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はてなキーワード: のび太とは

2017-04-11

[] #21-3「未来ガイド

「じゃあ、お前が未来から来たってのは分かった。信じよう」

「や、やっと信じてくれた……じゃあ本題だけど」

「でも、お前の話を全面的に信じるかはまた別の話だろう」

「えぇ……」

未来から来たことが事実であっても、そいつの語ること全てが事実保障なんて何一つない。現状確定しているのはお前が未来人だという点のみだ。お前の言うことが本当かどうかは、その都度判断するに決まってるだろ」

のび太なら信じるよ」

現実フィクション混同するんじゃない。あと、そいつ基準にするのもやめてくれないか

「……」

「お前が未来人だと確定しても、お前の話を信じない理由はいくらでもあるぞ。例えば、同じ時代からきた人間が2人いたとして、そいつらのする未来の話が食い違っていたら俺はどちらを信じればいい? 未来から来たこと自体事実でも、そいつらがする他の話まで事実である保障なんてどこにあるんだ?」

「それは……信じてもらうしか

「話が振り出しに戻ったな。だから『信じさせてみろ』って、さっきから何度も言ってるんだが」

俺が頑なにも見えるかもしれないが、考えてもみてくれ。

こいつが未来人だろうがなかろうが、不審人物である事実は揺らがない。

なんで、そんな奴の話を鵜呑みにしなければならないのだ。

ティーンエイジャーの俺ですら分かることである

「後さ、いきなり押しかけたことに対して何か言うべきことがあるだろ。更に庭までこんなにしやがって。礼節やコンプライアンスをわきまえろ。お前のいた未来ではそういったものがなくなっているのか? 仮になくなっていたとしても、信頼を得たければ郷に入っては郷に従うものだろう」

とうとう返すべき言葉がなくなったらしく、彼女は唸り始める。

すると突然、声を張り上げながら退散した。

「もういい! そっちに信じる気がないなら、いくら話をしたって無駄だ! あんたに未来を託したボクが愚かだったのだ!」

結局、未来人を自称するそいつはどこかへと行ってしまった。




俺も些か頑なであったかもしれないが、仕方が無い。

彼女は実は本当に未来人かもしれないし、そして言っていることも全て本当だったかもしれない。

その可能性が全くない、と断言するつもりはない。

まり“信じるかどうか”ということだ。

信じるのには理由が要るし、信じないことにも理由が要る。

そして人は信じたいものしか信じない。

信じるかどうかは俺の問題だ。

だが信じさせたいならば、それは彼女がどうにかすべき問題なのだ

彼女は信頼を勝ち取るような人格者ではなかったし、何より説得力がなかった。

まあ、もしも俺が未来人だとして、彼女のような使命があるとしよう。

だったら、少なくともエイプリルフールの日にタイムスリップすることだけは避けようとするだろうな。

(おわり)

