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はてなキーワード: 成果物とは

2018-03-29

anond:20180329114353

だいたい新卒平均の月給が20万程度です。

すると年収360万(額面)

手取りは240万ちょっとですかね。

残業して400万程度だとしても月手取り23万くらいで

手取り年収は270万程度。

 

手取り500万は月割でも41万ちょっと

ボーナス計算しても31万なので、

年収600ちょっとないと厳しいですね。

 

面接時にぶつけてみては?いかがでしょう?

あなたにそれだけの価値があると判断されれば、実現するんじゃないかな?

新卒なら、実務経験がないので別の評価軸や学外での活動成果物必要になると思うけど。

 

ま、頑張って。

2018-03-28

anond:20180328145708

Goで書いた成果物引き継ぐ計画立てられんのか? おおん?

2018-03-27

anond:20180326151250

真の有能は他人仕事を丸投げする。自分で出来たとしても。自分でやったほうが早かったとしても。

トラブルが起こってもその保守他人に任せられるし、責任だって押し付けることができる。

苦労は未来の分まで他人押し付けて、成果物だけは自分のものにして、評価を上げる。

会社という構造もこれと一緒だよな。

苦労することに快感を覚えてるこの増田がそれを理解するのはまだ先のことだろうけど。

2018-03-26

カネが神様何が悪いのか

崇めて銀行口座信仰心をかき集めれば

それに相応する安心感成果物報酬が得られるし

昔居た会社や別れた元女房子供みたいに俺を裏切らないし

この神様って信仰するに値すると思うんだけど

たまに人に言うとドン引きされる。なんで?

2018-03-23

anond:20180323152205

わかる。Obj-Cとswiftで全く同じ成果物をひねり出せるんだけど、結果圧倒的にswiftの方が生産性は高い。

なんで、言語に拘る人で生産性言及してる人がいたらそいつの話には大体耳を傾けることにはしてる。

プログラミング言語成果物の種類や質を規定しない」

そこのhaskelとかほざいてるコンピューターボーイとか、反論カモン!

anond:20180323063935

担当者変えろ」ならマタハラパワハラかもしれないけど、「常時連絡が取れないことで当社に不利益が生じているので対処してくれ」なら業務上必要要求だよね。それにどう対応するのか(件の時短女性だけでなく複数担当にするのか、件の時短女性携帯持たせるか、など)はA社の問題で、そこに口出しするのは問題外だけど、たとえばそれによって成果物への対価が上がったとしたらその時点でまたA社と同業他社との競合になる、それだけの話だと思う。それだけのことなら、元増田が何かを気に病む必要全然なかった。だが、元増田全然違う選択をした。今回の件では、元増田の調整能力は残念ながら【低かった】と言わざるを得ない。慰めるつもりで書いてるのかもしれないけど、とてもとても「完璧対応」ではないよ。きちんと正しく要求を述べていたら全く違う結果になった可能性もある。自分の部下がやったら説教するレベル

……だけど、正直この程度のことは、本当は元増田理解しているんじゃないかなと思う。感情的にならなければ、上のように理性的対応することはそう難しくないのだからそもそも「何か言うとマタハラなのでは?」という妙な頭の働き方をしてしまったのは自分が「マタハラになりそうなことを考えていた」からなのでは? 「育児しながら仕事とかなめてんの?」とか「自分の子供よりこっちの仕事優先しろや。金貰ってんだろうが」とか「はいはい育休時短とれるホワイト乙www」とか、まあそんな。だから、A社が件の女性に気遣って複数担当にして常時対応可能になっていたとしても、自分の「もやもや」感は消えないと元増田はどこかで気づいていたのではないだろうか。結果、「何も言わなかった」のではないか

そんなわけで、元増田はその時短女性に「腹を立てて」いたんじゃないか、それが形となって現れたからこその「後ろめたさ」なのではないかと私は考える。もしそうなのだとしたらこういうのがまさに「言霊」とか「呪い」とかい案件だ。「人を呪わば穴二つ」と昔から言う。だから元増田は今回の件を反省し、この「後ろめたさ」を十分に噛み締めた方がいいと思う。今回のことは紛れもなく「あなたの思い」が一因となって起こったことだし、その「後ろめたさ」には十分理由があるのだから

