はてなキーワード: 口約束とは
健康面が気になってきた母にApple Watch を使ってほしいと思い、週末、共にApple Store に足を運んだ。
いまどきネット上に情報はたくさん載っているが、Apple Watch の多様なバンドから満足いくものを選ぶにはやはり実物に触れるのが一番だろうと考えたためである。数年前に自分用のApple Watch を購入した際も、店頭で実物を確認できたおかげで、今でも愛用し続けられるものを選ぶことができた。
Apple Store はそこそこ混雑していた。Apple Watch のコーナーに着くと、母は大きい机の中央に立体的に展示されているApple Watchを手に取ろうとした。すると「それは固定されてます」と店員に声をかけられた。Apple Watchを毎日使っている自分でも、てっきり充電のマグネットにくっついているだけかと思ったので驚いた。何も注意書きが無いので見抜けるわけがない。
机の手前で手に取れるApple Watchやバンドを試していると、店員が机の電子ロック引き出しに収納されているバンドや本体を取り出すために、そこを退くように言う。母は何度目かで引き出しを開けるのに邪魔にならない角に移動したが、空いた空間にすぐ新しいお客さんが入り、またすぐ店員が引き出しを開けようとし、客に退くように指示する光景が繰り返された。
なぜそんなに頻繁に開閉する引き出しを、毎回客をどかさなきゃいけない場所に配置したんだ?設計ミスでは?人が少なかったらカッコよく商品を見せられるんだろうけど、こう混雑している店内では店員と客双方にとってただただ面倒を増やしているだけの存在だ。
その後、タブレットを渡され、実物が展示されていない壁際の方で見たいものを選んでから来るようにと展示スペースの机から追い払われる。まあ混んでるから仕方ない部分もあるけど、こっちは実物見て触って比較するためにわざわざ実店舗来てんだけどなと思いながら渋々移動する。
壁際でタブレットと睨み合ってる間も、展示スペースでは「それは固定されていて取り外せません」「引き出し開けるのでどいてください」「壁際でタブレットで選択してきてください」が繰り返し繰り返し繰り返しアナウンスされていた。はっきり数えたわけじゃないが、それぞれ最低5回は言われていたと思う。もう注意書き書いて貼っておけばいいのにと思った。
やっと母がタブレットで選択し終え、展示スペースに行き商品を出してもらい、試し、続けて他のバンドを試すためにまた出してもらおうとすると、すかさず「壁際でタブレットで〜」と言われる。タブレットで選択されていない、曖昧なリクエストは聞いてもらえないようだ。
一度にたくさんの種類のバンドを出してもらって比較できないか頼んだが、また「タブレットで〜」と言われる。どうやら、1つずつタブレットに表示して店員に依頼し引き出しから取り出してもらうのを繰り返すしかないらしい。頻繁に開閉される引き出しの原因はここにあったか。
一度にたくさん出さないのは万引き防止的な観点もあるんだろうが、いちいち壁際と展示机を往復するのでは比較もしづらい。もう一挙手一投足ガン見しててくれてかまわないから、全バンドに盗難防止チェーンくくりつけてあってもかまわないから、同時に比較させてくれよ、と思った。
曖昧なリクエストには応えてもらえないし、店員は刺青入りでガラが悪いし、もうApple Store が人間の店員を配置している目的の内訳が、ホスピタリティ0.02% 監視99.98%なんじゃないかとさえ思った。
だいぶモヤモヤしていたが、出かける前に既に母と口約束をしていたのもあり、結局Apple Watchは購入した。
正直良い購買体験は得られなかったので、今後Apple Storeに行く気にはあまりなれない。
「シングルマザーが子どもを餓死させたら叩かれるのに、養育費払わない元夫が特に非難されないのはどうして」という話が定期的に出るよね
まあ、妊娠中は母親だけが子どもから逃げることはできないのだし、産み捨て問題は男も責任取れよって思うんだよ。
シングルファザーが子ども餓死させてもやっぱり叩かれるし、元妻が養育費払ってなくてもさほど非難されない。っていうか養育費払わない男より非難されない。
要は、子どもの養育者になった時点で負けで、「金だす」って口約束して逃げたほうが圧倒的に勝ちということでしかないわけじゃん?
