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2016-09-29

うわぁ こわいなぁ

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.ncc.go.jp/jp/information/20160928.html

ここでのコメントを見ていたら

そりゃぁ 相模原市障害者福祉施設殺傷事件植松容疑者

人工透析患者なんて全員実費負担、無理ならそのまま殺せ!の長谷川豊氏みたいな人が出て来るはずだと納得したよ

こわいなぁ

タバコの次はなんなんだろう

なぜ車などに対しても同じような非難が起きないのだろう

他にもいろいろあるのだろうけれど

毎年何万人も自殺者が出るのもわかる気がする

2016-09-28

記事俺じゃ無いけど論破喫茶必要

本当に中二病脱してない障害者が居る(笑)

http://anond.hatelabo.jp/20160928121825

3歳で障碍児になったら、それはどうするべき?

20歳なら?

結局、何歳であっても障害者になったら、誰も得しないから殺すべきですよね。

障害者とわかったら生まれてすぐ殺すべき

誰も得しないだろ。

誰も幸せにならないとは言わない。

ハードモードゲームクリアしたら達成感あるよな。幸せかもしれないな。

でも、わざわざそんな苦労する必要あるのか?

http://anond.hatelabo.jp/20160928005843

コスパ悪い人を殺したい」じゃなくて「オレの足を引っ張るな!」じゃないかな。

「オレの世界に足手まといは要らない≒オレのリソース無駄遣いするな」って言う、ケチの発想。

愚行権に行くんじゃなくて、自己責任論に行く人って、

「オレの払った税金無駄に使いやがって」みたいな発想の延長に有る気がしてる。

生存権努力義務を課すと、どういう社会になるか深く考えてないとか、そのレベルの話でもなく)



から、その手の人が弱ったときサポートを受けるのは、今まで払ってきた税金等を考えればアタリマエで、

その手の人は「自分の払ったカネで、(その人から見て)自業自得な連中に、カネを渡すのは無駄遣いだ」と思ってる。

まれながらの障害者安楽死させたほうが世の中のためとか、

ボケちゃった老人を生かしておくのは双方のためにならないとか、

そういうのコスパって言うよりは、「オレのカネを無駄に使いやがって」って発想からきてると思うんだよね。

(正確に言えば、そういう「オレのリソース無駄に使うな」というケチさが、コスパ発想に繋がる)



これって、無い袖は振れないか選択すべきとか、底辺層を養ったほうが治安維持有効とか、そういうのとは違うと思うんだよね。

賢い人も愚かな人も、弱い人も強い人も、担税力のある人もない人も、全員で集まって集団として生きていこうっていう発想からの逸脱だと思う。

まあ、個人主義の行き着く先と言うか。

寄付文化の無い国で育った発想と言うか。

国家国家であるために、国民に対して社会権生存権)を責任として明記しているけど、それはオレの知ったこっちゃないっていうそう言うケチの発想。

払える人が払うべきって、担税力の話とかすると真っ赤になったりするから、そういう税金の話で相手立ち位置測ると判りやすいんじゃないかな。

2016-09-27

透析患者になりたい

意外といい生活かもしれん

障害者年金もらえるし、週3回4時間ぼーっとする時間があって、そこは本とか読む時間にあてられそう

仕事自分の命の問題からその日は強制的に切り上げられるし、徹夜だってもってのほかだし


なんだったら日本は重労働者以外は全員透析患者になったほうがうまくまわるんじゃないか

婚活中です。兄弟障碍者です。結婚できません

途中まで上手く行っていても、話すと断られました。相手の親御さんに反対された事もありました。

もし結婚できたとしても、子供は産むなと言われてしまうかもしれませんし隠し続けてもバレたら離婚になりそうです。

勿論、障害者きょうだいでも結婚できている人も世の中にいますので、それだけが原因と言うつもりはありません。でも、そうでない人よりも不利になるのは確かではないかと…。

私自身の性格や色んな点にも問題はあると思います。でもそれだってきょうだいである事が人格形成に関わっている可能性はあり、一体何処まで私個人の原因なのか。

とにかく、「障害者が身内にいる相手とは結婚したくない」という社会通念があるにも関わらず、

結婚したくともできない独身女性について語られる時、それが結婚できない理由として上げられるのは見掛けないのは何故でしょう。

ネットでも婚活関連の記事は沢山見掛けますが、家族障害に触れられているのを見た事がありません。

辛いですが、家族障害者がいる女性とは結婚したくない事自体個人自由だと思いますしかしそういった現象がまるで存在しないかのように、話題にならないのは納得がいきません。

家族障害者がいる人とは結婚しないという不文律があるのに、少子化や未婚率について語られる際にはその問題無視されるというのが不思議に思います

家族障害者がいるので子供を産まないという人も数多くいると思われるのに、それについても語られません。高齢出産によるダウン症可能性が語られる事はあっても。少子化を語るならこの問題にも触れて欲しいです。

相模原施設での事件24時間テレビなどで障害者差別について語られるようになったのに、障害者個人人生について語られることは多くとも家族障害者がいる人の苦悩はあまりにも考慮されていないと思います


その他にも家族借金宗教問題など、ある年齢以上になっても結婚できない理由は本人以外にも色々あると思うのですが婚活について語られる時には何の問題もない家庭で当人だけに原因があるかのように語れるのでとても違和感があります

「今いる子供たちのために、これからの子供たちのために産まなきゃいけないんだ!」ってことは、障害者を産んだら・・・おそろしいおそろしい。

http://anond.hatelabo.jp/20160927071136

こういうブコメを読めてよかった。

こういう親がいる間は子供を持ってはいけない。

子供のうちから経済論理評価されそれに耐えられない子供は死ななければならないというのが彼らの本心なのだから

http://anond.hatelabo.jp/20160927184737

北欧は老人、要介護者、障害者への安楽死ガンガン勧め、子供手当教育費が日本の5倍だから

ベビーシッターの値段も補助で1/10

産み捨てで女も働ける

頭良いわ



日本生活保護では無く安楽死を進めるべき

うつ病障害者、老人はガッツリ消えてもらい、未来有る人間に金を使うべき

障がい者犯罪

煽りとかじゃなくて本当に知りたくて質問するのだけど

知的障害とか精神障害がある人が犯罪を犯した場合、罪が軽くなったりしてるじゃん?

そうするとすぐに「権利と義務はセットだ。罪を犯しても罰せられないのならば(罪を犯す機会のある)通常の生活制限するべき!」という意見が出てくる。

それに対しては「知的精神障害者犯罪率は一般人と比べて高くない。障がい者からと言って一律に生活制限するのは不適切」という回答がある。

ここまでは理解共感もできる。

でも一度犯罪を犯し、障害者からという理由で刑を減免された人が普通暮らしに戻ることはどうにも納得ができない。

一般人と同様の日常生活を送るのならば罪を犯した際の罰も同様に受けるべきだし、刑(義務)を減免されるならやはり権利も減らされるべきなのではないかと思うのだが…

ということで知りたいのは

1) 精神障害などで刑を減じられた人はその後は元通り普通生活に戻っているのか?(刑務所ではないにしろ隔離された病院とかに入る?)

2) 普通生活に戻る場合、どういう根拠でそうなるの?(「一般人における○○と同じ考え方」とか)

障害についても刑法裁判についてもシロウトなので用語の間違え等はご容赦いただけると幸いです。

須田慎一郎氏の講演会メモ。今のアベノミクスは「質より量」だそう。

須田慎一郎氏の講演会があって聞いてきたんだけど、いやあすごかったわ。プロはやっぱりすごい。

ツイートはするな言われたけど(もちろん冗談だと思うが)増田ならいいよね?国会にも出てるし。そこでプロはすごいと思った2点を話す。

政経の専門ジャーナリストすごい

自分政治経済にはそれなりに興味をもって接しているから、いろいろな経済の動向を知っているつもりでキーワードは抑えていたんだけど、ぼんやり認識していた部分をここまで分かりやすく端的に表すのは流石プロだわ。年間100本こなすらしいから、当然といえば当然だが。

納得したところ

と言うことであった。

正直、アベノミクスが第二弾になって、そういえば失敗失敗と言われている「トリクルダウン」が確かになくなった。その後、経済対策はばらまき系になった、と認識していたのだが、須田氏の見立てでは、新しいアベノミクス本質は、一般に、と言うか、少なくとも自分がは福祉政策だと考えていた一億総活躍社会の方にあると言う。

一人当たりの給与は伸びない。トリクルダウンが起きないのなら、そういった「質」の向上よりも「量」として、世帯収入を伸ばそうとしていると言う。

なるほどな、と思った。これは安倍首相が再三唱えてきた「イエ」を重視する姿勢にも沿っているし、なるほど分かりやすく腑に落ちる分析に思う。

今までぼんやりと考えていたことが、ひとまとめに繋がって腑に落ちた感じで、流石政経専門家だと思った。

これが政策として良いかというと色々と議論は有り、突っ込みどころとしては

などがあるが、これはこの日記本質じゃないのでとりあえず置いておきます

ヤクザ専門家じゃないんですね(途中でご本人もネタにしてたので)

時事問題講演会プロすごい

年間100件以上の後援会をこなすという須田なのだが、一番最初に掴みからはいって、枕の「やわらかい」話から始まる。

そこで、楽屋裏のような話や、親友と言う他のジャーナリストの方、さらにはこの金がなさそうな講演会のギャラまでネタにして、上手いこと話を混ぜていく。さらに受講者の年齢層や、反応などを見ながら話を組み立てて言っているらしい。

落語のつかみみたいな。

一応原稿っぽい話が入ったクリアファイルを持っているのだが、それを広げた形跡がない。パワーポイントなども使わない。ただ、前に立って喋るだけ。これは講談師落語家に通じるモノがある。トリクルダウン説明をするときちょっとだけ水を飲んで見せた以外、途中で水分の補給もせず、90分喋りっぱなし。

眠くなって眠っちゃうひとがでる、と言う講演会あるあるや、会場の人たちをちょっとずついじる姿なども、漫談家というか私はちょっと綾小路きみまろ氏みたいなプロ司会を思い浮かべた。

もちろん、内容は先ほど書き出してみて気づいたのだが、結構堅い話なのだ。きちんとガチ経済の話。それを引き込ませて、満足度の高い内容をやるというのは流石プロという感じである

また立ち振る舞いもなれたもの。100件もやってりゃそりゃもう、と言えばその通りなのだが、実った稲穂ほど頭を垂れるとはよくいったっもので、きちんと周りに配慮をしており、いすを引いてくれた係の一にちょっと挨拶をしたり、公演の最後には深々と頭を下げて回る様子なども、印象に残る。

そして講演が終わったら、のこって妙なことにならないようにさっと退くなども見事だった。

また、正直それほど大きな影響力のある寄り合いでは無かったし、おそらくギャラなどはネタになるぐらい安い(と言うか、半公的機関みたいな団体なのでめっちゃ安いはず。はてな話題になったら総叩きになるぐらい安いはず)のに、きちんと最後交流会まで出席していくのである

いやあ、そもそも顔が怖いひとだから、ひとよりきちんと丁寧に礼節を尽くしてこないと誤解される感じだったのかなとか余計な事まで思った。俺もそう言う感じなので見習いたいと思う。

結論

プロってしゅごい。

実は予習で須田氏の本を買って読んだのだが、おそらく客層で変えてきたのでずいぶん印象が違い、「需要に応える講演」って自称されていたけど流石だと思った。

惜しむべくは、自分はすでに電子書籍派であったため、買った本は裁断して自炊してリサイクルしてしまっており、サインをもらい損ねたことだ。つうか交流会出るとか思わなかった。こういうひとさっさと帰るイメージがあったのに。こんなことなら2冊買ってサインもらえばよかった。

2016-09-26

感動ポルノハイドラマロードラマ・試論

ポルノポルノたる所以は、女性の複雑な主体性無視して、その劇中での人格を観客である男性性的興奮を刺激することのみに隷属させることにある。


で、24時間テレビ〜バラバラ近辺で知られるようになった感動ポルノもまた同様に、障害者の複雑な主体性無視して、その番組中の人格を観客である健常者の感動を呼び起こすことにのみ隷属させることを指している。


食欲ポルノ(?)もまた、料理本来の複雑なありようを無視して、その映されかたを視聴者の食欲を刺激することにのみ隷属させることを言う。つまり本来不要クリームなりチーズなりが、本来不要なほどに熱せられて溶けしたたっていた方が美味しそうなのであればそう見せる、ということだ。


からポルノか否かの違いは、岡田斗司夫が言うように安直であるかどうかと言ってもいいのだが、同時に彼が言っている「感動させようとしているかどうか」にはない。


そんなの、誰だって感動させようとはしている。


ただ、感動させようとするときに、時に失われそうになる題材の複雑なありように気づけるかどうか、気づいた上でそれを尊重するかどうかにこそ、ポルノか否かの分かれ目はある。


クライマックスいかにもなBGMを流すことを岡田安直否定するが、話はそう単純ではない、


例えば対位法はいかにもハイドラマ雰囲気を出す手法と言えるが、何故そうかといえば、例えば残酷なシーンであればそれが持つ複雑さの中にある悲しさや可笑しさをBGMに担わせれば対象の複雑さの一端が担保されるからである


しかし、本当の現実に寄り添えば、そもそもBGMなんて流れないわけで、何かしら音楽を流した時点で対象の複雑さを毀損してるとも言える。


それでも、繰り返しになるが何かしらの芸術的作品を作るからには誰だって受け手に感動してほしいと思っている。ただ世界の複雑なありようが描かれていればそれが正義だ、と言うことでもない。


なるべく複雑さを保ったまま、感動に向けて受け手誘導したいというのがすべての作り手の想いだ。


からポルノか否かの分かれ目は作り手の意図にあると同時に受け手の読解力にもある。


複雑さが捨象されていることに鈍感であれば何でも(ターミネーターでも)ハイドラマに思えるだろう。


あるいは逆に、一般にはベタでも、敢えてそこに身を委ねる可笑しさや悲しさや、果ては残酷さなどをそこに込めることで、ベタハイドラマを超える感動を生むことができる。逆か。感動を得ることができる。


こういった考え方の不健康なところは、何かの作品に感動することが馬鹿であることの証明になりかねないことだ。


これが行き過ぎて、本来感動的な目の前の現実にすら懐疑的になってしまっては本当の病気と言えよう。

2016-09-25

余裕がない人間他人に厳しくなる

障害者が殺された事件。、「使えない人間はいらないのかと背筋が凍った」とか生きる権利がどうのと話す人がいる。使えない人間はいらない、障害者に対してだけじゃなくみんなそれは思ってるでしょ。カス死ねって。カス死ねという思いは誰に対しても平等。だからなぜ障害者に対してだけはダメなのか

聲の形」は感動ポルノのその後を描いた物語

自分聴覚障害者感動ポルノを描いてくれと言われたらこういう作品を描くと思う



主人公男の子クラスのガキ大将

ヒロインは耳の不自由女の子

ある日、主人公の通う学校ヒロインが転校し、そこから物語は始まる



主人公は耳の不自由ヒロインに対し好奇心からイジメを行う

ある者はそれに加担し、ある者は見て見ぬふりをする



しかしそのイジメエスカレートし過ぎた結果、大人の介入を招き、主人公は一人全ての罪を背負わされる

ヒロインへのイジメはその後も続くが、主人公クラスで完全に孤立する



仲の良かった友達に殴られ、上靴を隠され、イジメる側から一転、イジメられる側になった主人公

ある日、朝早く登校してみると、いそいそと自分自身の机への落書きを消しているヒロインを目撃する



やられるばかりでやり返すことのない、そんなヒロインを見て内心馬鹿にする主人公

自分はそんな事はないとばかりに、クラスメイトが上靴を隠す現場をおさえ殴り掛かる



しかし、あえなく返り討ちにあってしま

ズタボロになって横たわる主人公、ふとそこへあらわれるヒロイン

そっと主人公の元へ歩み寄り、笑顔で手を差し伸べる



「親切ぶるな!言いたいことがあるなら言えよっ!」

差し伸べられた手、それを拒否した主人公は叫ぶ



一ヶ月後ヒロインは転校する



明くる日の朝、机をみて主人公は気付く

あの日の朝、いやこれまでずっと、ヒロイン必死落書きを消していたのは彼女の机ではなかった、自分の机だったのだ……と



自分の愚かさに気付いた主人公

しかヒロインはもういない

行き場のない気持ちを抱えたまま、一月、一年と時はたち、主人公は次第に自分の殻へとこもっていく



友人もなく、楽しいことも、したいことも、自分にはただの一つも生きている意味がない

死のう……

いつしか主人公自殺を考えるようになっていた



死ぬ前に何がしたい?

そうだ、あの女の子に会いたい……

会って……俺は――



そして、ヒロイン行方が分かった日

主人公は全ての身支度を整えヒロインに会いに行く



そこへ近づくにつれ、鼓動が高鳴る、トクントクンと

そんな自分に動揺しながらも、一歩、また一歩主人公は歩を進める

そして――



髪は少し伸びてる

身長も、いや、でも俺の方が高い

服は?制服

良かった、学校に行ってるんだ

何か言わないと、何か……

そうだ……一体、俺は……何を――



ずっと望んでいたこと、しかし心の揺らぎを止められない主人公

成長したヒロイン、昔とは何もかもが違う

でも……

ただ一つ、かわらないもの……

そこにはあの頃と同じよう、ただ静かに、そしてやさしく微笑みを湛える笑顔があった……




「ともだちに……なれるか?」



主人公の口から出た言葉と憶えたての手話

はっと驚き頬を赤らめるヒロイン

その右手主人公の手のひらをぐっと握っていた





この物語にはヒロインの心の変化は必要ない

心の内側を描く必要もない

ヒロインはただ一人孤独に頑張り、ただひたすらに耐え、ただひたすらに優しく、最後主人公を受け入れるだけの人形で良い

なぜなら感動ポルノから



聴覚障害物語ギミックだ、主人公イジメ動機となる

そして障害というハンデを背負うヒロインが頑張る姿は読者の涙を誘う



障害者人格無視して、天使のように扱い、都合の良い部分だけを切り抜き

健常者が成長するための道具としてのみ使う



これが感動ポルノだと思う



ところで

聲の形感動ポルノ

ヒロインイジメたことで孤立した主人公が成長した後、ヒロインと再会し救われる、そして恋に落ちる

こんなもの感動ポルノしかない」

こういう声がある



しかしそれは違うと思う

聲の形はここで物語が終わるのではない

ここから物語が始まるのだ



殆どの人はわかっていると思うが上述した物語聲の形の導入部だ

確かにここで物語が終わればそれは感動ポルノだと思う

しか聲の形という物語はこの出会い、再会の部分から始まるのだ



そしてその後、感動ポルノでは決して描かれることはないであろうヒロイン内面、その葛藤

決して天使はいえないようなどす黒い部分、それらが主人公含めその他の登場人物と共に描き出される



主人公は確かにいじめっ子ではあるがいじめられっ子でもある

ヒロインは静かでやさしいだけの天使ではない、他人迷惑をかけ、沢山の間違いを犯す

主人公ヒロインに救われるが、同時にまたヒロイン主人公に救われる

聲の形で描かれる主人公ヒロインは分かりやす勧善懲悪のような関係ではない

脇を固める登場人物達についても同じだ



ただ、聲の形で描き出されるキャラクターはみな、はっきりいって変人ばかりだ

美しい物語ありがちな聖人はまったく出てこない

から聲の形が嫌いだ、物語が気に入らない、そういう声があるのは仕方がないだろう



しか感動ポルノではないと思う



聲の形本来ならば幕が閉じる、美しい物語の終わりから始まる



聲の形」は感動ポルノのその後を描いた物語だと思う

聲の形」見たのでおすすめする

はじめに

公式の書き方や、巷で燃えてる情報だとどんなところが魅力なのか分かりづらいなと思ったので

見るかどうか迷ってる人に向けて

どういうところが面白かったかなど書きます

 

ある程度あらすじを書かないと正直何も言えないので

導入部分だけネタバレします(いじめあたり)

 

もちろん大事な部分はネタバレしませんが

情報ゼロで見たい人は読まないようにしてください

 

ちなみに原作は読んでいません、あと私はおっさんです

  

全体的な感想ネタバレ無し)

正直予想を遥かに超える良い作品でした

Key作品を手掛けていたときのような京アニ彷彿とさせます

キャラの繊細な心理描写が、鼻に付かない程度に上手く表現されていて

一冊の小説を読んだかのような読了感を覚えました

 

テーマも非常に面白いです

一般的物語というのは人と人の関係によって生じるものが多いですが

この作品は「いじめっ子いじめられっ子障害者)」です

このような加害者被害者という関係性の作品は無いこともないですが、ここまで真正から

アプローチして面白くできていることに驚きました

まるで新しい味のラーメンを食べたときのような、「なんだこれ、旨いな」感がありました

 

原作シナリオ大分改良を重ねられているらしく、映画もできすぎているくらいによくできています

特に登場人物の心の変遷が面白いです

 

おすすめできる視聴者層ネタバレ無し)

この話は、もし小説だったなら学校図書室に置いてありそうな話です

なので、老若男女問わずおすすめできると思います

 

もちろん、もっとハチャメチャな展開を希望する人にはおすすめできませんし

小学生には難しいかもしれません

 

導入部分のあらすじ(ネタバレ

物語主人公石田将也が自殺を図る意味深なシーンからまり

そもそもなぜそうなったか小学校時代に遡ります

 

石田は小6の頃、元々粗暴なガキ大将タイプ少年でした。

どのクラスにも一人はいるような悪ガキですが、割りとクラスに溶け込んでいました。

 

そのクラス聴覚障害者西宮硝子が転校してきます

障害を持った児童普通学級に入ることはままありますが、様々な要因により、このクラスではうまく行きませんでした。

やる気のない教師。陰口を叩く女子。やがてそれはエスカレートしていき、明確にいじめに発展していきます

 

石田も、何を考えているかからないような彼女に対して「気持ち悪い」と思うようになり

途中からはいじめ筆頭として直接手を下すような存在となっていきました。

 

しかし、補聴器を何個も紛失させるなど度が過ぎたため、ほどなくしていじめがバレます

そしてクラスメイトはその罪を全て石田に負わせました。

それどころか、今度は仲の良かったクラスメイト石田いじめターゲットとするようになります

 

母親にもバレ、大金を弁償するという苦い思いをする石田

その石田に、いじめられていた西宮けが優しくしようとします。

しかしその行為理解できず、石田さら西宮に辛くあたるのでした。

 

そのまま何も解決せず、西宮は転校してしまます

 

石田は小6から高3まで「いじめっ子から近づかない方がいい」という理由いじめられます

それによってか、西宮硝子に対して行った罪の重さを自覚し、結果すっかり自己否定人間不信のような鬱屈した人間と変貌します。

人の顔すらまともに見れなくなった石田は耐えられなくなり、母親が払った弁償金をバイトで稼ぎ、そのまま死ぬつもりでいました。

 

そんな中、石田は通っていた手話教室で5年ぶりに西宮硝子と再開します。

果たして2人はどうなってしまうのか!

 

※ここまでが導入部分で、こっからスタートだと思います

おさえておきたいポイント

要点

 

疑問

これらが分かったとき、私は「いい作品だ」と思いました

その後の展開は?

 

石田西宮クラスメイトを中心に展開しま

 

個人的面白いと思った点

 

石田とともに罪悪感を覚える

最初石田○ねとしか思いませんが、いつの間にか感情移入していきます

すると西宮とどうなろうが、必ず罪悪感がつきまとい、優しい行動にすら違和感を覚えていきます

「俺なんかが話していいのか」「嫌がっていないか」「喜んでもらうにはどうすればいいのか」

そんな感情ラブストーリーで感じるものに少し似ていますが、罪の意識が強い分、別の何かです

喩えるならヤマアラシジレンマでしょうか(エヴァネタ

このモヤモヤ感は是非味わってほしいです

 

登場人物の変遷が面白い

西宮という存在によって、登場人物が思い悩みます

そして西宮自身も思い悩みます

 

そのどうしようもない中で、状況だけが変わっていきます

その登場人物の心情や状況がどんどん変遷していく過程面白いです

  

小学校時代西宮登場前と後、高校時代西宮登場前と後と、フェーズが多く

その上家族まで関わってくるため、なかなかに層の厚い話に仕上がっています

 

登場人物の配置

周りの登場人物が、いじめ筆頭から部外者まで連綿と配置されているところも面白いです

現実でも問題の中心に近い人だけが存在するわけではありません

西宮と他の者、石田と他の者の距離感一定ではないのですが、そのことで良いテイストが出ていると思います

  

加害者被害者

加害者被害者というテーマは実際のところ非常に難しいです

バランスを欠くとどちらかにご都合的になったり、ダレたり、気持ち悪さが残ります

でもこの作品はそういう灰汁が出てないんですよね

 

永束くん

永束くん

 

おわりに

聲の形はいいぞ

 

2016-09-24

http://anond.hatelabo.jp/20160922074838

西宮さんも「自尊心低すぎてすぐ謝るから扱いづらい系のクズ」になってるからある意味障害者ポルノではなく割とフラットな感じになってていいぞ。みてる方は辛いかもしれんが。

炎上芸舐めんな!

最近炎上芸舐めてる糞野郎多すぎない?

特に透析患者殺せの人が酷すぎる

まず,炎上芸は時期が大切なのに時期が悪い.

障害者施設連続殺人事件があった近辺でやるネタじゃないないわ,

それ込みで狙ったんだろうけどただのアホ,

今年にやるネタじゃない,殺人鬼しか見えない.

あと設定が甘すぎる.

透析患者が身内にいて実際の医療に関わったっていう設定にしなきゃ説得力出るわけがない.

日本死ね増田が盛り上がったのは,

保育園探しに躍起になった母親という設定だったか説得力出たんやで.又聞きしただけじゃ説得力なんかでねーわ.

最大の汚点は,訴えられてる点.

訴えられてる時点で敗北.炎上芸になってない.

訴えられない,もしくは相手が訴えると相手のほうが困るというギリギリラインを攻めるのが炎上芸の美学であり,

ローリスクハイリターンを狙えるのが炎上芸の唯一のメリットなのに,ただのアホ.

炎上芸舐めんな!

株式会社GREE炎上対策講演を100回観てから出直せ,クソザコナメクジが!

映画聲の形」への的外れ批評とその醜さについて

聲の形」という作品は、読み切りから映画まで、一貫して「障害」や「いじめ」はテーマではない。

この作品テーマは「コミュニケーションと成長」だ。

それを読み解くこともせず、眼前に広がる一見ショッキングな"状態"に"反射"して思考停止し、瞬間感じた嫌悪感武器批判しているだけの批評散見されていて、反吐が出る。

罪と罰、救いを一元的に見る人間のなんと多いことだろう。

決して自らの罪を許さない将也と、どこまでも内罰的な硝子の二人が、すれ違い続ける悲哀に満ちた少年少女物語にむかって、

加害者目線ファンタジー」だの「障害者を使った感動ポルノ」だの、

あげく、以下のありさま。

https://twitter.com/sssugita/status/778894069380427776

将也は言わずもがな。そして硝子は許すも何も、自分害悪加害者だと思っている。なんでそれがわからないんだろう。

勧善懲悪な、白か黒かのふたつしかない世界を行きているのであれば、それはなんて貧しいことだろうと思う。

人の心はいだってグレーなのに。

2016-09-23

生活保護肥満が多いらしい

ホッテントリでそういう記事を見かけた

私も生活保護をもらっているので気になった(35歳独身男)

毎日同じ食事なのだが先日訪問看護の人に体重を測ってもらったら予想していたより15kgもオーバーしていて驚いた

身長165cmで、自分では現体重60kgのつもりだったが測ってみたら75kgもあった

朝は食パン二枚、昼はマクドナルドチキンクリスプコーヒー、夜はおにぎり一個とお惣菜コーナーのコーンサラダという決まったメニュー生活をもう三年くらい続けている(贅沢するお金もないが、メニューを変えられないのはもしかしたら強迫性障害のせいかもしれない)

こんな見た目軽い感じの食事でもだんだん体重は増えていくようだ

たぶん運動しないのがいけない

最近訪問看護の人と一緒に軽い散歩が出来るようになってきた

涼しくなってきたしジョギングでも始めようかと思う

夏にユニクロで半袖のジョギング用の服を買ってきたのだがもう寒い

生活保護が月に7万(生活費3万と家賃4万)、精神障害者年金が二ヶ月に一回13万もらえているので服を買うお金はあるが食生活を変えるのは難しい

月に135000円は時給1000円で何年か働いていた頃にもらえた額とそう変わらない

働いていた頃のようにもう少し自炊できれば変わってくるのかもしれないが、上の階の壊れた下水道から漏れた水を受け止めるのに使ってしまってフライパンダメにしてしまったので新しいのを買わないといけない

フライパンを買う余裕がなかなかできない

アマゾンで買えば安いのかもしれないけどサイズがよく分からないので店舗で見れる方がいい

しか自分の行動半径内でフライパンを置いている店が新宿東急ハンズしかなく、あそこはちょっと高いと思う

店でサイズ確認して同じサイズの安いものアマゾンで買えばいいのだが、精神科受診新宿にいくたびそのことを忘れてしま

フライパンが手に入っても一日三食の内容が少し変わるだけで、毎日まったく同じ何かを食べるという点は変わらないと思う

先日一週間ほど入院したとき毎日違ったものが食べられて楽しかった

全身麻酔をしたので胃に負担のかからないお粥中心のメニューしか食べられなかったが、毎日違うおかずが出るというのは何年も経験していないことだった

生活保護なので手術費用無料だった

自分生活生活保護家庭一般敷衍はできないと思うけれど、今の自分食生活と比べてしまうと刑務所病院で出る食事の方が健康なのだろうなとは思う

また働けるようになればいいのだが、もう何年も空白期間を作ってしまったのでどこにも雇ってもらえる気がしない

少なくとも障害者手帳を隠しての応募では無理だろう

障害者手帳をもらったのは前職を辞めて一年以上経ってから

理想はまたフルタイムで時給1000円相当くらいの仕事をすることで、それで前職と同じくらいもらえれば仮に障害者手帳更新できないような事態があってもなんとか20代の頃の生活水準を維持できるし、就職後も継続して障害者年金をもらえるならば少しはい生活が送れる

なにより希望が持てる

自分障害は働いていた頃に起こったことなので、働く環境自分の身を置いてみないことには精神科受診効果が出ているのかどうかもよく分からない

肥満にならないようにジョギングしてみようと目標を作ることはできるけれど、他にできることがないので無為時間が過ぎていくだけだ

ちなみに選挙はいつも自民党にいれている

なぜ共産党にいれないのか、はてなのような場所でなら聞かれそうだが、それについて答えると、はてサ某氏死ぬほど嫌いなので彼が死ぬまでは自分の全政治的思想信条に反してでも自民党にいれ続けるつもりなのである

この個人的嫌悪に由来する怒りと軽蔑の表明をのぞいて自民党を支持する理由は一点たりとも存在しないので、はやく自民党以外の党に投票できるようになりたいものだが、この点について何か積極的に行動を起こすつもりは一切ないのでただ時間に任せるのみである

某氏が私より先に死んだ場合葬式には呼ばれるはずなので、その場で彼の罪悪が暴かれることになるかそれとも隠されたままでいるかかめるのが楽しみである

いや本当のことを言うとたいして楽しみでもないが、こんな生活なので小さなことに楽しみを見出すことが大切なのだ

当然のことながら、某氏肥満傾向はまったく見られない

実にうらやましいことである

「おっ、障害者いじめテーマ漫画か、それではこの私が直々にポリティクスにコレクトかどうかを判定してやろう」

という気持ち作品に接すると、たいがい粗(のように感じられる要素)ばかりが見えてきます

こういう人が想定している「正しさ」はめちゃくちゃ範囲が狭いから、というのもありますが、

そもそも人類偏見先入観にめちゃくちゃ影響される生き物だからです。

作品を読むときは、障害者に接するときのように、なるべく偏見を排して臨みましょう。

その上でもし作品描写に不満があったとしても、

差別的である」と「公正に書くことに失敗している」をきちんと区別したほうが良いと思います

androidエンジニアとそのコミュニティ人間性の低さは異常

付き合いでTwitterフォローしてるが、

政治的ツイートは大体ネトウヨ的だし、しか保守速報記事コメント付ける頭悪い感じのが多いし、

障害者身体精神的関わらず見下して罵倒してるし、

恋愛弱者にも遠慮なく侮蔑言葉を投げつけている

エンジニアとしては力かあるし、tips系の記事に助けられることもあるんだが

人間性は本当に最低な奴らばかりでもう嫌になる

2016-09-22

うっわクソバカ http://anond.hatelabo.jp/20160922141828

乗車拒否をするというのをすれば、クレームをつけた乗客は「自分弱者だ(同和、在日女性障害者高齢者etc)、弱者自分を乗車拒否するのは差別だ」と近鉄を訴えるかもしれない。

コイツ現実感覚のなさは異常

クレームを起因として乗車拒否するという話のとき属性でどうにかなると考える人間の存在という妄想

仮に万が一ありえたとしてもクレームが起因ですので以上で話は終わり

近鉄奈良線 河内小阪駅での人身事故対応でキレた東花園駅の駅員が線路飛び降り逃亡 の件で前の職場を思い出した

近鉄奈良線 河内小阪駅での人身事故対応でキレた東花園駅の駅員が線路飛び降り逃亡  というのがニュースになっている。

ワイドショーでは「駅員が未熟」だがネットでは「駅員がかわいそう、客の質が悪い」という反応のようだ。

まりにひどい客は使わせないようにする仕組みが必要だというコメントも多い。

私も基本的にはそちらに賛成する。

ただ、それでもどうにもならないのがあの地域だとも思う。

前の職場で、この乗客のように、出張先の食堂ホテルクレームを言いまくる上司がいた。インドカレーを食べていたら出されたヨーグルトがぬるいと1時間にわたり店員を怒鳴り、店長を呼び更に怒鳴り続けた(インド料理ではヨーグルトごはんと混ぜることもあり、デザートとは限らないので冷えていなくても問題ないのだが知らないようだった)。予定の変更も頻繁で、そのたびに同行する人も、訪問先の人も予定の変更に合わせなければならず、もうこれ以上は無理と付き合いを辞める人も少なくなかった。予定が変更になるのはその人の私的な都合を優先させた結果で、やむを得ない理由ではない。更に言うと、出張に行っても観光地巡りをして有名なレストラン食事をするのが普通だと思っているらしく、ちょっと行きたいところがあれば何かしら理由をつけて出張に行くので、そういう意味でその人は「多忙」だった。私が比較的詳しい場所に行くとき出張の予定を二転三転させ、その状況では無理な要求をして、そのことを伝えても聞こうとせず、最終的には旅行会社に断わられるということもあった。こんな無理なことを言ったら嫌われるとわかっているのに、とにかくその形で交渉しろ一点張り、従わなければ管理職に私に問題があると、事実無根の話を言いに行き、私は管理職から1時間くらい恫喝された。事実無根であることはなんとか管理職には伝えたが、管理職聞く耳を持たなかった。1年に7人も人が辞めるのが毎年続いているそうで(給与からするとそんなに悪くない職場なのだが)、私のような人が今までも何人もいたのかもしれない。クレーマー上司はひたすらに自分の好みや都合を前面に押し出し相手のことを考えるということがない。周囲が言う通りに動かなければ管理職に言いに行き強引に通そうとする。自分弱者だ、多忙で大変だと朝から晩までその愚痴を言い周囲を従わせる。「最強の弱者」というやつだった。

この件があるので、ネットの声である、「クレーマーの客はぴしゃりと断ればいい、乗車拒否すればいい」という意見はわかるのだが、問題はそう簡単ではないとも思ってしまう。もし、近鉄管理職が部下を守るべく、乗客にぴしゃりと断る、乗車拒否をするというのをすれば、クレームをつけた乗客は「自分弱者だ(同和、在日女性障害者高齢者etc)、弱者自分を乗車拒否するのは差別だ」と近鉄を訴えるかもしれない。東日本(といっても地域差はあるだろうが)なら、ぴしゃりと断るで聞くかもしれないし、そもそもこういう客はそれほど多くはいいかもしれない。ただ、そのやり方は「人権意識」の強い、「最強の弱者」がたくさんいるこの地域ではなかなか利かないやり方だ。この駅員のようにいろいろ失うことをわかっていても逃げるしかないということになるのだ。

尊厳死を認めるべき

って言うけどさ、人の意思って、真反対に振れることが結構あるから、これが認められる社会って結構恐ろしいと思う。

ALSって進行性の難病があって、段々全身の力が入らなくなっていくのね。最終的には呼吸に使う筋肉や、心臓が動くために使う筋肉も動かなくなって死んじゃうから、人工呼吸器をつけるつけないとか、胃ろうをするしないとか、いずれそういうシビア選択を迫られる場面も増えてくる。だからALS(他の進行性難病も含む)の患者の中には、予め延命治療をしないで欲しいって言ってる人もいる。(これらを俗に、リビング・ウィルと言ったりする。)

ところがどっこい、生前延命治療をしないで欲しいと言っていた人でも、いざ死期が迫ってくると、やっぱり死にたくないって意思を示す人が少なからずいるんだわ。ALS意識最後まで比較クリアに残ると言われているから、迫る死期を前にして色々と考えるんだろうね。喋ることができなくなったり、指先を動かすことができなくなったりしても、筋力が衰えにくい部位であるまぶたを使って、まだ生きたい、って伝えてくるんだわ。目配せなんて不確かなものではなく、透明文字盤や意思伝達装置っていうツールを使って、まだ生きたいって確かに伝えてくるんだわ。喋れるときは、書けるとき延命措置不要って言ってた人が、ギリギリになって心変わりすることがあるんだわ。もちろん、それは確固たるものではなく、生きたい、死にたいの波があるものなのだけれど。

けれど、いずれはまぶたも動かなくなる。意思を示すことが難しくなる。そうなると、本人の意思は誰もわからない。目の前には、人工呼吸器と胃ろうをつけた意思を示せない人がいる。この先この人がどうするのか、そこから先は家族判断延命措置を続けるかもしれないし、延命措置はいらないと示していた時点での本人の意思を汲むことを選ぶかもしれない。けれど、それはあくまでも家族判断であって、本人の判断ではない。スピリチュアルな話にはなってしまうけれど、もしかしたら、その時点では死にたくないと感じているかもしれない。だから自分は、延命措置不要とは生前には言い難いし、とても難しく、繊細な問題だと思う。

これは余談だけど、安易尊厳死を認めることは、昨今話題優生思想を認めてしまうことにもなりかねないなと、個人的には危惧している。日本尊厳死協会(もとは安楽死協会)を作った大田典礼って人がいるんだけど、この人、生粋優生思想主義者から回復の見込がない病人は殺せ、障害者は断種しろ、って人だから。そういうベース尊厳死を声高に主張する団体にあることも、広く知られて良いのかなと思う。

そういや最近乙武見ねえなと思ったら離婚してたのか

不倫相手にも逃げられて仕事も失い、

しがない障害者として一生を終えることになるんだろうな(本の印税とかでしばらくは食っていけるんだろうけど)

愉悦を感じざるを得ない