はてなキーワード: キャリアパスとは
いや、わかるよ。
その問題を起こしてるのは、どう考えても大学側(と行政側)だからな。
そして、我々の下で必死に研究したところでその先のキャリアパスは何一つ保障出来ないわけで。
学生を責める気にはなれんだろ、普通。心ヘシ折れて研究から離脱してった奴らなんて
うんざりするほど見てきてるはずだ。
研究する気満々で入ってきて、途中で現実に押し潰されて就職に必死になる奴らを
叩く気にはなれない。むしろ、学生の未来を考えた指導者なら「将来をいかに生きるかは考えろ」と言うだろ、普通。
http://d.hatena.ne.jp/yaneurao/20130811#p1
(このエントリの趣旨ではないので筋の悪い突っ込みではあるのだが)それならどうやって「新卒プログラミング未経験文系学部出身」の奴をプロに近づけるように仕立て上げるかって話や空気が求められてるんですよ。
素人ばかりが集まってくるのが仕方ない以上、どうやって彼らを育てていくのか、あるいは育てるコストを掛けても会社が回るようなお客様の理解をどうやって得るのか。
ベストなのは確かに、趣味でプログラムやってて延べ10000時間以上はコンピュータとふれあってますって人を採ることだろう。しかし、それができない以上は、その素人をどうやって育ててプログラマとして仕上げるか、そしてその育成を会社でやれるような余裕をいかに捻出するか、と言うところだ。言い換えると、いきなりプロの集団を求める客ばっかりなのが非常によろしくない。修行中の人材が紛れ込んでも回せるような、そこで育成ができるようなプロジェクトを形成するべきなのに、お粗末なOJTでもって素人がプロになれないままキャリアパスを歩いて行くしかない現状を強制しているお客様の方の意識も変えていかないとどうしようもない。
いやだから、一度退職したり仕事セーブしてもまたまともな仕事に復帰できるなら
あと年齢制限もな。アメリカだって別に無いわけではないが、新卒で入れなかったら一生入れないキャリアパスとかザラだからな。日本は。
うちも夫戦力派
頼れる親はいない。
1人目の時はなんでもやったけれど、2人目妊娠判明したのが3ヶ月で、子連れ出産できる病院が近くに無くて、
計算しつくして不妊治療で授かったのに、妊娠高血圧症になっちゃって動けない。
保育所も3月生まれか4月生まれかで入れるか微妙な地域なので「出るな出るな~」って祈ってたのに、結局早産。
時短取らないからって約束して妊娠期間中休み多く貰ったので、1年でフルタイム復帰。
この時点でもうテンパってた。
慣らし保育で1ヶ月、その後も子供が泣くと発熱して1ヶ月は呼び出し。
呼び出しがあると法人提携のベビーシッターサービスを使い、熱があると別の区まで病児保育に朝晩タクシーで送迎。
月々の支払い10万超えてた。いくら正社員だって子育てに使う金銭がウエイト締めすぎ。
産後の肥立ちが悪くて、精神的に抑うつ気味になったりして、働く意味とかキャリアパスとか考えたりして。
自宅で個人事業主として独立。稼ぎは安いが子供の対応ができるようになって、
そして私は降格願を提出して平社員になり、定時で帰宅するようにした。
この苦痛を「みんな なんとかやってるんだから」と括られるのは嫌。
嫌なら産まなきゃいいじゃん、でも後悔すんなよ、とか平気で書く奴に呆れる。
なんとかやれる家庭とやれない家庭がある。親に頼れるか、夫に頼れるか、お金で解決できるか否か。
なんとかできてない家庭もある。子供を保育所に入れていると、驚く保護者に出くわす。
どんな家庭にも時間は流れる、ただそれだけのことだよ。
子育てをするには、多かれ少なかれ、何かを犠牲にしたり、諦めたり、金銭解決しなくてはならないと思う。
でもだからといって、自分の生き方を見て「子供を作りたくない」と思う子作り世代の方がいたとしたら、すごく辛い。
なぜなら、色々辛い選択もしたけれど今は案外幸せにやってるから。
人生って1本道じゃないんだなって、思うことがたくさんある。
主さんには、頑張って欲しいと思う。
自分を犠牲にして何とかしようとするのではなく、子供を守るために会社にハッキリ意思表示することとか、
別のサポーター(夫・親・業者)を見つけるとか。
頑張ると無理は違うんだから。
二人目の壁なんとか乗り越えた同士より
女性は男性に対して、学歴、職業、収入を求めます。 男性は女性にそういったことはシビアに求めません。
このため男性の方が「いいな」と思う女性が増えることになります。
平成17年版 国民生活白書 女性は結婚相手に対して経済力を重視している http://goo.gl/g3jMM
女性の92.1%は経済力も理由に配偶者を選択するが、男性は30.2%でしかない
注目すべきことは、女性においては、これらに加えて相手の「学歴」、「職業」及び「経済力」について、重視又は考慮すると回答した割合が高い点である。
学歴がある程度職業選択に結び付き、また職業に応じた所得格差が存在することを踏まえると、
後で見るように、結婚生活においては夫が家計収入を稼ぐべきという意識を女性は持っていると言うことができる。
一方、男性が女性よりも重視する又は考慮すると回答した割合が高い条件は、相手の容姿のみである。
男性は、単純というか、好みの幅が広いというか。
(「俺は高学歴女性じゃなきゃ絶対ダメ」って男性は少ない。逆に「私以下の男性は嫌」って女性はそれなりにいる)
高学歴男性が学内で釣る、というのは有ると思います。 一緒にいる時間が多いしマッチングしやすい。
ただ男性側で社会にでて多様な女性に出会う機会が多い場合、男性は相手の幅が広いので選択可能になってしまう。
高学歴女性は学内にいるうちに、ある程度、関係を築いておく必要があるでしょう。
※女性は「男性に収入を求める傾向がある」ので、逆に男性観点では「自分より年収が低い女性との方が関係が安定」します。
家族を養える訳ですし。嫁さんのリソースは家庭での活動に集中してもらいたいようです。
この辺も高学歴女性がキャリアパスを考える上で問題になるケースがあるかもしれません。
http://nurse-time.com/blog/2011/02/02/3935.html
産婦人科医であることが結婚や婚活の妨げになったと感じている女性医師が43.3%に上り、
男性医師の24.5%を大きく上回ることが、日本産科婦人科学会の調査で分かったそうです。
他にも、
「産婦人科女性医師の未婚率、離婚率は男性より高く、子どもの数は少ない。」
「男女ともに未婚者、また、子どもが少ないほど仕事満足度が低く、抑うつが強いことも明らかであり、未婚者の精神的支援が必要。」
http://www.inter-edu.com/forum/read.php?23,2597062,page=11
女性 63.9% 32.7% 3.5%
男性 15.1% 31.3% 53.7%
女医は、医者との結婚では有利だが、生涯未婚率は一般女性は(10.6%)の2倍以上。
↓逆に低収入男性の方が女性に働いてもらいたい傾向が若い世代では見られます。
変わる性別役割意識 - ベネッセコーポレーション
http://benesse.jp/berd/berd2010/center_report/data37.html
2007年の調査では、若者の意識が変化する兆しが表れている。
図1に示したように、男性は若年層ほど性別役割分業の肯定率が低く、分業に否定的である。
30歳代、20歳代になるにしたがって分業を肯定する意識が強くなっている。
一見すると、ハッピーな結果である。「妻は働きたいのに、夫が反対する」といったアンマッチが減少するからだ。
しかし、東京大学と共同研究によって行った「都立高校生の生活・行動・意識に関する調査」を分析していくと、
この調査でも「家事・育児の分担」(図2)についてたずねているが、
男子は「夫と妻が同じくらい」を、女子は「妻が中心」を最も多く選択している。
さらに、「結婚・出産後の妻の就労」(図3)に対する回答では、
男子の3人に1人は「仕事を継続」することを望むのに対して、それを望む女子は2割に満たない。
東京という都市部に住む高校生のデータであることを考慮しなければならないが、男子のほうが分業に否定的で、女子のほうが肯定的という結果には、少なからず驚いた。
問題は、誰の意識が変化しているのかという点にある。
分業に否定的(=夫婦同等の家事・育児負担/結婚・出産後の妻の仕事継続を希望する)な男子は、大学進学率の低い高校に多い。
彼らは、希望する職業がある割合が低く、自分に自信がもてていない。
雇用条件のよい職業に就くことが難しいと考え、妻の仕事継続を期待しているようである。
さらに、分業に肯定的(=妻中心の家事・育児負担/出産による妻の仕事中断を希望する)な女子も、
大学進学率の低い高校に多かった。彼女たちもまた、条件の良い職業に就くことが難しいと考えて、
意外にもフェミニストが求めていたリベラルな男性は低収入男性であった、という事になるかも。
高学歴男性が保守的な女性を選択する傾向があることも考えると、高学歴女性と高学歴男子が結びつくのは難しいでしょう。
女性の年収が上がれば、あるいは学歴が上昇すれば適当な相手が見つかりづらくなるのは当然です。
これを防ぐためには女性自身が上昇婚をやめること(自分と同程度、ないし自分より低い収入の男性と積極に結婚する)ですが、
個人的には日本人女性にそういった変化が可能かよく分かりません。
高学歴女性には結婚ではない方法で幸せになってもらうのも一つの方法だと思います。
子供を残すだけでなく、文化的な何かを残すことも意義があることです。
トラバどうも
学歴が高くない人が多い(失礼)看護師も独身者が多い事は有名だろ。
元々病院ってのはかなりの女社会だから必然的に女が余りがちだし
金融機関でも同様の傾向が↓
高学歴トラップ なぜ高学歴女は売れ残るのか? http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/25610490.html
トラバ先さんへ
http://anond.hatelabo.jp/20130512214047
この問題は「年収300万円の壁」としても話題になりました。
http://anond.hatelabo.jp/20130513213558
孫にたいしてやれば良いんじゃね。
ヤングで子どもを産んでもらって、お爺ちゃんとお婆ちゃんが子育てをする。
お爺ちゃんお婆ちゃんって言うとしわしわよぼよぼイメージになるけれど、たとえば20歳の新婚家庭が子どもを生んで、その子どもが20歳で結婚してさらに子どもを産むとすると、お爺ちゃんお婆ちゃんは40歳だよ。情緒的にも経済的にも、子どもを育てる器量がある年代でしょう。お父さんお母さんは、週末子どもと遊ぶ役。お爺ちゃんとお婆ちゃんが子ども(孫)を育てる役。
今話してる女性のキャリアパスの話とかは、旦那+嫁のふたりの関係で回そうとするから破綻してるんだよ。そんな家族構成は戦後好景気に沸いた一過性のものであり、日本には(そして世界にも)そんな余裕はもう無いと思うよ。共同生活型の社会に移行するしかないと思う。
博士課程の学生が高専助教および大学助教に応募・受験した記録について書く。
この手の情報は少ないので、誰かの役に立てばと思う。
最初に応募し、最終的に内定をいただいたので、内定を承諾した。
博士号未取得の者は3年の任期付きだが、博士号を取得すれば任期は解消される。
高専助教なので、授業はもちろん、クラブ活動や学生寮の指導、学校運営にも関わることになる。
面接内容は以下の通り。
面接では、この手の応募では珍しく、面接の受験者全員(筆者を含めて3名)が同じ時間に招集された。
ライバル達と待合室で顔を合わせることになり、緊張感があった。
余談だが、スライドを印刷した資料を筆者だけが持参しておらず、この時点で「終わった」と思った。
しかし、結果的には内定をいただけたので、諦めないことが重要であると思う。
もしかすると、書類審査の時点である程度決まっていたのかもしれないが。
二番目に応募し、内定をいただいたが、辞退した。
任期は3年で、再任はない。いわゆる情報基盤センターの勤務であり、センターの業務にかなり関わることになる。
面接内容は以下の通り。
いわゆる普通の就活でも同じことだと思うが、基本的には、応募先のことをよく調べ、相手の求める人材像を意識するようにした。
応募書類には、その人材像に対し、自分はこういう経験・実績があり、従ってこれだけ貢献できる、という論調を貫いた。
面接では、話す内容も重要だが、自信を持って、落ち着いてはっきりと話すよう心がけた。
思うに、現場を知らない新卒に、大それた意見や構想はそこまで求められていない。
自分は若造なりにこう思っているが、実際の現場ではいろいろな制限があると思うので、貴学の先生方と一緒に考えていきたい、という論調を心がけた。
基本的には「総合領域 - 情報学」の分野で探したが、時々は他分野もチェックするようにした。
たとえば、先の高専助教の求人は情報学ではなく「工学 - 全て」であった。
幸いにも2つ内定をいただけたのだが、どちらを辞退するか相当迷った。
結局、自分が今後、研究と教育をどういうバランスでやっていきたくて、それにはどちらが向いているか?を客観的に考えて決めた。
また、それぞれの現職や前任者が、実際にどれだけの研究実績と教育実績を積んで、どういうキャリアパスを描いているか?を徹底的に調べた。
さらに、親しい先生方には可能な限り相談に乗ってもらった。実際に教員をされている先生方の意見は本当に参考になる。一生の問題なので、どんどん相談するのが良いと思う。
選択には必ず後悔が伴うので、客観的な事実や意見を並べるだけ並べたら、最後は心の声に従うしかないのだろう。
これらの記事はとても参考になった。
以上。何か思い出したら、また追記するかもしれない。
わたしは何年かユー子SIerに居て、飽きてWEB屋に転職しました。
人それぞれだと思います。
医者がみんな生死に関わる判断するわけじゃないし、そういうのって例えば手術中の瞬発的な判断力とかのが確率的には効いてくると思うけど、それは必ずしも頭の良し悪しとは関係ないと思う。頭良くてもそういうの弱い人はいっぱいいる。
要領悪い系だと、医学部出たけどマッキンゼーでコンサルやってます、みたいなキャリアパスは苦しいだろうねえ。でも医者ならいくらでも生きる道はあると思う。
俺は医者とかまったく興味無かった理学部卒だけど、大人になって医者が良い仕事だと言われる理由(金以外)の一つがわかってきた。