2017-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20170410234246

しずかちゃんならタケシさんと言うはずという名推理出木杉披露のび太が半殺しになるところをドラえもん秘密道具でなんかハッピーエンドにする話

のび太道徳教科書問題で問われる「ダメさ」の解

日本サヨク的な「ダメさ」の解は「ダメだという世間空気否定である

これは二重に悪手。

まず第一に、世間空気などそうたやすく対抗できるものではない。

どんなにネットで勇ましく吠えてみたところで、

現実空気効果のある反撃はできず、せいぜいグチをこぼしてその場限りの溜飲を下げるだけにすぎない。

第二に、仮に万一どれだけ周囲が100%配慮をしてくれたとしても、

自分自身の心のなかにある自己否定的な感情解決されない限りは、

周囲の配慮すらも疑心暗鬼によって否定されることになろう。



あるべき「ダメさ」への解は「ダメ自分ダメさの受容」である

俺ってダメ人間だな、でもそれでも俺は生きていくぜ、という態度である

未熟で中途半端でも、そんな自分自分から仕方がないというある意味諦めの境地である

これができずにもがき苦しんでいる人間が多い。

2017-04-01

ドラえもんという異分子を受け入れる背景

関わるキーワードは「受容」「慣習化」「無批判」であり、特別な回を除いて否定肯定もなくそこにいるものとして扱われる。

民話化された異民族であればいざこざ部分は理不尽マジックとして描かれるのが慣例化している。

例えばブラウニーなどもその例といえる。

現代民話として考えると、ドラえもん異民族部族という背景を受け継いで描かれているように思える。

それ故ドラミセワシも時々姿を現す。しかしここで肝心なことが一点あり、彼らが「親戚である」ことだ。

2017-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20170315124404

あと、のび太くんがよくやる、滝のように涙を流して涙で水溜りができるやつと、ボコボコケンカをしてるときに砂埃が上がって中が見えなくて手とか顔だけ見えるやつ

2017-03-10

南極チコチ大冒険ドラえもん)を見てきた。相当良かったという話

現在公開している大長編ドラえもん映画のび太の南極カチコチ大冒険」を見てきた。

ディザーポスター・チラシの感じからかなり期待感をそそられるものであり、南極という場所からH.Pラヴクラフト著の「狂気山脈にて」が想像させられた。

ここのところ年甲斐もなくクトゥルフ神話に興味を持っている自分は、この時点でかなり期待をしており、あまり見ることのなくなったドラえもん映画を久しぶりに劇場へ見に行った。

この映画は確かにクトゥルフ神話彷彿とさせた。クトゥルフっぽい敵、南極、捜索のシーン、旧支配者の存在まで出てくるし、ニャルラトホテプ解釈できるキャラクターも出てくる。

特に私が気になったのは、若干ネタバレになるが、ゲストキャラセリフである。この話、はのび太が「かき氷無限に食べたい」という無理難題をいうところから始まるのだが、今回のゲストキャラかき氷という文化がない世界の人であり、そもそも氷をメインで食べるということをしないため、かき氷の話を興味深く聞くのだが、それに対する反応として「あなた達なんでも食べるのね」という反応を返すシーンである

クトゥルフ神話日本であまり怖がらない(普及しなかった)説の一つとして、ラヴクラフト海産物が嫌いだったところから着想されたクトゥルフは、海・深海にいる生物得体の知れない怖いものであるという認識から来る恐ろしさも面をもっているとされており、日本は生で海産物を食べる習慣があるからというものがある。このセリフはこのメタファーなのではないかと考えられるのである

ただ今回のドラえもんクトゥルフ的な映画だったよ、だけではなくこの映画は、オリジナルドラえもん映画としてもかなり良かった。過去大長編オマージュをくどくないぐらいに入っているし、音楽もとても良いものであった。またメインの5人の誰かが喋るときに不自然に止まっているわけでない振る舞いや、特に最後のシーンの綺麗さは、自分好みであるという点で、とても良かった。アドベンチャーの部分はハラハラさせ、またわかりやす伏線を回収していく気持ちよさも良かった。

クトゥルフありきで見に行ったが、ドラえもんオリジナル大長編として名に恥じない名作だった。かなりおすすめなので、できたら映画館で無理ならレンタル特番でも見てほしい。

2017-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20170226232020

男の子向けのメディアでも、戦隊なんか昔から女性メンバーいるわけで



しろサザエさん時代から子供アニメで「女の子優等生」な構図は定番から

ワカメちゃんにしてもしずかちゃんにしてもカツオのび太より優等生だ)

女の子勉強できなくてもいいというメッセージを云々と言うのは完全に意味不明だし。

2017-02-25

http://anond.hatelabo.jp/20170225035714

つーかドラえもんの主要登場人物は皆性格が悪い

のび太だけではなくジャイアンスネ夫しずかちゃんも皆性格悪すぎて

身近にいたら絶対友達になりたくないタイプ

出来杉だけは完璧超人だけど、彼はレギュラーじゃなくて大長編だと排除されてるし)

