はてなキーワード: 一般人とは
早稲田も慶応も大学デビューセットみたいなメイクしてる奴ばっかだよ。逆に元々芸能やってるガチな人は人避けが上手いから、一般人が認識することすら不可能。つまり目に入る人しか見えてないってことだよ、弱男君。
そういう気持ち悪い奴らの成れの果てがウメハラとかコクジンとかプロゲーマーの幼稚なノリでしょ
付いていかなくて本当に良かったと思ってる
お前らはその幼稚園みたいなサークルで大満足なんだろ、それならそれでいいから穴倉から出てきてかああいう幼稚で粗暴なノリについていけない一般人を攻撃するなよ
他の動物に対して、不快だから殺す、食べたいから殺す、ペットにしたいから生かす。人間はこれを当たり前にやっているし、それを問題視する社会を私は寡聞にして知らない。
ジャイナ教徒、仏教徒、菜食主義者の一部等は不殺生主義なのだろうけど、人類全体の中では少数派だ。それにしたって、動物は食べてはダメだけど植物はOKなどと、やはり命を等価とはみなしていない節がある。
「個々の生き物の命は等価ではない。ただし、無駄に自由を奪ったり、無駄に苦痛を与えたり、無駄に殺したりすることは慎みましょう。」一般人としてはこんな規範を持っていれば十分だろう。
子供がペットを飼いたいと言うのなら、その動物に対して無駄に自由を奪ったり、苦痛を与えたり、殺したりすることになってしまわないか?ペットとする動物にとっての自由や苦痛とはどんなものか?を思いやり、それらに配慮しながらその動物が死ぬまで面倒を見られるのか?と子供には問うべきだ。実際にペットを飼った場合は、親は子供が左記の責任を果たせるよう導いていき、万一子供がその責任を放棄した場合は親が代わってその責任を果たすのが子に対する教育だと思う。
なんだか弱者男性と言いながら一般人はてなーが多いので本当の弱者男性である自分について語る。
現在身長152cmという、社会の一般的な定義からはほど遠い存在です。この事実だけでも私の学生生活は苛烈なものでした。
小学校低学年、身長の小ささにより同級生からいじられることが多かったですが、時間が経つにつれその扱いは減り、最終的には腫れ物に触れるような扱いになっていきました。
定規30cmくらいの差で人間に差を付けるんじゃねーよ!!とか笑って逆にイジられるキャラでいつづけました。
幸い、社会に出てからはこの身長をいじる人間は少なくなりました。
私を"チビ"と呼ぶのはもはや常識でしょうし、太っている人を"デブ"と呼ぶようなことは、特に面白みもないでしょう。
無駄に鍛えたイジられキャラクターのおかげか何とか居場所がありますが、道化を演じすぎたせいか本気で人と付き合ったことがありません。。
こないだ小中学校の幼馴染の女の子の結婚式に行きました。そこで都会からやってきた彼女が、力を尽くし医者として活躍するのを初めて知りました。輝いて見ていられませんでした。
匿名でも辛すぎて書いてられないのを実感した。そりゃ弱者男性って言いながら年収700万とか書いちゃう人しかいないわけですわ。
安倍さんか死んで声明だした人一人もいねえのによく知りもしねえそこら辺のゴミが200人死んだだけで各国総理が声明を出す
「アニメを一般人が見ても大丈夫な趣味に広げてくれた」 初手の書き込みで偏見丸出し。そもそもPBのレイティングはR-15~18禁。ジブリと並べて考えるのは悪手じゃろアリンコ。
結婚するまでは「やっぱり結婚相手は美人じゃないとな!」とか「結婚したらさぞ満足感で満たされるんだろうな」と思っていた。
実際はどうだろうか。
現状は「苦しい」。
タイトルの通り、もう恋愛の結末が決定してしまったことが私を苦しめている。
付き合う前の駆け引き、付き合い出した頃の波長を確かめる感覚、初めて枕を共にする興奮、ともに暮らすことへの安堵……
結婚するまでは、誰に対してもそれらの想像を膨らませることができる。その可能性を1%でも信じることができる。
ところが、結婚するとその可能性は(基本的に)0%になってしまう。
もう恋愛は(基本的に)出来ないし、風俗を除いて一般人とエッチなんてのは(基本的に)出来なくなってしまう。
おいおい、じゃあ不倫しろよ!と仰る方も居るだろうが、私にはそんな勇気は(今のところ)(まだ)ないし、社会的にはご法度だ。
「あー大学時代同じサークルだったあの子かわいいかったな。よし、ちょっとあの子とセックスする妄想しよう…」
「そうだな、今日はバイト先で好きだったあの子と偶然出会ってそのまま流れてヤッちゃうやつ妄想しよう…」
私は上記のように、他人には言えないくらいキモい妄想をしながら寝るのが趣味だった。
しかし結婚して以来、その夢には「まあ、もう結婚したから現実になることはないな」という現実が押し付けられることとなり、私は日々苦しんでいる。いや、今見ている貴方にはまるで理解できないことはわかっているけれども、とにかく苦しんでいる。
エッチな妄想や、ロマンスを感じる恋愛にもう満足したような人材のみ向いている。
そして嫁が美人でも性格が終わっていた場合はその傾向はより高まる。少なくとも私の嫁は自分に甘すぎるきらいがあり、社会性は幼稚園児レベルだ。そんな女選んだお前が悪いと言われればぐうの音も出ない。
いっぺん言いたかった
いつからダイエットを始めたのか覚えてないけど、たぶん3年くらいかかっている
13キロはトータルの数字で、効果的に痩せた時期を抜き出すとたぶん数キロくらい
基本的に、しない。少なくとも外歩いてとかジム通ってとかはしていない。
たまに家とか人目がないときに屈伸したり、ごろ寝してるとき腹筋起こすときはある
ただ、エスカレーターやエレベーター使うところはなるべく階段を使う。通勤の都合上、ほぼ毎日階段数階分はトータルで上下してると思う
まずは体重計を買え。安いやつでいい。特にアナログ体重計の奴はデジタル数字の奴を絶対買え
そして毎日乗れ。なんなら朝夕とかで日に数回乗れ
グラム単位で変化がわかるから励みになるし、今の体重計なら最低クラスの奴でも基礎代謝量とか脂肪率とか一緒に出してくれる
俺は使ってないけどスマホと連動して変移がグラフで見れる奴もいいと思う
基本は糖質制限とカロリー制限。プロテインも毎日ではないが頻繁に飲む
買い物するときは成分表を必ず見てカロリー計算する。そしてカロリーがなく、タンパク質の多めなものを選ぶ
最初は面倒だが、慣れると目にスカウターがついてこの総菜大体200kcalね、このパン多分400kcalねとざっと計算できるようになる
制限はそこまで厳しくせず、目標何kcal上限何kcalと決めて糖分もそこそこ食べる。
週に一度チートデイを設けて好きに食べる。その時、後述するサプリメントを併用することもある
もともと、全食サラダやコンニャクで押し通すようなもっと過激なダイエットをしていた。
当時はローカロリーでまあまあ食える、紀文の商品によくお世話になっていた
そのときは体重もガンガン落ちたし、糖分不足で日中の意識もやばかった
当時は毎日体重計に乗って一喜一憂してたのだが、体重と一緒に基礎代謝もガンガン落ちてることに気が付いた
気になって調べるとタンパク質は摂らなきゃ駄目だとか、糖分摂らなすぎはやっぱ危ないとかチートデイはあってもいいというのが分かり、
現在の主食。近所のスーパーがささみとキャベツ刻んだようなサラダを投げ売りしてくれてるので、レンジにかけて
キムチにからめてサラダを付け合わせて食べる。サラダチキンより安く、カロリーも大して変わらず、腹に溜まるうえに手間もほとんどない
ささみが凄く足が速いので、一度まとめて火を通して冷凍するのが面倒だろうか
毎日サラダ食い続けると、どうしてもソースやドレッシングの種類に気を使うことになるんだよね。どんな味でもすぐ食い飽きるようになる
その点、キムチでの味付けは俺に合ってるのか、飽きずに長期間続けられている
昔書いた増田(https://anond.hatelabo.jp/20221227004740)を参照。
ささみより食いでがあるものが欲しいな、となったらこれで強引に腹一杯にする
不足しがちなので、なんなら一般人でも取ったほうがいいらしい
