「鋳型」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 鋳型とは

2019-07-15

愛想を振りまくにもエネルギーが要る。

出社するだけでいいと言われて、文字通り出社してそこに存在するだけで終日過ごして帰るなんてことは、

わたし自分のことをよく知っているから、許されないということは解っている。

しんどい自分の頭を槌で叩いて鋳型にはまるように捻じ曲げていくしかない

仕方が無い。

2019-01-01

どういう世界なんだろう。どんな仕掛けがあるんだろう。って考えてるときが一番ワクワクして

最終話とか最終巻でがっかりするってことを繰り返している

いや物語鋳型なんて古今東西使い回されてそんな奇をてらったものなんてそうそうないのはわかっているのだが

2018-11-02

お前らのお気持ちなんか知ったことか

最近フェミオタク叩き案件が続いている関係か、増田でもオタクヘイターを多く見るようになった。

連中は言う。「世間が受け入れない」「俺たちは押し付けられている」「常識で考えろ」「キモい

俺は思う。「知ったこっちゃない」。

それって結局、「オタクは日陰でこそこそやってろ」ってことでしょ。やなこった。

なんで何ら根拠のないお前らのお気持ちに従わなきゃならんの?

オタクカルチャーを、お気持ち尊重してこなかった、これから尊重する気すらない連中のお気持ち尊重してあげる理由がどこにある?

嘗てオタクもっとアングラだったころ、オタク犯罪者予備軍として散々叩きと嘲笑の的にされてきた。

だってそれは変わってない。しかも今度は「女性差別」の汚名すら着せられる。

ふざけんな。オタク2次元絵に何してもお前らには関係ない。第一オタク嘲笑尊重することのなかった女の気持ちなんか尊重する理由がねーよ。

お前らがオタクを「キモい」と叩くのは勝手だが、相応の反撃は覚悟してもらおう。

オタクはもう充分叩かれてきた。いつまでも黙って叩かれてると思うなよ。

ゾーニング?知るか。お前らもしょーもない他人いじめしかできない芸人ゴボウみたいな女優鋳型で作ったみたいな俳優ゾーニングしてないだろ。

見たくもないものを見せられてるのはオタクも一緒。ちょっとくらいオタクカルチャーが出てきたからって大げさに痛がりやがって。

2018-06-26

思想鋳型があるとして

いまだ発見されていない思想などはあるのだろうか?

極端なことをいってしまえば、昨今の哲学書などはすべて脚注で書かれていると言って過言でないと思う。

もしくは、すべてを脚注として、その脚注脚注するような…

2018-05-04

1+1+1は2だと思う

Vtuberの登場で、やっぱり顔はいいに越したことはない、って証明されたよね」

 わたしたちコメダ珈琲新宿御苑前店で一服していた。いとうは爪で髪を掻きつつ続けた。

ドゥルーズは『千のプラトー』で顔は記号だけど同時に身体でもあるから政治的ものだ、って言ったわけじゃない? で、顔の美醜を問うのはポリティカルインコレクトだってことになった。けどこれは、まさに悪しき民主主義だよね。アリストテレスは『二コマコス倫理学』で、少なくとも顔の醜くないことを幸福の条件に挙げてるけど、古代ギリシャから現代までに民主主義記号化してるんだよね」

 他人がきけば白眼視するようなことを言う。そうした話ができるだけの知性を見積もられていることは心地いいが、いつもわたしがきき役だ。

 いとうは神経質そうな険のある顔をしているが、ひとによっては美人とみるだろう。わたし彼女の顔をみるたび、坂口安吾の『白痴』に書かれている、狂人の「風采堂々たる好男子で……常に万巻の読書疲れたような憂わしげな顔をしている」という描写を思い出す。

「ひとの顔をじっとみないでよ。たいぼくちゃん、繊細そうにみえて、そういうところ図太いよね」

 いとうは愁眉を寄せた。

「――お待たせ」

 倫理わたしたちに声をかける。黒のカットソーで、シースルーレースが首周りから両腕を覆う洒落た服だ。それを着こなすだけの顔立ちをしていた。アップにした髪型が、服と調和している。彼女ほど顔立ちが整っていると、髪はまとめた方が素の魅力を出せていいのだろう。

 倫理をみると、ときどき冷たくて薄い靄のような感情かられる。

「遅い」

「ごめん。バルトで『ラブレス』みてた」

セックスするとネコミミのとれるマンガ? 女子ゼロいいよね」

 わたしがいうと、倫理は苦笑した。

アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の新作。失踪した息子を探す離婚協定中の両親のはなし。郊外舞台なんだけど、途中から延々と廃墟の場面になって、それがいいんだ」

