたんでよんでる人の前に立つ
利点や弱点は状況次第
利点:軽い、動画が見られる
弱点:地方ニュースにたどり着きにくいあるいはどの新聞も取り扱わない
(7時半をすぎるとスポーツや芸能ニュース、8時すぎからバラエティかワイドショー寄りになる)
利点:なんとなく場が持つ、最低限のことが映像前提で伝わる
・「ファクトフルネス」あたりを読んであとは自力で統計を見に行く
以上
たまに貧困にあえいでいる底辺派遣労働者のニュースがあると、コメントで「なぜ生活保護を申請しないのか?」と不思議に思う方々がいるので、身近でこういった底辺の人を見てきた人間として事情を説明しておきたい。
「なぜ生活保護を申請しないのか?」の問いについては、わかりやすい解については「役所が水際作戦をして生活保護を申請させないから」という声もある。これも嘘ではないのだが、半径10メートル範囲で貧困層を見てきた身としては、「当人たちが生活保護を申請する気がないから」のほうが実情に近い。
もちろん申請できる人もいる。ただこちらが何度か「しばらく生活保護を申請してみては?」と尋ねても苦い顔をしてはぐらかす方も多い。
この背景には「生活保護を申請する際の心的ストレスが想像以上にしんどい」というのがある。底辺の労働環境は肉体的にも金銭的にもキツイが、それ以上に人間関係でもストレスが高い職場が多い。みんな金に余裕がないと気持ちにも余裕がなくなり、底辺労働者はそのストレスのはけ口として最適なのだろう。日頃の職場のストレスで精神的にボロボロな連中に、自分から役所にいって生活保護の申請をするのがどれだけ罰ゲームなのかは簡単に想像できるだろう。役所も良心的なところですらできれば受け付けたくない空気満載で、書類申請の間にも「(生活保護なんかに頼らないで)今の職場を転職すればなんとかなりませんかね?」「ご家族にも連絡しますけど大丈夫ですか?」などと細かい圧力をかけてくる。そしてそれらの圧力に耐えきれずに申請をあきらめてしまうのだ。
こういった精神的にボロボロな底辺労働者が生活保護を申請する最適な方法は、やはり頼れる第3者に同行してもらうことだ。共産党の事務所にいってヘルプしてもらうとか、東京だったらもやいのような貧困支援NPOに相談するなどして、一緒に付き添ってもらうとなんとかなる。
彼らを見ていて思うのが、自力で生活保護を申請するにはある種の開き直りというか、図太さ、精神的逞しさがないと難しいということだ。DV被害にあっている人でも、「そこから逃げる」だけでも膨大な労力が必要で、本当に弱い人は逃げることもできずに暴力を受け続けるのだと聞いたことがある。本当の弱者とは、逃げることもできずに誰かも気づかれることもなく死ぬまで搾取され続ける人生を選ぶ羽目になった人たちなのだ。
ここまで書くと、生活保護の「申請式」をたたく人も多いだろう。ただ日本に限らずに、民主主義の国というのは自分の権利というのは自ら申請しないと実行できないのだ。職場のパワハラも、本来なら控除があるはずの取られすぎた税金も、法律上は受けれるはずの行的サービス(介護とか)も、自分たちが調べて申請しないと憲法で認められた権利を行使することができないのである。人によっては「国が率先して国民の健康や貧困状態をチェックして、申請がなくても行政から助けの手を差し出すべきだ」という意見もあるだろう。ただそのためには膨大な管理コストと、行き過ぎるとそれこそビックブラザー的な巨大な管理社会と変わらない未来がまっているはずだ。
どこでなにを間違えたのか?と考えると、おそらく義務教育だろう。国民はちゃんと義務教育の時点で、労働基準法や生活保護などのセーフティーネットの存在、それらが憲法によって定められた当たり前の権利であること、そしてそれらの権利がせっかく用意されているのに、自分から申請しないと存在しないのと同様になるという事実を、小中学生の時期に頭に叩き込んでおく必要があったのだろう。
単に仕事で使うだけなら、英語の一次ソースにあたって自力で問題解決(ドキュメントの読解や問い合わせ)できるぐらいで十分だと思う。
技術に優れているけど英語コミュニケーションはさっぱりみたいな人が海外勤務になることがあるけど、
そういう場合でも日本語が出来るスーパーバイザをつければガンガン仕事してくれるからあんまり問題になることはないね。
自腹はイヤなのじゃ
タイトルどおり
家の仕事は高級自動家電なんならハウスキーパーも入れても減らせ
家の仕事は減らしても子どものイベントと家のイベントは減らすなマストで参加だ
金ないのに子どもを作るな
チンコマンコ脳なのに子どもを作って良いのは富豪だけだぞ知ってたか?
