はてなキーワード: ポリティカルとは
ある界隈では口にした瞬間にその場の全員から石もて追われ二度とその界隈の住人とは見做されなくなる恐ろしいワードである。うっかり口にしようものなら村八分確定であり、女性同性愛者を意味するスラングを気軽に口にするポリコレ意識のあまり高くない人たちからもぶっ叩かれる究極のポリティカルインコレクトネスである。だが、以前うっかりこの言葉を使ってしまいフォロワーさんから非難の大合唱を浴びた人間として、少々自己弁護を口にしてみたくもなる。
私たちが見たいのは関係性である。しかし関係性が好きならBLだろうが百合だろうが区別なく摂取すればいいのに何故百合ばかりを求めるのか、と言われればそれはイケメンの男の子よりも可愛い女の子が好きだからである。いやイケメンの男の子も嫌いではないし同性としてこいつ性的魅力にあふれてんなとは思うが性的対象ではないのである。これは逆側もそうではないのか。BLを嗜まれるお姉さま方のけっこうな割合はヘテロセクシュアルであろう。関係性を楽しむとき、そこには当然に性的視線が介在している。
そしてその関係性には強弱がある。あるのである。一部の妄想力や発想力の逞しい方々は公式で何も会話していないキャラ同士の絡みを公式設定であるかのように信じて邁進することができるらしいのだが、公式から理由も分らずに押付けられたカップリングを大人しく受取って、理由も分らずに消費して行くのが、我々凡夫のさだめだ。とにかく、公式で「あっこれはガチで女の子にしか興味ありませんわ。そして両思いですわ」というキャラやカップリングもいれば(あーなたのうーたにーわたーしのーハーモニーかさーねてー♪)、「友達でも通用するし、男とくっついても違和感がないけど、でも××ちゃんと○○ちゃんが仲良くしてるのはいいなぁ……」という根拠薄弱なカップリングもあるのである。あるったらある。強いカップリングと弱いカップリングはありまぁす! 電磁カップリングとか重カップリングとかがあるのかどうかは知らない。
その弱々しい関係性の芽を大輪の百合の花に育てきるのが一流の同人作家だったりオタクだったりするわけだが、我々貧困な想像力しか持たぬ凡夫は惑うのである。あれ? この子とこの男友達って、いい感じじゃね……? などとヘテロフィルターがかかってしまうのである。大吉山で白ワンピ着て楽器吹いてイチャイチャしてたと思ったら普通に原作で男と付き合っていたりするのであり、では公式で否定されたから百合ではないのかと言われるとでもやっぱりこのふたりの関係性とか姉との繋がりとか眼鏡の先輩との絡みとかも恋愛感情に発展させていきたいよぉ! と二次創作がマルチバースであるのをいいことに色々な世界線をアラカルトでつまみ食いしたくなるのだ。凡夫は往々にして雑食になる。EMTEMTと言って天使と男が性交する薄いブックを購入することと天使とお姉ちゃんが百合百合する同人誌に手を伸ばすこととのあいだに特に矛盾はないのである。
この傾向に、最近の若い者がハマっている「そしゃげえ」というものが拍車をかける。これらのゲームではキャラクタはプレイヤーに向かって話かけてくる。そしてそうプログラムされているから当然なのであるが、彼女たちは同じゲームの女性キャラと仲良くするのと同時に、まるでプレイヤーに好意的であるかのような振る舞いを見せるのである。likeの範疇に留まっていればいいのだがどう見てもloveにしか見えない場合もあるし妄想力を働かせるとloveに聞こえてきたりもするし、一方では他のキャラとイチャコラしていたりするのだ。もー体触るのやめてよー。つまるところそこに現出するのは、「○○ちゃんが男とくっついていても女とくっついていてもどちらも公式設定として通用してしまいそうな世界」なのである。
