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はてなキーワード: 甲斐とは

2018-02-15

anond:20180215111432

そもそも今時の男も、女に対して自分以上の経済力甲斐性を求めるからね。

自分以下の収入の女なんて、恋愛対象外・結婚対象外だと思っていますけど何か?

anond:20180215110715

今の時代は男も女に対して自分以上の収入甲斐性を求めますけど?

から見てレベルが低い女ばかりだから結婚できない女が増えてきているんじゃないの?

anond:20180215110250

最近の男は「経済力甲斐性」があって「パパ」と呼べる存在はごく一部なんだなぁ。

共働きさせようとしている時点で「パパ」ではないし、「割り勘」にさせようとしている時点でも「パパ」では無いんだなぁ。

anond:20180215110933

彼氏父親代わりを求める女なんていないから、

>そのまんま言い返すのはブーメランにしたつもりなんだけど全然当て嵌まってなくてピンと来ないんだよなあ

へえ、じゃあ世の中の女は彼氏経済力甲斐性を求めていないと言い切れるんだ。

現実が見えていないのはおまえだろ。

anond:20180215110022

何でもやってくれる、自分のことを考えず私のこと”だけ”考えてくれるパパを求めてる。

男に経済力甲斐性を求める女のブーメランじゃん。

anond:20180215105859

男にパパの役割経済力甲斐性)を求める女だって同じなんだからお互い様でしょ。

何で男だけが批判されないといけないの?

anond:20180215105808

そりゃそうだけどさ、女が甲斐性を持って男をリードする話があまり聞かないんだよね。

2018-02-12

anond:20180211201841

未だに女の方が男女平等意識が低いから言われてしまうのではないの?

女性社会進出と言っても、男に自分以上の経済力甲斐性を求めることが当たり前だと考えているんでしょ?

それを改めて、男が女に経済力甲斐性を求めることも受け入れる度量を持たないと、男女平等は実現できない。

anond:20180206004025

これは増田のみならずはてな全体で繰り返し話されてきたストーリーですが。

何度トライしても口で説明できないので、人の心は(本能よりの部分ほど)不思議なのでとしか言いようがないです。

今までにブクマしてある説得材料になりそうなのもあるけど「これは俺とは絶対に違う」とか「じゃあどうすればいい」とか言って結局納得しないと思う。

ただ、世の中はブレが大きい。

たとえばあなたの気にかけている「容姿」の個性(=平均からのブレ)が、

ご本人は意識にのぼってないほど些細なものみえていて、

逆に「どうしてみんなは〇〇〇にうろこが生えてない男とエッチできるの?

わたしにとってはまずフェイクでもうろこつけてデートに来てくれる程度の器がなきゃそもそも恋愛対象外なんだけど」くらいのぶっとんだ好みの人がいます

そんなの正気じゃないあり得ないと思うでしょうけど、

テレビに映し出されるような「平均的」なものけが他人内面ではないです。

今はずっと内面自由だしそれをこっそりSNSで表に出す人もいる時代なんです。

 

それがあなた幸せかはわからないですし、むしろ侮辱と取られたりすることもありますから

あなた個性を生かす道があるかもしれない場所をわざわざ探して貼り付けたりするのはやめておきます

ただ、あなたの気にかけている容姿という個性場合によっては無視される程度のものに過ぎないだろうと思います

お父様のおっしゃりたいのは、

容姿でなく健康問題遺伝することや経済的包容力甲斐性)などの点のほうが伴侶を探す上での悩みとして深くなる可能性が一般的に高いという点にあるのかもしれません。

 

 

頑張れとしかいえません。

2018-02-10

のぶみ歌詞を叩いている奴らってさ・・・

当然男に自分以上の経済力甲斐性を求めていないはずだよね。

テメエ自身一家大黒柱になる覚悟を持っているんだよね。

戦争になったら、男の代わりに戦争に行って死んでくるんだよね。

2018-02-09

anond:20180209110754

これから女性管理職指導者を増やしていかなければならない時代になってきているのに、果たしてそんな理屈通用するかな?

