「のび太」を含む日記 RSS

はてなキーワード: のび太とは

2017-05-16

原因はのび太

長年の悩みがついに解決した。

これまで客商売営業しかしたことがないんだけど、オーナー上司邪魔者扱いされる。

成績は上げるし客先からクレームも来ていないのに、暴言を吐かれたり虐めまがいのことをされてきた。

昔、あるオーナー退職を告げた時「やきもちやいてた」と涙ながらに謝られて引き留められたことがある。

努力の結果に対して最低の仕打ちをしておきながら「やきもち」の一言で終わらせられてはたまったもんじゃない。

しかし何度もこういう目に合う自分にも何かの原因はあると思っているか理由が知りたかった。

そしてその状態現在進行形で、先日上司と言い合いになった。

その際の一言で、上司は驚くぐらい他人を見ていない人だとわかり、自分は見過ぎてしまうんだと気付いた。

家庭環境から相手の声色や顔色、空気を読むのが得意になった。それがその人達とはかけ離れていたんだ。

自分努力は全く理解されていなかった。

自己主張も上手くない、特に取り柄のない自分が成績を上げることは「のび太のくせに」と思われてたんだ。

すっきり。

2017-05-14

成長物語を履き違えている作り手と「さようならドラえもん

先日、とある話題作に触れる機会があった。主人公成長物語として感動的だとの触れ込みだった。しかし僕の感想は「なんだこれ?」の一言だった。

作品叩きがメインではないので名前は伏せておく。

いつごろの作品なのかも、漫画アニメ小説映画ゲームジャンルも明かさないでおく。

本題に入るが、なぜ僕が感動しなかったのかといえば主人公の変化の仕方にあった。

主人公日常生活に突如として変革が起こり、その局面を打開する形で成長していくという構造だ。

確かに作品内において主人公キャラは序盤とラストで大きく違っている。しかし僕には違和感が残った。

それは「主人公はそうしなければならなかっただけ」だからだ。

自分自身を見つめることなく、ただひたすら周囲に合わせていった結果、別な人間になったというだけの話だった。

異常な状況が今までの自分でいることを許さず、仕方なく変化する、気づかぬうちに昔の自分を捨てさることを成長とは言わない。

現実ではどうか知らないが、少なくとも作品において成長物語というジャンルとは呼べない。

僕は全て他人任せでボケーっとしている人間だが、戦争が始まったら多分積極的に周囲と連携して生きる道を模索する。

率先して様々な案を出す。ときにはリーダー役を買って出るかも知れない。

でもそんなの、雨が降れば傘をさす、寒くなればコートを着るというくらいに当然のことだ。

戦争を通して立派に成長したね」とは言えないだろう。

見捨てることもできる、逃げ出すこともできる、強い側につくこともできる、今の自分でいることもできる、

それでも自分自身の弱さを見つめ、問題に立ち向かっていくことの先に成長が待っているのではないだろうか。

さて、前述の作品と対比するように「さようならドラえもん」という話がある。

ドラえもんが帰るにあたってのび太が1人でジャイアンに立ち向かう話だ。

あの話の中で、のび太最後までドラえもんに頼ることができた。泣きつけばドラえもん何だかんだで助けてくれただろう。

いつものようにジャイアン撃退しチャンチャンで終わることのできた話だ。

しかし、のび太はそうはしなかった。ふとドラえもんのことが頭をよぎり

「けんかなら、ドラえもんぬきでやろう。」

「ぼくだけの力で、きみにかたないと……。ドラえもん安心して……。帰れないんだ!」

というセリフを発する。

のび太ジャイアンに泣かされてばかりの自分ドラえもんに頼りきってばかりの自分を乗り越え最後にこう言う。

「勝ったよ、ぼく。みたろ、ドラえもん。勝ったんだよ。ぼくひとりで。もう安心して帰れるだろ、ドラえもん

ボロボロ眼差しドラえもんへの思いで溢れていた。