女は老舗の旅館のご息女で両親は金が余ってる。在宅でライターをやっている。
男と女はデキ婚したが、実は男Aの子ではなかったことが、男Aが無断でこっそりやったDNA鑑定の結果でわかる。
無断でこっそりDNA鑑定する時点で別れたらいいのに、なぜか、実子でないことがわかっても、別れもせず、女に打ち明けもしない男。(女は男の子どもだと思ったまま)
それどころか、うだつが上がらないくせに、家を買うわ、やたら2人目をもうけようとする男A。なお家事も在宅ライターの女Bに任させきりで分担しない。
加えて金余っている嫁の実家からのプレゼントは「何かにつけて見下している」と不貞腐れた態度で嫁の両親と居合わせようともしない。(ひな祭りなど家族イベントであっても)
ある日、男Aの不倫がバレて離婚となるが、先行きが怪しかった会社が案の定潰れ、無職となり、養育費が払えなくなる。
養育費が払えなくなったことを盾に 女は子どもとの面会を拒否する。
褒められた父親ではなかったが、実子では無くとも、子どものことは愛していたので、ショックを受ける、男。
そもそも、きちっと養育費を払っている時点でも、子どもが嫌がっていると男は面会を拒否されている。パパ大好きっ子の急な変化に絶望感を感じる男。
もちろん、急にパパ大好きっ子が嫌がるようなそぶりを急に見せるようになったのは、
女が男(パパ)関連の話になると不機嫌になるので、幼いながらに忖度(ママにまで去られたくない)した結果である。
【ここまでの話を聞いたネット民の反応】
男様「嫁がクソ女」
女様「男が全面的に悪い」
家の仕事は両親子ども全員で平等にやりましょう。マストです。
しかし金を生む作業では無いので可能な限り減らして負担を無くしましょう。
全て自力で家事をするくらいなら、その時間で何か稼いだり勉強する方がいいと思います(家事が好きで苦にならないどころか娯楽になる人は除く)
家族/子どものイベントはマストで参加しましょう。
家事よりも仕事の方がプライオリティーは高いですが、
仕事よりも家族で過ごす時間の方がプライオリティーは高いです。
子どもにとって両親と家は1つだけです。
家族/子どもと過ごすを最優先出来ない人はそもそも家庭を持つのをやめましょう。
うだつが上がらないのに家買うとか子どもに迷惑を掛ける所業はやめましょう。夢は子どもが独立して老後の見通しが立ってからにしましょう。嫁も止めましょう。
つか、そもそも金もないのに2人目とか狂気の所業はやめましょう。
まず、稼ぎましょう。心配なら精子/卵子の冷凍保存でもしときましょう。
家庭を持つことが許されるチンコマンコ脳は富豪だけです。
チンコマンコ脳の自覚があり下の制御が出来ない平民は家庭を持つのをやめましょう。
子育ては莫大な経済的/時間的コストが掛かりますので平民が1ー2人育てられたら上々です。
何より家庭を持ち子を成したからには、自分のパートナー選びの結果に責任を持ちましょう。
チンコマンコが嫁旦那に反応しなくなった寧ろムカつくじゃねぇんですわ。
子どもにとって父親母親はそれぞれ世界に1人だけ。
お互いのフォローこそはしても子の前で乏しあうのは絶対に辞めましょう。
ましてや子どもに危害を加えるわけでもないのに面会拒否なんて論外です。
つーかたとえ養育費払わなくたって子どもが望む限りは会わせるべきです。子どもの権利だから。
無理矢理結婚させられたならばともかく、自分が選んだパートナーとその結果には責任を持ちましょう。
50代の父親が末期がんで亡くなって1年が経った。
ホスピスに入院して最後の2週間は、自力でトイレも行けず、食事もできず、体力がもうほぼ無いのに胆液と胃液と血液が混ざったどす黒い物体を1時間おきに吐いてて、まとまった時間は眠れないようだった。
なかなか思ったように死ねないなあ、と呟いてた父の姿は多分一生忘れられないと思う。
そうしてるうちに、お医者さんから最期のタイミングまで睡眠薬で眠らせることもできると提案された。
ただ、人間は朝起きて夜眠る生き物ですから、あまりお勧めはしませんが奥様と娘さんの判断にお任せしますと言われた。
父の言葉を聞いていた私に迷いはなかった。
結局、父は睡眠薬で眠り続け、最期に少しだけ覚醒して、とても優しい響きの言葉にならない声を母と私にかけてから安らかに眠った。
苦しい思いはしたくないと言っていた父の希望を最大限汲み取れたとは思っているけど、それでもあのタイミングで睡眠薬を使うことが正しかったのかどうか、そもそも正しさなんてものさしで計ること自体間違ってるのか、
相違ない。
概ね相違ない。
ここは明確に誤り。
微物検査は確実な証拠にならないことは弁護士によって指摘済みであり、むしろ冤罪を助長する恐れすらある。
そして俺が言ってるのは「無実無関係の男性に迷惑をかけるな」「リスクを負わすな」「無償の奉仕を強いるな」ということ。
ハンコのインクをつけること自体、無実無関係な男性を物的証拠無しに疑っていることになる。それにハンコが撒き散らしたインクが服につくかもしれないから禁止。
誤りが一つと、補足が一点。
・インクをまき散らすのはハンコではなく、それを嘘と誤認の残る主観で振り回す女である。
・ハンコに限らず、犯人を特定することができない(実際できてない)状況での私刑は許されない。
犯人が特定できても私刑は許されない。法の裁きにかけることが許されるだけ。
男性にとって痴漢と疑われることは人生崩壊のリスクがある。痴漢告発者は物証なしに告発する事を控えるべきである。痴漢被害を訴えたいなら自力で物証を用意しなくてはならない。微物検査は警察が用意する物証であり、微物検査をすること自体「無実無関係の男性を疑う」ことであるので認めない。
・私刑をしない
ハンコのインクをつけること自体、無実無関係な男性を物的証拠無しに疑っていることになる。それにハンコが撒き散らしたインクが服につくかもしれないから禁止。
🐈🐈🐈
ちなみにハンコのインクを衣服に付着させられても、女性専用車両増田は物証証拠がないので、無実無関係の女性を器物破損を訴えることが出来ないのだ!
つまりは「より無毒・無害なもので満たされていたほうがマシ」という話だ。毒づいた害のあるもので満たされてしまった人を見るとそう感じるわけです。
昔はほとんどの人が嫁や子供というコンテンツでそれなりに満たされていた。もちろん、それでも満たされない人、嫁子供に恵まれない人もゼロではないのだが。
今の時代は自由になったので、「各自、自分が好きなように自分を満たしてね」という、いわば放任になった。パターナリズムの拘束が解けるというのはそういうことだ。良くも悪くも。
でも、みんながみんな自力で自分を満たすことが得意ではないので、不器用でうまく満たすことが出来ずに、失敗してしまう。
満たされない人が増えたように見えるのだが。気のせいだろうか。
生きづらい人、人生が苦しい、楽しくなさそうな人、増えた気がしません?
そんな弱い人たちが、詐欺師に毒で満たされてしまうのを見て見ぬフリをして、「自己責任」「自由の尊重」「自由の代償」などとのたまうのは、未必の故意に他ならないのではないか。
アンパンマンのアンパンチが暴力的で子供の教育に悪いかどうかはさておき、アンパンマンは子供の教育に悪いと思う。
アンパンマンは…
…という構造。
つまり「毎度工夫と趣向を凝らして研究を行った上で襲いかかってくる敵を、弱点を克服するでも対策するでもない者が毎度味方に助けられた上で倒す物語」であり、こんなの何話も見てたら「勉強もせず『社会にはコミュ力が大事』とか宣う他力本願な大人」が生まれてしまう。
あと、アンパンマンに特にSOSを通知する機能とかが無さそうなのに毎回ピンチにジャムおじさん一行が駆け付けている辺り、彼らは単独出撃したアンパンマンの力を全く信頼していないよね。
他責から出てこれなくなった弱者に対して、自責を感じる正常な人間の声は届かない。
彼らの内面性をまず理解しなければ彼らの行動を変えることなどできない。
まず自力で抜け出せない人間とはどういう人間なのか理解する努力から始めなければ何も変わらない。
愚者側から内面性を説明できるものがいないから理解が進まないだけだ。
待っているのはお前じゃないのか。
あ~私と同じようなことをしている人がいる。私はノートとかメモ帳とか大判の付箋(罫線入りで、職場の消耗品の付箋より2倍ぐらい大きいやつ)とかついつい買ってしまう。
