はてなキーワード: 執筆とは
雪崩は、たった一粒の小石によって引き起こされることもある。
1月21日、ケンブリッジ大学の数学者 Timothy Gowers が、
長年に渡ってエルゼビア社の論文誌をボイコットしている理由について、ブログに書いた。
オランダに本社を置く同社は、一流誌 Cell や Lancet をはじめとする定期刊行誌を2000誌所有している。
ノーベル賞の数学版とされるフィールズ賞を受賞した Gowers 博士は、この状況を望ましくないと考え、
今回のブログ記事が他の学者もボイコットに参加するきっかけになれば、と望んでいた。
実際、それが起こった。
Gowers のブログに感化されて、数学者 Tyler Neylon がオンライン署名サイトを設置し、
そのサイトを通じて研究者2700人以上(訳注:日本語訳執筆時点では5300人以上)が署名し、
自分の研究をエルゼビアの論文誌に投稿せず、エルゼビアに投稿された論文を査読せず、エルゼビアの編集作業にも協力しない、と誓約した。
その数は、数学者の表現を借りるならば、指数的に増大している。
実効性をともなっていくとすれば、大出版社にとってこれは、革命をつきつけられたようなものである。
Gowers 博士による非難は3点に集約される。
第一点として、エルゼビアの製品の料金は高すぎるということ。
第二点として、論文誌の「抱き合わせ」が広く行われているために、図書館はある論文誌を購読しようとするとき、興味のない他の論文誌もセットで買わなければならないこと。
第三点として、公的資金による研究に対して政府がフリーアクセスを要求することを禁じる法案(たとえば米国議会で審議に入る Research Works Act など)を支持していること。
エルゼビア側によれば、これは誤解を招く言い方だと言う。
2010年には、20億ポンドの収益に対して7億2400万ポンド(11億6000万ドル)の利益を得た。利益率は36%。
しかし、同社の Director of global academic relations の Nick Fowler は、
購読料水準は業界の平均であり、ここ数年の値上げ幅は他社より低いとしている。
Fowler 博士によれば、人もうらやむエルゼビアの利益率は、同社の効率的な経営の結果以外のなにものでもないという。
Neylon 博士による動議は、より広い文脈での学者と出版社の衝突の表れのひとつと見ることができる。
その衝突は、オンライン出版の台頭によって、ますます鮮やかに描き出されてきた。
学者は情報の自由と流動性に重きを置く文化に属しており(そもそも論文の査読と編集を無償で行っており)、
出版社は情報へのアクセスに課金して利益を最大化しようとする組織であり、
同時に権威ある論文誌の(すべてではないにしろ)ほとんどを掌握しているからである。
一触即発の状況は長年続いていた。
2006年には、 エルゼビアが出版する数学論文誌 Topology の編集委員会の全員が、アクセスの囲い込みと料金高騰への懸念を表明して辞任した。
ドイツの出版社シュプリンガーによる論文誌 K-theory の編集委員会は2007年に解散した。
多くの人は、ことが荒立てられるまでにこれほど長くかかったことに驚いている。
出版社をそのサイクルから追い出すことができる環境は十分に整っていた。
実際、商業出版の代替物をつくろうとする動きは何度か起こった。
コーネル大学のウェブサイト arXiv (X はカイの音のギリシャ文字を模しており、「アーカイブ」と発音される)は1991年にできた。
研究者は、まだ論文誌で出版されていない物理学の論文をそこに投稿することができ、
Public Library of Science (PLoS) は2000年にできた。
そこでは生物学と医学の分野でフリーの論文誌が7誌出版されている。
こうした動きへの熱意があったにも関わらず、伝統的な出版社の支配が続いたことには理由がある。
arXiv の論文は、公開後に容赦ない批判にさらされることは確かなものの、投稿前に正式なピアレビューは行われない。
PLoS は一部を寄付金でまかないながらも、論文1件あたり2900ドルの掲載料を課す。
これは著者の負担となり、金策に悩む大学にとっては無視できない金額である。
少なくなりつつあるとはいえ、電子版のみの出版に対する偏見もある。
こうしたことが重要なのは、大学と個々の研究者が、出版した論文の数と掲載された論文誌の名声に応じて評価されるからだ。
ともすれば新しい道具に挑戦することが期待される若手研究者は、その前に既存の権威ある論文誌で出版しなければならない。
さもなければ、発言力もなく昇進もない。
そして、新しい論文の運命を決める力のほとんどが権威の高い論文誌にあるために、「権威」の定義は少しずつしか変わらない。
商業出版社は、たとえば読者ではなく著者から料金をとるなどといったオープンアクセスのアイデアを試そうとしている。
しかしボイコットが広まっていけば、ことは急激に進展する可能性もある。
けっきょくのところ、学者が出版社を必要としている以上に、出版社には学者が必要なのである。
突然失脚する直前まで、えてして体制側は無敵に見えるものだ。
来たる学術の春にはご用心を。
翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。
彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである。
村上的ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツをアイロンがけしている、など)が
突然非日常(不思議な電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。
言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、
たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。
村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界のあいだで翻訳をしている。
言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ。
村上の車の後部座席に戻ろう。
多くの企業の本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。
およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。
木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。
靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。
自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。
同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。
(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)
オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。
山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。
室内のもう一つの棚には村上の人生と作品にまつわる思い出の品々がある。
彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニー・ウォーカーを描いたマグカップ。
はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真(1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。
壁にはレイモンド・カーヴァーの写真、グレン・グードのポスター、ジャズの巨匠の肖像がいくつか。
村上がもっとも好きなミュージシャン、テノールサキソフォンのスタン・ゲッツの写真もある。
私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。
『1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である。
それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。
同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。
村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。
「オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」
彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。
「シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから、日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」
「シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。
彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。
「The Many Sides of Gene Pitney」。
カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカのクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。
村上は13歳の時、このレコードを神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。
針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初のヒット曲「Town Without Pity」。
劇的な、ホルンの即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。
「若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」
終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。
『1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。
彼は読み直したといい、それは退屈だったという。
(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)
「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマック・マッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間が人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」
『1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」
「オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。
「ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分は政治好きな人間だと思うけれど、政治的メッセージを誰かに向けることはない。」
とはいえ村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治的メッセージを大々的に言明している。
2009年、批判のなか彼はイスラエルでエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルとパレスチナについて語った。
この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本の原子力行政を批判した。
一度目はまったくの被害者としてだったが。
バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。
「市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」
演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。
人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。
「これは日本にとって転機になると、日本人のほとんどが考えていると思う」
「悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格と目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」
その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国をモデルケースとして見ているのか、と尋ねた。
「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」
地下鉄サリン事件、阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。
地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。
彼は深さのメタファーを多用することで知られる。
登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。
(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。
毎日机に向かい、集中力に満たされたトランス状態の中で、村上は村上的キャラクターになる。
それは、自らの無意識の洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である。
「僕は東京に住んでいる。ニューヨークやロサンジェルスやロンドンやパリのように文明的といっていい世界だ。
魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。
魔法的リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。
書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」
執筆しないとき、自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。
彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。
彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。
人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。
実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。
1995年サリンガス事件があったとき、村上は被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、
その結果を分厚い2冊組の本として出版した。
のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語に翻訳された。
この会話が終わったとき、村上はランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日のランニングを通して学んだ」と彼は書いている)
身軽で、安定していて、実践的だ。
たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上は自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。
それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。
そんな言い方をした理由はすぐに分かった。
というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。
もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、
地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。
道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。
そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。
上へ、上へ、上へ。
しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。
海ははるか下に見えた。
それは秘められた巨大な水世界、日本とアメリカのあいだの、人が住まない世界だ。
その日見たかぎり、水面は静かだった。
そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。
大通りのサーフショップ、漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。
空気は湿っていて塩のにおいがした。
私たちは並んで浜まで走った。
村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。
セミについても話をした。
何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。
走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂のエアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。
最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。
が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。
飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。
最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。
見たことがないほど変な蝶だった。
浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、
私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。
それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。
蝶が去ってまもなく、村上は階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。
見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分のボトルから水を飲み、私を見上げて言った。
「日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」
(訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)
村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。
ところがその目論見は外れることになる。
期待していたのは、バルセロナやパリやベルリンのような街だった。
そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ、劇場、文学、シットコム、フィルム・ノワール、オペラ、ロックといった、
西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタンな世界都市を私は期待していた。
誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。
実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。
そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。
アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、
私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。
最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、
どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。
私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。
そして蜂の巣状のガラス製ピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき、
ついにユキという村上のアシスタントに見つけてもらうことができた。
あまりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。
実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。
そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。
村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初の記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなたの最初の記憶はなにかと尋ねる。
それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。
彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。
流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル。
そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。
「明確に覚えている」と彼は言う。
「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」
村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。
その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶は自分の中にある、と感じた。
ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。
村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分の記憶を写し込んでいたのだ。
村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中、
週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。
その結果、電力、公衆衛生、メディア、政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。
大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。
この本はアジアで数百万部を売り上げ、
まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。
62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学の最高峰としての地位を確かなものにしている。
疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界の大使となった。
そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。
アメリカによる戦後占領を受けた1949年の京都、日本の前首都である。
「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。
「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。
「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。
彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、
そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である。
彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説とジャズに没頭して十代を過ごした。
二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブを東京で開いた。
掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、
作家としての村上のキャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。
どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生を根底から変えてしまう。
29歳の村上は地元の野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴ・ヒルトンというアメリカ人助っ人バッターが二塁打を打つのを見ていた。
平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上は天啓に打たれた。
そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。
そして彼は書いた。
数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。
それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。
アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。
わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。
『名犬ラッシー』、『ミッキーマウス・クラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲、フランスの映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディラン、マーヴィン・ゲイ、エルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストック、サム・ペキンパー、ピーター・ポール&マリー。
以上はごく一部に過ぎない。
そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本の芸術の引用がまったくない。
村上作品のこうした傾向は日本の批評家をしばしば苛立たせている。
そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆に時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。
「時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。
30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。
すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。
彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。
そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。
「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」
そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。
30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンル(SF、ファンタジー、リアリズム、ハードボイルド)と様々な文化(日本、アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。
どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。
そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。
彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。
なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。
とはいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。
特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。
安全な言葉遣いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。
私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。
数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。
彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロン掛けが好きだという)。
靴は履いていない。
彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップでブラックコーヒーを飲んだ。
その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からのお気に入りの小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。
話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。
その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。
「大きいな」と村上は言った。
「電話帳みたいだ」
まだこの時期になっても作業をしていて論文の根幹となるデータが無い状態だ。
どうしてこんなになるまで放って置いたんだ!というツッコミは甘んじて受ける。正直卒業できなくなるんじゃないかという恐怖もある。だけどその怖さをいまだ現実のものとして十分にとらえていないのではないか。現に起きるのが遅くてラボに行くのが午後になったり、休日も作業すべきなのに何かと理由つけて部屋でゴロゴロしている有様だ。このままでは卒論の要旨提出に間に合わないことも頭の片隅に残したまま。
他の同期や他大学に行った高校の同級生は順調に卒論の執筆に取り掛かっている一方、私はこの体たらくだ。もう卒業できなくてもいいんじゃないかとさえ思いはじめている。研究に対する熱は今のラボに入ってからどんどん冷めている。ラボ配属当時の熱は今はもう無い。ラボに行くのですら億劫と思っているほどだ。私の性格は研究に向いていない。身にしみてわかったことだ。
父が「大学なんて行かなくてもいいじゃないか」と言っていたのがここにきて考えさせられる。自分は何のために大学に入ったのか。学士が欲しいから?モラトリアム続行のため?今まで自分は何も考えてこなかった。ネガティブな考えがぐるぐるしている。
でも、今やっていることがどんなにほかの人と比べて遅くてもやることだけはやらなければこれからの人生はないと思ってやっていこう。自分の怠惰な心を振り払って進めよう。たとえ周りから蔑まされて自分の仕事が評価されなくてもいい。いっぺん精神の地獄を味わうつもりでいこう。卒業できればお慰み。
落ちるところがなくなるまで自分を落としていこう。
あれ? もしかしてこれって哲学さんの発言のこと言ってる?(http://bit.ly/wQEAol)
出典元ktkr。私はたんぶらから拾ったんだけど元はクリスティーナがめちゃくちゃ好きな人がこういう事言うんだろうなーとは思ってた。それをあえて嫌いな人、特に女の人が同じ発言をしたらどういう感じになるかな、と思って<あのキャラ男オタクの欲望だだ漏れすぎて引くわー>を付け足して逆の意味にしてみた。あえて誤読してみたといってもいい。そしたらみんながマジレスしはじめたってのがおもしろいところ。
自分の中でこの反応は「もしドラ」と同じものがあるな、と思った。ハックルさんの手法ってマジで釣りに使えるかも。
もしドラ関連でもう1つ。
http://booklog.kinokuniya.co.jp/abe/archives/2012/01/post_100.html
よけいな先入観を捨て、小説ではなくともかく『パミラ』を読む。そうすると、この作品、たしかに小説らしくはないが、妙なところで「小説」という形式と血が繋がっているのがわかってくる。そして、そこには「ひょっとすると小説がそうであったかもしれない別の顔」が覗いてもいる。私たちの知っている「小説」の背後にもあるかもしれない何か。根源的な言葉のエネルギーのようなものが、そこには宿っている
神経の突っ張ったインフレ気味の語りがつづくと、さすがにこちらもくたびれてくる。山あり谷ありどころか、山の連続である。しかし、こちらをくたびれさせるところにこそ、この作品の一番の真実があるのかもしれない。リチャードソンはたったの二ヶ月でこれを書き上げたというが、それはパミラの体現する種類のエネルギーを彼自身がうちに宿していたということではないのだろうか。この作品を支配するのは、危機と苦難に直面しつづけるパミラの、つねにぴりぴりと緊張しつづける神経そのものである。
とにかくパミラ臭があふれていて、とてもではないが徳だの純血だの結婚だのといった骨張った議論に回収されるものではない。しゃべりまくる女たちの語りの力は圧倒的なもので、しかもそれは女が語る女の語りではなく、男が女に語らせる女の語り。つまり、50歳のおじさんの視点から「女の語り」へと没入するリチャードソン臭が混入しているのである。だからこそ、独特の過剰さがつきまとう。
これだ! 私はハックルさんのことをまた一つ理解したぞ。
ハックルさんは「エースの系譜」において
この作品は、現代の小説にオーセンティックな魅力、本質的な価値を取り戻そうとして書きました。『エースの系譜』は「面白さ」というものをどこまでも追求した作品となっています。人が魅了されずにおかないこと、人が興味を引かずにはいられないこと、人が知りたいと強く願うこと、人が夢中になってしまうことなどが、この中には描かれています。ぜひ、それを知ってほしい。
と書いてある。これの意味が全くわからなかったのだけれど、「面白さ」を読者にとっての面白さ、と考えなければすべて納得できる。
パミラの作者も800ページの大著をわずか二ヶ月で書ききったという。彼は「筆が止まらなくて困った」くらい執筆が楽しかったのだろう。番長マジイケメン。
つまり面白さとは読者にとってのではなく作者にとってのおもしろさなのだ。この手の話は、読む側には苦痛でしかないが、書いてる方はめちゃくちゃ楽しいのだ。
そりゃそうだ。50過ぎのおっさんが、うら若き淑女になりきって、自分と同じくらいの年代のエロオヤジを出し抜くんだぜ?
40過ぎのおっさんが、頭の悪い女子高生に戻って、昔自分を馬鹿にした奴らを真っ向からマネジメントとかいう「謎の白い魔術書」を使って血祭りにあげていくんだぜ。ほむ。
そりゃ「人が魅了されずにおかないこと、人が興味を引かずにはいられないこと、人が知りたいと強く願うこと、人が夢中になってしまうこと」のすべてが詰まってるよね。
・・・ってそれ「魔太郎がくる」よりたち悪いよ。 それなんてセイバーだよ。リプレイ救済願望ダメ、絶対! 征服王に怒られちゃうよ。
「はてブ」とか「なろうネイティブ」とかそんなチャチなレベルじゃねぇ、もっとどす黒いおやじの欲望を味わったぜ。
(この話、西尾維新にも当てはまらなくもないと思ったが、西尾維新は多分また別の話なんだと思う)
そういえば、日本には土佐日記なるものもありましたね。どうも日本には変態的な文章を書く時がもっとも生き生きと輝く「紳士」な人が多いようです。
ブログは、執筆した人の所有物ではありません。そもそも、ホスティング業者とか文字コードとかJavaScriptを使ってできたブログを、ユーザー登録したらいで「所有」しているという考え方がおこがましい。
当たり前ですが、ブログでも何でも、一個人の完全な所有物となるものなんて、この世にはありません。「物」は、言うならばこの世界そのものの「所有物」であり、人間にとってはむしろ「借り物」という方が近いです。今認められているいわゆる「所有権」とは、その「借り物」の処遇について、他の者よりも比較的多く決められる権利――くらいの意味しかないのです。
ですから、当たり前ですが、それでバカなことを書いたり罵倒したりしたら、作家のみならず、誰でも、この世界そのものの一員として(一部として)、それを炎上させることができます。と言うより、炎上させるべきです。
それは、権利と言うよりは、この世界そのものの一員としての責任です。ぼくは、誰が書いているブログであっても、その持ち方や使い方を誤っている人がいれば、行って「おいバカ死ね」と勇気を持って罵倒してきたいと考えています。
http://archive.mag2.com/0000134134/index.html 12月25日号
学生が書いたエントリーシートを見ると、多くの人に似たような傾向が見られます。
「一点主義に賭けすぎ」ということです。
「一点主義」とは何かというと、一時点のことだけをやたらプッシュしている、ということです。
例えば、「あなたの学生生活はどのような学生生活でしたか」というような記入欄があったとします。
すると、一点主義の人はどんな書き方をするかというと、
「私の学生生活で最もその成果を発揮したのは、2年生の学園祭の時でした。ステージで劇を発表することになり、30名以上の出演者の
スケジュールを調整し、3ヵ月に及ぶ練習を取りまとめ、見事に全員で演じ切ることができ、大好評を得ました」みたいなことを書くわけです。
これは、「2年生の学園祭の想い出」という一点を書いているだけです。
「何々の資格を取りました」「何々という国に留学に行きました」「どこどこに海外旅行に行きました」そういうのは、全て一時点の話です。
その一点だけをいくら膨らましても、その時点の想い出話にしかならず、その人の「人生」や「人柄」は全くつかめてこないのです。
良いこと言ったので、もう一回言います。
「人生は、一線」です。
線で語らない限り、その人の「人生」は見えてこないのです。
それは、出来事を羅列しろというわけではありません。
その人生を「一線」で表す単語や表現で簡潔に表すということです。
例えば、
「私が忘れられないのは、大学3年生の前半に書きあげた自伝的小説です。自分の中学時代の頃から起こった出来事を
小説風に仕上げ、250ページもの文の量で書き上げました。その完成までには膨大な取材の量を重ねました」
みたいなことを書いたとしても、これは「一点主義」の書き方なので、「ふーん、そんなこともあったんだ」と思われて終わりです。
でも、「私は、学生作家です」「ジャーナリズム生活でした」みたいな言葉だと、たった一言なのにその人の人生が線で語れます。
作家というならば、どんなものを書いたかいくつか挙げてくれる?ジャーナリズム生活というのは、どういうものかいくつか例を出してくれる?
という続きの疑問に対するフォローの文章を書き加えればいいだけです。
一線を引いて、点を打っていく。作文でも本の執筆でも、そうやって書いていくのです。
(そして実は、そういう文章の書き方は、小学校や中学校の国語の授業でも習っているはずなのです)
一点主義だと、いくらそこに情報を詰め込んでも、その一点の情報だけが伝わるだけで、(大して伝わらないけど)その人の人生は伝わりません。
エントリーシートがどうしてもうまく書けないという人は、まずはその一点主義から離れることを考えましょう。
それだけでも、構成力はがらりと変わります。
いい記事やなぁ。
私は採用する側だけれど、質問の仕方を気を付けないとイカンな、と思わされた。
実際にこういう答え方をする学生さんはかなり多い。
どういうふうに考えてこういう答えをするに至ったかはわからないけれど、
とにかくアピールしよう、差別化しようみたいな教えを変に受け取って
自分がどういう人間であるか、ということではなく、とにかく私はすごいんだ、ってエピソードを語ろうとする人が多い。
多分、こっち側がそれを要求していると誤解させるような問いかけをしてるんだろう。
なにより、学生から見たときに、私のいる会社や、ここで働くとはどういうことか、線で見えるように伝えられていないんだと思う。
学生さんにはこういうことを語って欲しい、なぜならうちはこういう会社で、こういう人を求めているからってのがシンプルにつながるような線を考えたい。
何となく、この特異な現象については、ぜひとも文章にしたいと思った。ここから下の文章は、妄想と憶測にのみ基づく、何の意味も無い文章である。
2ちゃんねるのアニキャラ個別板にて伸びつづけるエイラスレは、現時点において、ストライクウィッチーズのキャラスレの中で最も伸びているスレである。この文章を執筆している時点で96スレ目であり、2位のエーリカスレと比較しても倍以上伸びている計算である。なお、96スレ目は、現時点において歴代アニキャラスレッドのTop20に入る長さである(なお、1位は長門スレ、2位はマミスレであるが、この順位がひっくり返るのはもはや秒読み段階である)。
そんなアニキャラ個別板とはどのような板であるかというと、所定のキャラクターを愛してやまない住人が、いかにそのキャラクターを愛しているかを連綿と書き連ねる板である。板に存在するほぼすべてのスレッドにて、住人は、自分が愛してやまないキャラクターに対してああしたい!こうしたい!(だいたいは性的な仕打ち)と延々と書きつづけている。
しかし、エイラスレは違う。ひとたび「エイラさんをぺろぺろしたい」などと言おうものなら、息が途絶えるまで四方八方から袋叩きにされるであろう。住人はエイラさんが愛おしくて仕方がないが、それを満たすために自分が直接行動を起こすことは考えることすら許されない、タブーなのである。
なぜ、エイラスレだけこのような不思議な現象が発生しているのだろうか。それは、エイラさんの極めて特異なキャラクター性故なのである。
僭越ながらエイラさんの紹介をさせていただくと、彼女はアニメ「ストライクウィッチーズ」に登場するキャラクターである。
彼女はスオムス(フィンランド)から派遣された、スオムス軍の中でも最優秀のウィッチであり、その能力は派遣先の501統合戦闘航空団「ストライクウィッチーズ」の中でも卓越している。その優秀さは、被弾数ゼロという、前代未聞の記録が証明している。彼女の固有魔法であるところの「未来予知」…近未来が予測可能であるという恐るべき能力が、これを可能にしているのだ。
容姿も端麗であり(かっこよくキメたエイラさんはイケメン以外の何者でもない)、祖国スオムスには大勢のファンがいるという。15歳とはとても思えぬ活躍ぶりである。
ここだけを聞くと完璧な戦闘員のようにも聞こえるが、もちろんそれだけではない。一度しゃべりだすとぶっきら棒(あゆたボイスなのでむしろご褒美ですけど)、お風呂や食堂にて部隊の女の子に対してしょっちゅういたずらを仕掛ける(胸を触りまくっている)、好物は世界一不味い飴として有名なサルミアッキ…など、年相応に幼い面も残している。
ただし、部隊を思う気持ちは根底にあり、その優しさは簡単には揺るがない。つまるところ、エイラさんは「いろいろあるけど、なんだかんだ言って良い奴、見た目はイケメン美少女、中身は男子中学生」なのである。
補足になるが、エイラさんは祖国スオムスをこよなく愛しており、作中でもその愛国っぷりを堪能できる。基地にサウナを設置したり、前述の通りサルミアッキが好物だったり、サウナに妖精が住んでいると頑なに信じていたり、祖国の親友であるニパと親密に連絡を取り合っていたり…エイラさんは祖国のネタも絶えないのだ。
エイラさんについて語るにあたり、同じ501統合戦闘航空団に属するオラーシャ(ロシア)の隊員「サーニャ」の存在を欠くことはできない。エイラさんは、同性の女の子であるサーニャが好きで好きでしょうがないのだ!
