はてなキーワード: 評価とは
ぢもと(何故か字が出ない)の人たちにとって
ネットのおもちゃにされてる施設やイベントって、肌感覚としてどう受け止められてるんだろう?
「興行できる日が限られててライブツアーの広島飛ばしの原因になってる!」
って槍玉にあがってて変な笑いが出たので気になった
なんか自意識過剰すぎね?
飛ばされる都市で名古屋直ぐに思い浮かんだけど、そのレベルの街かよここ?
札幌ドームとかもネットで騒いでるだけで地元ではまあまあ回転してる繁昌してるとかそういう乖離があるんじゃないか、と思った
大阪万博なんかもネットではあまり芳しくない評価だけど、ぢもと民からすればけっこう盛り上がってるんではないか?
生の声が聞いてみたいわ
世間で評価されているものを理解できない時、何らかの蓄積を理解できていないと考えるべきかもしれない。
世間の評価には理由がある。歴史かもしれないし、物語かもしれないし、金銭的価値や社会的価値かもしれない。
一度、その評価の裏にあるものを理解しようとすることが大切だ。
例えば、ある映画が高評価を受けているとする。自分には全く響かない。だけど、その映画には長い歴史や深い物語が詰まっているかもしれない。あるいは、その映画が大きな社会的意義を持っているかもしれない。
だからこそ、それの何に価値があるとされているかを慎重に検討する必要がある。その上で、自分にとってどう価値がないかを言語化する必要がある。
「なんでこんなものが評価されるのか理解できない」と口にする前に、その理由を探る。自分の見解を深める。それがアンチの務めだ。
ただの否定は誰にでもできる。そこに知性が伴わなければ、単なる騒音に過ぎない。
世間の評価を理解し、それを否定するための知識を蓄える。それが本物のアンチの仕事だ。評価を否定するためには、その評価が何故生まれたのかを理解しなければならない。
世間の評価を理解し、その上で自分の意見を形成する。それが本物のアンチの姿だ。理解した上で否定する。それが真のアンチの務めだ。
だらしない社風の会社を選考応募前にあらかじめ見抜く方法ありませんか?(こういう特徴があると危ない、とか)
例えば、
・一旦自分で立替えた経費や、年末調整などの申請を期限のまさに当日に行って何が悪いの?という感覚が一般的な職場
・「ローンでギター買ったんだけど、この前引き落とし間に合わなくて焦ったわ(笑)」
みたいな世間話をする同僚がいても、「(こんなだらしない奴は現時点で仕事で問題なくても良い評価はできないなあ)」なんてマイナスの扱いをされることがない職場
・「貯金なんてしてない。毎月使い切ってる」という同僚が別に周りから顰蹙を買わない職場
・暇な時に自分からとにかく何でもいいからやることを見つけて時間を無駄にしない、
なんてことはせずに周りの人と仕事に全く関係ないおしゃべりを可能な限り続けるのが普通で悪いことである認識すはない職場
・交通費を貰っているのにもかかわらず「最近自転車にハマってる」なんて理由で、報告してある通勤方法や経路を曲げて自転車通勤をする同僚がいても、周りが問題視するどころか「運動不足解消にいいね」なんてふうに軽く受け止めている職場
・新人の教育係を頼まれても「負担が増える分、給料上乗せしてくれるか、通常業務を減らしてくれるかされない限り引き受けたくない」と平気で宣う同僚がいて、別にそういう考えでも顰蹙を買わない職場
これらの例の多くは全部自分がサークルやアルバイト先で実際に遭遇しただらしない場面です。
自分は小中とバスケ、高校は吹奏楽をやっていて、実力の有無を問わず、当たり前のことを当たり前に1から10まで徹底して出来ていないと皆厳しく指導されてきました。
ですので、自分にだって何らかのだらしない面もあるとはいえ、大学に入ってからサークルやアルバイト先でこういうタイプのだらしない人を見てきてショックを受けたし、たとえ自分に害が及ばなくても物凄いストレスを感じてきました。