自分が悪かった時に、それを責められたら簡単に死んでしまうの」なんて情けないことを書いているけど、笑い話としては全く笑えない。

管理職指導者役割は、自分責任が無いことでも責められる可能性のある仕事からね。「管理」職っていうのはそういう話。

仕事恋愛プライベートは違うだろうと反論したくなるだろうけど、今は男だって女に甲斐性を求めるからね。男女平等だし。

>それが女の処世術であり、女はそいう世界に生きていると知れ。

では、そのような世界をぶっ壊してやることも親切だね。

2018-02-07

anond:20180207000609

お前は守られる側なんだから感謝してりゃいいんだよ。いくらでも一生食わせてやるよ。申し訳なくなる必要なんかねーよ。

言っちゃなんだけど、お前らみたいな奴らを守っていけるのも甲斐性だ。

anond:20180207000609

お前は守られる側なんだから感謝してりゃいいんだよ。いくらでも一生食わせてやるよ。申し訳なくなる必要なんかねーよ。

言っちゃなんだけど、お前らみたいな奴らを守っていけるのも甲斐性だ。

2018-02-06

anond:20180206210146

たぶん増田男女平等観点から言いたいんだろうけど、世の中で総合的な視点から見ればバランスは取れているはずだよ。

男は女以上に長時間労働が求められるし、未だに甲斐性などという前時代的なものを男に押し付ける風潮は残っているよね。

戦争になったら、男が中心になって戦うはずだよね。女が男の代わりに戦争で戦って死ぬなら、それでもいいけど。

それらの男女格差是正されれば、増田の感じる不条理はおのずと解消されていくはず。

anond:20180120192202

うーん。

同情するもしないもなくて、そもそも人間って不甲斐ない事が前提な気がするよ。

育った環境関係無く、皆一様に不甲斐ない物だと思う。

2018-02-05

anond:20180205150409

甲斐性とまで言うつもりはないけど束縛を許しすぎても一生ゾンビだぞ

仲のいいフォロワーが私の布教ジャンル変えしたけど全然嬉しくない

好きな作家さんが王道へ流れてしまい複雑な感情を抱いてる方の日記を読んだ。

わかる。その気持ちとてもわかる。私も少し違うけれど同じようなことがあった。

私にはあるジャンルで知り合ったとても仲の良いフォロワーがいる。仮にAとする。

もうリアルでの友人よりも仲が良い気がするし親友といっても過言ではないくらいだ。

お互いの家は泊まったり遠征があれば同じホテルに泊まって過ごしたりと友達以上のような関係だ。

ある日Aが自宅へ泊まりに来た。

もちろん私は大歓迎で、泊まっている間はほぼ離れることなく過ごし、このチャンスを逃してはいけないと私の好きな作品プレゼンした。

この時の私は、その作品をAが好きになってくれたら話し相手が増えるな、そうなったらいいなと思っていた。

メインに支障のない程度に好きになってくれればいい、たまに話し相手になってくれるぐらいになってくれればなと。

私のプレゼン甲斐ありAは見事にその作品を好きになってくれた。それはもう私の想像以上に。

私の家から帰る際にAにその作品をいくつか貸し、布教大成功したのだ。

しばらくはAと話す際に、私の持つ情報やその作品について語ったりなどしていたのだが、ついにAは二次創作を始めた。

そのとき私は嬉しさと同時に(あぁ、しまった)と思ったのだった。

もちろん私はその作品が好きだ。

二次創作だって検索したことはあるし、シリーズものから今までのものは全部集めてる。

新作が出るなら予約して購入するくらい好きだ。

Aは二次創作を始めてからどんどんとその輪を広げて行き、その作品で知り合った他のフォロワーとも仲良くするようになった。

もちろんここで私はそれを喜ぶべきなのだろうが、全く喜ぶことはできなかった。

私だけが置いて行かれているような感覚嫉妬のようなものを感じた。

Twitterつぶやく内容もその作品について、らくがき!と言ってあげるイラストもその作品

もう私たちが知り合ったジャンルの話は全くない。

Aとっくにその作品ジャンル替えしていたのだ。

私とAはよくスカイプで話していた。休日の夜などほぼだ。

しかフォロワージャンル替えでその作品で知り合った新しいフォロワーと話すようになった。

今日話せる?」

「ごめん今日は○○さんと話すの…」

もちろん前々から予定を聞かなかった私が悪い。

そんなことはわかってる。でも前まではずっと話していたんだよ。

土曜の夜は私と話すのが慣例化していたのに。悲しかった。

ジャンルの切れ目は縁の切れ目ってこういうことかと泣いた。

私はAが絵を描けばいいねをつけてリツイートしたし、リプでコメントも送った。

そのジャンルについてAが語れば欠かさずいいねを送り空リプ同意ツイートリツイートした。

スカイプ中もずっと褒めたり感想を言ったりしていた。

なのにAはジャンルを変えた。きっとそういうものなんだろうね。

いいねコメントを送り続けていてもジャンルを変える人は変えるんだよ。

ジャンルを変えてから私は新しいフォロワーが憎くて憎くて仕方なかった。

アカウント消せばいいのにとずっと思ってた。

実際今でも憎い。逆恨みとはわかってるけど。

Aが楽しそうに他のフォロワースカイプしながらマルチプレイしてる時は憎しみと悲しみで吐いた。

そのゲームシリーズ見るだけで憎くなってくる。

私と話してるときもそのゲームやってたけどスカイプ中全く話してくれなかったよね。

私は無と通話してるのかと思った。

何度、あの作品を貸す前に戻れたらなって思ったことだろう。

だってジャンル変わったのは私が貸した作品きっかけなんだよ。

私が貸さなかったら少なくともあの作品へのジャンル変えはなかった。

この苦しみは過去の私が原因の苦しみで、何度も何度も後悔した。

はぁ〜〜ままならない。本当にままならない。

今日もAは最近でたあのゲームマルチプレイを私以外の人とするのだろう。

私のフォロワーを返せよ。過去自分に向かってそう言い続けている。

2018-02-03

同人活動やめようかな、という迷いの話

同人活動やめようかな、という迷いの話

タイトルも含めて、とりとめなく自分同人活動を振り返ったり脱線したりするだけの話です。

ありきたりな前置きですが本当にまっとうな思考人間による文章ではありません。

同人活動をしている、平々凡々な人間のよしなしごとです。

二次創作世界を知ってから16,7年が経つ。

小中学生の頃は、好きな作品に触発されながら、毎日のようにノートコピー用紙に絵を描いていた。多いときは週に10作品以上ビデオ録画をしてアニメを観て、絵を描いていた。

当時SNSがあったのか知らないけれど(それこそ2chしか記憶がないし、2chSNSではない)、とにかく今のようにSNSが当たり前の時代ではなく、また家族にも友人にも、誰にも披露するわけでもないのにアニメ感想ゲームレポをイラスト付きでたくさんかいていた。多少、「アニメディア」や「ファンロード」の影響があった。

はじめて二次創作の本らしきものを作ったのは中学2年の頃だった。鉛筆で描いた漫画コピー用紙印刷して、ホチキスで留めただけのもので、しかも複製せず一冊しか作らなかった。

次に本を作ったのは高校1年の頃で、友人3人と合同誌を作った。その時はペン入れしたりトーンも使ったりしてアナログ原稿を作った。オンデマンド印刷本だった。はじめてイベントに出て本やラミカ頒布した。

ほぼ同時に、その頃から徐々に界隈に広がりはじめたデジタル原稿にも挑戦して、これもオンデマンド印刷ではじめての個人誌を作った。

どちらも、自分漫画ネタ作画も本当に拙くて酷かったのを覚えている。

漫画を描くのは普通にイラストを描くよりも、何倍も難しかった。

それからしばらく受験や何やらで忙しくなって、本は出さなかった。暇を作ってはイラストを描いたり、鉛筆描きの短い漫画くらいは描いていた。

高校卒業したあたりからpixivTwitterを始めて、二次創作世界を広がりを感じた。自分pixivにらくがき程度のものを少量しかアップせず、ほとんど見る専と言ってもよかった。

大学生になり、大きなジャンルにハマって、描く量が一気に増えた。人生最大級に大きなハマりっぷりで、グッズにも相当お金を使ったし、それまであまり買っていなかった同人誌もたくさん買うようになった。大学生時間もあったのか、熱に浮かされたようにずっとそのジャンルのことを考えていたし、ずっと絵を描いていた。Twitter二次創作アカウントも作り、大学2年か3年のあたりだったか、ついにそのジャンルで本を出し始め、イベントにも出はじめた。

大学院に入ってからは、1年目はびっくりするほどイベントに出ていた。2~3ヵ月に一度はイベントに出ていた。これは自分にとっては驚くべき頻度だった。ジャンルがとても盛り上がっていたこと、また院生研究生活がわりと孤独だったことも大きな要因だったと思う。いろいろなご縁をいただいて、アンソロジー寄稿させていただくことも何度かあった。

この頃——というよりずっと昔からだったが、自分は本当に締切が守れない人間だった。個人誌についてはそれが顕著で、新刊を落とすか、割増入稿をするか、常に二択だった。

ただ本当にだらしないせいだと思うけれど、病気か?と本気で疑いたくなるくらい、ギリギリになるまで原稿に手をつけなかった。心を改めるどころか、年々それは酷くなっていった。

さすがに研究論文執筆が佳境を迎えたころは同人活動を控え、修了までの1年間は本を出さなかった。イラストはたくさん描いていたけれど。

社会人になってから、以前よりずっと絵を描く時間が減った。社会人になってから同人活動は大変だと聞いてはいものの、身にしみてそれを感じた。社会人1,2年目は本は出せないだろうな、と学生を終える前にも思っていたけれど、いざその状況になってみると、それでも本を出したい、という思いが湧いてきた。同人活動をしばらく抑えていた反動だった。

久々に本を出した。……酷かった。

全然時間が足りず、というよりは原稿計画がしっかりしておらず、後半の作画は目も当てられなかった。ストーリーも読み返すと良くなかった。

かなり、後悔した。

それでも買ってくれる人や、感想を送ってくれる人がいて、とても励みになったし、次は頑張ろうと思った。

わりと昔から自分作品を貶したくなる癖があった。癖というか、実際本当に、自分は話作りが下手だったし、それを補うほどの努力もできていなかった。

それでも、見てくれる人、買ってくれる人がいる中で自分作品を貶すのは失礼だと思って、なんとかこらえてきた。

また新しい本を出した。

……前よりもっと、酷かった。

あんなに前回後悔したのに、まるで活かされていない。反省できていない。明らかに時間をかけられなかった。努力できなかった。

イベントから日が経つほど心は冷え冷えとしてきて、多少通販もしたが、これ以上世に出すのが耐えられない、と感じて、早々に打ち切った。

最低限、きちんとした本——手抜きせず、自分が納得できるもの——を出すことができなくて、自分所業ながらただただショックだった。

「何がなんでも出さなきゃ」、という思いだけがまりに強かった。

納得できないならどうして無理矢理出してしまったのか。落とす、という選択肢はなかったのか。いつもすべて過ぎてから、後悔が襲ってくる。

今はかなりマイナーCPを描いていて、こんな自堕落ぶりで同じ界隈の人にも申し訳なくなったし、自意識過剰かもしれないけれど、CPイメージが悪くなるのではないかとまで思っている。それでもまだ、好きだから描きたいという思いはある。

しばらく、休んだほうがいいんじゃないかと自分でも思う。実質最近は大きな仕事を任されていて、同人活動は休止状態に近い。

でも今までの休止期間以上に極端に絵を描かなくなっていて、それが少し怖い。

もしこのまま、絵が描けなくなってしまったらと思うと、漠然とした不安が頭を埋める。

絵を描くこと、同人活動をすることは、自分人生においていつの間にかとても大事なことになっていた。10年くらい前は、なんとなくいつかは絵を描くこと、同人活動をやめる日が来るんじゃないかなと思っていた。「こういう職に就いてこういうことをしたい、それに打ち込みたい」と、自分創作とは関係しない夢を当時は持っていて、同人活動時間自然に淘汰されるのだろうという予感があった。けれど今になって、これからもしばらく同人活動を続けていきたいと思ったし、その終わりが見えてしまうのが怖くなった。

同人活動趣味に過ぎないと思う。つらいなら、できないなら、やめてしまえばいいと思う。

休止じゃなくて、……本当にもうやめてしまおうか?

そう思う時もある。でもそれがやっぱり怖い。

自分の不甲斐なさで好きだったことがつらくなって、自滅以外のなにものでもなくて、本当に馬鹿だなあと思う。

いい年になりつつあるが、浮いた話もとくにない。結婚というのも、同人活動をやめるきっかけとしてよくあることなのだろうか。知り合いでは結婚しても同人活動してる人がたくさんいるけれど。

仕事をして、日々が、月が、年が過ぎていく。仕事は嫌いではなく、むしろ好きだ。でも絵を描かない日々は、少しずつ自分の心を色褪せさせている気がする。

これからどうするかは、まだ決められていない。

同人活動続けようよ、あなた作品は素敵だよ」と言ってくれる人よりも、「あなた作品はこういうところがダメ活動姿勢ダメ。改められないなら、つらいならやめてしまえば?」と言いきってくれる人がほしい。

でもそれも独りよがりで、続けるきっかけ、またはやめるきっかけが他人からほしいだけなのだ自分で思う。方向はどうあれ、背中を押すか蹴るかしてほしいだけなんだと思う。

よしなしごとは、以上です。

弱気なこと、不安なことを言える機会がなかったので、ついここにしたためてしまいました。

読んでくださりありがとうございます

anond:20180131223228

勝ち組共働き世代お金自由と生甲斐が欲しくて子供邪魔なだけなので

高級保育園子供を預ける金なんて払いたくないんじゃない?

ネオリベ的な「自己幸福追求型」かつ「コスパ志向なんだと思うよ

ウナギは魚に含まれるのか

先日、おっさん数人で年甲斐もなくはしゃぎまわるように遊んだ時の話

晩飯を何にするか話し合い、疲れているのでがっつりと食べたいが、焼き肉は重すぎるということでうなぎ屋が「正解」だという結論に至った。

すると、おっさんの中の一人がポツリ

「俺、魚ダメなんだよね・・・。」

それを聞いたとき、俺に衝撃が走った。

ウナギは確かに魚だ。

だが、俺はこれまでの人生で、ウナギかば焼きを食べるにあたって「ウナギが魚である」という認識を持ったことはなかった。

恐らく、ウナギかば焼きが魚料理のあっさりとしたイメージに反しているからであろう。

小骨の存在ほのかな風味こそ魚の体裁をしているものの、あのタレの旨さと身のジューシーさ、食後の満足感は魚のそれとは一線を画している。

俺がうなぎを食べるときの気分は肉料理を食べるときのそれに限りなく近かったのだ。

そのおっさん子供の頃から魚が嫌いで、うなぎについても食わず嫌いで食べずに生きてきたようだった。

そこで、上述の「ウナギ文脈」を伝えて説得を試みたが、その甲斐なくうなぎ屋は却下された。

「正解」を見失った俺たちは、回らない寿司屋妥協することとなった。

ウナギは魚である。このことに気づかずに生きている人は恐らく少なくはないだろう。

2018-02-02

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.はてブで稀によくあることなのですが、不自然スターが多いブコメがあるのはなぜですか。

お気に入り数の多い有名ユーザー突撃しているというケースもあるだろうが、もうひとつ可能性があるな。

スター連打』だ。

スターは1人のユーザーにつき1個までしかつけられないなんてことはなく、やろうと思えばありったけのスターを1つのブクマ(ブコメ)に対してつけることが可能だ。

もちろん1つのユーザーアカウントでな。

スターは有限だが、簡単に補充することができるから尚更だ。

君がみた不自然に多いスターというのも、そのケースだろう。

試しに適当エントリに、ブコメで「スターください」と書いてみるといい。

1人でも酔狂な輩の目にとまれば、ほぼ似たような現象が起きるはずだ。

黄色以外の、珍しいスターがつけられることもある。

なんなら自分ブコメ自分スターをつけることも可能だ。

自分で書いた記事に、自分ブクマ(セルフブックマーク、略してセルクマ)してコメントを書き、そのブコメ自分スターをつけるなんてことも。

自己完結能力の高い私ですら、そこまでやれる甲斐性はないが。

Q.そんなことできてしまったら人気コメント欄を操作できてしまうのでは?

その疑問については半分YESで、半分NOだな。

基本的に人気ブコメ欄はスターの多い順に並ぶのだが、これは厳密には「多くのユーザーから星を貰った順」なのだ

10人のユーザーから1個ずつスターを貰ったブコメと、1人のユーザーから10個のスターを貰ったブコメなら、前者が上にいくというわけだな。

人気コメ欄スターが少ないブコメが上で、多いブコメが下に位置していることがあるのは、そういったケースであることがほとんどだ。

その点では、1人のユーザーが1つのブコメスターを連打しただけで人気コメ欄意図的操作することは難しい。

だが、ちょっとした印象操作くらいなら出来なくはないかもな。

スターを誰が、どのようにつけたかというのは、各ブコメの★マークアイコンカーソルを合わせるなりクリックなりすれば容易に閲覧できる。

だが大半のユーザー他人ブコメについている星を、誰がどのようにつけたかなんていちいち閲覧しない。

そもそも、それらの機能すら知らない人も多いかもしれん。

ホッテントリの人気コメだけ見て、満足するような人たちもそこそこいるだろうな。

そういった人たちが、スターが多いブコメを見たらどう思うか。

うーん、この問題の是非について大した関心もなければ、言語化するだけの含蓄もないなあ。でも、ちょっといっちょ噛みしたい衝動に駆られるなあ。あ、この人気コメ。これだけ星が多くついているってことは、それだけ支持されているってことだよな。自分の持っている漠然としたイメージと近い意見のように見えなくもないし、迎合意味を込めて僕もスターつけよーっと」

・・・・・・といった妄想捗るな。

今回、学ぶべき教訓は「『いいね!』が玩具宝石なら、星は石ころ」だ。

はてブスター設計上その意図するところが漠然としている。

まあ、有り体に言えば無価値だ。

価値であるがゆえに、人はそこに価値をつけたがる。

それ自体人間の性だが、ふと俯瞰して見たとき「やっぱり無価値だ」と我にかえる冷静さが必要だな。

少なくとも、そのスター価値担保しているのは誰か、くらいは知っておけば損はしないだろう。

通貨と一緒だ。


余談だが、一昔前のはてブは人気コメ欄の影が薄い、影すらないといっていいデザインだったんだ。

人気コメ欄が今のように出しゃばってきたとき、仲間たちはかなり反対していた。

でもこの話をしたら、十中八九PTSDだといわれる。

私が傭兵をやっていたという話すら信じてくれない。

妻子持ちで、仕事にも経済的にも不満はないが、特に楽しいことがない

仕事淡々とこなして、帰って妻と雑談をして、子供相手をして、寝る前に録画を観るかマンガを読むかゲームをするだけ。

趣味は、マンガゲーム映画音楽ネットくらい。

全部、ひとりで完結する、金と時間を使うだけの受け身の趣味子供が生まれからはやれる時間もかなり減った。

友達もいるが、3ヶ月に1度くらい飲みに行くか、イベントに誘われたら顔を出すだけ。

夫婦仲は悪くない。セックスは月に1回くらいだが、浮気するほどの甲斐性もない。

子供はすくすく育ってるし可愛い子育てはそれなりに積極的にしているが、それを生きがいにするのは嫌だ。

周囲からは、わりと順風満帆人生幸せそうに見られるが、これがあと30年とか40年とか続くのか。

毎日の繰り返しで、特別何か楽しいことがないのがつらい。

仲間と一緒に趣味活動創作活動をして充実してる人や、BBQキャンプパーティーやったりして楽しそうな人々を見ると、つらい。 

でも、自分から人を誘うのが死ぬほど苦手だし、いつも同じ仲間とつるむのも苦手。

こういう人って、どう生きればいいの? 同じ趣味の仲間とかどうやって探せばいいの?

有給休暇を使い果たして思ったこと。

ひとことで言うと、辛いのだ。

はいま、いわゆる一部上場企業というところで働いている。

土日祝は完全に休みであり、万が一出勤しようものならば代休もしくは残業代付与される。

もちろん通常業務においても1分単位残業認定されるし、PCログイン時間ログオフ時間で勤怠管理をしているためサービス残業ができない。

22時以降の残業は前もっての申請必要なうえ、それが続くと直属の上司さらに上の役職から注意を受ける。有給休暇も年15回とらないと勧告がある。

給与面でも文句はない。今時珍しいとされる賞与も年6~7か月分支給されるし、福利厚生も手厚い。(なんと家賃の7割が会社負担になるのだ)

私はそんな会社でもう7年勤めている。

さて、私はいわゆる「超ホワイト企業」に務めているわけなのだが、そもそもなぜ入社できたのかという話をしたい。

私は一応大学卒業している。しかし決して褒められるような大学ではない。世間一般的にいうところのFラン大学だ。

そんな私がどうして(新卒という最強カードを持っていたとはいえ)この会社に入ることができたのか。それはたったひとことで説明できる。

私は話をすることがひどく上手だったのだ。

俗にいう「コミュ力」が高く、さらにいえば明るくハキハキ見せることに長けていた。

私が就職活動をしているときは今と違った「就職氷河期」と言われる時代だったが、私は仲間内の誰よりも早く内定を得ていたし、

しかも我が母校からこの会社就職するなど奇跡だと持て囃された。

ただニコニコして問われたことにハキハキと答える。さながら水商売人間のように「相手面接官)を楽しませる」ことだけを念頭に置いていた。たったそれだけなのだ

さて実際に入社してから周囲を見渡せば、同期たちは驚くくらいの高学歴ばかりだった。

早慶上智なんて掃いて捨てるほどいるレベル東大京大当たり前。海外ナントカ大学出身など、私とは頭のつくりどころか産まれとき行為さえ異なっていると思うほどだった。

それでも1~2年目は大丈夫だった。

みんな会社への知識が同じくらいだったし、任せられる仕事も大したものではなかった。

それが3年経ち、4年経ち、5年経ってから徐々に差が広がってきた。

中には海外に異動した同期もいた。本社勤務になった同期なんてもう数えきれない。それでも私はずっと1年目とほぼ変わらぬ仕事を続けているのだ。

私の取柄は「コミュ力」のただひとつ仕事を任せられても大した結果は出せず、自分のやりたい仕事もわからないまま、モチベーションけがどんどん下がっていく。

それでも転職という選択は怖くてできない。だけど会社には行きたくない

誤解のないように言っておくが、人間関係などはとても良好であり、良い先輩たちに恵まれている。

先輩たちがこんなにダメな私に付きっきりでいろいろと教えてくれるのだ。本当にありがたいし、申し訳ない。

同時に自分の不甲斐なさに辟易もしているのだ。

私はすでに就職して7年が経つ。もう新入社員などでは決してない。もう中堅社員といっても問題ない年齢なのに、それでもまだ新入社員のように手取り足取り面倒を見てもらう。

努力はしたつもりだ。しかし足りていないのもわかっている。ただ、これ以上、どうやって・どこに向けて努力を重ねればいいのかわからない。

昨日で私は今年度の有給を使い果たした。もう休むことができない。

それなのに毎朝会社に向かう足取りは重い。それどころか吐き気が伴ったり、異様なほどの倦怠感に包まれてベッドから起き上がれなかったりする。

周囲のひとは優しい。その優しさが、しんどい

なんて贅沢なのだろう。なんて我儘なのだろう。私が言っていること、やっていることは「サボり」のひとことで済んでしま状態だ。それはわかっている。わかっているのだ。

そこまでわかっておきながら、どうして私は何もできないのか。

ただ笑っているだけで許されていた。そんな時間はもうとうに過ぎた。

次のステージへ進まなければならないのだ。だけどその方法が、わからない。

昨日、とうとう上司から産業医との面談を勧められた。身体変調ではない。心の変調危惧されたのだ。

まれ環境にありながら、私はなんてだめなのだろう。そんな思いがぐるぐる巡る。そんな状況が、ただ、辛い。

世の中にはもっと凄惨な状況で仕事をしているひとがたくさんいると知っている。

そんなひとたちを見下して自分の状況に安堵するつもりは毛頭ない。むしろ逆だ。

自分が恵まれているにもかかわらず、こんな不甲斐ない状況に陥っていることが狂おしいほど悔しいのだ。

来週、産業医面談がある。

今後の進退を本気で考えなくてはならない時期がやってきた。

ただひとことだけ、辛い、辛い、と言い続けているだけではもうだめなのだ

どうしようもない自分の、どうしようもない内面を、おそらく初めて目の当たりにする。とてつもなく怖い話だが、向き合わねばならないのだ。

こんな甘えたばかな自分が辛い。大嫌いだ。

いっそもうすべてを投げ出してしまいたくなるのだ。

2018-02-01

フリーハグやってみたい

でもこんなおっさんがやったら年甲斐もなくバカやってるオヤジだとツイッターさらされるんだ。

やっぱり可愛い女の子やチャラい大学生じゃないとダメなんだ。

一生進級できない

大学生です不登校になってしまった

去年の今頃もそうでテスト期間に重い昼夜逆転と軽い引きこもりを起こして単位を全部落として留年している

無理矢理起きて登校を試みてもなぜか教室に入れないし図書館で寝てしま

別に学校生活で嫌なことがあるわけでもないツイッターで作ったオタクたちとの交友関係もあり孤立もしてない

まだ入学してから一度も単位を取ったことがないのでこの留年が一生続くんだろうなという気がしてやまない

病院に行けという話もあるがフットワークがそう軽ければこんなに困ってない

腰が重い

心配してくれる(後輩だった)同級生の「テストたか?」に対して嘘ついちゃうのが本当に情けなくて不甲斐ない

こんな不良債権にドボドボ学費融かしてくれる親の顔が見られない

むしゃくしゃして下宿で叫んだら薄い壁をドンドン叩かれてまだ深夜だったなと我に帰る

学問がやりたくて進学したのに学生に向いてなかったって自虐ネタももう笑えなくなった

労働も試したがどうにも身体に合わないし牛丼からも土方からも逃げてしまったしもうすぐ採点バイトからも逃げるだろうな

実家に帰ってニートをやることくらいしか生存手段を見いだせないがその逃げ道があるだけ幸せなのだろうか否

実家を出る前両親は主に俺の扱いでいがみ合っていたし盆と正月以外に居住してはあの幸せな家は壊れる

生活全般に苦手で部屋は臭い

俺も臭い

多分もう5日シャワー浴びれてない

何もわからなくなったので前に飯を食ったのが何時間前なのかツイッターを見ないと確認できない

干し忘れて何回も回すから洗濯物も臭い

去年はこれに加えてインフルと思しき体調不良があった

今年はまだマシだ否

登校できてないのにマシもクソもあるか

何を言いたいのかもわからなくなってきた

何もわからない

件の友人に助けを求めろという話もある

プライド邪魔なのである

そんななので先生単位をせびりに行ったり再テストを頼んだりもできない

他人に何かをお願いするのが怖い

有効なふうに「助けてくれ」を言うのが気恥ずかしくてだめだ

変にプライドは高い

高校までの18年間勉強は得意なつもりだった

定期テストは無対策壊滅だが模試の点数は無対策クラス上位」をしていた

中学担任には「絶対にお前を許さないし絶対に推薦入試は受けさせてやらない」と言われた

楽だった

テスト勉強をする習慣がなかった

苦もなく第二志望に現役合格した

大学入学して模試がなくなった

大苦手な学内テストだけになってしまった

俺が得意だったのは入試パズルだけだった

大学生活が上手くいってない大学生はいつまでも入試の話ばかりしている

生活が上手くいっていないアカウントはいつまでも非生活の話ばかりしている

どこで間違えたんだろうな

どこで道違えたんだろうな

はいつまでもインターネットで何をしているんだろうな

大学卒業したあとのことも何も想像できない

生活に向いていないし詐欺強盗でもしようかな

これをここに書いて俺は増田に何をしてほしいんだろうな

読者のこと何も考えてない本当に不親切なエントリーだな

諸兄ありがとうございます

もう一生進級できる気がしない

追記

少しずつやっていきます

ありがとうございます

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