作品としては人気あるけど、個別キャラ人気はドラえもん以外は全くない、ってのも頷ける

キャラクターグッズなんかもドラえもん以外は描かれてないしね



あれだけ性格悪いキャラばかりなのに作品として人気がある、ってのはある意味凄い

今だったら企画段階で教育に悪いとか言われて止められてるだろうなあ

の子供向け作品キャラって悪役以外は概ね性格いい(やたらいい子ちゃん過ぎて違和感あるものも多い)し

結構本気でのび太が嫌いだ

子供が録画を何度も見るせいで目に付くのだが、しずかちゃんは僕のお嫁さんなんだぞ!って台詞キモい

あとしずかちゃん火傷を治してあげるから服を脱いでーとか、風呂乱入とかも無理だ。

今日ドラえもんではしずかちゃん出来杉と仲が良いのに僕のお嫁さんだぞと嫉妬して、しずかちゃん結婚出来ない時のためにガールフレンドを作ろうと文通を始めて、男だと返事もらえないかもとお嬢様キャラを演じてたけど写真要求されて風呂場にしずかちゃん写真を撮らせてーと乱入して、風呂写真なんて使えないとしずかちゃんに怒りカメラを忘れて帰り、文通相手に手持ちのしずかちゃんの写真を送ったら文通相手が家に来ると言い出して…みたいな話でつくづく嫌いだなぁと思った。

2017-02-23

優しい人であるって?

これまでの人生、優しさというものに疑問を感じずに生きて来た。

自分のび太ADHDというのもあり、いじめられたり、無視されたり、また一度自分と遊ぶ約束をしても、友達が別の子に誘われたらあっさり断られるような存在だった。

当時は自分はどうしていつもこういうポジションなのか、悩んだ。

自分に原因があるのかもと思って、ちゃんとしている子のしていることを見ては、ああしてみたらこうしてみたらと試行錯誤もした。

でも、大人になりADHDと分かり、その特性を知れば知るほど、自分がそういうポジションだった理由がわかった。

今でもいじめではないものの、仲良くしていたはずが、あっさり縁が切れることがあったりする。

自分の取り柄といえば、優しいことだと思っていた。

相手気持ち立場に立って、自分だったらと考え、相手気持ち理解するように努めたり、

自分ADHDからこそ、ちょっと変だと思うことも、相手特性やいろんな環境の違いなども考え、尊重するように努めたりして来た。

友人が困っていたら、話を聞いたり、手を差し伸べたり、そうやって人と人は優しさでしか繋がれないと思って生きて来た。

優しい=いいこと

優しくない=よくないこと

という子供の頃に教えられた、人に優しくしなさいという当たり前の教えを、疑いもぜずに生きて来た。

自分がされて来たことを振り返ると、優しくない人は多いけれど、

それは優しくない側がよくない行為をしたということであって、

優しい人間でありたい、優しいのは良いこと、長所という考え方で当たり前だと思っていた。

しかし、最近になってふと思った。

世の中の優しさというものは、自分メリットがある場合しか使わないのではないか

例えば、誰かに優しくして、その優しさが自分にとって得になる場合は優しくするが、

優しくしたところで、自分にとって得がない場合は、優しくしない方を選ぶのではないか?と。

そう考えると、無視なども、自分にとって得しない相手に対しては邪険に扱っても良く、

自分メリットがある人間に対して、優しさを使って、もっと得をしよう、という考え方なのではないかと。

そうなると、社会的弱者障害者発達障害者など)に対して優しくしてもメリットなどはなく、

現在そういった社会的弱者に優しくする人は、いわゆる建前上実施している社会福祉による収入の得られる者のみであって、

無償で、優しくするのが良いという理由だけでそういったメリットのない相手に対して理解し助けるといった優しさは机上の空論なのではないか

正直者は馬鹿をみる、とか

優しい人間は損をする、というようなものがこの世の本質であり、

人々が多様性を認め、尊重し合うことを良しとするような考え方は所詮理想論であって、不可能ものではないのか?