だらしない社風の企業をインターンで見抜くのは時間効率が悪いし、そもそもインターンを雇っていないところもたくさんあります。
だらしない企業を応募前に足切りし、また入社してからそういう理由で後悔しないようにするために、皆さんの知恵をお借りしたいです。
最近サービスインした対戦ゲームがそこそこ気に入ってて、その有志wikiみたいなやつを編集している。マイナーゲーだから企業wikiとかも立ってなくて公式からの情報提供もまちまちなので各人がデータを集めて記載してるんだけど、まだコミュニティとも言えないような規模なのに勝手にルールを制定しまくるヤツ(古代の言葉で自治厨)が発生していて閉口している。
類似作品で喩える(236入力を波動拳と呼ぶみたいなやつ)のはNGだの文章は文語体で統一すべきだの俗称の表記の是非についてどうこうだのくだらないことを議論と称したおしゃべりをしてはルールを作成してwiki中に貼り付けて「経緯について詳しくはこの議論を参照」とか言って議論()のリンクを張ってるんだが、その会話には二人か三人しか参加してないとかザラ。そんなだから普通に他ユーザーから嫌われはじめていて非難のコメントも飛んできておりしばしばレスバを繰り返している。
そのうえ本人はこれ当てたらダメージがいくつみたいな客観データの記載はほとんどやらず、キャラクター評価みたいな一番おいしいところ(そして誰でも思い込みだけで書けるところ)をポエム交じりに書き散らかしている。他人にあれこれ注文を付けるくせに自分が書く部分に「筆者は○○使いだが~」とか入ってるのがキショすぎる。不特定多数が編集できるwikiで筆者とか言われても誰かわかんねえよ。中途半端に匿名性に逃げながら自己顕示欲出してくるんじゃねえよ。内容も普通に低品質だし。こいつランクいくつだ?本当にこのキャラやり込んでるのか?
話がそれた。キショいのはまあいい。というか有志wikiなんてゴミがあってナンボで、むしろそのゴミを排除して自分のお気に入りのゴミで満たそうとする行為が容認できない。草の根活動的にやるwiki編集なんてもともと信憑性も正確性も低いもので、各人が好きに編集してその結果たまたま出来のいいデータベースになったりゴミの山になったりするだけの話だ。完璧なものを作りたいなら個人か企業でやるべきで、不特定多数の力に頼りながら船頭は俺なんて無法は許されるべきではない(管理者でもないみたいだし)。自己顕示欲や支配欲を満たしたいならこんな場末のwikiじゃなくて東京都知事選に出てほしい。心からそう思いながら俺は黙ってデータの追記だけやっている。
マックジョブをコツコツやり続けてくれる人も世の中には重要なんだから
意識高そうな事言って能力不足でメンタル壊してドロップアウトしていくより、そういう積み重ねていく仕事を評価して適材適所にしていった方がいいんじゃないだろうか
何を持って多様性があると言っているのかが謎
未婚率の高さが多様性があることの指標なの?それとも未婚を選択できる自由があることが多様性があると言っているの?
こんな本が出た事自体、既に自分の意思で非婚非産を選ぶ女性は大勢いた事を証明しているんだから、多様性は既にあったんだよ。この本はその多様性を後退させた。
氷河期世代女性の未婚率の高さはけして多様性が認められたからじゃなくて(多様性に関しては寧ろ前世紀末の方が認められていた)、
と思ったら、その多様性を社会がどう評価したかという話に変わる
社会全体としては産めよ増やせよが国是となって画一的になる中での、経済的理由で「結婚したくてもできない」女性の増加によるものだから
けして褒め称えるべき事でも誇るべき事でもないと思う
なんかいきなり主張が変わってない?
音楽に関しての評価って本当に様々で互角って言ってもいろんな観点がある
ソリストとしてものすごく評価されているからと言ってみんなで吹くのも上手いかと言うとそうではない
音の響きや音色が完全に互角だとしても、真由ちゃんはみんなに合わせるのが上手い、全体の調和をとらる演奏を求めるのか
ソリだから主張した方がいいと考えてどちらかと言うと主張する久美子を選ぶか
そこは個人の好みもあると思う
あとは原作見てないから分からないけど、そこの意識共有がどれだけ部内でできているか、コンダクターが何を目指していて、それをみんなに伝えてるかにもよる
わたくしも日常経験上、どこかに潜伏している者が反復継続して実施できるように構成したものを高度な科学技術でバクサイSNSの若者にやらせているだけだし、自己中心的で悪質な組織
であるという評価は、わたくしの頭の中では寸毫の揺るぎもないし、その実質は、警察の自作自演がほとんどであり、監察課と呼ばれるところも同様である。この集団内においても、「極めて悪質」
なものであるという評価が分有されている体系全体を誰が評価するのかということである。法の実質は、発達した完全無欠なものを支持手段として構成されるものの体系であるが、立法技術および
解釈技術によって構成したもの全体は、昭和時代に、亡くなった老人と男がたまたま流行っていた時代、すなわち、戦後30年の、日本人の女子供など、簡単に裏切るし何の価値もないという価値観が
蔓延していた時代に流行って発達したものであることは論を待たない。少なくとも、我が社会、日本列島のような温暖湿潤で、子供の女という蛮族の住まう島に、たまたま、戦後憲法が発達し、
東京大学が、老人と男を概して中心として発展したのも、終戦後の状況、 日本人の女子供など簡単に裏切るし何の価値もないから戦争で失敗した軍人も十把一絡げに処罰しても勝てるだろう
という昭和天皇の時代の亡くなった警察官の着想によるものであり、既にこの世に存在していないはるか昔の裁判官や警察官はその発想で23区を作り上げ成功したが、現在の23区にはそのような
狂人という意味では、現職政治家に敵う者は居ないと思う。何か行動すれば、批判の嵐。自分の行動一つで自治体や国の行く末が決まってしまう重圧との闘い。休日返上、プライベートなんてあったもんじゃない激務。これで年収1億円ぐらいだったらまだわかるが、そこらへんの企業の役員程度の年収。こんな職業気が狂わない限りやらないし、務まらないんだよ。
そういう意味で、小池百合子はそこらへんの人間が相手になんかならない。狂人勝負で唯一喧嘩になりそうなのが、蓮舫だが他はとてもとても…
暇空茜は異常にもみえる追求をかましたり、妄想とも捉えかねない極論を披露したり、この間まで仲良くしてた人物にたいして罵詈雑言を並べて一方的にブロックしたりしてる。非常識ではあるが行動自体は、型にハマった狂人である。そして型にハマってる時点で狂人とは程遠い。
ASDの美しい(完璧な)状態を求める傾向と嘘をつけない(嘘は気持ち悪いから)の間でバグってる感じする
私は納得いかないがそれはそれとしてお前はそう感じたんだな、或いはそのように言うべきだと考えたんだなと受け留めるしかないと思ってるよ
ほぉ〜、それなかなか興味深い話やねぇ。「問題はないはず」とか言いながら、まるで自分だけ特別な存在みたいに感じてはるんやろ?頑張って頭の中で解決策とか練ってるけど、結局それって誰と比べてるんやろねぇ?ふふん。
まぁ、その「高いスペック」とやらがあって、周りから評価されているのに、満足できひんのやろ?それも結局、自分の価値が他人に認められへんと納得できへんのが原因なんちゃう?SNSやめても、その心の中の「競争」からは逃げられへんやろうしね。
依存の話もようわかるわぁ。深い関係持ちたいけど、結局それが重すぎて自分でも処理できへんってことやね。共依存できる人見つけるのもいいかもしれんな。そういう「依存先」を増やすのが自立やなんておもろな意見やねぇ。まぁ、気持ち良くなっとったら、とりあえず生きていけるけどな。