どうせ108円の代物なのになぜか勿体なくて使えないこと多数。職場では味気ないノートに時系列でメモを書きなぐっているが、本当は付箋かルーズリーフに書いて、内容の分類別に並べ替えたりするのが有効なんじゃないかと思っている。
「バレットジャーナル」なる手帳術が流行っているようでやってみたいけど、スケジュールから何から全部手書きで、目次まで自力で作らないといけないという恐るべき代物である。これだと普通のノートを手帳にできるんだが、「手帳を書く」という行為自体を楽しめないと無理。
で、付箋の話に戻るけど、オーソドックスなところで「お買い物リスト」とか書いてみたらどうかな。ビジネス雑誌の手帳術だと「叶えたい目標を書く」とかあるけど、それはどこまで実現可能か微妙なので。あと、「時間があれば行ってみたい場所」とかリストにしておくのも良いかも。特に日帰り圏内でちょっと時間ができたら行けるところが良いんじゃないだろうか。
思いつきでいろいろ書いたけど、大きなお世話だったらごめんなさい。
仕出しでいいだろな意見が多いけど、
学童利用者って異常に高い水準を当たり前のように求める人いるんだよね。
何せ子が0歳の頃から保育園で施設内で手作りで作りたての栄養満点の食事を安い金で提供して貰って当たり前、と思って6年間過ごした人たちが多いから。
なので小学校に入った途端、「親が自分で弁当作るか買ってくるか仕出し弁当かと言う選択肢しかないぞ」と言われると激しい拒否反応を起こす。
何で保育園時代と同じように安い金で手作りの栄養満点の食事提供してくれないの!?仕出しなんて子供に食べさせたくない!!となる。
自分は子供の飯を自分で作る気も金出す気もないけど税金でいいもの食わせて貰って当たり前、になってしまう。
学童で手作りのおやつ出せと言っていた人たちの話があったけど、あれも同じ理由からなんだろう。
小学生で毎日手作りのおやつ食べてる子なんか、もし親が自力で用意するなら相当裕福かつ余裕があって意識高い家庭でない限りあり得ないだろうに、
保育園だと毎日手作りのおやつ食べさせて貰えて当たり前だから、それが最低限の基準のままとなってしまう。
要は保育園の水準が高すぎるんだよな。
KoshianX 夏休み弁当禁止で朝から夕方まで2週間登校日があるので昼休み時間内に学校迎えに行ってごはん食べさせて午後また送るとかいう地獄みたいなことした公立学校も見たことあるぞ。
・授業日数は決まっているはずなのに夏休みに2週間も登校日がある理由が分からない。
何でそんなに授業日数足りなくなってんだ。ってか盆期間除いたら夏休み殆どなくならないか?
・何故保護者が迎えに行く必要があるのか分からない。登下校は自力でやるもんだろ普通。
ってんで意味不明なんだがどういう状況なんだこれ
頭角を現す人間って、いろんな要素が一定以上揃ってるように見える。
例えばコミケ同人誌制作だと、イラストレーション能力、マンガならそれプラス構成力、もちろんスケジュールを守って作業するだけの管理能力、体力、生活力、
他の同人作家とのコネを作ったりファンを形成するだけのコミュ力、人望、人当たりの良さ、コミュニケーションにリソースを割くこと、余計なことを言って炎上しない能力、
ドベネックの桶なんだよなぁ。
「桶がほとんど完成してるのに、たった一つだけ板が短くて頭角を現せてない人間」って山のようにいるのだと思う。
むかしは国民皆婚だったし1世帯に住んでる人間が多かったので「生活力、家事能力」については嫁や家人のフォローがあったけど、今はなくなったので、脱落者が増えた。
それに昔は今よりも「ダメ作家を編集がいろいろ面倒みてやる」ことで、つまり桶の穴にパッチを充てることで桶を形成してたんだけど、
現代は誰もパッチを充ててくれなくなったので、自力で桶になれないヤツは頭角を現せなくなったよね。
似たようなことはわりと言われてるね。
作家に限らずだけど、他のことでもいえるよね。
パッチ充てればなんとかなるのに、それができなくなってしまった。
企業の採用なんかでも「単体で桶になるやつ」という上澄みばかりを求めるから人材不足なんじゃないかな。
「チームで桶にする」「柔軟なルールで桶にする」という発想、志向が少ない。