もし、私の推測が完全的外れで、元増田が上のような可能性に「いやそもそも全く気付きもしなかった!」ということなら、元増田は今からでも菓子折もって「私の方がきちんと要求を伝えられず不満をため込み、結果契約を切ることになって申し訳なかった」とA社に詫びに行ってもいいくらいの案件。だけど、元増田は多分そうしないんじゃないかな。

2018-03-21

anond:20180321181143

いや成果物ないとは書いてないやん。成果物は、あります

そうなんでしょ?

paizaでSランク取れた

上位2%とかスーパープログラマとか年収450万とかそこらへんはまあフカしの煽り文句だと思うけど

経験者向け求人ならこれと何か成果物あれば本気でSE目指してるって熱意を示すのには十分だろうか

若者チャレンジしろ成果物社会迷惑かかる位がちょうどいい」

とか言うくせにいざ作ったもの事件起こしたら

「加減も分かんねえのか!!!!」とかブチギレるよね

特にブコメ

2018-03-09

anond:20180307234923

20年近く前の体験で、参考にならないとは思いますが、

「使えない」人間だと自覚がある、私の就職体験を書きます

エントリー数は忘れましたが、就活サイトを使った就職活動は全滅でした。

大学4年になって、新聞誌面内の求人広告(そういうのがあるのです)に、

興味のある分野の会社を見つけて、応募しました。

20年近く前とはいえ、就活サイトエントリーが当たり前の時代でしたが、

封筒履歴書と、簡単成果物を入れて送りました。

面接というより、3時間近くの面談を経て、採用されました。

でも、その会社ではぜんぜん上手くいかなかった。

まる2年働いて、人件費が成果に見合わないと、解雇されました。

その後、小売り業でアルバイトを続けるうち、

以前勤めた会社と同分野、別職種に、もう一度チャレンジしたいと思いました。

転職サイト職種名を入れて検索し、未経験OK求人に応募して、採用

ここでも選考は、新卒会社と同じく、面接というより面談でした。

その職種自分に合っていたようで、相変わらず使えない人間だったけれど、

頑張ればなんとかなりそう、という希望がもてました。

今は独立して、自分の食い扶持程度を稼いでいます

「そういう紆余曲折人生を送りたくないので悩んでいる」と思われた場合申し訳ありません。

ただ、就活でも就職先でも「使えない人間」で、コミュ障の私でも、

正攻法新卒面接ではなく、「面談」のような形でなら就業の糸口をつかむことができたこと、

なんとか自分でも働ける場所を見つけられたことを伝えたく、エントリーを書きました。

元増田さんの希望職種にもよりますが、就活サイトエージェント以外の求人に目を向けるのもよいかもしれません。

新聞求人広告なんてアナクロものおすすめしませんが、

転職サイトの未経験OK求人ネットで気になった企業コンタクトを取ってみるなど、

元増田さんの性格にあった、「別の方法」があるかもしれません。

元増田さんは、今、疲れ切っていて、自信もなくしていると思います

休めるなら、休むのもありかもしれません。

元増田さんにとって、自分に合った道が見つかりますように。

2018-03-03

外資コンサルティング会社を志望しているあなたへ働き方改革に騙

働き方改革をしています。』

そう謳っている会社は多い。

どの業界も人が足りなく、給与やりがいだけでなく、ワークライフバランスを餌に人を確保しようと躍起になっている。

うちの会社もそうだ。

はてな民には馴染みも深いヨッピー雇って記事にしてみたり、働き方改革に関する本を出したりといろいろとやっている。

https://codeiq.jp/magazine/2017/04/50831/

で、実際は、中身は何か変わっているのだろうか。

色々と変わった。

残業代の単価が安くなった

タクシー代の申請が糞面倒になった

・45時間以上の残業申請できなくなり、サービス残業になった