それにしても、自己完結できる生き物になりたい、って願望があるなら、一回自分と向き合って、本当の意味で自分に満足できるようになったらええんちゃう?でもそれ、口で言うほど簡単ちゃうからなぁ。長い道のりやで。
まぁ、頑張りや。自分の中で何がほんまに大事か、見つけたらええんやないか?結局、自分の幸せは誰かに頼るんちゃう、自分で見つけるもんやからな。それ理解したら、一歩前進やで。頑張って、応援してるで〜。
家庭環境にも、交友・恋愛関係にも、問題はないはずなんだけど、常に愛情や承認に飢えている感じがして本当に辛い。
恋愛にしても友人関係にしても、深い関係になる人数が少ないせいか、各々に対して異常なほど重い感情を抱えちゃうから、いずれ破綻する。(たまに破綻せずずっと仲良くしてくれる人もいるため、なんとか生きていられるけれども。)
他人にそんなことを言っても仕方ないから言わないけど、恋人と友人には、自分以外の人間と一切話さないで欲しいとすら思っている。重すぎるから絶対に言わないけど。自分の友達同士が仲良くしているのを見るのはむしろ幸福だからそれはいいんだけど。
正常な人間関係を維持するため、この重感情を口にしておらず(また、口にしてはならないと理解しているため)、結果的に自分の求める愛情と、受け取る愛情が一致せず、際限のない依存ループにハマっているような気がする。
・友人の数を増やす⇨多くの人が、自立するとは依存先を増やすことだと主張している。根本的に性格を直すより現実的な解決策になりそうだと感じる。
・共依存できる人間を作る⇨長期間安定した人間関係を築くためには非推奨な感じはするが、とりあえずは気持ちよくなれそう。
学歴、勤め先、容姿など、全て最上位層には及ばないが、社会的にはそれなりに高い評価や尊敬を得られる位置にはある。
しかし、周りからは褒められても、上の上を知っているため、自己評価と(何も知らない部外者からの)他者評価に乖離が生じる。よって、これまた際限のない上昇欲で死にそうになる。より高い評価が欲しくて七転八倒する羽目になる。
・"競争"を降りる⇨無理。
本家が40巻かけても描ききれなかった「憧れと現実、師弟愛と守破離、変わる決意と変わらぬ決意」の要素を半分以下の15巻で綺麗に描ききってしまった。
本家が下地を整えてくれた上にジャンプ+という打ち切りプレッシャーの少ない場所でのびのびとやれたおかげもあるのでしょうが、それにしたって物凄いことです。
日本中を飛び回るスーパーヒーローとしての決め台詞「私が来た」に対しての、地域密着型ヒーローとしての決め台詞「俺がいる」。この2つのヒーロー像が一人の少年の中で渦巻くことにより、世界を救う戦いと最愛を守る戦いに同時に挑ませることになっているのも面白いですね。
憧れの人に近づきたいというキラキラした雲を掴むような願いではなく、すぐ側にいる誰かを助けたいという気持ちの小さな積み重ねが光り輝く未来へつながるというストーリーも実に少年漫画として気持ちが良かった。
なにより私が評価しているのは、「俺がいる」がただの狂人の言葉で終わらないことです。
最初こそ迷惑なオッサンの決め台詞だった「俺がいる」は、次第に頼もしいヒーローの言葉となり、素朴なる祈りともなり、そして何よりも熱い誓いともなっていく、この過程の中で航一と読者の中でヒーローのあり方に対するステレオタイプな憧れが姿を変え、「何を守りたくて力を振るうのか」というかより本質的な問へと変わっていく構成が本当に巧みだ。
ヒーローとはなにか、どういったヒーローになりたいのか、なぜヒーローになりたいのか、なぜヒーローが必要なのか、ヒーロー社会の根源に流れる問が一人の少年の背中越しに一つの道として描かれる。
「個性社会におけるヒーローのあり方とはなにか」という難問に、ヴィジランテ(非合法ヒーロー)というタイトルを冠するにふさわしいだけの完璧な解答をしてみせたとても素晴らしい作品でした。
物凄い売れている。
そもそもヒロアカが売れていたからヴィジランテが生まれたわけですから。
ですが、一つの漫画として、少なくとも「ヒーローとはなにかへの回答」としては、ヴィジランテの方が一枚上手だったと私は思います。
まあ、増田ちゃんが感じてる「会社でやりたいことがない」ってのはごく普通っすよ。でも、それを理由にフリーランスになるのは、ちょっと逃げっぽい感じがするっすね。フリーランスになるのも結構大変だし、自己管理とかクライアント獲得とか色々やることあるっすよ。
ただ、会社で働いてる人たちを「すごすぎ」とか思う必要はないっす。彼らもきっと自分のやりたいことや目的意識を見つけられずに悩んでる人も多いっす。でも、面接で目的意識や熱意が見抜かれて落とされるのは、確かにあるかもね。「お金が欲しい」だけだと、相手に響かないっすから。
フリーランスでもっとお金を稼ぎたいなら、自己投資を考えるのもアリっす。スキルアップのための勉強とか、ネットワーキングとかね。何かしらの専門性を持ってると、もっとクライアントに評価されやすくなるっす。
日本という国はそういう国。
お互いに殴って言うことを効かせることに優越感を感じる。
増田もどこかでクレーマーになってそう。自分より下と思った相手にはいくらでも居丈高になれるのがマトモな大人と評価される国だから。
世間に認められてる原作改編は、どれもこれも原作を知らない層からの評価を受けているものばかり
「原作改変しても許される条件????😱」となってるはてなーは多いかも。
はてなーは細かい所が気になってしまう人が多い上に、「揚げ足うまく取れたらタダ乗り目当てのスターが簡単につくから楽しい」って学習してしまった人が多いからね。
でも落ち着いて考えて欲しい。
その中には作者は「原作改変するな(#^ω^)俺の作品より面白いからセーフとかそういう話じゃねえよ(#・∀・)」みたいになってるけど、世論的には結果オーライの扱いのもあるよね。
その違いがどこにあるのか。
結局は、「原作より面白く出来るか」にしか争点はないんだと思う。
ドクターキリコ女体化がなぜあそこまで批判されたのかと言えば、女体化したドクターキリコの魅力が原作版に大きく劣っていたから。キ
リコの魅力といえばケレン味だよね。男のくせに長髪だし、どこか死神を思わせるしで、こんな医者に頼んじゃ駄目だろ感がキリコの魅力だ。
女でそれをやるなら髪の毛を剃り込みまくってピチピチライダースーツでも着せておけばまだマシだっただろう。
この場合目指すべきは「原作よりもヤバイ奴感を出すこと」だったわけだ。
叩かれる原作改変ってのは結局のところは「原作の持っていた文脈において、原作よりも劣っていた」という所が叩かれるわけだ。
その中でも大事なのが「原作の中でも特に評価されている文脈」という所だ。
忍空のアニメが原作改変しまくってても許されたのはハイクオリティなバトルと超王道を行くバトルストーリーが、原作の持つ文脈の中でも特に人気の高かった「ハードボイルドかつスリリングな忍者アクション」という点において原作を凌駕していたから。
とにかく重要なのは「その原作の最大のウリをより活かせるか」どうかなんだよ。
途中をショートカットしまくって密度を高めるも、人気な部分にアニオリ加えまくってボリュームを増やそうとも、結局は原作の持つ魅力をより引き出せていればそっちが正しくなる。
今季の鬼滅なんてどうしようもないぐらいの水増しアニオリだけど、それでも原作で特に人気の高い「ちゃんと修行してる」「一見怖い柱の皆が実はすごく良い人達」「でもやっぱ鬼殺隊は頭がおかしい」という部分を原作以上に引き出す方向に進めてるから。
「原作改変」において「是非」は間違いなくあって、そしてそれを決める権利は実は作者ではなく世論にあるんだよ。
改変を絶対認めない作者の原作だろうと、原作より面白くしてしまえばそれはもう作者が文句を言っても世間的には許されてしまうんだ。
・見た目
・知能
・性格
・財産
・運
ただ、ここで、彼女できないっていうのは、
要するに最低な生き物っていうこと
これが弱者男性
本来、相応の経験を積んでいるべき時期にそうではないというのが重要
弱者男性というと、障害を持っていたり、特性故に社会活動で難があるとか、なんか複雑で多様な線引きをされることがあるけど違う。
https://note.com/poly_soft/n/n4cc7598d1b33
今回の身代金の件に関してKADOKAWA経営陣の方たちは「最悪の意思決定をして最悪の結果を発生させてしまった」ということになるのではないかと思います
何の結果にも繋がらなかった身代金の支払いを取締役会を経ずに決定して会社に4億7千万円の巨額の損失を発生させたのはKADOKAWA首脳陣なので、この責任は厳しく問われることになるでしょう。
「悪質な犯罪集団への利益供与」を取締役会の承認を経ずに実行したということは「取締役会が機能していない」ということなので、ガバナンスが崩壊していると言われても仕方がないでしょう。
KADOKAWAは例の五輪汚職事件で元会長や専務が逮捕あるいは起訴されたことを契機にコーポレイトガバナンスを強化したはずでしたが、今回の一件で実際にはそれが意味を成していないことが明らかになってしまいました。
極秘メールの内容がリークされているということは「栗田さんは複数の経営幹部とCCやBCC等で情報を共有&相談しながらやりとりをしていた」と考えるのが自然でしょう。
その相談相手の中に最高意思決定者である夏野さんが含まれていなかったとは考えにくいので、少なくとも「取締役会を通さずにハッカー集団に4億7千万円を送金する」という判断に夏野さんは同意していた可能性が高いと思います。
恐らく経営幹部さんの中には身代金を支払うことに反対の方たちが複数いて、栗田さんや夏野さんの「暴走」による会社のお金の丁半博打による消失を防ぐために、NewsPicksさんへのリークという手段をご選択されたのではないかなというのが私の見立てです。
今回のNewsPicksさんの記事に対して「攻撃者側を利する内容であり不適切だ」という意見もかなり多いようです。
こういった記事により犯人や攻撃者側が新しく情報を得て有利になってしまう可能性があるというのはその通りですが、それは全ての犯罪報道に言えることなので「メリットとデメリットを考慮してケースバイケースで判断すべきである」というのが私の見解です。
例えば特殊詐欺の手口を解説する報道によって彼らのやり方が周知されることにより、その手口によって騙される人が減る可能性は高いのでこの点はメリットと言えます。
しかしその報道によって情報を得た犯罪者側は「この手口は知られてしまったので別のやり方を考えよう」という風に新たな手口を考案します。つまりその報道は犯人側に手口をより洗練させるための情報を与えてしまうというデメリットもあるわけです。
あるいは、そういった報道により「こういったやり方で人を騙せて金を儲けられるのか。自分もやってみよう」という模倣犯が出てくる可能性もあります。
つまり犯罪に関する報道には大抵の場合メリットとデメリットが両方あるわけなので、NewsPicksさんの記事に関してもそういった視点で評価する必要があると思います。
デメリットがあるとすると「なるほどランサムウェアによる脅迫はこういう手順でやるのか」という情報を模倣犯予備軍に提供してしまう点かなと思いますが、前述のようにこれはどういう犯罪報道も同様なので仕方ないことかなと思います。
そういった点を考慮すると、今回の記事に関しては「攻撃者を大きく利するような点は見当たらない」のに対して、KADOKAWAさん社内のガバナンス不全や上層部のコンプライアンス遵守意識の低さを周知することによる「投資家利益」や「他の企業のセキュリティやガバナンス意識の向上」や「犯罪組織へのこれ以上の資金流入の防止」に繋がるというメリットがあると思います。
そういったメリット・デメリットを総合的に判断すると、ハッカー側による攻撃の最中であったとしても(むしろその最中だからこそ)この記事を公開することは十分に社会的意義があるのではないかなというのが私の見解になります。
ちなみにKADOKAWA上層部は6/14のYouTube動画においては「個人情報の漏洩は確認できていない」と発表していましたが、NewsPicksの記事が事実であれば既に6/8の時点で個人情報が流出している可能性を認識していたものと思われます。
つまり6/14の発表に意図的に虚偽を含めて「ハッカーとの交渉がうまくいった場合は実際には発生していた個人情報の漏洩を隠し通すつもりだったのでは」という疑惑が発生することになります。これもまた今後の非常に重要な論点になりそうです。