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はてなキーワード: ポーズとは

2012-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20120215001511

俺は肌や顔のつくりをフォトショするのは黙認する派だ。

どうせ生身の本人の水着姿を見る機会はないのだから、それならできるだけ美しい写真のほうがよい。

しかしあのポージングフォトショ産物なのか?

背中を反らせて尻を突き上げポーズなんて、ちょっと他にいないほどの逸材だと思ってしまった。

あのポージングフォトショだというなら幻滅だ。

なんか話題になってるからうしじまいい肉って女性写真を初めてじっくりと見た。

やたら軟体らしく腰や尻のひねりが凄くて、ポージング人間離れしている。もっと言えば、三次元離れしている。

いかにも、二次元慣れした男が多い2ちゃん界隈でウケそうなくなくなしたポーズである

そこはすごくいい。

でもいい肉か?これ。

カリカリに痩せた腕や肩、ほんのちょっぴりの乳、骨盤デカそうだが肉付きはぺらっぺらの尻。

全然いい肉じゃない。

そこは断固意義を唱えたい。

うしじまスリム改名したほうがよい。

2012-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20120125150142

唇噛んでポーズ決められるとぶっとばしたくなるなw

2012-01-17

http://anond.hatelabo.jp/20120117212937

この2つが、まぁ今流行りの効いてる効いてるw煽りとかアドクリ頼むわーといった荒らし

それ自体が、本当に暴露されたくない悪質企業名前を覆い隠すための工作なんじゃねえの?「ソニー」は弾避けとして利用されてるってだけでさ(いやまあソニー自体も別件で何かやってる可能性もあるけど)。

例の管理人が引退宣言したとかいゲハブログだって、なんだかんだで「管理を友人に移管した」って体裁で継続してるわけだけど、これも本当に癒着してる企業名前が未だに明かされてないから続けられるんじゃね?仮に相手が本当にソニーだったとしたら速攻でスポンサー引き上げられてブログの運営だってままならなくなるだろ。

例の引退宣言も、本当のスポンサーに対する「バレそうになりましたけどおたく名前は死守しましたんでこれで勘弁してください」的なポーズの一環だった可能性だってある。

相手は過去何年も2chなんかで工作活動してきたような連中なんだろ?

何でもかんでもステマステマソニーソニーと連呼されてるこの状況が、彼らによって誘導されたものではないという前提を、何故皆無批判に信じられるんだ?

