はてなキーワード: 地区とは
二十数年前、子供の頃図書館とか地区センターの図書室とかで夢中で読んでた
それが急に懐かしくなってもう一度読みたいと思ってるんだけど、
ワードを色々変えて検索してみてもどうしても正解に辿りつけなくて困ってる
絵もストーリー展開もSFっぽい感じがして子供が読むにはなかなかハードで
歴史学習ものっていうよりはその二人を巡る物語としてすごい面白かった印象がある
ほんともう一度読みたい 知ってる人いたら教えてほしい
■■追記■■■
「世界の歴史シリーズ」だという事が複数の増田の回答により判明しました
教えてくれた増田本当にありがとう…表紙を見た瞬間懐かしさが爆発した
宇宙人の二人は姉と弟だと思っていたけど、実際は兄と妹(ウィープとトリープという名前)だった
奈知未佐子先生が描いてたり、子供の頃も勿論楽しんでいたけど今読んでこそ面白いと思う部分がたくさんありそうで
きっとまた手に入れて読もうと思う…ていうか図書館には今でもあったりするのかな
自分には2歳年下の弟がいて、自分が小4、弟が小2のとき地元クラブのコーチの紹介でバレーボールを始めた。
バレーを始めた当時の自分は背が小さく弟は比較的大柄だったため、年の差はあったが体格はほぼ同じだった。
そしてもともと運動が得意だった弟は自分とほぼ同じ時期に同じ技術を覚え成長していった。
数ヶ月後の新人チームの大会で選手に選ばれたのは弟の方だった。
監督曰く「同じ能力を持つ2人であれば、若い方を選んで経験を積ませたほうがチームのためになる」とのことで、当時はそういう判断なのだと納得した。
その大会はそこそこの結果で終わったのだけど、その後、弟は同年代のチームメイトに恵まれて何度もの県大会優勝を経験し、優秀選抜に選ばれる。
弟が華々しい結果を残していることで家庭での話題も「今日の試合はどうだった」とか「今週末はどこまで遠征に行く」とかバレーの話題が中心になっていく。
一方の私は地区大会で敗退することが常で、県大会に行ったのは地元開催で全チームが出場できるようなときだけだった。
それでもバレーを続けていたのは今考えるといい結果を残してなんとか家族の話題に上がりたいっていう気持ちが大きかったのだと思う。
モチベーションは何であれ全力で練習をやっていくと、上手くなりたい、勝ちたい、と思うようになり、だんだんバレー自体も好きになっていった。
しかし練習の成果も実らず「このまま弟と同じことをしていてもしょうがない」と感じた自分は、高校最後の大会を待たずして部活を辞め、勉強に専念することにした。
今思うと好きな部活を辞めてまで勉強に専念する必要はなかったと思うが、やっぱりそれくらいのことをして、親の気を引きたかったのだと思う。
一方の弟は社会人になってもバレーを続け、地元のチームの指導もしていることで、実家に帰ったときの話題の中心は弟の話になる。
顔を合わせるのも盆と正月の年2回程度なのだけど、家族で食事をするときにいつもその話で持ちきりになっているときには、劣等感のようなものを感じてしまう。
ここにいる増田に教えて欲しい。
・スタバ
・コメダ
特にこの2つは2015,6年あたりから新しく建てられたもしくは改装されていると充電用コンセントがほぼない。長居防止だと思うけど本当にない。
他にも実例として徳島駅前のスタバはもともとはあったが最近の改装で完全になくなった。
東海地区の友人に聞くとだいたい似たような回答が返ってくる。「店内からコンセントが消えつつある」と。
そこで増田にもどこの県に住んでて、ここはある、ないというのを教えて欲しい。
上記の今昔マップを見比べてみてほしい。札幌市清田区の里塚1条地区の現在と、1916年(大正5年)の地形図の比較である。
札幌市中心部から三里の距離にあることから名づけられた地名であり、大正時代の里塚地区は見渡す限りの原野や森林地帯が広がっているだけだった。
昭和50年代に入ると里塚地区は住宅街として造成されることになり、地区内を流れていた石狩川水系厚別川の支流である三里川は埋められて暗渠化された。
そして今回の地震で里塚地区の一部エリアで液状化被害が起こったわけであるが、その場所は見事に三里川やその支流を埋め立てたラインに沿っている。
谷筋に土砂を埋め立てて月日が経ったとしても、その土砂は周囲に元からある土壌の硬さには決してならず、比較的大きな地震が起こると容易に液状化する。
サンプラザの大規模改修は再検討することを公約にした現区長が、
「周辺各地区の整備と密接に関連していることを考慮し、再整備に向けた検討を進展させていく」
方針を示したようですね。
リアルのガチで反対のため投票した人は、怒りに打ち震えているに違いない。
ただ、多くの人は「改修」に関しては理解した上で、新区長に投票したと思うんだよね。
ノスタルジィやら思い入れのために、絶対壊すな!って感じでは投票していない。
1万人規模のアリーナという、周辺環境を顧みないバカげた計画をどうにかしてほしいという
想いの方が強かったと思う。
1万人規模のアリーナは需要あるからいいんじゃない?ってブコメがあったことに驚いた。
混雑するサンモール、マナーの悪い自転車乗り、減らない不法駐輪etc
横浜アリーナ、パシフィコ横浜、さいたまスーパーアリーナあたりと周辺環境が全く異なってる。
1万人アリーナ、そりゃあった方がいいでしょう。
でもね、サンプラザを壊してその跡にたてるのはあまりにも無謀なんですよ……
1万人規模のアリーナをフル稼働させる状況を対処できるとは思えない。
大企業や大学を誘致して増えた人への対処すらロクに出来ていないんだもの。
こんな状況で1万人規模のアリーナとか馬鹿も休み休みに言えという話なんだよ。
私の趣味は旅行のパンフレットを眺めてどこに行くか考えることだ。実際に旅行することもないわけではないが、やはり遠方だと妄想旅行で終わってしまうことが多い。
で、旅行代理店の店頭にはこれでもかと色々な旅先のパンフレットが並んでいるわけだけど、つい最近被災したばかりでまだボランティアの受け入れすらままならないような場所のものも普通に置いてある。
まだ東北のように被災してから年数が経っているところなら分かるけど、北海道なんか大丈夫なのかよおいと思う。関西方面も場所によってかなり被害の差はあるようだけど、平年のように「そうだ、京都行こう」とか気楽に行っていいものか気になる。
倉敷は有名な美観地区は無事らしいけど、すぐそばに豪雨の爪痕が残っていたらなんだか複雑な気持ちになるんじゃないかという気がする。
今の時期だと紅葉シーズンや年末年始の予約を受けるつもりなのかなと思うけど、特に夏の短い北海道に紅葉見物に行くなんて可能なんだろうか。
明らかに無理そうな場所は始めからパンフレットを置かなければ良いのにと思うけど、少々先の日程なら現地経済のためを思って予約できる状況にしておく方が親切なのか。
私の考えでは、行ってもいい条件って、
○ライフラインが復旧しており、現地の人が普通に暮らせるプラスアルファ程度の余裕がある。
○物流や交通機関が問題なく動いており、現地の人が暮らすために必要な物資の他に観光用の土産物や観光施設用の食料品などが普通に供給可能である。
○少なくとも多くの観光客が訪れるであろう場所にはあまり被害がなく、二次災害の恐れも極めて少ない。
…という感じなんだけど、現地の人はどう思っているのだろう。
混乱の極みにある被災地だとボランティアの受け入れさえ手間であろうと思われるのに、呑気に観光で行って良いものだろうか。東日本大震災のときを思うと何でも自粛すれば良いというもんでもなさそうだが、自治体別に「観光に来てよし」「近隣在住の被災地支援ボランティアだけ受け入れる」とか意思表示をしてほしい。
まぁ一番大変なときに観光を受け入れるかどうかとか考える余裕もないんだろうけど、北海道と沖縄行きのパンフレットが普通に旅行代理店の店頭に並んでいるのを見ると、「これでいいのか?」ともやもやする。
さっき「ファミリーエナジーの代理店」を名乗る人が尋ねてきて、「関西電力の利用明細を見せてほしい」と言い出した。
「この地区に関西電力の利用者がどれくらいいるか調査している。関電の利用者なら明細を、新電力を使っているなら…」
「うちはよそを使ってます」
とだけ言ってお引き取りいただいた。
試しに、検索結果に出て来たYahoo!知恵袋やアメブロを見ると
「ファミリーエナジーの代理店を名乗る人が尋ねてきたと思ったら、流れるように契約を求められた」
という投稿があった。
うちに来た人は、会社名こそ名乗ったが、訪問目的を「アンケート」と称するだけで電力会社の訪問営業だとは一言も言っていなかったぞ。
一般論として「わざわざ訪問して契約を求める商品やサービスは、価格に訪問者の人件費が上乗せされているからお得なわけがない」と思っている。
電気も大手電力会社から卸してもらう電気を小売するのだから利幅が厚いわけがないだろう(と思う)。
関電を使い続けている人を狙い撃ちしているのは
「新電力を吟味せずに大手電力を使い続けているから謀りやすい」
からかなあと勘ぐっている。
今回はそこを追及しているわけではないので。
「地震が起きたら地中線は死ぬ」という意見があるから(高コストだけど)「地中線が死ぬという理屈は根拠がないのでは?」と聞いてる。
それに対しての返答が「コストが違うんだから当たり前」では答えになってないよ。
お金持ちの地区から設置されているだろうこともその通りかなとは思うけど、お金持ちの地区が揺れが顕著に少ないというわけではないと思うし、その点に関しても「そうでは?」くらいの話で、ソースが欲しいな。
https://slidesplayer.net/slide/11424924/ の【5】【6】から、これまた通信ケーブルだけど「延びる」から管自体がずれてもガス管と違って接続は繋がったままのこともあるし「ガス管で大変なことになったろ?」という反対例も少し的外れかもしれん。
「地中化したら地震で死ぬだけ」とか「災害時の架空線の復旧速度をこうも見せつけられると、地下化はホント無謀だなって思う」という意見をわりとよく見かけるけど、国土交通省のデータによると
架空線:被災率 2.4% 総延長 4,150km中の 100km
地中線:被災率 0.03% 総延長 2,400km中の 0.7km
http://www.mlit.go.jp/road/road/traffic/chicyuka/mokuteki_02.htm
上記の人たちはこういうデータをまったく知らないの?かなり以前から発表されているデータなわけで、どこかで目にすることがあると思うんだけど。
これは電線ではなくて通信線だとはいえ、仮に地中の断線化が1/80で済むなら、1000本直すところを13本で済むわけで、働く方からしても途方もない数を直せと言われるより13本だけ全力で行けと言われる方が楽だよね。
大雨が増えているなか水没が怖いのは確かだけど、地中にある分、台風で障害物が引っ掛かりまくることによる被害は1/100以下で済む気がするし、天秤にかければメリットが上回るのでは?
ぱっと目視できない分地上より特定は困難だけど、ちぎれる箇所が少なければ小規模停電で済んで、修復以前に電力系統の迂回措置だけで済むかもしれない。
初期投資が莫大にかかるからほとんど進まないだろうなとは思うけど「地震で死ぬ」「復旧速度」の話とは別だし。
「やっぱり電柱」と言う人の理由がその場の印象でしかないというものが多くて、そのくせ自信満々というのはどういうことだ。
追記:
80倍は電力線じゃなくて信号線の話だっつうの。
こういう風に印象の話ではなくてデータとして書いてくれたら納得するよ。できればソースを増田で追記してくれたら嬉しい。
さらに追記:リンクありがとう【防災面における無電柱化の評価(政策フォーラム発表論文)】https://goo.gl/J49Hhh
電力線は
地中線:被災率 4.7% でした。
第1章 第5節 第1項:架空線と地中化のコストを比較すると、通信線においては約 2.5 倍、電力線では約 11 倍となっている。
というわけでこのあたりの話はそう単純じゃないとわかりました。返信ありがとう。
冒頭の要約にも
経済面からのアプローチも含めた分析により、全国的に無電柱化の便益が費用を上回ることが明らかになった。そのため、無電柱化事業は行われるべきだと結論づけられる。
とも書いてあるので、もう少しきちんと読んでみるわ。
ティンコ(スペイン語:Tinco)とは、ペルー西部アンカシュ県カルウアス郡にある地名、あるいはティンコを中心としたティンコ地区( - ちく、スペイン語:Distrito de Tinco)の総称である。行政地区としてのティンコの人口は3263人(2016年)[1]。
ティンコ地区は1941年9月30日、マヌエル・プラード・イ・ウガルテチェ政権下の行政改革で成立した。ティンコの語源はケチュア語で「共に」「一緒に」といった意味を指す"Tincur"から[2]。
所感
ともだてぃんこ
ならないよ全てはカバー出来んがね
▼いまイルモ
https://www.imairumo.com北海道亀田郡七飯町では、行政と近隣住民による協力員が連携して一人暮らしの高齢者を見守るコミュニティづくりを目指し「独居老人等見守り支援事業」を行っています。この事業では、見守り支援システムとしてIT技術を組み込んだ複合センサー「いまイルモ」が導入されています。
「いまイルモ」を高齢者の自宅に設置し、日常の行動や状況をモニタリングし、そのデータを家族や近隣住民、町の職員が見守ります。何か異変があれば、誰かがすぐにかけつけることが可能です。また、「いまイルモ」は現在の状況を観察するだけではなく、そのセンサー履歴のデータをグラフ化して見ることもできるので、生活習慣の見直しや病気予防にも役立ちます。
一人暮らし高齢者の見守りの強い味方といえる「いまイルモ」ですが、他にも多くの自治体で導入されています。例えば、高齢者の通院が困難な中山間地域の愛知県・足助地区では、「いまイルモ」の見守りデータを地域の拠点病院と共有し、高齢者の健康を守ることにも活用しています。
いまや日本の若者の大半がネットに接続してSNSのアカウントを持っている時代。つまり、SNSをしている若者が必ずあなたの近くにはあるわけだ。だから犯罪のツールにネットがあるというのは、その意味では当然だ。
もちろんそれが非行と直接関係しているわけではない。全国に張り巡らされたインターネット網とIT、それに伴う社会の膨大化によって、今までの日本の地域社会の流動化と不安定化が進み、非行を誘発しているのだ。かつ若者の高知能・所得のばらつき・欧米化により、市民が日常的に目の届かない地域で非行が拡大し、それにより初動が遅れる。
おそらく、暴走族の活動範囲も、昔であれば地方の幹線道路沿いに限られていたのが、都会のインナーシティや住宅街などにまで分散しているはずである。田舎だけを見回ればすむ時代ではなくなった。しかも暴走族そのもののゲリラ化が進んでいるために警察の対処がますます困難になる。こうした理由から、近年都市部を中心に暴走族が異常発生しているのであろう。
さらに、IT技術の高度化により、物的証拠などによる捜査が困難になっているという。特殊詐欺なんて昔から多いじゃないかと思うかも知れないが、インターネットを用いた詐欺事件の続発という状況は、この5年ほどに起きた現象だ。2017年に社会問題になったランサムウィルスも、手口が巧妙で何の手がかりにもならない。日本中の人間が、アメリカやヨーロッパなどと同じ環境に生きるようになったので、事件の手口がつかみにくくなったのである。
かつ、日本社会のテクノロジー化は、日本国内のコミュニケーションとコミュニティを消滅させた、あるいは衰弱させた。振込みでも銀行のATMを使わなくなるようになり、スマホやワンタイムパスワードの機械が重要になった。書店の仕事量は減り、定額で本読み放題という価値観が広がった。そうなると、メディアのビジネスも益々やりにくくなる。まして読書やメディアチェックすらパソコンやスマホで済ませる人がほとんどすべてになれば、新聞やテレビの収益も減る。休日の移動で満員電車を使わなくなれば、鉄道会社の収益が減る。都会の税収が減って益々不景気になるのだ。
YouTubeで立て続けに犯罪が多発したというのは、どういうことなのか?犯人の顔を知っている人が隣近所にもいなかったのか?まったく不思議だ。コミュニティが衰弱しているのは地方だけの問題ではなく日本全体の問題であると考えなければ理解できないであろう。
こうした日本全土の極端なファスト社会化の大きなメルクマールがアマゾンだ。ネット化が進めばアマゾンが台頭するし、アマゾンが便利になればますます個人化が進む。テクノロジー化による個人化が進んで、コミュニティが崩壊し、流動化した地域社会は犯罪を抑制する機能が低下している。あらぬところから道路や鉄道に乗って、どんな犯罪者が来るかも知れない。犯罪者も腹が減るから、たまには仮想通貨支払いで食事をするであろう。しかし周りに知る人はいない。そして駐車場で、たくさんあるアカウント情報のなかから気に入ったアカウントを盗めばよい。
最近のネットやテレビのニュースを見るとゲリラ化したヤンキーによる事件が毎日のように発生している。後から出てきたニュースもどれの関連ニュースなのかわからない。業務妨害事件といってもどの事件なのか、毎日のように起きているから分からない。しかもほとんどの事件が貧困層やマイルドヤンキーがうようよいるような地方ではなく、景気のいい大都市部で起きている。
ゲリラ暴走族が発生した道路を見ても、都心かと思えるような立派な地区も多い。だから地域的には申し分ない所なのに何故醜悪な事件が多発するのだろう。特に暴走族事案が目立つのは何故だろう。子供が荒廃しているとか家庭が荒廃しているとかは前から言われていたことだが、それ以外にも国民のコミュニティーが崩壊していることも原因の一つだろう。
もちろんネット社会が悪いわけではない。経済の合理化や近代化は時代の流れで避けて通る事が出来ない。ネットが便利なところは活性化するしネットそのものが雇用も創出する。外出せずに食品から生活用品まで全て買い揃える事が出来る。自宅から車で買いものに出かけて大量に物を買って車に積んで帰ってくるような生活が車無しでできる。まったくアメリカの田舎のような生活が日本社会に定着した。
私の若いころには便利なネット環境や高度なネット文化はない。用事のときは必ず外出していた。ところが現在ではネットが一人一台の時代が来て、買いものはネットショップで買いものするのが普通になっている。貧乏人がクレジットカードを持っていないのは過去の話だ。クレジットカードの審査はより甘くなり、手数料の無料かも進んでいる。
その結果、東京の都心で小銭やお札をお店で目にする機会は少なくなった。持っているのは地方からの観光客か未成年者ぐらいだ。だから日本でも現金を持ち歩く事がなく生活できる。もちろん地方都市は今でも現金が手放せないが、大都市部のチェーン店や富裕層が訪れる地域ではカードの普及が進んでいる。
このようにテクノロジー化した社会ではたとえば事件が起きても犯人の捜査もままならず、犯人もあらゆる手口を使って広範囲に移動するから警察も適応できない。今までは免許を持たずに生活していた階層が免許を取るようになった。オートバイを乗り回す高校生は現実になり、それに対する不満も生まれない。近所づきあいも薄くなったから事件の芽があっても近所も気がつかない。
このような環境が学生たちにも悪い影響を与えて、学生の非行の増加にもつながっているのだろう。戦後のアメリカで起きた青少年犯罪の多発が日本でも起きているのだ。一見歴史ある町並みの地域で青少年犯罪が発生するのはなぜか。そのような環境では家庭も個人も孤立してしまうからだろう。
小説や漫画やテレビドラマのような社会が現実に出現している。SNSを用いたゲリラ暴走族もアメリカ型少年犯罪の象徴だ。日本もテクノロジー社会がやってきたからそのようなライフスタイルが実現した。つまり日本も欧米のような犯罪多発社会になってもしかたがないのだろうか。チーマーやマフィアや極○も衰退し大人が子供を狙う犯罪も激減した。多くの人が未知の人間と寄せ合って生活している。日本にあったコミュニティーは崩壊した。
日本では欧米のような社会が理想であると教え込まれてきた。だからこそ誰もがネットに接続しそれで買いものや昔ではATMでしていたことをする。しかしその理想が実現したとたん青少年の非行化と犯罪が昔のように多発するようになった。凶悪な詐欺事件も増えた。日本はこれでいいのだろうか。コミュニティーを再建するにも社会そのものの流動化で無理だろう。
決勝まで応援してた。
点差が開いても応援してた。
でも点差が開いても9人野球を貫ぬいた姿を見て嫌いになった。
秋田大会初戦から甲子園決勝まで同じ9人で勝ち抜いたって美談になってるけど野球部員50人近くいるから。
3年生9人だけで勝ち抜く意味は?
吉田選手が力尽きても控えを使わず9人野球にこだわった意味は?
これで春季地区大会から公式戦21戦連続9人野球と言われているけど
もしかして1、2年生は公式戦に1度も出場してないんじゃないの?
2年生が弱いのかもしれないけれど決勝で大差が開いても9人野球にこだわったのは異常。
監督が記録にこだわったのかなんなのかわからないけどこんなのが教育の一環なの?
これから甲子園準優勝監督として活躍するのかと思うと複雑な気分になる。
選手の皆さん、準優勝おめでとう。
大阪桐蔭が優勝しましたが,あそこは全国大会常連なぐらいに吹奏楽も強くて,数日後には地区大会が迫ってるわけで,そんななか駆り出される吹奏楽部員は大変だよなあ(穏当な表現)と甲子園見ながら思うわけです.
どうせ2軍(吹部の)の生徒が吹いてるんでしょうが.
偶然居合わせるとか別の用があるとも思えない、そういう地区で誰かいないか張ってたのかも知れないが。
あんまり現地の言葉が得意でないであろう選手に売春を斡旋したコーディネーター(?)も怪しいよね。そっちには記者がナシ付けてたかも知れないし。そうじゃなかったら、写真撮らせるような位置で交渉しないでしょ。
金足農高が「東北初の甲子園優勝校となるか」みたいなテレビや新聞の報道を見ていると、それだけで苦笑いしたくなる。
戦争中期、現在の秋田県内の久保田藩は奥羽越列藩同盟を離脱して、いち早く新政府軍に参加したことを忘れたわけではないだろう。
秋田の同盟離脱で戦争決着の帰趨が決まったとも言い切れないにしても、この一件は現在でも東北全体で禍根を残している。
未だに仙台や福島においては、秋田県民を裏切り者呼ばわりする人がいるのだ。
詳しく知りたい人は、ウィキの「秋田戦争」のページを読んでみてね。
戦後、官軍側についた秋田県は新政府から様々な面で優遇された。
南部藩にあった小坂鉱山のある小坂地区は秋田県に編入されたし、現在の県立高校に相当する旧制中学も、東北では秋田で最初に設立された。
秋田には秋田美人が多く、仙台はブスばかりという迷信も、秋田優遇の思想から生まれている。
今でこそ東北新幹線やJR東北本線、国道4号線、東北自動車道の通っている仙台や福島が東北の中枢になり、秋田県は裏日本扱いになっているが、明治初期は秋田が一番東北で進んでいた時期もあったのだ。
まあそのような歴史的経緯があるので、今回の件は素直に受け入れることは出来ない。