そして頭の悪いオタクはマルチバースを統一するのが大好きである。某アイドルアニメにおいて赤髪ツンデレな医者のご令嬢のカップリング相手は小柄ツインテにっこにっこにーな上級生もしくは猫語尾の体育会系アホの子と相場が決まっているのだが、「あれ……? にこまき前提のりんまき、いいのでは……?」などと閃いてしまうのであり、これはりんまきに失恋モチーフの同人漫画が多いことからも容易に察せられる宇宙の真理なのである。秘めた恋心を自覚したときには既にふたりがにっこにっこにー(隠語)していたので恋を自覚するのと同時に失恋を味わい部屋でひとりで泣くCV飯田里穂のキャラはいて、それは間違いないこの世の真実なのだが、ともかくそういう風にマルチバースを統一したがるオタクの眼の前に「自分(プレイヤー)を好いている××」「別の○○ちゃんとイチャついている××」の2つの道筋が示されたらどうなるだろうか。加えて○○ちゃんの方も私に好意的な態度を取ってくれているのだ。
そう、「混ざりたい」のである。ようやくこの表題に辿りつけた。別々の世界線のままにしておくのもそれはそれで良いし、現に私は提督LOVE合同誌もBig Northな薄い本も持っているので、別々のままにしておいてもよいのだが、混ぜたくなるのである(はいここダブルミーニングです。テストに出ます)。自分と○○ちゃんの双方に好意を持っている××でいいじゃないか、という解釈を見つけ出してしまうのである。
「そういうのは『ハーレム』でいいじゃん」と言われるかもしれないが、ハーレムはそこに集められた女性同士の関係が良好であることを保証しない。極端な話どこぞの王侯貴族が作るハーレムなら同じハーレムの一員と一度も口を利かずに終わることもありうるだろう。そういうのも悪くはない、いやこれは欺瞞なのではっきり言うとある種の夢ではあるのだが、そういうのが見たければ素直にハーレムものを読みに行く。私はジェンガ艦橋を持つ姉妹がお互いに愛し合いながら私にもその愛情の一端を向けてくれる世界を妄想しているのである。私と彼女との関係だけが重要なのではなく、彼女ともうひとりとの関係性も尊いと思っているのであり、そのふたつの関係性をひとつの世界で縒り合わせようとした時に貧弱な発想と乏しい語彙を絞り出した結果として出力されるのが、忌み語として名高いかの5文字なのである。
この呪われし文字列は今や百合好きのあいだでの共通の敵となっており、普段はカップリング論争を繰り広げる諸氏もこの言葉が発せられた瞬間に一致団結するという驚異的な接着力なのでDIYに役立ちそうな語なのだが、発する側としてもそれなりに理屈があって言っているのである。しかし、ここまで摩擦を生む語である以上、「百合」とは棲み分けた方がいいという意見にも一理あろう。この5文字を聞いた瞬間に親を殺されたかのごとく怒り狂う人びとも、別にこのような関係性への志向を理解できないわけではなく、単にそれを「百合」と名指されたくないだけなのであろうから、共存はできるだろう。ただ私の中でそれらは連続的なもので、簡単に切り離したりできないんだよ、ということは伝えておきたかった。
当たり前であるが、上で述べた理屈は現実の女性同性愛者あるいは両性愛者のカップルに向けて「俺も混ぜろよ」と発言することを肯定するものではない。あくまで紙とJPEGで表示される女性のことを言っている(もちろんこの言明は、現実に女性2人男性1人で構成される愛のあり方を否定するものでもない)。また、そのような消費態度が現実の同性愛者に対して搾取的である、と言われるかもしれないし、実際に女性同性愛者の表象を簒奪しているという議論も成り立たないわけではないかもしれないが、バイセクシュアルやポリガミーのことを考えれば、男が混ざろうとするのはおかしいというのも別種の抑圧に与することになりはしないかという危惧はある(シスヘテロ男性が言っても説得力がないと言われたらまったくその通りであり、反論できない)。