2011-12-27

http://anond.hatelabo.jp/20111227164659

女向け男向けに限らず、「残念要素あるキャラ萌え」「残念要素を本人が気にしている様子に萌え」というジャンル

「そんな残念なキミだけど世界中で俺だけは心からキミを愛すから安心して」的な独占欲求が見え隠れしててキモイ

完璧美少女(or美男)は、競争相手多いし、どうせ自分よりハイスペのエリート美男とくっついてしま未来が容易に想像できるから胸糞悪い。

そこで残念要素を投入。

美形完璧人間と思いきや、万人ドン引きの残念要素のせいで誰からも愛されません!「仕方ないなー俺だけは愛してやるから安心しろ。なっ?」

ダメなところも愛してやるよっていうポーズで美形な相手よりも優位にポジショニングして安心して萌えに勤しみたいという心理。

それが残念萌え

2011-12-10

http://anond.hatelabo.jp/20111210000052

そういうセンス悪い同士の似たような仲間でつるんで

しじゅう町山親分の”活躍”をわがことのように得意顔で論じながら

自分ではシコシコとつまんない映画レビューなんぞを量産して

親分の真似っこで喧嘩腰の乱暴な口調をポーズだけ身につけて

でも実際は頭も口も回んないか

親分が弱いのを選んでは大げさにぶちのめす会場に集まって

「さすが町山さん!」てそればっかり

クソワロタ

町山クラスタ大嫌い

町山さんのもしドラ批評聞いてみた

映画原作ノータッチだけれどめちゃくちゃ面白かったので。

http://anond.hatelabo.jp/20111209225856

別に面白かねえよ

お前の説明読んでるだけでもつまんなさがぷんぷんするけど

動画をざっと見てもやっぱり面白くなかった

だいたい「もしドラ腐しで1時間」ってだけでしつこすぎてうんざりするわ

原作読んでないんですが、原作もこのとおりだとすると心が温まりますね。

あったかいのはお前のおつむだよ

いくらもしドラが「無条件で馬鹿にしていいもの」扱いになってるつったって

自分カケラも見ていない物について評論家がねちっこく馬鹿にしてる様子を

時間もニタニタと見てられるってほんとうに気持ち悪いウスノロ脳みそだな




から思ってたけど

町山クラスタってのは本当に

「あんまりセンスが無いけど尖ったセンスに憧れてる」みたいな奴等の集いだよな

親分のしつっこくて平板な芸を正座で辛抱強くフォローしながら

「さすが町山さん!」って掛け声かけるタイミングを計ってるだけのザコの群れ




日垣いじりだってなんだよ

日垣がぶっこわれてるのなんか町山親分がいじりだすよりずっとまえに好事家は気付いてしっとりと味わってたよ

先駆者が「もういいか」って飽きたぐらいの頃のおもちゃ

親分にへばりついた周回遅れ集団がラッパプープー吹きながら拾いあげて

グチャグチャグチャグチャいじりながら「さすが町山さん!」とかやってる




おかしくなってる奴と口喧嘩して次々に矛盾を指摘して打ち負かして、それが何の手柄なのかわからん

みんなが決して直には触れずに楽しんでたものを後から来てベタベタ触って手柄顔のヤボテンさん達

ほんとにやることなすこと垢抜けない田舎もんみたいな集団だよ




まり広義の「サブカル」っていうのか、そのあたりの連中が本当に寒い

アニメオタク以下のセンスしかないのに「センスのいい人間」に憧れて

その中で特に映画クラスタはみんなちょっと町山親分を意識して無頼風の毒舌キャラを決めながら

やることなすこと面白くない

ブログ書いてるなら書く記事書く記事つまんねえ




親分の知遇を得てるわけでもないくせに

みんなで「町山さん」て呼ぶのがまたキモい

有名人なんだから町山智浩」と呼べば失礼は無い

昨日見たテレビの話しながら「紳助さんがさ…」なんていう奴いねーだろ

プロレスオタクが一部のくたばったレスラーを語るときさん付けで呼ぶ(「馬場さん」)のと同種のキモ

っていうか人種がどっか共通してるだろ

特有の時代から取り残されてる感じと言い




そういうセンス悪い同士の似たような仲間でつるんで

しじゅう町山親分の”活躍”をわがことのように得意顔で論じながら

自分ではシコシコとつまんない映画レビューなんぞを量産して

親分の真似っこで喧嘩腰の乱暴な口調をポーズだけ身につけて

でも実際は頭も口も回んないか

親分が弱いのを選んでは大げさにぶちのめす会場に集まって

「さすが町山さん!」てそればっかり




いつまで町山親分のケツの匂いを嗅ぎ飽きないんだあの無頼芸風の羊の群れは

2011-12-02

http://anond.hatelabo.jp/20111201231817

コピーが「考える就活生」だかなんだかでしょ?

ジョブズじゃなくてロダンの像のポーズじゃないの?と思った。

2011-12-01

マイナビ広告がそんな気持ち悪いとは思わないな

マイナビ広告、さんざん叩かれてるけど、そんな気持ち悪いとは思わないな。

ぼくは毎日駅で目にするけど、

そりゃポーズジョブスかもしれないけどさ。

むしろ就活生1人1人の真剣な顔が印象に残るいい広告だと思うよ。

就活生はどのみち企業の色に染まっていかなきゃいけないんだし、

就活から見えてる景色なんて実際あの程度のものだし

そう考えると、就活生の目線に立った非常にいい広告なんじゃないか

2011-11-30

http://anond.hatelabo.jp/20111129235420

まり、この人とそう大差ない世界観を持ち、そういう発言が閉じられた「ウチ」の世界でなされたときには一緒に手を叩いて笑いそうな人が、「今回の発言を叩くことが自らの利益になる」と見て怒ったポーズを取っているんじゃないかとか、そんなことを邪推する。

邪推じゃなくて、そのまんまでしょ。

沖縄の男も「沖縄差別から」怒ってるだけであって、「女性差別」の方はどうでもいいのが本音だよ。

女性団体とかそういう方面の人は例外だけど)

2011-11-29

「犯す前に犯しますよと言いますか」とかいうような話の件。

「(犯罪を)犯す」というつもりで言ったのではないかという人もいたけど、そうではないらしいので(沖縄に対する罪悪感があったとも思えないし) (※あとで触れる内容にもかぶるけど誤解のないように補記:つまり、この感性は、男女関係における「犯す」を「本当に悪いこと」と認識していない感覚がある。デートレイプとか夫婦間の合意なき性交渉とか、そんなの)。

オフレコの懇親での発言とかいう話だが、記者は全員男性だったのだろうかというのが気になる。男性集団というもの男性に与える安心感がうっかり言わせたのかなあとか(こういう放言は、男性集団のウチの世界では、何気ない軽口として出てくるような印象がなくもない)。

あと、もうひとつ引っかかるのは、(もちろん当然といえば当然なのだが)誰もかれもこの人を批判しているということ。

まり、この人とそう大差ない世界観を持ち、そういう発言が閉じられた「ウチ」の世界でなされたときには一緒に手を叩いて笑いそうな人が、「今回の発言を叩くことが自らの利益になる」と見て怒ったポーズを取っているんじゃないかとか、そんなことを邪推する。

2011-11-27

韓国女の子写真を撮るときによくするあのポーズ

両手をほっぺたにつけるあれ。

なにあれ全然可愛くない。

2011-11-18

増田の良いところ・・・なのかな?

ブログメルマガを数か月前に始めたんですが、どうしても続かないんですよねえ…」

という人の理由は、だいたい決まっています

本人は「面倒だから」「忙しいから」と、執筆時間が取れないことを理由に思っているのですが、実はそうではありません。

「書く準備がないから」です



ブログメルマガなどネットでの情報発信になると、大抵はパソコンを使うと思いますが、

多くの人が、パソコンの前に腰を掛けて画面を見つめてから、「さあ、書くぞー!」と思い始めます

そうすると、何回かは書けるかもしれませんが、やがて書くことがなくなってきます

から何も出てこなくなってしまうのです

以前書いたことしか思い浮かばなくなってしまう。書くことが思い浮かばない。

から書ける時間がかかってしまう、だから書けずに続かない、というわけです



 

