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2012-02-16

だって妻に対して「仕事自分とどっちが大事なのか」といいたくなる時がある

最近離婚した同期を慰めてきた。

奴は俺と違って恋愛結婚だったらしく、

結婚直後はあくまで妻が第一で、仕事は妻との生活を充実させるためって決めてたらしい。

子供ができてからも、しっかり育児に参加したりと、たしか家族大事にしてるなって印象だった。

から、俺達の中で一番早く離婚したといってかなり衝撃だった。

詳しくは教えてもらえなかったが、

子供希望幼稚園にいけなくなったあたりから、奥さんが変わり始め、

自分にかまうより、仕事のほうを優先させるように言い始め、

それでも何とか家族を優先サせるようにしてたけれど、それがかえって行き違いになって

喧嘩を多くするようになり、だんだん会話もなくなった、と。

まあそんなこんなでストレスが貯まってたせいか

今まで一度も言ったことがなかった***に寄ったらば、奥さんがマジギレしたと。

ただ、その時に「仕事自分・・・」みたいな話だったら

泣いてでも許しを請うて二度と行かないつもりだったが、

「そんなヒマがあったらもっと残業しろ」みたいな事を言われてキレて、奥さん殴っちゃったらしい。

あくまで奴の話だからどこまでが本当かはわからんけど、

奴の側から「お前は俺と仕事とどっちが大事なんだ」みたいなことを口走って、

奥さんは「ろくに出世もしてないあんたに価値なんかない」みたいな返しをしてしまったと。




この話聞いて、俺が嫁さんからこんなこと言われたら、

もし嫁さんへの愛情が薄れていたとしても絶対そんなこと言わないだろうな

女は怖いなー、とかいうのが一番最初に考えたことだが、

それ以外にも、嫁さんが夫に仕事強要して、愛情を示さない場合

だって仕事自分とどっちが大事なのか」て言いたくなることもあるんだな、という驚きもあった。




男でも女でも、こういう言葉をいう奴は救いようのない馬鹿だと今までは思ってたが、

男でも女でも、追い詰められら、こういう言葉でも言わないとやってられなくなるのだな。

俺は、どうなるかわからんけど、嫁さんとよく話をしないとな。

こんな言葉言うような関係になりたくない。それは自分もつらいし嫁さんにも悪い。

2012-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20120214113848

スイーツ()」の語源には明らかに女叩きの意味があったんだけど記憶が変換されているのか?

語源にはねーよ

ただの甘いもんを「スイーツ」と呼び直そうと言う運動の気持ち悪さ

それを仕掛ける雑誌必死さやステマ臭さ(当時はステマなんて言葉はないがそういう気持ち悪い気配はとっくに認識されてた)

が当時まず嫌悪と嘲笑に晒されてた

次に実際にそれに踊らされる雑誌読者(スイーツ提唱者は女性雑誌なのでここでの読者は女だ)が嘲笑され

だんだん女叩きの人達言葉を乗っ取られた




君は記憶回路がボンヤリして書き換わっちゃったのか、

そもそもが「スイーツ()」という言葉工程の下流のほうで接したか

語源を語れるような知識がない(けどその自覚もない)だけ

2012-02-10

大二病の症状を理解する

彼女は単に「タブーに関してモノを言う俺格好いい」「本音こそが大事なんだ」っていう、典型的大二病

ずっと増田やってるからよくわかる。過激なことを書いて叩かれでもなんでもはてブ数がたくさんもらえたりすると

「俺の言ったことはやはり社会インパクトを与えるような大事なことなんだ」って勘違いしてしまうんだよ。

で、その中から「賛成のコメントが6RTあるから、やっぱり俺は正しいんだ」って思っちゃうんだよ。

もうイケイケだからドーパミン出まくってるからネガコメなんて、目に入らない。




悪化すると、あえて露悪的に、あえて過激に、って暴走してしていく。

だんだん話が妄想めいてくる。そうするとますます叩かれて、それを喜ぶようになる。

で、ある時ふと我に返って顔が青ざめる。 

シラフの時に考えるとなんでこんな馬鹿なことを、って思うけえど馬鹿な時期ってのが、暇な大学生にはよくあるんだ。

から思い起こすと恥ずかしいし、それが増田じゃなかったら貧困とか関係なく死にたくなるけど

こういう病気にかかっちゃうことはあるんだよ。しょうがないんだよ。 

いろいろ満たされなくて、つい魔が刺しちゃうんだよ!わかってよwww




妄想に準拠する、ねじれた承認欲求の一種であるこの大二病

twitter時代に入ってから、わたしのような大二病は増殖していく一方だ。

なぜなら、ブログと違って説明ぬきで感覚的なことを言うのがアリになってきてるから

知的レベルの低い人間でもこれに参加できるようになってきたから。

筑波大程度でアッパーミドルかいっちゃう微妙レベルのコは、恋愛が満たされるくらいしか自分を救う方法がない。

誰にも愛してもらえないなら、愛される自分妄想するしかないじゃない。

いろんな鬱屈抱えてるんだよね。そういう子がtwitterなんか与えられちゃったら・・・そりゃ発症するでしょJK.




大二病治療に必要なのは「そういうことをいうのはタブーだ」ということじゃない。

それは彼女病気をより悪化させる。もちろん肯定しても駄目だ。

大二病は、何か反応をしてあげるだけで悪化してしまう。

http://yucl.net/man/19.html





本質的には彼女の惨めな承認欲求やら愛情欲求を、身近な人が癒してくれるのを待つしかない。

それまで、ネットでは間違った承認愛情を与えてあげたくなる気持をぐっと我慢しなければいけない。

っていうか、ぶっちゃけ放置してあげるのが一番彼女のためになる。

どうせ就活の時に現実思い知るから、放っておいてもいいかなー、とか思うしね。

こういう奴が要る限り、就活って改善されないのも仕方ないよなーって思ってしまうね、どうしても。




ただもう、大二病をこじらせた挙句「だだ漏れ最高」とか言い出すアーパーな女が出てきて、

それを支持する馬鹿が暴れるような光景はもう二度と見たくないものだ。

でも、ハックルさんはいいっすよ。 彼は唯一のはてな公認だからもっと本気のだだ漏れを!

2012-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20120209173108

10年ぐらいやると だいたいあたるようになってくる。マージンの書け方も含め。

ただもう、最近は、外部の会社のために請負プログラムを作るというのは流行らない。原則内製だとおもう。

他人のためにプログラムを作る気にはだんだんならなくなっていく。

自己中な文章

自分世界の中で遊んでいるだけだとつまらない。

から、わざわざ自分が気に入らない人間の様子を見ることにしている。

相手の動向を探っているとだんだん好きになってくるから不思議だ。

それは相手に自分を良くしようという気持ちがあるからだろう

しかし、いつまでたっても変わらない、少しずつ自分を良くしていく気がない、てごわい人間もいる

そういう人には嫌味を投げかけることがある(ごくたまに)

おそらく、自分はそういう人と同じくらいのレベルなんだろう

要するにそんなにたいした人間じゃないのだ

他人は色々なことを教えてくれる。苦痛も程よい刺激なら娯楽になる

みんなも調整しようね。と言いたいけど、忙しそうな人ばかりで残念な世の中である

2012-02-08

こういうことを書いているとだんだんわかってきます

自分は足りないものを補うつもりがあまりなかったのだと

から、人前でみっともない姿をさらすのも有用だと感じます

2012-01-30

性と女性性としての扱いは近くて遠い

年の差カップルの難点は性欲の差だよ、まじで。


女性が年上の場合、需給のマッチ率が上がりそう!