今更僕が解説するのもはばかられるほどの大傑作だ。

成長を描く作り手は藤子先生の爪の垢を飲んで欲しいものである

2017-05-12

のび太ドラえもんが付き合っている夢を見た

夢の中でのび太ドラえもんに帰らなければいけないという。ドラえもんが帰るのではなく、のび太がどこかに帰るのだ。

ただ、そのとき、外はひどい土砂降りだった。彼らが暮らしている街の河川が氾濫し、様子を見に行ったドラえもんがその濁流に呑みこまれる。

あっ、と思う間もなかった。

のび太はまったくのためらいを見せなかった。恋人を助けるために自らも川に飛びこんだのだ。無謀で、けれど最高に男前だった(原作のび太は泳げたのだっけ)。映画のワンシーンのようだった。

なんやかんやでふたりは助かり、のび太ママは彼らにとりあえずお風呂に入りなさいと声をかける。帰るのはそれからでいいでしょうと。たしかふたりカフェオレのような泥水に身を投げたせいですっかり汚れていたし、その身体は芯から冷え切っていたのだと思う。

家庭用の狭い浴室だ。のび太が先に入り、ドラえもんが続く。彼らは並んで頭や身体を洗う。そのときのび太が股間をタオルで隠しており「一度寝た仲だと見られるのは恥ずかしいよ」というようなことを言ったので、わたしはここで初めて彼らが付き合っていたこと(というか肉体関係があったこと)を知った。

ドラえもん性器があるのかは知らないけれど、まあ、あの世界の21世紀であればなんだってあるのだろう。どこでもドアがあるのにドラえもん性器がないのはおかしい。

ドラえもんは笑いながら、それでもどこかに悲しみをはらんだ声で「僕がここから動かなかったら、のび太くん、帰れないよ」と言った。

「君をどかせばいいんだろ」

「僕はロボットから重いんだぞ」

ほんとうならのび太ドラえもんしか知り得なかった、彼らの恋と、その終わりを、まったくの部外者であるわたしが見てしまった。それはなんらかのルール違反だと思った。

きっと、ドラえもんは浴室を出るだろう。そうしてのび太くんを見送るはずだ。

…………

わたしゆっくり現実世界に戻ってきた。眠剤のせいであまりに寝起きが悪い。今のことをメモしておかなければと思ってタップしていたもの自分左手だった。ソシャゲの体力は思いきりもれていたし、なんだかもう、朝からどっと疲れてしまった。

あとから、そういえばハチクロを一気読みしたときもこんな気持ちになったっけ、と思い出した。それだけ。

(追記)

思ったより伸びていてびっくりした。他人の夢の話なんておもしろくもないだろうにありがとう

ドラえもん21世紀誕生しているものだと思っていました、ごめんなさい。この機会に知識アップデートしますね。

夢占い結果をブクマコメしてくださった方、わたし4月末で会社を辞め、今は無職の身なので、これからどうにかなるというよりは現在進行形で自堕落の極み乙女です。助けてよドラえも〜ん!

2017-05-01

【【【漫画アニメの影響というものはそんなに大きくない】】】

二次元は初勃起ドラえもんだった。

何巻か忘れたが、ドラえもんのび太ヒーロー物の番組を見ている中で、

ヒロイン?らしき女性悪の組織にとらわれベッドにしばりつけられたいた。

勃起した。


次はドラクエⅡだった。サマルトリアの王子呪い戦線離脱して、

ムーンブルク王女と二人きりになった時、

勃起した。


その次は少年アシベに出てくるペッペッペッ・ソーランアレマだ。

アシベのじいちゃんにクソババアと言われ泣いている姿を見て、

勃起した。


全て小学校2年生。


それから俺は今現在も様々な方で勃起している。

でも、それでも就職して結婚出来るのだから

漫画アニメの影響というものはそんなに大きくない。

2017-04-29

今度見に行く映画

美女パンティ

無限パンティ

ワイルドパンティー ICE BREAK

見に行かない映画

帝一のパンティ

名探偵コナン2017 から紅の恋歌からくれないのパンティー)