「人に優しくしよう」

大人子供にそう教えるが、なぜメリットもないのにそんなことを言うのか。

事実、他の子おもちゃを奪う、自分のしたいようにやる子の方が生きやすく、得をする社会であって、

本音ではそれをわかっていながら建前上、一応そういった声かけをしているだけ、と言うことなのだろうか。

もし、メリットのない優しさなど損で不利なものであるとするなら、

自分も得にならない優しさなど捨て去るべきなのだろうか。

相互関係ではない、一方的な優しさだけを持って、

世の中の優しさには期待せずに生きるというのはあまりにも過酷すぎる。

ソクラテスは言った。

人は道徳的でない行いをしている時、実は内心傷ついていると。

メリットのない優しさを切り捨てることは道徳ではない行為ではないのだろうか。

そういう優しさを行使しない分、税金を納めて社会的弱者を守る福祉事業支援しているのだから良いということなのだろうか。

長年信じて来た、優しさというものを捨て去ったら、

自分は一体、何を心の活力として生きていけば良いのだろう。

2017-02-07

さっきドラえもんの夢を見た

しずかちゃん非処女だということを突き止めたのび太しかも頻繁に誰かと情事に耽っているという。

ドラえもんにそのことを相談したのび太は、ドラえもんから一錠飲めば寝なくても済むひみつ道具を貰った。

そのひみつ道具の力を借り、のび太は一晩中物陰から双眼鏡を使いしずかちゃんの部屋を覗くことになる。

しかし午前3時ごろ、突然のび太は寝入ってしまう。のび太が再び目覚めたのは朝だった。

実はしずかちゃんセフレドラえもんで、毎晩のようにドラえもん情事に耽っていたのだった。

そのことをのび太に露呈することを恐れたドラえもんは、のび太が寝る直前のタイミングで一錠飲めばすぐ眠れる効果を持つひみつ道具を飲ませた。

その結果、のび太ドラえもんしずかちゃんの肉体関係に気づくこともなかった…

 

酷い夢だなこれ

2017-01-29

部屋にポスターを貼る人と貼らない人の違い

テレビ一般人の部屋が映るとき、たまにポスターが見えることがある。アニメだったりアイドルだったり、あるいはカレンダーを兼ねてのものかもしれない。ラッセンみたいなのもあったかも。

そんなのを見るたびに私は不思議ものに触れた気分になる。生家にもパートナーにもそんな文化がなかったから。

あの文化はどこから来たのか。

ドラえもんに、スネ夫コレクションをうらやましがるあまり自分ポスターを作るのび太の話があったけれど、ポスターを貼るブームなんてほんとにあったの? と思ってしまう。

2017-01-22

アマゾンビデオでだらだら流し見してたもの感想

初めは洋画とかサブモニタで流してたりしてんだけど銃声がうるさかったり、ご飯食べてるとき宇宙人がはじけ飛んだりして萎えたのでアニメにしてみた。



スクライド

馬鹿みたいな殴り合いはとても良い。OPが良い。見たの何回目か分からないけど楽しい



金色ガッシュ

もうあんまり覚えてないけど漫画版をだいたい読んでて、キレて凄んでる絵とか好きだったんだけど、アニメで何か軽く感じちゃってちょっとな、と思ったり。まぁそれはそれで慣れたら楽しかった。

終盤で声が変わってびっくりした。風邪引いたとか別のキャラが喋ってるんじゃないかとか思ったけど調べたら体調不良?で声優さん変わってたのか。あとは、話数も多いのでOPED結構な数見てるんだけど、1つ以外はあんまり印象に残らなかった。



ドラえもん

エピソード集見たり、映画を新しい方から順番に見てる。

実際ドラえもんが一番面白いアニメなんじゃないかしら。映画見てると、よし冒険したいから100km手前から歩こう、とか「まるでSFみたいだ」なんてセリフがあって笑う。

ドラミちゃんとのび太ママの声が何かなーと聞くたびに思ってしまう。嫌いではないけど…

あと、声変わってからのび太射撃うまい設定がほとんど使われてない感あった。

ただ、昔の方がいいのかというとそうでもなく、昔の作品では今見ると結構クズすぎてちょっとどうなのって思う展開やシーンがある。新版ではその辺マイルドになってて時代かなと思ったり。

緑の巨人伝は絵はいいけど話がよくわかんねぇなと思った。環境問題が話の入りに使われるのはドラえもん映画ではよくあるけどそれでもなあ。

後は、新しいドラえもんのほっぺた赤いのはやりすぎ感があって好きじゃない。



カウボーイビバップ

そういえばBGMだけ知ってて本編見たこと無かった。こんなどこにも行かない話だったんだなと。



パプリカ

きもい。夢の話ってこんな感じのが多いような。でもなんか良かった。



気分転換スパイもの洋画を見たり。007とかMIシリーズとか。

まとめて何作か見たんだけど主人公の身内の組織裏切り者多すぎだろって思ってしまう。そりゃまぁ倒されるべき大きな闇組織があって摘発されてないとか尻尾も捕まれてないって状況は裏切り者がいないと成立しにくいのかも知れないけど。