証券って忙しい?」

 いとうが尋ねる。遅刻への当てこすりではなく、ただ気になっただけだろう。

営業そうかもしれないけど、ディーリングは定休が決まってるからそうでもないよ。うちは外資リテール部門がないしね」

 待っているあいだ、何をはなしていたか尋ねられる。いとうが説明すると、倫理は笑った。

「たしかにダナ・ハラウェイのサイボーグフェミニズムはそういう論旨だね。ただそこまでいくと、むしろチャンの『顔の美醜について』みたいに、みる側の感情操作する方が自然な気もするな。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の〈情調オルガン〉みたいにね」

 倫理はいとうのはなしをすぐ理解して、気の利いた返しをした。そのことに体内が熱くなるような感覚をおぼえた。

 店を出て、新宿御苑沿いに新宿駅に向けて歩く。二人が話しているため、わたしはその後ろをついていく形になった。他意はないとわかっていても疎外感をおぼえる。

「でも、Vtuberアンドロイドでもただのキャラクターでもないでしょ。だからナマモノと同じようにあつかわなきゃいけないわけだし」

 そう口を挟む。いとうは歩きつつふり向いた。

カントは『純粋理性批判』で対象物自体として存在していて、人間はそれを超越論的主観性において認識するのみだといった。で、ハイデガーは『存在と時間』で、そうした直観主観性にすぎないと批判して、現象学でもって実存存在者を存在させると定義しなおした。存在論的にいえば、ヴァーチャルYouTuberという架空人格存在する、あるいは存在しないというどちらの立場も幼稚すぎる。他人人格ですら、無条件に存在するとはいえないんだから。まあ、未成熟なひとは自分理想像を押しつけることで、他人人格所与のものとしてあつかうけどね。そういうひとが勝手に本人を代弁して、ナマモノダメだとか言いだすわけ」

常識範疇なら、そういう代弁もいいと思うけどね。二次エロとか。ただ本人がナマモノを解禁してるのに頑なにナマモノ禁止するひととかは、そういう主観論に陥ってるんだろうね」

「だからVtuberについていえば、Vtuberとしてした百合営業に〈中の人〉が触発されて、それがまたVtuberとしての百合営業につながるというような、循環的な重層性があるわけじゃない。実在非実在二元論じゃないでしょ。ウンベルト・エーコの『ヌメロ・ゼロ』もそういうことを主題にしてるわけでしょ? 『存在と時間』では記号をただ指示するものでなく、それ自体がもろもろの記号構造を暗示するものとしているけどね。でも、常識範疇ってなに?」

 いとうは苛立たしげに髪を掻いた。

Vtuber自然人としてあつかうとして、どうして身体属人性を与える方向にいくかなぁ……、それなら自然人の身体人格とは別個のものとする方向にいくべきでしょ。天与のものである身体人格と同一視して自然権を認めるのは、明らかに不合理じゃん。だからグレゴリーマンキューも皮肉で〈身長税〉を提唱したりするわけでしょ。……、え? マンキューくらい専門外でも知っておきなよ」

 議論めいてきて、倫理の口調も熱をおびてきた。自然わたしは無言になる。

そもそもVtuber著作物と見なした方が簡単じゃない? 〈中の人〉はVtuber演者としての著作隣接権もつわけ。二次エロには著作隣接権著作人格権に準用して対応すればいい」

「ちがうね。マッピングで体をリアルタイムに同期させてるVtuberはVRよりARの方が近い。もちろんARみたいに空間認知人格投射するわけじゃないけど、運動感覚でも同じことがいえるでしょ」

身体人格から分離するのが進歩的なのはわかったけど、テクノオプティミズムすぎるよ。こんなことをいうと、イーガンSFに出てくる保守主義者みたいかな。けど一般論として、エロが一部のひとに不快感を与えるのは事実でしょ? 前から思ってたけど、自分に関わることだとすぐ感情的になるくせに、他人には正論を押しつけるよね」

自分に関わることな感情的になるのは当りまえじゃない? 正論を曲げる理由はないよ。倫理こそ、他人配慮してるようだけど、等しく他人を見下してるだけでしょ? あと、テクノオプティミストでけっこう。わたし原発推進派だし」

 感情露出して落ちついたのか、いとうは息を吐いた。

倫理のいうこともわかるよ。でも、制作者の意見もないのに他人規制しようとするのはただの自治厨だと思うな。そういうファンは決まって創作をしない側だよね。創作ができないから、その代わりに自分ルールを考えて、それをコミュニティ強制しようとすることで存在を主張しようとするんだ。まあ、そういうファンはどこのコミュニティにもいるから、無視する以上のことはできないんだけどね」