クレヨンしんちゃん2017 襲来!!宇宙人パンティ

パンツ

ひるなかのパンティ

パンテING

チア☆ダン ~女子高生チアダンスで全米制覇しちゃったホントパンティ

ドラえもん 2017 のび太南極チコパンティ

もう見たパンティ

バーニング・オーシャン

GHOST IN THE SHELL

パンティーが見えなかった映画

3月のパンティ

モアナ伝説パンティ

2017-04-26

ドラえもんお金のいらない世界』が差し迫る恐怖

ママに小遣いをせびって断られたのび太は、もしもボックスを使って「お金のいらない世界」を作る。

だが「お金のいらない世界」は、負債象徴となったお金他人押し付けあう世界だった。

"金なし"ほど余裕があり、"金持ち"ほど切迫しているのだ。

このままAI人間仕事を奪い、極端な効率化で生産を極限まで高めると、先進国から労働義務がなくなり、消費の義務けがまれるだろう。

その世界では、消費の義務であるお金が忌み嫌われることになる。

2017-04-11

[] #21-3「未来ガイド

「じゃあ、お前が未来から来たってのは分かった。信じよう」

「や、やっと信じてくれた……じゃあ本題だけど」

「でも、お前の話を全面的に信じるかはまた別の話だろう」

「えぇ……」

未来から来たことが事実であっても、そいつの語ること全てが事実保障なんて何一つない。現状確定しているのはお前が未来人だという点のみだ。お前の言うことが本当かどうかは、その都度判断するに決まってるだろ」

のび太なら信じるよ」

現実フィクション混同するんじゃない。あと、そいつ基準にするのもやめてくれないか

「……」

「お前が未来人だと確定しても、お前の話を信じない理由はいくらでもあるぞ。例えば、同じ時代からきた人間が2人いたとして、そいつらのする未来の話が食い違っていたら俺はどちらを信じればいい? 未来から来たこと自体事実でも、そいつらがする他の話まで事実である保障なんてどこにあるんだ?」

「それは……信じてもらうしか

「話が振り出しに戻ったな。だから『信じさせてみろ』って、さっきから何度も言ってるんだが」

俺が頑なにも見えるかもしれないが、考えてもみてくれ。

こいつが未来人だろうがなかろうが、不審人物である事実は揺らがない。

なんで、そんな奴の話を鵜呑みにしなければならないのだ。

ティーンエイジャーの俺ですら分かることである

「後さ、いきなり押しかけたことに対して何か言うべきことがあるだろ。更に庭までこんなにしやがって。礼節やコンプライアンスをわきまえろ。お前のいた未来ではそういったものがなくなっているのか? 仮になくなっていたとしても、信頼を得たければ郷に入っては郷に従うものだろう」

とうとう返すべき言葉がなくなったらしく、彼女は唸り始める。

すると突然、声を張り上げながら退散した。

「もういい! そっちに信じる気がないなら、いくら話をしたって無駄だ! あんたに未来を託したボクが愚かだったのだ!」

結局、未来人を自称するそいつはどこかへと行ってしまった。


俺も些か頑なであったかもしれないが、仕方が無い。

彼女は実は本当に未来人かもしれないし、そして言っていることも全て本当だったかもしれない。

その可能性が全くない、と断言するつもりはない。

まり“信じるかどうか”ということだ。

そして人は信じたいものしか信じない。

信じるかどうかは俺の問題だ。

だが信じさせたいならば、それは彼女がどうにかすべき問題なのだ

彼女は信頼を勝ち取るような人格者ではなかったし、何より説得力がなかった。

まあ、もしも俺が未来人だとして、彼女のような使命があるとしよう。

だったら、少なくともエイプリルフールの日にタイムスリップすることだけは避けようとするだろうな。

“信じる理由”が必要な時がある。

ましてや“信じない理由”があるのなら尚更だ。

(おわり)