養育権を取ったらそれに伴う責任も発生するし、養育権取らなかったら逃げても特に文句は言われない、そういうものなのに、なぜか、父母とも逃げて子どもは施設に入るパターンより、養育権の取りあいで揉めてるパターンのほうが多いよね。
小1で別居してもう5年の父親だよ。
まずは月イチの親子交流を問題なくこなすこと。それが当たり前のようになることが大事。
トラブルになって、以後会えなくなってしまった、なんてことがないように。
約束を破られそうなら、親子交流について公正証書を作っておけ。
2歳から漫画のことなんて考えてもしょうがない。2歳なら父親だという認識もこれから芽生えるのでは。
とにかく、月イチで会っているのがお父さん、と認識してもらおう。小学校入学まではそのくらいで良いのでは。
次に、何年かかけて、月イチ面会で本(漫画)などを与える(一緒に買う)のが当然のイベントのようにする。
母親に黙って与えたりしたら、金品で子の気持ちを惹こうとする、と言われるかもしれないぞ。
儂はまず、誕生日(5月)とクリスマスの機会限定で、3千円まで本を買い与えることを許可された。
そこから数年、今は毎月の面会交流時に本を2冊買ってあげることまでなった。
別居から離婚して、早5年、小学校6年だけど、どんな本を読みたいか、どんな本が欲しいか、など話すのがとても楽しい。
娘に毎月1巻ずつハリポタを読ませようとしたら面白かったから翌月の親子交流時に全巻読み終わったと言われてびっくりしたり、呪術廻戦やフリーレンの話題で盛り上がるなんて思わなかったよ。
増田も頑張ってくれ。
(追記1)
結構反応があってびっくりした。はてのちゃんからもコメントをもらって嬉しい。
ちょっとだけ補足。親子交流に関して、現状を知ってもらいたいので。
→親子交流の実態は変わらないと思う。儂は、面会交流も調停から審判で決定した。
話し合いで決まらない場合、裁判所が決める親子交流の相場が「月1回、2時間」。ただ、双方が離れて(東京と大阪とか)暮らしていたら、もっと少なくなるかもね。
共同親権になったからといって、親子交流そのものには影響がないと思う。非監護親が親権があるからと言って、監護親の生活に割り込むことが認められる訳ではない。
・会えなくなる親が多い
→両親次第だと思う。母親も(当初)1−2年は2ヶ月くらい面会交流を平気でキャンセルした。
裁判所が審判書を作成しているので、間接強制(会わなかったら月◯◯円支払え、と家裁に申立てる)をかけることにしたら、以後は毎月守るようになった。
うちは第三者機関を利用して、双方の親同士が絶対会わないようにして会っている。
離婚するくらい、嫌っている相手同士、没交渉になりがち。第三者機関が連絡を取ってくれるので、毎月会えている。
公正証書を作れ、というのは親子交流を確実にするためだ。口約束なんて、ちょっとしたところで反故にされる可能性がある。
(追記2)
この夏休みの娘のブームが、横山三国志(漫画)から吉川三国志、薬屋のひとりごとから、本好きの下剋上。
父親としては、まだ読んだことのない本も教えられて、慌てて大人買いして話題についていこうとしている。
元増田が釣りかどうかはさておき、親子で好きなことで話ができるのは楽しい。
(追記3)
誘拐被害者、離婚しても子どもと会いたいものなんだね、他の女探そうぜ
→指摘ごもっとも。人によるのでは?
連れて家を出たときは、刑事事件として訴えることも考えたし、相手の代理人弁護士をあの手この手で下ろすことも考えた。今でも恨みはある。
別居以降も月イチでも会うのは、儂は娘が可愛いし、成長していることを感じたいから親子交流をしている。
親子交流と養育費は等価交換の条件ではないし、世の中には子には会わず、養育費だけ支払っている親だってたくさんいると思う。
会うのを止めたら、今後も会えなくなるのが怖い。今の月イチ、というのがちょうど良いと思っている。
(追記:ここに邪推している人がいてびっくり。月4日しかない休みを父親と会うために何日使うか、と考えて月イチが母子の生活を邪魔せず、ちょうど良いと思うだけだよ。習い事もしているし、今後は中学で部活や友達と遊びに行くことも入ってくる)
(追記4)
第三者機関について。
親子交流で、一方の親の拒否感が強い(非監護親に会いたくない、近くまで行くのもいやだ)場合に、面会交流を手伝う目的で作られている機関。
調べれば結構でてくる。
親の間の連絡係だけのところや交流当日に付き添う(何かあったら通報する)だけのところから、日程調整と当日の付き添いまで、色々。
うちは、日程調整(機関のスタッフを介して、日程を決める)、交流の場所を提案、母親から良い、という返事をもらって確定。
双方、スタッフを介して親同士が遭遇しないように当日の移動経路も決める。(父親JR駅、母親東京メトロ、みたいに)
最寄り駅で母親からスタッフが子を預かり、父親が待っている場所に移動。
面会交流中はスタッフはじっと付き添っている。遊園地などでスタッフの入場料などは両親持ち。
時間まで交流したら、解散。スタッフが子を連れて、母親の待っている場所につれていってくれる。
利用料、スタッフさんの交通費も合わせて、2時間で3−4万くらいかな。
審判で折半となったので、母親と半々負担。こちらの負担は月1万ちょっと。遊園地などでかかった金も折半なので、そこは養育費から引く。
(これも審判で裁判所から決められたことなので母親側が拒否できない。間接強制をかけている)
緊急事態宣言が出ていた時は当然やっていない。面会交流機関自体が活動を止めていた。
緊急事態宣言が終わっても、入場制限をしていた上野動物園やディズニーランドは抽選を乗り越えて観に行ったな。
後は、双方どちらかが、体調が悪い時は会っていない。
自分はセクシー田中さん事件の調査報告書を両方読んでるんだけど、大企業同士でさえスタートが曖昧なままに仕事が開始される現状が書かれていたよ。
その形がベストだと思う。
最終的な双方の納得があればいい。そこに至らなければ関係が続かないのも、それはそれで世の中のあり方だ。
私は友人や家族だろうと、たとえ数百円だろうと仕事ならカネをもらうべきだと考えてる。
だが増田さんの友人同士ではカネのやり取りはしないポリシーも、それはそれでリスク回避のためにはいい思想だと思う。
この節の反省の納得感が高い。まるで私自身が同じ人生を歩んだように読めてしまった。
烏滸がましくて失礼だが、たぶん、同じ結論に至るだろうと思う。
LINEの既読無視とか、それをフォロワーと陰口とか、探りを入れるために実験する強引な手段とか、匿名ダイアリーで晒す(批判の意図はないにしても)とか、まぁ、うーーん、と思うけど、あらゆる場所に誠実さがあるわけではないし、人生は複雑だ、と思った。
「私はAを許さない」という覚悟の読み方は色々あると思うけど、「自分自身の意思で責任をもってAとA的価値観を私の世界から締め出す」と読みました。
●はじめに
これは相手に向けて書いたものではなく、相手を批判する意図はない。
もしこれを読んで相手を批判しているように思えたのならそれは私の表現力の乏しさによるものである。
また、フェイクを入れずに書いているので、両者の友人知人は「もしや」と感じるかもしれない。
だとしても二人に触れずにそっとしておいてほしい。
以上のことを踏まえて、了承していただける方のみ先を読み進めてほしい。
●登場人物
私=筆者
一次創作をする。
絵と文章を嗜む。
A
この文章は、Aとの出会いから別れまでの備忘録と私自身の反省のためのものである。
●Aと私の関係性
そして縁が切れたのが我々が28歳になる年の2月ごろ。
