「批評家」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 批評家とは

2017-02-04

http://anond.hatelabo.jp/20170204002258

君が近いところと思ってるだけで遙かに通そうだけど笑

検索順位一喜一憂なんてきっと君からしたら雲の上のCAが何年も悩み続けてるところ

批評家起業家になれないよ

一生近いところ(笑)で満足してなよ

2017-02-03

[] #14-3「生活教」

「他に印象的だった事例だと、『サソリ事件』か」

「なにそれ?」

「我もよくは知らないが、一昔前にとある宗教団体サソリをばらまくっていう事件があったらしい」

「なんでそんなことを?」

「ああ、分かった。サソリ神様かい宗教なんでしょ」

「まあ、そんなところだろう。当時の批評家は開放を求めていたと分析しているらしいが」

「開放?」

「終わらない日常破壊だの、見えない未来への道しるべだの……我も自力で調べてみたことがあるんだが、頭が痛くなるだけだ」

本当は説明しようと思えばできたのかもしれないが、既にこの時点でシロクロは話を聞くフリすらやめており、ウサクは興が削がれつつあった。

「まあ、その批評家によると年代ごとに漠然とした不安があって、そういった不安に応える側面が宗教にはあるんだとよ」

「あの『生活教』も、何かの不安に応えているってこと?」

弟はそう言って教祖を中心に集まっている人たちを指差した。

「恐らくはそうなんだろう。だが、それは今のところ読み取れない。目的みえいから、余計に胡散臭いと感じるんだろう」

その時、ピピピッと音が近くから聞こえて、一同は慄いた。

妙な緊張感が漂う。

が、ウサクの持っていたスマホの着信音だったことにすぐに気づき、弟たちからため息が漏れた。

ウサクは電話に出ると取り留めのない会話を始め、数十秒ほどすると電話を切った。

どうやら今この場所が“アレ”だから、友人との待ち合わせ場所を変更する、という話をしていたらしい。

「じゃあ、我はこれで失礼する」

「ね、ねえ。結局あの『生活教』は、何かヤバいことを起こしたりするの?」

「さあな。俺はただ過去の事例を話しただけだ。何も起こらないかもしれない。起こったところで大したことがない、我らには関係のないことかもしれない」




弟たちの「生活教」に対するモヤモヤ言語化できないままでありながら、ウサクとの会話でより疑念が強まる一方であった。

既に弟たちの中で「生活教」は、何かとんでもないことをしでかす前提になっていたのだ。

「ウサクの兄ちゃんは、サソリばらまき事件があったっていってたけど、『生活教』の奴らは何をばらまくつもりなんだろう」

「私、気づいたんだけど、野菜野菜よ。さっき野菜の話をあいつらしてた」

野菜なんかばら撒いてどうするんだ」

荒唐無稽な会話だったが、弟たちの頭脳であるミミセンまでも思考を巡らせていた。

「なるほど……ほら、いま野菜って値上がりしてるじゃないか。もし、それをばら撒いて市場野菜を減らしたら……」

「そうか! 野菜は更に値上がりする!」

奇妙な話だったが、その時のミミセンの考察にマスダたちは悪魔的発想だと慄いた。

普段、冷静に物事を考える彼までが追従してしまうと、もはや論理常識も仲間たちにはなくなるのだ。

「でも、野菜を値上がりさせてどうする?」

市場を縮小させて、自分たちで高く売るんじゃないかな」

「私、テレビで見たんだけど、動物園野菜消費量ってすごいらしいの。もし、野菜が減ることで人間に行き渡らなくなったら……」

「なんてこった。人間界から動物はいなくなる!」

「つまり、あの『生活教』の真の目的は、理性の人間と、野生の動物の選別。いや、人間以外の生態系の選別なんだ!」

たどり着いた結論に、一同は自ら驚きを隠せなかった。

そして、そのような結論を導き出した以上、彼らが次にやることも決まっていた。

みんなの思いはほぼ同じだったが、その口火を切ったのはリーダー存在である弟であった。

「こうなったら確かめないと。あの教祖のあとをつけるんだ」

(#14-4へ続く)

2017-01-26

深夜アニメ映画界隈は平和

なにせ批評家様に目をつけられることがない

興行収入戦闘力

BD売上=戦闘力

とてもシンプルで美しい

最近のやつらは名作を見ていないか映画をちゃんと評価することができないなどと述べる老害批評家がおりましたが

日本ではジブリが延々と放送されておりジブリを名作とするならば名作に触れる機会はいっぱいあるわけで

もしかして違う名作をもっと見ろっていう話でしょうか

1000冊読むことが大前提になったSF界隈は衰退したけれどそこまで映画をがんばって見なければわからない映画価値はあるのだろうか

年に1回見るかどうかが日本国民の大部分を占める中、上から目線で観客がバカとか言ってる場合じゃないと思うんですけどどうですかね?



