はてなキーワード: 遠距離とは
正確には半年前に別れを告げられていたのですが、吹っ切れずそのまま引きずって今に至り、
風の噂や付き合ってた頃の様子を思い返すと自分と付き合ってた頃から
新恋人に惹かれてたんでは?と思うのだけど、それも今となってはね、
どうしようもないし。つまるところ自分の魅力がなかったのだし。
こういう事書くと「恋人がいた時代があっただけ良いだろ元リア充め」とか思われそうだ。
でも、一度は自分を必要としてくれた人の心がある時から離れて行くのを実感するのって結構キツイです。
こんな思いするならもう恋愛とか真っ平ごめんだねって思うよ。
輪るピングドラムの最終話見て「愛を分け合うってイイナー」とか
グズグズしていても向こうは新たな恋人とよろしくやってる現実は変わらない。
でもここまで来てもまだ好きな気持ちはあるんだよね、困ったことに。
初めて人と付き合ったからなぁ。
恋人いる相手に接近する趣味は無いけど。かと言って相手が別れるのを
待つってのも人の不幸を待ってるみたいで何だろう。
何にしてもどうして振られたのかってのを考えなくちゃいけないよな。
末永くお幸せに、と思う反面黒い気持ちだってある。悶々としますね。
なんだかめんどくさいけど、結論として、あなたは「遠距離恋愛でいいんじゃね?」ってことを伝えればよかったんじゃないの?
遠距離だけどこういった方法(定期的に帰国or彼女来るorスカイプor…)で、彼女とは連絡を取り合って愛を深めるぜ!
ってわけじゃないんだよね。「一生海外になるかもしれない、軌道に乗って、住む所決まったらついてきてほしいな」でもないし。
彼女も漠然としてるけど、あなたも漠然としちゃってたからそういった応答になったんじゃないのかなあ。
でもさ、結局自分の生き方ってのが一番大事なんじゃないの?誰でも。
彼女でも彼氏でもパートナーが不安定な職だとしても、行き先がどこかだとしても、一緒に居たいとおもったら、自分でなんとかできることはないかって思わないかな。
・・・って思うのは俺だけかw
ひとり娘のため、婿をもらうつもりでいた。
運の良いことに付き合っている男性が次男。
彼氏本人も婿に来る気満々。相手の親御さんも婿にやる気満々。
遠距離でお付き合いしているので、来年には彼氏が私の住むところへ引っ越してくる予定だった。
今の状況は
けれども、原発のこともあるしこっちに来たほうがいいんじゃないかな。
私親:婿をとってもらいたかったがこの状況では致し方ない。
家を出て行って(県外に行って)もいいよ。
私自身も県外に出ていく方向に気持ちが固まってきているのだけれども、あーぁって思う。
ずっと育って暮らしてきたところだし、今の職場はとても気に入っているし
なんだかあっさり崩れちゃった。
ちょうど年齢的に結婚、出産ラッシュで、友人がどんどん福島で結婚して出産して行く。
今年、私の狭い交友の中だけでも結婚が4人、出産3人。来年産む予定が1人。
なんだか、とっても自分が「逃げ」に入っている気がしてならない。
今残っているのって、よっぽどの覚悟のある人か、他に行き先のない人が大半のはず。
私は行き先ない組になるところだったのが、するすると蜘蛛の糸のように
と思うから余計に罪悪感を感じるのかもしれないけれど。
結婚する、嫁に行く、嫁ぐ、愛するダーリンの胸へ飛び込むなんてことばより
だからと言って、相手を呼ぶわけにはいかんでしょう。この状況で。この場所に。
出ていくのにも罪悪感。呼ぶにも罪悪感。
今これ書いてて気がついたんだけれど、相手と別れてここに残るのが自分の気持ち的にいちばん楽なんでないの?
ひでえ小説だった。
オナニーマスターと山田風太郎を悪魔合体させて出来た生物の前後の穴にJOJOとガンパレが挿入してある感じ。
逆に言うとソッチ系で一生の作風を固定しかねない危険を孕んでいる。
登場人物のネーミングセンスがバラバラなのは複数の人間の悪ふざけをごった煮ているから?