2017-04-10

のび太道徳教科書問題で問われる「ダメさ」の解

日本サヨク的な「ダメさ」の解は「ダメだという世間空気否定である

これは二重に悪手。

まず第一に、世間空気などそうたやすく対抗できるものではない。

どんなにネットで勇ましく吠えてみたところで、

現実空気効果のある反撃はできず、せいぜいグチをこぼしてその場限りの溜飲を下げるだけにすぎない。

第二に、仮に万一どれだけ周囲が100%配慮をしてくれたとしても、

自分自身の心のなかにある自己否定的な感情解決されない限りは、

周囲の配慮すらも疑心暗鬼によって否定されることになろう。

あるべき「ダメさ」への解は「ダメ自分ダメさの受容」である

俺ってダメ人間だな、でもそれでも俺は生きていくぜ、という態度である

未熟で中途半端でも、そんな自分自分から仕方がないというある意味諦めの境地である

これができずにもがき苦しんでいる人間が多い。

2017-04-01

ドラえもんという異分子を受け入れる背景

関わるキーワードは「受容」「慣習化」「無批判」であり、特別な回を除いて否定肯定もなくそこにいるものとして扱われる。

民話化された異民族であればいざこざ部分は理不尽マジックとして描かれるのが慣例化している。

例えばブラウニーなどもその例といえる。

現代民話として考えると、ドラえもん異民族部族という背景を受け継いで描かれているように思える。

それ故ドラミセワシも時々姿を現す。しかしここで肝心なことが一点あり、彼らが「親戚である」ことだ。

2017-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20170315124404

あと、のび太くんがよくやる、滝のように涙を流して涙で水溜りができるやつと、ボコボコケンカをしてるときに砂埃が上がって中が見えなくて手とか顔だけ見えるやつ

2017-03-10

南極チコチ大冒険ドラえもん)を見てきた。相当良かったという話

現在公開している大長編ドラえもん映画のび太の南極カチコチ大冒険」を見てきた。

ディザーポスター・チラシの感じからかなり期待感をそそられるものであり、南極という場所からH.Pラヴクラフト著の「狂気山脈にて」が想像させられた。

ここのところ年甲斐もなくクトゥルフ神話に興味を持っている自分は、この時点でかなり期待をしており、あまり見ることのなくなったドラえもん映画を久しぶりに劇場へ見に行った。

この映画は確かにクトゥルフ神話彷彿とさせた。クトゥルフっぽい敵、南極、捜索のシーン、旧支配者の存在まで出てくるし、ニャルラトホテプ解釈できるキャラクターも出てくる。

特に私が気になったのは、若干ネタバレになるが、ゲストキャラセリフである。この話、はのび太が「かき氷無限に食べたい」という無理難題をいうところから始まるのだが、今回のゲストキャラかき氷という文化がない世界の人であり、そもそも氷をメインで食べるということをしないため、かき氷の話を興味深く聞くのだが、それに対する反応として「あなた達なんでも食べるのね」という反応を返すシーンである

クトゥルフ神話日本であまり怖がらない(普及しなかった)説の一つとして、ラヴクラフト海産物が嫌いだったところから着想されたクトゥルフは、海・深海にいる生物得体の知れない怖いものであるという認識から来る恐ろしさも面をもっているとされており、日本は生で海産物を食べる習慣があるからというものがある。このセリフはこのメタファーなのではないかと考えられるのである

ただ今回のドラえもんクトゥルフ的な映画だったよ、だけではなくこの映画は、オリジナルドラえもん映画としてもかなり良かった。過去大長編オマージュをくどくないぐらいに入っているし、音楽もとても良いものであった。またメインの5人の誰かが喋るときに不自然に止まっているわけでない振る舞いや、特に最後のシーンの綺麗さは、自分好みであるという点で、とても良かった。アドベンチャーの部分はハラハラさせ、またわかりやす伏線を回収していく気持ちよさも良かった。

クトゥルフありきで見に行ったが、ドラえもんオリジナル大長編として名に恥じない名作だった。かなりおすすめなので、できたら映画館で無理ならレンタル特番でも見てほしい。

2017-02-25

http://anond.hatelabo.jp/20170225035714

つーかドラえもんの主要登場人物は皆性格が悪い

のび太だけではなくジャイアンスネ夫しずかちゃんも皆性格悪すぎて

身近にいたら絶対友達になりたくないタイプ

出来杉だけは完璧超人だけど、彼はレギュラーじゃなくて大長編だと排除されてるし)

作品としては人気あるけど、個別キャラ人気はドラえもん以外は全くない、ってのも頷ける

キャラクターグッズなんかもドラえもん以外は描かれてないしね

あれだけ性格悪いキャラばかりなのに作品として人気がある、ってのはある意味凄い

今だったら企画段階で教育に悪いとか言われて止められてるだろうなあ

の子供向け作品キャラって悪役以外は概ね性格いい(やたらいい子ちゃん過ぎて違和感あるものも多い)し

結構本気でのび太が嫌いだ

子供が録画を何度も見るせいで目に付くのだが、しずかちゃんは僕のお嫁さんなんだぞ!って台詞キモい

あとしずかちゃん火傷を治してあげるから服を脱いでーとか、風呂乱入とかも無理だ。

今日ドラえもんではしずかちゃん出来杉と仲が良いのに僕のお嫁さんだぞと嫉妬して、しずかちゃん結婚出来ない時のためにガールフレンドを作ろうと文通を始めて、男だと返事もらえないかもとお嬢様キャラを演じてたけど写真要求されて風呂場にしずかちゃん写真を撮らせてーと乱入して、風呂写真なんて使えないとしずかちゃんに怒りカメラを忘れて帰り、文通相手に手持ちのしずかちゃんの写真を送ったら文通相手が家に来ると言い出して…みたいな話でつくづく嫌いだなぁと思った。

2017-02-23

優しい人であるって?

これまでの人生、優しさというものに疑問を感じずに生きて来た。

自分のび太ADHDというのもあり、いじめられたり、無視されたり、また一度自分と遊ぶ約束をしても、友達が別の子に誘われたらあっさり断られるような存在だった。

当時は自分はどうしていつもこういうポジションなのか、悩んだ。

自分に原因があるのかもと思って、ちゃんとしている子のしていることを見ては、ああしてみたらこうしてみたらと試行錯誤もした。

でも、大人になりADHDと分かり、その特性を知れば知るほど、自分がそういうポジションだった理由がわかった。

今でもいじめではないものの、仲良くしていたはずが、あっさり縁が切れることがあったりする。

自分の取り柄といえば、優しいことだと思っていた。

相手気持ち立場に立って、自分だったらと考え、相手気持ち理解するように努めたり、

自分ADHDからこそ、ちょっと変だと思うことも、相手特性やいろんな環境の違いなども考え、尊重するように努めたりして来た。

友人が困っていたら、話を聞いたり、手を差し伸べたり、そうやって人と人は優しさでしか繋がれないと思って生きて来た。

優しい=いいこと

優しくない=よくないこと

という子供の頃に教えられた、人に優しくしなさいという当たり前の教えを、疑いもぜずに生きて来た。

自分がされて来たことを振り返ると、優しくない人は多いけれど、

それは優しくない側がよくない行為をしたということであって、

優しい人間でありたい、優しいのは良いこと、長所という考え方で当たり前だと思っていた。

しかし、最近になってふと思った。

世の中の優しさというものは、自分メリットがある場合しか使わないのではないか

例えば、誰かに優しくして、その優しさが自分にとって得になる場合は優しくするが、

優しくしたところで、自分にとって得がない場合は、優しくしない方を選ぶのではないか?と。

そう考えると、無視なども、自分にとって得しない相手に対しては邪険に扱っても良く、

自分メリットがある人間に対して、優しさを使って、もっと得をしよう、という考え方なのではないかと。

そうなると、社会的弱者障害者発達障害者など)に対して優しくしてもメリットなどはなく、

現在そういった社会的弱者に優しくする人は、いわゆる建前上実施している社会福祉による収入の得られる者のみであって、

無償で、優しくするのが良いという理由だけでそういったメリットのない相手に対して理解し助けるといった優しさは机上の空論なのではないか

正直者は馬鹿をみる、とか

優しい人間は損をする、というようなものがこの世の本質であり、

人々が多様性を認め、尊重し合うことを良しとするような考え方は所詮理想論であって、不可能ものではないのか?

「人に優しくしよう」

大人子供にそう教えるが、なぜメリットもないのにそんなことを言うのか。

事実、他の子おもちゃを奪う、自分のしたいようにやる子の方が生きやすく、得をする社会であって、

本音ではそれをわかっていながら建前上、一応そういった声かけをしているだけ、と言うことなのだろうか。

もし、メリットのない優しさなど損で不利なものであるとするなら、

自分も得にならない優しさなど捨て去るべきなのだろうか。

相互関係ではない、一方的な優しさだけを持って、

世の中の優しさには期待せずに生きるというのはあまりにも過酷すぎる。

ソクラテスは言った。

人は道徳的でない行いをしている時、実は内心傷ついていると。

メリットのない優しさを切り捨てることは道徳ではない行為ではないのだろうか。

そういう優しさを行使しない分、税金を納めて社会的弱者を守る福祉事業支援しているのだから良いということなのだろうか。

長年信じて来た、優しさというものを捨て去ったら、

自分は一体、何を心の活力として生きていけば良いのだろう。

2017-02-07

さっきドラえもんの夢を見た

しずかちゃん非処女だということを突き止めたのび太しかも頻繁に誰かと情事に耽っているという。

ドラえもんにそのことを相談したのび太は、ドラえもんから一錠飲めば寝なくても済むひみつ道具を貰った。

そのひみつ道具の力を借り、のび太は一晩中物陰から双眼鏡を使いしずかちゃんの部屋を覗くことになる。

しかし午前3時ごろ、突然のび太は寝入ってしまう。のび太が再び目覚めたのは朝だった。

実はしずかちゃんセフレドラえもんで、毎晩のようにドラえもん情事に耽っていたのだった。

そのことをのび太に露呈することを恐れたドラえもんは、のび太が寝る直前のタイミングで一錠飲めばすぐ眠れる効果を持つひみつ道具を飲ませた。

その結果、のび太ドラえもんしずかちゃんの肉体関係に気づくこともなかった…

 

酷い夢だなこれ

2017-01-29

部屋にポスターを貼る人と貼らない人の違い

テレビ一般人の部屋が映るとき、たまにポスターが見えることがある。アニメだったりアイドルだったり、あるいはカレンダーを兼ねてのものかもしれない。ラッセンみたいなのもあったかも。

そんなのを見るたびに私は不思議ものに触れた気分になる。生家にもパートナーにもそんな文化がなかったから。

あの文化はどこから来たのか。

ドラえもんに、スネ夫コレクションをうらやましがるあまり自分ポスターを作るのび太の話があったけれど、ポスターを貼るブームなんてほんとにあったの? と思ってしまう。

2017-01-22

アマゾンビデオでだらだら流し見してたもの感想

初めは洋画とかサブモニタで流してたりしてんだけど銃声がうるさかったり、ご飯食べてるとき宇宙人がはじけ飛んだりして萎えたのでアニメにしてみた。

スクライド

馬鹿みたいな殴り合いはとても良い。OPが良い。見たの何回目か分からないけど楽しい

金色ガッシュ

もうあんまり覚えてないけど漫画版をだいたい読んでて、キレて凄んでる絵とか好きだったんだけど、アニメで何か軽く感じちゃってちょっとな、と思ったり。まぁそれはそれで慣れたら楽しかった。

終盤で声が変わってびっくりした。風邪引いたとか別のキャラが喋ってるんじゃないかとか思ったけど調べたら体調不良?で声優さん変わってたのか。あとは、話数も多いのでOPED結構な数見てるんだけど、1つ以外はあんまり印象に残らなかった。

ドラえもん

エピソード集見たり、映画を新しい方から順番に見てる。

実際ドラえもんが一番面白いアニメなんじゃないかしら。映画見てると、よし冒険したいから100km手前から歩こう、とか「まるでSFみたいだ」なんてセリフがあって笑う。

ドラミちゃんとのび太ママの声が何かなーと聞くたびに思ってしまう。嫌いではないけど…

あと、声変わってからのび太射撃うまい設定がほとんど使われてない感あった。

ただ、昔の方がいいのかというとそうでもなく、昔の作品では今見ると結構クズすぎてちょっとどうなのって思う展開やシーンがある。新版ではその辺マイルドになってて時代かなと思ったり。

緑の巨人伝は絵はいいけど話がよくわかんねぇなと思った。環境問題が話の入りに使われるのはドラえもん映画ではよくあるけどそれでもなあ。

後は、新しいドラえもんのほっぺた赤いのはやりすぎ感があって好きじゃない。

カウボーイビバップ

そういえばBGMだけ知ってて本編見たこと無かった。こんなどこにも行かない話だったんだなと。

パプリカ

きもい。夢の話ってこんな感じのが多いような。でもなんか良かった。

気分転換スパイもの洋画を見たり。007とかMIシリーズとか。

まとめて何作か見たんだけど主人公の身内の組織裏切り者多すぎだろって思ってしまう。そりゃまぁ倒されるべき大きな闇組織があって摘発されてないとか尻尾も捕まれてないって状況は裏切り者がいないと成立しにくいのかも知れないけど。

海を感じる時

ラストが綺麗だった。が、脱ぎっぷりがいいだけで画面が暗いし何喋ってるか分かんないし何だこれ。

潜入!スパイカメラペンギン 極限の親子愛

良かった。演出とかも薄いしずっと見てられそう。

鉄腕バーディー 1

懐かしい。原作とは違う展開だったっけ。これはこれでいい。

恋愛ラボ

三者三葉

未確認

2016-12-15

物語において主人公苦痛を与える意味

物語とは人が様々な場面で決断し行動する模様を描写したものである

ピタゴラスイッチの実況は物語ではない。

はてさて、物語における主人公はなぜ苦痛を受けなければならないか

のび太テストで点が取れないし、ジャイアンマウンティングされてるし、しずちゃんに良いところ見せられないし。

アンパンマンでさえ自分の顔を削って人助けをしなければならない。

ハワイの浜辺で熟睡しているジジイ描写したところでそれは物語にならない。

な ぜ か

それは日常におけるストレスや困難の縮図をそこに見出しいるかである

そしてその苦痛を乗り越える姿に明日を生きる希望見出しているのだ。

ジャイアンを倒すにはドラえもんの道具を借りればいい。

ジャムおじさんパンを焼かせてしょくぱんまん配達させればいい。

じゃあ自分人生ならばどうか。

ドラえもんアンパンマンも居ないこの世界で、ジャイアンばいきんまんをまとめて制圧するミッションをどう制するか。

私は今日かめはめ破を撃つ練習に余念が無い。

2016-12-14

「ドラえも~ん!パンティーが見たいよう!!」

しょうがないなあ、のび太くんは。」

テレレレッテレー「パンティー」

2016-12-09

現代ドラえもん100組があったとして。

しずかちゃんは、80人は出木杉と付き合うやろうな。15人はジャイアン、5人はスネ夫か?

で、25歳くらいで、スネ夫結婚するのが、30人、出木杉結婚が40人、ジャイアント結婚が20人、のび太結婚が10人くらいか

  

のび太は、50人くらいはキモオタになって二次元アイドルにハマって一生彼女いないパターンか。30人くらいが、無難就職先でジャイ子結婚しそう。10人が大学デビュー成功してヤリチン化してしずかちゃん結婚。10人は星野源みたいになってサブカルのどうしようもない女とドキュン生活しそう。

  

出木杉は90人がエリートヤリチンになりそう。10人は真面目系イケメン

  

スネ夫ジャイアン典型的金持ちの子ドキュンになりそう。

2016-11-27

のび太になるのとカツオになるの

どっちが良い?

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん