2011-02-01

大学院博士課程はどうなるべきなのか?

id:aionarapです自分ブログがなく,ブコメじゃ情報を書き足りないのでこの場をお借りしました

エントリを書くきっかけ

“徒弟制度”や修士論文の廃止求める 大学院博士課程で中教審答申 - MSN産経ニュース http://sankei.jp.msn.com/life/news/110131/edc11013122040003-n1.htm

はてなブックマーク - “徒弟制度”や修士論文の廃止求める 大学院博士課程で中教審答申 - MSN産経ニュース http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/life/news/110131/edc11013122040003-n1.htm

この中教審答申に関して,ブコメでは否定的な意見が多数,というか肯定意見は皆無ですね.しかし,私個人はある程度この試みに賛成です.あ,先に書いときますが,完全肯定じゃないですけどね.修論は書いたほうがいいし,徒弟制の完全廃止もどうかとは思っています.

じゃぁ何が賛成なのよ,という話ですが,Qualifying Examの導入,及び広い範囲の教育に関してです.これは必須,と私は考えています.この辺りのお話に関するご意見を皆さんに聞いてみたいと思い,当エントリを書くことにしました

要約

今回の中教審答申は,博士の現状の問題を反映した意欲的な取り組みに感じる.丸呑みにするには良くない部分もあるが,期待しても良いのではないのか.

博士はなんなのか

さて,そもそもの出発点ですが,博士は「スペシャリスト」でありさえすれば良いのでしょうか?私は否と考えます博士こそ「ジェネラリスト」にもならねばならない.…と書くと誤解を招きますね.要は専門馬鹿なっちゃいかん,ということです

勿論,博士課程の人間自分の専門分野に関して,国際的な第一線に立てるような知識と経験が必須です一生懸命自分研究に取り組む必要がありますですが,それだけではダメで,最低限隣接領域(まぁ定義微妙ですが)に関して,可能であればもっと大きな枠組で知識を深めなきゃいけません.科学技術はどんどん煮詰まってきて,先に進むためには学際分野の融合による新しい概念の創出が必要です.それをイノベーションと呼ぶこともあるでしょう.それを生み出すためには,少なくとも2つの分野に関してよくものを知っていないといけません,そうですよね?

テクニシャンとして分野を極めるのもひとつの道かもしれませんが,博士に求められているのはそういうことではないと私は考えています.

国はどういうつもりで博士を育てているのか

加えて,博士が「スペシャリスト」のみを意識していると,博士課程の人材の活用先は研究者,それもかなり狭い分野に限定されます

ここで,大学院設置基準が定めている博士課程の役割を見てみましょう.昭和49年の時点では,

「専攻分野について,研究者として自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。」

というものでした.それを,平成元年の時点で

「専攻分野について,研究者として自立して研究活動を行い,又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力及びその基礎となる豊かな学識を養うことを目的とする。」

と,敢えて変更を行っています.差分は,

「又はその他の高度に専門的な業務に従事するに必要な高度の研究能力

が必要,と明文化したところ.その意図を,

社会の多様化,複雑化等に対応し,博士課程において,大学等の研究者のみならず,社会の多様な方面で活躍し得る高度の能力と豊かな学識を有する人材養成する必要から明確化」

した,と説明しています.

(以上,http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/05090501/021/003-3.pdfの2ページ目より引用.)

平成元年の時点で,大学院設置基準は博士課程学生に「社会の多様な方面で活躍しうる」人材たることを求めているのです

博士はどこで活躍できるのか / あるいはすべきなのか

「おいおい,博士研究者にならなくてどうするのよ…」という意見もあるでしょう,それは理解します.ですが,包含関係を取り違えてはいけません.研究者として生きて行けるのは,博士号を取得したうちの一部の人です研究者になるのは博士号取得者でしょう.です博士号取得者は全員研究者はなれません.国家として,限られた国庫の中から博士を全て取り込めるほどポストを恒久的につくるのなら別ですけどね….

それに,(ありえませんが)もしそうなったとしても,全員研究者になるのもどうかと思います.一人ひとりが研究テーマを持って,プロジェクトリーダー的な役割を果たしつつ,世界最先端を突っ走ってきた人間が,その経験と知見を他の分野に持っていくことは非常に意義があるでしょう.ある意味,一人でプロジェクトチームに求められる役割を全て果たす必要があるのですから,その能力は推して知るべしです.是非,社会のあちこちで活躍するべきです

非常にポピュラーなのは,専門を活かした職業でしょう.企業での研究開発を初めとした「明示的に博士を求めている」職業は多いです.…まぁ敢えて書く必要はないですね.

初等,中等教育の教師もいいでしょう.勿論高専も.起業もいいですね.

そして,本当はその他の「博士が求められていない」と考えられている職業にも行ったほうがいいと思うんですだって,ずっと知的体力を鍛えてきたわけですから,同年代博士号非保持者と比較してその辺りは大きくリードしているはずです

彼ら/彼女らが持っている問題発見能力は,必ずや企業にとって大きな助けになります

現状はどうなのか

前節の内容に関して,同意して頂けましたでしょうか?して頂けた方も,そうでない方もいらっしゃるでしょう.

でも,同意/非同意にかかわらず,ほとんどの人は「夢物語乙!www」という感想を抱くのではないでしょうか.いえ,私もそう思います.

だって現状が全く異なるのですから

例えば,id:scicom 氏の快著,「博士漂流時代「余った博士」はどうなるか?」(http://goo.gl/Pd0ls amazonへのリンク)には現状の博士号取得者,特にポストドクター(PD)の状況が整理されています.

簡潔に言えば,現状は散々たる物です企業博士号に魅力を感じていません.これは伝聞ですが,採用担当者は「博士は当たり外れが大きい」と感じているようです.ハズレを引くリスクを恐れて採用を控えるそうです

そもそも,皆さん,博士号をとっている人間が「最低限」「共通して」何を出来るか,分かりますか?

言い換えると,博士号が担保しているものは何か,知っていますか,ということです

公開されたばかりの中教審の資料から引用しましょう.

特に,博士課程では,①学生特筆すべき顕著な研究業績を求める大学院もあるなど,博士学位が如何なる能力保証するものであるかについての共通認識確立されていないこと,②博士課程(後期)の教育が,個々の担当教員がそれぞれの研究室等で行う研究活動を通じたものにとどまり,学位プログラムの整備という観点から不十分であること,③大学産業界等との間において,大学院養成する人材像と産業界等の評価や期待に関する認識の共有が十分でなく,修了者が産業界等の社会の様々な分野で活躍する多様なキャリアパスが十分に開かれているとは言えないこと,といった問題点が見られる

(http://goo.gl/Jq0LU, pdfファイル,5ページ目)

文科省は,博士号が担保するものに関する共通理解は無い,と述べています.また,教育の質もバラけていることを指摘しており,このことも共通理解の妨げになるかと思います.

個人的には,博士号は「専門知識」と「プロジェクト(研究)遂行能力」は担保していると思います.…が,サンプル数が少ないので断言はできません.

この「一般的な博士像の不存在」が,世間一般への博士の浸透を妨げていることは想像に難くありません.

現状は問題なのか

敢えて節を作って強調しますが,現状は問題です

当の本人たる博士号取得者は活躍の場が減る,すなわちたつきの道の選択肢が減ります

納税者の皆さんは,せっかくお金をつぎ込んで育てた人材が有効に活かされず,「税金無駄だ!」と感じるかもしれません.

後進の学生は,この惨状を見て博士に進まなくなります(というかそうなってます).

こうして,本丸たるアカデミック世界ごとジリジリと衰弱し,…あとは言わずもがな.

どうすればよいのか

勿論,「これさえやれば万事解決!」みたいな簡単な処方箋はないでしょう.でも,チャレンジは出来ます

私は,そのチャレンジの一環が今回の中教審答申だったのではないか,と考えています.(というか資料はそれを物語っています)

すなわち,博士の質を担保すれば良いのです

専門の知識だけではなく,基礎知識や計画力語学力倫理観などもちゃんと持っていることをQualifying Examで保証しましょう.

教育の質がばらけない様に,たくさんの先生教育しましょう.

どこに放り出しても生きて行けるほど強くするために,総合的な教育もちゃんとしましょう.

そういった取り組みが,今回の答申意図はないのでしょうか.

この新課程を出た博士がその有用性をアピール出来れば,在野の博士号取得者にもスポットが当たり始めるでしょう.

さて,ここで,「大学院に進んでまで人に教育を受けるとかwww自分で学べよそれぐらいwww」という気持ちになる人もいるかもしれません.

正直,私も「それぐらいじぶんでするわい」と思ってたりします.

でも,主眼はやっぱり「質の保証」なんだと思います.ちゃんと大学院は「最低限」「共通して」一定の能力を持った博士を輩出しますよ,という保証

さぁ,雇用者の皆さん,安心して雇用してください.

さぁ,経営者の皆さん,安心して共同事業を博士経営するベンチャーと行って下さい.

さぁ,保護者の皆さん,安心して博士教員を迎え入れてください.

そういう事を,皆が自信を持って主張できるように,ということでしょう.

ちょっとやりすぎじゃないのか?

ええ,上記の効果を狙ったとしても,逆効果になる部分もあるでしょう.

徒弟制を完全廃止すると,一本軸の通った研究ができなくなって,結果として「スペシャリスト」にもなれなくなります

(念の為に再度主張しますが,博士は「スペシャリスト」の能力を最低限備えてなければなりません,と考えています)

博士課程に進学希望学生修士論文書かないと修士/博士の間のフレキシビリティを損なうことになります

なので,細かい部分は考える必要があるでしょう.

でも,今回みたいに,現在抱えている問題に対してちゃんとコミットメントしたということで,私は文科省をちょっと見直しました

というかなんか雰囲気で「お役人は肝心なことに取り組まない」みたいな思い込みがあったのですが,やっぱりそんなこともないよなぁ,と思いました

なんせ,前述の「博士漂流時代」を読んで気になったことを調べ始めたら,殆ど中教審の資料にまとめられていたのですから

さて,長くなりましたが,これにて本エントリはお終いです.お付き合い下さり誠にありがとうございます

意見コメント,批判,大歓迎です.皆さんの意見を知りたいです

私のtwitterアカウントhttp://twitter.com/aion_a_rapですので,何か有りましたら.

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  • なんだか理想に走ってるな、と思ったらやっぱり学生さんか。 いや、言ってることは正しいと思うし、博士号取得者は教養人であり文化人であり専門家であれ、という考え方はおおむね...

    • 横だけど、君のおっぱいのたとえはよくわからないし、 理想のおっぱいの価値が僕(ぽっちゃりEカップ)と相容れないから内容すべてを全否定したくなる。 そしておっぱいで文化人を...

      • うん、なんかそういう、真面目な議論におっぱいを添えるのっていいなと思って。 おっぱいのサイズは適宜脳内変換しつつ、適宜ユーモアをユーモアと捉えつつ、ああなるほどねって感...

    • 元増田です.おっぱいなんて飾りですよ,えらい(ry まぁさておき…誤読の余地がある記述ですみませんでした.こちらの主張としては「文化人になれ」というのは極めて付随的な要素...

      • 死屍累々でいいんじゃないですか? いろんなおっぱいがあるから、みんなが幸せになるんだよ。 ちなみに俺の彼女は貧乳です。

  • ・修士課程と博士課程を分ける ・修士課程2年目では今までどおり修士論文を書く ・博士課程2年目は修士論文ではなく総合テスト・リポートで審査 ここはまあいいや。博士課程の人が...

    • コメントありがとうございます.元増田です. コメントくださった時点から大幅加筆してますのでよろしければ再度お目をお通しください. ふつう、所属としては研究室1つでも、研...

  • http://anond.hatelabo.jp/20110201140403 冗長になってしまうので別にしましたが,博士に対する専門以外の教育というのは,既にグローバルCOEで取り組まれてたりします. かく言う私も,とあるGC...

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