この小説自体がダンゲロスというTRPGワールドへの招待でもあるらしい。
能力だけに専念するべきだったのに、なまじ腕が立つせいでどっちつかずに。
一番向いてるのはああいう至近距離遭遇戦で、
しかも始めたら敵を殺すか自分が死ぬかの覚悟で近寄り続けるしかない。
離れてしまえば防御の手すらない上に、
もう一度近づくチャンスがあるかもわからないので、
中距離・遠距離攻撃で狙い撃たれたらどう対応させる気だったのか。保険掛けても勿体無い。
別の門番が目を引いている間に横とか上とか下とかから突入すべき。
まともに体力ポイント奪い合うような戦いでは強そうな堅実な力だけど
こんなに操作や即死だらけの世界で「攻撃を受けてから発動する力」なんて悠長すぎるよ。
インチキしかいない世界に常識的なデッキ組んできちゃった真面目な人。
横田卓馬先生はバトル描写・エフェクト作画についてはエモ方面ほどは上手くないと感じるので
この原作をどういうトーンで描いていくかなっていうのも楽しみ。
あと下世話な話で、こんなひどいのがどれぐらい売れるのかなっていうのも見守りたい。
四年半付き合った彼女と別れそうになっている。
大学入った時から付き合って、四年間半同棲みたいに一緒に住んで、今年の四月から遠距離恋愛になったんだけど、前の秋にちょっとゴタゴタした揉め事を引きずったまま遠距離になったから今年は結構大変だった。今までは喧嘩してもお互いが譲歩しあって仲直りできたのに、遠距離になるとそういうのがなくなって、仲直りのために東京に行ったり地元に来てもらったりするのがすごく大変で精神的に参ってしまった。そこに彼女の就活が始まったおかげで、就活がどれほど忙しいのかよくわからん俺と、就活で忙しい彼女との生活のやり方の違いがだんだんと亀裂を大きくして行って、とうとう本気で別れようという話になったわけなのだ。
しかし今まで別れなかったのは、別れるのに使うエネルギーより関係修復するエネルギーの方が小さいから、お互いが折れて仲直りしたほうがいいという合理的な考え方でやってたからで、いざ別れようとなるとこれだけ長く付き合った人と別れるのが勿体無く感じてしまってどうもうまくいかない。それは向こうも同じようだ。
ああ、さっさと吹っ切ってあたらしい彼女作りたいなぁと思うきもちと、四年半付き合って別れた先にどういう恋愛ができるのかなぁという臆病なきもちがせめぎ合ってる。恋愛に対しては結構臆病なんで、浮気とか無理だったし、適当な女の子と仲良くなって天秤にかけたりとか、無理だなぁ。そういうことしたかったんだけど、そういう機会があっても別の女の子と遊んだりとかできなかったな。
正直今の彼女には不満しか無いし、セックスもつまんない。それでも過去に築いてきた思い出とかたくさんあるから、別れたくないしできたら関係修復したい。壷のまとめサイトで、元彼からのウザいメールというのがあって、笑いながら見てたけど、自分も同じことしそうでなんか嫌だな。女の子はこういうのふっ切るの早くていいね。
電話帳から削除するのがためらわれるし、mixi も facebook もつながったままで向こうから切られるのを受動的に待つだけしかできない。さっき電話してなんで切らないの?着信拒否してよって言った。毎日電話してたから夜になったら自然とかけそうになるし、かけてしまった。しんどいなあ。俺結構ドライだと思ってたのに。なんで好きでもない女に電話かけてるんだ。
僕と彼女はラインを超えた。心も、身体も。
そして彼女は、どんどん僕のことが好きになっていってどうしたらいいかわからないと言った。
僕は、いつものように、彼女がやりたいようにやればいい、と答えた。
だから彼女は、彼と区切りをつけて友達に戻り、僕と結ばれたいという気持ちに正直になってくれた。
出会ってちょうど2ヶ月ほどで、僕達は正式に恋人同士になれたのだった。
そして身体でも、愛を伝え合えるようになった。
僕たちは言葉を大事にしてきたけれど、言葉だけでは伝えきれないこともある。
身体だけでもまた同じ。言葉がないと不安になるし、身体目当てなんかでもない。
僕たちは愛し合っていると、しっかりと感じられるような関係で居続けたい。
頑張って区切りをつけたとはいえ、彼女は今でも彼のことを思い出して思うことはあるらしい。
それも僕は織り込み済みだ。
彼女とその恋のことを誰よりも深く知り、相談に乗ってきたのは僕なのだから。
それくらいのことは許容できるさ。僕だってあの人のことを思い出して物思いにふけることはある。
それでもいいから、僕のことを好きでいてくれてありがとう、と、僕は伝えたいと思う。
僕と彼女を結びつけてくれた妹分の少女と、兄貴分の青年にも、感謝しなければならない。
妹は喜んで祝福してくれたけれど、兄さんはまた僕達を煙に巻いてしまった。
心の中では何を思っているのか本当に分からないけれど、温かい目で見守ってくれたら嬉しいと思う。
あんたらも付き合っちゃえばいいのに……。
住んでいるところはバラバラだけれど、僕はこの4人でいる時が大好きだ。
とりあえず、僕たちの関係はこれで落ち着いた。
夏の終わりに出会って、なんでも話せる間柄になって、一緒に思い出を作って、困難も乗り越えて、助け合って。
お互いを分かり合った親友であり、兄妹のような関係でもあり、そして僕たちは愛し合った。
これでこの話も一旦終わりにしよう。また変化があれば、ここに書き留めておくことにしよう。
取り急ぎHappy Endということで、自分自身に向けてご報告。
俺も元彼女と同じようにして乗り換えたけど、別れ方はそんなのではなかった。
「お互い仕事が充実してるし、遠距離だし、距離をとったほうがよくない?」
と言ってそのまま別れた。
噂で聞いたけど、元彼女はそれを信じてて「お互い大好きだったけどお互いの人生のために」別れたと言い、
こっちに堆積していた数々の不満、俺を苦しめた数々のわがままに、今でも気付いていないらしい。
それを知ると、俺はすごい不満だった。
言ってないし、言う意味もないかもしれないけど、俺の苦しんだ二年は結局あの子には届かなかったんだな、と思って悲しかった。
そしてやっぱり、別れてよかったと思った。
元増田がされたことも不満だろうけど、元増田の元彼女がしたことは元彼女の中では真実なんだよな。
元増田の中での真実にあわせて別れ話するより、ある意味誠実かもしれないよ。
俺より誠実だと思うよ。
なんか人伝てに最近聞いた話がちょっと近くて、それなりに遠くて、もやもやした。
特定の彼氏が居ない時期であれば、迫られればそのままやっちゃう女の子の話。言うなれば男友達と平気で寝られるタイプ。
そういう子からは往々にして「男から大事にされていない」「自分のことも大事にしていない」という印象を受けるものだし、
それはどれかのトラバでも指摘されてた通りで、自分も基本的には同意見なんだが。
その子が自分のとこへ会いに来る際には交通費出してくれるんだそうな。ちなみに遠距離(?)なのでン万くらい。ポンと。
付き合おうとは言い出せないけど本当はマジ惚れしてるケースもあるのかなぁ。
貴方みたいな、きれいに長文をかけるヒトを尊敬するよ。自分はスゲー苦手。
昔の民度高い人たちは
商店街の八百屋とも「もっとマケテよ」と交渉したり(一方では協力もする)、
近所の子の迷惑を叱った(一方で世話もする)んだけどな。
ほとんどの人が声をあげなかった件。
当然抗議の方法がスマートで内容が解決方向へ向けてるのかが問われるけど、
今の連中が押し並べて黙りこくってるのは本音は自分の保身が第一だろ、おれもそうだけどさ。
価値観を広く認めにゃならんし最近は外国人も多いし文化の多様性ってやつさフッ、ってのが綺麗な理由の1つだろう。
あと、自分の頭をつかって考えることが面倒になった、という、家畜化しちゃってる連中。
鉄道会社が混雑緩和目的に運休・入場整理したり運行上間引き運転をしたい気持・理由はわかるけど、
そういうのを見越して職場の近くへ引っ越すとか、
金銭などの多少の犠牲を払ってでも
うまくそういうのに頼らず済むよう自己投資するしかないだろうね。
俺はメトロだけで通勤できる(JRだけも可、都営バスも使える)ところへ引っ越してから
普段も楽だし、震災のときも他の人たちより気を揉まずに済んだ。
世間みんなが住宅持ちだから、俺もローン組んで家買わなきゃ、株や投信やらなきゃとか
他の人と違う「ずるい」ことする奴は助けない、とかほざいてる連中は、
いざって時もどうせ大して助けちゃくれない(当然ながら、勝手の内容によってはハブられるべし、と俺も思うけど)。
庶民なんだからみんな鉄道会社様に頼るの当然だ・おとなのジョーシキ、といった意識、そもそもダサい。
連中の魚網に引っかからないように気を払うだけで
世間の他の連中より(相対的に)得できる・徳にもなるという、なんと楽なことよ。
震災で騒動を起こさなかった日本が外国から注目されています!っていう件で
便乗して「オマエラおとなしくしてろ、それが高民度ってもんだ」という酷い誘導がないことを祈る。
って感じで、長文を読みやすくまとめて書くのって難しい。。
早い時期からオナニー(クリのみ)してて、性欲はきっと普通より強め。でも、最近はセックスしたいけどしたくない。
ノーマル(?)なセックスの流れって、大体いい雰囲気→キス→抱き合う→前戯→挿入→射精だと思うんだけど、年々セックスって難しいなと感じる。
18歳の初体験のときはそんなこと感じなかった。経験者の相手がリードしてくれて、前戯も感じたし、挿入も相手が数回に分けて慣らしてくれたから痛みもなく処女を失った。
その後別れるまで数回セックスしたけど、どれも気持ちよくて、自分はイキはしなかったけど概ね満足だった。
次の相手も経験者。そんなにうまくはなかったけどリードはしてくれて、私は流れにまかせるまま。といっても反応はするし前戯もするしマグロではない。好きな相手と抱き合うだけで、というか好きな相手が自分とのセックスで気持ち良さそうにしているのが嬉しかった。でも挿入する時は痛かった。一応10ヶ月付き合ったんだけど遠距離なのもあってセックスしたのは数回。
それからしばらくフリーで、次の相手は未経験だった。1回目は、むこうの性欲にまかせる感じ。結局入らなくて失敗。それから何度も挑戦したんだけど、向うも慣れない、私も慣れない、膣もキツくて入らない、と自然と挿入を目指さなくなった。お互い前戯でイカせて終わり、みたいな。でもそれさえもよくわからないままスタートしてよくわからないまま終わる。
ちょっと触れば濡れ濡れで、どんなに大きくてもするっと入って、いつでも挿れられれば感じて、なエロ漫画みたいな身体ならよかったのに。って、ファンタジーに毒されすぎか。
セックスしたい、って気持ちがあっても、濡れるかどうかは体調次第、相手が勃つかどうかも体調次第、そのときの精神状態も大事だし、ホルモンバランスも。自分の身体をコントロールしつつ、相手を気遣いつつ、相手の性癖を考慮しつつ、その時の雰囲気を読んで、コミュニケーションして…ああ難しすぎるよ!
自分の性欲が高いとき(女性は周期的にくる人多いよね)にセックス出来るとも限らないし。行為中に醒めても相手の心情を考えて必死に付き合うけど、どうして自分は必死こいて陰茎をしゃぶってるんだろうって思ってしまったら顔の演技は出来ても膣は演技出来ないし。セックスってさ、若い男と女がいて、お互いに欲情してたら、こう自然に、自然に、出来るもんだと思ってたんだけど、どうやら違うみたい。もしや自分が気付くのが遅かったのか。
膣で感じない、って訳でもない。感じる時もある。そして感じた時はかなり気持ちいい。だからセックスはしたい。
オナニーする時はエロ漫画でなく、相手とのセックスを想像してするようにしている。実際気持ちよかったことを思い出しながらとか、挿入されてるとこを想像しながらとか、相手の少しSな性癖に合わせた妄想をするとか。(実際、そうしていたらM寄りになった)
別に最高に気持ちよくなんてならなくていいから、普通にセックスしたい。オナニーすればイクんだし、それだけを求めているわけではない。
あー、セックスってこんなに悩んで創意工夫してしなきゃいけないもんなの?
処女でもないのに分かんない。本当に分かんない。
今まで誰にも話していない昔の出会い話を、書いてみようと思う。
特別誰かに何を伝えたいとかいうのではなく、話してみたくなっただけなので、
そういうのが嫌いな人は読まないようにお願いします!
大学生の頃、ネットで知り合った人妻と、リアルで会ったことがある。
まぁ今では珍しくもないことみたいけど、当時の俺にはかなりの大事。
約6年前、当時20歳ぐらい。恥ずかしい話、それまで女子と付き合ったこともなかった。
Yahoo!チャット(今もあるのかな?知らないけど)ってとこでいろんな人と話していた。
そこでその人妻と出会い、1ヶ月ぐらいちょくちょく話して仲良くなり、実際に会うことになった。
自分はそれほど乗り気ではなかったけど、なんか成り行きで。
それほど美人ってわけではなかったが、見た目ちょい派手目の普通の子。
泊まることになって、やっぱり男と女なんでそういうことになった。
初めてだったけど、見え張ってそうじゃないフリをしてしまった。
バカだな俺。当然下手だったからバレてただろうな。
初めての相手が人妻ってのは今思えばどうなのかなと思うけど。
遠距離だったこともあって、何回か会った後は連絡とってないし今何してるのかは知らない。
そんなことがあり、他にも2人ぐらいの子とチャットで知り合って会ってみた。
この話は誰にもしていない。
そんな思い出の話。
2年半付き合ってる今の彼女。
付き合い始めこそラブラブだったけど、いまやお互い忙しく、セックスしたのも最初の半年だけ。
お互い親にも会ってるし、結婚も意識していないわけではないけど、結婚観の相違とか、実家の家庭の都合とか、
そういうのが諸々あって現実味を帯びてこない状況。
というか、結婚は無理な気がする。
そこをあえて結婚するなら、今の遠恋のような、二か月に一度会うような、会ってもセックスしないような、そんな関係になるんだろうと思う。
そこで、きちんと話し合いを持ちたいのだけど、うちの彼女は将来について話す、とか、目先のことじゃないことを今考える、とか、
難しい問題に頭を悩ませる、とか、忙しいときに他のことに労力を割く、とか、他人に自分の考えについて意見される、とか、そういうのが大っ嫌い。
ゼロではないんだろうけど、絶対に避けたいものと思っている感じ。
でも、俺ももう27歳になっている。
お互いにそれなりに好きだし、親に挨拶した手前別れにくいし、二年半の情もあるし、別れたいって気持ちはないのだけど、そろそろ前向きになって、
好きでも別れるなら別れる、続けるならもっと具体的な将来を共有できるようになりたいって思う。
とにかく話し合いを持ちたい。
どうすれば、ああいう人と話し合いがきちっとできるようになるのかなって悩んでる。
別件だけど。
四月から引っ越してきたこの地で、いい感じになってる女の子がいる。
俺に彼女がいることを知ってるし、いい加減な関係になっても誰も幸せにならないので、そういうのはしないつもり。
だけど、彼女と3週間音信不通になったり、ケンカしたり、そういうのをあの子は知ってるし、相談のようなものもしたし、関係が破綻しているのは知ってる。
あの子は、彼女とはっきりさせるまで待つ、って言ってくれている。
彼女がいなければ、この人と付き合いたいなって思う。
でも、彼女を捨てて乗り換えるような覚悟もないし、それを思い切らせるほど深い何かを共有しているわけでもない。
彼女の好きなところはひとつもあげれないけど、嫌いなとこはいくらでも挙げられる。
こっちでのいい感じの人は、どちらもあげられない。
ただ、すごくいい子だし、家庭的だし、やっぱり目新しいものに興味あるし、彼女よりこの子のほうがいろいろ優れてる感じ。
いろいろ悩ましい。
つまり「大規模店舗が好きな人達が多い」ということは継続しないんだな。短期的にはみんな喜ぶが、その非対称性が土地の養分(商業力)を吸い上げてしまい、土地を枯らせてしまう。
田舎ならどこにでもある「イオン+シャッター商店街」と言う街は、商店経営者にとっては「枯れた土地」だろうけど
それに「地元商店街だけの街」に住む人は、商店街に行かずに遠くのイオンか都会(つっても精々地方の県庁所在地程度で
http://d.hatena.ne.jp/tanu_ki/20090411/1239418763
ウォルマートの近くには大抵競合店あるよ。同じ総合ディスカウントストアならターゲットとか。専門店も色々。
(人が集まる場所に他の店が出来るのは当たり前)
で、店同士の競争になる。
でも彼女には、ウォルマートを辞めて他のもっと公正な企業に再就職する選択肢はない。その街にはウォルマートしか仕事がないから。
って、ウォルマート以外に仕事が無い街なら街自体が継続出来ないだろうに。そのウォルマートの客はウォルマートの店員しか居ないのかよ。
最初は仲の良い友達だったんだけど、段々と意識するようになった。ちなみにお互い彼氏彼女はいた。
意を決して卒業後、俺の上京の1週間前、二人で酒を呑んだ。セックスもした。恥ずかしくて告白できなくて、
「当時は好きだったんだよ」と言った。
Aの返事は「私もだよ。」その時の俺はなんでか「けど今はお互い相手がいるからつきあえないね」みたいな事を言った気がする。Aは笑った。
その時から俺は「今はお互い相手がいるし遠距離だけど、頑張れば付き合えるかも」と思うようになった。
SNSで相手を探して、いっぱいセックスして、どこが気持ち良いか勉強した。
俺は都合のいい男だったらしく「歩くバイブ」とか言われた。
Aは地元で結婚したいと言っていたので、何度も会社に転勤願いを出した。けど受理してもらえなかったので仕事を辞めて実家に戻ってきた。これが3月の頭。大地震の時、震源地から近い所にいた俺はAの心配ばかりしていた。
Aはいきなり「彼氏と別れた。付き合いたい人がいる」と言って、写真を見せきた。楽しそうなAとイケメンが写ってた。
Aは本気らしく、告白もしたらしい。返事待ちと言っていたけれど、たぶん付き合うのだろう。
その日もやっぱり酒を呑み、ホテルへ行った。ホテルはAから誘ってきた。
俺が「その付き合いたい人にやったみたいにしてよ」と言ったら、Aは色々してきた。彼氏候補のイケメンは、Aにこんなに尽くしてもらって
いると考えると悲しくなった。
セックスが終わった後、告白した。告白というか、自然に口から出た。「やっぱり好きです」
そしたらAは笑いながら「あーあ、言っちゃった」
「もう違うし、遅いんだよね」
どうやらAは好きな人が複数いて、その一人が俺だけど、付き合いたいという段階までは行けなかったっぽい。
いや、一度は行ったかもしれないけど、それは数年前。
それに対して俺は、誰とでもセックスするけど好きな人は一人で、それがAだった。
その日も、もう一度セックスをした。今回は俺だけ泣いてた。2年前とはもう違う。
4年間近く目の前にぶら下がってた人参をいきなり盗られた気分で何をするにも気力がわかない。俺にはAが全てだった。
そして頑張った結果はJロックの知識とセックスしまくりが原因の不感症、そして無職(無職は自分のせいでもあるけど)。
今まで相談事は全部Aにしてきたから、Aのいない今、誰にも話せないので増田に書いた。
恋なんて不毛だ。
1000年以内に起こる可能性はまあ99.99%くらいかな。おうすげ、竹中算で単純計算すると30年以内に起こる可能性は限りなくゼロだな、もうずっと放置しようぜ。そういうことを言っていることになる。よく統計命な経済の教授とかやってられる……
東海地震は歴史的に100年~150年で周期的に起こるとされている。全部がはっきりと文書で記録が残っているのは室町時代以降だが早くて102年遅くて147年で起こっている。ところが前回の東海地震から既に157年も経ってるんだわ。30年以内にってのは要するに「190年も待ってくれるとは思えん……」ということであって、その30年のうちいつ起こる可能性が最も高いかと言われたら当然近々に起こる可能性の方が高いのよ。
もっと怖いのはM9の東北地方太平洋沖地震が東海地震に影響を与えていないかが分からないこと。調べようがないからね。
元々一般には遠距離の震源には影響しないというのが定説だった。東海・東南海・南海くらいの距離感ならしばしば同時発動したりそうでなくても2~3年くらいの間に立て続けに起こることは多いんだが、宮城くらい離れていれば大丈夫だろうと当初は考えていた。ところが実際に大震災後の1ヶ月ほどの間に遠隔地の地震が大量に発生し、そのうちの一つはプレート型ではないにしろまさしく静岡で起こっちゃった。富士山で起こった奴ね。てかよくよく考えるとここまで桁違いの大地震にとって近距離遠距離のどの程度よって話になるわけで、もし東海地震が誘発の射程範囲内に収まっていたりしたら3年以内に東海地震も誘発されることになる。最も危険だったのは震災直後の1ヶ月で静岡に来た断層型の地震の代わりに東海地震が来ていても本当におかしくなかった。
誘発のメカニズムはいまだに良く分かっていないので誘発するかもということ自体が杞憂の可能性ももちろんある。富士山の地震もたまたま偶然タイミングが近かっただけかもしれない。でももし誘発があるならこの先3年くらいは本当に危ない。俺が損保会社なら3年以内の東海地震発生率は20~30%を見込んで引き当てておくね。
好きだった同期男が転職するけどどうしよう、という増田を前に書いた。
話を聞いてから1週間ほどずーっとテンション低い状態で、あまり食欲も沸かなかったんだけど
今日、共通の友人グループである同期女子とご飯を食べる機会があり、上記転職の話になった。
聞くと、その同期女子も(私が好きになる前から)同期男のことがずっと好きだった、という打ち明け話をされ
最近2人で遊ぶようになって、今度告ろうと思ってるんだけど…という話。
でもまあ、その同期女子が同期男のことを(期間でも質でも)私よりも好きらしいぞ、というのが分かり
私もその同期女子が友人として大好きなので、こちらは打ち明ける気にならず
「後は任せた!遠距離がんばれ!」みたいな気分になって
軽く憑き物が落ちて霧が薄くなった感じで、ご飯もなんとか食べられそうです。
Yahoo知恵袋には、本吉病院長に対する地域の冷たい仕打ちがあったような記事が出てくる。
webには、そのようなものはなかなか出回らない。 とりあえず、ちょっとメモまで。
どうなのかな? 投稿者:一患者 投稿日:2007/02/20(Tue) 19:57 No.106
この頃、本吉病院に行くことに、ちょっと抵抗を感じるようになりました。誤診なのか知識不足なのか、適切な処置をされないで手遅れになるところだった人の話を聞きました。医者も生身の人間ですから、診誤ることもあるかもしれないけれども、私たち一般の人は医者を頼りに病院に行くわけですから、しっかり診察をしてほしいものです。
森町長がこの掲示板を見るかどうか分かりませんが、できたら、もっと医師に研修なり、勉強の機会を与えて、町民の命を預かるというのは、重責かもしれないけれども、でも、本吉町で唯一の病院ですので、高い機械を入れるばかりでなく、それを使いこなす人材や医師を育ててほしいと思います。赤字で大変でしょうが、一考お願いします。
直接、病院事務長や院長に話をすればいいのでしょうが……
あとは、勉強用に。
本吉町国民健康保険病院改革プラン(平成20年12月:本吉町国民健康保険病院)
本吉町国民健康保険病院は、昭和22年8月に旧津谷町国民健康保険組合の直営で一般病床24床の病院として開設された。
翌23年には、法改正により旧津谷町に移管され直営病院となった。
昭和30年3月の町村合併により本吉町国民健康保険病院となり、この年に新病棟が建設され、一般病床52床、伝染病病床12床を有する病院となった。
昭和34年当時の診療科目は、内科、外科、小児科、産婦人科を標榜しており、地域の中核的病院として住民の健康と福祉の増進に大きく貢献してきた。
しかし、その後人口減少などの理由により、病院は多額の累積赤字を抱えるようになったため、昭和47年に病院運営委員会を設置し累積赤字の解消に努めてきた。
その後も逐次規模の縮小が図られ、昭和61年には一般病床38床で、内科、小児科を標榜する現在の病院の規模となった。
昭和47年から取組んできた累積赤字の解消は、一般会計からの繰入金の増額等により平成6年に全て解消することが出来た。
その後は単年度の損失はあるものの繰越利益剰余金により累積赤字は発生していない。
本吉町内には、かつては数軒の医科医院が開業されていたが、医師の高齢化等により廃業し、平成15年以降は診療が行われておらず、本吉病院が町内唯一の一般病院として現在に至っている。
国の医療費抑制策による近年の診療報酬改定は、小規模な病院に与える影響が大きく本吉病院においても診療収入が減少している。
特に平成16年度の診療報酬改定により薬の長期投与が可能となり、患者の通院数が月2 回から月1 回になったため外来患者数が減少したことも診療収入減少の要因の一つとなっている。
現在本吉病院では、常勤医師2名により平日の診療に当たり、土日及び祝日等は東北大学病院より臨時医師を派遣いただき診療に当たっているが、患者数による必要医師数は常勤医師3名となっており、早急に常勤医師3名体制の確立を図る必要がある。・・・
本吉町国民健康保険病院は、一般病床が38床で、診療科目は内科、小児科を標榜しているが、現在は内科医師2名により、実質的には内科単科のみの医療提供を行っている。
外来患者数は、1日平均70~80名で年間約21,000人となっているが年々減少傾向にある。入院患者は1日平均35人で病床利用率は93%となっておりここ数年は横ばいとなっている。
外来、入院診療のほかに、件数は少ないが訪問診療や訪問看護・訪問リハビリ等も行っている。
本吉病院は、町内唯一の一般病院であることから、毎週日曜日は当番医として診療を行っているとともに、救急告示医療機関にはなっていないが、内科に係る初期救急については24時間受け入れを行っている。
また、町の健康福祉課が計画している乳幼児等の各種健診や予防接種のほか、町立の幼稚園・保育所、小学校、中学校の校医も受託している。
さらに、町内企業の産業医を受託しているとともに気仙沼地域産業センター主催の健康相談への協力も行っている。
以上のように、本吉病院が地域において果たしている役割は極めて大きく、本吉町の保健医療の推進を図る上で欠くことのできない重要な医療施設となっている。
本吉病院の正職員数は、医師2名、薬剤師1名、診療放射線技師1名、臨床検査技師1名、理学療法士2名、管理栄養士1名、看護師18名、事務職員5名の計31名、ほかに臨時職員が看護補助員9名を含めて21名で、合計52名となっている。
医師については、本吉病院の患者数による常勤医師必要数は3名で、1名不足となっていることから、当直等を含めた勤務時間が過剰になるなど医師の負担が重くなっており、早急に医師の確保を図る必要がある。
宮城県気仙沼市本吉町の市立本吉病院(38床)が苦境に立たされている。津波で1階が高さ1.7メートルまで浸水した被害に加え、2人の常勤医が辞職するなどして現場を離れたからだ。被災と「常勤医ゼロ」の異常事態が重なる医療現場で、看護師や派遣医師が「住民の身近な病院を守りたい」と奮闘を続けている。
押し寄せた津波に入院患者20人や職員は避難したが、1階の診療室やエックス線室、コンピューター断層撮影(CT)などの医療機器は水に漬かり、損壊した。
3月20日には院長(59)が辞表届けを提出。もう1人の常勤医の40代男性も体調を崩し、ともに現場を離れた。病院関係者は「停電、断水、薬不足の中、外来患者は普段の2~3倍に上り、昼夜働きづめだった。誰も責められない」と語る。
現在の医療活動は、徳洲会病院グループでつくる災害医療協力隊「TMAT」が担う。入院患者は岩手県立千厩病院(一関市)に移送し、24時間態勢で外来診療に当たる。
千葉県から5泊6日の日程でやってきた医師黒岩宙司さん(54)は「避難生活の長期化で風邪や不眠を訴える人が増えている。今こそ協力隊の力を発揮しなければならない」と力を込める。
病院職員は津波によって12人が自宅損壊、2人が家族を失った。自宅が津波で流された薬剤師長の遠藤博文さん(54)は「JR気仙沼線の復旧の見通しが立たず、遠距離通院はできない。ここを守るしかない」と、泊まり込みを続ける。
TMATの支援期間は1カ月程度の見通し。市は復興作業と医師確保という難題を背負った。
看護師長の佐々木美知子さん(44)は「人口1万1000の本吉地区住民にとって、病院はここしかない」と話す。
職務に追われ、2人の子どもと会えたのは震災1週間後だった。「住民の健康を守るため、病院存続のため、みんなで力を合わせたい」。言葉に強い覚悟がにじんだ。(高橋鉄男)
◎常勤医去り職員が結束/宮城県気仙沼市立本吉病院看護師長・佐々木美知子さん(44)
入院患者19人全員を岩手県の病院に移し、人心地ついた朝だった。
3月20日。気仙沼市立本吉病院。
男性院長(59)の姿が消えた。
震災から9日間、泊まり込みで診療を続けていた。部屋に辞職願があった。同じ日にもう1人の常勤医も体調を崩し、現場を離れた。
旧本吉町で唯一の病院は常勤医がいなくなった。
看護師ら31人の職員が残された。被災で派遣された外部の医療団の応援を受けている。4月上旬。
「おばあちゃん、眠れていますか」
2階の一室で外来の患者に話し掛ける。そばで派遣医師が心音を聴いている。
院長は地元が兵庫県で阪神大震災にも遭ったという。耐えられなくなったのだろう。
「責められないよね。私も逃げ出したいぐらいだもの」
津波で1階が水没した。医療機器が壊れ、カルテが流され、ガスと電気と水が止まった。
メモ用紙に「カルテ」と書き込み、急場しのぎの診療記録を作ることから始めた。
入院患者の足元で雑魚寝し、患者のタオルを借りて寒さをしのいだ。医薬品が足りない。患者によっては点滴を半分に減らさざるを得なかった。
病院は存続するのだろうか。常勤医の不在は職員を不安にさせた。
外来患者は1日200人前後。震災前の3倍に増えた。不眠や風邪を訴える。
「病院が地域の人に求められている。病院消滅の不安は消え、存続への使命感に変わった」
4月9、10の両日、地元の住民約100人がモップと雑巾を手にやって来た。自治会長(52)が常勤医不在を知り、「地域の力で病院を守ろう」と清掃を呼び掛けた。
1階の泥をぬぐい取る。職員も一緒に精を出す。
看護師長になって12年になる。2人いる管理職の1人として職員を束ねる。
「みんなと一緒に目の前の患者に向き合うことしかできない」
職員のうち、12人が家を流された。それでもほぼ休みなく働いてくれる。家族を失った看護師も現場復帰した。
家に帰ると、長男(8)と長女(5)に抱き付かれる。「うちはどうして休みがないの」と聞かれる。ほとんど一緒にいられない。夫(42)も市の水道職員で忙しい。
医療団はいずれ去る。
「それまでに常勤の医師を確保し、以前の運営に戻れるかどうか分からない。でも、職員と地域の人は命の拠点を残したいと頑張っている」
心の中でわが子に言い聞かす。
もう少し待って。いい未来を残すから。(高橋鉄男)
東日本大震災の津波で1階が水没した宮城県気仙沼市の市立本吉病院(38床)は、大半の医療機器が流されたうえ、院長ら2人いた常勤医が病院を去るなど苦難に直面した。だが、残った看護師や職員は県外から派遣された医師とともに「被災して苦しんでいる人をわれわれが見捨てるわけにはいかない」と奮闘を続けている。【村松洋、堀江拓哉】
3月11日、2階建ての病院は大きな揺れで停電した。非常用発電機でひと息ついたのもつかの間、約35分後には津波が襲った。1階が水没したが、入院患者19人と看護師長の佐々木美知子さん(44)ら看護師、職員約20人は2階に避難して無事だった。医薬品や布団、非常用食料は2階の一室に運び込んだ。
夜には自治会から発電機を借りて、心電図などの機器をモニターした。それでも院内は真っ暗で、懐中電灯で看護を続け、患者にはレトルト食品など非常食を食べてもらった。
来院者は増えた。不眠やストレスで息苦しさを訴える被災者が多く、通常の約4倍の270人が来院する日もあった。佐々木さんは10日間、自宅にも帰らずに看護を続けた。
17日には県外から3人の医師が応援に入り、19日には入院患者の転院を終えた。だが翌日、院長(59)の姿はなかった。机上に「一身上の都合」を理由にした辞職願があった。
院長は阪神大震災で被災し、東日本大震災では津波にのまれ、病院の燃料タンクにつかまって助かった。管理課長の鈴木幸志さん(59)は「2度も被災され、院長の家族も心配していた。去ったことをとがめるわけにはいかない」と話す。体調を崩したもう一人の常勤医も病院を去った。
残った看護師や職員たちも被災者で、計29人中12人が津波で家を流された。夫や親族を亡くした看護師もいるが、全員がほとんど休まずに勤務を続ける。
4月9、10日には地区の住民ら約100人が1階の汚泥の掃き出しなど掃除をしてくれた。地震から1カ月の11日、1階での診療を再開した。
応援の医師はいずれ県外に戻る。病院は今、市や医師会を通じ、新たな常勤医を求めている。佐々木さんは、常勤医不在で病院の将来を心配しながらもこう話す。「家を流され、私たちより困っている人が大勢いる。そんな人たちを診てあげられるのは私たちしかいない。今できることを毎日続けるだけです」
宮城県気仙沼市本吉地区で唯一の医療機関、市立本吉病院では、震災後に男性医師と院長が相次いで休職・辞職し、残された看護師たちが応援の医師と休まず働き続けている。
「大丈夫? 痛くないかな」。白衣の代わりに白いエプロンをまとう看護師長の佐々木美知子さん(44)が高齢の女性から採血し、優しく語りかけた。
1階天井近くまで達した津波は白衣も医療機器も流した。人口1万1千人の本吉地区から市中央部への道は断絶。佐々木さんらは、薬を求めたり体調不良を訴える市民の応対に追われた。院長(59)は1日に最大で270人の患者を診察した。
応援の医療チームが到着した14日から、50代の男性医師が休職。20日には院長が姿を消した。院長室の荷物にまぎれて辞表が見つかった。「院長がああいう辞め方をしたことを責められない」と佐々木さん。「看護師だけになってもやるしかないと覚悟した」
応援チームは小児科や外科の医師もいて、24時間体制で患者を診られる。皮肉にも、内科だけだった震災前より多くの市民を診察できるようになった。5月までは医師2人のチームが交代で来てくれる。ただ、地元の主治医と呼べる医者がいずれ必要となる。
「ここが地域の中心になって、福祉や介護、生活すべてを守りたい」。佐々木さんは同僚の看護師と肩を寄せ、笑いあう。「早く新しい先生に来てもらえるよう、私たちが頑張らなくちゃ」 (柚木まり)