あと、“男性向け”百合と“女性向け”百合を分けようっていうのは、私はあまり賛同しない。薔薇とBLは棲み分けているというが、近年腐男子という存在がそれなりに登場するようになっており、その中には男性同性愛者も一定数いると聞く。彼らにとって薔薇/BLという壁は窮屈なものなのではないか。というか百合好き男性の界隈で好評を博す作品にはプラトニックな作品が多く(私も好きだ。新米姉妹の部屋の居間に置かれた時計になりたい……)、女性の百合好きに好まれる作品とどのくらい違いがあるかというと、正直あまり違いがあるようには見えない。だったら無理に分ける必要もないように思う。“男性向け”百合と“女性向け”百合とのあいだに強固な壁はなく、なんとはなしのグラデーションの中で共存しているのだから、あえて「こちら」と「そちら」に分ける意味もあるまい。性描写の有無はR-18シール貼ればいいわけで。というか性描写で区切ろうとすると「百合とレズは違う!」とか言い出して「清らかな女の子同士の百合」と「レズ」を切断してレズビアン差別に加担する百合好きが出てくるというお排泄物みたいな現状があるからそこで区切るのは害が大きい。腐女子の“学級会”はよく揶揄されるけど、ほんと百合界隈もたまにはちゃんと“学級会”する必要があるんじゃないかと思うよ。
なんの話かというと、型月厨のお前らロード・エルメロイII世の事件簿読めよ、イスカンダル大好きなウェイバーちゃんマジ尊すぎんぞ、という話でした。というかあの作品はグレイちゃんが師匠に向ける思いも尊すぎてミステリ部分はガバガバだけど人間関係部分は尊さの塊なんや……
murishinai 「混ざりたい」だと、すでに成立してるカップル双方の思いを無視して割り込む感じがあるので良くない。この増田はポリアモリー的な物を目指してあるのであるから、もっと別の表現を探して使うべきだ。
なるほど「混ざりたい」への違和感の原因はそこだったのか! と目ウロコ。確かに日本語の語感としてはそうですね。
jet-ninjin 女性向けの夢にあたる概念は男性向けでは何て言うのかな。オリキャラ女主はよく見るが男性向けでオリキャラ男主ニーズあるのかな…。
というか、女性向けと違って男性向けでは所謂「夢」がデフォルトなので特別な名前がついてないという事情があるような(デフォルト、というのは実際の頒布数に占める割合ということではなく、「男性向け同人誌」と言ってパッと思い浮かぶのが百合じゃなくて女性キャラと男性がイチャコラしてる本、みたいな、イメージの問題です)。男性向けのえっちな本の多数派は百合ではなく(もちろん百合もありますが)女性キャラと男性(もちろん既存キャラである場合も多いですけど――キョン!AVを撮るわよ!――モブおじさんとか整備員とか用務員とかの所謂「竿役」はオリキャラのことが多いんじゃないかなと)がえっちなことをする本であったりするわけで、男性向けでの「俺の嫁」は文字通りの「俺の嫁」なのです。
seachel 長くてよく分からんけど夢女子と腐女子兼ねてる子は女にもよくいるので、自分自身すらマルチバースと捉えたらいいのでは? Aカプを愛でる増田、Bカプを愛する増田、夢男子の増田…みたいな切り替え方式。
この切り替えというのが難物というのはあるかもしれないですね。私にとってそれは全部連続性を持ったただひとつの私で、はぁこのカプ尊い同居してる部屋の目覚まし時計になりたい……という私と○○ちゃんとイチャラブしたい私というのはあくまでグラデーションの両端でしかなく、その真ん中を厳密に切り分けるのはなかなか難しいのですが、切り分けていかないとムラハチを食らうしこんなこと言ってる私も鶴賀学園の主将と副将に混ざりたいとか言われたらイラッとするので(ザ・自己中の極み)、場の空気を読んで穏便に使い分けて生きていきたいなと思いました。
なんなのそりゃって、がっくりくるわ。
ポリティカルコネクトレスって、もともとは差別してる自覚も、差別に苦しむひとの声を聞く耳と理解しようとする姿勢のないひとたちにも分かりやすくと始まった目安じゃないのか?自分の記憶だとツイッターで映画ファンが映画の王道またはありがちパターン、こういうのって差別だよとイラストで連作したやつがネットのニュースで取り上げられていた辺りからだよね?