要するに、圧倒的に社会に役立ってるんだよね。世の中の普通の仕事って実は8割くらいは存在する意味の無いような仕事なんだけど、医者はそれがない。
存在意味の無い仕事やってると、他人に勝つとか、自己満足とか、そういうものを拠り所にするしか自己を保つ手段が無くなってくる。
医者はそういうのが無くて、ペーパーテストや出世競争で負けても、仕事自体は明らかに人の役に立ってるわけで、その使命感だけでもかなり生きていけると思うんだよね。
このままおいておいても腐ってしまうので鮭の卵のように放流です
仮に1年間生きるのに必要な最低限のお金を家賃込み200万円、研究費50万円、学費50万円としよう。バイトの時給を1500円としても、300万円稼ぐには年2000時間、週40時間働かないといけない
@t もし病気もせず、家族も持たず、貯金も必要なければ、ね。
ただし希望はある。新興宗教を見ていれば解るけれど、とことんニッチな市場を追求すると、あなた一人が辛うじて食べられる程度の収益を上げられるだけのコンテンツを生産・販売することは、それほど困難なことではない。
「院生問題」が内部では永久に解決しないのは、意志決定権を握る教員にとって、院生が「競争相手」であるからだということを忘れちゃいけない。正義の味方を演じたいアホ教員たちは、「敵に塩」なんてバカなことは絶対にしない。必ず正義は勝たねばならないのだから。
最後に、これではあまりに夢がないので、「博士と就職」について、少しだけ書いておく。
「博士まで行って就職するのと、学士や修士で就職するのとどちらが良いか?」というのは、正直答えるのが難しい。職種や業種によってあまりに違うから。ただ、「どちらが易しいか」ならば、明らかに後者
私は幸運にもいくつかの企業から内定をいただけたけれど、国内企業はすべて書類落ち、外資でも1つの企業ではひたすら圧迫面接だった。いかに私がモラトリアムに浸かっているか、私の研究が無意味であるかを延々説かれる1時間×3セットは、鬱になりかけた。
もちろんその企業は落ちたが。
私を書類で落とした会社は全部潰れちゃえ。っていうか今後じっくり時間をかけてすべて潰す。
一言で言うと、私が内定を取れたのは、1. 頭の回転がとてもとても速いこと(いわゆる地頭) 2. 自分の研究をより一般的な体験として語れたこと 3. コンサル用の話し方へとがんばってアジャストしたこと これに尽きると思う。
結論から言うと、すべての博士学生がコンサルになれるとは思わないし、向いているとも思わない。私だって、実際は来年の4月になるまで解りはしない。だから、博士はコンサルを目指すべきとも、就職すべきとも思わない。
2. については、既に述べたので省略して、1.と3.について少しだけ書いておく。
一般に、採用担当者は大学や大学院での専門にはまったく興味がない。早い話がなんでも良い。
これから以降の話は、「外資コンサル」のみに該当することだから、注意。
彼らが興味を持つのは、1. 中高を含めた学校歴 2. 素早く的確な分析能力 3. 他の事例から解決策を持ってくる結合力(アイデア) 4. 人間的なおもしろさ の4つ。
1. については、博士は相当高くないとダメ。学部だけではなくて、中高もしっかり見ている。私について言えば、学校歴は問題なかったけど、文系であるが故にMcK社では「この人、数字の計算とか大丈夫なの?」という会話が裏でなされていたそうな。
2. については、「とにかく速く目星を立てて、それを検証する能力」が大事。研究だと、どれだけ時間をかけても網羅的であることが求められるけれど、面接ではそんなの求められない。速さと、常識的な範囲での網羅性。
3.は飛ばして、4.はすごく難しい。McK社には五大陸最高峰制覇最年少記録保持者とかもいたらしいけど、そういうのでなくても、「まったく違う人とでも、良い関係を築くことのできそうなイメージ」という感じ。
いろんな企業があるけれど、一般に博士の就職に対する風当たりは非常に厳しい。大学の中でもいろいろな妨害や誹謗を受けるし、外でも色物扱いされるのは避けられない。でも、それを乗り越えるだけの能力と精神力があれば、何とかなる。
先ほどの繰り返しになるけれど、私はすべての博士が就職できるとも、すべきだとも思わない。ただ、研究の道は一般に考えられている以上に厳しいこと、研究以外の人生もあって、まだ完全に道がふさがれている訳ではないということは、知っておいて欲しい。
多くの博士は自分の研究分野で素晴らしい業績を挙げ、自分には才能も努力もあると思っているのだろうし、それは間違いではないのだろうと思う。ただ、あなたの能力や知識、技能には、他の活かし方もあるのです。
日々の研究生活で視野狭窄に陥って、高いリスクを伴う研究の道しかないなんて思い込まないでください。また、自分を「外」へ開くことを恐れないでください。
id:aionarapです.自分のブログがなく,ブコメじゃ情報を書き足りないのでこの場をお借りしました.
“徒弟制度”や修士論文の廃止求める 大学院博士課程で中教審答申 - MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/life/news/110131/edc11013122040003-n1.htm
はてなブックマーク - “徒弟制度”や修士論文の廃止求める 大学院博士課程で中教審答申 - MSN産経ニュース http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/life/news/110131/edc11013122040003-n1.htm
この中教審の答申に関して,ブコメでは否定的な意見が多数,というか肯定意見は皆無ですね.しかし,私個人はある程度この試みに賛成です.あ,先に書いときますが,完全肯定じゃないですけどね.修論は書いたほうがいいし,徒弟制の完全廃止もどうかとは思っています.
じゃぁ何が賛成なのよ,という話ですが,Qualifying Examの導入,及び広い範囲の教育に関してです.これは必須,と私は考えています.この辺りのお話に関するご意見を皆さんに聞いてみたいと思い,当エントリを書くことにしました.
今回の中教審の答申は,博士の現状の問題を反映した意欲的な取り組みに感じる.丸呑みにするには良くない部分もあるが,期待しても良いのではないのか.
さて,そもそもの出発点ですが,博士は「スペシャリスト」でありさえすれば良いのでしょうか?私は否と考えます.博士こそ「ジェネラリスト」にもならねばならない.…と書くと誤解を招きますね.要は専門馬鹿になっちゃいかん,ということです.
勿論,博士課程の人間は自分の専門分野に関して,国際的な第一線に立てるような知識と経験が必須です.一生懸命に自分の研究に取り組む必要があります.ですが,それだけではダメで,最低限隣接領域(まぁ定義が微妙ですが)に関して,可能であればもっと大きな枠組で知識を深めなきゃいけません.科学技術はどんどん煮詰まってきて,先に進むためには学際分野の融合による新しい概念の創出が必要です.それをイノベーションと呼ぶこともあるでしょう.それを生み出すためには,少なくとも2つの分野に関してよくものを知っていないといけません,そうですよね?
テクニシャンとして分野を極めるのもひとつの道かもしれませんが,博士に求められているのはそういうことではないと私は考えています.
加えて,博士が「スペシャリスト」のみを意識していると,博士課程の人材の活用先は研究者,それもかなり狭い分野に限定されます.
ここで,大学院設置基準が定めている博士課程の役割を見てみましょう.昭和49年の時点では,
「専攻分野について,研究者として自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。」
「専攻分野について,研究者として自立して研究活動を行い,又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。」
と,敢えて変更を行っています.差分は,
「又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力」
「社会の多様化,複雑化等に対応し,博士課程において,大学等の研究者のみならず,社会の多様な方面で活躍し得る高度の能力と豊かな学識を有する人材を養成する必要から明確化」
(以上,http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/05090501/021/003-3.pdfの2ページ目より引用.)
平成元年の時点で,大学院設置基準は博士課程学生に「社会の多様な方面で活躍しうる」人材たることを求めているのです.
「おいおい,博士が研究者にならなくてどうするのよ…」という意見もあるでしょう,それは理解します.ですが,包含関係を取り違えてはいけません.研究者として生きて行けるのは,博士号を取得したうちの一部の人間です.研究者になるのは博士号取得者でしょう.ですが博士号取得者は全員研究者にはなれません.国家として,限られた国庫の中から博士を全て取り込めるほどポストを恒久的につくるのなら別ですけどね….
それに,(ありえませんが)もしそうなったとしても,全員研究者になるのもどうかと思います.一人ひとりが研究テーマを持って,プロジェクトリーダー的な役割を果たしつつ,世界の最先端を突っ走ってきた人間が,その経験と知見を他の分野に持っていくことは非常に意義があるでしょう.ある意味,一人でプロジェクトチームに求められる役割を全て果たす必要があるのですから,その能力は推して知るべしです.是非,社会のあちこちで活躍するべきです.
非常にポピュラーなのは,専門を活かした職業でしょう.企業での研究開発を初めとした「明示的に博士を求めている」職業は多いです.…まぁ敢えて書く必要はないですね.
初等,中等教育の教師もいいでしょう.勿論高専も.起業もいいですね.
そして,本当はその他の「博士が求められていない」と考えられている職業にも行ったほうがいいと思うんです.だって,ずっと知的体力を鍛えてきたわけですから,同年代の博士号非保持者と比較してその辺りは大きくリードしているはずです.
彼ら/彼女らが持っている問題発見能力は,必ずや企業にとって大きな助けになります.
前節の内容に関して,同意して頂けましたでしょうか?して頂けた方も,そうでない方もいらっしゃるでしょう.
でも,同意/非同意にかかわらず,ほとんどの人は「夢物語乙!www」という感想を抱くのではないでしょうか.いえ,私もそう思います.
例えば,id:scicom 氏の快著,「博士漂流時代「余った博士」はどうなるか?」(http://goo.gl/Pd0ls amazonへのリンク)には現状の博士号取得者,特にポストドクター(PD)の状況が整理されています.
簡潔に言えば,現状は散々たる物です.企業は博士号に魅力を感じていません.これは伝聞ですが,採用担当者は「博士は当たり外れが大きい」と感じているようです.ハズレを引くリスクを恐れて採用を控えるそうです.
そもそも,皆さん,博士号をとっている人間が「最低限」「共通して」何を出来るか,分かりますか?
言い換えると,博士号が担保しているものは何か,知っていますか,ということです.
特に,博士課程では,①学生に特筆すべき顕著な研究業績を求める大学院もあるなど,博士の学位が如何なる能力を保証するものであるかについての共通認識が確立されていないこと,②博士課程(後期)の教育が,個々の担当教員がそれぞれの研究室等で行う研究活動を通じたものにとどまり,学位プログラムの整備という観点から不十分であること,③大学と産業界等との間において,大学院が養成する人材像と産業界等の評価や期待に関する認識の共有が十分でなく,修了者が産業界等の社会の様々な分野で活躍する多様なキャリアパスが十分に開かれているとは言えないこと,といった問題点が見られる
(http://goo.gl/Jq0LU, pdfファイル,5ページ目)
文科省は,博士号が担保するものに関する共通理解は無い,と述べています.また,教育の質もバラけていることを指摘しており,このことも共通理解の妨げになるかと思います.
個人的には,博士号は「専門知識」と「プロジェクト(研究)遂行能力」は担保していると思います.…が,サンプル数が少ないので断言はできません.
この「一般的な博士像の不存在」が,世間一般への博士の浸透を妨げていることは想像に難くありません.
当の本人たる博士号取得者は活躍の場が減る,すなわちたつきの道の選択肢が減ります.
納税者の皆さんは,せっかくお金をつぎ込んで育てた人材が有効に活かされず,「税金の無駄だ!」と感じるかもしれません.
後進の学生は,この惨状を見て博士に進まなくなります(というかそうなってます).
こうして,本丸たるアカデミックの世界ごとジリジリと衰弱し,…あとは言わずもがな.
勿論,「これさえやれば万事解決!」みたいな簡単な処方箋はないでしょう.でも,チャレンジは出来ます.
私は,そのチャレンジの一環が今回の中教審の答申だったのではないか,と考えています.(というか資料はそれを物語っています)
専門の知識だけではなく,基礎知識や計画力,語学力,倫理観などもちゃんと持っていることをQualifying Examで保証しましょう.
どこに放り出しても生きて行けるほど強くするために,総合的な教育もちゃんとしましょう.
そういった取り組みが,今回の答申の意図ではないのでしょうか.
この新課程を出た博士がその有用性をアピール出来れば,在野の博士号取得者にもスポットが当たり始めるでしょう.
さて,ここで,「大学院に進んでまで人に教育を受けるとかwww自分で学べよそれぐらいwww」という気持ちになる人もいるかもしれません.
正直,私も「それぐらいじぶんでするわい」と思ってたりします.
でも,主眼はやっぱり「質の保証」なんだと思います.ちゃんと大学院は「最低限」「共通して」一定の能力を持った博士を輩出しますよ,という保証.
さぁ,経営者の皆さん,安心して共同事業を博士が経営するベンチャーと行って下さい.
さぁ,保護者の皆さん,安心して博士の教員を迎え入れてください.
そういう事を,皆が自信を持って主張できるように,ということでしょう.
ええ,上記の効果を狙ったとしても,逆効果になる部分もあるでしょう.
徒弟制を完全廃止すると,一本軸の通った研究ができなくなって,結果として「スペシャリスト」にもなれなくなります.
(念の為に再度主張しますが,博士は「スペシャリスト」の能力を最低限備えてなければなりません,と考えています)
博士課程に進学希望の学生が修士論文書かないと修士/博士の間のフレキシビリティを損なうことになります.
なので,細かい部分は考える必要があるでしょう.
でも,今回みたいに,現在抱えている問題に対してちゃんとコミットメントしたということで,私は文科省をちょっと見直しました.
というかなんか雰囲気で「お役人は肝心なことに取り組まない」みたいな思い込みがあったのですが,やっぱりそんなこともないよなぁ,と思いました.
なんせ,前述の「博士漂流時代」を読んで気になったことを調べ始めたら,殆ど中教審の資料にまとめられていたのですから.
さて,長くなりましたが,これにて本エントリはお終いです.お付き合い下さり誠にありがとうございます.
結婚についてつらつらと。
親から(世間的に)良い高校に入って、良い大学に入って、良い会社に入りなさいと言われ、
自分もその道が良いと思っていたので、その道を選んできた。
親は好きだが、会うたびに言われるので正直面倒に思う。
そもそも良い大学に入学して卒業して、良い会社に就職して、結婚しろ…になんだか違和感を感じる。
就職→結婚のキャリアパスって女性のとって影響が大きい。今の仕事をあきらめなければならない場合もあるからかな…。
自分の場合、それまでの努力、キャリアを捨てろ(結婚しろ)と言っているように聞こえる親の発言が正直嫌だ。
(もちろんキャリアを捨てなくて良い結婚もあることは分かっている)
そこで、自分が結婚したいかなと考えると、あまり結婚したくない。
周囲の女性にもそう思っている人がそこそこの割合でいる。
女性が結婚したいと思うのって、自分が思いつく限り以下の場合のとき。
1)子供が欲しい(またはできた)
2)職、収入が安定していない(生活が安定していない)
3)一生一緒にいたい、大好き、と思える人と出会った
4)世間体が気になる
(好きな人と結婚する女性って思ったより少なくてびっくりする)
2)が満たされている場合(生活が安定している場合)、1)が理由な人が多い。
2)が満たされていて、子供が欲しくないならば、女性にとって結婚するメリットってあまりない。
正社員で男性並みに収入を得ていて、一人で自立して生活していると、結婚ってデメリットの方が多いくらい。
世間的に家事の中心は相変わらず女性だし、子供ができた場合は育てるのは女性が主。
仕事を辞める気はないし、結婚なんて家事負担が増すだけだよな、と。
自分の場合、もし職を失ったとなっても、婚活よりも就活をするな。
他人のお金に頼る生活なんて嫌だ。自分の稼いだお金で生活したい。
病気になったらどうするのって言われたりするけれど、逆に結婚相手が病気になる可能性だってあるじゃない。
保険だってあるし、ある程度の貯蓄もあるから、しばらくは生活できる。
でも、結婚をしないと周囲からあれこれ言われることも多いから、最近は書類上だけの結婚をしたいなーとも思う。
お互い干渉せず、自活して生活(別居)できるなら結婚したい。(理由としては4)…)
どこかにこういう考え方に同意してくれる男性はいないものだろうか…。
就職活動の心構えとか就職面接、転職時の面接での受け答えは日本とあんま変わんないね
と思ったのだけど、ほんとうに基礎から判っていない人がブクマ上でちらほら。
就職面接で「何か質問はありませんか」と聞かれたら--OK/NGガイド - CNET Japan
http://japan.cnet.com/sp/businesslife/story/0,3800105598,20421453,00.htm
ブクマ:http://b.hatena.ne.jp/entry/japan.cnet.com/sp/businesslife/story/0,3800105598,20421453,00.htm
例えば上の記事を読んで「福利厚生や給与とか大事だろ」とかいう感想を持つ人はちょっとそそっかしい。
良く読もう。
ね、大いに関連があるけど最初の面接では避けるべき質問なのだ。
ここまでで「なるほどね」と思ったあなたは賢い。以下のリストで勘所が掴めるだろう。
OKリストを見て「そういうポイントもあったか」と思った人はここまでで十分。
風邪など引かないよう頑張って欲しい。
「『質問はないが、と前置きしての雑談系』ってなんだよ!質問じゃんか!」と思った人は、是非ガイドを読んで欲しい。
次のポストに続くよ。
元増田です。
記事の都合のいい部分だけ使うのはどうなんだ?
都合がいいも悪いも、そこは論点じゃないから。俺はそもそも今アカデミアにいる人間じゃないからそもそも十分な情報を持ってないし。
俺の論点は「教育環境として」大学学部以下のシステムがどうか、ということなので、研究者がキャリアパスを築いていくにあたっての職場環境がどうかといわれても知らんとしか言いようがない。
例えば俺が「牛丼屋としてすき屋は悪くない」という話をしているとき、「すき屋はブラック企業だ」と言われても「そんな話はしてません」としか言いようがないということ。
記事中の根岸英一は、以下のように言っている。
「日本はすごく居心地がいい社会なんでしょうけれど、若者よ、海外に出よ、と言いたい。たとえ海外で成功しなくとも、一定期間、日本を外側からみるという体験は、何にもまして重要なはず」と、奮起を促した。
違うね。俺が書いたことをもう一度読み直してもらいたい。
敢えて言葉の壁に立ち向かってまで英米で学ぶことは日本で学ぶことに比べてあらゆる意味で優れているなどということはないのだ。
海外に出ることに反対だとも言っていないことはわかってもらえるか?
そもそも俺が暗黙に反論相手として想定していたのは「日本の大学なんてアメリカの大学と比べればカスだから行く必要ない、学部からハーヴァードに行け」みたいな言説だ。これに対して根岸氏が言っているのは、同氏のキャリアパスから見て、大学院以降も想定されているはずだし、海外に行って戻ってくることも想定されているはず。
文脈から想定するにたぶん、根岸氏が言いたいのは、学部ぐらいまでは日本で基礎をみっちり鍛えた後、その後どこかで海外で一度修行するのがよいということだろう。そしてその理由は「日本の大学の研究レベルが低いから」でないことは明らかだ。
無論、俺の元増田は「日本にずっと居続けるのも悪くない」ということを含意している。それは、修士以下で就職することを考えたとき、留学する適切なタイミングがなかなかないからだ。就活で不利になることと海外見聞体験を天秤にかけてどちらを取るべきというのは必ずしも自明ではない。実のところ、根岸氏が想定しているのはアカデミアに骨を埋める人のことだろうから、俺が書いたような問題とは良くも悪くも縁が薄く、そういう意味で俺は根岸氏の主張に異論があるわけではない。だが、「日本の大学はカス」と言っている人間の大多数はアカデミアよりもビジネスに興味のある人間で、おそらくそのあたりの違いが見えていないと思ったのでそちらに合わせて書いたまで。
単に「ムカツク」と言っているに過ぎないのに、ノーベル賞受賞者の権威を借りてきて自分の主張を(しかも増田で)組み立てるなんて、
元増田をよく読み直してもらえればわかるが、「ノーベル賞受賞者もこう言っているのだからオレの言うことが正しい」という論法は一箇所も使っていないことに注意して欲しい。確かにこのタイミングで言いたいことを言ったのは確かだが、それは「普段なら聞く耳を持たない連中が今なら持つかもしれないから」だ。そういう意味で権威を使ったといわれればその通りだが、元々俺がものを言いたかった相手というのはどこぞのコンサルだの誰かだのの権威に目が眩んで耳を塞いでいるのだから、特にそれが道義的に非難されることではないと思うのだが、いかがか?
なにがいけないかと聞かれたら、ちゃんと相手が欲しい人材であるとPRできてないか、ソリが合わないか。
僕の職場でいうと、べつにスバラシイ人間がほしいとは思わないな。
リストラされたというからには、すでに入社して働いてた人なんだろう。
ということは中途採用枠になるわけで、PR は出来なきゃいけない。
履歴書/職歴を見て、こうした仕事をしてきたならウチの会社に合いそうだ…と思ってもらわなければ雇われない。
実は誇大広告かなって思えるくらいがちょうどいい。
履歴書で、人生設計を語れ。将来の夢を語れ。騙りはするな。広告しろ。
それと、コミュニケーション力。
いくらすごいヤツでも、それを鼻にかけるヤツとは一緒に働きたくない。
いくらへんなヤツでも、ウマがあうなら一緒に働きたいと思う。
まず自分を理解しろ。相手を理解しろ。自分を偽らなくていい。会話を楽しめ。
…とまぁ、中年のおっさんがエラソーに書いてみる。
でも、実際に面接とかで雇いたいって思う人間って、このふたつを重視してたりするんだよね。