薬10年を共に過ごしてきた仲だった。
間違いなく、一番仲が良かった友人だった。
高校3年間はクラス替えもなく、いろいろな話をして、真剣な話もして、時には喧嘩をしたりすることもあったが、それも乗り越えてきた。
大学は別々の道に進学することになったが、それでも毎日のようにLINEで会話を交わし、時々二人で遊びに行っては日が暮れるまで話し、解散後も夜が明けるまでLINEで話をしていた。
私が新卒で入社した会社の研修で2か月東京に行くという話をしたときはとても寂しがってくれたことを今でもよく覚えている。
Aは絵を描くことが好きだ。
絵を描くことが好き、と一概に言っても色々幅があるが、私から見ればAの「絵を描くことが好き」とはAのアイデンティティであり、Aの人生そのものなのだと思っている。
自分の気持ちを言葉にするのは少し苦手のようだったが、感情を絵に込めるのは大得意でAの描く絵には喜怒哀楽様々な感情が乗せられていた。
私も少し絵を描けるが、どちらかといえば絵を描くことは好きではなく自分の描く絵は好きという難儀な性格をしている。
そんな私と比べると、Aの絵に対する思いは尋常じゃないものなのだと思う。
私の作ったキャラクターやお話のファンで、この世のキャラクターの中で一番、私が作ったキャラクターが好きとまで言われたこともあった。
そのキャラたちしか描いてないのではないかという時期があった程度にはたくさん。
Aが絵を描いてくれることが嬉しくて、私はAにたくさん自分の創作の話をした。
●事のあらまし
Aと私は今までの一次創作の積み重ねを本にしたいという話になった。
私が書いた小説や、私から聞いた話をもとにAが描いた漫画の断片はいくつかあれど、それらを本という形に残したくなった。
そこで一次創作の同人誌即売会を調べ、Aと私の二人で本を出すことになった。
私は今まで書いた小説を集め、書き下ろしの話を追加した短編集などを3冊作り、Aは私が文章で書いていた短い話を漫画の本にした。
ところが肝心の即売会は諸事情で中止となり、半年後に延期になってしまった。
頑張って作った本たちはひとまず通販に置いて、Twitterのフォロワーを中心に頒布することができた。
半年後になってしまった即売会を待つ間、Aと私は喧嘩をしてしまった。
Aが私の地雷を踏みぬき、私が苦言を呈したことがきっかけだった。
私としてはその場で謝罪をもらって、それで終わりで良かった。
喧嘩をしたつもりはなかったのだが、思えばAの様子が変わったのはそこからだった。
多分おおもとの原因はここなのであろう。
Aの様子が変わり、Twitterにも出てこなくなったことが心配で、私はAに手紙を書いた。
仲直りをしたときの電話で、数か月後に迫った即売会の話になった。
「せっかくまだ少し時間もあるし、もう一冊本を作りたい」とAに伝えた。
Aもそれに賛同してくれたので、私は本の攻勢について説明した。
前に話していたネタで、漫画の本を作りたい。長くなりそうで作画が大変だから、今回は私が全部作画をする予定で、と。
Aは「あの時のネタか」と喜んでくれ「すごくいいね」と言ってくれた。
その会話の中でAが言った。「その漫画読みたいな、何なら私が描きたいくらい」と。
しかしどうにも作画コストがありそうなので、Aに全部描いてもらうのは申し訳ない。
だがAがそこまで言ってくれたのが嬉しくて、Aにも制作に参加してもらえたらと私は返答した。
結果、表紙と人物紹介ページの立ち絵だけAに作画を頼み、あとは全て私が自分で描くことに落ち着いた。
そして私は自分が描く予定で考えていた表紙のラフや、キャラの立ち絵のポーズのイメージを送り、Aに制作をお願いした。
私は今までAが描いてきたファンアートに対して何か対価を支払ったことはなかった。
強いて言うなら「新しくお話を作ること・考えること」を対価としていたのかもしれない。
だが先の喧嘩のこともあり、好意で描いてくれたものに対しても何かお返しをしたいと感じていた。
なので今回の制作に対しても「お礼をする」とAに伝えていたのだった。
Aの作業も私の作業も少し進んだころ、二人で遊びに行く機会があった。
そのときに私はAに「お礼として晩ご飯ご馳走するよ」と伝えた。
Aはそれを聞いて少し渋い顔をしたあと「じゃあ2回分で」と答えた。
