はてなキーワード: 左折とは
恋愛をしないまま、仕事ばかりしているとこの歳になってしまった。
三十代にもなると、地方ということもあり結婚の流れが早いのだろう、脚色抜きで自分以外の同年代はみな結婚をしている。
職場での人間関係は良好だと思うが、周囲から度々「最近ソッチはどうなのよ?」というピンク色を帯びたジャブをもらうこともあり、未だに独身を貫いている俺が奇異の視線で見られていることは明らかだ。
もはや俺は彼らにとって、空想上の生物と言って差し支えないだろう。
ヒトは三十にもなって女性器に自らの男根を挿入し腰を振る儀式を終えていないホモサピエンスをヒトだと認識できない。仕方の無いことだ。俺には性欲がない。これも仕方の無いことだ。
全く以て、どうしようもない。
自分には性欲がないのだと打ち明けると、周囲からはよく「俺には感情が無い」と額に手を当て嘯く中学生のようだと笑われたが、事実ないのだからどうしようもない。うんこは臭くて厄介だが、かと言って「明日からはフローラルに頑張ります」とはならないのと同じである。先天的に性欲がないのか、あるいは非モテとして過ごしてきた惨めな三十年間を説明するため、無意識のうちに「無かった」ことにしたのかは明らかではない。ただ、少なくとも今の俺に性欲がない以上、恋愛も結婚も何処までも遠くままならない。誰かが言った。すべての恋愛はセックスに通ずる。そうかもしれない。専らのトレンドは不純異性交遊だ。性器結合主義を信奉する若者にとって、セックスとは性器を通した精神交流である。
コンニチワ、とちんこが言う。
これでfinishだ。あとは腰を振るだけでいい。俺は童貞なので分からないが、きっと挿入とは麻雀で立直をした感覚に近いのだろう。責任や思考を放棄して快楽を待ち続ける時間はさぞかし幸福に違いない。もっとも、放銃による快楽の機会均等の観点からすると、セックスの方が麻雀よりよっぽど平等に思えるが。
ともかく、俺はそのいずれにも参加できない。俺のちんこはコンニチワが言えない。挨拶をしないちんこは非常識だ。それが分かっているので俺はちんこを表に出さないし、これまで鍵っ子のように下着のなかに閉じ込めていた。
けれども、そうこう言えない状況になってきている。地方は恐ろしい。結婚していることが出世の条件だとは思いもよらなかった。少なくとも俺の職場では、婚姻がその人の信頼性を担保しているようだった。そろそろしっかりしたらどうだと上司に言われ、同じ文脈で家庭の話になる。守りたい人がいるから仕事にも一層気持ちが入るのだと精神論が語られる。恐らく正しいのだろう、大多数の人々にとっては。しかし俺はそうではない。俺のちんこはあなたのちんこと違ってコンニチワが言えない。挨拶する相手もいないし、いても挨拶ができない。俺には性欲がないからだ。
おい、このフレーズ何回目だ? この問答を繰り返すことに何の意味がある?
俺は選択を迫られている。婚姻か転職かの二択だ。どちらを選んでも環境は変わるし、どちらも選ばないのもまた選択の一つだ。なかなか難しい状況だと思う。あなたにはきっと理解できない。俺にも理解できないのだから。
あるいは、俺たちの断絶はこういう風にも表せる。
あなたは左折を提案する。それが最短距離だからだ。俺は曲がらない。あなたは次の角で左折を指示する。俺は曲がらない。あなたは徐々に苛立ち、声を荒げる。俺は曲がらない。あなたは呆れて「理解できません」と言う。俺もまったくの同意見だ。こっちが曲がれないと言っているのに、曲がれと指示するカーナビが何処にある?
そうして車内は静かになり、俺は助手席に誰も乗せていない気楽な軽を走らせて、どこまでも真っ直ぐ走り抜けていく。
恐らくもうブレーキは利かないのだろう。壁は目の前に迫っている。
「ゲームでしか運転しないペーパードライバーが久々に運転したら、(本物なのに)めっちゃリアルなドライブゲームに思えてやばかった。ぶつかっても平気そうに見えた」
んな訳ないやろ、加速に伴うGや、実車のハンドル操作をゲームに思えるって空想がひどすぎるで。(ハンコン使っててもゲームと本物の差はあきらか)
「自分は免許持ってるけどほとんど運転してないもんで、もう怖くて……。今の車ってサイドブレーキがサイドのレバーじゃないらしいじゃん。」
サイドブレーキが運転に影響するのって最初の発車時のみだよね?レバーじゃないから恐怖を感じるのはどの部分?
「この前乗ったレンタカーのサイドブレーキが運転席の左前あたりにあるスイッチ型で、全然気付かず聞きに行くハメになった。手で引くのも足で踏むのもあるし、車種ごとにコロコロ変えんなよとは思う」
何で全車種共通の操作方法である必要あるねんな、説明書を読め。ジョイスティック操作の車が欲しい。
「恐山のユーロトラックシミュレータープレイ動画は本当に名作なのでぜひYouTube見てくれよな」、「恐山さんのトラック運転ゲームまじで面白いので見てほしい。」
その通り!
「俺は昔、休日はドライブをしていた→座ってばかりで身体に悪そうだから自転車に乗るようになった→青信号を渡っていたら右折車に跳ねられ怪我で半年間仕事できず無収入→自転車は復帰できたが自動車は無理。の流れ」
言ってる意味分からんし、自動車運転は冤罪やんけ。運転すると人を跳ねそうで怖いという話やで。
「「政治・宗教・野球の話はしてはいけない」に自動車も付け加えたほうが良いね」
「生活必需品だから苦手とか関係無いのに練習するわけでもなく嫌~とか苦手~とか文句ばかりいっちょ前に言ってるのが風当たりの強い理由じゃないでしょうか。」
練習しろっていうと、苦手・怖い・無理の言い訳オンパレード。運転上手い人も練習したんやんな。
「咄嗟にアクセルとブレーキ踏み間違えそうなので、万年ペーパードライバー。」
「車含め機械の操縦は得意なんだけど集中力を維持できなくて事故るの間違いなしなので運転はしないことにしてる」
それは「機械の操縦は得意」とは言わん、自動車運転と機械の操縦は天と地ほどの差がある。
「記事見てもコメ読んでも、じゃ乗らなきゃいいじゃんとしか思えん。結局慣れ。自動運転完成なんてのも高速ならともかく、情報量の多い下道をセンサーカメラ半導体で処理して進めるのは死人の山築いて百年先の話だろう」
乗らなきゃいいじゃんについてはその通り、慣れというか習熟するための練習が免許取得時に終わってるという認識がダメ。
こういう運転怖いとほざく奴らが、自動運転の普及を阻害することに問題があるのですがね。死体の山築いていいならすぐに普及するだろ、事故どころかシステム停止も許さんとなっているから百年先の話になる。
「少なくとも6割以上の男性は難なく、普通レベルに運転できているように見えるので、俺にだってできな訳がない!と思って練習した。今では運転を褒められることもあるが、どこかに苦手意識は残ったままである。」
偉い、それでいい。苦手意識残したまま普通レベルに運転できていればそりゃ褒められるよ。
「「バック中は左右が逆になる」左右盲だと思って生きてきたけどこれはないな。ハンドルを回すとタイヤが回した方に向いて、それに対して物体は内側にまわるイメージがある...何言ってるかわからんが。」
左右盲は左右不覚ではなく、左右がとっさにどちらか分からないこと。どちらかに曲がるのを理解することと左右は関係ないで。
「バック中は左右が逆になる」は、むしろ日ごろから左右を認識できているから混乱するものだと思うぞ。左右盲は自分からみて右だの左だの認識しとらんから混乱しない。
「左右盲でしょっちゅう右折と左折をミスるため、いつかアクセルとブレーキも間違ってしまうのではという恐怖から極力運転したくないけど、地方の郊外住まいはないと暮らせない…」
てめぇはアクセルは右、ブレーキは左と頭で考えてから踏んでるのか?右か左か分からなくなることと、方向が分からなくなることは違うぞ。
踏んでるペダルの感覚を認識していないなら感覚掴むまで練習するか、運転しないで生きよう。
「交通秩序は「みんながルール通りにふるまうはず」っていう暗黙の信頼関係で成立してるので、そこに寄りかかれない人は怖くて運転できないと思う。逆に言うとルールさえ守ってればほとんどの事故は起こらない」
練習してそのへんの信頼関係を感じ取るんやけど、練習せん上に「相手がルールを破ったら」という最悪のパターンのみ考えて運転するから、かえって周りに迷惑かけるんよね。
「自動運転な上にとってもカワイイスマートモービルこと馬、都市部でも小回りの利く人力車」
馬が自動運転なわけないでしょ、目的地設定できて寝ててもたどり着くのか?燃費(餌代、飼育費)もそれほど安くない。
「仕事で徹夜明けに運転して事故るのを二回やって人を殺すの時間の問題だなとなったので仕事と一緒に運転も止めた。」
うん、お前みたいなやつは運転しなくともよい。公共交通機関とタクシー使え。
「“苦手派としては足での操作が常識となってるってのが怖すぎる”実際、手だけで操作できるゴーカートとかは開発されてるのよね。乗ったことあるけど問題なく運転できた。今後は増えるかも」
ワシは手だけで運転したいけど、足の操作が苦手と言ってるやつは手だけで安全運転できるわけないと思っとる、手でやることが今より増えるのに対応できるわけがない。
「はやく自動運転が導入されてほしい」
「車幅感覚とバックは激しく同意。車幅は自分の車を保有すればわかってくるらしいが。バックは、まずは微小に動かして自分のイメージとのズレを修正してるが、毎回ビビってる。」
それでええで、車幅もバックも感覚をつかむまで練習やで。イメージとのズレを修正できているなら大したもんやで。
「私と同じだな。殺人マシーンになる自覚があったから卒検以来自動車は運転してない。(原付は乗ってた) “免許をとって練習をするも50分くらいで運転センスのなさを確信。「俺は車は運転しない!」と心に決めた”」
センスなんかいらんねん、ともかく練習あるのみ。50分なんて練習の内に入らんお遊びやで。
「車の運転に慣れるということは、紅の豚の飛行艇乗りみたいに無意識のうちに前後左右に注意を払い続けるようになるということ。」
そう、練習によってリソースの割り振りを制御できるようになるねん。注意してなくても前後左右の事象に反応できるようにな。
「バック逆転のやつ、言わんとしてることはわかる。進行方向でない車輪が曲がるってのに感覚が付いていけないんだろう。Rに入れたらハンドル切った方向に後輪が曲がる仕様だったら言われてる通りになると思う。」
ハンドルでタイヤを曲げてるって認識がないからそないなことになるんやで。フォークリフト運転したらええやん(だいたいが後輪で曲がる)。
「車のインターフェイスにデファクトスタンダードを求めながら不文律を否定するのはずるくない?/なんか「考えすぎて算数を苦手になる子供の話」系に近い印象があった」
単なる練習嫌いの言い訳やで、ダブスタになるのもムベなるかな。
「慣れですよ、慣れ。最初は誰でも下手で積極的に運転したくないと思うけど、それを越えて運転してると運転が楽しくなる。目的地なんてなくても、純粋に好きな車を運転すること自体が楽しい。」
慣れるために練習(運転)する必要があるのだが、奴らはとかく運転をしない。
「車の運転って体の色んなセンサー使いまくってやっと出来る事なので、上手いとか下手とか簡単に語れる事では無いよね。自分はめちゃ方向音痴なのでペーパーになったわ。」
そうだね、体中のセンサーを何の気なしに使えるようになるよね。(ゲームの時とは違うはず)左右盲ではなく方向音痴と記載するところは正しい認識ですね。
「原宿さんのコメントが私と同じ過ぎて泣ける。特にこれな。 “前から突っ込んでも、前から出ることができる駐車場の開発が待たれる。”」
「「運転苦手」だから丁寧になると思ってる。「運転好き」が上手いとは限らない。」
そだねー。
これ初めに断っておかないと毎回政治思想上の「右」「左」の話になっていますからはじめにそうじゃないと言っておきます。
で、右ってありますよね。右側。
でも右側を見るとそこには右と左がありますよね。右側の、どっちかというと右側と、どっちかというと左側。
じゃあその右の左側は右なんでしょうか? でも左ですよね。右ですけど。
で、右の右側をよく考えていくと、右の右側にも、右側と左側がありますよね。北北西、みたいな。
右の右の右もある。でもこれは割とすっきりしていて、どこまでも右なんですからそれは右です。
でも一番厄介なのが、例えば右側の左側にある右、とか、右の左の左にある右の左の右、みたいなところは、じっさいのところ右なのかどうかだんだん分からなくなってきますよね。
さらに考えると右にズンズン進んでいくとたまに左に出ることありませんか?