参考:

日本での1人当たりの年間映画鑑賞回数は一体どれくらい?→結果はアメリカ比較すると約4分の1の回数

https://togetter.com/li/931911

2017-01-24

http://anond.hatelabo.jp/20170124003249

自分で読み返したら増田に対する批判みたくなってたけどそういう意図じゃなかった。。。ローグワンの恋愛描写を読み取れない観客の話かと思ってた。。。

単純に恋愛描写の変化を恋愛描写排斥勘違いしてるんだろうね。ネットでは恋愛描写がない方が偉いみたいな妙ちきりん空気があるし。

ネットのひとはでかい口叩くくせに内容についての理解なんて浅いから、恋愛排斥が正しいみたいな極端な話にすぐ飛びつくんじゃないかなと。マッドマックスもニュークスを完全無視して恋愛描写皆無!とか言われてておったまげた。

批評家馬鹿にするのに批評なんて見たことないひとも多そうだし、当然ド素人レベルの考え方しかできないっていうだけかと。

2017-01-12

はてブ批評家たち

バズってる記事みると、必ずといっていいほどブコメ



「良い」

「~~というところも◎」

「よく書けている」

とか謎の評価をしている上から目線系が存在してるんだけど、偉そうだなって思っちゃう

ただそれだけ

2017-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20170111165706

批評家銅像は建たない

これが全て

批評家は一人残らず殺すべき

批評家意見を聞いても空前の大ヒットは生まれないとわかったことが今回の収穫である

君の名は。」と「片隅に」の対立を避けろ

ちょっと明らかにやばい傾向になってる感じがしてる。

個人的にはキネマ旬報で取り上げられなかったのは別に過去作品を見ればおかしくはないと思ってるし。

良く言えば売上をきにしない、悪く言えばスノビズム的な逆張りランキングなのは結構知られてるし。


ただ、キネマ旬報を取り上げたcinematodayなどが「君の名は。は圏外」とわざわざ表題につけたりしてちょっと対立を煽ってる。

また、それを利用してアフィブログ対立を煽ってる感じがある。※これは片隅を挙げて君の名は。を落とすブログと逆のブログ両方がある


特に国内批評家の間で「君の名は。」が嫌われてるのも閉鎖的で互助的な見方をされてちょっと反感持ってる人が増え始めてる。

そしてこの世界の片隅に国内、「君の名は。」が海外評価されるというあまりにもできすぎな状況が揃ってたりしててこのまま行くとゲハ的なこじれた状況が映画界に生まれ可能性すら考えてる。

そしてそういうヘイト増幅状況に入り始めてるのを評論家一般大衆もあまり気づいていない。

ちょっとやばいンゴ。

2017-01-07

君の名は。批判まとめ

江川達也プロから見ると全然面白くない」「作家性が薄くて、売れる要素ばっかりブチこんでいる、ちょっと軽い作品

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1610/08/news029.html

是枝裕和「ヒットの理由はわかる。あたる要素がてんこ盛りですから」「女子高生タイムスリップという題材からはそろそろ離れないといけない」

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50258

石田衣良「たぶん新海さんは楽しい恋愛高校時代にしたことがないんじゃないですか。それがテーマとして架空のまま、生涯のテーマとして活きている」

http://www.news-postseven.com/archives/20170104_480184.html?PAGE=2

玄人受けしない、売れる要素ばかりだからヒットは当たり前、監督童貞

批評家()の皆さんの怨嗟の声が満ち満ちている「君の名は。」ですが、そろそろ世界興収で「千と千尋」を抜きそうです。

そのニュースが恐らく、昨年夏から続くブーム最後の大花火になると思われますが、今度はどんな「批判」が飛んでくるのでしょうか。「こんな映画流行日本芸術後進国だ」とかでしょうか。

