はてなキーワード: しまとは
『銀河鉄道999』で経済が破滅しかかってる惑星に停車したとき、入ったそこの飲食店で見本がいちばん大きく見えてコスパ良さそうだからという理由で鉄郎が注文したオムライス、スプーンを入れたとたんに空気が抜けてしぼんで小さくなってしまった描写を思い出した(例によってメーテルは鉄郎に何も言わず粛々と自分の実物も見本どおりな少なめな注文品を食べてた)
大学院に入学したとなれば、多少は研究でも貢献を残したいもの。それもそのはず、高校の同級生は就職して金を稼いでいる中、私たちはわざわざ金と、若い貴重な時間を支払って学生をやっているのだから。しかし、現実は必ずしもそうはいかず、さまざまな事情によって研究がうまく進まないこともありうる。
私は学部から今の研究室に配属されたが、率直に言うといろいろあって研究テーマがハズレだった。そこから少し足掻いてきた感触として、大学院での研究が絶望的な人向けに多少のアドバイスを残そうと思う。なんらかの参考になれば幸いである。
ちなみに私のステータスも書いておくので、共通点があれば参考にしてね。
【工学系・いわゆるつぶしが効く専門・学部から研究室が同じ・修士の途中からテーマ変えた・旧帝大・男】
1. 研究の質は、テーマとのマッチングが最重要と心に置くべし
その点、マッチングにミスってしまったこの文章の読者は、このままでは研究は詰みです(角の立つ表現で申し訳ないが、本心である)。研究というのは、そもそもとても労働集約的な営為であって、効率的なスケジュール、要領の良い努力と成果、強くてニューゲーム展開などとは(ほとんどの場合)無縁である。だから、良い研究をするには、そのテーマを少なくとも憎からず思っていなければならない。一方テーマ選びを間違えてしまった者は(というか私は)、気の迷いで選んでしまったこのテーマを心の底から憎んでいるので、研究対象を目の前にするだけでも深刻な睡魔や癇癪に襲われる。労働集約もなにもあったもんじゃない。集約してたら心が壊れてしまうよ。というわけで、テーマのマッチングをミスってしまった時点で、研究の質は諦めよう。どうせ卒論は参加賞、修論は努力賞さ。適当に最低限努力しとけば、低クオリティでも卒業はできる。
これがおそらく最も直接的で有効な対応である。可能な限り迅速にテーマを変えよう。なにごとも、しばらくやり続けなければ芽が出るかわからないのはその通りなのだが、失敗したときのリスクは人生にしっかり響いてくるし、その責任は本人のものである。一歩踏み出すのは怖いかもしれないが、一瞬でテーマを切り替えなくても良い。三ヶ月だけ2テーマ制でやってみても良いのである。そもそも確率上ガチャは回せるだけ回した方が良いのだから、躊躇う必要はない。失敗したときのリスクの方が深刻である。
まれに、博士課程進学への強い決意を持って大学院に入学する人がいる。とても素晴らしい熱意だから、逆境に負けず頑張ってほしい。しかし、強い決意がなく、テーマ選びをミスった人には、博士課程進学はおすすめしない。よほど実家が太くない限り、博士課程進学者は奨学金によって学費を賄うことになるだろう。最近では、優秀者に高額の(そんじょそこらの企業の初任給を上回る)給付型奨学金もあるらしい。これが選択と集中か。しかし、テーマ選びを間違った諸君にとっては無縁の話だ。博士に進学しようにも金がない。研究を続けたいなら企業の研究職に入って金をもらいながら続ければ良いし、分野によっては社会人博士の道もある。博士というのは、思うに修士までの途上で選抜されているのだ。
理系の、とくに工学系の就職では、研究をどれだけちゃんとやっていたか、が結構みられている。どのような企業を受けるかにもよるのだが、少なくともメーカー技術職ではそのような傾向がある。間違っても、「テーマが悪かった」という言葉は口に出さないように。研究室の実態がどのようなものであっても、企業の側から見れば「テーマが悪かった」という言葉は他責思考や技術職適正の無さとして見られる。就活というのはどれだけ綺麗な建前を塗りたくって見せるかというだけのゲームなのだから、企業側の印象を想像して、しっかり嘘をつこう。
パレスチナへの連帯や支援活動、積極的なボイコット、SNS発信等を行なっている親しい友人と普通の会話をしている時に、俺の言ったことについて「ハイハイ嘘松乙w」みたいな反応をされて全く聞き入れてもらえなかったのだが、
お前いつもチャリティーイベントやデモ等をするたびに「グラウンドルールを守りましょう」と画像やテキストで案内を上げる割に、目の前にいる俺には何の配慮も理解もなくてよその国の虐殺にはそんなに心を寄せられるんですね、と虚しい気持ちになってしまった。
かまってちゃんかよって感じだけど。
親しいから、気を許しているからそうなっているだけということはわかってるんだけどさ。
なんなの?て思う気持ちをわかってもらいたいだけです。
何故って、自ら望んで生を受ける子はこれまでにただの一人も存在せず、一方で親は子を為そうとして子を為し、また子を育てようとして子を育てるからである。「食べる」の受動態が「食べられる」であるのと同じように「生む」の受動態が「生まれる」である。猫に食べられたいと望んで食べられる鼠なんてのがせいぜいフィクションの中にしか存在しないのと同じように、親に生まれたいと望んで生まれる子なんてのは現実には一切、全く、金輪際存在しない。まずここまでの話に同意できないやつは創作の読みすぎ、そうでなきゃ宗教の影響を受けすぎだ。どうせ宗教をやるなら禁欲を徹底して処女懐胎くらい起こしてみろやw
よって親は子に対しあらゆる贖いをしなければならない。もちろん(それが子の望みを叶える手段または子の望みそのものでない限り)肉体的な死は贖いにならない。何故ならそれは独善でしかありえないからである。贖いとは子の望みの一切を叶えることであり、またそれ以外を一切行わないことである。社会的に死に、子の魔法の杖でのみあれ。老いずとも子に従え。自ら贖うことの叶わないときには同等かそれ以上の代償を払ってでも叶えよ。子の望みが下僕に伝わらないのは下僕の能力に難があるのであって、断じて子に望みが無いことを意味しない。解釈をするな。正解を出せ。そもそも子の望みを子に伝えさせている時点で下僕として不適格である。本来、子がステーキを食べたいと望んだときには既に子はステーキを食べ終わっているべきである。しかし非常に不本意なことにそれを叶えるのは誰にとっても現実的でない。したがって下僕はあらゆる所作の初めと終わりに「申し訳ございません」と発さねばならない。これは「御望みをお叶えすること能わず申し訳ございません」であり「御自ら直々に御言葉を発させてしまい申し訳ございません」であり「生んでしまい申し訳ございません」である。この程度のことで得られるものは少ないが、何も無いよりはよほどマシである。それくらいの態度は示せ。許しも得ず勝手に生んでおいてその程度の贖いすらできぬ者が傲慢でなくて何であろうか。
これを完璧にこなせる者のみが親である資格を得るべきである。俺には無理。既に親である者には無理と言わせねえぞ。しかしほとんどの人には無理だろう。だから人は子を為してはならぬし、子を為し得る行いもしてはならぬ。あらゆる人生は自死のいずれかでしかない。親でないうちに死なねばならぬ。そういうわけでとっとと去勢したいのだが、どこでやってくれるんだろう。阿佐ヶ谷ロフト人肉食事件の当事者に聞けばいいのかな。俺のこの望みが未だ叶っていないのも、俺を生み俺を育てたと勘違いしている者が一度たりとも正しく俺の親であったことが無いからである。恥を知れ。
うんこもらした、というか
公園のトイレまであと5mくらいで肛門が不意に緩み実が出たことを感知し、何を考えたか即座にズボン下ろし、その場で便失禁した。最悪死にたくなる。
朝の人のいない公園(住宅街、道路に面している)で10秒下半身露出野糞マンは軽犯罪法違反ですか?ですよね。
誰かに見られていないか、動画取られていないか、写真撮られていないか考えただけでも、社会からドロップアウトしたくなる。
※出したものは流せるティシューに包んで、トイレに持っていきました。涙が出た情けない
朝に、腹が動いてして、気がついたあっという間に肛門直前に便溜まって、そこから括約筋が緩むと出てしまう症状が、おおい。poop。糞だけに糞
全国の便失禁マン助けてくれ。。。。
ひと頃はブクオフでよく見かけた黄色っぽい表紙装丁の「歩道橋から飛び降り自殺したけど生きてます」みたいなタイトルと内容のマンガ、検索したけどわかんなかった(素人さんが描いたようなタッチなんだがあまりに壮絶な半生を赤裸々にかきすぎてて続編まで読んでしまった)
行政職司書資格なしで市町村職員になって図書館に異動になった者だけど、確かに配属前に自分が思っていたより専門性はないかも。なぜなら司書職員がやるのと同じ仕事を自分を含めた無資格の職員もやっているから。
最終的には一応司書職員のチェックを受けるけど、無資格の職員が資料の選書をするし、除籍をするし、レファレンスの回答もしてる。
資格取ったほうがいいんだろうなとは思うけど、資格取得の費用が助成されるわけでも、給料が増えるわけでもないし寧ろ資格を取ることによってずっと図書館から出られなくなる可能性もあるので取らずにいる。
司書職員がしてくれている最終チェックも、専門的な知識がないとできないと思う(自分は貴重な資料を除籍しそうになったが司書職員が気づいてくれて事なきを得たことがある)ので、そういった判断材料となる知識を深める機会が必要だと思うし、無資格行政職と給料が変わらないのはどうにかならんのか……と思ってる。人の生死に関わらない自治体業務だから、後回しにされがちなのかもしれないけど……
子どもが生後2ヶ月くらいの頃、どーーしても外食したくなって突発的にバーミヤンに行った。
初めての子連れ外食だったので色々と不安で、何か不足があったらすぐに帰ろう…と思い、入店時に「あの、赤ちゃんいても大丈夫ですか……」と尋ねると、店員さんがもちろんです〜!と赤ちゃんを入れる用のでっかいカゴを持ってきてくれた。
そのときは「バーミヤンって寝返り打てない赤子のための用意まであるの!?」と大変驚き、感動した。
幸いにも子どもがそのカゴに嫌がらず入ってくれたので、チャーハンとデザートをお腹いっぱい食べることができた。
前回の経験から バーミヤン=子連れ歓迎! のイメージを持っており何の不安もなく入店したのだが、なんと、生後2ヶ月では安心して食事ができたのが1歳弱になった折にはそれがかなわなくなっていた!
バーミヤンに備わっていた設備は「寝返りも打てない赤子用のカゴ」と「小さな子ども用の椅子」の2種であって、その中間の「大きい赤子用の椅子」はなかったのだ。
なんと盲点。
ちなみに、今どきはよっぽど大人向けの店でない限り大抵の飲食店に「小さな子ども用の椅子」が置いてある。しかし「大きい赤子用の椅子」は子連れ歓迎をアピールしているようなチェーン店くらいにしかない。(スシローとか)
そして私はてっきり、バーミヤンにもそれが備わっているのだと勝手に思い込んでしまっていた。
着席して水を飲んだ後に「やっぱり帰ります〜」などと言うのも悪いので、すぐに食べられそうな物を注文し、子どもを抱えたまま急いでかっ込み、ぱぱっと退店した。
これにて一件落着。
ちなみに、「小さな子ども用の椅子」を「大きい赤子用の椅子」に変えるための簡易ベルトがこの世にはあり、これを機に購入したので以来同じ困り事は発生していない。
最近Youtubeの調子がおかしい。チャンネル登録しているのにも関わらず、5分以上チャンネル登録していないと投稿できませんとの表示でコメントが出来ない。
そして今日、アドブロックやその類似機能(倍速化のやつ)を使っていないのにも関わらず、アドブロック使用の警告が出た。
ぶっちゃけると去年の7月辺りまではアドブロックを使ってた。理由は今から四年前の2020年5月に投稿したゲームのプレイ動画がスパムと誤認されて一発BANにしまったからだ。
異議申し立てしても音沙汰なし。なのでアドブロックを使ってサービスをフリーライドし、利益供与しないようにして報復していた。
だが、去年の7月頃にアドブロック対策が本格化されると聞いて流石にアドブロックを外した。暫くは広告の嵐だったがマイアドセンターを駆使することで徐々にましになっていった(一度も警告は出なかった)。
しかし、数日前から異様な程広告が爆増。トップページの動画サムネの三分の一ぐらいが広告で埋め尽くされる異常事態に。
理由はアカウントの推定される性別や年齢層の表記が消え、言語:日本語のみになってしまったため、関連性の無い広告が一気に出てきてしまったのだ(広告主も広告費無駄払いでいい迷惑だろう)。
ここで、時系列を整理する為にメインやサブ(ブランド)アカウントの状況を示しておく。
最初のメインアカウントは2013年頃に作った一番古いやつ(当時のGoogle+とも連携していた)。ここで奇妙な不具合(コメントの無反映や動画サムネが全て真っ黒になる)が多数発生したため、サブアカウント1にチャンネル毎移転。
そのサブアカウント1が2020年5月に上記の通りBAN。異議申し立て後、一ヶ月くらいクールタイムを置いてサブアカウント2を作成。以降しばらくこのサブ2を視聴専用のアカウントとして運用。
しかし、サブアカウントでは個人情報設定で記入した生年月日や性別等の情報が反映されず推定のみになる為、上記の広告爆増事件が発生(以前も女性と誤認されて女性向けの広告が増えた事もあった)。
仕方なく個人情報が反映されるメインのアカウントに移行を開始。しかし、バグの呪いは解けておらず冒頭の状況に至る。
広告と言うものは無料のサービスを提供するのに寄与する一方で、一定数の利用者からは蛇蝎の如く嫌われると言う宿命を背負っており、
ある意味それは「インターネットの原罪」とも言える。(大昔のポップアップ広告が嫌われていた時代から全然変わってない)
そして、広告主サイドから見ても自社の製品を消費してくれないと利益にならず、興味がない人の為に広告費を無駄払いする羽目になる。
なので(詭弁ではあるが)アドブロックの使用を広告主に広告費を無駄払いさせないために正当化する、と言うのも主張の一つである。
しかし、サービス事業者からしたらたまったものではないので基本は平行線。議論は成立しない。
アドブロックの使用の是非は〇〇〇〇接種の話題と同じぐらいセンシティブなものだと筆者は考えている。
そして最後に、私の心の中でのGoogleの企業イメージは最悪を通り越して怨敵のレベルまで悪化した(誤BAN事件もあったので)。
正直、Youtubeのアドブロック規制は正当だし(だから使うのをやめた)、むしろ今よりも加速主義的にバンバン広告をねじ込んで、プレミアムへの加入を迫れば良いと思う。
そしてその結果はYoutube、ないしはGoogleに跳ね返ってくる事になるだろう。
もうYoutubeを見るのはやめて実家(ニコニコ動画)に帰ろうと思っています(勿論アドブロック無しで。国内プラットフォームだから応援したい気持ちもある)。
そうなのかな。
「それで、揉まれながら「付き合いたい」「彼女になって」っていわれて、今断ったらどうなるのかわかんなくて、いいよといってしまった。」
「バイト終わったら彼の家に行って、ふたりでお風呂入って洗いっこして、はみがきして、テレビ見て、彼が買ってきた新しいゲーム一緒にして、付き合ってるんだからえっちするよ? みたいな感じで、初めて男の人とえっちした。」
の間まで結構間隔あると思うけど、最初に家行った後に嫌な思いしたならそのあとバックレればよかったのに。
嫌だ、という気持ちをさっさと押し出せないあたりに意志の弱さを感じる。
あと、酷い目にあわされた感が強いけど、
「私も彼もお互いのことが好きじゃないってそこではっきりして別れてよかった〜思ってる」
34歳男
165cm 63kg
彼女は20代のときに3人。特に未来をイメージできず振ったり振られたりで別れた
酒は弱いので嗜む程度
タバコは吸わない
ギャンブルはしないけど、ソシャゲに年間8~10万円くらいは使っている
オシャレは苦手。ユニクロとか無印良品の無難(?)な服装をしていると思っている。
思い込んでいるだけかもしれない。
上にも書いたけど20代のときに3人くらいと付き合ったけどあんまり長続きせず別れた。
ディナー行って仲を深めたり、キスしたりセックスしたりはひと通り経験済み
仲の良い女友達は数人。2~3人で喫茶店で1日中過ごせるくらいには会話はできる。
あんまり遊びに行く男友達はいないけど、高校の友人は飲みに行くし(最近子育て中の友達が多くて行けてない)、趣味のつながりで会う友人も結構いる(こっちは年齢層が20代~50代までと広い)
婚活にコミットしていないと言われればそれまでだけど、恋愛や結婚に繋がる出会いはコロナ以降ここ数年全然ない。
ちなみにペアーズは課金を切って無料いいねだけ毎日押してるけど、1ヶ月に1人くらいしかマッチングしない。
楽器やってたので惰性で続けてる
演奏する方もあるけど、ライブを見に行くことも多い。アニソン系アーティストが多いかな。(坂本真綾とか澤野弘之とか)
最近原神はじめた。
ペアーズで無料いいねをひたすら押して、良さそうな人とマッチングしたら課金するの繰り返し
ペアーズじゃなくて婚活アプリにするか、結婚相談所に行くか、どうしようかと悩み中。
すんげー漠然としてるけど、会話がなくても気まずくないなと思える人。
付き合いが浅いうちからこんなの無理だって思うかもしれないけど、意外とあるんだよね。沈黙が心地良いというのが。
あえて書くならこんな感じか
・上は30代、下は20代半ばくらいまで
・どっちかというと喋りたがり
・仮に子どもをつくる場合は1人までなら働き続けてほしい。2人目をつくるのであれば要相談。ただ年収的には結構厳しい
・信頼してくれたらでいいけど、自分に対するモヤモヤをモヤモヤのまま内にしまわないでほしい。
・LINEは長時間の未読スルーはやめてほしい。既読スルーはOK。
書いてて思ったけど、お前やる気ねーだけだなと言われればそうだとしか言えんな…
周りの友人達が結婚して取り残されている感があるだけで、本当に望んでいる気が1ミリも感じない文章だ
だけど、友人を見ていると「婚活頑張った!」って奴は1人もいないんだよな。なんでだろうな
数年疎遠になっていた長年仲良かった友人から久しぶりに連絡があった。
電話じゃなくて、メッセンジャーで連絡があった。どうやら5年ぶりだったらしい。
彼とは20年ほど仲良くしていたのだけど、あることをきっかけに疎遠になってしまっていた。
彼は、既婚者で、かつ5歳ほど年上の女性と結婚していて、10年以上結婚生活をしていて、都内に新居まで購入していた。
あるとき、彼が地方都市に単身赴任になってから様子がおかしくなっていった。
個人的には当時、彼の性格から言って、火遊びはできても、浮気などはできないタイプだと思っていた。
しかし、あるときから急に嫁とは不仲だといい、別居すると言い出した。
少しおかしいな、と思ったが、単純に別居による不仲かもしれないので、あんまり触れないようにしていた。
あるときから、理由は言わなかったが、離婚に向けて進めていると言っていた。
ある日、離婚が成立したとの連絡があり、自宅のローンなども残っていたので、財産分与も大したことなかったという話をした。
個人的には、友人なので理由はともかく、負担が大きくなくてよかったね、と言った。
それから半年もたたないうちに、なぜか美人の新しい若い奥さんとの結婚式案内のレターが届いた。
どうやら彼女が初めての結婚、かつ地方のため、式をしないわけにはいかなかったらしい。
とはいえ、、、よくよく聞いてみると、新しい奥さんは妊娠していることも分かった。
離婚成立から間もないのに、、というかそこで全てがつながった。
彼は普通に何もなかったかのように結婚式案内という体で連絡をくれたが、なんとなく個人的に違和感があった。
結婚式も何となく気が向かないので行かず、その後数年は、SNSでも子供のことは一切触れられなかったが、ところどころに感じることはあった。
個人的には、周囲の仲間たちからだましていくスタイルは、若干不信感があって、その後連絡することもなくなっていた。
そんな友人からの連絡だった。
普通にやりとりしたし、彼からは相変わらずそういったプライベートの共有はほぼなかったけど、何となく違和感があった。
それまではそういった、不倫的な、すでに不貞は始まっていたが離婚して結婚、というケースは他の友達にもあったけれども、そういう友達は相談してくれた。
そういうしょうもないことを相談とか共有してくれた人々のほうが、信頼できるし、今でも仲良く連絡が取れる。
全てが見透けているのに、隠し通している彼にまだ不信感がある。
むしろ、バレバレなのに隠し通せていると思っているのが滑稽だし、正直、前の奥さんが不憫で仕方がない。
そんなことを、考えても意味がないのだけれど、彼との間にできた距離はこの後も、彼が打ち明けてくれるまで埋まりそうがない気がしている。
仲は良かったほうだったと自覚している。
自分が真面目すぎるのか、友人に期待をしすぎただけか、わからないけれども、、、子供が育っても、未だに全てを隠している彼は滑稽だ。
どこかでシコることはよく言われるような鬱憤と発散ではないという文章を読んだ。そこでは、主に男性の自慰が想定されていたが、それも当然で、たしかそれは男性学に関する文章だった。
ともかく、シコることは私たちが男根の権力を確認するために自らの意志でしていることなのだという感じの文章だった気がする。
ところで、私は百合が好きだった。
百合というのは女性同士の関係性を描いたものをさすジャンルの名前だ。
百合のことを好きになるのと同時期だろうか、いわゆる百合が異性愛に”めざめる”系でもシコるようになった。
百合が異性愛に”めざめる”というのは男根の力の極北のひとつであるように思われる。同性愛を、それを単に一時的な気迷いであるとしてしまい、異性愛の領域に引きずり込む。
百合を好みながら、百合が異性愛に”めざめる”作品でシコる。二重思考だった。
シコったあとは罪悪感に苛まれたが、やがて慣れた。
でも、最近、性行為を特徴づけるの男根であり、男根のないところに性行為はないとされた、といった感じの文章を本で読んで、自分がしてきたことの罪悪さが思い出されて、死にたくなった。
私腹を肥やすために外銀や美容整形に行くようなやつのためにも無償化するべきだと思いますか?
美容クリニックでは通常、外科医でなければ働けませんし、もし優秀な美容外科医がいなかったらブサイクなお兄さんお姉さんが自死してしまうかもしれないためメチャクチャ役に立っています。
↑こういう官僚を目指さず地域医療も担わず、自分を騙して社会の役に立っているんだと思い込んでる悪党のために国の血税を使うべきだと思いますか?みなさん。