佇立して右をズンズン見ていくと左で見るような景色になりません?
運転していていくつか右折を繰り返していくと理論上左折に他ならなくなることありません?
いっぽうで丁字路を右に進む場合は左に出ません。
これは右に1度しか動いていないはずなのに、とても右です。
右に1回しか曲がっていないのに右度が一番高くなる。右を繰り返せば繰り返すほど左に近づいていく。
右に1度動くだけで後は真っ直ぐ進むことが一番右なんです。
実は右は真っ直ぐに担保されているのではないでしょうか。
右手も真っ直ぐ生えています。右手がいつの間にか左手になりご飯を食べる手が食事中にボクシング選手の戦術みたいにクロスしたりいつの間にか変わっていったりとかは、おそらくほぼないと思います。
これはおそらく右なのに真っ直ぐをかなりの割合で含んでいる。手が含んでいるから大丈夫なんだと思います。
左手も同じです。
もし右手と左手に真っ直ぐ度が少なくなったら、きっと述べてきた通り右と左のふわふわとした概念が湿潤してきて右手は右手じゃなくなります。
例えば掌を下にしたとき、小指は右の右ですが親指は右の左です。
さらに言えば右手を左側に持っていき、左手を右手に持っていった場合、左手なのに右側にあったり、その逆があったり、さらにいうと指が重なるようにクロスさせると左手の小指が右の左あたりに出てきたりします。
これは手を真っ直ぐにしないでクロスするからそうなる。割としっかりしている手ですら、右の右の左、みたいな可能性を内包しているのです。
まとめると右と左は本当に恐ろしい考えで、右の中の右や左といった永遠の分割の落とし穴にはまらないこと、そのために、右と左の真っ直ぐを意識することが肝要なのだと普段感じています。
運転中、適宜に「スピードメーターで速度を確認しながら」運転します。
あなたが煽られている、と感じているなら、
こちらも(制限速度の範囲で)速度を上げたら突然「何の理由もなく」50キロまで速度が落ちます。
こちらは意図が全く理解できず、結果としてあなたとの車間が詰まります。
それはあなたからの視点では煽られている、と感じるかもしれません。
もしも、あなたが運転中にスピードメーターを全く見ないか、ほとんど見ないのなら改めましょう。
迷惑です。
赤信号で止まるのがわかっているのだから速度を落とすのは当然である。
燃料の無駄遣いを節約できるし速度を落とすことは安全運転である。
この考え方は残念ながら間違っています。
あなたが赤信号だと認識している信号機の下の部分にミドリの矢印で「→」と表示されていませんか?
右折することを指示する信号が灯っていませんか?
あなたが速度を落とすことで本来は右折が出来ていた後方の車両が右折できなくなりました。
後方のドライバーは右折がしたいのであなたのように速度は落としません。
車線変更をしたいだとか、
タイミングよく左折しないとなかなか左折が出来ない建物への侵入であるとか、
運転にはタイミングを合わせないと上手く通行できないケースがあります。
そして、そのようなケースは遅すぎることで発生します。
速すぎることでは発生しません。
ここまで読んでも何を書いているのか理解できない人は理解しなくてもいいかと思います。
ただ前方が赤信号だからといって速度を落としすぎることは止めましょう。
迷惑です。
側道から本道へと合流するときに相対速度を合わせながら合流が出来ない。
極端なケースだと後方の車に停止してもらわないと合流が出来ない。
そのような人は運転を猛練習するか、運転免許を返納したほうがいいの「かも」しれません。
そこまで極端でなくても合流が苦手で怖いからといって、恐る恐るゆっくりと合流してはいけません。
60キロで流れている車の流れに突然40キロで走ろうとする車に前方を抑えられるのは恐怖でしかありません。
後方のドライバーは当然速度を落としますが同時にあなたが加速することを期待します。
しかし、あなたは本線の流れというものを理解していないため極めて緩慢な加速しかしません。
でも、それは間違っています。
合流するときには合流するときに初めて本道を確認するのではなく、
車の流れ→速度であるとか、車が何処にいるかが大抵の場合、横目で追えるはずです。
そういった状況認識を常にしながら行うのが運転というものです。
運転が下手くそな人は状況認識が出来ていないか、状況認識をしていないかです。
誰しも、はじめから流暢な運転ができるわけではありませんし人には得手不得手があります。
それは仕方がないことです。
しかし、だからといってあなたがありのままのあなたで社会に参加していいという理由にはなりません。
我々が生きていく上で要求されることは多いです。
それは運転であっても変わりはないのです。
https://anond.hatelabo.jp/20220102190352
https://www.mitsui-direct.co.jp/car/guide/tips/31.html
駐車場など道路に面した場所に出入りするために、歩道や路側帯を横切る場合は、それらの直前で一時停止しなければなりません(右図参照)(道路交通法第17条第2項)。
https://kanmegu.com/blocking-sidewalk-20191111/
↑これも当然ながら自動車の交通犯罪行為であり警察による摘発対象
日本のドライバーは日本の恥なぐらいモラルが劣悪な事実はJAFの調査で証明済み。9割が交通犯罪常習犯。
https://anond.hatelabo.jp/20220102220917
9割の違反が実情!信号機のない交差点で自動車が通行を妨げれば罰則も!? - 自動車保険一括見積もり
https://www.insweb.co.jp/car/kisochishiki/kiso/crosswalk-rule.html
https://jaf.or.jp/common/kuruma-qa/category-drive/subcategory-safety/faq291
・横断歩道又は自転車横断帯の手前で車両は一時停止して歩行者又は自転車の通行を妨げない。
・横断歩道又は自転車横断帯ありの路面標示により歩行者又は自転車を確認。
先進諸国のドライバーは9割が守るのに、日本のドライバーは9割が交通犯罪常習犯。
そして警察庁が発表している交通違反摘発件数は年間約500万件にも及ぶのが日本のドライバーの劣悪な現実。
日本国民は遠慮なく自動車への徹底取り締まり強化を警察に要請し続けよう。
午後2時、空腹に耐えかねた妻が子供にご飯食べ行くよ!と怒鳴る。
それまで俺は自室でゲーム、妻はあつもり、娘はタブレット、息子は漫画とテレビ。
家を出て車に乗る前に息子と娘が前の席をめぐって喧嘩。
娘を押しのけようとした息子に下がれと怒鳴る。
車に乗ると娘が二人セゾンにしてという。
息子は二人セゾンだけは嫌だという。
二人とも精いっぱいの大声で主張するのでやたらうるさい。
娘に2番目に聞きたい曲を聞く。
息子を説得する。「娘が二人セゾン譲ったんだからお前も譲れ」
決まらないので妻に決めるように促す
交差点で妻が店名を挙げる。
「もう遅い」
行先方向にある大戸屋でいいという。
じゃあそこに行くか
帰りにシャトレーゼ。
妻と息子が出ていく。
娘は車で待ってると言い張る。
選んでくるように促すが聞かない。
私ケーキなら全部好きだもんと言ってきかない。
娘はこれがいいと言い張る。
だから選びに行けって言っただろ!つい娘に声を荒げる。
息子は俺に似て甘いものが苦手だ
半分くらいでもういらないとギブアップする。
こんばんは。
ご参考にどうぞ。
【仕事】
・入館証紛失インシデントを2回(1回/4年)発生させている。
・仕事中、次に何をしようとしたか忘れる。(セキュリティ観点で付箋紙使用禁止ルールがある。
かといってWindows10の付箋紙を使うのも13インチノートPCの画面領域を使うのはしんどいし、一時的に忘れられることを管理したいのに画面でずっと留まっていてほしくないという考え。)
・周囲の音が気になりすぎる(職場でスリッパを履いてる人の足音など)
・手つけやすいものは早くやりすぎるが、手つけにくいものを完全に後回しにして結果ギリギリアウト位になっている。
【日常生活】
・旅行中、買い物をするとスーツケースをレジに忘れることがある。(スーツケースが手を離れるアクションをしたときは買い物に限らず発生することがある。)
・買い物をしたとき、カード・会計済み商品・食券・お釣りのどれかを受け取り忘れることが頻繁にある。
(カードを忘れないようにしようと意識すると商品を受け取り忘れたり、お釣りに意識を向けていると食券を取り忘れたりする)
・みんなが喋らないような場所で喋りがち(主に苦戦しているとき、職場・試験会場などで独り言を唱える)
・多分誰も聞いていないところだったらずっと独り言を唱えている
・試験のケアレスミスが多すぎる(現状の理解のまま○✕問題を2回解いたら正誤が全く逆になっていることがある)
・試験のケアレスミスが多すぎるのを解消しようとして問題を何度も読み直すため、1問の所要時間が大幅に増える(すべて解いて最後に見るという段取りが苦手)
結果、後半は時間不足となり見直しすらできずに不正解となることがある。
・財布や鍵をなくしたと思い込み、結局ある(これはキーファインダーをつけたことで解消した)
・ニンテンドースイッチの本体をなくしたと思い込み、結局ある(これはキーファインダーをつけてなかったので解消していない)
・部屋が片付けられない
- 買ったものを売ったり捨てたりできない(もうファン活動をやめたコンテンツのグッズとかある)
- 消え物のゴミも捨てるのを後回しにしてしまいがち。(あとであとで、となり足場がなくなってから捨てる。)
- ギターのピックやカポタストが行方不明になる(これを書いている今もカポが行方不明)
- 結婚式招待状の一部を紛失し、式の開始時刻を披露宴の開始時刻と間違い、余裕を持って行ったはずが5分しか式に出席できなかった
- 年末調整用書類が見つからず、対応期限経過後に火災保険控除用の書類が見つかり4000円弱の損失をした
- ソーシャルゲームに身の丈に合わない額の課金をしてしまうため、ソーシャルゲームをやめた
(やめて半年以上経つので多分引退に成功した。総額はおそらく400万くらい。ひと月あたりの最高額は40万くらい。)
- 余裕が出始めると、以前一生懸命倹約していた部分をサボりはじめ結局お金が貯まらない。(カードローンを返済したのと、そもそも給与が安いのもあるが...)
- 家計簿も挑戦してみたがマメさが足りなくてしんどいし、結局続かなかった。
・運転適性チェックで注意力の著しい不足を指摘される。
・路上で注意力が一点に集中してしまう(後方だけ/前方の自転車だけといった感じでコントロールできない)
・左折中、右対角線からの斜め横断の歩行者を見逃し助手席ブレーキを踏まれる。
・目の前を進行中の自転車に気を取られて赤信号を見逃し助手席ブレーキを踏まれる。
・覚えている操作の一部のみを教官にされたとき次に何をすればよいか忘れる。
・「こんなんでも路上に出られるのだろうか」と自己嫌悪になり激しく落ち込む。
死にてえなあ。
「すみません、お聞きしたいんですけど、ここはどこですか!」
とクソデカヴォイスで尋ねてこられたので、やばい、認知症のお客様来ちゃったかな? と緊張が走った。
しかし、幸いにもそのお客様は認知症で迷子になった人ではなく、ただ単に道に迷ってしまったお客様だった。
「国道n号で○○まで行きたい」
とのことだったのだけれども、具体的オーダーなのに逆に解りづらく、AさんがスマホでGoogleマップを見ながら道案内をしようとして悩んでしまった。
で、お客様が更に「××線を通って隣町から来たのだけれど、▲▲線を通りたい」と仰有ったので、私が
「もし■■町を通るルートでもよろしければ、」
と仰有った。お客様の顔立ちと訛りが■■町の人っぽいので、たぶん旧ほにゃらら街道を教えれば▲▲線への経路がわかるんじゃないかと思った。それで、
「すぐそこの通りが旧ほにゃらら街道で、真っ直ぐ行くと郵便局がある交差点に出ますので、そこを左折してください」
と言ったら、ちゃんと通じた。あーよかった。道順を教えるのはあまり得意じゃないのだが、今回はなんとか切り抜けた。
スマホでマップを見るなりすれば人に道を聞く必要のない時代……のはずなのに、道に迷ってコンビニに来る人は、いまだにしばしばいる。以前勤めていた店舗には、店舗周辺の地図が貼られていたけど、当店には無いので不便。
普段ROM専で初めて書き込むので、読みにくいところ、分かりにくいところあったら申し訳ない。
通勤途中に踏切と踏切前に横断歩道があるんだが、ほぼ毎朝そこで白杖持ったおじさんとすれ違うんだ。
そこの踏切が降りている時に右折または左折してきた車が横断歩道の真ん中に停止していることがある。
そのタイミングでおじさんが横断歩道を渡ろうとして停止している車にぶつかってるのを何度か見た。
俺も車邪魔だなぁと思いながら横断歩道を渡っているのでおじさんがぶつかるかもしれないのが分かってずっと見てたんだ。
でも声をかける勇気がなくて傍観者になってしまっているのがもやもやする。
こういう場合って何て声をかけるのが正解なんだろう。
突然話しかけてびっくりされないかな…とか、ボディタッチして一緒に渡ってあげたらいいのかな…とか考えるけど行動に移せないことに毎朝自己嫌悪になってしまう。
それと、踏切が降りてて進めないからといって横断歩道の真ん中に停止するのってアリなの?
有識者いたら教えてほしいです。
【追記1】
一時停止じゃなくて停止だった。横断歩道の真ん中で踏切が上がるのを待ってる状態のことを言いたかった。
【追記2】
コメントくれた方ありがとうございます。
早速だけどさっき近くの交番に行ってきた。
分かってたことだけどまぁそうだよね…
交番に行ってみて思ったけど、その場で何かをできるかもしれない自分が白杖おじさんに声をかけるなり勇気を出さなきゃなと思ったよ。
明日こそおじさんが困ってたら声をかけるぞ。
なにいってんの??エア免許証なのか??
目の前の信号で曲がって、曲がった先の信号が赤だと曲がっちゃいけない?それは、間に高速や鉄道があったりする大きな交差点で、交差点のなかに停止線があるタイプの交差点で、右折する場合の話だろ。
停止線がない場合は目の前青だったら普通に曲がれ。止まってたら後ろにキレられるし、そう大きくない交差点の場合は曲がった先の信号が青に変わったとき、そっちの車線の車の邪魔にもなる。対抗右左折車の邪魔にもなる。
もちろん横断歩道に歩行者がいる場合は無理に通ってはいけない。そんなのは当然だ。お前のやってる行動は、それを利用した単なる嫌がらせだ。ちゃんと運転してる人に迷惑かけるまえに、暴走車にでも跳ねられて一人でとっとといなくなってくれると助かるわ。