残業については、『原則禁止』と言われている。

その代わりにどうしろという指示はもちろんない。

クライアント明日までに資料を持ってこいと言っている。マネージャー明日までに資料を用意しろと言っている。

そこに『すいません、今月もう残業できないんで』なんていうことができるだろうか。

コンサルティング会社を名乗ってはいるが、弊社の主な業務SIだ。

まり、やっていることはN○Tデータや富○通、I○Mと変わらないのである

どの会社ハードワークでやっている。

SIでは大きなプロジェクトになると複数会社が入ってのシステム開発は珍しくないが、どの会社も遅くまで、時には土日無く働いている。

広告業界もそうだが、クライアントワークである以上、現状、体力勝負な働き方は避けられない。

イチサラリーマン身分で、何億円、何十億円の仕事に対して、『いやー、こういうご時世なんで、明日資料持ってくるような働き方なんてできないですよ』なんて言えるわけがない。

そんな中、どの会社も少しでも楽になるよう頑張っている。

銀の弾丸なんてない業界で、倒れない様に、病まない様にするためにギリギリのところで頑張っている。

そういう中で、平然と『うちは違いますよ。働き方改革ワークライフバランス両立ですよ』と言ってのけるのにものすごく腹が立っている。

もし、この某外資コンサルティング会社を志望しているなら、平日の夜に勝どきオフィスを外から眺めてみると良い。日付が変わってもいつまでも電気がついてるはずだ(赤坂オフィスは、人がいなくても電気がついているはず と公平を期す為に言っておく)

土日にオフィスを見てみても良い。こちらも電気いつまでもついているはずだ。

病んでいる人間パーセンテージも偉い人向けには公開されており、それを見せてもらったこともあるが笑えない数字だった。

この状況をちゃんと認めて、そしてできるところから改善していこうという考えではなく、外にはいい顔しておこう という考え方でどうなっていくか、お察しの通りだと思う。

私の観測範囲では、病んでプロジェクトを抜けていく人間過去最高に増えている。

最近大学リクルーター依頼のメールが飛び交っている。

自分の後輩にこの会社を勧める?冗談じゃない。

また、友人を誘ってくださいというメールも飛び交っている。

しかしたら、誘われたことのある人もいるかもしれない。

ただ、そこの裏には個人に払うには多すぎる、だが転職エージェントに払うには安すぎる、うまいなぁと関心する額の報奨金がぶら下がっていることは知っておいたほうが良い。

昔よりも残業代が下がり、青天井申請できた残業代申請できなくなり、しか仕事の量は昔と比べて減るどころか増えており。

クライアントには罵倒され、マネージャは「進捗どうですか」を聞くだけマシーンだし、中国メンバーの出してきた成果物は相変わらず意味不明だしと、自分能力があればとっくに転職している。

逆にいうと、現在残っているのは私を筆頭に能力のない人間ばかりだ。

昔は、賢い人たちが、賢いことをやって、高額の給与をもらう会社だった。

コンサルティングという当時は聞き慣れない言葉を使って、あこがれられる存在だった。

未だに、会社名を出すと『すごいですね』と言われることが多い。

未だにそういうイメージがあるのだ。実態はかけ離れているのに。

そのイメージを守ることに長けたマーケティングに、就活生や転職を考えている人たちが騙されないことを切に祈っている。

長くなってしまったが、言いたいことは三点で

・うちの会社に騙されるな。すべてはマーケティングの賜物だ。人生大事なら、就職転職候補に入れるのはやめよう。

あなたエンジニアであれば、悪いことは言わない。GoogleなりMicrosoftLINEなりメカリなりを目指そう。

コンサルタントを志望しているのであれば、ITコンサルなんていう中途半端な(どの会社実態SIだ)業種はやめよう。本当にコンサルがやりたいなら、マッキンゼーなりBCGなり目指そう。