ホエーとかカゼインとかいろいろあるらしいけど、俺はココア味の一番安いのを買って
少量パルスイートとコーヒーを入れてホットココア味にして飲んでいる
プロテイン補給源としてよく飲む。が、豆腐同様案外カロリーがあるのでほどほどにしている
ビタミン剤は気休めのつもりで今でも飲んでいる
オルリスタットとガルシニアはチートデイの日に影響が軽くなるかと飲んでいたが、体重に影響したかというと正直わからない。
ただオルリスタットは……いやあ、凄かったですね。どう凄いかは誰か言ってくれるでしょ
文章にすると、体力面では運動量よりも基礎代謝の維持やメンタルの維持を優先しつつ、
タンパク質摂取とカロリー制限をメインに据えた食事制限を地道に続ける……というのがコツだろうか
先日、世界的に有名なアニメ映画がリバイバル上映するということで話題になっていた
Twitterでも絶賛の嵐だったので期待して観に行ってみた
結果、とても落ち込んだ気分で映画館を後にすることになった・・・
アイドルの女性がアイドルを引退して女優への転身を発表するところからストーリーは始まる
序盤はとても楽しめた
平成初期のインターネットも携帯電話も普及してない時代は今となっては新鮮に感じるし、キャラクターはよく動くし街並みも奇麗だし、部屋の小物も描き込まれていて作画は素晴らしかった
長尺でねっとりとレイプシーンは描かれる
泣き叫ぶ女の子、性欲まみれのゲスい顔で取り囲む男たち、とても印象的で気持ちの悪いシーンだった
「元アイドルの女の子が一流の女優になるためにこんな酷いシーンも演じなきゃいけない!メンタル壊れるよ!」という演出だろう
もちろんそれは分かってる、分かるけど、でもレイプ以外の別の方法で演出する方法もあったのではないか?
もしこのシーンを実際のレイプ被害者や芸能界のパワハラ・セクハラ被害者が見たらトラウマがフラッシュバックすると思う
ここまで描く必要があるだろうか?
すぐ映画館を出たかったけれど両隣に人がいたため上映中に席を立つのは失礼だと思い我慢して最後まで見たがレイプシーンの強烈な不快さは拭えなかった
そういえば以前見た王立宇宙軍ネオアミスの翼というアニメ映画でも唐突に主人公がヒロインをレイプ未遂するシーンがあった
古のオタクはよく「昔のアニメオタクは差別されてんだ!!」と言うけれど
こんなアニメを持ち上げていたら気持ち悪く思われるのも当然では?と思ってしまった
アニメを一般人が見ても大丈夫な趣味に広げてくれたスタジオジブリやジャンプ系アニメ、京アニ、MAPPA、新海誠や細田守に感謝したいと改めて思った
えー、つまり文明開化以前のテーマパーク?(遺した建造物や路地から雰囲気がうっすら漂うだけのなんちゃってレベルだが)
企業が不祥事を起こしたときに、それを突いて絡んでくるヤクザが総会屋なんであって
企業としてはお金をお支払いしてお帰り頂く的な対応する(ヤクザに金払ったらいかんのだけど)
一般人が問題を提起しそうなときに「異議なし!異議なし!」と被せて発言の邪魔をするのは総会屋ではない。
数学の書籍には、幾つかの類型が存在すると思考の深淵に耽る。まず、教育を志向したものがあり、確実にステップを踏みながら数学の底力を身につけることができると謳われている。次に、辞書的な性格を帯び、数学者自身が自らの難問の鍵を求めるために、特定の定理や概念を参照するのに重宝される。最後に、最先端のトピックを瞬時に理解するためのもので、その要点を端的に把握することが狙いとなる。従って、私はどのような目的で数学の書に触れるのか、自己を問い詰めずにはおれない。
おそらく、私は最新の知識を迅速に吸収したいと願っているのだろう。しかしながら、そのために必要とされる前提知識は、敷居が高くなることがしばしばある。このようなとき、インターネットの広がる海を航海すべきか、精緻な教材と向き合うべきか、迷いに迷うのである。
一般人でありながら、高度な数学の概念を理解するための近道、それはいったい何か。私は、フレンケル教授のような説明術が、多岐にわたるトピックに適用されることを夢見ているのかもしれない。プリンストン数学大全という書物が私の手元にあるが、これは数学の骨子を簡潔に把握するには素晴らしい資源であると感じている。しかし、定理は単なる暗記ではなく、数学を生きた魂とするためには、他の科学的領域との接点が必要不可欠だと考える。審美的な要素だけではなく、科学的な実験と理論を結びつけるのである。
確率論の領域において、私はゲームを編み出し、コンピュータを用いてそのシミュレーションを行う方法を通じて、実験を行うことが可能だと思っている。テキサスホールデムポーカーの最適戦略が解明されたように、理論的な興味に基づいてゲームを選択し、コンピュータによるシミュレーションを行うのである。経済における金融商品市場は、まさにそのようなゲームの一つだが、私は残念ながら、実際にお金を投資することには興味を持たない。もし実際にそのような分野で実験を行うのであれば、利益と損失のリスクを冒すことなく、安全なサンドボックス環境を用意するだろう。私の心の深奥に築きたいのは、理論的モデルを探求し、それをシミュレーションする世界なのだ。
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まあ実際に土方やってみれば分かるが、本物のクズと犯罪者一歩手前及び元犯罪者達で会社が構成されてるから一般人が近付いていい業界じゃない
怪我に繋がるから指導が厳しいっていうのは建前でしかなくて、弱いやつを殴りたくて仕方ないという欲望を持ったバカが集まる場所なだけ
働いてみればわかるよ
邦キチで取り上げられてまた話題になってたシン仮面ライダーの評価の話を書き残しておきたい。ネタバレなし。
棒読み台詞で共感のできない登場人物…つながりの変なカット割り…チープなCG…アニメみたいな謎演出もツライ。
正直言ってつまらない。
でも「一体なんだったんだろう」と思って映画館で見た人からパンフレットを借りて読んでみたり、NHKのドキュメンタリーを見たりしたらだんだん印象が変わった。
ドキュメンタリーは話題になってたころ俳優が愚痴る場面とか一部の切り取りで大げさに騒いでるんだろうなと思ってた。
実際はもっとやばかった。
なかなか決まらないアクションシーンの方向性、スケジュールの問題。
アクション担当が撮影してきた殺陣を全否定したり、現場でもどかしさから声を荒げる庵野監督。
みんな悩んで迷って苦悩して模索し続けて紆余曲折を経てあの映画はできていた
(もちろん番組としてストーリーや対立構図が仕立てられている面はあるんだけど)。
パンフの方はそういう生々しさはないけど、ドキュメンタリーを見てから読み直すと俳優やスタッフインタビューの端々にその苦労が読み取れて味わい深い。
システマチックな映画作りとはまるでちがう、学生が自問自答して自分や環境の限界と戦いもがきながら卒業制作をするような作品だったのだ。
そういう背景や演出の意図、やろうとしていたこと・出来なかったことを踏まえて本編を見返したら今度はおもしろい。
興味深い、に近いのかもしれないけれど。
せっかく制作の終盤で進むべき道筋が定まったんだから続編が見てみたいなあと思うようになっていた。
やっぱり作品単体で見たらつまらないんだからダメじゃないかと思う人もいるかもしれない。
ピカソの絵だってそれだけを見せられても美術のプロはともかくほとんどの人の目には留まりすらしないだろう。
それを「あのピカソの絵」だと知って初めて注意深く見てみようという気になる。
シン仮面ライダーが無名の監督作だったら駄作と切り捨てて終わっていたかもしれない。
でもこれは庵野作品で、庵野監督はそれだけの実績を積み上げてきた。
まあ読み解きが必要というのはマニアックというかアートの領域に近い映画なのかもしれない。
続編、ほんと見たいなあ。
(追記)
ちょっと今更かなと思って投稿したけど反応が多くてびっくりしてる。
目が離せない作品というのはすごい。
ちなみに私はシンゴジラは映画館で見たけどシンウルトラマンは(まだ)見てない、昔のエヴァは見てるけど最近のエヴァは見てない(興味はある)、という一般人です。