海を感じる時

ラストが綺麗だった。が、脱ぎっぷりがいいだけで画面が暗いし何喋ってるか分かんないし何だこれ。



潜入!スパイカメラペンギン 極限の親子愛

良かった。演出とかも薄いしずっと見てられそう。


鉄腕バーディー 1

懐かしい。原作とは違う展開だったっけ。これはこれでいい。

恋愛ラボ

三者三葉

未確認

2016-12-15

物語において主人公苦痛を与える意味

物語とは人が様々な場面で決断し行動する模様を描写したものである

ピタゴラスイッチの実況は物語ではない。



はてさて、物語における主人公はなぜ苦痛を受けなければならないか

のび太テストで点が取れないし、ジャイアンマウンティングされてるし、しずちゃんに良いところ見せられないし。

アンパンマンでさえ自分の顔を削って人助けをしなければならない。

ハワイの浜辺で熟睡しているジジイ描写したところでそれは物語にならない。

な ぜ か



それは日常におけるストレスや困難の縮図をそこに見出しいるかである

そしてその苦痛を乗り越える姿に明日を生きる希望見出しているのだ。

ジャイアンを倒すにはドラえもんの道具を借りればいい。

ジャムおじさんパンを焼かせてしょくぱんまん配達させればいい。

じゃあ自分人生ならばどうか。

ドラえもんアンパンマンも居ないこの世界で、ジャイアンばいきんまんをまとめて制圧するミッションをどう制するか。

私は今日かめはめ破を撃つ練習に余念が無い。

2016-12-14

「ドラえも~ん!パンティーが見たいよう!!」

しょうがないなあ、のび太くんは。」

テレレレッテレー「パンティー」

2016-12-09

現代ドラえもん100組があったとして。

しずかちゃんは、80人は出木杉と付き合うやろうな。15人はジャイアン、5人はスネ夫か?

で、25歳くらいで、スネ夫結婚するのが、30人、出木杉結婚が40人、ジャイアント結婚が20人、のび太結婚が10人くらいか

  

のび太は、50人くらいはキモオタになって二次元アイドルにハマって一生彼女いないパターンか。30人くらいが、無難就職先でジャイ子結婚しそう。10人が大学デビュー成功してヤリチン化してしずかちゃん結婚。10人は星野源みたいになってサブカルのどうしようもない女とドキュン生活しそう。

  

出木杉は90人がエリートヤリチンになりそう。10人は真面目系イケメン

  

スネ夫ジャイアン典型的金持ちの子ドキュンになりそう。

2016-11-27

のび太になるのとカツオになるの

どっちが良い?

2016-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20161125102758

古いアニメ記憶を思い出す

悟空→じっちゃんのみ

ブルマ→両親登場

南ちゃん→父親のみ

達也和也バカップルっぽい両親登場

アラレちゃんせんべい

のび太ママ率高いがパパも健在

結論

オッサン増田アニメ世界とは別の世界アニメ話題

2016-11-24

ロボットに任せきりで人類ヤバイ!!ってディストピアアニメ作品

藤子F不二雄「ドラえもんのび太ブリキ迷宮

ピクサー「WALL-E」

他にあるかな



一見ユートピアだけど、人間が老若男女問わず

全員障害者みたいになってて怖かった思い出

あん世界でもそこそこハッピーだろうけどね・・・

2016-11-20

ドラえもんかみなりさんは神

何度も空き地側の大きなガラスを割られ、盆栽も割られ、本人にあたってこぶを作っているシーンもあった記憶がある

大概ボールを取りに行くのはのび太でたまに逃走したりもするが、彼はいつも怒るだけだ

大きなガラス修理には二万程はかかるだろうし掃除も大変、盆栽も数万から数百万数千万する高価なもので大変な手間もかかる、めちゃくちゃにされて精神金銭負担は重いだろう

ガラス割れる勢いのボールがぶつかりこぶができるだけでも嫌だが、当たり所が悪ければ大怪我に繋がりかねない

子供達は何度怒っても何十回も同じ事を繰り返して逃げようとする

しかし彼は最低でも数百万は越えているであろう損害賠償求めない空き地での野球禁止を訴えない

いつも家にいる彼はおそらくジャイアンリサイタル被害も受けているはずだが止めさせようとしない

小さい子を虐めているのを見たら竹刀を持って怒りに行く

しか空き地掃除も度々やっており、ドラえもん放置したどこでもドアなどの粗大ごみもノコギリで解体して片付けている、のび太達は彼のおかげでゴミのない空き地で遊べているのだ

