はてなキーワード: 日天とは
マジでなんで涙が頬を伝ったのかは分からないけど、そのことに気づいた瞬間にマジで泣いてた。
まずは内容についてざっくり比較
ダダダダーン | ブルーピリオド |
主人公は勉強が出来る(努力の天才だから) | 主人公は勉強ができる(効率追求が好きだから) |
勉強をしていた理由は親に言われたから | 勉強していたのはゲーム感覚 |
勉強ばかりしていたから暗黒の青春 | 友達付き合いも効率プレイのチャラ男 |
ある日天才ピアノ少女の演奏を聞き感動 | ある日美術の課題を通して表現の持つ力に魅入られる |
努力の天才だからピアノが凄い勢いで上手くなる | 繊細な感受性と衝動が覚醒する |
今まで学校で勉強してきたことを応用する | 言葉で説明しきれなかった感覚を何とか伝えようとする |
勉強をやれといい続けてきた父親に感謝する | 自分の伝えたかったことが伝わったことに感動する |
ブルーピリオドは一応1・2話がコミックDAYSで読める https://comic-days.com/episode/13932016480029559862
読めるって確定してるならそれから投稿してもいいけど、もしジャンプ+に来なかったらこの増田はお蔵入りだから投稿しちまえ。
気になるなら名前覚えといてくれ
やってる事自体は「勉強がめっちゃ出来るハイティーンがある日芸術に出会ってその世界に入り込む」なんだけど、そのクオリティが10段階ぐらい違う。
結局ジャンプのダダダダーンはいわゆる「腹減った~~~」系の力自慢のSTRをINTに振り直しただけでしかない。
あくまで漫画用の記号の集合体にしか感じられなくて、ブルーピリオドのようなリアリティがない。
それがどう影響するかって言うと、主人公が感動したり傷ついたりするのを見て自分の中にある琴線を震わせる機能が全く変わる。
自分は最高にいいと思ってるけど他の人にはイマイチ響かないもの、言葉でどうやっても説明しきれないもの、自分の頭の中にだけあったクオリア、それを他人の頭に流し込むことが出来るのが美術の持つ力なんだってこと、そしてそれに出会っちまった天才の世界が崩れる音とか、人生のピースが嵌っていく感覚とかが流れくんだよ。
単に凄い主人公が凄いことして認められたってだけなんだよ。
腹減った~~が口癖の孫悟空が悪い奴らをぶっとました。はい終わり。なんだよ。
読み終わってマジで何も残らねえんだ。
ピアノってどうやって弾くもののなのか、演奏するってどういう感覚なのか、それすら分からねえまま終わるんだ。
なんのリアリティもない上っ面だけの虚構だけが広がってるんだ。
いわゆる「テンプラ(衣だけでかくて中身が空洞の意)」なんだよ。
同じような題材やストーリーラインでこうまで差が出るのかってビビったよ……。
そんな作品がさ、「勉強してきたことが俺の中で活かされてる」って主人公に言わせんだよ。
いやいや作者よお前は何を勉強した結果この作品を生んだんだよっていうね。
ピアノを弾くってどういう感覚なんだ?お前はそれを人に伝えられるレベルで調べたのか?全く調べてねえだろ?それでよくそれをキャラに言わせたな。
本当に辛かったよ……だって俺、この作者の側だもん……。
何もねえくせにさも何かあるように語るんだよ。
今だってブルーピリオドっていうすげー作品を利用して他の作品ボコボコ殴ってるけど、俺自身には何もねえんだ……。
凄い作品の凄さを下手くそな言葉で必死に伝えて、それでそれが出来ない普通の駄作を偉そうに殴ってんだ……。
俺こそがテンプラなんだよ。
それが一瞬で頭の中駆け巡ってな、ほら、また泣いちまったよ。
涙の理由は分かった。
でもどうしようもねえ……俺は勉強もできねえし……同じように勉強してねえ奴同士で傷をなめ合うこともせず他人の褌で殴り倒しにかかるカスなんだ……。
俺は本当にどうしたらいいんだろうな?