宝塚はまったくしらないので元増田にききたいんだが、宝塚に出てくる黒人というのは、皆馬鹿にされるためのポジションなのか?笑い者なのか?
黒塗りはNGとか単純じゃないし、申し出をする当事者はそんなワードにだけ反応するひとからしたら、きちがいじみた自問自答自責と自制を繰り返してもの申してると思うよ。
https://news.yahoo.co.jp/byline/komazakihiroki/20180104-00080094/
人権、人権っていうのはわかるが、ベッキーに到っては、本当に嫌なら出てないでしょうに。
演出がいけないっていうなら、「笑ってはいけない」の大枠は昔から変わってないし。
なんでも今更言うのか、わからない。
ポリティカルコネクトレスとか、今がそういう時代だって言うなら、そういう風に表現すべきで、
わざわざ言葉の強い表現を選んでいうのは、無理やりハラスメント化しているだけなんじゃない。
黒人差別だなんだというが、日本人だって、肌の色では差別を受ける側でもあり、
別に面白ければ何してもいいと言うのを一切肯定するつもりはない。
ただ、ただよ。ゲンナリしたなら見なければよかったのでのは??
すぐにその否定記事を書けばよかったじゃん。他の人が言ってから、さも自分の感情のように書くのはずるいよね。
加えて記事には「すぐさま、チャンネルを変えた」「家族にこう言うのは悪いことだと伝えて〜」と言う文章もない。
2017年で一番でしょう。というか、たぶん4−5年後も深く印象に残っているとおもう。
前半は癒やし、後半はドキドキだった。
最終回の翌日は寝不足で転勤先に向かった思い出まで含めていいアニメ。
けもフレが未知ならメイドラゴンは安心して見れるかわいさでしたね。
一家に一匹トールがほしくなった。OLのエルマは最高でしたね。
アマチュア無線回だけ見た。やばい、ネタが細かすぎるしディープすぎる。この回の協力団体が団体だし、ネタがわかり過ぎて最高だった。
へそ出し少女が可愛かった
ポリティカルSFになるんじゃないかと思っていたけど、最後はどんでん返しでしたね。結末を知らなかったリアルタイムでは毎週アニメの時間が来るのが楽しみでしたよ。くぎゅ博士がかわいかった
1クールまで見ていたが、話が進まなすぎて続かなかった。女版イケダハヤトがメガネでかわいかったね。
毎週ドキドキしながら見ていた。美少女アクション娯楽アニメとしてのレベル高かったよね。チセちゃんが可愛かった。
すみぺ声のウェイトレスがかわいかった。ストーリーは特に頭にのこっていない。
考えなくていいよって言われているみたいで、楽しかった。こういうタイプのアニメが増えてほしい。ヤギ(実写)かわいかったね。
今年2番めに面白いと思った。
冒険らしくない冒険。冒険のエッセンスから、恐怖だけを取り除いた純粋な冒険がこのアニメなのだろうと思う。彼女らは死や苦痛と隣り合わせになっているはずであるのに、そのことに気づいていない、描写されない。それでも進む、進む中で視聴者は出会を見て、発見して、冒険の醍醐味を味わっていく。
全編を通してミニマルミュージックのようにすべての雑味を取り除いた単調だけど飽きのこない面白さがあった。ロードムービーが大好きなので、楽しめました。
謎が解かれていく快感を感じる。人がたくさん死ぬのは、良いアニメです。でもすごく中途半端なストーリーだったので、2期に期待。小さな社会を描いているけどこまけえこたぁいいんだよ。
みんなそろそろ飽きてるはあちゅうの話。
自分は童貞で、はあちゅうの言ってたようなことを面と向かって言われたことも男女問わず何回かある。
それでもハラスメントは無くなればいいと思ってたのではあちゅうは死んで欲しいとは思いながらも#metooとか、セクハラを追求していく流れになればいいとは思っていた。
炎上が続いて、キレてる童貞はミソジニーだとか、おっぱいとかまーんとか言ってる連中は全部童貞に決まってるみたいなことを言う女性達にイラっとはしたものの、いつものことなのでこれといって思うことはなかった。
ただ、炎上も一通り終わってまとめ記事みたいなのが出始めた頃に、リベラルの人達がこんなツイートやブコメをしていた。
「セクハラへの勇気ある告発者をくだらない個人攻撃で潰す日本は終わってる」
「女性や労働者の権利の為に立ち上がる欧米男性と童貞のミソジニーに終始する日本男、どこで差が出るんだろう」
「童貞の人権運動ごっこで潰された日本の#metoo、恥ずかしくて世界に見せられない」
これらを見て、深く考えるでもなくふと「日本人でよかった」と思ってしまった。
海外ではこういうときに、セクハラ撲滅のために社会が一団となって戦ってくれるんだろう。その一方で童貞いじめには誰も触れず、日本以上に過激な内容になっていくんだろう。
女性や非童貞からしたら童貞が傷つこうが「そんなくだらないこと」なのかもしれないけど、自分にとっては辛いことだし、これ以上厳しくなれば耐えられないかもしれない。
この考えに至ってから今回の騒動でもはあちゅうや田端の言動を非難する記事や書き込みを見て心が救われていたことに気づいてしまった。
ポリティカルに正しくないのかもしれないけど、インターネットだけでも童貞いじめに声を挙げてくれる人がいる日本で本当によかったって考えは今でも変えられそうにない。
案内するよ 僕らのダイアリー
弱者が悲嘆にくれてる
お題を出してる俺を見ろ ほら何かを言いたくなったきた
このイベントのために参加した“有志”の在宅に、仮装した未成年が訪問すれば菓子が貰える。
まあ“有志”とは言っても時間を持て余した富裕層が酔狂で名乗りをあげているくらいで、市民団体や企業組合が関係しているものがほとんどだ。
「今回は俺が常に目を光らせているから、前回みたいなことはできるとは思うなよ?」
弟は前回のハロウィンでトリートばかりであることに不満を抱いて、仲間たちとイタズラ騒ぎを起こした。
今のところは大人しいが、念のために俺は釘を刺す。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
「見くびるなよ。俺がお前の話を鵜呑みにするとでも?」
「別に信じたくないならそれでもいいけどさ。前回と同じことしたってツマらないし、今回はお菓子をどれだけ集められるかを目標にしているんだよ」
弟が何かをしでかすとき一見すると大層な志があるように思えるが、その実は思いつきで行動していることが多い。
自我を確立できていないからコントロールすることもできず、社会に上手く順応できていないのである。
弟のこういう気分屋なところは嫌いだが、まあ菓子代が浮くし、今回は『お菓子祭り大作戦』に付き合ってやろう。
「よし分かった。だが目標と掲げるからには、それなりの結果を出すための態度を示すべきだぞ」
「分かってるって。効率の良いルートは事前に予習してきた。当分は菓子に小遣いを使わなくていい自分もシミュレート済みだ」
皮算用にならなきゃいいがな。
流れるように菓子をせびり、迷うことなく次の在宅へと歩を進める。
予習しているとは言っていたが、まさかここまでとはな。
「ちょっと、このお菓子。消費期限が短いじゃんか。俺たちは別のところでもお菓子をたくさん貰っているんだ。こんなの貰っても処理しきれないよ」
俺が口出しするまでもなく、お菓子の選別もしっかりしている。
シミュレートもばっちりってわけか。
弟に言われて120リットルのゴミ袋を持ってきたが、始めてから1時間でおよそ3分の1。
さすがに120リットルのゴミ袋はやりすぎたと思ったが、このペースだと本当に満杯になりそうだな。
それを持って帰れるかどうかのほうが心配になってきた。
だがそんな俺の不安は、またも新たな不安によって塗りつぶされることになる。