神としか思えない慈悲深さだ、彼の名前漢字で書くと神成さんと言うらしい

2016-11-17

いじめ記憶

35歳になりいじめ記憶を辿るという、かなりどうでもいいことをなぜかしようと思ってしまった。そこまでハードいじめのではなかったのかもしれないがまぁ思い出してみよう

自分の中でいじめだったという認識があるのは保育園、小中?高の4時代中学はそこまででもないが順に辿ってみる



保育園

保育園はいじめっこが2人いた僕はジャイアンスネ夫見立てていたがさながら僕はのび太だった。

ジャイアンと僕は同じ女の子のことが好きだった。彼はいつも「女の子ちゃんは俺のモノだ」と言って誰も近寄らせようとはしなかった。多分、彼女も当時はまんざらでもなかったのだと思う。とてもうらやましかったのを覚えている。(これは嫉妬

保育園に通っている間は、ほぼその2人に毎日殴られ、泣かされて帰った。これは保育園ながら結構辛かった。ジャイアンスネ夫は僕とは違う小学校に入った。救われたと思った。



人間失格のくだりではないが同窓会などで保育園の時の話をすると、当時の僕を覚えている人がなぜかいない。存在感が薄かったのだ。写真にはよく写っているようで不思議がられる。



小学校

小学校は山側に住んでいる人と、谷側に住んでいる人にわけられた。小学校20人で1学年1クラスしかない小学校だったが、僕は山側に住んでいた。山側に帰るのは僕ともう1人だけ。残りの18人は谷側に帰る人達だった。おかげで、登下校時の話題に乗り遅れ、ブームに乗り遅れた。また、下校後に山側と谷側で遊ぶ交流もほぼなかったし、おまけに僕はピアノを習っていたため女のようだと言ってからかわれる日々だった。



そのうち成長してくるとクラスにはボス誕生した。もちろんボスは谷側の人であったため、しもべのような人を数人従えて必ず僕はのけ者にされた。ドッヂボール鬼ごっこサッカー・班決め。チームになるような何かの時には必ずヒエラルキー通りのチームわけになった。なので、勝ったためしがない。多数決では、彼の意見にみんなが賛成したのでかなり不条理な決定がまかり通っていた。先生もなぜか不条理なことを受け入れていた。



あるとき集団相撲というのが流行っていた。チームで分かれて全員をなぎ倒したら勝ちというルールで、特に土俵などは存在しない遊びだった。教室でやっていたらロッカーの角に頭をぶつけて頭から大流血した僕はすぐに病院に運ばれた。

手当をされて戻ると「あれ?生きてるの?」と言われた。後になってわかったが、僕が病院に行っている間に先生指導のもと、黙祷されていたようだった。今でも信じられない。



しかし、小6の頃革命が起こった。クラスリーダー格の女の子が隣の席になると一気に仲良くなった。

その女の子と仲良くなることで女子陣が味方につくようになった。無論、男子たちとは更に距離が開くことになったが、初めて友達ができた感じがして救われたのは間違いない。



中学校

中学校では走り出しは順調だった。新入生代表挨拶自分が読んだためだ。

(とはいえ、新入生代表挨拶は、小学校の時誰もやりたくないということで、ボスが僕を指名したために決まったものだった。誇れるものではない)



入学して3ヶ月頃までは普通だった。しかし、突然風向きが変わった。それまで仲の良かったと思っていた人達が僕を外し始めた。僕が小学校時代弱者であるという認識が広まったのかもしれなかった。そして、若干名の無視を受けていたものの、そこからいじめが発展したということは特になかったが、中学時代はそのくらいだったので、平穏無事に終わったと思ってもいいだろう