Aの返答に少し違和感はあったが、私は2回分の晩ご飯をご馳走することを了承した。
だがしばらくした後、Aから「晩ご飯2回分と、表紙・立ち絵を描くことは釣り合ってないと思う」と言われた。
もともと私が全て描くつもりで考えていたものを、Aが描きたいと言ったから急遽参加してもらうことになったのだ。
つまり、好意で描いてもらうものに対して、私も好意でお返しをするという形だったはずだ。
どちらかと言えば同じサークルのメンバーで1つの本を共同制作する形に近い認識であった。
だから「"依頼"に対しての"対価"が釣り合ってない」と言われたことは、私としては違うと感じたのだ。
しかし、自分の描きたい絵を後回しにして人から頼まれた絵を描くことは大変なのは私にも分かる。
「じゃあ、何なら釣り合うと思う?」とAに聞いてみた。
Aは「考えておく」と一言。この話はこれで一旦おしまいになった。
Aから"対価"の話はされないまま、その後もお互い制作を進めた。
とうとう絵と漫画は完成し、本が出来上がった。
私は刷り上がった本を一冊と、同時に一人で制作していたグッズを合わせてプレゼントした。
本を開き完成した漫画を読み、楽しそうにリアクションを取るAの姿は、無理をしてそのように演じているように見えた。
長い付き合いなので、Aが気持ちを抑えてそれらしく振舞う癖があること、しかしそれが下手でバレバレなことは私にはわかっていた。
Aはそのときも、何かの感情を押し殺してそれらしく振舞っていた。
そのまま迎えた即売会当日。
その日はたまたまAの誕生日でもあり、私は今回のお礼と誕生日プレゼントを兼ねていくつかプレゼントをした。
細かくは覚えていないが、確かお土産菓子と、Aが一番好きな私のキャラのイメージ香水。
それからAは自分へのプレゼントとしてiPadを購入していたので、1000円ほどの有料のイラストアプリを入れてもらおうとiTunesカード1500円分をあげたのは覚えている。
iTunesカードは突発的な思い付きで、昼ご飯を買いにコンビニに買いに行ったときにふと目についたのだ。
「昼ご飯買ってきたよ。あとこれはい、あげる」と、さらっと渡したのだが、Aのリアクションは
「はあ……」と言ったものだった。
即売会も終わりに近づいた時刻、Aから「そういえばお礼の話だけど」と話が始まり「いろいろ考えたけど、1万円で」と告げられたのだった。
……イラストの有償依頼で、表紙(カラーイラスト)と立ち絵数名分を依頼した、となると確かに1万円は破格だろう。
友人同士の"共同制作"ではなかったのだろうか。
"共同制作"ならAが「印刷費をいくらか出した方がいい?」と聞いてきた際に頂いておいたほうがよかったのだろうか。
私は1万円を支払わなかった。
その代わり1万円分のお礼はすると伝え、今回渡したプレゼントはお礼も兼ねていることと、今日のご飯代、打ち上げのカラオケ代で1万円くらいになりそうだから、それでどう?と言った。
続けて「もし対価としてお金を要求するなら、それは話を引き受けるときにするべき話で、後から1万円でと言われても了承はし難い」と伝えた。
「今回はお互いのすり合わせがちゃんとできてなかったから、それは両方の責任だと思う。お礼に関してはあくまで好意で渡している。もし足りなかったら今後遊ぶときに代金持つよ」とも伝えた。
Aは最後まで納得がいかなそうな顔をしていて、頑なにカラオケ代を受け取ろうとしなかったが、私はそれらの代金を全て押し付けて、その日は解散になった。
あくまで私の価値観として、金銭が発生するやり取りは"契約"だと思う。
"依頼"を受ける"対価"として「これくらいの金額で」と提示し、双方合意の上で契約が成立するものだと思う。
「描いてもらいたいんだけどいい?」「描くよ」「ありがとう。お礼はするよ」
そこに金銭のやり取りが発生するとどちらも言わなかった。
私はこのやり取りのことを友人同士の口約束だと捉えていたのだった。
Aはその後、即売会の後処理や事務的なやり取りを私と交わし、私と連絡をすることはなくなった。
またもや大変長くなったが、ここまでが事のあらまし。
●縁切りに至ったきっかけ
約1年、Aと会話をしなかった。
そんなことは今まで初めてだった。
しかし連絡がなかったとは言え、TwitterやLINEは相互のまま。
まだ縁が切れたわけじゃなかったのだ。
Aが私に対して思うところがあるのは嫌でも分かった。
まだ友人関係を続けるなら清算が必要だし、縁を切るならそれはそれも仕方がない。
迷ったが、Aの誕生日に「おめでとう」と送った。約1年ぶりに発した言葉だった。
そのときのやり取りは消してしまってもう残っていないので、事実とは異なる可能性がある。
ぽつりぽつり、とぎこちなくやり取りを交わしたが、かつての親友を歓迎する雰囲気は全くない。
まだ怒っているか尋ねたところ「そうだね」と返事が来る。
「私のことが嫌いになったならもう現れない。あなたの前からいなくなる」と縁を切る提案をした。
とてもとても時間が空いて、Aから「嫌いとか、勝手に決めつけるのやめてほしい」と返事が来た。
『なんだその返事は。どう考えても「お前もう無理」が態度ににじみ出てるんだよ』
『そもそもお互いちゃんとすり合わせができてなかったことが原因だからどっちも悪いところあったんじゃないのか』
『なんで私だけが悪いみたいな態度を取られなきゃいけないんだ』
『謝ろうにもそっちの意見を聞かない限りは本当の謝罪なんて無理だろう』
私のこのときの率直な思いだ。
しかし、まだこれなら修復ができるかもしれない。
「私は今でもまだ友達だと思っている」と伝えると「私も同じかな」と返ってきた。
会う約束をすることになったのだが、いろいろあって実際に会えたのはさらに半年後だった。
ちゃんと話し合おう、主観で悪かったと思うところは謝って、相手の口からもきちんと思いを聞いて、
粗相があるなら謝ろう。誤解があるなら解けるまで言葉を交わそう。
そう思っていたはずなのに、久しぶりに会って私の口から出るのは、薄っぺらい近況話や中身のない話だった。
その日の私とAは、傍から見ればいかにも友人っぽかったと思う。
私に至っては。もはやAのご機嫌取りに近かったのかもしれない。
いかにも友人っぽい二人は、大事な話もできずにいかにも友人っぽいまま解散してしまった。
その日を境にTwitterなどでやり取りは再びするようになったが、心理的距離は変わらないままだったと思う。
それでも私の誕生日には簡単なイラストが贈られたので、私もAの誕生日にイラストを贈った。
私はその年、結婚式を挙げる予定があったため、Aのことも誘ってみたのだが
Aはその日どうしても外せない予定があったらしく、申し訳なさそうな顔をして断られた。
しかし祝福はしてくれていて、Twitterに載せた前撮りの写真にもコメントをくれたり、
行くことはできなかったけど、祝福はしているという雰囲気であった。
年末、式に招待した人たちに年賀状を出そうとリストを作っていたところ、
招待したけど来られなかった人にもお礼状として年賀状を出そうと考えた。
AにLINEで住所を聞いた。Aの一人暮らし先の住所は知らなかった。
Aからは「正月は帰省しているので実家に送ってほしい」と返事が来た。
私は過去の年賀状のファイルを実家に置いてきていたため、再度実家の住所を聞き、送った。
送った年賀状は「あて所に尋ねあたりません」のスタンプが押され、返ってきた。
Aに聞くと「省略した住所だったからかな?これが正式な住所だから送ってみて」との返事。
住所を訂正し、切手を貼り直し、再度送った。
再び、スタンプが押され返ってきた。
原因はどうやら転居届を出していたことだと分かった。
Aに「一人暮らし先の住所教えて。それか、直接渡すからどこかで遊ぼう」と伝えた。
Aは「年賀状のためだけに会うのは申し訳ないし、仕事が忙しくなりそうな予感がしてるから
しばらく遊ぶのは無理かも。何か手間かけない方法で……局留めとかできないかな」と返信した。
……私はもう疲れてしまった。
「年賀状のためだけに会うのは申し訳ない」はどう考えても「会いたくない」の言いかえだと思う。
局留めなんて提案もバカバカしい。住所を教えたくないだけなのがよく分かる。
「分かった。じゃあ会わなくていいから、どこかで話をする時間がほしい」
私はそう伝えたが、これは仲直りだとか謝罪だとかのためではない。絶縁のための話がしたかった。
話したくないことはよく分かったがそうも言ってられない。
LINEがブロックされたのかと思い、確認してみたがそんなことはない。
ただただ、無視をされていた。
数日経って、AがTwitterでスペースに参加しているのが見えた。
別のフォロワーがホストのスペースにスピーカーとして参加しているようだった。
よく見てみると、スペースに入る際に匿名で聞く機能が追加されているのが分かった。
盗み聞きのような気分だったが、そういう機能があるのだから使ってみることにした。
他愛のない会話。Aは楽しそうにしていた。
私はAに追加でLINEを送ってみることにした。
目につきやすいように、短文で3件ほど。
わざと気を引くような言葉も選んだと思う。
スペースで何か反応があることを期待したものだった。
しばらく待つと。案の定Aはその件について触れ始めた。
「まあ、私(A)の中ではね、友達としてはね、もうあのときで終わってるから……」
これだ。私が聞きたかったのは。
鍵アカウントの方へ移行していった。
Aからもらった絵も、渡すはずだった年賀状も、一緒に撮った写真も何もかもすべて。
Aの魂のこもった絵を処分していくのはさすがに心が痛んだが、私にはもうすでに必要のないものだった。
実家を出て、新居に必要なものだけ持ってきたはずだったのに、やたらとAの痕跡が多かったことを私は忘れないだろう。
(余談……事務的な手続きをやり残したまま処分を始めてしまったため、後始末に少し苦戦した。
他人も巻き込んでしまったためここは大いに反省すべき点だと思う。)
タイムマシンがあったら戻るか?と聞かれても、私はもう戻ることはない。
やりなおしたいわけではないが、自分の行動のどこがまずかったのかは今でも考える。
私はあのとき、ポンと1万円を支払っていればよかったのだろうか。
そもそも、お礼に何をするかを前もってすり合わせておくべきだったのか。
いっそのこと、自分の本なのだから他人に絵を描いてもらおうなんて思ったこと自体が間違いだったのか。
……恐らくすべての点で間違っていたのだろうと思う。
Aはきっと、私に対して「自分の絵(=自分の人生そのもの)に対して1万円の価値もないと思われた」と
感じているのだろう。
もちろんこれは断固否定するが、そんなことは決してないし、Aの絵と絵に向き合う姿勢にリスペクトしていたつもりだ。
私の思いはAに伝えたつもりだが、その通り受け取られなかったのなら、それは私の言葉や表現方法が悪い。
そもそも受け取ってもらえなかったのはきっと今までの積み重ねもあるのだろう。
私の信用は、もっと前には既になかったのだろう。
Aが私に対して「許せない」と感じているのはもう仕方がない。
許されないことも仕方がないと思っている。
しかし、今でも私はきちんとした謝罪ができなかったことを悔やんでいる。
Aは私の謝罪を必要としていないのかもしれない。だが私が謝罪をしない理由にはならない。
人間として、相手のことを本当に大事に思うのならば、きちんと謝罪をするべきだったのだ。
ない頭を振り絞りAの立場に立って考えたつもりではあるが。本心はAにしかわからない。
Aの本心を聞けなかったこと、強引な手段でしか本音を聞けなかったことも非常に後悔している。
何にせよ、もう私たちは戻れない。二度と戻ることはできない。
Aが私を許せないのと同じくらい、私もAのことが許せないのだ。
かつての親友であっても、二人の共通の友人とは今は関わりがほぼない。
共通のコミュニティに属していない以上、時間とともに価値観の相違は生まれるものだ。
Aも私も、少しずつお互いにずれていっただけなのだと思う。
Aが使っていた「ばかたれ可愛い」という語彙がなんとも下品で嫌いだった。
家に招いたとき、部屋中に飾った好きなキャラのグッズやぬいぐるみを見て
「ちゃんと定期的に埃とか取らないと汚い」と言ったことが許せなかった。
言いたいことをはっきり言わずに態度に出まくりなところが本当に嫌だった。
誰が聞いてるかもわからないオープンな場所で人の悪口を言ってる姿が情けなかった。
「もうとっくに友達じゃない」と思っていたのならさっさと切ってほしかった。
「友達として終わってる」なら私の結婚関連の祝いの言葉は何だったのか。
これらは全てAが悪いのではなく、私の価値観に合わなかっただけである。
それでも私はAを許さないと思う。