 いいながら、いとうは自分言葉でふたたびイライラしてきたようだった。いとうは神経過敏だ。紙やすりのようだと思う。

 いとうが自家中毒めいて、自分言葉で気分を荒立てているのを察したらしく、倫理は優しくいった。

自分他人のあつかいに差があるのは当然だけど、いとうの場合、それが甚だしいってことをいったつもりだったんだけどな。あんたみたいなディスコミュニケーション女にもわかるようにいってあげると、誰もがあんたみたいにコテハン擬人化されて喜ぶ人間ばかりじゃないってことだよ」

「なるほど…」

「あ。いまのでわかるんだ」

「いとうの見方個人主義的すぎるよ。後期ヴィトゲンシュタイン言語ゲームも、そういう分析哲学に対する批判としてあるわけでしょ?」

 それから、しばらく誰も話さなかった。黙々と歩く。倫理雰囲気を変えるようにいった。

「そういえば、たいぼくってウケるんだよ。前に泊まりにいったとき料理をつくったんだけどね。カレーにするつもりで牛筋を煮込んでおいておいたら、朝にたいぼくがコンソメスープだと思って飲んでたんだよ」

 いとうは爆笑した。

「たいぼくって本当に生活力ないよねー」

 倫理に囃す。「それにしても、あんマメだよね。よっ、家父長制」

 倫理は本気で不快そうな顔をしたが、いとうは気づかなかった。

都庁って変なデザインだよね。すくなくとも都の庁舎じゃないでしょ」

 遠景に都庁みえて、なんとなくいう。

「いや、あれは自生する秩序の象徴から都市役所としてふさわしい建築だよ。エッフェル塔と同じ」

 わたしが疑問に思っていると、倫理解説した。

ロラン・バルトの『エッフェル塔』だよ。『あらゆる時代、あらゆる映像、あらゆる意味に通じる純粋表徴であり、拘束のない隠喩』ってね。具体的にどういうことかは、ルイ・マルの『地下鉄のザジ』をみればいいよ。『地下鉄のザジ』ではエッフェル塔の内外から鉄塔の無機質な幾何学模様が無限に顔をもつところが撮影されているから。『地下鉄のザジ』の原作者が『文体練習』のレーモン・クノーっていえば、わかりやすいかな」

 なんとなくおもしろくなく黙っていると、いとうがいった。

「でも、そういう意味をもたないことを意図した無機質なデザインなのに、結果として都市ランドマークになってるのは皮肉だよね。そうそう、ケヴィン・リンチは『都市イメージ』で都市認知地図における主体を〈パス〉、〈エッジ〉、〈ディストリクト〉、〈ノード〉、〈ランドマーク〉の五つに分類したけど、これはプロファイリングのGCT犯罪地理探索モデル)に利用されているんだよ。〈犯人の標的捜索行動は居住地から離れるにつれて犯行に及ぶ確率が単調減少する〉、〈居住地の近隣に犯行の行われない地域存在する〉、という二つの仮説のもとで距離独立変数とする距離減衰関数を導出するんだ。もちろん、それだとただ犯行地点の二次元的な分布の平均を求めるだけだから、ここに認知地図を当てはめるわけ。たとえばエッジに近づくと距離が縮小するとかね。平山夢明の『独白するユニバーサル横メルカトル』は、これを種本にしているんだよ」

 往来でプロファイリング平山夢明について語るいとうは完全に異常者だった。

「そういう自生する秩序の象徴をもそのうちに組みこむのが、自生する秩序なんじゃないの?」

 倫理皮肉げにいった。

そもそも新宿のもの意味をもたない記号都市なんだよ。大政奉還前は飯盛女のいる宿場戦前遊郭戦後闇市復興期は赤線地帯。七一年京王プラザ建設を皮切りに七〇年代高層ビル建設されて、九一年都庁移転するまで、ここは周縁だったんだよ。都庁にふさわしい場所でしょ? ちなみに、いわゆる〈新宿二丁目〉は二丁目の北側だけで、二丁目と三丁目は御苑大通りで隔てられてて、歩行者天国地下道もそこで途切れている。で、ご存じのとおり二丁目は都市から外れて住宅街モザイクになってる。つまり、二丁目は周縁の周縁ってわけ」