小説家という職業は、机に座って仕事をしているイメージがありますよね。

机に座って、原稿用紙を前にして、「よーし書くぞー」と書き始めるように思ってしまます

でも、作家の多くは、「さあ、書くぞー!」とペンを入れている時には、もう仕事のうちの半分以上が進んでいるのです

それは、構成を作ったりキャラクター造成をしたり、そしてその分野に詳しい人に取材をし、その分野のいろんな文献を用意した上で書き始めるのです

まり、「さあ、書くぞー!」という時には既に、準備をしたものを仕上げる状態になっているわけです

最後に作品として組み上げていく仕事なのですから、全体としての仕事はもう終盤に差し掛かっているわけです




モノを書く時は、書く時点では終盤でなければならないのです

それまでのインプットや準備が、大切です

何も書く準備がない状態で「さあ、書くぞー!」とやるから、そこから何も進まなくなります




営業日報を書くのが毎日大変だという人は、日報を開いてから日報を書く」仕事が始まるからダメなのです

日報を開く前に、「日報を書く準備」をする、つまり日報に書くべき内容を先に整理して置いたり、資料をこまめに集めて置いたりするわけです

手元に準備したものが多ければ多いほど、「さあ、書くぞー!」という時には、その準備したものをササッと組み立てればいいだけなのです

どうしてもモノが書けないという人は、「書く準備」に力を入れてみましょう。

「書く準備」が万全であればあるほど、簡単に書けるようになります

実際に書くのは、全体の終盤でいいのです

「さあ、書くぞー!」という時点で、既に書くための仕事がどれだけ進んでいるのか、ということを考えていきましょう。


ブログ持ってるけど、ブログはある程度書くテーマ決めてソレしか書かない。

考えずに更新できるから楽といえば楽だけど、たまにつまらく感じる時がある。

ブログ持ってると、なんかしらんけど、書かないでいるのが悪いことのように思えてきちゃうからね。

読者の目も気になるからいろいろ細かいこと気にしないといけないしね。特に他人の記事のコピペとか気を使うのでしんどい。

どうせ自分の書いた記事なんて誰もずっと読んでくれたりはしてないのにさ。




増田ではかくじゅんびができたときしかかかない。というか書きたいって思った時しか書かない。

増田はダレがよむことを期待もせず、読者の存在勝手想像してプレッシャーを感じることもなく、

ただ自分が書きたいと思った時、書くことを考え終えたときに書けばいい。

楽でいいです

ただ書きたい、ってんじゃなくかきながら文章を上手にしていきたいとか、誰かに伝えて共感して欲しいとか

そういうことを考えだした人は、まぁブログとかやればいいじゃないかな。

でもブログをかく習慣が出来る前に、増田でならすのは大いにありだと思います





まぁそのかわり、自分ストレッチする要素もないけどな。楽すぎるってのは人の成長に良くないです

むしろ、制約もないから(自分らしさに拘る必要もない)、

この記事みたく、本当にそのとき感情のまま支離滅裂なことを書いちゃったり、自分堕落させる危険もあるわけでなー。

読まれる文章を書きたいって人は、増田なんか使ってないで、しんどくても早めにブログに移行していくほうがいいと思います

まあ、増田で書くにしても、自分なりのルールを決めて書けばいいんじゃないかな。 

せめて自分一人称やら文末を統一するという初歩的なレベルから、私には想像もつかないような厳しいルールまで。

たとえば、「ラブやん」の田丸浩史いわく、一番むかつく言葉は「ま、」とか「まぁ」らしいです

散々偉そうなことを言っといて、すぐ「俺はどうでもいいけど」みたいなポーズを取るのは、たしかに他人からしたら気に入らないかも。

私よく使ってるので、これからマイルールで、この「ま、」とか「まぁ」ってのを禁止して文章書くように意識しようかな。

私的には結構しんどいけど、他の人はどうだろう。

2011-11-14

TPP賛成派の人にも足をひっぱる人がいるという話

TPP反対派は反原発派よろしくヒステリックで目立ちやすい馬鹿が多いけれど、

賛成派にも、足をひっぱる人がいるので実はどっちもどっちだよね、日本の議論っていつもこうだよね、トイウ話。


http://www.tachibana-akira.com/2011/11/3452

私はTPPに対して「大枠としては反対はしないけど細かい所気になるよ派=消極的賛成派」だという前提で話を聞いてくださいませ。




TPP賛成派というより「TPP反対派がばかだからからかってやれ派」のこういう人達はなぜみんな農家やら関税の話をするのだろうかと不思議に思う。

自分意見の正しさを確信して、誰かを見下す時、人はわきが甘くなるのだなぁということを感じる。

関税をかけることが常に有利であれば、(たとえば)静岡県は、県内のみかん業者を保護するために和歌山県産のみかんに高率の関税を課すべきです。でも真剣にこんな主張をするひとがいたとしたら、あなたはきっと、いちど病院で診てもらったほうがいいと思うでしょう。

日本でも江戸時代までは関所で商品の流通管理していましたが、いまでは県境での〝関税〟を撤廃して国内市場を完全自由化しています。それなのになぜ、国境では自由貿易を制限するべきなのでしょうか。国内ではみんなを幸福する「自由貿易」が、世界規模に拡張されると一転してみんなを不幸にする、などということがあり得るのでしょうか。

反自由貿易主義者”は、このシンプルな問いに答えることができません

この文章には2つ突っ込みどころがあります

1 自分論破しようとしてる相手がどういう人達

2 自分の話を聞く人がどういう人たちか

これがわかっていない状態で記事を書いているのがすぐ分かってしまうということです



まず論破対称を間違えてるという点。

つのまにやら反TPP派が「反自由貿易主義者」ということになっていますが、

TPP者に「自由貿易は嫌いですか?」と聞いたら、「いや、別に?」と応えると思います

自由貿易について反対していない人に、自由貿易はいくら素晴らしんだよ、といっても全く意味がありません。 

要するに、「頭の中の敵」に向かって話をしているだけで、実際には意味のないメッセージを発しています

RPG世界だったら「おまえはだれにむかってはなしをしているのだ」と突っ込まれるレベル




次に読者のニーズ全然わかってないという点。

ネットTPP反対派に農家農協)を本気で守ろうとしている人なんかいません

読者が知りたいのは、賛成スべき理由あるいは反対スべき理由です

馬鹿に対する揚げ足取りは、賛成反対を判断する際の参考になりません。

ただの馬鹿は、賛成派か反対派かを問わず、読者には関係のない話なんです

で、大概の読者ですが、農家のことなんかどうでもいいとおもってます

私は祖父方が農家をやっている関係で多少他の人よりは関心があるというか、

こないだ規制したときにずっとその話を聞かされて、あー大変だなーくらいには思ってますが、

都市に住んでて血縁農家関係者がいないなら、農家関税関係でTPPに反対する人なんかいないでしょ?

そんなところを一生懸命語っても「こいつずれてるなー」としか思いませんよ。

それよりかは、TPPを導入したらどういう業界が有利になるかの話をしたほうが、就職活動中の学生とかが必死になって読んでくれると思いますよ。






繰り返しになるけれど、

TPP賛成派というより「TPP反対派がばかだからからかってやれ派」のこういう人達はなぜみんな農家やら関税の話をするのだろうかと不思議に思う。

なぜ「こういう理由で賛成します」という言い方ができないのか。

「こういう理由で賛成します」という理由で納得できれば、誰も文句は言いません。

でも、賛成派の人は、そういう理由で賛成して、もし問題があったら叩かれるのが嫌だ、という理由でそれを言いません。

それで、中途半端に「反対派の言ってることは馬鹿だ」というポーズを取ることしかできないわけです

彼らの賢しらな態度が、「要するに、自信を持って賛成できるほどのものではないのだな」というメッセージを発していることに気づいてください。


賛成する理由が言うまでもなく自明だというなら、胸を張ってそうおっしゃってくださいな。

デメリットも十分考慮した上で、メリットデメリットを上回るといえばいい。

「なぜいままでそうなっていなかったのか」、そして「なぜいまこのタイミングでそうすべきなのか」を説明してくださいよ。

私は今の時点では反対派が言う人のデメリットほとんど的外れだと思うので、反対する理由はあんまりないわけですが、

かといって、賛成してる人が、こういう話ばっかりして、他のデメリットについてまったく触れようとしてない様を見ると、いろいろ疑念が生じます

「いろいろあるから慎重に」って言いたいだけなら、それだけ言えばいいから。余計なことは言わんでいいから。

賛成だと言いたいなら、アホでもわかる反対派の揚げ足取りばっかりしてないで、賛成の根拠を示しなはれ。

2011-11-10

ある集団に対して、不健全ものを感じるのは、基本的人権じゃなくて、基本的搾取権みたいな者を感じるからではないかと、そこが2ch運営などと似てるなと思う

基本的搾取権と言っても、基本的に誰でもが持ってるわけではなく、当たり前のように与えられているわけでもない

そう見えるだけでそうじゃない場合もあるし、本当に搾取的な事をしている場合もあるだろう

2chって学歴とかすごく気にしてる人もいる。yahoo知恵袋だと本当にそんなに気にしてない人もいるのに。例えば子供の進路でも単純に偏差値で決めるのでなく、校風クラブ活動が活発かどうかなども基準に、本当に選んでいる人たちもいた。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1054596645 中学生の娘が偏差値55の私立高校に受かったのに、48の公立に行きたがってます

自分は私立に行って欲しいのですが、本人の意思がかたいようです。 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1111557701 高校受験経験した方、志望校は何をみて決めましたか?(設備部活校風etc.)

来年受験の中3なのですが、どうしても偏差値だけで判断しがちになってしまます



2ch運営の削除要求に対する対応について、官僚的と評されてたのを読んだ事もあるが、硬直した柔軟性を欠いた態度、それがやりたくて仕方ないような空気を感じないでもない。

それに、あの仕組みは、作った人だけが得をしているのに、商業主義に乗せられてないと思っているのも不思議だ。

あと、ユーザーは、やたらルールに従うのが好きw そして新規の人をそれに従わせるのも好きw

だけど、元々は他の人が作っていた掲示板マルチポストして宣伝して、客を奪ったのが始まりからルール違反した人が作ったシステムという矛盾

なぜ、商業主義を嫌っているのを推奨したり、商業主義と関係ありませんよ、というポーズをとるかと言えば、自分達以外の商売をそこでさせないため。(これは当たり前でどこのサイトでもそうだろうけど、商業と関係ありませんよというポーズを取ってた)



2ch運営(初期運営?)ほどうまく搾取できてない集団だと思うけど、体質としては、そういう資質を持った人が、多く集まった印象を受けた。

しかし、みんなで搾取しましょう♪とか、音頭取ってやってるわけではないだろうから自然とそういう感じになったのか、たまたまそう見えるだけか、よくわからないけど

(システムというほどの何かがあるわけでは無いだろうから)



何が似てるんだろう 何かが似ている

素じゃない感じとか、悪い意味で老成しているところとか




自分に対して不思議な事をしてきた人が、考えてみたらやってる事が親と似ているなあと思い、どういう心理や心境でこういう事をするのだろうと、探ってたら、やばい結果を探り当ててしまって・・・

これは、もう何たらハウス関係なくごく個人的な事だろうな、と思ったが

こういう人を、引き寄せてしまう魅力が何かあるのかもしれないとは思う。



閉じた世界を感じる




カウンターカルチャー的ではなく、強いものの味方で、弱そうと見たら、権威主義的な態度を取るw そんな感じ

実際、権力者の近くにいる人がいて驚いた。 無茶やってるように見せながら、力に阿り擦り寄り




切ったら血が出るような、人間的な感情の発露というのを、止められてるのか、切捨てられてるのかわからないが、人間感情の発露が理解できない。

こういうのって、今年問題になってる地震後の原発問題に対する東電の態度が官僚的な事や、官僚全般(中には頑張ってる人もいるかもしれないが)や日銀とか、弁護士医師、の一部の態度にも通じる態度のような気がする。それを真似してるような。所謂困ったエリートは、搾取が当然と思ってて、高校生ウルトラクイズの賞金か何かだと思ってるのかもしれないと思う。

真似してるというか、そういう良くない力がある事を知って、それを肯定しているようなところはあると思った。

書いていた創作か実話かわからない話に、精神病院の中の様子が出てくるものがあった。その中の患者の様子の描き方が、医師にとって都合が良い描き方をしていた。それは、そういう人ではなく、そういう状態の人なのではないのだろうか?そして、それを治すのが、サポートしたりケアしたりして治すのが、医師仕事のはずなのに、それができてないのは医師責任ではないのか?