となる。

このせっかくの売り手市場求職者たちがみんな幸せな道を見つけられることを祈ってます

2018-03-02

anond:20180302192837

うーん

世帯という一つの成果物を作るための役割分担であって

「食わせてもらってる」という言い方はやっぱり違うんじゃないのかなあ。

総務課が営業課に食わせてもらってるって言ってるみたいな感じがするよ。

増田の言ってることは総務課の業務量が少ないんじゃないか?って話で、それには同意するんだけど。

2018-03-01

無償の愛」はどこにも存在しない

無償の愛とは、見返りが一切無いのに行動することを示すこととする。

人は、何か行動するときに「見返り」をもらっていると思う。

仕事をしていれば、「対価」という見返りを要求し、

物を作っていれば「成果物」を見返りとして得ている。

人に道を教えた場合「ありがとう」という感謝の見返りを得、

言われなかったとしても「良いことしたなぁ」というプラス気持ちの見返りを得ている。

子供を産むのも「可愛い子供を見たい」「子供産めって言われなくなる!」という見返りがあるし

子供を産まなかったとしても「自分時間」という見返りがある。

すべてにおいて、見返りはある。

そう考えたら「無償の愛」はどこにも存在しない。

「私には無償の愛がある!」なんていうやつは大馬鹿者。ただの自己満足

anond:20180301165520

[] #51-1「ノットシューゴ」

受け手にとって最もコスパに優れた大衆娯楽はアニメである

そして作り手にとって最もコスパに優れていない大衆娯楽はアニメである

……というのが作り手側である父親の談だ。

その言葉にどれほどの大した理屈があるか俺には計り知れないが、20ちょっとアニメに多くの人手や時間、金がかかっているであろうことは想像に難くない。

とはいえオープニングやエンディングスタッフロールを真面目に眺めてなお、そこに実感を覚える受け手はそこまでいない。

アニメというものは、多くの人で一つのものを作り上げた成果物こそが重要であり、個の力がモノをいう世界ではないからだ。

これも父の言葉だ。

だが、それでも一つの“個”が変わったり、なくなったりすることで甚大な影響を与えることもあるらしい。


…………

父の所属するスタジオハテナアニメーション』、通称『ハテアニ』。

そのスタジオ看板アニメといえば『ヴァリアブルオリジナル』、通称『ヴァリオリ』だ。

このアニメが世に出たのは今から数年前。

当時、そのスタジオ大衆にウケようがウケまいが、ひたすらアニメ制作を続けることで成り立っていた。

しかしある時期、元請け会社から企画がこないという事態が起きてしまう。

金を払ってまでアニメ化したい原作がなかったのだ。

まり自転車操業であるにも関わらず、仕事がないという崖っぷちに立たされていたのである

そこで苦肉の策で立ち上げた企画が、オリジナルアニメ制作

下請けや、原作ありきのアニメばかり作っていたスタジオにとって敗色濃厚な企画ではあったが、それでも何もやらないよりはマシだったのである

企画体裁が調っても問題は山積みだった。

中途半端な時期に立ち上げた企画だったため、スケジュールの都合で外注していられない。

しかも優秀なフリーランスアニメーターはことごとく別の会社に持っていかれている。

セールスポイントがないに等しいのでスポンサーが少なく、予算も少ない。

このため、自社のスタッフだけで作画はもちろん、背景も音楽制作するハメに。

メインキャスト無名かつ新人声優ばかり。

そんな状態で作られたアニメが『ヴァリオリ』であり、スタッフの誰もが期待していなかった。

実際、当初は一部のオタク冗談半分で持て囃していた程度だ。

しかし、これがまさかの大ヒット。

まりにも予想外の事態に、関係者オタクたちがこぞって、その理由について様々な考察をした。

しか結果論の域を出ず、最終的には『ヴァリオリ現象』という言葉が残るのみとなったのだ。


