そして作り手にとって最もコスパに優れていない大衆娯楽はアニメである。
その言葉にどれほどの大した理屈があるか俺には計り知れないが、20分ちょっとのアニメに多くの人手や時間、金がかかっているであろうことは想像に難くない。
とはいえオープニングやエンディングのスタッフロールを真面目に眺めてなお、そこに実感を覚える受け手はそこまでいない。
アニメというものは、多くの人で一つのものを作り上げた成果物こそが重要であり、個の力がモノをいう世界ではないからだ。
これも父の言葉だ。
だが、それでも一つの“個”が変わったり、なくなったりすることで甚大な影響を与えることもあるらしい。
父の所属するスタジオ『ハテナアニメーション』、通称『ハテアニ』。
そのスタジオの看板アニメといえば『ヴァリアブルオリジナル』、通称『ヴァリオリ』だ。
当時、そのスタジオは大衆にウケようがウケまいが、ひたすらアニメの制作を続けることで成り立っていた。
しかしある時期、元請け会社から企画がこないという事態が起きてしまう。
つまり自転車操業であるにも関わらず、仕事がないという崖っぷちに立たされていたのである。
下請けや、原作ありきのアニメばかり作っていたスタジオにとって敗色濃厚な企画ではあったが、それでも何もやらないよりはマシだったのである。
中途半端な時期に立ち上げた企画だったため、スケジュールの都合で外注していられない。
しかも優秀なフリーランスのアニメーターはことごとく別の会社に持っていかれている。
セールスポイントがないに等しいのでスポンサーが少なく、予算も少ない。
このため、自社のスタッフだけで作画はもちろん、背景も音楽も制作するハメに。
そんな状態で作られたアニメが『ヴァリオリ』であり、スタッフの誰もが期待していなかった。
あまりにも予想外の事態に、関係者やオタクたちがこぞって、その理由について様々な考察をした。
しかし結果論の域を出ず、最終的には『ヴァリオリ現象』という言葉が残るのみとなったのだ。
こうして偶発的に広がった『ヴァリオリ』旋風の影響力はすさまじかった。
有名なのが『ヴァリオリ・アレ事件』だ。
きっかけは、劇中で主人公が発した「あのチェーン店の“アレ”美味かったよなあ、今じゃ販売してないけど」という何気ないセリフ。
それがチェーン店の社長の耳に届き、なんと実際に期間限定で再販されたのだ。
そして熱烈なファンがチェーン店に押しかけて、後には何も残らなかったというのは、今でも『ヴァリオリ伝説』として語り草だ。
そんな『ヴァリオリ』も現在は当時ほどの熱狂はないが、放送が深夜からゴールデンに移行して第三シーズンも始まるなど、成熟の段階になっていた。
色んなグッズが出たりなど、様々なメディアで引っ張りだこなのも変わらない。
順風満帆に見えた『ヴァリオリ』だったが、その裏では暗雲が立ち込めていたのだ。
≪ 前 某日、『ハテアニ』の親会社にて。 『ヴァリオリ』の総監督であるシューゴさんが呼び出された。 「何故ここに呼ばれたかおわかりになりますでしょうか」 親会社の重役が、...
≪ 前 実のところ、重役たちは監督降板を半ば予定していた。 これまでのシューゴさんの態度を顧みるに、今回も改善の余地は見られないであろうことは想像に難くない。 監督降板を...
≪ 前 こうしてシューゴさんの監督降板の報は、瞬く間に広がっていった。 様々なSNSサイトで『ヴァリオリ』関連の話が頻出し、いずれも阿鼻叫喚の様相を呈していた。 「あの俗悪の...
あのさ、お前の書く話、すっげーつまんねえのわかるか? つまらねえ話はいい加減やめろよ。 そんなにやりてえなら 小説家になろうにでもやってろよ
≪ 前 俺は呆れ果てて何も言えないでいたが、同じくクラスメートであるタイナイが、カジマの蛮行を嗜めた。 「ちょっと待てよ、カジマ。そんなの撮っちゃダメだ」 タイナイは俺た...
≪ 前 父はシューゴさんをファミレスに呼び出した。 内容が何であれ、必ずファミレスで話をする。 それが父たちの間で自然と出来たルールだった。 「形骸化して名前だけが残って...
≪ 前 某日、『ハテアニ』の親会社にて。 「これを見てください」 フォンさんはそう言って、ダンボール箱を机に勢いよく置いた。 その中には、シューゴ監督の降板に対する抗議文...