それを認識してない、その視点からの指摘が無い、抜け落ちているのはなぜだろう?




強さ弱さしか見られなくて、それに対して自分はどう思うのかという自分の判断力が入ってない、ものすごく子供な状態のままいる、そのくせ力を欲しがるのか、子供から力を欲しがる、のかもしれないが。

そんなにうまく力が手に入るとは思えないけど、だからこそ、弱そうなものを見ると見境がなくなるのかもしれないし、自分達のフィールドに引き入れてしまえば、それなりに力を保って人に接する事ができる仕組みを作っているというか、作ろうとしているのかもしれない



。。。。。。。という妄念

さえ湧き上がってきてしまうほど、個性的な人が集まっているのはなぜ?


ただのシェアハウスのはずなのに

プログラマが多いシェアハウスからだとも思えないが、なぜだろう?

2011-10-27

http://anond.hatelabo.jp/20111025204351

の続きで社会的承認の話。

ただし、前回の外に向けた話と違って、こちらは私のどうしようもない妄想なので特に反応は期待してない。

私はこういう妄想をしている方が楽しい。外向けの話なんて所詮妄想入り口付近で生じる副産物だ。

ホッテントリをとるのは常に副産物の方だが、私の成果はむしろこっちの妄想部分の側にある。面白いのも断然こっち。

こういう妄想を垂れ流しにして、あるいは垂れ流しにされてるのを観るのが増田面白みだろうと思ってる。




増田論はここまでにして、以下は私は勝手にこのようなことを考えているという話。

1:社会的承認自己存在を安定させる鎖のようなものである

私はネガティブであれ、特定の共通イメージ社会がそのひとに対して持つなら、それは社会的承認であると考えている。

社会的承認を求めながらネガティブイメージを拒否する人は、承認ではなく受容欲求やら甘えとして区別するべきだ。

相手の中に自分の居場所を求めるのは、承認欲求よりさらに欲張りな別物であると考えないとややこしい。


社会的承認(期待)はよかれあしかれ、人をそれに縛り付け、固定させようとする。

これを求めるのはこの固定化作用をもって、自分存在社会の中に位置づけ、安定させようとする人だろう。

言い換えると、自分に自信がなく、自分のあり方やなスべきことを他人に決めてもらいたがるような人だ。

こういう人が自分自身が自分の主になるのではなく、他人にイニシアチブを求めるのが承認欲求なのだと思う。

自分自分のことを決めて行動したい人は間違っても社会的承認欲求などは持つまい。

その人達にとって社会的承認とは交渉や宣伝の手間を省略するための道具でしかなく、目的には成り得ない。

これを求めているという時点でそれは「何者にもなれない私」を自分の中に認めているということになる。






2:現状維持を求める人が一番社会的承認獲得を必死に行う

はいえ、何者かになった人でも社会的承認を求める人はいる。それはその地位に安住しようとしている人だ。

彼は社会的承認されたそのイメージを保持しようとする。

一番わかり易いのはソーシャルゲームで、メーカーの思惑にはまってまんまとレベルを上げさせられた人たちの行動だが、これは外向けの素材であっても私の興味をあんまり惹かない。私が今興味があるのはハの字の人なのでこの話をする。



たとえばハゲベストセラー作家の人が社会的承認を得ようとしていると仮定する。実際はどうかなんて知らない。

この場合、彼の目的は「誰にも理解されない自分」「つねに終わりと言われ続ける自分」をこそ本心では望んでいるということになる。

彼の今までのブログや著作に見られる現実におけるプロセスを軽視し理想めいた設定やなにかと革命を求める態度は、要するに現在暗黒時代とみなし、そこに希望を見出せないというキャラクターを維持するためのポーズだ。

彼のなかのモチベーションはそういう復讐とか現実を見返してやるという気持ちが核であり、彼の言葉はそういった自分を否定するものへの呪詛で成り立っている。彼は周りを仮想敵とすることでキャラクターを成り立たせることで世に立っている。テクニックさえあればキャラクター性は必ずしも必要ではないが、彼はテクニック面は他のプロと比べると数ランク劣っているため、あくまでキャラクター性が売りということになる。

この場合現実に取り込まれ、肯定され、それを受け入れてしまうことは彼の創作モチベーションを否定し、彼の言葉に説得力を失わせることになる。彼は自分の力を護るためにも、絶対に肯定されてはいけないということになる。「ベストセラー作家の私」として作品を提出するためには、彼は作風を180度転換することが求められる。その自信がないか、それを求めていないならば、彼は今まで通り「はてな嫌い、現実嫌いの夢見がちな男」で在り続ける必要がある。






3:現状から自分を解き放ち、あるいは現状を破壊するためには孤独のようなものが必要ではないだろうか

しかし、私はハの字の人を見ていると、彼が承認を欲求しているとは全く感じない。

そもそも承認を欲求してはてなを利用してるならそれはただのバカであり、勘違いからさっさと死ねと言いたい。

そうじゃなくて、彼はむしろ孤独を求めているのではないかと思う。

まり、誰からも求められていない、期待されていない、そんなものを気にもせず、自分の思うところに従って行動することを求めている、ということだ。いわゆるアカギ的な何か。

あれだけ成功した「マネジメント」というネタをさっさと手放すあたり、こちら側の人だと信じている。


こちらの場合、彼は承認など求めていないどころか意識さえしていない。

ただ、自分を安住の地に置き続けることをよしとしないため、社会的承認を嫌っているだけ、ということになる。

孤独状態がずっと続くなら、そのうち他人に関わっている余裕などなくなって、自分の内なるものに突き動かされて、新しい何かを始めるだろう。

こういう人が作ったものは、質はともあれ、方向性としては非常に面白い物が多く、ゲテモノ好きの私には期待が持てる。




4:社会的承認を求めているかどうかは、自律性があるかないか面白い面白く無いかでだいたい判断する

まぁ私としては彼の振る舞いがポーズであろうとガチであろうとどちらでもいい。

面白い間はガチであるとみなす。面白くなくなってきたら途中から安定を求めてポーズになったのだな、とする。

最近露骨につまらないヤラセ感が漂っている。

そうだとしたら、彼はい社会的承認を求めるだけの俗物ということになる。

別にソレが悪いというわけではないが、もしそうだとしたら彼は大して面白くない下手な物書きとして興味の対象外になるだろう。全ては結果から判断する。それだけのこと。




蛇足。【祝】 「ハックルベリー」の検索結果でついにあのブログが1位に。

   しかしお父さんお母さんの声を持ち出すあたり、そろそろ私の中では末期のような気がする。

   ここから這い上がるために、お父さんお母さんを切り捨てる記事を書き始めたらそこがお別れ時かな。

2011-10-24

ししおどし型のキレ

http://anond.hatelabo.jp/20111022115648

料理ひっくりかえす云々や怒りの基準云々はともかく

情動の形としてはかなり理解できる

これ、めんどくさがりなんだよね多分




・細かいことでプチ不機嫌になったりはしたくない

・怒るときはもう交渉とかそんなことはしたくない




怒ると決めたら破滅的に突っ走る

相手に思い知らせてやるためならこっちの損は全然OK

利益目的の交渉ポーズで怒ってんじゃねーんだよ

みたいな




昔の日本人はこういうのが多かったらしい

駆け引きとかするのがだるいめんどくさがりなんだよね

2011-10-06

http://anond.hatelabo.jp/20111006170203

恋愛経験のない自分理論武装の為に「あえて」こういう極論を信じたポーズを取ってるんでしょ。

2011-09-30

泣き方が下手くそな女

涙は女の武器と聞いていたが自分勝手な理由で泣いている女を見ても、何とも思わないものなんだな。

むしろ、実にくだらない理由で泣いている女を見て、ますます軽蔑の気持ちが強くなった。



多分私がもともとこの女のことをあんまりきじゃなかったんだと思うが、

そもそも涙が武器じゃないんじゃないか

だってこいつ泣きながら俺への敵意は隠そうともしてないし、自分がまちがってたともまるで考えてないじゃん。

こんなんで弱いから守ってやろうとか、可哀想とかおもえないじゃん。




相手と喧嘩している時に泣く女って知恵が足りないんじゃないかと思う。

涙って要するに感情が昂って制御できない状態を示してるわけでしょ。

よりによって他人と対峙してる時に感情高ぶらせて制御不能になるとか無能の証でしかない。

相手を叱ってる時とか、喜んでる時に泣くならともかく、

相手から怒られているときにそんなに感情が昂るってことは、

要するに相手をちゃんと見てない、自分内面ばっかり考えてるってことでもあるだろう。

要するに自分勝手だってのを表明してるようなものだ。

どこまでバカなんだこの女。

こういう状況でなく位なら、動物の服従のポーズでも取ったほうがまだましだ。

まりこの女は動物以下ってことだ。




動物以下の女にまじになってる自分も相当情けないけど、

ホントに下手くそな女の涙ってのは、すげえイライラさせられる。

女の武器だといかいうなら、もっと上手に泣けよ。バカ晒してんじゃねーよ。

なんか妻を虐待する夫の気持ちってちょっとわかるわ。

女がいじめてくんみたいな感じなんだろうな。そりゃ女が悪いって。

2011-09-24

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http://2cups1day.wordpress.com/2011/09/24/%E6%89%8B%E6%8A%9C%E3%81%8D%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3/

飲食店アルバイトをしていると、たまに「ああ、このお客さんは俺のことを人間だとは意識せずに、店員だとしか思ってないな」と感じる瞬間がある。

別にそれで何かあるわけではなく、ちょっと不快な思いをして、こっちも店員とお客さんという型に合わせたコミュニケーションスイッチが入るだけ。これはよくあること。

ただ、最近そういったお客さんが「店員さんに横暴な態度をとる人が信じられない。」と言っているのを耳にした。

理由を聞きたくてうずうずしたのは言うまでもない。

理由を聞けば、きっと「店員さん可哀想じゃん、店員さんも人間だよ、そもそも人としてどうなの」的な言葉が返ってくるんだろうなあと思う。

彼に理由は聞いていないので想像になるけど、もしそういう考えなのだったら、それは非常に手抜きしたコミュニケーションではないか

まり、店員と客という間でも根本自分あなたという考えがあれば、「生中」じゃなくて「生中下さい」、「どうも」じゃなくて「ありがとうございます」って言うんじゃないの。普段からそういう話し方の人じゃない限り。それをしないってことは無意識のうちに店員と客っていう型に合わせてコミュニケーションしてればいいやと思っているのでしょう。

「店員に横暴な態度とるのは良くない」という言葉自分は相手を人間として捉えていますよというポーズであって、その根本は、その言葉自体がコミュニケーションの型に含まれているか、あるいは、自分が嫌われたくない、よく思われたいという感情を「店員さんが可哀想」という相手の為ですよという言葉に置き換えているかのどちらか。

余談だけど、大学生飲食店で「ごちそうさま」をいう割合は80%以上。

そのうち80%が学生バイトに対しても丁寧に「ごちそうさまでした」「ありがとうございました」という。残りは「どーもー」「ごちそうさま」など。

対してコンビニレジで「ありがとうございます」という割合は40%。レジに人がいない時に「お願いします」など言わないで無言で待つという人が70%以上。(数字は全部適当自分感覚)

お礼を言う言わないは今回の趣旨ではないが、居酒屋では「ごちそうさま」を言うけどコンビニでは「ありがとうございます」を言わない理由は何なのでしょう。

別に挨拶はしっかりとか、敬語で話そうとか、僕に優しくしてとか言っているわけではない。

例え、そうですかと「生中お願いします」とか言われても今までのコミュニケーションの型が置き換わるだけで何も変わっていない。

大事なのは意識の問題。

生まれつきなのか、環境なのか、自然にそういう意識を持てる人がいる。自分の周りにもたくさんいて、とても羨ましく感じる時がある。

というのも、僕自身がずっと手抜きしてきたと思うし、今でも「やばい、手抜きしてる」と気づく瞬間がある。自分の行動がちゃんと説明できない時がある。

何が心配かというと、自分がそんな手抜きのコミュニケーションにどっぷりつかってしまって、何かの基準なしには生きていけなくなること。

友達からこうする。彼女にはこうする。先生学生コミュニケーションはこうで、親と子供だとこう、みたいに、自分と相手のコミュニケーションのはずなのに誰かが定義した友達彼氏、先輩、後輩、彼女、親etcの枠組みに合わせなきゃコミュニケーションが取れないのは不幸なことだと思う。

よく言う、自分役割が与えられていて、その役割を演じるっていうやつ。

世界の中心で愛を叫ぶ」を読んで一通り感動した後に、舞城王太郎の「好き好き大好き超愛してる」を読んではっとする感覚

あの感覚を忘れないようにしたいと思う。

自分の軸足を自分の内側に置くことは大事だよ」「自分ものさしではかりなさい」などよく言われてきたけど、最近になって本当に大事なことなんだと感じることが多い。

以上、居酒屋バイトしているときぼんやり考えていたことを、ぼんやりまとめました。

(あらためて読むと、すげーひねくれてるなあ(笑))

2011-09-22

http://anond.hatelabo.jp/20110922100805

難しいんだよ。

俺らは老害搾取されてるってポーズをとらなきゃいけない。

32bitのXPから簡単に乗り換えられない、メモリも買えない、買えても32bitだから4Gが限界、というポーズをとらなきゃ。

仕方ないから、余った金は外食ファッションスマホGREEにまわしてるけどね。

2011-09-13

http://anond.hatelabo.jp/20110913195207

政党政治は押しなべて法律やら経済やらを考えるのではなく、政局こそがすべてなのであり、

からさまに国民をバカにしたようなものでない限りはどんな政策だろうが通るようにできている。

ゆえにしっかり考える必要などもとよりないのであり、必要ないのだから能力などない。これはどこの政党でも同じ。

国民に求められるのは「しっかりやってますよ」というポーズさえ果たせばいいし、国民はそれを見てしっかりやってるなと納得するだけの知性だけあれば良い。

2011-09-07

『させていただきます』っていう言葉きもちわるい

『司会を務めさせていただきます

『発表させていただきます

『書かせていただきます

出版させていただきます

『販売させていただきます

『消灯させていただきます

『発車させていただきます』 

『開催させていただきます

とか、そんなに謙遜してどうするのっていうくらい、オトナのしゃべる語尾に、『させていただきます』が当たり前のようにつくようになって久しい。謙遜というか卑下というか、とにかく自分をおとしめすぎててきもちわるい。これは文法的な話じゃなくて感覚的な話ね。もっとドシッと構えてスマートに振る舞えないのかなってその言葉に触れるたびに思う。

もちろんそれが正しいときもあるよ、『本当はダメだったことを許可を得て』させてもらうときとかね。逆にいえば、そういうニュアンスではないときは使わないほうがスマートだと思うの。

それなのに、たとえば電車アナウンスで『ドアを閉めさせていただきます』とか、『発車させていただきます』とか。

こっちはただのサービスの享受者なんですよ、サービス提供者がそうするといったらそれに従うんですよ、どうぞお好きなタイミングで閉めてください、発車してくださいよ、そんなへりくだらないでくださいよ、って思う。

あっちの提供するサービスに対して、それ相応の対価を払ってそれを享受するのがビジネスってもんでしょ。だからこっちは支払った対価以上の質を求めちゃいけないでしょ。ドアを閉めるタイミングとか発車するタイミングとか、そっちが決めることでしょ。こっちはそれに従うのが当たり前でしょ。それをなぜ『お客様が閉めてはいけないとおっしゃるところ私どもの勝手でたいへん申し訳ありませんが閉めさせていただきます』みたいなニュアンスアナウンスするの。駅員さんはもっとエラくていいはずでしょ。

たとえばブログエントリの冒頭に『~について書かせていただきます』とか。こっちは読み手なんですよ、書き手は書きたいことを勝手に書いてくださいよ、読む読まないはこっちが勝手しまから、って思う。読みたいものを読むだけなんだから、書きたいことを書けば良いでしょ。それをなぜ『読者の皆さまがこのような内容は書いてはならぬとお考えなのは承知しておりますがこの件だけは書かせていただきたい』みたいなニュアンスで書きだすの。おかしい。書き手さんはもっとエラくていいはずでしょ。


基本的に『させていただく』っていうのは、冒頭でも書いたけど、

  • 本当はダメなことを
  • 別に許可してもらった

状態で使うべきもので、そうじゃないシーンで無意味に使っても、私はそれをとてもしらじらしく思う。本心でいつも上に書いたような状況だと思っているのならそれはそれで状況の把握ができてなくておかしいし、とりあえずへりくだっておけばいいやみたいな意識の伴わない口癖として出てるだけならそんな余計なポーズきもちわるくておかしい。必要以上の謙遜とか卑下は滅んでいい。

サービス提供者がいて、享受者がいる。その間って必ず何らかの等価交換(金銭なり情報なり行為なり)があって、だからそうである以上両者の関係って、少なくとも『対等』のはず。何を間違っても、『享受者のほうがエラい』なんていう関係にはなりえない。

このあたり、どうも『享受者のほうがエラい』思考が、享受者側に蔓延してるような気もするんだよね最近。『お客様神様だ』って、お客様側が言ってどうするのよっていう話。で、サービス提供者は提供者で、享受者側のそういう風潮を汲んで、とりあえずへりくだっておけば文句ないだろみたいな空気だすの。なんだかなー。


もうちょっとね、サービス提供者側はね、もっとエラそうにどしっと構えていいと思いますよ。そして自分提供者側になったら、『~させていただきます』じゃなくて、『~いたします』ってしゃべりたいですね。


はいえ、『させていただきます』って言っておかないと怒るエラいひともいるんだろうなーと思う。ポーズだけでも取っておかないとうまくいかないことがあるのが、オトナの世界のいやらしい話。めんどくさいです

2011-08-31

http://anond.hatelabo.jp/20110831132940

そうやってふて腐れて自暴自棄ポーズをすれば責任から逃れられると思ってんだろ?

逃れられねーよ。

死ぬ死ぬ言いながら死ぬ度胸も無く、逃げられないのに逃げ続けるのがこの手の奴のパターン

2011-08-13

リアルオペラと、少しだけアニメの話

世界一有名なオペラといえば、間違いなくカルメンだろう。

確かに音楽ドラマも素晴らしい。

知名度に恥じないだけのクオリティだと思う。


しかしまさか、あの作品の登場人物みたいなシチュエーションリアルで体験することになろうとは・・・


と言っても俺はエスカミーリョではない。それは別の人だ。

むしろホセ完全に一致?みたいな感じだ。

ルックスも育ちも悪くないのに、コミュ方面がとんでもなくウブだったり、仕事では男ばっかの組織で中堅の末席を汚してる所とかそっくり。

あと、俺もバラを貰ったら萎れてから後生大事に取っておいてドヤ顔する人です

我ながらキモいノリだなあと思うけどシカタナイネ


ただ、出会った女の順番が逆だった。

カルメンミカエラという流れ。


最初カルメンとは、少しばかりの火遊びから程なくして、ものの見事にフラれた。

当時はマジでオペラよろしく「昔は愛し合っていたじゃないか!」と憤ったものだ。

今はもう、そういう真剣さにはあまり意味がないことは分かってるけどね。


そして彼女はあっという間にエスカミーリョ氏とデキ婚してしまった。お幸せに。

以上、元カノの話は終わり。


そんな黒歴史アバンチュール(?)から1年くらい経って、今カノのミカエラを知り合いから紹介された。

ただし青い服ではなく、長いストレートの黒髪がトレードマークだ。

この人とは慎ましいけど落ち着いた関係が続いていて、ゆくゆくは結婚したいと思ってる。

彼女との会話には「恋の駆け引き」みたいなノリは皆無。

結果的に超シャイ彼女をこっちが一方的にリードし、時には「俺について来い」的ポーズを取ることもある感じ。

なので女性情熱的刺激を求める男にとっては退屈でダルい人ということになると思う。

かくいう俺は刺激より安らぎが欲しいので助かってるけどね。

最近は「たぶんこの人となら大丈夫だろう」という、根拠のない信頼感を抱くようになった。

気持ちが燃え上がる代わりに、静かな喜びを味わっているというか。


まあでも先のことは誰にも分からない。

もし万が一、今の彼女とも上手く行かなくなったら、さっさと諦めた上で他の人を探すしかないだろう。

もちろん別れが辛くないと言えば嘘になる。

でも「彼女じゃなきゃダメなんだ」「彼女と絶対一緒になりたい!」みたいな童貞臭い思い入れは、現実の前ではとことん無力なのだ。

あーめんどくせ。


他にオペラネタといえば、さらに昔サロメばりに交際を迫られたこともあったっけ。

とにかく病的なくらい一途で、危ないくらい情熱的で怖かった。昔の彼氏に対してもそんな感じで付き合ってたのだろうか。

こちとら別に預言者でもなんでもないし、いきなり服脱ぎ出すとか、首を刎ねられた上にキスされるとかはなかったけど。


で、本当の所ホセなのかヨカナーンなのかについては、実はどちらでもなく、レイズナーマンジェロということでとうの昔に結論が出ている。

まり誰かと付き合うことでお互いの人生が変わることはあっても、持って生まれた非コミュキモメン変態人間性は微塵も変わらないということですね。当たり前だけど。

あ、別にマンジェロ系男子」や「マンジェロ系増田」を流行らそうみたいな意図はない。

それこそ「ネタが古過ぎて伝わらないモノマネ選手権」の世界だろう。


というわけで、レイズナー別に見ても見なくてもいいから、カルメンだけは絶対に見とけ(あと余裕があればサロメも)と、ここまでの話を要約して締めることにする。

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