 そこまでいって、倫理は表情に翳を落とした。

「まあ、これは殊能将之が『キマイラの新しい城』で六本木についていったことを、新宿転用しただけなんだけどね。〈キマイラの新しい城〉っていうのは復元された古城と同時に、六本木ヒルズのことも指してるんだ」

「いいじゃん。ロラン・バルトによれば日本のものが『記号帝国』らしいし」

殊能将之って『波よ聞いてくれ』に引用されてたよね」

 倫理は頷いた。

「『黒い仏』だね。柔むげさんがさ、いつか『殊能将之読書日記』に感動してたじゃん。わたしはそれがわかるんだよね」

 歩きながら、倫理Kindleの端末を開いた。

「『殊能将之読書日記』ではフリッツ・ライバー長編への見方が顕著かな。殊能将之は〈ほとんどエロゲーの世界〉とか腐しながら読んでいるんだけどね……。その皮肉さがわかりやすいのが『A Spectre Is Haunting Texas』だよ。殊能将之は『幽霊テキサスに取り憑く』と訳しているけどね。月周回軌道ステーションまれ主人公が、第三次世界大戦後のアメリカにきたら〈テキサス国〉になってたってはなし。日本でいうと〈「第3次世界戦後大阪日本支配するようになった時代大阪人は全員きんきらきんの漫才師ルックで、『なんでやねん』『そんなアホな』などとしゃべっている」みたいな設定〉ってこと。テキサス国の首都テキサステキサスダラスで、街にはケネディ暗殺を記念した黄金モニュメントが建ってるの。教科書倉庫の窓から突きだす銃身とオープンカーのシャーシのやつ。で、テキサス国の政権交代大統領暗殺でおこなうのが慣例なの。爆笑じゃない? で、まあギャグ小説なんだけど〈A nation nurtured on cowboy tales and the illusion of eternal righteousness perpetual victory. カウボーイ神話永遠に正しくつねに勝利しつづけるという幻想に養われた国。〉とか書いてあって、痛烈にアメリカ批判しているわけ。だからアメリカでは出版できなくて、タイトルだけイギリス英語の〈spectre〉の綴りになってるんだけどね。ちなみに日記には追記があって、このタイトルは『共産党宣言』の〈ヨーロッパ共産主義という亡霊が徘徊している〉のパロディだと教えられたからってタイトルの仮訳を訂正してるんだけどね。教えたのは中村融なんだけど」

 倫理はひと息ついた。

世界にこういう視座をもっているひとは生きるのが辛いよね。そういうひとを理解してしまうひともね。ナボコフの『ロリータ』もそういうはなしだよね。嫌味で文学趣味スイス人が、延々とアメリカ呪いながら一人の少女を愛するはなし。柔むげさんは、そういうところに感じたんじゃないかな。で、わたしもそういうひとたちに片足を踏みこんでいるからそれがわかるんだよね。だからわたしは『程』では灯が好き」

「あ。そこにつながるんだ」

 まったく予期しない展開だったためにおどろいた。が、いとうは思うところがあったらしく、無言で前を見つめていた。

 新宿駅みえてくる。

「そういえばたいぼくちゃんお酒買った?」

キリンをまとめ買いしておいたけど。あ、あとポテチカップラーメンも買っておいた」

 そういうと、いとうは爆笑した。

大学生じゃん」

 倫理も苦笑しながら言う。

「ここの成城石井ワインチーズを買っていこう。あ、でも、それならクラッカースモークサーモンハムを買っていって、ムースをつくった方がいいな。素材の味が出るから、いいものじゃないとおいしくないんだよね」

 買物をしてからJRのコンコース階に移動する。倫理カードで決済して、わたしお金を使うことはなかった。

「ごめんね。一応、ホストなのに」

 いとうは笑って「出世払いにしなよ」といった。

 倫理は微笑していった。

「それにたいぼくちゃんからモラトリアムの気配をもらってるところがあるからね。わたしも……、わたしたちもこうして社会人鋳型にはまってるけど、それが仮初めのものだってことを思い出させてくれる」

 コンコースでは大勢のひとが行き来していた。天井からは各路線を案内する表示板が大量に下がっている。これらの記号が指示するものなかにわたしたちのいく先もあるのだな、と思った。

2016-09-02

少し前にTwitterで女版ありむーと呼べるような人を見つけてしまった。

物事の考え方や行動パターン感情の振れ幅の激しさ、ネットへの感情のぶつけ方、嫉妬憎悪を抱く対象などが本当にそっくりで面白い

ありむー彼女は同じ鋳型で魂を作られたんじゃないかと思ってしまうほどだ。

ただ、明らかにありむーと違う所がある。

それは彼女のほうは多少問題があるもののちゃんと社会人としてやっていけているという所だ。

一般的には女性のほうが社会適応する能力が高いといわれているが、そういうことなのだろうか。

2015-12-01

http://anond.hatelabo.jp/20151130191413

読んでて無性に腹が立った。腹が立ってたまらなくなった。あーむしゃくしゃする。

こうやってタブー自分やら諸々やらやら…を縛り付けるから、そこからこぼれた等身大欲望やらなんやらかんやらが他害に向かうんだよ。しか無自覚悟り澄ましたような顔しやがって。

自分の生の感情欲望ベースに起点にせず、規範やら倫理やら理想像やら何やらかんやらそういうもんから出発して目の前の現実人間鋳型にはめるから無自覚ストレス(それも認めたくないんでしょうね)が溜まって、子ども苛めたり猫キュウリで脅かしてたのしんだりすんじゃねーの? 他害の自覚もなしに。聖人ヅラしてさ。

こんなあたりさわりもない(ようにみえる)増田なんて、わざわざこんなヘイト撒き散らしたりせず黙ってるべきなんでしょうけどね、こちとら、こーゆーゆがみ抱えた常識人ヅラ野郎に身も心もこっぴどく傷つけられた当事者なんですよ。

”上”(”神”か?)から押し付けられた圧力無自覚に他に向けて発散(ハラスメント)して悟り澄ましたツラしてんじゃねーよ!!!

あー腹立つ!あー腹立つ!!あー腹立つ!!!!!!

2013-10-16

加藤周一のことを考えていると、彼の話の是非はさておき、彼の周りには語るべき時代・語るべき社会構造がはっきりと存在したのだということを意識させられる。

加藤に限らず、そうした構造に掻き立てられて多くの小説評論は生まれてきたのだろう。

現在ではそうした社会構造霧散し、イデオロギー対立もなくなり、ふわっとした時代になってしまった。

それと期を一にしているのかそれとも偶然なのか、私や周りの人は日々特に考えなしに「つぶやき」を重ね、時に「考察」なんていわれるようなことも書いている。

それでいいとは思わない。ぶっちゃけ文章やその根本となる発想の仕方を見てても面白くないのだ。面白いという明確な根拠がないのだ。

そんな時代からこそ違う意味面白いのだろうが、ちょっと時折さみしくなる。

おいらっちノンポリなんですよ~」と臆面なく言える人が、はたして面白い文章かけるのだろうか?

ふわっとした時代が当たり前で、それについて無自覚な人間面白く物事を捉えられるのだろうか?面白く生きられるのか?

本当に何も考えずに気軽に思ったまま「つぶやき」していいのか?思考の在り方が時代鋳型によって定められていることに無自覚すぎやしないか

2013-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20130822095807

酔ってるせいなのか小ネタが若干くどいけどw、面白く読んだ。ありがとう

仕事を通した自己実現環境従業員に与える仕事」とか、うわカユイ!カユい!ムヒ塗らんと死ぬ!ってなりません?

思考から変えろ、と彼らはいう。お店っていう鋳型にハメて人を成形しなおせと。

行動を変えるために、思考様式そのものアプローチせよ!と彼らは言う。

僕は思う。なにすっげえそれ気持ち悪い、と。ワタミ臭がすごい、誰か水で薄めたブリーチ剤撒いとけ、って思っちゃう

↑この辺の感じ方はすごく同意

他人の思考にアプローチするのがきもちわるい。

社長です。バイトとか正社員とか使ってます。業種は飲食。

まぁ、もーかんねえ仕事ですが全体を通してみればわりと上手くいってるんじゃない?

お盆は盛大に入客爆死したけど、赤ってわけじゃないし馴らしてみればなんとかなってんじゃん?

そんな感じの店を何軒か経営してます。27歳、若造です。

わりと、部下のマネジメントに苦労してます

それで、人材育成についてなんですよ。

っていうのもね、僕こないだ「コレであなたも名経営者!このセミナーさえ聞けば部下の心は鷲掴み!これが5000円とは激安!」

って感じのセミナー行ったんですよ。まぁ、付き合いで。ほら…同業のエラい人に誘われると断れないやん?そのあとの飲み会まで断れないやん?死ねばいいのに

で、なんですけど。なんていうか、得た結論はこーいうことで

「なるほど、これ大体合ってるのね」ってこと。いや、すげえ正しかったです。超正論

実際これをカンペキにやれればかなりいいとこ行くと思った。やれないけど。

で、僕はっきりわかった気がしてるんだけど、人材育成術、ないしは僕の如き小規模対面ビジネスに於ける

末端社員アルバイトの育成。これって、要するに「どうやって効率良く従業から労働力搾取するか」って技なんですよ。

ほら…ね?僕レストランとかバルとか色々やってんだけど、要するにキレッキレのサービスマン使いたいなら求人出して

取りに行けばいいじゃないですか。普通に考えて。今なんて不況デフレなんだから月35も出せばイケてるサービスマン取れますよ。

ウマイ飯を作る料理人雇いたいならシンクロフードに求人出せばいいじゃないですか。45も出せばイケイケのが取れますよ。運さえよければ。

でもね、ぶっちゃけ飲食屋ってこんな給料出せないんですわ。

もうね、ムリ。利益でない。出資者のハゲ野郎に上納金払えなくなる。ぼく暮らせなくなる。嫁は怒る、赤子は泣く、金魚は全滅する。とにかくムリなんですよ。

それで、そこを代替する次善案としてこーゆーのが定着するんです。

「クソやっすい給料で働くアルバイトさんと、若くて何のスキルもない激安正社員ちゃんをモリモリ働かそう!」

はいこれマネジメント(笑)ってやつですよ。このスキルってほんとに、窃盗なんですよ。

給料は安く抑え、それでも人間の稼働効率を高めよ!っていうね。まぁ、法的にマネジメントは禁止されてないので窃盗は言い過ぎなんですが。

いやでも、ワタミのアレの技は強盗だよな。ってことは、「窃盗まではOK!」ってルールなんですよ要するに。

なんなら強盗もアリらしいっすよ。議員なっちゃったし。議員報酬が羨ましくてタマネギ刻む気がしねえわ。ストックソース切れてんのに。

そういうわけで、許されてるならコレをやらん手はないってことで僕もワインバル多店経営クソ野郎に連れられて講義を聴きに行くわけですよ。

知ってるぞ俺はテメーんとこのワインが原価10パー割ってるモンさえあること。おめーんとこの原価率ウチの4割引きだろ、従業員にもっと給料払ってやれよ。

こないだ聞いたぞ、テメーのアレ持ち物件だそうじゃねえか。それで店長給料うちより安いって、うわーマネジメント上手ゥーホント尊敬するゥー。

ああ、何の話だっけ。

ええとね、まぁ僕は飲食あるあるとしてこんな時間ベロンベロンに酔ってるわけなんですけど。店の冷蔵庫からかっぱいで来たシードルをガビガビと。

それでね、ああええとなにが言いたいってマネジメントって気持ち悪いんですよ。

それは給料わずに他人から労働力カスメ取る技じゃないですか。存在自体が卑しいじゃないですか。

でね、まぁいいんですよ。卑しく他人様から利潤をカスメとっての商売ですから

「ゲッヘッヘこのアイテムはまだ日本では原価が知られていない…ここは強気価格設定だゲッヒャッヒャ」って僕だって思いますよ。

それ自体はいいんですよ。商売ってそういうもんです。僕のボスくそハゲモアイ野郎もよく言ってます。いつか前髪毟り取ってやる。

でもね、マネジメント論ってなんかみんな「ポジティブ」なんですよ。

仕事を通した自己実現環境従業員に与える仕事」とか、うわカユイ!カユい!ムヒ塗らんと死ぬ!ってなりません?

いや、違うだろそれ。経営者がやりたいのは、「やっすい給料でむっちゃいい感じに働く従業員の作成」だろ。

だって、「良い従業員」ってのは「アホな資本主義社会参加者」じゃないですか。経営者が「良い」と思ってるってことは、

支払っている対価に対してより多いリターンが得られてるってことで。そんな状況を作るお仕事を、なんで「皆を幸せにする」とか言っちゃうんすかね。

こうね、いやわかるんです。確かに仕事楽しい方がいいし、適切なマネジメントの結果「楽しいお仕事が出現することもある。

だって、部下のシェフからウェイターまで楽しく仕事してくれりゃそれが最高だと思うし、「増田さんのお店大好き!大好きすぎて頭がフットーしそうだよぉぉ!」

って状況作りたい。マジ作りたい。でもさ、それってなんかほんとカユいんですよ。

まり、僕が思う人と人のフェアな関係って

「おまえさんが何考えててもいいんだけど、まぁいい感じに仕事してくれるとマジうれしい。給料分働いてくれ」って辺りじゃないですか。

思考はどーだっていいはずじゃないですか。行動さえ適切にコントロールできてれば。

お客様笑顔にしたい!」みたいなマインドって、そりゃ誰だってあると思うしすんばらしいモノだと思いますよ。

だって自分の考案したレシピ褒められるの大好きだし。「へっへっへ、青パパイヤのそういう使い方面白いっしょ?魚醤ライムばかりが芸じゃないんですよ?」

とかスゲー幸せな気持ちになるし。なんなら、お店が愛される以上の幸せってわりと少ないし。

でも、そーいうマインドってやっぱ経営者から強固にもてるもので、これを時給1000円で働くバイトと共有しようとするのは、

いや、その不可能じゃないだろうしやれる人はやるんだろうけど、その…きもちわるくないですかね。

少なくとも、僕は時給1000円で働いてた頃そーいうマインドは無かった。いや、なかったわけじゃないけどめっさ薄かった。

「はよ帰れゴミ客が!」くらいのことを平気で思ってた。従業員なんてそれでいいし、そんなもんであるべきだと思うんですよ。健康でしょこっちの方が。

でもね、「マネジメント」ってそうじゃないらしいんですよ。思考から変えろ、と彼らはいう。お店っていう鋳型にハメて人を成形しなおせと。

行動を変えるために、思考様式そのものアプローチせよ!と彼らは言う。

僕は思う。なにすっげえそれ気持ち悪い、と。ワタミ臭がすごい、誰か水で薄めたブリーチ剤撒いとけ、って思っちゃう

それが経営のために非常に大事スキルだってのは理解するけど、それでも気持ち悪い。

大体、僕だって労働力搾取される」側なわけじゃないですか。出資者の頭髪の貧しい人に。

ハゲがもうかってるってことは、僕がチューチューされてるってことじゃないですか。だから、僕は店舗経営に僕以外の代替人材がいない状況を作って

「文句あんなら辞めんぞオラァ!引き継ぎとか死んでもしないしそもそも不可能だ!」って状況を作ってハゲ対峙するわけですよ。マネジメントとかマジさせない。

俺のモチベーションとか思考様式にアクセスしようとした瞬間辞める。そらそうですよ。こちとら労働者ですよ。

自分給料裁量を最大化するために動くのは当たり前じゃないですか。そこで、お互いが妥協点を見出すのが「働く」とか「雇う」ってことですよ。

尚、キーポイントは僕しかからない業務上のブラックボックスを可能な限り残すことです。ああ、あと収益出しとくこと。

それで、ええとなんの話だっけ。

そう、僕だって早い話経営者というか出資者の奴隷なわけですよ。多少抵抗するけど、基本は搾取される側。

その僕が更に僕の部下から搾取しようと画策するって構図が、マッジ気持ち悪い。

マネジメント技術を売り物にする人たちが「よーするにアホを上手く使って稼ごうってことですゲッヘッヘ」

って言ってくれればさ、まだわかる。それなら僕も素直に聞ける。

でもね、彼らは違うんですよ。マネジメント従業員を幸せにするとか言うんですよ。

給料以外の対価を払う」とかいうんです。馬鹿言うな、給料以外に対価なぞ存在せんわボケが。

でもね、まぁ実際のとこいうと僕をマネジメントセミナーに連れてったクソ野郎は稼いでて、

僕は商売規模が似たり寄ったりなのに、彼の3割引きくらいしか稼げてないんですわ。いや、ただの予想だけど。

つまるところ、マネジメント(暗黒微笑)をやれってことなんですわ。

もっと社員精神の深いところにコミットし、自分の商売の歯車としてネジ込め!と。

バカな資本主義社会参加者をどんどん作成しろ!と。資本主義負け組を作れば作るほどもうかるわけですよ。

あああ、酒切れた!クソったれが。

でもね、僕やりたくないですよ。他人の心ってアレじゃないですか、わからないうえコワイじゃないですか。

触りたくないじゃないですか。僕は資本主義の利害対立の終着点として、人を雇いたいんですよ!

でもそれじゃもうからないじゃないですか。ああ、わかった俺もマネジメントで人を幸せにするわ!

恍惚の表情で時給900円でイトヨリダイ超上手にポワレする奴隷を作る作業に戻るわ!

ああああ仕事したくねええええええええええええええええええええええええええええええええ

2013-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20130519112532

いや、イデア論って鋳型やん?という。

プラトン「花の美というのがイデア界にある。個々の花はその似姿にすぎない。花の美に気づくことこそが真の想起すなわちアナムネーシス

小林「ねーよそんなもん。美しい花はあるけど」

っていう話かと思ったの。

プラトン本人によっては確か『パイドーン(パイドン)』でちょびっと言及されるけど、他のどの話に出てたかわからん

新潮の『弁明』に併録されてるよ。岩波パイドンひとつで一冊だったか、これもまた別のと一緒に収録だったか

2013-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20130517000500

アレかと思っちゃった。プラトンの。

花なら花の、馬なら馬の、人なら人の鋳型があるという。

「でもそんなのホントはないんだよ」っていう話かと。

2012-12-28

http://anond.hatelabo.jp/20121227222049

そもそも、こういう「日本人は●●だ」や「アメリカ人は●●だ」ってのは、単なるエスニック・ジョークなら面白いが、たまに本気でそう思っていて、しか科学的根拠など欠片もない連中が居るから困る。そういう、人を国籍鋳型にはめて物を見る連中より、血液型占いとか信じてる奴の方が、まだまともに見えるレベル

2012-11-29

http://anond.hatelabo.jp/20121129002451

その知人も元増田の態度見透かして相当に嫌ってそうだな

自称普通」の人は他の人が「普通」な行為をしないと矯正したがる

資本主義社会鋳型に嵌ったロボットみたいな人は退屈だ

多分その知人も元増田もいずれNNTで苦しむことになるだろうね

コミュ力あってそこそこの容姿コネがありそこそこ良い成績を収められる人でないと

正社員内定貰えないよ 

コミュ力だけでもあればある程度使い捨て前提の「営業(ソルジャー)」でなら内定貰いやすいだろうけど

その知人は周囲に居たら好きになれそうにないけど、元増田から受ける印象はもっといけ好かない

[追記]2人ともまだ治そうと思えば就職活動に間に合うと思う

2012-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20120518154450

本当に同意できる。アジア旅行とか、日本一周とか、サークル幹事とか、バイトとか、シューカツで受けの良い活動はいろいろある。

でもそれに対するオトナの評価っていうのは、期待に沿って規定通りに活動した人間に対して向けられた規定通りのもてはやしに過ぎないんじゃないか

『オトナの人から受けの良い活動』ってのがそういう意味ガチガチに固まってるから、本当は自由なのに規定に沿ったシューカツの話題作りをしなきゃいけない、それをしないとオトナ受けしないんだ、っていう閉塞感がある。一見すると何をしてもいいんだけど、自分の才能の生かせる好きなことをやっても、けっきょくそジャンルに割り当てられた枠にはまった評価しかもらえない。

例えば、アジア旅行という唯一無二な経験は、周りから賞賛されることでいつの間にか周りが期待する定まった鋳型の中に溶かし込まれてしまう。そのときアジア旅行はもうすでに人生との深い関わりとしての貴重な経験ではない。ちょうど名刺履歴書に略歴の一つとして書き込んで、「はい、こういう者です」とオトナに差し出すような、学歴とか資格と同じような権威ひとつになっている。

から、自由なのに実は『ライフハック的な「いいこと」』へのオトナの強い期待をシューカツ生はシューカツの中でひしひしと感じ取らざるを得ないし、結果としてどうしてもみんなそっちの方向に歩み寄ることになる。

シューカツの気持ち悪さっていうのは、個性とかクリエイティブとかお題目を唱えながら、その裏でオトナとの関係の間で生まれる得体のしれない権威必死に寄り添ってるシューカツ生の苦慮を見て感じるものじゃないのかなあ。

2011-07-07

漫画ってだいたいどれくらい連続して読めるものですか?

最近時間があるときでも連続して十冊も読むとへとへとになってしまます

調子が悪いと一冊でダウン。三十分以上読み続けられなくなってしまます

よっぽど小説のほうが読みやすいようにさえ思ってしまます

まあ小説にしてみても、字面をなぞるだけのような読み方になっているきがするのですけれど。

この際だからどちらも纏めてしまますが、本を読んでいると、そこに何かが描かれていることは分かるんです。分かるんですけど、いまいち飛び込んでこない。

漫画にしても小説にしても、高速でスライドショーを眺めているような気分になるのです

いい話だったなあとか、面白かったなあとは思うけれど、肉薄してくるような感想が抱けない。

原因を漫画小説押し付けることは簡単ですが、どうにも自分自身の集中力というか意識というものが散漫とし過ぎているのが問題であるように思うのです

広く薄く漂う認識主体では、確かに得られる情報の量は増えるでしょうが、読み取る情報の質に劣化が見られるような気がしてなりません。

どうすれば以前のようにシャンとできるのでしょうか。それとも、変化というものは一方的なものしかいから、元の鋳型に嵌ることはできないのでしょうか。

残念でなりません。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん