はてなキーワード: 百田尚樹とは
「言葉遣いが悪い」「子供に真似してほしくない」といった否定の声が上がっているけれど、言葉遣いの問題なんてたいした可燃性はない。実際今回の流行語大賞では「ゲス不倫」というとても綺麗とは言い難い言葉が選ばれているけれど、それが言及されるのは「日本死ね」はいかがかという話題のついでに触れられる程度で、まったく燃えていない。反発を招いている根っこは言葉遣いにはなく、わかりやすく攻撃できる箇所として言葉遣いの汚さが選ばれていると見るべきだ。
根っこにあるのは党派の対立であり、右翼たちの反発を招くポイントが含まれているがゆえに右翼たちによって燃やされているのだ。
そしてふたつめは野党に利用されたという点だ。
右翼たちは愛国を掲げている。日本は素晴らしい国であり、日本が攻撃されることは許せない。
そんな右翼たちにとって、「日本死ね」は感情的に反発せざるをえないフレーズだったのだ。
石原慎太郎氏は件の増田に対し「こういうこと言うんだったら韓国でも中国でも行ったらいいんだよ」と発言している。また、流行語に選ばれたあとのネットの反応に「日本死ねがいいんだったら韓国死ねもいいのか」というものが見受けられた。
元々の話題が日本の保育行政、待機児童問題であったはずのものに対して韓国の名前が出されるというのはかなり唐突に感じる。
しかし、日本死ね→反日→韓国という連想ゲームがなされたのだと考えると非常に自然に理解できる。
元は単なるネット上での話題に過ぎなかったものが民主党(当時)の山尾志桜里氏が国会で取り上げたことで全国区の話題となり、流行語大賞において受賞者に選ばれたのも山尾志桜里氏であるというのも重要なポイントだ。
右翼たちにとって民主党(民進党)は敵である。敵が手柄を上げてニコニコしているというのはこれはもう大いに気に食わない。少しでも攻撃できる箇所があるなら叩かずにはいられないだろう。
ここで議論の発端となったつるの剛士氏のツイートを見てみよう。
@takeshi_tsuruno
(´・ω・`)oO(『保育園落ちた日本死ね』が流行語。。しかもこんな汚い言葉に国会議員が満面の笑みで登壇、授与って。なんだか日本人としても親としても僕はとても悲しい気持ちになりました。きっともっと選ばれるべき言葉や、神ってる流行あったよね。。
皆さんは如何ですか?#流行語大賞
ここで批判の対象となっているのはまさに山尾氏である。これは「民進党叩きツイート」であり、であるがゆえに民進党を叩きたいネットユーザーたちが共感を示し「炎上」に至ったのだ。
と、ここでこう疑問に思う人がいるだろう。つるの剛士は別に右翼じゃないし、党派性から民進党叩きしてるわけじゃなくて素朴な感想を書いてるだけでしょ、と。
確かにつるの剛士氏は右翼として認識されているタレントではない。しかし、彼は右翼言説の影響を大いに受けているはずだ。
以下に彼がツイッターでフォローしているアカウントの一部を列挙する。
・百田尚樹
・高須克弥
・西村幸祐
・山際澄夫
・石平太郎
・石井孝明
・三橋貴明
・竹田恒泰
はっきり言ってこいつをフォローしてるのは一発アウトだろと思うような偏った人物が何人もフォローされており、表に露骨に出さないだけで相当に右翼言説の影響を受けていると推測されるし、彼が中立の立場からモノを見ているとみなすことは難しい。ツイートにわざわざ「日本人としても」などというフレーズが差し込まれているのは右翼言説の影響なのだろうか…と穿った見方もしたくなる。
そして、左翼たちからすると関心の重点は待機児童問題にあり、言葉遣いが悪いだのなんだのいう論点はまったく本質的でない、もっともらしいだけのただの難癖に感じられる。件の増田の怒りに対して共感を覚えるがゆえに言葉遣いがどうのといって怒りが相対化されることが非人間的に感じられる。例えばいじめの被害者が加害者を殴ったら暴力はいけないと言われる場合のように。
だから左翼は左翼で「日本死ね」叩きには反発をするし、左右で殴り合いになるのだ。
俺はネットでのクソの投げつけ合いが大好きだからこういうガソリンみたいなエントリを書いてるけど、建前ではこんな話はくだらなくて待機児童問題の解決こそが大事だよなーと思います。
あっけなかったな。
やっぱり"ただの狂った"ネトウヨか。
目的を遂げても遂げなくても
奴はそうした気高い志とは無縁で
本当に罪深い連中だと言わざるを得ない。
障がい者大量殺害、相模原事件の容疑者はネトウヨ? 安倍首相、百田尚樹、橋下徹、Kギルバートらをフォロー
http://lite-ra.com/2016/07/post-2447.html
そもそも、今回の事件に関しては、「容疑者はネトウヨ」というほうがまだ事実に近いのではないか。
たとえば、容疑者がツイッターでフォローしていた有名人を見てみると、安倍晋三、百田尚樹、橋下徹、中山成彬、テキサス親父日本事務局、ケント・ギルバート、上念司、西村幸祐、つるの剛士、高須克弥、村西とおると、ネトウヨが好みそうな極右政治家、文化人がずらりと並んでいる。
また、その中身も、最近、右派発言が目立つ村西とおるの「米軍の沖縄駐留は平和に大きく貢献している、米軍がいればこその安心なのです」という発言をリツイートしたり、「在日恐い」「翁長知事にハゲ野郎って伝えて!!」といった、ネトウヨ的志向がかいま見えるツイートも散見される。
奴は、自民党のJ-NSC(自民党ネットサポーターズクラブ)にいた
という説もある。真偽はわからない。
だが、自民党のJ-NSCが奴のようなネトウヨサポーターを利用し
歓迎していたのは事実だろう。
事件を起こす前までは。
奴は「障害者なんていなくなればいい」と言っていた。
かつてドイツ第三帝国は、
少なくとも知的障碍者や身体障碍者など20万人を殺害して殺した。
T4作戦
https://ja.wikipedia.org/wiki/T4%E4%BD%9C%E6%88%A6
生きるに値しない命
そういう意味で言うなら、奴は
ナチス的な心情にも感化されていたとも言える。
ちなみに「ナチスに学べ」と言っていた麻生太郎の所属党である自民党は
「ネット対策特別チーム Truth Team」を作り、現在も運用しているが
「謝罪したい」と謝意を表明した相模原市障害者施設刺殺事件容疑者よりも
彼らはおそらく本気でそう思っているし
そして近い将来それを実行するだけの政治力が今の彼らにはある。
障がい者抹殺思想は相模原事件の容疑者だけじゃない! 石原慎太郎も「安楽死」発言、ネットでは「障がい者不要論」が跋扈
http://lite-ra.com/2016/07/post-2449.html
戦後最悪レベルのとんでもない凶悪な事件だけに、容疑者の異常性に注目が集まるが、残念ながら容疑者の“弱者を排除すべし”という主張は現在の日本社会において決して特殊なものではない。
石原慎太郎は、都知事に就任したばかりの1999年9月に障がい者施設を訪れ、こんな発言をした。
「絶対よくならない、自分がだれだか分からない、人間として生まれてきたけれどああいう障害で、ああいう状況になって……」
「ああいう問題って安楽死なんかにつながるんじゃないかという気がする」
ほとんど植松容疑者の言っていることと大差ない。舛添のセコい問題などより、こういった石原の差別発言のほうがよほど都知事としての資質を疑いたくなる。しかし、当時この発言を問題視する報道は多少あったものの、そこまで重大視されることはなく、その後、4期13年にわたって都民は石原を都知事に選び続けた。
集団的自衛権の容認をはじめ、なんだかんだ安倍晋三ってそれなりに政策の実現を図ってきて、
それなりの支持率をもってそれなりに成果を上げてきているんだろうと思うんだよね。
多分、それなりの成果を上げた総理大臣として歴史に残るんだろう。
それが良いのか悪いのかはとりあえず置いといて。
その一方で、安倍晋三って人には、あんまり教養は感じられないし、
文化人のお友達は、百田尚樹とか、そういうレベルしかいなそうだし
ちょっと自分に都合の悪いこと言われると、興奮して元々の早口がさらに早口になって、
何言ってんだか良くわからなくなるし、
あれで、たとえばプーチンとかと差しで対談して、あおられたらボロとかださないのかなあ?
とか心配になるんだけど、
なんというか、器が小さくって見ていられない時があるんだよね。
小学校か幼稚園から慶応か学習院に入れちゃえば、大学まで保障されるだろうに
成蹊に通わせたのは、たぶん、親は東大に入れようと思ってたからなんだろうけれど、
東大はおろか早慶に進むこともなく、そのまま大学まで成蹊に通っちゃったのは、まあ、その程度の成績だったんだろうし、
いわゆる受験勉強ができるってことと、本質的な頭の良さは別なんだろうけれど
直接会ってみるとまた違うのかな?
野田佳彦とか、演説とか討論とかみると、それなりに上手だなあと思うし、
小泉は、やはり演説とか世論を味方につける手法とか見事だなあと思ったし
ちと古いところだと、橋本龍太郎あたりは、
なんか女性を引き付けるルックスの良さとかもあったし、喋るとそれなりの重みがあったし、
アメリカの通商代表に「タフネゴシエーター」と呼ばれたこともあるらしいし、
思いつくのは「岸信介の孫」ってことだけで、話の内容以前に、滑舌なんとかならんのか?とか
そんなことばかり気になる人だ。
なんだろう。
結局「神輿は軽いほうがいい」ってことで、なんだかんだ官僚がやりたいようにやれて、
それを阻止するほどの頭も力もないから、それなりにうまく回っているのかな?
以前は韓国を好きでも嫌いでもないという人だったと思うんだけど、いつからこうなったのかわからん。気づいたときには手のつけられないネトウヨ糞ジジイになっていた。
近ごろは暇さえあればyoutubeの嫌韓チャンネルを見ている。本当にしょっちゅう、しかもイヤホンもせず音垂れ流してリビングで延々と見ている。なので全く見てない私までその動画のBGMを覚えてうっかり鼻歌歌ってしまったぐらい、父は嫌韓チャンネルを見ている。
また、しょっちゅう嫌韓本を買ってくる。アマゾンから父宛になんか届いたな、と思ったらだいたい嫌韓本か日本礼賛本。あと百田尚樹の小説ね。
で、お察しのとおり「世界番付」とか流行りの日本礼賛系番組が大好きである。番組見ながら日本の技術力は…とかご高説を垂れている。
先日、某国で開催された某スポーツ国際大会中継を父と共に見ていた。大会には何人か韓国人選手が出場していて、中でも人気のある選手が登場した際に、客席からいくらか歓声が上がった。
「客席にずいぶん韓国人がいるな」と、すかさず父が小馬鹿にしたような口調で言った。韓国人なんて応援するのは同じ韓国人だけだろうと言いたげに。
またはじまったよ…とうんざりした。父はどんなに人気実力がある人だろうと韓国人ってだけでけなす。自分が嫌いなぶんには勝手にすりゃいいけど、人が楽しくスポーツ見てるときぐらい黙っていてほしい。しかも私が特に楽しみにしていた大会、なおかつそれを知っているはずなのに、くだらないことで水を差されて本当に腹が立った。
で、正直私も歓声上げたのはほとんど韓国人客だろうなと思ったんだけど、父に対する反感の気持ちから、
「開催国の中にも韓国人選手を応援してる人はいるかもしれないだろう」と反論した。
そしたら、
「(開催国)人は韓国嫌いで有名だからそんなわけがない」だと。
おまえがその国の何を知ってるんだよ……。
海外旅行もろくに行ったことないくせに、ネットで得た知識だけで知ったような口を利くのにはうんざりする。韓国が嫌いなのはおまえだろ。もう話したくもなかったので以降父の発言はシカトして見た。
韓国を嫌う気持ちは、わかるんだよ。私だって慰安婦問題には閉口しているし、韓国サッカー協会の「優勝自販機」には呆れ返った。都内や観光地は韓国人中国人であふれかえっていてちょっとうっとうしいなと思ってしまう。実際に何度か列に割り込みされたことあるし、いい印象は持ってない。
でも、父は度が過ぎてる。
なにかっていうと「これだから韓国は…」と口癖のように言う。しかも韓国を叩くとき、苦々しくでもなければ憎々しげにでもないんだよね。喜々としてけなすの。韓国がなにかちょっとでもやらかすと、それみたことかと本当に嬉しそうに叩くの。それがすんげ~~気持ち悪い。
嫌韓チャンネルばかり見るのも毎日どんだけ韓国のこと考えてるんだって話。それってもう逆に好きなんじゃないの?
私や家族相手に嫌韓話してるぐらいなら、まだいいよ。さいわい父は変な活動に参加できるほど行動力のあるオヤジじゃないし、家族はもう父の扱いに慣れてるので適当にあしらったり言い返したりできる。でも、もしよそ様にも同じような話をしてご迷惑をかけていたらと思うと…どうしよう。それほど分別のないオヤジだと思いたくないんだけど。
最近、記事書いて、はてブに掲載されると、15くらいはてブがついたところで記事が消されちゃって、かなり長時間、どこにも見当たらなくなるのは何で?仕様なの?意地悪されてるの?
今日17:26に書いた記事→表現の自由を巡る自民党と百田尚樹氏周辺の倒錯、大西議員のさらなる問題発言http://bylines.news.yahoo.co.jp/watanabeteruhito/20150630-00047120/
19時30分過ぎまでは「社会」のカテゴリーに掲載されてて、はてブが15こ行ったところまでは確認したが、その後「社会」カテゴリーから消えて、現状、「総合」にも「一般」にもどこにも見当たらない。前回書いた記事も同じような感じで消えて、翌日、「政治」カテゴリーの中段くらいにふっと掲載されてビックリシタヨ。
訴訟されないのは(今の段階では)社会的に妥当な範囲を出てない部分で済ましてるから
どの部分のことを言っているのか不明
百田尚樹氏の「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」という発言は、政権の意に沿わない報道は許さないという”言論弾圧”の発想そのものであり、民主主義の根幹である表現の自由、報道の自由を否定する暴論にほかならない。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-244851-storytopic-1.html
これが百田に対する抗議でないという主張は通らない
変な文章の切り取り方するなよ
君は自分の都合の良いように方向性の違う情報をまとめるきらいがある
疲れるから終わりだ
要約:「文化芸術懇話会」設立趣意書にある「政策芸術」は国策芸術を意味するのではなく、政策を芸術作品との類比のもとで捉えることを意味する。後者の問題性に目が向けられるためにも、前者のような誤解が本記事で少しでも訂正されることを望む。
産経新聞が2015年6月25日に伝えたところでは、自民党の有志が立ち上げ、同日に第1回会合が行われた党内勉強会「文化芸術懇話会」の設立趣意書は、会の目的として「心を打つ『政策芸術』を立案し、実行する知恵と力を習得すること」を掲げていた。
◇安倍首相支持の勉強会「文化芸術懇話会」が発足 - 産経ニュース http://www.sankei.com/politics/news/150625/plt1506250043-n1.html
「政策芸術」という耳慣れない言葉について、この段階ではそれ以上の情報はなかったものの、多くの人がこれを「政策によって推進される芸術」さらには「プロパガンダ芸術」を意味するものと受け止めた。
第1回の会合で、講師を務めた作家・百田尚樹氏だけでなく、出席した自民党議員からもメディア統制を提案する発言があったと伝えられたことから、このように理解されるのも無理からぬところがあった。
◇自民党:安保法案で報道批判続出…改憲派の勉強会 - 毎日新聞 http://mainichi.jp/select/news/20150626k0000m010122000c.html
ところが、翌26日の衆議院平和安全法制特別委員会で、民主党の寺田学議員がこれらの発言について追及した際、加藤勝信官房副長官から、改めて「文化芸術懇話会」の趣旨について説明する場面があった。下に引用するように、これは上述のような理解とは異なるものである。
(加藤官房副長官の発言)「文化芸術懇話会、これは政治家に求められる教養と想像力を得るため、芸術家と共通する創作手法と成果の普遍性を追及(原文ママ――引用者注)し、世界の中で輝ける日本を創造し、デザインする上で必要不可欠であり、心打つ政策技術(「心を打つ政策芸術」の誤りか――引用者注)を立案し、実行する知恵と力を習得することを目的として開催されたものでありまして(後略)」
◇【安保審議詳報(1)】百田氏「沖縄2紙潰せ」発言で紛糾 民主・寺田氏「由々しき発言だ。党総裁として処分すべき」 - 産経ニュース http://www.sankei.com/politics/news/150626/plt1506260020-n1.html
つまり、設立趣意書にあった「政策芸術」とは、政策そのものを芸術作品になぞらえる考え方を示していたのだ。
これは政策の国民の心理に訴える面を強化しようという動きであり、注意して見ていく必要があるだろう。(追記:「プロパガンダ」という言葉を使って言い直せば、「政策芸術」とは、手法レベルで芸術を利用しながら、政策の実行過程そのものをプロパガンダとして機能させる動きだといえるだろう。そうした動きの一部として、政策を具体的に表現するために普通の意味での芸術作品が利用されることも大いにありうる(そうなれば「プロパガンダ芸術」だ)。「政策芸術」=プロパガンダ芸術という理解は起こりうる現象の一部を捉えていた。しかし、「政策芸術」はそのような狭義の芸術作品の利用よりも幅広く、〈芸術作品〉のように政策を立案・実行する現象の総体を指しうる概念だと考える。このように広くとった場合、「芸術家と共通する創作手法と成果の普遍性」の政策への転用は、表面的には芸術が関係しているとは思えないような、見えにくい形で行われることもあるだろう。)
さらに、いまのところはっきり表明されているわけではないが、政策に〈美〉の観念が持ち込まれるとすれば、より一層警戒されるべきだろう。〈美しい〉政策を打ち出すことと、〈美しい〉国家をデザインするという発想は親和的である。(そうした〈美しい〉政策は、現在誤解に基づいて警戒されているように統制的な芸術政策という形をとることも考えられるが、対象は必ずしも文化・芸術に限られない。その点では、単なる国策芸術の推進よりもたちが悪いかもしれない。)
「政策芸術」=政策によって推進される芸術という誤解は、時間の経過とともに少しずつ訂正されつつあるものの、まだまだ残っているようだ。こうした状況では、上述のような問題性に目が向けられづらくなる。本記事は簡単なまとめにすぎないが、誤解の訂正に少しでも役立てばいいと思う。
百田尚樹もそうだけど、安倍ぴょんの言動って全く調査せずにネットのチラ裏を鵜呑みにしてそのまま出してる感じ。
まともに取り合うのは変だし、ましてヒトラーと比べるのもヒトラーに失礼だと思う。
はっきり言えるのは安倍ぴょんはそういう器ですらなくて歴史修正主義どころか歴史を知らないのだから
最近は野次で「日教組」が野次とか暴言になると勘違い披露する始末だし、完全に痛いおじさんだよ。
痛いおじさんがその辺のレッテル貼りはてサの人達に昔の悪い偉人を挙げ連ねられてるのを見てると何かそれも違う気がしてきた。
悪い偉人たちだって、苦労した末に悪の大幹部になった経緯があるけど、安倍ぴょんはコネで学校を卒業してコネで神戸製鋼に入社も実力が伴わなくて直ぐ辞めてる。
コネで今まで成りあがってきた人とヒトラーのように努力によって成りあがった悪の大幹部を一緒にするのは本当に彼らに失礼だし侮辱してると思う。
TBSラジオの荒川デイキャッチの月曜日に宮崎駿氏へのインタビューが配信されて各メディアで話題になってはてぶでもいろいろと話題になっている。とりあえずこのインタビューに少しでも興味もったらまず最初の俺みたいに荒川デイキャッチのポッドキャストからオリジナルのインタビューを直接きいたほうがいいよ。2回に分かれてて合計で4,50分とかなりの聴き応え。
宮崎駿氏へのインタビューはやはり貴重らしく、放送後に各メディアがそれをもとに記事を描いているんだけど記事だけ読むとあそこまで印象かわるんだな。オリジナルのインタビューがかなり長いのでその全部を掲載するなんて無理だけどさ、なんつーか各メデイアとも自分たちの主義主張に会った箇所だけ抜き出して都合の悪いところは削除したり、または自分たちに都合の良い箇所を誇張して伝えたりして、ああメデイアの情報編集力ってやつの嫌なところをリアルタイムで見た感じ。
ざーっと見た限り、一番インタビューの印象に近いのは日刊スポーツの書き起こしかな。読売新聞は風刺画問題だけを記事にして宮崎駿氏が安部首相に苦言を言っている箇所はもちろんバッサリきっている。逆にリテラなんかだと宮崎駿氏が安倍政権や百田尚樹をボロカスにけなしているような記事にしているが、オリジナルのインタビューを聞けばわかるけどそんなテンションではまったくない。とくに百田尚樹なんて名前さえ出てない。関連あるとすれば『ゼロ戦の活躍を描いた映画は過去に無数にある。でも僕はそういうのは作りたくなかった』という箇所だろうか?あのへんを百田尚樹批判につなげるのはさすがに無理がありすぎる。
はてぶやFBを見ていてさらにモヤモヤするのは、こうやって各メディアに都合のいいように編集された記事に対していろんな感想やコメントがつき、そしてそれらはまた個々の思想にあったようにさらに拡張されていく。オリジナルのインタビューを聞けばそんな単純なコメントになるはずないのだが、みんなその手間すら面倒なんだろうか?宮崎駿氏ファンなら絶対に聞く価値あるから、関連記事を読む前にまずあちらをきいたほうがいいよ。
最後にインタビューをきいた僕個人の感想だけど、宮崎駿氏の知識の豊富さと思考の深さに感嘆させられる。俺も数年前から『ローマ人の物語』とか読んでから欧州の歴史とか興味もってきたけど、たしかにあそこの2000年規模の民族間のドロドロ&宗教戦争の歴史とか多少でも知っていると、日本の抱えている問題とかイージーモードに思えてくるわ。。。そしてインタビュー内容を都合のいいように編集した各メディアの記事を読んだ読者のオリジナルのインタビュー内容からはずいぶんとずれた共感やら反感やらも宮崎駿氏本人に向けられるわけ。なるほどそりゃメディア不信にもなるわな。