月に4日前後のやりたい日がある以外の日はあまり興味がない、というのが一般の説らしいのですがどこまで変化するのやら。

女性は年齢と比例して性欲が増幅していくらしい。年齢とともにホルモンバランスとかの変化があるのかもしれないけど、それだけじゃないと思う。

本音ペースで言っちゃえば、社会的スキルとか人間的な魅力が上昇して性を武器にしなくても良くなった(あるいは、できなくなった?)ことに起因している。






女性は性欲をおおっぴらにすべきでない!みたいな社会風潮も関連はゼロではないと思いますが、やっぱり若いときは性は

最大の武器でありエサであり切り札なわけです。そしてその切り札市場価値を高めようと思ったら

供給を減らす、つまり”出し惜しみ”戦略をとったほうが効用がより高まるわけです。


供給を減らすことで価値を高めることを意識して行っているのかどうかはわかりませんが、

『心は許しても身体は許さない』みたいなスタンスをとる(若い)女性が多いのは、

『希少価値の演出』という意味も含まれているのではないでしょうか。しかしながら、年齢が上がると武器の威力は相対的に低下してい



くので、だんだんと、若さと言うフィールドでの出し惜しみ戦略の出し惜しみに対する効果が実感できにくくなって意地を張るのが面倒になってくるんじゃないかと思います

そうすると頭で性欲と言う本能を抑える必要が少なくなって本当の性欲が自分に戻ってくる、という心理的な面での性の開放もあるのか


と。抑圧していた情動が戻ってきたという感じ。だから40歳以上の女性出会い系サイト経由の妊娠が増えているのかもね。高く売れうるときに高く売る。

これ、商売でも才能でも能力でも鉄則だよね。で、売れ残ったら他の部分での女性性で補えばいいのだから何の問題もない。これがココ・シャネル名言



20代の顔は、自然の贈りもの。30代の顔は、生活を物語り、50代の顔は、あなた責任

にも通じて、性としての対照から解放されつつあることで初めて

女性としても人間としても見てもらえる。性の対象、と女性として、は微妙でいて決定的に違うと思う。

2012-01-29

幸せ時間はいつか終わる。

先月、初めてお付き合いした男性と別れた。

お互いに納得しあっての円満な別れ話だったけど、

放心状態が続いていて、本を読んでも、

ゲームしても気分が盛り上がらない。

約2年間、付き合ったなけで、

最初半年くらい、脳が溶けちゃったんじゃないかと思うくらい、

一緒にいる時間ひたすらじゃれあっていて、

楽しくてしょうがなくって、どきどきが止まらなくて、

性的にもただれた毎日を送っていた。

同棲するようになってから、合わない部分も見つかってきて

どうしても解消できないことがだんだん重なってきて、先月にわかれた。

部屋は彼が出ていくことになったんだけど、

ここにいるとなんだか「取り残された」感が半端ない

新しい家探さなきゃなあって思うけど、行動する気が起きない。

今日も朝から二度寝、三度寝と重ねていって、やっとさっき起きた。

ひょっとして欝の始まりってこういう感じなのかもしれない。

そう思いついて、なおさら暗い気分になった。

どうすればいいのかな・・・・・。

2012-01-27

IT系人材ブローカー

まぁなんとなく書いてみようと思ったので書いてみる事に...

IT系人材ブローカーにされた事を書くだけ。

誹謗中傷はありません。

では、はじまり

俺はエンジニアでATNDとかでイベントに参加するのが大好きなんだ。

そこで、起きた事実を書いていくよ。

身元がばれるのが嫌なので、個人や企業名前は伏せて書く。

俺は某上場企業につとめるエンジニア

今年3年目で転職とか考えるつもりはなく

技術とかが好きで勉強会に参加していた。

そこで見つけたのが、ソーシャルゲームに関係するイベント

当時、ソーシャルゲームの大量のアクセスをさばく技術に興味があり参加

参加者数は100名ぐらいの大規模イベントだった。

内容としては、有名企業エンジニアプロデューサー

壇上にあがって話すというよくある感じの勉強会

で、内容もまぁそこそこ良くて満足して懇親会に

ここで出逢ったのが開催の主催者さん。

ま、普通に話して名刺交換をしてその日は帰ったんだけど

これからが惨かった。

翌日、名刺Twitter,FacebookDMがとどいた。

内容は、イベント参加のお礼

おー、ちゃんとしたイベントなんだなーと思って感激していましたw

でコチラもお礼を返した。

今、思うとここで彼ら餌に引っかかっていたのかもしれない。

それからも何回かメッセージのやり取りがあって

相手側からお食事に誘われた。

そこで、主催の招待を明かされるわけ

いわれたのが転職しません?というもの

こちらは「はっ?」って感じで

いやいや無いですよw

見たいな感じで返したんだけど凄い押しが強い。

○○さんなら今の年俸は安い。+200万は行けますよ!

とか、金をめっちゃ提示してくる。

俺は、ぶっちゃけ金とかより

やりがい仕事を選んでるのでもーうざくて仕方が無い。

でも、切れるのもなんなので我慢して早々に切り上げる事に。

其の後は向こうからメッセージがあっても

無視するようにしていたんだけど

だんだんエスカレートしてきた。

それがメールTwitter, Facebook

「○○企業が○○さんのことに興味もってます!」

みたいなのを送ってくるようになった。

えー!!!!???みたいな感じですよw

なにかってに俺が転職希望者になってんの?

みたいな感じで。

で、さすがに切れてメールでもうしてくんな?

と話したんだけど、

それからも何通か同じようなメールがくるように....

俺が完全に餌として使われる状態になっているようだった。

で、一番びっくりしたのが

俺が初めてあった会社のひとに○○さん

転職考えてるんですよね?と言われた事。

勝手に話が広がって俺が転職したくて活動しているみたいなことに...

みなさん気をつけてください。

イベントだと思って油断して参加して名刺交換しようものなら

勝手転職希望者にされていらぬ噂を立てられる可能性があります

イベントに参加する時は主催者の名前をまずチェックをして

純粋技術を広めたいと考えているイベントかを判断しましょう...

転職を考えていない人は人材ブローカー主催イベントは辞めた方がいいかもですね...

俺みたいな犠牲者が広がりませんように...

家庭って確かに事業。個人事業主同士が事業を営んでいるような。。

新婚の妻なんだけどさ。

友達同士が事業起こすと経営が上手くいかない、みたいなこというでしょ。あれって、家庭にも当てはまる気がするのね。

このご時世ありがたい事に、収入の安定した夫がいる。

9ヶ月の子どもがいて(おっと、もう新婚でもないか)、私は仕事に復帰している。私の収入は夫の7割ってとこ。

家計だけど、夫は、基本的に、自分の口座から率先して出している。私の収入は余剰貯蓄の扱いな感じ。

出産で働けない間、携帯代とか美容代とか夫に出してもらったけど、そのまんま。

なんか自分で出したいんだって家族趣味みたいな感じになったっぽい。子ども用品とか、とくに出し惜しみする感じはない。嬉しい。

それと関係なしに、夫は家事が苦手だ。

仕事エネルギー使い切って、家では幸せそうに大きな子どもになってる。子どもの相手はできる。家庭にいると雰囲気いいし、子どもも夫が好きみたい。

私は保育園に朝子どもを送るまでと、家に帰ってからが本番の仕事。職はなんと言うか、幸せ息抜きというか、専門職ハードだけど働けてお金もらえるって幸せ時間ね、みたいな感じ。子育て責任こわい。子ども一番、仕事二番になってしまった。無駄な事しなくなって、意外と産前と仕事ボリュームは変わってないけど、それでも毎日終電だったころと全然違うし、周りにも迷惑はかかってる。

結婚して、二人きりの時はお互い家は寝る場所だった。疲れて帰って来たお互いを慰め合ってた。散らかっててもお互い布団さえ快適であれば良かった。

子どもが産まれてから安全な巣作りの本能勝手に私に産まれて、いきなり世間並みの母親感覚になった。夫は、金銭での養い本能が芽生えたみたいだし、別々の場所が変わったみたい。

ところで、私は朝早く起きて、掃除をして洗濯を干して夕ご飯の下ごしらえと離乳食作りをする。夫は朝早く目が覚めたら、優雅にネットしてぜんぶ自分時間。に、見えてしまうことがあって、ちょっといらいらした時があった。金銭で世話になっていても、つい恋人気分で大変さを口だけでなくて分かってほしくなってしまう。私が『大変だー』というと、『あ、俺の事は気にしなくても大丈夫だよ(子ども優先で夫の世話を減らしてもいいよ、の意)』と言う。いや、そうじゃなくて手伝ってくれたらな、などと期待してしまうことがあった。

土日に寝坊する贅沢を私は久しく味わっていない。土日のどちらか、いや月一回でも、子どもの朝の世話をして朝に私にブランチを作ってくれる人がいないものか。

金銭上においては彼がメインで事業主だ。でも、本人はイクメンにもなりたいらしい。

私は、最初それを真に受けて、ホルモン作用母親になっている自分をもう一人作ろうとして、失敗した。

そもそも夫は家庭のハード面を強力に支えているのだから、靴を脱いだらだらっとしたいのだ。そして私の夫は、妻がニコニコしてないと嫌なのだ。『家が多少汚くても穏やかな妻がいる方が、綺麗で料理が並んでたってきいきい怒った女がいるよりまし』なのだ。うちの夫にとっては『最低限以上の家事趣味なのだろう。私も、それはそう思う。ただ、現在はいはいし始めた子ども安全のため、<最低限のハードル>が大人二人だけの『暮らせればいい若いもん二人住まいから『いきなりの来客も上がってお茶どうぞって言える一般家庭』に上がってしまっているだけだ。

私は最初頭を抱えた。仕事は復帰して慣れるのが大変。保育園の送り迎えも、離乳食作りも慣れない。子ども半年過ぎたら熱を出しまくる。私ももらい風邪をひく。そして本能家事をしろと叫ぶ。夫は私ににこにこしてほしいらしい。家事に参加しているイクメンにもなりたいらしい。何かが無理に思えた。目が覚めたら夫のスペックが大幅に上位互換してないかな、と不謹慎に思って床についた事もあった。

それで、家は布団も含めて別の職場だと思う事にした。家事に関しては、仕事の他にしなきゃならないオプションと思うのではなく、今住んだこのちっこいマンションは零細の開いたばかりの事業所で、自分が事業主なんだと思う事にした。家事に関して夫は、外注する下請けの業者だと思う事にした。まず家事をしやすいように環境を作って仕事内容を整えて作ってあげる。そのために、私が計画を立てたり少し余計にしなければならない事が増えても、だ。自分がラクをしたい手間を減らしたいから腹が立つのであって、そもそも手間が多少最初に増えようが、事業が上手くいって結果をだせればいいのであれば、何も腹が立たない。夫は家事の一翼を担ってると気分が良くなる。私も助かる。家族に気分よく仕事をしてもらうことは大事なのだ

たとえば、夫に、どこか担当したい場所を聞く。夫は、しばらく考えて、風呂掃除かな、と言う。夫は浴槽をスポンジで洗うのをイメージしている。床と壁も洗ったらさぞ完璧だ、と思っている。私は、風呂掃除、と言ったら現時点では鏡も窓も磨くしボディソープや洗髪料のボトルも洗う。シャワーのノズルとホースも洗う。引き戸の下のサッシ部分も磨く。水道蛇口も磨く。でも、そこは言わない。何回かに一回掃除場所を変わるか、自分が入ったときにさっと洗ってしまう。夫は、だんだん気がつけばいいのだし、気がつかないなら、平和でいいんである。数年したら子ども下請けとして、未来の幹部候補として仕込もうと思う。

あくまで家事側の視点に立って書いたが、家計に関しては、私が下請けだ。事業主の立場に立ったら、使われている側の何倍も頭をフル回転させている。夫は金銭面に関して無償で苦労して楽しんでいる。私は貯蓄と支払いの苦労から解放されている。ささやかに消費を楽しめる。小遣いをもらう子どもみたいな立場だ。

でもまあ、事業だと思えば、何事も一馬力より何馬力もあった方がいいなあってこと。かな。たとえ、最初一馬力に満たなくったってね。

ねー誰か、デキた奥さんの上位互換ソフト売ってくんない? インストールするわ。

2012-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20120125093343

言われてみると気になるので、ちょっと考えてみます

 

嫌になってるのに、執着してしまうのは何故か。

好きだったはずの事が嫌いになるのはどうしてなのか。

 

創造性には、自己顕示欲創作欲がある。

自己顕示欲が偏って強いと、やりたいけれど、作ること自体はつまらないのかもしれない。

たとえば漫画家に憧れているのに、実際にはあまり漫画を描いたことが無い人は、

その立ち位置に憧れていて、実際の作業には興味がない。

作業には興味がないから、やってみると辛いけれど、

立ち位置に憧れているので、やりたい思いだけは残る。

 

・思い描いているものと、実際に作れるものクオリティーがかけ離れている。

加えてネットの評価は残酷で、箸にも棒にも引っかからない事をまざまざと突き付けられる。

そうすると、だんだん萎えて作らなくなる。

作らないとうまくならなくて、悪循環に陥る。

 

・実はもうずっと前に飽きているんだけれど、

立ち位置への憧れや、今まで積み重ねてきた時間があって、なかなか断ちきれないでいる。

どんなにステーキが好きでも、毎日ステーキばっかり食べてると飽きるらしい。

 

僕の場合は、大体こんな感じで、諦めにくい状態になっていると思う。

元の文とこの文章を併せて、好きを貫くのは大変っていう話と、

その好きは幻想かもしれないという話が混じって、まとまらずゴチャゴチャになってる気がする。

 