こうして偶発的に広がった『ヴァリオリ』旋風の影響力はすさまじかった。

大ヒットしたアニメというものは、社会現象を起こす。

有名なのが『ヴァリオリ・アレ事件』だ。

きっかけは、劇中で主人公が発した「あのチェーン店の“アレ”美味かったよなあ、今じゃ販売してないけど」という何気ないセリフ

それがチェーン店社長の耳に届き、なんと実際に期間限定再販されたのだ。

そして熱烈なファンチェーン店に押しかけて、後には何も残らなかったというのは、今でも『ヴァリオリ伝説』として語り草だ。

そんな『ヴァリオリ』も現在は当時ほどの熱狂はないが、放送が深夜からゴールデンに移行して第三シーズンも始まるなど、成熟の段階になっていた。

色んなグッズが出たりなど、様々なメディアで引っ張りだこなのも変わらない。

しかし熟したものというのは、えてして腐敗の道が待っている。

順風満帆に見えた『ヴァリオリ』だったが、その裏では暗雲が立ち込めていたのだ。

次 ≫

2018-02-28

anond:20180228140522

ドヤ顔がつらいって、上司にもチーム仕事に向いてないんじゃないか

若者ドヤ顔成果物出してくるなんて微笑ましいじゃないか

2018-02-20

面倒くさがりなやつは深夜に作業をやるといい

私は自他ともに認める超面倒くさがり屋なのだが、

最近変な癖がついて、深夜になら面倒くさい作業ができるようになった。

知見をもとに以下に手順を書いてみるが、真似できるのか、真似していいのかはわからない。

  • まず、やらなきゃいけないことを用意する。
  • それには手を付けず、深夜2時くらいまでダラダラする。
    焦燥感を持ったところでどうせやれないのは明らかなので、思い切ってぐうたらすると良い。
  • 深夜2時くらいで、よし作業しようという気持ちを高める。これが難しい。
    そんな気が起きないなら覚醒度が高すぎるので、再びぐうたらする。やる気になったら眠くてもOK
    5時くらいになってもやる気がでないならその日は諦める。仕方ないことなので自己嫌悪しない。
  • 6時くらいになったら寝る。この時点ではかえって寝るほうが大変なので、気長に寝る。するとすぐ起きる。
    いつになく頑張った感も手伝ってその日仕事行っても意外となんとかなるが、予定のない暇な日にするのが無難だろう。
    休日前にやる手もあるが、休日前は明日やればいいや感(やらない)を乗り越える必要があるので難易度は高い。

要は、面倒くさがりに対してまともに対処するのは諦めて、

脳みそをいい感じにバグらせて強引に突破するわけだ。

普段なら他の娯楽に逃げるところでも、

深夜ならそれ以前に寝たほうがいい気がするので脇道にそれづらいし、

また寝ようにも中途半端覚醒していて寝付ける気がしないので、

結果仕方なく作業を続ける、といったベスト状態を保つことができる。

当然健康には悪そうだが、先延ばしにするのもそれなりにストレスなので割り切っている。

ただ、濫用するのは脳が適応してきそうなので控えたほうが良いと思う。

2018-02-17

自動流れるトイレが嫌

ちゃんと成果物見てから流したいの!

あと高確率でお尻拭いてる時に流れるから二度手間なの!

2018-02-16

先読み話題だけど、先読みして本題ではない質問から入ってくる人苦手。

明日、ひま?」←(先に用件を言え)

「この成果物、どうやって作った?」←(成果物の不備を指摘したいなら不備を先に言え)

2018-02-13

漫画家声優結婚ニュースに心底うんざりした

たか…よくあることだと思うがペアを組んで仕事をする男女が結婚してしまパターンを見るのが嫌いだ

仕事相手パートナーに手を出すことが不謹慎だとは思わないのか、ストイック自分のやるべき作業に専念できなかったのか

クリエイティブ時間を共に過ごし、成功や失敗を一緒に体験することで情が移るのはわからんでもないが、セックスまで至ってしまうなんて結局見境ない動物じゃんとしか思えない、尊敬できない