泣くしかねえのかな……。
おかしいだろ。
漫画を最低限読み解く程度の頭とか感受性があって、その上でこんななんだぞ?
そういうのが無いなら勉強すりゃあワンチャン真人間になれるかもしれねえけど、そういうのある程度身につけた上でそうってことは、もっと別の所でカスなんじゃん。
何かを学ぶとかより、まずは考え方そのものが歪んでることを考えるべきってことだよ。
たとえば「生まれ変わる」って言葉があるけど、生まれ変わるってのは「一度死んで別物として生まれる」ってことだぜ?
プロセスに分解すれば「死ぬ」「別物に変わる」「生まれる」だぜ?
「生まれ変われ」って安易に言うやつは単に「生まれる」だけにフォーカスしてんだろうけど、お前その前に「死ね」「今のテメエはカスだ」と言ってんだからな?
いやマジでよ、人間死んだら終わりって考えれば「生まれ変われ」≒「死ね」だからな?
そもそも魂なんて実在して無くて、俺達の人格は全部脳の電気信号が絡まりあって生まれた影絵みたいな代物なんだからな。
無数のセンサーの集合体が無造作に集まって相互干渉を繰り返した結果生まれたリバイアサンでしかねえ。
まず先に巨大なリバイアサンがいてそこから無数の人間にボコボコ分離したわけじゃねえんだよ。
俺たちが人格だと呼んでるものなんてものには核だとか原型なんてねえんだよ。
つまり失われたらもう戻らねえんだ。
心は変えることは出来るさ、遺伝子に振り回されるままの肉体が人生と名付けたものの方向性を変えるだけだ。
だって俺たちは昨日の自分の雑なコピーの繰り返しな鰻のタレなんだぜ?
10年前の自分がどうだったかなんて黒歴史だけが漠然とよぎるだけで、実際には同じような性格に戻ることなんて100%無理だ。
そんなものを一度変えたら、もう戻れねえ。
今の自分は、消える。
生まれ変わるというアクションを起こせば死んだやつは蘇られねえ。
毎秒死んでは生まれ変わるスワンプマンに過ぎねえ俺たちの電気信号が、昨日と殆ど変わらずいられるのは、今までの状態を維持しようとするからだ。
悍ましいだろ?
そんなことが出来るのか?
自分に?
俺は無理だ?
ジャンプの読切漫画が、自分の知ってる他の漫画にちょっと似てるけど、クオリティで完全に負けていると勝手に決めつけて、勝手に自分の人生を蔑んで泣いた。
水に流してもらいやすい死に方とそうでない死に方はあるよーだ。私見では、
Y:あっさり死ぬか否か
の二軸くらいが評価ポイントではないかと思う。自分より大きな存在と向き合って、あっさりと死ぬ(殺される)人間は同情され、罪も流されやすい。インスタ映えならぬ「死に栄え」だ。一方で、矮小な存在と向き合って、生きぎたなく死ぬ(殺される)人間はむしろ怒りを買い、罪が見逃されにくい。死に栄えしないというわけだ。
たとえば源平の頃で言うと、頼朝とそれが差し向けた大軍と対峙しあっさり打たれた義経は「判官びいき」でずっと持ち上げられる典型的な前者の例だが、戦力的には優位だったのに頼朝軍に敗戦し逃げまどい最後は泥田にはまって切腹することにも失敗した木曽義仲は後者の典型で、あんまり評判よろしくない。人間的には、なんか義仲の方がいい人っぽいのに。
あるいは戦国で言えば、さんざん無茶苦茶をやった織田信長は典型的なパワハラ上司だが、最後は大軍に攻められあっさり死んだ(つまり前者)ってことで、なんかいい人だったような語られ方をされやすい。逆に、その被害者だったが、天下を握れる立場に近づきながらも敗戦し逃げまどって最後は土民に討たれて死んだ明智光秀は、すごい有能で常識人だったみたいなのに、「三日天下」といつまでたっても嘲笑の対象となっており、後者の典型である。
したがって、アベくんが死んで水に流されるかどうかは、今彼のやってることが極悪非道であるかはたまた救国の英雄であるかには全くかかわらず、単に「死に際が栄えるかどうか」によるんじゃないかな。たとえば彼のせいで日本が今後勝ち目のない戦争に突入した時、最前線で真っ先に華々しく散ったりしたら、「まぁ、馬鹿だけどしゃーねーか。馬鹿だけど。」くらいの扱いで済むと思うが、彼のせいで追い詰められた一狂人に腹を刺され、さりとてすぐには死なずうだうだとして半年後くらいに最期を迎えたら、歴史上は刺した方が英雄扱いになるんじゃないかな。
小学校の時に洪水で被災して体育館で避難所生活送ってた時がある
この人達は大きな家に住んで安全に暮らして家がだめになることもなく
きっと今夜も用意された良いホテルでぐっすり眠って良いものを食べて
これからも海外に行ったり良い教育を受けたり将来が保証されていて
羨ましいしこんな人に見舞いの言葉をかけられたところで生活が良くなるわけでもなくて
恨めしい気持ちにもなったがそんな気持ちを抱いてしまう惨めさも凄くて
生まれた家がたまたま皇族だっただけで将来を決められ嫌でも日本中に動向を晒され
課された仕事をこなしているだけなのに、
こんな風に嫌な気持ちを影で抱かれているのも自分だったら嫌だと思うし
それでも、いやしかし、なんてグルグルと考えてしまう嫌な気持ち
なんか未だにあの気持ちの処理ができないんだよな
まとまりのない文章にブコメありがとうございます
今思えば大事にしていたゲーム機も遊戯王カードもランドセルも教科書も泥まみれになり文字通り全部失って、大人達は今後の生活で頭いっぱい、屋内では遊べない、汚水の混ざった泥や土埃で屋外でも遊べないと言う状況でもなかったので、朝から晩までまさにずっと横になり「何もしないをする」を強いられるストレスが本当に堪えていたんだと思う
今でも時折胸まで泥水に浸かる夢を見るからな
当時、学校の図書館にあった唯一の漫画がはだしのゲンで、第二次世界大戦や原爆投下は天皇のせい!みたいな偏向的なイメージも持っちゃっていて、さらに作中の天皇への絶対的な信仰描写と避難所での大人達の天皇への振る舞いがリンクして「天皇がそんなに偉いのか?天皇なのに自分らに救いの手を差し伸べてくれないのか?」なんて随分生意気にスレてたなあと
天皇が来た時のお年寄りの盛り上がりっぷりは凄かったから、確かに自分らで言うところのアイドルや芸能人の炊き出しなんかと同じような感覚だったのかもしれないね
天皇に限らず他の興味のない芸能人なんかでも同じような感情を抱いていたかもしれない
最近とあることがきっかけで好きだったグループの映像を見て思うことがあったので、何か書こうと思って久しぶりにログイン。自分でも忘れていたけれど辞めた当時こんな記事を書いていたらしいです。
https://anond.hatelabo.jp/20180329023241#tb
何書いたっけ、って思いながら読んだら色々と笑えたり納得できたのでこれも踏まえて最近の気持ちを綴ろうかと。長い上にあんまり良い内容ではないです。今回も個人名は伏せます。
まず、この1年間何をしていたかというと、とある二次元の男性アイドルコンテンツのオタクをしていました。男性声優の推しも出来ました。ジャニオタ辞めたとはいえ曲は大好きなのでよく聞いていましたし、去年夏にあった15周年記念ライブだけは参加しました。
15周年ライブ、純粋に楽しかったです。当日天気が悪かったり、2連で当てたのに同行者が来れなくて空席になったり、入場遅すぎて開演遅れたり。色々あったけどそんなの関係なくなるくらい良かったです。元担はやっぱりきらきらと輝いていました。ステージの上で歌い踊る姿にライトがあてられ、ターンに合わせて飛び散る汗が光を反射してきらめく。そんな光景すら「彼が生きている」ことを教えてくれて何故かとても尊いものに思えた。好きになったこともオタク辞めたことも、何一つの後悔も未練も残ることは無かったし、このステージをしっかりと記憶に留めておくことが、私にとっての彼への最後の愛なんだと強く感じた。
あれから早11ヶ月弱。私自身の生活環境も変わり新しい推しを全力で追うようになってから、彼の存在は私の中でどんどんと小さくなっていきました。彼は唯一無二の小説を武器に変わらず活動を続けているようですし、歌もダンスもきっと少しは成長したのでしょう。「スキャンダルほぼ無いのに巻き込むな」なんて言っていましたけど彼もしっかりスキャンダルを起こしてくれたようです。彼の活動を噂には聞いていても興味を持つことはできなかったので、あの夏以降に何があったのかは知りません。
ですがある日、彼らの新曲のPVを目にする機会がありました。6月に発売された両A面シングル。グループ史上最もピュアなラブソング。…ピュアって何?歌ってる人たち誰一人としてピュアじゃないのに。ライブで収録したファンの歌声とかいうのもいらない。上手く言葉に出来ないけどそういうの求めてない。曲は悪くはないけど耳には特に残らない。良くも悪くも彼ららしくはある。
問題はもう1曲の方、王道アッパーチューン。PV開始数秒で思考が停止しました。四角く囲われた何かに敷き詰められた花、そして花。横たわる裸の4人。趣味が悪いなんてものじゃないというか、センスの欠片も感じられない映像の暴力。耳に残ることもなく右から左へと流れ消えていく音。1番のサビまで視聴して、耐えきれずに電源を落としました。
私は何を見せられていたんだろう。あれは誰だったんだろう。本当に私の好きだった人たちだったの?自業自得のスキャンダルで報道から降ろされた彼の色素の薄くなった髪も、相変わらず派手を好む彼のピンクの髪とハートのピアスも、当時は少し苦手だった彼も、最愛だったはずの美しい人の真っ直ぐな黒い瞳も、何もかもが全く知らない何かに見えてしまった。
記憶の中の彼らが美化されすぎていたのか、それとも本人たちが変わってしまったのか。真実は分からないけれど、私はひとつの答えに気付きました。
受け取る側の私か、発信する側の彼らか。そのどちらかが変わってしまったのだから、すれ違ってしまうのは当たり前。それは理解できるし納得もできます。あの時感じた「噛み合わなさ」が少しずつ膨らんだ末の、想定できた未来であるのだとは思います。けれどきっと私は心のどこかで、また好きだと思えることを望んでいたのかもしれません。そうじゃなきゃわざわざPVなんて見ない。そこに求めていたものなんてなかったけど。思い出を綺麗なままとっておきたかったのに自爆だなんて馬鹿でしかない。
今推している男性声優は、元担よりもずっと若く芸歴もとても短い人です。養成所を経て大手事務所に所属し、とあるアイドルコンテンツでデビューしたものの、他の声優らしい声のお仕事は数えるほどしかありません。それ以外では顔出しのイベントや動画番組が少し。
たいして顔が良いわけでも、演技が上手いわけでもありません。歌はそこそこ上手いと思うけれど、本人や周りが声質や強みを誤解しているのか生かしきれていないのか、どんな演技をしても少しずれている気もします。確認する術はありませんが彼のファンもおそらく極わずか、DDでなく彼一人だけを熱心に推している人は50人にも満たないのではないでしょうか。そんなにいるのかな。いない気がする。
天下のジャニから売れない若手声優。落差酷すぎるし発展途上にも程があるけれど、それでも凄く好きなんです。自分に自信はないけれど真面目で素直で嘘がつけなくて、良い意味で純粋だけどあざとくもある。甘やかし上手で甘え上手で、何よりとても優しい。
声優なのに演技よりも人柄が好きってどうなのって自分でも思うけれど、応援していてとても楽しいんです。イベントの度に手紙を書いてプレゼントを用意して喜んでくれるかなってワクワクして、当日顔見たらそれだけで嬉しくなってまた来たいなって思って。お渡し会や握手会みたいな接近イベは一切ないけれど、認知とか気にしなくていいこの距離感が心地良い。
きっと素敵な人に巡り会えたんだと思います。もちろん新しい仕事がなかなか決まらなかったり貴重な仕事の告知を忘れたり、もどかしくてイライラしてしまうことも時にはあるけれど、それよりも彼が与えてくれる喜びや幸せの方が遥かに大きい。あるラジオに送った悩み相談メールにたいして、「大丈夫だよ」って私だけに向けた優しい言葉をかけてくれたことを思い出したらどんなに忙しくてもつらくてもまた頑張れる。
だから今度こそ、間違えたくない。「彼が好きな私」じゃなくて彼のことを好きでいたい。オタク仲間とつるんで量産服着てヘアメして、認知とかオキニばっかり気にして同担叩いて晒し合い落とし込み合い。そういう「オタクしてる自分」に酔ってる人がとても多いように感じるんです。若手声優界隈は特に。それが理解出来なくてとても怖い。私はそうはなりたくない。
そうならないために彼のことを最優先に考えていたいけど、無力なオタクが彼のために出来ることなんてせいぜい手紙を書いたりTwitterでリプライをするくらいしかありません。それでも私の気持ちが少しでも彼に届くのなら。つらい時苦しい時に、ファンの存在を思い出すことでまた前を向く勇気が持てるのなら。私は言葉を届け続けたい。それが私の彼への愛。
台風25号が西日本に接近していた10月頭の金曜土曜、東京から大阪に出張だった。
土曜日、大阪は朝にちょっと雨が降った程度で、昼間は普通に晴れだった。
晩飯食うには少し早い時間だったので、家に帰ってから喰うことにして、自動券売機で指定券を買った。
会社からの補助は普通車の指定席分しか出ないけど、ちょっと贅沢して自腹でグリーンにした。
自動券売機で買うときはいつもそうだけど、その時間から一番早い列車をとる。
その日は、7分後くらいに発車するやつだったけど、飯はうちで食うので弁当も買わないしお土産も買わない主義なので、時間的には余裕だ。
発券されたチケットを持って改札に向かう。
何番ホームの発車だっけ?と構内の電光表示を見て、初めて気づいた。
列車が乱れてる。自分の買った列車は40分ほどの遅れ。他の列車も90分とか、中には2時間遅れというのもある。
大阪は1日天気は良かったけど、九州の方から来る新幹線は台風の影響があって、夕方のこの時間までまだ乱れてるっぽい。
それにしても、そもそも自動券売機では遅れの表示も何もなく、チケットは買えた。
なんで?と思って駅員さんに聞けば、自動券売機には、遅延情報の表示の機能がないとのこと。
そんなの知らなかったよ! 何時分発って普通に表示されてたら、知らずに買ってしまうじゃん!
どの列車も一律、全体的に遅れてるなら、まあ仕方ないんだけど、遅れてるのはあくまで西の方から来る列車だけで、新大阪始発の列車は普通に定刻通りに発車してるという。
だったら教えてよ! それわかってたら、最初から始発の列車の切符を買うよ!
でも、自動券売機には遅延の表示機能はないから仕方ないと言われる。
だったら切符を取り直すかと思ったら、それもできないと言われる。
列車はまだ新大阪には着いてもないのに、そんなやりとりをしているうちに表記上の発車時刻はもう過ぎてしまってたから。
新大阪発の先に出る列車に買い換えようと思ったら、グリーン車料金まるまる無駄にしないといけない。
おかしくない? そもそも自動券売機に遅延の情報が表示されないなんて知らなかったし。そんなの知ってる人いる?
少なくとも僕は今回初めて聞いた。以後、気をつけるけど。他にも知らない人いっぱいいるんじゃないのか。
これが外は嵐で今まさに台風接近中とかなら、さすがに切符を買う前にもうちょっと慎重に確認もするけどさ。
1日晴れた日で、改札からはちょっと離れた場所で、しかも券売機には遅延の情報も何もなかったら、買ってしまうだろ、普通。
まあ、そのときは結局、40分程度の遅れだし、そのまま待ったけど。
90分の遅れのやつとかだったら、キレてたと思う。
券売機に遅延は表示されないのはシステムの問題なら仕方ないとしても、だったらせめて張り紙でもしておいてよって、後日、JR東海に電話した。
張り紙程度ならお金も人員もかからない。むしろ、間違えて買った客への対応とかにさかれる人員の方が負担大きいだろうって。
そしたら、JR東海の答えっていうのが、遅延情報は改札と駅構内の電光掲示で報せているので、あえて張り紙などの対応はしません、って回答だった。
いや、改札のすぐ横の券売機だったら、こっちも買うときに気づくかもしれんけど、自分が買ったのは地下鉄の乗り換え口の方から来たとところにある離れた券売機だったし。
せめて改札から離れたところにある自動券売機には、なんかわかるようにしておいてよ、って言ったら、
その自動券売機はJR東海の管轄ではなく、JR西日本の管轄だって言われた。なので、言うならJR西日本の方に言ってくれと。
たしかに新大阪駅は、西日本と東海が乗り入れてるわけだけど、券売機がどっち管轄とか、知らんし!
客はあくまで新大阪駅を利用してるんだから、それはそっちで対応してよ。
あー、なんかすげーもやもやする。
30年近く生きてきて、30年も生きるなんて思ってなかったのもあるけど、いろいろなことが詰んできてるなと思う。
仕事もそうだし恋愛もそう、身体もキツいし日々の生活もツラい。稼ぎも悪くて貯金もなくて、親にお金借りたりもしてて、最悪だなと思う。
朝ちゃんと起きて普通に会社いって働こうと思ってるのに、昼まで眠れず気づいたら夜なんてこともある。自分で自分に鞭を打ってみても身体は言うこと聞かないし、なんか無駄にわりと偉くなったせいで、もはや誰も叱ってくれない。
20才のときより100倍くらい、何のために生きてるんだろう、生きていくんだろうという気持ちになってきている。
人よりうまくできることも特にみつからなかったし、休日なんか本当に何のやる気も起きなくて、ただ一日天井見上げてぼーっとしてるだけの日もある。本でも読もうかと思っても全然読めないし、ゲームも日によってまったく楽しく思えなかったりする。アニメやドラマならギリギリ流し見できたりするけど、何みりゃいいのかもうわからん。
趣味(?)でさえ根性なくて投げ出すんだから仕事ももちろんそうで、今回だけはとなんとか続けてみても、ただ続けてるだけで結局何もいいこともなく、うまくやれず成長もせず改善もできず、どんどん負債だけがたまってきている。ヤバい状況になって後戻りできないところまで放置して、たまりにたまったとこでトンズラかますのを何度も何度も繰り返してきた人生だから、それが癖になってる。負け癖だと思う。
絵とか日記とか写真とか、何でもいいから自分にでもできることを探してみても、めんどくさくなってそれすら続かない。うまくできなくて楽しくないし、あれこれ考えることがもうめんどくさい。
明日も同じような虚無の世界を生きていくくらいなら、いますぐ消えたほうがいいんじゃないか。
明日じゃなくて、いま消えよう。
っていうなんか逆にポジティブ、もういいっしょ人生みたいな、そんな話を酒でも飲みながらして、明日からもだらしなく生きて、なんだかんだでもう少しだけいろいろがうまくいったらいいのにな。
っていう人にオススメの何かを教えてください。
1年前、大学の先輩で憧れの人がいた。
哲学を専攻していてジョンレノンみたいな丸メガネでとても身長が高く、いつも1人でいる人だった。隣のゼミの先輩で、もうすぐ卒業してしまう。不思議な雰囲気で浮いているのだけど、課題に熱心に取り組む姿や頭がキレるところを尊敬していた。建設的で人の悪口を言わないところも好きだった。
たまに、ゼミ生どうしの発表会にフラッとあらわれて、意見をくれる。「あなたの発表が1番良かったと僕は思うよ」その一言を聞けるのが嬉しくて、課題に熱心に取り組むことができた。適当な大学生だった自分にモチベーションを与えてくれた恩人のような人でもあった。
先輩に対して片思いというよりは憧れの気持ちが強かった。先輩の信者に近かったのかもしれない。先輩のゼミでのかっこいい姿を見れたら満足で、友達が少ないところも好きだった。たまに、図書館で偶然会ってほんの少しお話しするだけで、その日1日天にも昇る心地で、御機嫌に過ごせた。
彼女になりたいなんておこがましい。かまってもらえるだけで嬉しい。それで、良かった。
そして、先輩が卒業してしまう最後のゼミの日。ゼミどうしで送別会が開かれた。普段は顔を出さない先輩もこの日は最後だからと出席してくれた。
すると、自分のゼミの女性の先輩たちが、憧れの先輩をいじりたおす。「普段、ミステリアスだよね」から始まり、「彼女いるの?」「趣味は?」「進路は?」などなど。先輩は真摯に答えるんだけど、回答するたびに女性の先輩たちがケラケラ笑う。
先輩が、飲み会のノリで彼女の写真を見せるように要求されてる……。
なんだか、急に具合が悪くなった。先輩に彼女がいるのは薄々わかってたし、そこじゃない。低俗な飲み会のノリで先輩の正体が露出されていくのが耐えられなかった。急に涙が溢れそうになって、黙って下を向いてるしかなかった。
勝手に強い憧れを抱いていて膨らみすぎていたのはわかってる。バカな自分が悪いのだけど、憧れてる人の素性が大学生の飲み会のノリでみんなにオープンに共有されていくのがなんだかとてもとても悲しかった。独占欲ではなくて、空気感が下衆に感じられて、悲しかった。
自己中心的なのはわかってるのだけど、憧れが膨らみすぎたんだと思う。1年前の話で、いまは、別の好きな人をちゃんと見つけられてるけど、いい思い出に昇華できるようにしたい。
布団を変えた。
これだけ。
しかも安い布団。
ここ1年くらい アレルギー性鼻炎・蕁麻疹 の症状が少しずつきつくなってきていたが、
先日、布団に飲み物をこぼしてべたべた&臭いが付いたので急遽買い替える事に。
(それまでは羊毛の多層布団を使用)
寒がりなので羊毛の布団を選択し、自宅で開封した瞬間、涙とくしゃみと鼻水が。。。
一日天日干しをしてから使用したものの、一晩で鼻と目の状態が最悪に…
羊毛がダメなのかと疑い、ポリエステル100%の布団に買い換えたら症状が劇的に改善。
まさか布団が原因とは思わなかった。
以前買い換えたときは体調に変化はなかったので、少しずつアレルゲンが増えていたのかも。
最近は起床後のダルさや平常時の鼻炎もほぼなくなり、だいぶ楽に生活できるように。
アレルギー持ちで体調が思わしくない人は布団を変えてみるといいかもしれません。
情熱が立ち消える。
行動派な方なので何か新しい事をしようとするととてもワクワクして、念入りに調査をしたり計画を立てたり準備をする。
たとえば旅行の計画をしていると物凄く楽しい、毎日決行日が楽しみになる。あそこに行きたい、ここに寄りたい、時間が許せばここも回りたい。
同行者とのスケジューリングも綿密に織り込んで、アイツはここに連れて行くと喜びそうだ、コイツにはこれを食べさせたい。
最終的な荷物のパッキングなんか当日の出発前にやる事が殆どだ。
当日天候や道路の混雑などアクシデントが発生してどうしようか、という時だけ妙に元気が出る。
好きな人が出来て落とそうと権謀術数を尽くしている間は楽しいのだが、イザ状況が整うと途端に立ち消える。
計画を頑張りすぎて燃え尽きたとかではなく、前触れも無くふっと吹き消すように興味が失せる。
これはもう何かの病気なのかね。
東武動物公園とか、動物園と遊園地が合体した東武鉄道系施設なんだが、
下の子が動物を触れ合えるコーナーで、ウサギ・モルモット・そしてヒヨコを触っていた。
ウサギ・モルモットの手触り体験をやっている動物園は割と多い(例:あらかわ遊園、板橋子供動物園)が、
そういえばヒヨコを手触りできる動物園は少ないなあ・・・と思っていたが、
下の子が「初めて本物のヒヨコを見た」と言うので、びっくりした。
図鑑とかビデオではヒヨコを見たことがあるが、本物を見たことは、6年間の生涯でゼロ回だったようだ。
・・・という話を、遊園地エリアでジェットコースター1時間待ちしていた上の子(小5)にしたら、
こちらも「生ヒヨコは、今まで見たことがない」とのたまう。
しかし、冷静に考えてみたら、数十年前は神社の夜祭なんかで「ヒヨコの屋台」
(まともなヒヨコもいれば、カラーヒヨコもいる)が結構出店していたが、
「ヒヨコという動物を、リアルで子供に見せることができていた、貴重な体験の場だった」ということじゃないか?
最近のお祭り屋台では、動物系の出し物は、せいぜいい金魚すくい程度しかない。
それもこれも、「ヒヨコを商売に使うなんて、ケシカラン!!」という動物愛護の風潮の行きつく先だったんだろうか?
それとも、ヒヨコの雌雄判別技術が進歩して、ヒヨコの雄を早期に峻別できるようになり、
早期に殺処分されるようになって、雄ヒヨコの「出品」が減ってしまったのか?
ということで、サンプル数=2で「今時の子供は、実物ヒヨコを見たことがない」という仮説が成立したが、
これサンプル数=1,000で調査してみても、「実物ヒヨコを見たことない」という子供が
過半数を占めちゃいそうな気がする。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%9C%92%E5%AF%BA%E5%85%AC%E6%9C%9B
これに、『昭和天皇が田中を「もう田中の話は聞きたくない」と叱責したことについては、立憲君主の立場からすればふさわしくないとして、天皇を諫めている』
こんなこと書いてあるんすけどね、典拠は?
永井和『青年君主昭和天皇と元老西園寺』によれば、この辺の経過は以下の通り。
張作霖爆殺事件後の陸軍関係者の処置を巡って、田中首相が内容の矛盾した上奏を行ったことに
天皇が怒って責任取れと田中を叱責しようとしたことに対し、西園寺は「天皇が叱責をして辞任をすれば
天皇が政治的行為の主体となって責任をもつことになることを恐れて」反対していた。
のだが、
1929年6月26日天皇側近が西園寺を訪問し、天皇からの直接の田中問責は避けるよう西園寺は進言
6月27日午前、側近会議で西園寺の進言を受け、天皇からの直接の問責を避けることで合意
6月27日午後に田中が天皇に拝謁。二回の上奏の矛盾を天皇が指摘し、田中が言い訳はしようとし、天皇はその必要なしと発言
田中は退出
翌日天皇側近から田中に天皇の内意(田中の引責辞任)が伝えられ(ここに西園寺の関与はなし)、田中は辞任を決意
後に西園寺は田中の辞任について自分に下問がなかったことを不満に思っていたことが記録に残されている。
まあ、この天皇の田中叱責は立憲君主の範疇に収まるものではないという点では主要な学者の見解は一致してるようですし、
後に2.26事件の時に天皇が見せた態度を見れば「強く批判され」かどうかなんてのは秘を見るより明らかだと思うのですよね。