ストライクウィッチーズという作品において、エイラさんがサーニャに対して好感を露にしている場面は、戦闘で大活躍する場面と比較しても圧倒的に多い。アニメが始まった直後はそれほどでもなかったが、気がついたらエイラさんはずっとサーニャのことを意識している、とても面白い女の子になっていた。
サーニャが自分に対して冷たく接していると、自分が何か嫌われるようなことをしたのではないかと、異常なまでに自分を責め立てる。サーニャに近寄る変な虫は、容赦なく追い払う!そして、サーニャがそばにいると、それだけでうれしい。サーニャが笑ってくれると、もっとうれしい。でも、サーニャが自分のことを嫌っていたら、どうしよう…
戦闘では完璧超人ぶりを見せていたエイラさんだが、サーニャに嫌われるのだけは怖くて仕方がない。未来を予知できる自分の能力も、「もしかしたらサーニャに嫌われているかもしれない」という杞憂から、恐ろしくてとても使えない。女の子1人に対してここまで骨抜きにされてしまうとは、どんだけ純情なんでしょう。
このエイラさんの性格に追い討ちをかけるように、意図的かそれとも偶然か、面白いことが行われた。あろうことか、エイラさんが怖くて仕方がない「サーニャのエイラに対する感情」の設定を、ブラしまくったのだ。高村監督の認識では「エイラ→サーニャはloveだが、サーニャからエイラには感情が伸びていない、伸びている先は宮藤だ」とあり、その一方で秘め声CDでは「エイラは特別な人です」としゃべっていたり、秘め録CDではサーニャに公開告白したエイラに対して特に否定も拒否もせず「バカ…」とつぶやくだけだったり、つまりサーニャがエイラをどう思っているかについては、公式の見解として信用に足るものが1つも無いという状態なのである。
サーニャがエイラのことを嫌いというわけではないことを除くと、何もハッキリしていない。となると、足りない部分は自分で補えばいいじゃないか!
…これが昨今のエイラーニャブームの諸事情である。エイラーニャにおいて、エイラの考えは一貫して「サーニャ好き!でも嫌われてたらどうしよう…」であり、これに対してサーニャの感情や、外的因子であるところのニパやエーリカが絡み合い、面白くて、見ているこっちが恥ずかしくなるような、まったく別の世界が構築されていく。これは、世界を構築する側としても、世界を堪能する側としても、楽しいものなのである。
誤解を恐れずに言えば、エイラスレは、エイラを自分の嫁だと言い張ったり、エイラが不幸になるような話しさえしなければ、何をやってもいいスレになっている。主な活動は、強気なことを言わせた直後にサーニャを投入して凹んでるけど嬉しそうなエイラさんを堪能したり、親友を取られまいと必死なニパさんに対してサーニャが格の違いを見せつけたり、フィンランドの話をしたり、サウナの妖精の話をしたり、新しく登場した抱き枕が思いっきりコレジャナイと議論したり、台詞はぶっきら棒なのに声が可愛くて別の世界に目覚めそうだと告白したり、エイラさん出撃しなさすぎですけどひょっとしてNEETですかと疑ってみたり…本当に何を話しても良いのだ。
基本的には、箱庭に入ったエイラさんにちょっかいを与えて楽しむ場である。いろいろいじってた後、最終的にはサーニャを投入することによって、エイラさんが幸せになれればそれでいいのだ。
他のキャラスレみたく、住人がみずからエイラさんをペロペロするよりも、サーニャを投入した方がエイラさんは幸せになれる。それならば、我々はエイラーニャが幸せそうにイチャイチャしているのを、陰から見守るだけの存在になろうではないか。エイラさんをペロペロしないのは、エイラさんを愛し、幸せを願っているからに他ならないのである。
・血を吐くほど本気で努力してください。
・辛口の感想を述べられても褒めて伸ばしてほしいとか甘えたことは言わないでください。
嫁が「出版社や作家にいい作家だと認められたいからワナビ」なのか「嫌いなクズ作家と思われてもいいから、他人や世間にコミットしたくてしょうがないワナビ」なのかで嫁の今後は決まるな。
生きた証をこの世に残したいらしいで後者になるのでしょうか。
周りの人に応援されてやるのならいいと思うのですが
今の独りよがり状態ではとても応援できません。
子供ができる前で良かったねえ。心底そう思う。
子供がいれば少しは変わるかもしれないけど
そんな可能性にかけたくないし、かけるべきではないですね。
お見合いだったせいもあり、結婚するまでは小説を書いてることは本人からは伝えられませんでした。
ただ、小説を書いてることはなんとなくわかっていました。
私がゲーマーであることを伝えていなかったのでお互い様かもしれません。
フルタイムの勤務を辞める前に説得できてればまだマシだったけど。
15年前に出版社の短編賞をとったから才能があると公言してはばからないが
調べたら受賞者で本を1冊でも単独で出版した人は10人中2人しかいなくて
共働きだったのに転勤を機に仕事をフルタイムから週2日勤務に変更。
その分、家事をしてると言うんだが週3日の晩御飯と週2回の洗濯、週1回の掃除のみ。
空いた時間でずっと執筆活動してるわけではなくて、1日のほとんどを図書館で借りた小説を読んですごしてる。
賞に応募して落ちたら世の中には私の才能がわかってくれる人がいないと文句を言う。
仕事辞めて、生活費全負担するほどはサポートしたいとは思わない。
年が明けたら離婚を言い出そうと思う。
出版社マジ恨む。
http://www.4gamer.net/games/000/G000000/20111205001/index_2.html
なんというかね。僕は,理解できないものであり続けるのってとても大事だなっていつも思うんですよ。
そして,そのためにはね。自分自身が理解しちゃダメなんですよ(笑)。だって自分で分からないものは他人が分かりようがないでしょ。
めちゃくちゃなのが良いってことでは決してないんだけどね。でも,「理論」と「感性」の違いというか,「理論」と「感性」の関係ってどういうものが良いのだろうかというのは,昔からの僕の中のテーマ
たぶん,人間が理解できるかできないかギリギリのところで,かつ微妙に説明がつかないところにこそ,ヒット作品って生まれる
簡単に理解できるものになっちゃうと,ライバルが多くなりすぎちゃうし,先に行き過ぎちゃうと,今度は理解できる人がいない。
偶然や運も含めて「才能」と呼ばないといけないんだと思いますよ。才能ってかなり運で左右される部分もあるし。
もしドラだけでハックルさんを理解したつもりになってはいけない。
もしどらは、単に「理解しがたいキャラ」を演じてるハックルさんが、地を出しただけ
我々には想像もつかない存在であるハックルさんが、理解できる部分だけを抽出して示してくれたものなのだよ。
http://ulog.cc/a/fromdusktildawn/11738
「謙虚」だとか「偏見を持たない」という表現を選ぶのは、「かろうじてウソでなない範囲で、道徳的に正しく尊敬できる人間を目指しているように見える」という理由からであって、必ずしも「身も蓋もなくリアルに役に立つ」からではないのです。
実際に役に立つ自己啓発ノウハウを、できるだけ妥当な評価をするとすれば、たぶん、そういう人たちを「卑怯な手段で成功した」と思いこみたい人からは邪悪に見え、「自分も成功者になりたい」と思いこみたい人からは道徳的で崇高に見えるけど、実際は、そのどちらとも簡単には言えないような、簡単な言葉では表現不可能な技術ノウハウの体系のように思えます。
ハックルさんの書いてることはそういうことなんだよ(棒
http://anond.hatelabo.jp/20111115162629
書いた人間だけれど
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111117/1321497082
捕捉されてた。はっきり言ってキモいありがとうございます。
これは「ハックル」でエゴサーチしているっぽいところが笑いどころ。
ちなみに私はずっと増田で書いているが、書いたことがハックルさんに取り上げられたのは3回ある。常に他の誰かを攻撃する時だった。なんだかねー。
いや、違うか。彼は待ってたわけだ。
fujiponさんの記事を見て、直接文句をいうのではなくて、あえて誰かがその記事に茶々入れるのを待っていた。
そして、機が来たと思って一気にそれを放出したのだ。
その他の自分に対する言及のストックを見ても、こちらの可能性のほうが高い。
彼のPC内にある「こいつだはは絶対に許さないよ」リストとか見たらすごいことになってそうだ。
そんな訳で、彼は機が整うまで待てるタイプなのかもしれない。
いや、タイミングのウマさよりも、エネルギーを貯められるということのほうが重要かもしれない。
彼のわけわからんエネルギーをわけわからん形で貯めて、他の人の考えもつかないヘンテコリンな物質を創りだすその性質は、ダークマター(未元物質)さんを彷彿とさせる。
間違いなく小説家よりはアウトサイダーアートとかに向いてると思います。
エースの系譜は、ひたすら10年間自分の指導する生徒を使いつぶしながら、自分だけは可愛いマネジャーに手を出してリア充を満喫する監督の話だけれども
あの作品に投影された作者の心境を思うに、どんだけのどす黒い感情が彼の中にあるのか。彼を表現するのに小説という枠は狭すぎるぜ。
彼自身は小説には無限の可能性があるみたいなことを書いてたけど、
乙武さんは、「自由」という言葉を驚くほど軽い調子で口にするが、問題なのは、そもそも乙武さんの「自由」に対する考え方がとても貧弱なところだ。真の自由は「自由に発言させ、自由に考え」る中からは生まれない。発言を規制し、考え方の枠組みを押しつけるところから生まれるのである。
多分彼が小説の枠の狭さとか自分の執筆能力の矮小さに気づいたら、小説をぶっ壊すくらいのことはしてくれると思う。
少なくとも日本の小説の枠の狭さに耐え切れずに「小説の読み方の教科書」みたいな本を書いちゃったくらいであるわけだしね。
そんな彼の最新作はこれ
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111130/1322621523
僕はページを開いたタブをそっと閉じた。ハックルさんの本気は人類には早すぎる。
小説は正直もういいんで、彼が次にどんな未元物質を生み出すのか今から楽しみでしょうがないです。
「ブログやメルマガを数か月前に始めたんですが、どうしても続かないんですよねえ…」
という人の理由は、だいたい決まっています。
本人は「面倒だから」「忙しいから」と、執筆の時間が取れないことを理由に思っているのですが、実はそうではありません。
ブログやメルマガなどネットでの情報発信になると、大抵はパソコンを使うと思いますが、
多くの人が、パソコンの前に腰を掛けて画面を見つめてから、「さあ、書くぞー!」と思い始めます。
そうすると、何回かは書けるかもしれませんが、やがて書くことがなくなってきます。
以前書いたことしか思い浮かばなくなってしまう。書くことが思い浮かばない。
だから書ける時間がかかってしまう、だから書けずに続かない、というわけです。
小説家という職業は、机に座って仕事をしているイメージがありますよね。
机に座って、原稿用紙を前にして、「よーし書くぞー」と書き始めるように思ってしまいます。
でも、作家の多くは、「さあ、書くぞー!」とペンを入れている時には、もう仕事のうちの半分以上が進んでいるのです。
それは、構成を作ったりキャラクター造成をしたり、そしてその分野に詳しい人に取材をし、その分野のいろんな文献を用意した上で書き始めるのです、
つまり、「さあ、書くぞー!」という時には既に、準備をしたものを仕上げる状態になっているわけです。
最後に作品として組み上げていく仕事なのですから、全体としての仕事はもう終盤に差し掛かっているわけです。
モノを書く時は、書く時点では終盤でなければならないのです。
何も書く準備がない状態で「さあ、書くぞー!」とやるから、そこから何も進まなくなります。
営業日報を書くのが毎日大変だという人は、日報を開いてから「日報を書く」仕事が始まるからダメなのです。
日報を開く前に、「日報を書く準備」をする、つまり日報に書くべき内容を先に整理して置いたり、資料をこまめに集めて置いたりするわけです。
手元に準備したものが多ければ多いほど、「さあ、書くぞー!」という時には、その準備したものをササッと組み立てればいいだけなのです。
どうしてもモノが書けないという人は、「書く準備」に力を入れてみましょう。
「書く準備」が万全であればあるほど、簡単に書けるようになります。
実際に書くのは、全体の終盤でいいのです。
「さあ、書くぞー!」という時点で、既に書くための仕事がどれだけ進んでいるのか、ということを考えていきましょう。
ブログ持ってるけど、ブログはある程度書くテーマ決めてソレしか書かない。
考えずに更新できるから楽といえば楽だけど、たまにつまらく感じる時がある。
ブログ持ってると、なんかしらんけど、書かないでいるのが悪いことのように思えてきちゃうからね。
読者の目も気になるからいろいろ細かいこと気にしないといけないしね。特に他人の記事のコピペとか気を使うのでしんどい。
どうせ自分の書いた記事なんて誰もずっと読んでくれたりはしてないのにさ。
増田ではかくじゅんびができたときにしかかかない。というか書きたいって思った時しか書かない。
増田はダレがよむことを期待もせず、読者の存在を勝手に想像してプレッシャーを感じることもなく、
ただ自分が書きたいと思った時、書くことを考え終えたときに書けばいい。
楽でいいです。
ただ書きたい、ってんじゃなくかきながら文章を上手にしていきたいとか、誰かに伝えて共感して欲しいとか
そういうことを考えだした人は、まぁブログとかやればいいじゃないかな。
でもブログをかく習慣が出来る前に、増田でならすのは大いにありだと思います。
まぁそのかわり、自分をストレッチする要素もないけどな。楽すぎるってのは人の成長に良くないです。
この記事みたく、本当にそのときの感情のまま支離滅裂なことを書いちゃったり、自分を堕落させる危険もあるわけでなー。
読まれる文章を書きたいって人は、増田なんか使ってないで、しんどくても早めにブログに移行していくほうがいいと思います。
まあ、増田で書くにしても、自分なりのルールを決めて書けばいいんじゃないかな。
せめて自分の一人称やら文末を統一するという初歩的なレベルから、私には想像もつかないような厳しいルールまで。
たとえば、「ラブやん」の田丸浩史いわく、一番むかつく言葉は「ま、」とか「まぁ」らしいです。
散々偉そうなことを言っといて、すぐ「俺はどうでもいいけど」みたいなポーズを取るのは、たしかに他人からしたら気に入らないかも。
私よく使ってるので、これからマイルールで、この「ま、」とか「まぁ」ってのを禁止して文章書くように意識しようかな。
私的には結構しんどいけど、他の人はどうだろう。
昨日ジャンプを読んでたら25歳の新人の読み切りが載っていたんだけど
自己紹介欄によると彼は既婚者で、読み切りを執筆中も大いに奥さんに支えてもらったらしい。
羨ましい。
支えてもらっていることがというより
若い頃から苦難の道を一緒に歩む相手が居るのが羨ましい。
奥さんの方も漫画家志望で、励まし合い支え合っているのかもしれない。
これで彼が漫画家として身を立てて、奥さんによい生活をさせるようになったり
いろいろ贈り物したり旅行連れて行けるようになったら、大変ロマンチックだと思う。
一方31歳のわが身を振り返れば
完全に足場が固まったとは言い難いが、だいたい固まっている。
それと同時にこの一年ほどの間に、若い既婚者を羨む気持ちが芽生えてきている。
少なくとも駆け出し漫画家の彼とそ奥さんのような絆のある相手はもう手に入らないのだ。
せいぜい一緒に緩慢な老病死苦に立ち向かうための連れ合い。
自分も相手もさぞつまんないだろうなと思うと
想像するだけでゲッソリとする。
「あの時あの人と結婚していれば」というような身を切るような後悔ではないんだけど。
大阪における多剤耐性株の伝播状況を解析した。
ヒト個人を判別する指紋分析のように、結核菌遺伝子の“指紋”解析を行った結果、
一定の多剤耐性株が伝播している状況が判明した。
この特定の“指紋”を持つ多剤耐性結核菌は、感受性株ではみられないパターンであ
ることから、多剤耐性化した後に、大阪地区で伝播していることが判明した(田丸亜貴等、報告論文執筆中)。
多剤耐性化した結核菌が大阪で伝播しているという非常に危険な状態の存在が明らかとなった。
http://www.osaka-cu.ac.jp/research/commons/data/2011matsumoto.pdf
「控除対象配偶者や扶養親族がなく、かつ、あなた自身が障害者、寡婦、寡夫又は勤労学生のいずれにも該当しない」ので、上の方だけ書けばOK
特に加入していないので記入の必要なし。申請する場合は、控除証明書の原本を提出する必要があることに注意。
本年中に支払う(予定)の金額を記入する。本年中に過去の分を遡って納付した場合、それも控除対象となることに注意。
口座引き落としやカード支払いにしている場合は、11月上旬に郵送されてくる控除証明書を添付すればよいようだ。
支払先名称:市区町村
本年中に支払う(予定)の金額を記入する。
以下については確定申告にて申請することになるようだ。
申告に必要な本年度の源泉徴収票は、来年1月末に郵送されてくるはず。
http://www.nta.go.jp/taxanswer/shotoku/1120.htm
医療費が所得の5%又は10万円の安い方を超えた場合に申請する。
http://www.nta.go.jp/taxanswer/shotoku/1150.htm
記入書類のコピーをお忘れなく。
そこまでルサンチマン溜められるのなら、それはもう一つの才能だよ。
だから芸術活動するなり執筆するなり、何らかの形で創造力に変えていけばいいんでないでしょうか。
「似たような人いないかな」なんて言ってるうちは甘くないか?多分、あなたは何らかの形でマイノリティなんだよ。
自分の生き方を貫けよ。こないだ逝去したジョブズの名言にも「絵に描いたような明るく楽しい青春?間抜けのから騒ぎだ。」ってのがあるじゃない。
そのその無駄なプライドとルサンチマンを原動力に「普通のヤツらの上を行け」(ポール・グレアム)よ。
もっとも、車輪はずれて自爆するか、大成功するか、ギャンブルないばらの道かもしれないが。
文面からすると、あなたは女性かもしれない。だったら酷な話だろう。
でもじつは、あなたから恋人と多くは無い友人を除外したらそのまま僕なんだ。だから自分への鼓舞っていう意図もあるわけで、キツイ口調も許してほしい。
http://anond.hatelabo.jp/20111001000456
論点は芸能人でも嫌儲でもスポーツ選手でもなくて。なぜかといえば、ネット発で有名になる文化人()は、ブログをこまめに更新して長めの論説を書いたり、自分でサイトを持っていたりして、セルフブランディング()に意図的に利用している人たちだから。彼らなりの射幸心はそれなりにあるわけだ。
そういう人たちに本の執筆や講演、商品プロデュースやテレビ出演の仕事が短期間に、大量に、急激に集まってくるのは、その人が売れるコンテンツだと企画担当者が判断するからでしょう? つまりネット上で商品の評判が急激に、自然に見えるかたちで広まりやすいというバイラルマーケティング()の効果を担当者と文化人()が自覚的に考えて実行しているから。
問題は、文化人()も出版プロデューサー()も、マーケッターとしては二流三流の素人だということ。つまり商品にはライフサイクルがあるという学説を聞きかじりで仕入れてきて知らず知らずのうちに信じ込んでいるわけだ。それで、今が旬の人()なんて言い方が生まれる。
売れている当の本人は忙しくてそんなこと考えていないのだけど。イベントで業界人()と名刺交換をした時などに、よろしくお願いしますとか言いながら、よくわからないプロフェッショナリズム()をたくましくしているだけだ。それでそのプロフェッショナリズム()でもってバラエティ番組に出たりする。で、忙しい時期が一段落したときに、ああ、俺(私)のブレイク()は終わったのかな、とふと思う。周囲もなんとなくそれを感じ取る。
そういう一連の過程に付き合っている「一般人」は、ああ、そろそろこいつも終わったか、次に来るのは誰だろうなぁ、と思って、こういう栄枯盛衰が年間行事になったことを怪しまない。
本日未明、匿名掲示板にて下記リンク先の通り疑いが浮上しました。
この件に関して、増田は一切関係しておりません。
誤解なきようお願いいたします。
◆はちま、盗撮写真レス早すぎる転載。自演か? : 有題無題ゲハにゅ
http://gehanew.ldblog.jp/archives/1636545.html
◆「閃乱カグラ」スレに関係ない盗撮写真が転載される→はちま起稿「任豚がガチ盗撮写真をうp」と拡散:EXAPON Becky!
http://d.hatena.ne.jp/EXAPON/20110916/p1
【ニュース速報】はちま起稿が児童ポルノ掲載・ドラクエ動画無断転載・マジコン記事掲載で通報祭り ★7
http://hatsukari.2ch.net/test/read.cgi/news/1316181425/
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1316177178/
【ハード・業界】はちまが児童ポルノ・マジコン記事・DQ動画を無断転載 4
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/ghard/1316177006/
http://may.2chan.net/b/res/75068754.htm:はちま通報祭り開催中 次々スレ
はちま起稿:http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%AF%E3%81%A1%E3%81%BE%E8%B5%B7%E7%A8%BF
小学生:好きだった子はクラスで目立っていた奴にバレンタインにチョコを渡し、
ファーストキスをしていた。
中学生:好きだった子は高校合格後、家庭教師に処女をささげていたとき、
僕は親父に「そんな高校行っても二流止まりだな。」と怒られていた。
高校生:夏祭り、花火大会で浴衣姿のあの子が彼氏とセックスをしていたとき、
僕は夏期講習で必死だった。
大学生:気になっていた子が昼間からアパートでセックス、彼氏と汗だくで
抱きあっていたとき、僕はバイトで怒られて冷や汗を流していた。
大学院:やっと仲良くなった子が、連日のセックスと彼氏からの愛の囁き、
身も心も充実した生活を送っているとき、
連日の徹夜実験と教授の罵倒、学位論文の執筆で肉体的にも精神的にも限界だった。
そして僕は、弛みきった身体の三十路前の女と見合いをすることになった。
社会人2年目:やっと仲良くなった嫁が、連日の不倫と元彼氏からの愛の囁き、
身も心も充実した生活を送っているとき、僕は
連日の徹夜と上司の罵倒、営業接待で肉体的にも精神的にも限界だった。