仕事成果物のみで判断すべきだとわかってはいるが、こうして考えていると作品まで不純な目的の汚れたものに思えてきてしま

プロアマジャンルわずそういうカップルは多くいると思うが、色恋沙汰に全く縁のない男女ユニットも何組か知ってるし、そういう人らは本当に偉いと思う

2018-02-08

幸せ見出し方が分からないまま社会に出ることになりそう

与えられた時間の中でどこに幸せを見いだせるか、自分はそれが分からいまま社会にでることになりそう。

今22で、春から働く。卒業まであと1ヶ月半くらい。

10はいつか終わる、生きていればすぐに終わる」

これある歌の歌詞なんだけど。

当たり前なんだけど、こんな心にくる言葉久々だった。

気づいたら20代も終わって、30代も終わって……ってなるのかな。

当たり前だけど与えられた時間平等なんだよね。

自分趣味といえるほど情熱を注げる趣味はないし、特技といえるほど誇れる特技もない。

友達だって多いわけじゃない。深い人間関係って作れない。昔いじめられてたし、家庭は不和だったからなんか人って信用できない気持ちが先行しちゃう。そのかわり浅い人間関係とかは大得意、みんな愛想のいい物腰柔らかな人って思ってると思う。

彼女もいるけど、配属が東京じゃなかったら別れよう宣言もされてるし、なんなら彼女浮気性なの知ってるし。心の底から信用できてない。好きには好きだけど。

勉強だけは何もしなくてもできたから、東京一工に現役で通えてる。でもそんな肩書き社会に出たらサヨナラだから意味もないってよく言われる。もっといえば、勉強自分死ぬ思いで努力して勝ち得たような成果物じゃないから、褒められたりするのに違和感があるし、なんならむしろたまたまちょっと先天的に優れた点を褒められている気がして不愉快イチローみたいに努力して得た人の方がかっこいいじゃん。



10はいつか終わる」


これはある意味そうやって認識することで、幸せの着地点を認識できるようにする言葉だと思う。

終りがあるから「ここで幸せだったんだな」とか「いまこの瞬間を楽しもう」とか思えたんだろうな。

自分場合、そういうことが分からずに、正確にはほぼ終盤でそういうたぐいのことを認識させられて絶望している。

趣味、特技、友人、恋人家族、全てが中途半端状態で、悩んで苦しんでいてもSOSの出し方が分からず、かといってちょうどいい所で幸せを見出すことも分からず、、。

今後数十年生きられる自信がないなぁ。不謹慎だけど、自然災害とか交通事故で「残念ながら、運悪く、無念で死んだ人」って浅い人間関係の友人とか家族とか、裏切られがちな恋人にそう思われながら死んだら一番幸せな終わりに見える。早く、早く、終了イベントがきてくれ。

限界は近い。

2018-02-05

から私はアーティストを名乗らない

まずはじめに一言述べておく。私はデザイナーだ。

強いて言うならグラフィックデザイナーだ。

世間一般にはデザイナーアーティストも似たようなもんだと思われているかもしれない(私自身もまあ近い存在だとは思っている)が、私は自分立場としてアーティストは名乗らない。

これには理由がある。ちょっとその経緯をまとめてみた。

私は仕事で様々なものを作る傍ら、時々SNS自主制作として作品投稿したりしている。

この作品というのも普段案件デザインするものと同等の物を目指して作っている。つまりは、その作品仕事成果物としても通用するレベルの物だということだ。

そのためにはクライアントの満足が必要だ。

あくま自主制作なのでクライアント自分(笑)だが私はネット上の不特定多数クライアントとして見ることにしている。

ではそれらの人々が満足してくれるには何が必要だろうか。

私は、「理解し納得できること」だと思っている。

例えば「牛乳」をテーマにあるロゴマークを作ったとする。そのロゴには商品名に加え牛乳を感じさせる要素(牛、牧場牛乳瓶、みずみずしさなど)を含めたい。

それらをすべて網羅してまぜこぜにして図案化すれば確かにいろんな要素を含んでいてリッチそうではある。この段階においては入れたい要素を盛り込んだただのアートである

だがそれだけでは焦点がぼやけてしま理解につながらない。

まず何を一番伝えたいのか。商品名か、おいしさか、それとも牛か?それを決定する。次に付随する要素を厳選し、先の要素を打ち消さないように追加する。

といった感じで取捨選択しながら図案に落とし込んでいく作業必要だ。

これが難しい。要素を入れすぎれば複雑怪奇になるし、逆に減らしすぎれば伝えたい事が伝わらない。なおかつそれを一つの図案に集約し、見た目が破綻しないように形を整える必要がある。ただ形を整えるだけではダメで、インパクトを与えるためにある種特徴的な意匠必要だし、何より不特定多数が見て説明を受けたとき理解できるものでなければならない。

こういった「人に理解してもらえる意匠設計する」プロセスデザインである(と私は考えている)。

まあ簡単に言えばデザインは制約付きのアートといったところだろうか。

ここまで作業の流れをざっと説明してきたが、私のデザイン自主制作はまだ終わりではない。

作品ネット上に投稿反響を見る。(←これ大事テストに出る)

おもにTwitter, Tumblr, Behanceなどに載せるが、いいねRTやその他のアクティティ数字として見る事ができる。時には見た人から感想(賛否両論)をもらえることもある。「数字なんて関係ない」と反論されるかもしれないが、数字は正直であるそもそも最終目的に「見た人の満足」を挙げているので私にとってここまで含めてデザインである

私のやたら細かいデザイン観についてご理解いただけたところで先日起こったある事件お話をしよう。

先日Twitterにてこんなメッセージをもらった。送り主をA氏とでも呼んでおこう。(ちなみにFFから失礼された)

あなた作品をよく拝見しております。いろんな作品を作っていらっしゃいますが、結構〇〇(とある技法、素材やジャンルではない)を使ったもの投稿しておられますよね。△△△(私の作品名)や▲▲▲(私の作品名)は良かったのですが、最近のXX(私の作品名)はちょっと〇〇としては面白くないというか正直〇〇の作品には相応しくないのでこういった使い方は遠慮してほしい」といった次第である

はぁ〜そうきたか

少し想定外であった。私は〇〇をデザインの一部(前述した特徴的な意匠の一つ)として利用していただけなのであるが、どうやらA氏は〇〇のそういった使い方が気に入らないようであった。A氏とは面識も交流もなかったので、いろいろ調べてみたのだが、どうやら〇〇界隈では有名というか第一人者積極的に〇〇の研究や界隈のつながりに寄与されているらしい。

〇〇界隈について調べてみた。〇〇を使った作品制作している方々が多数いたが皆一様にこの作品は〇〇です、と言っているのである

〇〇と明記することで界隈のつながりは広がるかもしれないが、ただの技法固執するのにはすこし疑問をいだいた。

(念のために書いておくが、〇〇は技法であって、素材やジャンルではない)

絵に置き換えてみればわかるが、要は遠近法使ったよ。遠近法すごいでしょ。俺らの遠近法を見てくれ。と言っているようなものであるちょっと違和感を感じた。

試しに〇〇界隈の作品を眺めるとどうも洗練度がたりない。なぜだろうか。デザイナー目線になってしまうのだが手法固執するあまり他の要素がなおざりになっているようである

これは面白くない。〇〇は表現上の単なるテクニックに過ぎない。界隈の人には悪いが、手段目的化してはいないだろうか。

大事なのは何を作るかであるアートだろうとデザインだろうと、どこに出しても通用する作品としてきちんと完結していることが大切だし、未熟だとしても目指すべきところである別に最初のうちは技法にこだわっても良いかもしれない、そうしているに作品自体の質が大事だと気付けることだってある。しかしどうも〇〇界隈を注視して見た限りではそういう発展が見られない。むしろ私にメッセを送ってくるあたりからしだんだん閉鎖的になっているのではないか心配になってきた。

なんか廃れゆく伝統産業を見ている気分だ。

私は別に〇〇が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。だから積極的デザインの中に取り込んだり応用して独自表現方法を考えたりしている。

そしてそういった技法適材適所に使ってもっと広めていきたいと思っている。そのためには前述したような「誰もが理解し納得できる」形のものデザインする必要がある。

美を追求する点においてアーティストデザイナーも違いはない。だがデザイナーには確実に人に理解させ納得してもらえるものを作るという使命がある。

から私はアーティストを名乗らない。

私はデザイナーである

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