個人的には宮崎駿鈴木敏夫あたりにコメントしてもらいたいところ。

2017-01-06

情報を食うというのを定義するなら「よくわかってないけど流行ってる/有名な人が褒めてるから食って/見てみよう」だろう

そう考えるとこの世界の片隅に最初から著名な批評家たちの絶賛によって情報を食う状態に作り上げられていたのだ

対して叩かれまくる君の名はは公開前から「誰が見るんだこの映画」という空気であった

蓋をあければ空前の大ヒットとなるのだが流行ってる/有名な人が褒めてる状態は公開数週間後であり

それまでは情報を選び取ったまっとうな消費者たちが映画館へと向かったのだ

なぜかこの事実が良く忘れられてるのが気になった

http://anond.hatelabo.jp/20170106002934

面白い人だけでなく、こういう批判家を重んじるのがはてな文化なのかしら。

そう

基本的きづきあきらヨイコノミライ!に出てくる批評家タイプマイスター気取りが多い

2016-12-22

日本映画評論界に失望した

今年は邦画のいい作品目白押しだった。

シン・ゴジラ」「君の名は」「聲の形」「この世界の片隅に

アニオタ自分的には4巨塔だったが、それ以外にもアイアムアヒーローやHIGH&LOW葛城事件、怒りなど様々な作品目白押しだった。


しかし、「君の名は」に関する評価についてははっきり言って失望している。

ここまで見る目がなく、日本一般大衆海外批評家海外アニメファン思考がこんなにも離れているとは思わなかった。

イギリス大手3誌の高評価ロサンゼルス批評家協会賞の受賞。

また、フランス映画通に有名なカイエ・デュ・シネマが★5をつけたことなどを見ると海外批評家筋はかなり高いクラス評価をつけている。※カイエ千と千尋にすら★5ではなかったと思う。

もちろん脚本論理的矛盾点を指摘している人もいる。

その上でこれだけの高評価を叩き出しているのだ。

まり作品の軸はきちんと他にあると明確に認識しているということになる。


中国での売上や海外アニメファン内での盛り上がり。

台湾タイ香港中国ユーザーレビュー投稿サイトでも超ハイクラスのレビュースコアを叩き出し

また、まだアメリカで公開されていないとは言えiMDBでは8.8という異常な点数である。(恐らく最終的には8程度になると思われるが。


また、作品評価する際の下手くそさもコレだけ目立つとは思わなかった。

とんでもなく下手くそ比較論で敵を多数作り上げ、比較されたそれぞれの映画ファン対立を誘発し映画界の盛り上がりを落とすような褒め方など

まり稚拙で幼稚な論評をする人が絶えない。

なるほどこれが日本映画界が沈没する一つの要因なのだなと思い知らされた。

今のうちにこの習慣を改めないと海外とどんどん意識乖離し、市場に捻れきった評論があふれることになる。

ナショナリズムで凝り固まった論評をする人が増え、近視眼的で客観的ではないレビューが増えることを危惧している。

そう、あの「ゲハ」のようにだ。

海外日本評論がずれる事による最大のデメリット可視化したのがゲハなのだ


個人としてはとてもいい映画だと思うが、あれだけハイコンテキストな「シン・ゴジラ」を海外で受けると思っていた人は反省してもらいたい。

また、「この世界の片隅に」のような静謐さを備えた伝統日本映画的なアニメーションもなかなか評価され難いだろう。

※japantimesは3/5の評価を下した。政治的な要素もマイナス作用する可能性は十分に高い。もちろん一定程度の評価は私も受けるとは思っている。


個人的には、この世界の片隅により「聲の形」の方がまだ海外では評価されやすいと思っている。

公開されるのを待たねばならないが楽しみにしておこう。


さて、言いたいことはとりあえず言い終わった。

この先海外に売り込むアニメ日本評価されるアニメに大きな違いが生まれ可能性すらありえる。

と言うか既になっている。

今のところ十分に楽しめているが、日本評論家発言を見ていると日本映画市場が「ゲハ化」する可能性は十分高いと思っている。

引き続き見届けていきたい。

2016-12-20

君の名は。見ると日本映画ガラパゴス化しすぎ

海外だとテレグラフだのカイエ誌だの超有名なところから

シネフィルが大好きなところまで絶賛の嵐なんだがなぜこんなにも日本批評家はなまけてるんだろうか。


一般大衆レベルだとどうも賛否含めて海外と反応がすごいにてる。

でも、製作者(特に実写)と日本批評家は正直的はずれなこと言ったり売れたから興味ね~やみたいな低次元な感じが透けて見える。

海外だと良質なレビューとかもあったりするんだけどガラパゴス化まりすぎじゃね?