高校

高校も走り出し1ヶ月は順調だったが、クラス人間関係では最悪の高校生活だった。少しづ友達が増えてきたと思ったら1日にして孤立してしまった。

きっかけは、前の席に座っていた1人の男子だった。ある授業中、居眠りをするととても激怒する先生がいたのだが、彼は居眠りをしていたので、起きなさい的な意味で、冗談まじりに消しゴムカスを後ろからなげつけた。そんなに深い意味はなかった。起きて振り向いたが、殺すぞくらいのキレ方をされた。

そのことにおいては僕も悪かったのかもしれない。



それからだった。何日もしないうちにみんながよそよそしくなって、気付いたら完全に無視される状況が出来上がっていた。これは高校3年の夏くらいまで続いたので、2年半くらいだろうか。

初期の頃は本当に1日が長くて辛すぎた。特に辛かったのは修学旅行だ。3泊4日の沖縄は最悪の思い出だ。オール無視されながらの班行動。これはいじめ人生の山場だった。



高3の夏に何が起こったかというと簡単で、ターゲットが俺ではなくなっただけだった。そこで、そのターゲットハブるため、俺に声をかけてくるようになったのだ。しかし彼らと仲良くなろうなどという気も一切なく、うれしくもありがたくもなかった。新しくターゲットになった彼はとても辛そうにしていたが、僕の2年半にくらべたらどうってことないだろうと思ったし、そしてその2年半無視していた仲間がターゲットになったところで、どうでもよかった。

長年無視をくらって、それでも頑張ってくらしているととてもタフになる。もう全然1人でも楽しめるような自分が完成していた。暇さえあれば、写真を撮ったり、美術室で絵を描いたり、学校を抜けて映画館に行ったり、本を読んだりしていた。おかげでちょっと人とは違う感性高校生になっていたのだと思う。



そして、予備校大学と進んだがそこはなかなか良い友達ができた。



▼その後

23くらいの頃、高校同窓会が1度あったので参加してみた。既に俺のことを忘れてしまっている人もいたが、よく参加したものだと自分でも思うがまぁよい経験だろう

きっともう同窓会はないと思うが、あったらまた参加すると思う。おかげさまで強くなったし、自分感性が活きる仕事もついた。結婚もしたし、今はよい友達もたくさんいる。



こうやって記憶を辿るのはなぜか自分はわからないけど、今はとても幸せから、なんか見返せたような気がする。それを実感したくて書いたのかもしれない

2016-11-12

俺はかっこいい主人公が見たいんだよ!

なんか一話目でいきなりやる気がなくて人の目を気にしてて妙に後ろ向きでひねくれててあれでこれでそれで…

って主人公いるじゃん。青年誌に多いけど。

具体例あげるとガンツ主人公とかアイアムアヒーロー主人公とかあいつとかこいつとか。

古谷実はそれの王様みたいなやつでヒミズシガテラもほんと酷かった。



あのさ「現代リアル若者」みたいなの描いてるつもりかもしれないけど勘違いも甚だしいよ。

全てのキャラ受け手を魅了しなきゃ意味ないんだよ。

実際ガンツもアイアムアも古谷作品もその知名度とか売上に対してそれぞれの主人公(玄野、英雄住田荻野)が異様に人気ないんだよ。

玄野魅力的で好きだわ!なんて言ってる奴見たことねーぞ。悟空とか花道と比べてみれば差は歴然。

いや、もちろん少年誌青年誌キャラ設定の仕方に差異があるのは分かってるけどそれを踏まえた上でね。

お前らが描いてる主人公ってびっくりするぐらい魅力無いって分かってんのかね。

もうウジウジ系主人公やめてくれねーかな。

別にわかりやすヒーローキャラを求めてるわけじゃないし弱いキャラダメだって言ってるんでもねーぞ。

のび太泣き虫いじめられっ子キャラだけど人気あるよ。

あの人を不快にするキャラをメインに据えるって作者も編集も何考えてんのかね。



fujifavoric ウジウジ主人公を望まないのが読者の総意であるかのような言い草をやめろ。「俺は嫌い」「俺はストライクゾーンが狭い」そう言え。堂々と主語自分を据えろ。批評他者依拠するな。

タイトルのいっちばん最初で「俺は」って言ってんじゃん。馬鹿かこいつ。

じゃあもっかい言っとこう。視野の狭い俺は!ストライクゾーンが狭い俺は!他者じゃなくオ!レ!ハ!うじうじ君が嫌いです。

2016-10-22

宇多田アルバムを聴いて母が死んだら私は悲しんでいいのだと思えた

私は「母」がテーマになっている曲が苦手だった。

理由世間で言われる「母」という存在に対する感情共感できないから。


そんな私が宇多田のfantômeを聴いて、少し母と自分について書いてみたいと思った。


私の母は私が甘えることや泣くことを嫌った。

今でも「私のび太みたいなのが大嫌い」とドラえもんを見ている私に言っていたことを覚えている。

小さい頃の思い出に祖父母や父に甘えた記憶はあっても母に甘えた記憶がない。

その頃の母の記憶はさみしくて構ってほしくて泣いている私が常にセットだ。


あと母親は私が何をしても褒めてくれなかった。

成績が良くても、何かで賞をとっても。

彼女教育方針がそうだったのか。

純粋にそれ以上のことをやってきたであろう彼女にとって褒めるべきことではなかっただけのことなのか。

それとも身近で私そのものを観ていて、表向きなそういう評価意味を感じなかったのか。


そういう諸々のせいなのか多分母が死んでも私は泣かないんじゃないか、悲しまないんじゃないか、と考えてきた。

物語現実の中で見かける「母が死んで悲しむ」ということが頭では理解できても感情的理解できない。

ハンターハンター最初のほうで「恋人母親どっちを助ける?」みたいなクイズがあったけど、選択余地なんてない、どう考えても恋人一択

更に言うと、介護しなくて済むようにぽっくり逝ってくれたらありがたい、くらいに素で思っている。


かといって、私は母が嫌いなわけではない。むしろ好きだし尊敬している。

仕事ができて、若々しくて、快活で、勉強も怠らない、等々…

母の好きなところ、尊敬しているところを挙げればキリがない。


逆なことを書くようだけれど決して私に冷たかったわけでもなく、放任主義でどちらかと言えば甘かった。

私が選ぶことは基本的肯定してくれるし、途中必要があれば金銭面でも助けてくれた。

今でも年に一回くらい「今度そっち行くからご飯どう?」と連絡が来て二人で食事に行くくらいの仲でもある。


ただし、「母」として私は母を感じきれていない、とでも言えばいいのか。そんな感覚


こういうことを30を過ぎてからよく考えるようになったのは、私という人間の諸々が色々な経験を通して少しずつ見えてきたときに、

母という存在を抜きに考えることができなかったからだろうと思う。


まあ、アダルトチルドレンとかパーソナリティ障害とか私なりに調べてみて論理的に思うところは色々あるけど、ここでは省く。


そんな私が宇多田アルバムを聴いたとき、やはり最初彼女の歌う言葉には共感できず、サウンド面だけをとって「いいアルバムだなぁ」と思って聴いていた。

それが何度か聴いているうちに少しずつ変わってきた。


アルバムの中の母に対する愛を表現した歌詞のところで私は何とも言えない感情を持っていることに気づいた。

その感情を考えたとき、私がどうしても感じられなかった「母」という存在を少し感じられたように思えた。

それは多分、彼女の歌う「母」への愛が私にとって、純度の高い、人それぞれの「母」に対する想いの皮を捲っていった先にある「母」という存在理解させるものだったから。


私が、母が、お互いをどう感じ考えていようが、変わらないことがあって、それを30年以上生きてきてやっと素直に受け入れられた。

そう気づいて母の姿を思い浮かべると、私が踏み込み切れない何かがあることに気づく。

多分その先が「母」なのだろう。

その「母」は母自身の快活な笑顔が壁になっていて、どうしても私には踏み込むことができそうにない。


ただ、その笑顔が消えたとき、その壁も一緒に消えて、私は「母」に会えるように思えた。

そして、そのとき私は「母」を亡くしたことを悲しんでいいのだと思った。


でも、そのとき私は私側にある壁を自ら壊せるだろうか。

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