2012-01-23

無題

夢を見た。

二十代の頃つきあってた人と十何年ぶりに待ち合わせをして、約束場所へ向う。

20分も早く着いてしまい、お茶でも飲める店を探すが、あたり何もない。

少し歩いた住宅街にポツンとカレー屋を見つけ、入る。

家庭的な雰囲気の店で、ヨガの集会が開かれている。

気づけば仲間に入れてもらい食事している。

だんだんスピリチュアルな話になっていき、ついていけないと思うが、知人がいるうえ皆優しい。

自分を偽らず生きるという話になる。

私はつい反論し「そんな生き方はあり得ない。偽りがあるからこそ生きられるのだ」みたいなことを言う。

知人が私に言う。あなた真実は、では、あれなのね、と。

ガラスから川が見え、対岸に過去激しく愛した相手が私を探してウロウロしている。

その姿は小さくて滑稽だ。

知人の言うことは間違っていない。

だが、あれが真実だとしても、どうなるものでもない。

というところで目が覚めた40歳誕生日

2012-01-22

こんな大人になってはいけない

既婚40代中盤。

いまのところ収入はあるが、会社の将来は暗い。

仮に食いつないでも退職金はない。

転職を繰り返し、その場その場の知恵で何とか切り抜けてきたけど、職能と呼べるものはない。

なのに、一部の人からは「できる人」とみなされてしまった。で、堕落した。

気がついたら何もない。だからたいした仕事もしていない。

妻の収入は少なく当てにならない。

貯金はあるが、だんだん減っていくだけ。これで失業でもしたら住宅ローンが返せなくなってアウト。

いまのうちに手を打たないといけないんだけど、何もやりたいこと、向いていることがないので何もしない、できない。いろんなことをごまかしながら、内心びくびくと生きている。


子どもがいないのが唯一の幸運


何をするにもやる気がないので、どうしようもない。

もっと悲惨人生もいくつも知っているけど、こうやって崩壊する前のぼんやりとした不安の中で過ごすのも、それなりにつらいもんだよ。自業自得なんだけどね。

2012-01-20

http://anond.hatelabo.jp/20120120170311

見合い制度時代でも見合いを蹴ったり断ったりする自由はあった

まあ動物でも見合い失敗はあるからな。

ハムスターのメスがケージに入れられたオスを拒否するの見たことあるが凄かったよ。

ケージに入れたばかりの時は、必ずメスはオスを攻撃するものらしい。

見合い成功場合は、しばらくそのままにしておけばだんだん仲良くなって交尾するというんだが、

その時は時間が経ってもオスを攻撃し続けており、これはもうダメだということで引き離した。

2012-01-19

ソーシャルゲームの止め時について

ゲームというのをコンパクト人生体験と考えてみます

まぁ人生全体でなくても、人生のうち一定期間のプロセスを疑似体験するものと考えます

シリーズ物でない限り、パクリもの、類似量産ものでない限り、

プレイヤー最初ゲームの仕組みがわかりません。つまり幼児新入社員という感じでしょうか

幼児でいる間はチュートリアル苦痛だとはあんまり思わない。

むしろひつようだよね、とかありがたいよね、とすら思う。

それがだんだん子供として、あるいは独り立ちできるレベルになってくると、

いつまでも決まった手順で、決まった所作しか行えないのでは不満になってくる。

活躍の場を与えて欲しいと望むようになる。

ゲームというのは基本的に、老年期になって動けなくなる状態(飽きが来てやる気が無くなる)前の

壮年期、働き盛りの頃に、心身ともにピークの状態でラスボスやらクリアできるようになっていたと思う。

(末期状態のJRPGはいつまで断ってもムービばっかり、チュートリアルばっかり、お使いイベントばっか、だったりで

 心身ともに充実したと感じる状態に到達することがないまま終わってしまったりしてつらいものもちらほら)



ソーシャルゲームだとこれがない。自分で終わりを決められない人には無間地獄がまっている。

ネトゲーでも格ゲーでも同じやんというかもしれないけれど、違うんだ。

余程のコミュ障でない限り、ネトゲーや格ゲーカードゲームは誰かと一緒にやるだろう。

まぁこれはこれで仲間に拘束される難点があるけど、仲間いなくなったらなんとなく解散ってやめどきが訪れる。

仲間がいる間が一番面白いんだから、やはりベストに近い状態でやめられるだろ。



今はもう対戦とかが流行ってきてて健全になったらしいけど、

ドリランドとかは完全に一人旅だったからやめどきを自分で決められないとやめられない。

しかも、いつまでたっても同じことの繰り返しで何一つ目新しいことが起こらない。

お金を払えば「ゲームスピードが上昇する」けれど、カード集めとかを除いて「特に目的がない」ので早くすることに意味が無い。

なんのためにやってるのかわからないものを延々とやりつづける。

誰もここで終わりだよとは言ってくれない。 やめるなら自分でやめどきをきめなければいけない。

ネトゲーと違って、友達がいなくなったとか、課金もったいないという言い訳も与えられない。



でも、やめれば「なんでオレはこんなゲームをやってたんだろう」「今までやってた分はなんだったのか」って心の声が痛い。

きっぱりやめない限り、グリーを退会しない限りデータは残り続けるので、復帰しようと思えばいつでもできてしまう。グリー無料です!

うっかり復帰でもしようものなら、ますます辞めることが難しくなる。



「辞めるのが難しい」くせに

格ゲーシレンと違って(友達がいる限り、ダンジョンが生成され続ける限り)成長し続ける、という仕組みもない」わけだ。

こういうデザインゲーム最初からやらなければよかった、という結論しか出てこない。




http://blog.pettan.jp/archives/50638552.html

という話はここで私よりはるかに上手に語られているのでこちらを参照して下さいませ




この問題については「コミュニティステージを上げる」ことでしか対応できないと思ってるけど

http://nedwlt.exblog.jp/15802891/

ソーシャルゲームの開発の仕組みを見てると、これができないようになってるっぽいことがわかる。絶望シかねーわ。

http://anond.hatelabo.jp/20120119201722

そう、2chだとネットしなければいいけど、ネット外の学校職場だとカースト関係から反抗することも逃れられもしないという問題もあるね

陰陽師』の小説によると呪いには名前が必要らしい

2chなら「実名」知られてなければ、せいぜい「クラスタ」叩きが関の山だし一見言葉に力は宿らないように見えるけど

クラスタレベルdisでも何度もあちこちで繰り返されれば、根が素直な人は真に受けて少しずつ「自分には生きてる価値が無い」とだんだん思い込んでしまう これが「薄い呪い」 過去日記を読む限りでは増田にいる何人かはこの「呪い」にかかっているかも知れない

一人一回でもみんな&マスメディアdisった「無能」というレッテル社会的認知されて言葉に力が宿り「呪い」が発動して

首相精神的に追い詰めたのが、安部首相の時に起きたことだと思う

それと大量に同じ言葉情報を流しつづければ2chでも簡単な「呪い」は効くよ

例えばJ-POPよりK-POPの方が歌唱力もダンスも優れてる等と大量に何かにつけて大量に書き込まれているけれども

あれ信じこんでしまっている人いるからねー その手の宣伝パターンばればれなのに

フランダースの犬にまつわる救われない話

オチが救われない話」というまとめサイトを読んでいたら、こんな救われない話を知った。



フランダースの犬』は、アニメとして日本人によく知られている。

しかヨーロッパではほとんど知られていなかった。

もとは1872年発表のイギリス童話だが、原作者女性ベルギー風俗イギリス人の目で偏見的に描いている。

なにしろ、帝国同士の争いが激しかった19世紀。

イギリス人の心の奥底には、ヨーロッパに対するかすかな敵意が潜んでいる。

「この地方は荒れ果て、人々は不親切で、しかも愛すべき犬を何代にもわたって、激しい労働に不当にこき使っている」

こんなことをずらずらと書いているのだ。

ベルギーを始めとするヨーロッパで人気が出るわけがない。

その上、本家イギリスでは、運命に抗わず教会で死ぬという内容がアングロ・サクソン的に受け付けられなかったようだ。

結局欧米では、誰も見向きもしなくなったというわけだ。



ところが日本では、1975年に感動的なアニメが作られたために爆発的な人気を獲得する。

80年代から海外旅行ブームでは、ベルギーフランドル地方観光が定番コースの一つとなったほど。



もっとも、ルーベンスの絵を観ることはできても、『フランダースの犬』にまつわるものがそこには何一つない。

地元人間すら誰も知らないのだから当然か。

日本人がガッカリして帰国するのが、当時のツアーのお決まりパターンだったとか。



ところが、1982年、大きな転機がやってくる。

ベルギーアントワープ観光局で働いていたヤン・コルテールという男性が、運命を変えた。

日本人観光客からフランダースの犬』という物語存在を聞いたことが発端である

生真面目な性格で、面白みのない変わり者と思われていた彼には浮いた噂もなく、恋人はおらず、友達も少なかった。

地元を愛し、それが故に地元観光局に勤めた彼。

そんなオタク青年の彼は、地元に関係する噂話を聞き逃さなかった。



だが日本人観光客に詳しいことを尋ねても、

アニメをやってたんだけど、もしかしたら原作があったのかもなぁ」

というだけで『フランダースの犬』について、はっきりとしたことが分からない。

今と違ってインターネットがない時代

日本語情報はそう簡単に手に入らない。

街の誰に尋ねても、何もわからなかった。



しかし彼はあきらめない。

「この地方舞台にしているのなら、図書館にヒントがあるかもしれない」

そう考えた彼は、地元郷土史などを調べ始める。

図書館であらゆる資料をあさり、……そしてとうとう、60年の間、二、三度しか借りられていなかった原作を見つけたのだ。

欣喜雀躍たる、彼の喜びが想像できるだろう。



……だが、読み終えた彼はがっかりした。

感動するほどの物語ではないからだった。

実は原作には、最後ネロ天使に救われて天国へと召される……というシーンはない。

ただただ暗いだけの作品なのだ

原作者は夫に捨てられた後、犬の保護に尽力していたが周囲に相手にされなくなり、晩年は30匹の犬に見守られて亡くなっていた。

そんな原作者厭世観が反映された作品でしかなかった。



(この原作日本人の感動との間の乖離は、いったいなんなのだろう?)

日本人からアニメの素晴らしさを聞いていた。

しかしたら、それがヒントになるのかも?

彼は、日本語を学び、日本人観光客の友だちを作り、帰国した彼らからアニメビデオ童話集を取り寄せてみた。

その結果……感動したのだった。

彼は、今のジャパニメーションギークの先駆けだったのだろう。


情熱は、いよいよ膨らむ。

一年半かけて調査を行ない、原作舞台が近くのホボケン村だと突き止めた。

原作に描かれた運河がスケルト川だったことも分かった。

ついには風車の跡も発見する。



変わり者のコルテールのその姿は、周囲から嘲笑を受けていた。

当時の日本なんて、極東の島国で、ドイツに加担して負けた挙句に少々景気を持ち直しただけの国、というイメージだったから、仕方ないだろう。

だが、彼の熱意は次第に周囲を突き動かしはじめた。



ルーベンス以外にこれといって観光資源のないこの街に、もう一つの観光シンボルが生まれるかも知れない。

そういった周囲の思惑も重なり、ついには1985年ネロパトラッシュの小さな像が、ホボケ情報センターの前に立てられた。

除幕式にはアントワープ州知事市長、在ベルギー日本大使らも参席、盛大なパーティーが開かれたという。



風車観光客向けに作り直された。

ネロパトラッシュが共に埋められた(ことになっている)街の教会は、観光コースとなった。

ルーベンスの作品を観るためにアントワープを訪れていた日本人観光客がホボケン村にも立ち寄るようになった。

その地域観光収入でおおいにうるおい、観光局勤めの彼の名声も次第に上がった。

フランダースの犬ベルギーで放送され、80%近い視聴率をとったという。


ヤン・コルテールは『フランダースの犬研究家として知られるようになる。

その地域では日本通として知られ、日本との橋渡し役としても活躍するようになった。

研究のために日本へ何十回となく訪れるようになり、大の親日家となった彼は、日本人女性石井ヨシエと結婚した。

彼は妻と共に、今でも地元でつつましやかに幸せ暮らしている。









……はずだった。

2008年、彼が妻を殺害した容疑で逮捕されるまでは。



なぜなのか?

コルテールが日本人の妻をもらい、日本ベルギーの架け橋として活躍していることまでは、いろいろなサイトで詳しく取り上げられていた。

ところが、彼が犯した殺人についての続報をいくら調べても、日本語サイトでは何一つその理由が分からないのだ。

英語サイトで調べても、アメリカ人などが『フランダースの犬』に関心がないためか、まったくヒットしない。




仕方ないのでグーグル先生の力を借りて、オランダ語サイト日本語に訳したり英語に訳したりしながら調べた。

その結果、驚くべきことがわかった。

コルテールが妻を殺したのは、妻の浮気のせいだった。



コルテールとヨシエが結婚して数年は、大変幸せそうだったそうだ。

だが、次第にヨシエは旦那の拘束がうとましくなってきたらしい。

彼女帰宅する時には、職場にまで迎えに来る。

もっと自由にさせて欲しい、自由にいろいろな場所に行きたい、というのがヨシエの欲求だったそうだが、コルテールはそれを許さない。



異国の地にやってきて、海外しか味わえない自由を満喫したい日本人女性

彼女を大切にするあまりに、彼女の全てを管理したいと願うベルギー男性

だんだんと、二人の間には溝が生まれるようになった。

二人の間はギクシャクし始める。



その時に彼女の前に現れたのが、口が堅いという噂のピエールだった。

「夫とは長いこと話してないの。夫は頑固でさ」

秘密を守れるピエールへの心安さからか、ヨシエは彼へ愚痴をこぼすようになった。

「彼は変わり者だからね。我慢さ」

愚痴を聞いてもらううちに、ヨシエがピエールに親しみを感じ、やがて二人が愛しあうようになるまでに時間はかからなかった。

ピエールの口は固かったが、ヨシエの下の口はゆるかった。



ところが二人の仲は、コルテールに最悪の形でばれてしまう。

二人がバスルームで愛し合っているところを、コルテールが発見してしまったのだ。

口がゆるい上に、脇も甘かったというわけだ。



だが、そのときヨシエは豹変した。

日本女性のおしとやかさはどこへやら、情事発見したコルテールを怒鳴りつけたという。

「あんたさぁ、男としての魅力がないんだよ!!」

彼女の口は、悪かった。



その時に、コルテールは、彼女のことを深く深く愛していたことに改めて気づく。

何があろうと、彼女の気持ちが戻ってくればそれでいい、というのがコルテールの偽らざる気持ちだった。

彼は、離婚を迫るヨシエに対して、仲を修復したいと取りすがった。

しかし、彼と別れてピエールと一緒になりたい、というヨシエの気持ちは変わらない。



コルテールは、一つの提案をする。

それは、最後のお願いとして、彼女日本を一緒に旅行することだった。

二人が出会った日本で過ごせば、彼女の気持ちも戻ると思ったからだ。

……これ、男にありがち。

男の浮気は「名前をつけて保存」だが、女の浮気は「上書きして保存」

他の男に気持ちが移った以上、振り向くわけなんてないのだ。



日本でヨシエは、両親にコルテールを引きあわせたという(この辺りは女性特有の図太さといえよう)。

それでいながら、彼女の気持ちが変わることはついぞなかった。



ベルギーに帰国後「自分を自由にして欲しい」と迫るヨシエ。

それを拒むコルテールを、ヨシエは罵った。

そして、決して犯してはならないラインを越えてしまった。

彼女は、職場ベルギー人の同僚達と彼とを一人ひとり比較して、いかコルテールが劣ったオタク野郎なのか、痛罵したのだ。



……こと、ここにいたっては、どうしようもない。

この時のコルテールの失望は、いかばかりであったのだろうか。

その時の衝撃は、彼の行動が示している。

コルテールは逆上し、ヨシエをナイフで22ヶ所切りつけて、殺害したのだ。

リアルは、『フランダースの犬』以上に救いようのない話だった。




※プライヴァシー保護のため、一部を仮名にしています

2012-01-13

友達付き合い

進学して友達と呼べる人を少数だけど作れた。

けれど、今この関係を壊さなければいけないように思った。

そんな事を思ったのは結構前でズルズルと関係を引きずってきたようだ。

最初友達が別の人の悪口を言っていたことだ。

俺は今までの人生で悪口を言う人と友だちと呼べる関係になったことはない、関係を断絶したこともありこの時に嫌な予感がした。

友達が少ない人間である俺には一人の友だちでも貴重なのだがどうしても関係を続けることができない、信用できなくなってくるからだ。

もっとも仲良くなっても恥ずかしい本音トークなんかは出来なかったわけで、かなり純粋いや、子供のような関係ばかりしかしてこなかった。

それから時間が経つにつれ悪口を聞いた数は増えるわけで、だんだん辛いと感じるようになってきた。

でも、友達が少ない俺にはそんな人でも大切な人と感じている、悪口がなければかなり良い関係に持っていけたんだろう。

でも、そろそろ無理だと感じるようになってきた。類は友を呼ぶというのか、悪口を言う人が多いグループと接触が増えた。

その中には別の友達もいたが無理を感じて希薄になってしまった。そして今回の接触である。おそらく今回も希薄な関係になるだろう。

アドレス帳からの削除は何時でも出来る。授業だって大体はついていける。分からなければ教員に聞けばいい。自分の状況はだんだん希薄方向に動いているようだ。

残りの期間おそらく友達は(学校には)居ない生活になるだろう。

友達性格を変えればいいのだろうけど、中学、高校で悪口はその人の歴史であるということを知った。

歴史は変えれない、昔に戻らない限り。言っている本人も後戻りはできなくなっている。

そして俺はその歴史友達を続けられなくなる人間みたいだ。

昼飯どうしようかな。

http://anond.hatelabo.jp/20120113053912

手順というのはいきなり「結婚してください」とかって言わないってこと。

恋愛作法があるので、「メール交換しませんか?」とか

ちょっと飲みにいきません?」とか「映画みにいこうか?」とか

「○○に旅行に行かない?」とか段階がある。

どんなに合理的な人間でも親近感というのはだんだんに形成される。

徐々に親しくなっていれば成功

頭いい女って最高に貴重よ?

こっちが言ってることが理解できない女はイライラする。

オレが結婚してほしいくらいだ。言わせるな。

2012-01-10

その日暮らしは年をとるときつくなってくるんだよ。

若い頃、高校を卒業する18歳から20代前半ぐらいまではいいだろう。まだ夢も希望も溢れてるかもしれないし、何かになってやる、何かをやりとげてやるといった自分に対する希望も持てるかもしれない。高卒大卒会社就職という選択肢を選ばないでそのまま社会に出たり、自分探しするのも一つの選択肢かもしれないと考えられるだろう。会社に属さないでフリーランスで働く仕事も世の中にはたくさんある。

でも20代後半になってもその仕事で親から独立して生活できるだけの収入が得られなかったら?だんだん雲ゆきはあやしくなってくる。周りが結婚しだして子どもが生まれたというニュースもちらほら飛び交い、そんなニュースを耳にするたびにあせるようになる。結婚して家庭を持って子どもを育てるだけの年収って一体どれぐらい必要なんだ?その前に、一人で独立して最低限の生活をしていくにはどれぐらい必要なんだ?その質問はなるべく早いうちに真剣に考えた方がいい。年をとってから考えても絶望するだけだから

そのうち30代後半になってくると、自分の身体にもガタがくるようになる。代謝が落ちて太ったり、成人病予備軍になったりする。ひょっとして病気になって入院したら?ガンになる可能性は?そんな不安を感じるようになる。その時に初めて、毎月安定した収入が得られることの強みを感じるようになる。身体を直すのには何はともあれお金が必要だから。ある程度の貯蓄があれば、或いは高い個人保険などをかけておけば、多少は緩和される不安から。誰もがいつまでも若くいられるわけではない。いずれは年をとってしまう。そのことは当たり前だけど、若いうちにはわからない。気付いた時にはもう間に合わないこともある。

そんなわけで大事大学新卒カードを捨てるのは、そういうリスクを考えた上で捨てた方がいいですよ。一度捨ててしまうと二度と手に入らなかったりすることが、生きていると結構あるのです。その時は大したことじゃないように思えても、年とった自分にとって必要だったかもしれない決断が。

2012-01-09

とりあえずテストで書いてみる

テスト

最近になって、とにかくなんにもやりたくなくなってきた。

具体的には、何か責任が伴うようなことや、「やらなきゃいけないこと」が極端にやりたくなくなってきた。

で、現在絶賛逃避中。なんだか最近来れが癖になってきてしまってまいっている。

すごく自分勝手で、ただの怠慢の他ならないんだけど、なかなかどうにもならなくて困る。

とにかく着手し始めるのがいやだ。考えたくもやり始めたくもない。

こういうのってだいたいやり始めると軌道に乗るはずなんだけど、それすら拒絶してるのかもしれない。

散々自己啓発やら偉人伝記やらを読みあさって、モチベーションを保つ方法!とかそれなりに理解しているはずなのに、行動に移さない。

なんかもういやいなっちゃうね。てか、嫌になっちゃってる。


こういう「やりたくねー!!」って時に、常々頭によぎることが

「そもそもなんでそんな事しなくちゃいけないの?なんでお前生きてんの?」

って考え。


ホントなんで生きてるんだろうって常々考えるようになってしまった。

自分が楽しめるように生きれればいいって思うようにしているけど、その「自分楽しい」ってことがよく分からなくなってきた。

お金を使えば楽しいのか?人と関わり合えば楽しいのか?旅行をすればたのしいのか?

一体何のために生きているんだろう。生きることに意味なんて無いんだろうけど、なんか虚しくなってきてしまった。

まあ、多分こんな考えが巡るのも現実の「やらなきゃいけないこと」からなるべく逃避するためのこじつけ探しだと思う。


やれば楽になることをなぜやらないのか?

から取り組めば、少なくともあとに回すよりか断然楽になるはずなのに。

きっと「逃げる」ことを覚えてしまたから。ぎりぎりになってキリキリ胃を痛めて作業して、間に合わなくて、間に合わせで済ませても、

意外と何とかなってしまうことを覚えてしまたから。

自分の満足とか、他人の評価とかそんなもの無視してしまえば、結局は耐えさえすればなんとかなってしまうってこと。

でも、それは実際には、何とかなっているのではなくて、確実に自分自身を貶めてしまっていること。

他人からの評価や、自分仕事・作業の価値を下げていることを、考えないようにしてしまっている。

からだんだん周りの自分に対する評価も下がり、自分自身への評価も下がり、やる気もなくなって作業も滞る。

やることから逃げていれば、必ず負のスパイラルに入ってしまうこと。


今はこの負のスパイラル突入だってことは頭では理解できている。

問題はどうやって抜け出すかってこと。

「やればいい」んだけど、そのやる気がおきない。(やる気は起こすものだってことは十分に理解できている。やり始めることでやる気は起きるってことも)


からいつもやっているのは、こうやって今の心情や状況を書きだす作業。

これが意外と効果があって、冷静になれる。

結局、仕事や作業にヤル気が起きなければ、自分の興味のある範囲でそれ(仕事)に近い作業すればいいんじゃないかな、と思う。

こうやってPCに向かって、僅かながらも頭を使いながらキーボードを打っていると、仕事中のような感覚に陥る。

コレで満足してしまうとかなりまずいが、これで本流の作業に戻るきっかけを作ることができそう。


かなり話が右往左往してしまったが、とにかく日記を書きたかったので、これでスッキリした。

2012-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20120108132758

バックでしたがる(フィニッシュ含め)男って、私のこと好きじゃないんだな~って思う。

今まで経験した数少ないサンプルからなので、断言はできないけれど。

代わりに、好きとか愛しているとか表現してくれたりそう実感できる人は、

まりバックでしたがらないし、しても長時間はしない。

「確かに気持ちいいけど、顔見えないし・・・」って。


一度、最初は正常位だったのに、だんだん後背位になっていった相手がいて、

なんで?ときいたら「だって俺が気持ちいいから」って言っててビックリした。


正常位に限らず、密着している体位でする人は、その相手のことを大事にしているとか、

好きとか愛しているとか、そーゆー気持ちではないだろうか。


確かに快感は得られるんだけどね。

でもそれだけなんだよね。


ということで、気にしないでいいと思う。

2012-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20120107120722

現実残酷

うんこ投げられて何もしない→こいつには何をしてもいいんだ→どんどん扱いが酷くなる

で、うんこ投げられてもやり返すことは汚いとそいつら見下すだけで何もしなかったら

だんだん場所を奪われて孤立して仕事やめる羽目になった

今では立派なあくましんかんです

昔の私みたいにご立派なことを今ほざいて善人ぶって周りを見下してる人ほど、いつか挫けて

暗黒面に堕ちそう。

キャラ被ると嫌なのであくましんかんにならない内に止めとく

2012-01-04

綾瀬はるかの『ICHI』がクソすぎ

ソ映画だとわかってて見たのにそれでも見てられないぐらいの凄さだった。

一応全部見なきゃいけないと思い録画して早送りしながらなんとか最後まで見た。

メモする価値あるぐらいのクソ加減だったので以下備忘。




綾瀬はるかが全く演技をしない

他の映画での綾瀬の演技を見た事がないので断定できないが

おそらくはそもそも度を越えた大根なのだろう。

が、『ICHI』では演技が下手っていうレベルを超えているのでまるで演技する気がないように見える。

一瞬何か意図的な演出なのかと思ってしまうほど演技をしない。




だいたい綾瀬演じる市は

極度に感情も表情も乏しく能動性の無い女、というつまんない人格に設定されていて

ほとんどのシーンでただ周囲の人の話を無表情無反応に聞いてるだけということになる。

こんな役を大根にやらせるので、本当に「ただ立ってるだけ」「座ってるだけ」をしていて、演技する気がさらさら無い。

(このただ座ってるだけの女にオッケーをだす監督も凄い。

 そんなのモブでもあっちゃいけない筈だが綾瀬は主役だ。)




アイドル映画ならもっと必死に頑張るような役をあてるべきで、

そういう役ならちょっと大根でも客もわかってるので楽しめる。

静かな役なんかだけはやらすなと言いたい。




まりの異様さに「こいつなんなの……!?」と違和感を覚えるのも最初だけで、

視聴者はすぐに市がどうでも良くなる。

他の登場人物も全くキャラが立ってないにもかかわらず。

まり映画全体がどうでも良くなってくる。

眠くなるのとも違う新感覚




お話幼児向け以下

悪役は中村獅童演じる「万鬼」という剣客が頭目の不良グループだが、

この万鬼は顔の火傷で仕官出来ないのを悩んでるだけのしょっぱい奴で

万鬼党は狂気破壊衝動で暴れるだけの、バカが好んで描くタイプの悪役。

経済観念すら乏しくわざわざ住み心地悪そうな岩場に男だけで住んでおり

唯一の寄生である宿場無意味殺戮を始めるようなアッパッパーから

話の溜めもクソも何も無い。




悪い親分のところに市が上がりこんで行って

下手に出たりとぼけたり脅したりするような駆け引きも全く無い。

ほとんどショッカーレベルの悪役なので中学生以上だとシラフで見ていられない。

日曜朝の30分戦隊物でも『ICHI』よりはマシな脚本を書いている。マジで




(一方、善良な民衆側の宿場の顔役は復帰直後の窪塚洋介がいつものあの抑揚で演じているが

 全てが意味不明な『ICHIワールドの中では大変好感の持てる常識的なアンちゃんに仕上がっている。

 この映画を見た人間はみんなちょっと窪塚洋介を好きになれる。)




多分時代劇も全く知らない

・八州周りが宿場にやってくると街道民衆が総出で土下座大名か。

・八州様を宿場の顔役達が供応してるところに脈絡も無く万鬼党襲来。

 よりにもよって八州様の目の前で住民の殺戮を始める。

時代劇ではヤクザと結託するワル八州が珍しくないので、

「やや展開が無茶だけど万鬼党に抱きこまれてる八州だったかー」と思って見ていたら

 血刀下げた万鬼党は震える八州の胸倉を掴み「見なかったことにしろよな!」恐喝




無頼の主人公が八州周りを殺しちゃうトンパチ展開も時代劇では稀にあるが、

田舎ヤクザが八州周りを単純に脅しつけて帰す展開は何気に史上初なんじゃないだろうか。

カツアゲ現場を目撃した下級生ぐらいのノリで扱われる八州様。

脚本書いてる奴〇ね。




そもそも市は盲人なのか?

綾瀬演じる市はただ杖持って伏し目がちにしてるだけ。

盲人の剣客、という役作りが物凄く大雑把に、

1「ちゃんと盲人の挙動研究し真似する」

2「その上で自分なりの市の癖を作る」

だとして、

1すらやる気が全く無い。




歩き方も話掛けられたときの反応も何もかもが健常者。

一応目をはっきり相手に向けないことだけはしているが

内向的な市の性格なので多分目が見えても同じような動作になる。

平時でも修羅場でも、耳や全身で周りを窺う演技がまったく無い。

製作陣にも綾瀬にも多分その発想すらない。

市の挙動は常に、ただ物事への反応が鈍い重度の鬱病さんかなんかにしか見えない。




というか、これさあ、製作陣は盲人を描く気なんか無かったんじゃないか

なんか意図があっての事か、単にめんどくさかったのか、なんだかわからないが。

(少なくとも市の盲目設定を取り除いても『ICHI』には全く支障が起きない。

 ただの性格暗いいじめられっこ女剣客、で成立する。)





また、斬り合いだったら斬り合いで、

どんな大根でも大根なりにやるような、

息を詰めたり飲みこんだりするような演技も綾瀬は全くやらない。実力伯仲の命懸けの斬り合いでも。

クールビューティとかそういう問題ではなく、もはや製作陣は脳や神経に障害がある。

こいつらが持ってる感情演出手法は目の端からポロリと流れるふざけた一粒涙だけ。

映画の山場に凄くいい加減なラッシュで明かされる市の過去

 ダイジェストレイプされる市の目の端から同じ涙がポロリと流れるのはもう完全にギャグ




殺陣シーンが無茶苦茶

酷すぎる。

下手とかじゃなくてもはや意味不明

監督剣劇なんてもんに全く興味が無い上に勉強する気すら無いのが雄弁に伝わってくる。

ピンポン』の卓球シーンでもスローモーションの絵さえあれば

動きの流れにケレンミ・リアリティどっちも求めない凄い奴なのはわかっていたが

ICHI』ではそういう酷さが悪化している。




例によって綾瀬はるか大根を越えた大根であるうえに

その綾瀬の棒みたいな動きばっかりクローズアップする撮り方するので

もうどういう攻防なのか誰にもわからない動きをする。

手傷を負うシーンは必ず腕や腿がアップになって服が破れるカットで説明し

どういう流れでそこを斬られたかは多分考えるつもりすらない。




時代劇を見てれば殺陣の下手糞な役者なんかはいくらでも出てくるし

アクション映画見てれば動きの悪い役者もいくらでも目にするが

ICHI』はそういうのとは次元の違うことが起きている。




スローモーションでバチャバチャと血を出すのだけはお気に入りみたいで、

 市も蹴られて盛大に血を吹くがあれはどう見ても内臓破れてるレベルの量。

 何も考えて無いからどうでもいいんだろうが。)




主役は大沢たかお

市が能動性皆無なので

実質的な主人公は大沢たかお演じる浪人

稽古中の事故母親に怪我させてから真剣が抜けなくなった」という

万鬼の顔面コンプレックス匹敵するぐらいしょーもないトラウマでグジグジ悩む男で

万鬼党との戦いに加勢しては刀と鞘を持って「抜けないいいい」とパントマイムをするのが持ち芸。




毎度渾身の力で刀を抜こうとするが

鞘が磁石でくっついているかのように1ミリも抜けない。

いや、真剣が抜けない」ってそういうことじゃないだろ。

この演技指導した奴も素直に従う大沢たかおも、脳腐ってんのか。





一応筋を最後まで書くと

この浪人は市に「心を閉ざすな!」とか説教をして

それを綾瀬はるかはお得意の何も演技をしてない「本当の無表情」で聞き流し、

でもなんか心が動いて戻ってきて

大沢と相討ちになった万鬼にごっつぁんトドメを刺します。

宿場は救われた!終わり。




だんだん浪人に惹かれていった(ような描写は乏しいので鑑賞者が補わないといけないけど)市の脳裏一杯に

フラッシュバック的に大沢たかお笑顔が映し出されるとこが感動シーンの最高潮ですが

盲人の市がどうして浪人の顔を知ってんでしょうね。

そこは聞き覚えた声とかかつて握った手とかで演出しろよと感じます

前述の通り市の盲人性を真面目に扱わない製作陣にはどうでもいいことだった。




やっぱり市の性格おかし

根本的な間違いとして、

盲人という重要感覚器が一個閉じてる主人公に、

更に自閉的な性格をあててしまったらどうにも話が成り立たない。




もともとの勝新太郎座頭市

なんだかんだ言いつつ相当な世話焼きで、

腰は低いけど欲も意地もあるし優しいしよく怒る。

性根の悪いヤクザからかったり脅したりもする。

これぐらい濃い人格が噴出してくるから目の見えない体と釣り合いが取れる。

北野武座頭市だって勝版とは相当に色々違うが、

 主役の人格はやはりアクの濃い悪い奴になっている。)




いっぽう綾瀬はるか座頭市

中学生が初めて書いた小説の主人公みたいにおもしろみのなーい傷心由来の内向的性格

こんなもんを目の見えない体に入れたらそりゃ話が動かずつまらん事になるのは当たり前。

監督脚本は何考えてたんだろう一体。

おわり。

2012-01-01

予言どおり地震がおきちゃった

まさかとは思ったけど、新暦1月1日地震が起きてしまった。

「八のつく日に気つけて呉れよ、だんだん近づいたから、辛酉(かのととり)はよき日、よき年ぞ。

冬に桜咲いたら気つけて呉れよ。

八月二日、ひつくのかみ。」

  下つ巻 第三十帖

旧暦日本四季は大まかに分けて、1・2・3月=春、4・5・6月=夏、7・8・9月=秋、10・11・12月=冬となる

今年は10月27日が旧十月一日であり、今は冬に入っている

まり神示で言う「冬に桜咲いたら」の言葉は既に日本全国で実現している

次に来る「八のつく日」の「辛酉」は旧十二月八日、新暦の1月1日、元旦になる

「よき日、よき年」とはそういう意味

この日、311の警告にも未だ改心無く、金の世を維持し続けている日本にとどめの大地震が起こる


http://anond.hatelabo.jp/20111103155456

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