町山さんと小説家高橋源一郎さんとかは褒めてたけど。

2016-12-18

http://anond.hatelabo.jp/20161217233808

アニメが悪いとは言わんけど、狭くて浅い中で熱狂してた井の中の蛙っぷりは黒歴史だよね

00年台はアニメバカみたいに持ち上げる三流批評家キモオタのせいで

世の中がおかしくなってたんだよ

今は正常にもどりつつある



アニメ批評してる東や宇野は「セカイ系云々」とか言ってたけど

アニメ批評して現実世界を語れると思ってたあいつらがまさに「セカイ系批評」だったんだよね



アニメ脚本やコンテを持ち上げてる奴らも同じ

http://anond.hatelabo.jp/20161218031848

マイケル・ジャクソンクラスしか口をきいてもらえないような俺達高レベル批評家陣に批判してもらえるだけでもありがたいと思え

2016-12-13

君の名は。」ついに世界累計興収で千と千尋を超える

ついに千と千尋を超えた。

世界興行収入に限って言えば、これで日本一になったことになる。

ドルベース


さらに、フランスプレミアが開催され、レビューが解禁。

元々日本アニメ評価している国で言うと、台湾等のアジア圏を除くとフランスが最も有名ではあるが

著名な映画レビュー雑誌なども満点を出すなど類をみない異常な絶賛状況でとてつもない事態突入している。


「美と創造性の大旋風だ」フィガロ紙 ★4/5

完璧なる傑作」メルヴェイユ紙 ★4/5

驚愕...奇跡アニメMAD MOVIE紙 ★5/5

知性的で美しく面白いオカピ

新海誠ロマンティックな詩人カイエ・デュ・シネマ ★5/5

日本アニメ界の新星、ここに」エクランファンタスティック ★4/5

アニメ界の異常現象社会現象)」バラエティ


残念ながらゴールデングローブ賞にはノミネートされなかったが

アカデミー賞前哨戦の一つであるロサンゼルス批評家協会ベストアニメ賞を受賞するなど快進撃が続いている状況である

※ちなみにフランス一般公開12/28から

2016-12-07

某所より

TV版に違和感を感じなかった組ですが見てきましたよ。先に言わせてもらうけど、一般論としてTVアニメ感想コメント批判ですらない悪口文句多すぎて閉口する。

無理難題押し付け制作側に過酷労働環境を強いてるのはおまいらだぜ。

一銭も金払わずに見て、批評家顔して場が荒れるような罵詈雑言まくしたてるのは視聴者の分を超えてると気づけよ。

さて劇場版のほうだけど、最大の弱点はワンエピソードで終わりの単純かつ線の細いシナリオかな。

今回はファンアイテムとしての劇場版からいいけど、「映画」を期待する人が見たら肩透かし食らうだろね。だから艦これ」未経験者にはあまりお勧めできない、のが痛い。

それともう一つは・・・必ずしも弱点だけではないけど、「艦娘」の物語にはなっていないこと。

これは「艦これ」そのものテーマ物語だわ。

からいまいちキャラ物語に振り回されてる感が強くて、戦闘シーンもいまひとつ物語と密接に絡んでこない。結末部分も、吹雪がどうやって帰ってきたのかとかオチてないしな。

ただ、制作側がこの映画を通じて伝えたかったメッセージっていうのはすごく明確で、その内容の質も高かった。

映画見ている最中には正直もやもやしてたんだが、終わったらピンと来てぐっと心に刺さったわ。

いい意味角川映画らしい映画

でも、この「メッセージ」ってやつを文字で書いちゃったらそも映画で見る意味がないし、誰もが受け入れられるメッセージでもない、と思うのでまあ見てない人はぜひ見に行ってみては(宣伝)。ていうか自分としてはもう一回見に行きたい。一言だけヒントを言うなら、予告編にも出てきた「希望」って言葉重要なカギです。

フィッシュマンズ『空中キャンプ』が名盤として残る風潮は腹が立つ

四十代になるおれだが、二十代で聴いたフィッシュマンズ『空中キャンプ』はリアルタイムで聴いてこれは一生モノだと思った。

最近こんなサイトを見掛けたのだが、やはり今でも「名盤」として扱うヤツは多いようだ。

https://matome.naver.jp/odai/2145845659088093801

でも、嬉しいと言えば嬉しい反面、どこかしっくり来ないものを感じる。

大体、九十年代バカ売れしてたのって『空中キャンプ』じゃないんだよ。

スピッツハチミツ』とかミスチルの『深海』とかああいうのが売れてたんだよ。批評家はそれを聴いて騒いでたの。

当時のロック史調べてみたら分かるけど、ロキノンも含めて何処もかしこも当時のフィッシュマンズを表紙にしたりしてなかったの。

例外があるとすれば『スタジオボイス』くらいじゃないかな。それくらい当時の扱いは小さかったんだ。

まあそれはそれで、批評家評価を改めて自分審美眼のなさを恥じたってことで片づけても良いんだろうけどさ。

今の若い子がね、そんなに「バカ売れ」してたわけじゃない、当時でさえマニアックで匙を投げたヤツが多い『空中キャンプ』をね?

「これは聴かなきゃいけない」って無理して聴いてるのを見ると気の毒になるのよ。

「これが分からないようじゃ自分ロックを語る資格はない」みたいな思い込みに囚われてるヤツが可哀想なの。

「音」を「楽」しむと書いて「音楽」で、自分フィーリングに合ったものを聴きゃそれで良い話でしょ?

今の世代人間がなにを聴いているかからないけれど、それも次第にクラシックになって行くんだからさ。

多分今の若い子はアジカンの『ソルファ』とか聴いてるんだろうし、アジカン歴史に残るんだろうな。そんなもんなんだよ。

まあ長々と書いてしまったけれど、結論を書くよ。

若い子は、当時でさえ殆ど理解されなかった『空中キャンプ』を無理して分かろうとする必要はないってことよ。

おれは『空中キャンプ』を心底愛するから批評家補正に腹も立つ。でもそれ以上に「教養」で無理して聴く若い子、そしてそれを強いる自称音楽通」に腹が立つの

そんなヤツからは逃げた方が良いよ。そりゃ聴いてなきゃもったいないアルバムだと思うけどさ、ピンと来ないならその感性を信じたら良いんだよ。

2016-12-06

http://anond.hatelabo.jp/20161206062631

映画社会批評人間批評が入ってないとダメ、って考えてる批評家が多いんじゃないかな。

しませるだけのエンターテイメント批評するための思考の型を持ってないというか。

からエンターテイメント映画意味不明もの価値のないものとしてしか映らないというか。

逆に言えば、社会批評人間批評の入っている映画は、批評が楽なのかもしれない。

わりとテンプレが利くのかも。ヒューマニズムに基づいた批評をしてればいいから。

映画作品自体ヒューマニズムから逃れられないとも言える。人間が作ってるから

ヤクザ映画批評はどうかは知らないけど。ヤクザ映画見たことないし。

でも、それらの映画スプラッターを見せることで

逆説的にヒューマニズムから逃れられないと思う。

2016-12-02

最近観た動画 「NC論説 批評家はいつ間違う?」

動画 → http://channelawesome.com/when-are-critics-wrong/

日本語訳 → http://www.nicovideo.jp/watch/sm29650666


概要

自身批評家である“Nostalgia Critic”ことダグ・ウォーカー氏が、批評家独自分析

批評家批評のものの意義について語っていく。

前半は批評家一般人映画の観方の違い、一枚岩ではないことなどを、いくつかの作品を例に出しながら語っていく。

後半はそれら踏まえた上で批評家存在意義について語る。

恐らく重要メッセージは「良き批評家は、より良いコミュニケーション追従するのではなく、意見を分かちあう道を示す」という部分だと思う。

そこに至るまでの解説説得力は、いち批評家立場に裏打ちされた経験則もあり、理屈に納得するかはともかく見応えあり。

2016-11-30

君の名は10億ぐらいのヒットだったら新海は童貞卒業したおめでとうと些細な賞賛で幕を引いただろう

踊る大捜査線10億ぐらいのヒットだったらいかりや良かったよねとか健闘をたたえただろう

ゲド戦記10億ぐらいのヒットだったら初めてにしてはがんばったねと褒めてくれるだろう



批評家たちは興業収入気にしすぎ

2016-11-16

なぜ内田樹はこれほど認識を誤り続けるのか?

http://blog.tatsuru.com/2016/11/15_1128.php

「なぜ内田樹はこれほど認識を誤り続けるのか?」

その理由はとりあえず周知されていない。誰でも知っている理由なら、こんな特集は組まれない。

ふつうリベラル批評家発言力を持ち続け得るのは(事象に即した言説のクリーンヒット時の「ご祝儀」を除くと)批評のまなざす先の恩沢に現にリベラル市民が浴しているかである

だが、内田樹はそうではない。

特別顧問で参画した大阪市改革頓挫した。旗を振るったSEALDsは見るべき成果を上げていない。野党連合の結託をいくら煽っても鳥越醜態や民進のグズっぷりばかり悪目立ちしてしま自民党打倒の糸口が見えない。安保法案への言及ではシーレーン国防自衛隊員の命の軽視と反知性主義の態度が露呈した。五輪計画福島原発豊洲移転問題では共産党走狗となり知性の欠如があきらかになっている。どれも老いたリベサヨの末期の徴候である。にもかかわらず内田は高い読者数を保持している。その根拠は何なのか?

一番簡単なのは、「リベサヨ市民現状認識の適否を判断できないほど愚鈍になった」という解釈である

しかに話は簡単になるが、先がない。

リベサヨの過半が愚鈍であるなら、こんなあげつらいも何の意味も持たないからだ。だとしたら、問いの次数を一つ上げるしかない。「リベサヨ内田を支持することでどのようなメリットを得ているのか?」である

保守速報などネトウヨまとめサイト観測によれば、内田支持理由トップは「他に適任者がいないから」である

だが、現実には「他にどのような言論人が適切か?」という問いは誰も立てていない。いずれ支持層急逝して「ポストリベサヨ」がリベラル市民話題になればリベラル市民は「人気投票」を行うだろうけれど、今は話題になっていない。

私の解釈はこうだ。国益が損なわれ、国民が日々損害を被りそうな諸言説を垂れ流すにもかかわらず、「内田を黙らせろ」という声が上がらないのは、リベサヨ代表格の適格性を最終的に判断しているのは「リベラル市民たちではない」とリベサヨが思っているかである

残念ながら、リベサヨ界隈において、内田言説の適格性を判断しているのは理性ではない。

リベサヨ自分たちの歪んだ情念から現実を歪ませて認識することはできる。でも、現実に即した言説に身を委ねるはできない。

リベサヨ指導者を最終的に決めるのは中共である

リベラル市民たちが誰を選んでも、中共が「不適格」と判断すれば、リベサヨメディアでのオピニオンリーダーの座には就けないし、就けても短命に終わる。そのことをリベサヨは知っている。知っているけれど、知らないふりをしている。それを認めてしまうと、リベサヨ権力圧政に反して日本社会市民生活をより良くしようという正義善意集団ではなく中共の野望の片棒を担ぐ工作機関であるという事実直視しなければならなくなるからである

2008年頃からネトウヨ嫌韓豚の吹き溜まりである保守速報などのまとめサイトで「朝日新聞中共工作機関である」との言説が広まった。反日朝日の誌上におけるオピニオンリーダーの任免権は事実上中共が保持している、と。

日本リベサヨ言論はこの発言をまともに取り合わなかった。違うと思うなら反論すればいい。だが、「反日朝日中共工作機関ではない」と述べたリベサヨ言論は一つもなかった。

サントメプリンシペの政治学者ガバーヌ・マンコニックは〜中略〜同じことを指摘した。だが、リベサヨはそのような意見ネトウヨ社会では当然のように行き来している事実のもの組織的黙殺している。

内田樹は「宗主国中華人民共和国属国報道官である実質的権威づけは中共が握っている。もちろん、外患誘致に問われるから権威付けの作業は「アウトソーシング」されている。中共情報誘導朝日新聞日刊ゲンダイへの記事コラムを通じて醸造され、外国人特派員クラブワシントンポストニューヨークタイムズなど外信へ逆輸出することでマッチポンプ効果で言説の信憑性がより強化される。そういう仕組みでリベラル言説が制御されていることをリベラル市民はもう知っている。知っているけれど、知らないふりをしている。

「他に適任者がいない」というのは朝日新聞など反日工作メディア判断である

内田樹日本国益よりも中共国益を優先的に配慮してくれる「理想言論人」である。だから反日メディアがそう評価するのは当たり前である。そして、リベサヨの多くは朝日新聞判断の方がリベサヨ当人自身生活の延長線上にある主観的現実評価よりも夢想的でありかつ幻想であると信じている。

いちご白書〜の時代からそのマインドは少しも変わっていない。

「追記」

ただ、アメリカ大統領ドナルド・トランプに交替したことで、「宗主国代官」にどのようなタイプオピニオンリーダーを選好するかについての判断基準がこの後変わる可能性はある。

これまで、「属国代官」の適不適を事実上判断していたのは辛淑玉たち「差別の当たり屋」であった。

リベサヨのグズっぷりに「市井の人々」は巨大な「マイノリティ利権」をひさしく貪っていた「差別の当たり屋」たちから取り上げようとするだろう。

差別の当たり屋」たちのお気に入りであった日本リベサヨ言論人たちはこれから新たに「オーディション」を受けなければならない。

明日11月17日に安倍首相トランプ西側首脳として最も早く表敬訪問をするが、これは「日本総理大臣である以上当然のことであり、これは安倍首相にとっては「新しいカウンターパート」に対する「牽制」に相当する。

中共が「虫が好かない」という判断を下す可能性はある。

日米の関係がより進歩的に発展するという「(中共にとって残念な)結果」になった場合反日メディアではオピニオンリーダーリテラマガジン9も「アベシネホントシネゲリグズ野郎」と(はじめはおずおずと、そのうち猛々しく)言い始めるだろう。

そして、そうなることを(自分の手を汚したくはないが)切に望んでいるのである

2016-11-11

http://b.hatena.ne.jp/entry/yoppymodel.hatenablog.com/entry/2016/11/10/111014

はてなブックマーク - テクノロジー - ネイティブ広告ハンドブックと広告業界の「蹴鞠おじさん」について - ヨッピーブログ

マーシャルマクルーハンは「メディアメッセージである」「人間拡張」「メディア法則」といった今日に至るメディア論の基礎となる理論提唱した批評家、そして英文学である

彼の著作である人間拡張原理」「メディア法則」は、ヴァルターベンヤミンの「複製技術時代芸術」やウォルターリップマンの「世論」とならぶメディア論重要文献であり、彼らはメディア研究に関する学部所属する学生がまず初めに名前を拝見することとなる人物である

知らずにメディアを語るのは恥ずかしいが知っていても決して自慢にはならない、マクルーハンはそんな存在である

強いていえば日本プロ野球界における長嶋茂雄だろうか。

ちなみにアニーホールに出てるんだって




メディアメッセージである

メディアというと僕らはついマスメディア連想してしまうが、ここでいうメディアは「媒体である

マクルーハンメディア論媒体、つまり直接関係のない複数事物を繋いで作用させるもの全般に関する論理なのだ

それまでメディア運送ダンボールのようなものでそれ自体意味はないとされていた。

メディアという容れ物に収められた内容にばかり注目していたのである

しかマクルーハンメディアのものから人は情報を読み取ることを指摘した。

中に入っているものが同じでもAmazonダンボールみかん箱かで印象が変わるように、

同じメッセージでも発信元が違えば意味合いが変わってきたりするということだ。

人間拡張

ざっくりいうと人間五感認知運動能力メディアの力によって拡張されるということ。

例えば新幹線という交通媒体を使えば3時間半で東京から大阪まで移動できるし、

こうしてweb増田を使えば駄文をとてつもない数の人々に晒すことができる。

それもこれも生身の人間だけでは不可能なことであり、メディアによって拡張されているからこそ為せる技なのだ

しか拡張をすれば元々使っていた身体機能活動に関与する度合いが低くなり終いには身体機能を切断(抑圧)してしまうという所までがマクルーハンの持論。

メディア法則

拡充

そのメディアは、社会人間生活のどの側面を促進したり拡充するのか。

衰退

そのメディアの出現前に支持されていた(あるいは傑出していた)どの側面をかげらしたり衰退させたりするのか。

回復

そのメディアは何を衰退の影から回復させたり再び脚光を当てたりするのか。

逆転

そのメディア自然に消えたり可能性の限界まで開発されたりするときに、何に逆転したりひっくり返ったりするのか。

http://mediaresearch.blog.jp/archives/1807983.html



もうマクルーハンという名前なんて何年も聞いたことないような人間が寝ぼけ眼で書いたものなので突っ込みは勘弁ください。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん