はてなキーワード: 若造とは
👴<なめてんじゃねえぞ、若造ぅw
日曜日社員の若い兄ちゃんと、ワイの不倫相手の女の子(48)と京都旅行に行って
八坂神社に行ったんだよ
計画もなくブラブラするだけで、いよいよお昼飯だって話になってせっかく京都に来たんだから、天一本店で飯でもするかって話になったんだわ
曰くせっかくなので京都らしいところで食べたいんだとか
せっかく京都に旅行してんだから天一の本店行かないの?って聞いた
若造は死人みたいな顔して顔面硬直してた。それに人の女に色目使うなよ怒
結局町屋のカフェでランチプレート2600円もするのを食べたけど。たいしてうまくもないわけよ
それがワイじゃワイ。
年を取ると三大欲求を満たしたくなっても欲求そのものが弱まる。
そんなときワイのような老人の頭は矛盾でおかしくなりそうになる。
宦官の何割かはなまじ失った性器の名残により終わりのない幻肢性欲に苦しんだという。
そんなときせめてもの慰みに他人に乱交させて眺めたらしいのじゃ。
ワイがしてるのもそれと同じことじゃ。
どうせ固くなりもしないチンチンに手を置いても仕方がないから画面の前にベガ立ちしてハッスルする若造の姿を眺めるのだ。
ガハハハいいぞもっと食え食え若いんだからもっと食えと飯を奢るような気持ちじゃ。
ワイが奮発して数回しか見ないAVをちゃんと円盤で買ったお金が次の作品を作るための予算になると思えば実質ワイが奢ったセックス。
ワイの金で若者がセックスしているのを見るのは不思議な快感が。
必死になって少しでも安くエロを味わおうとして自分の射精だけを追い求めてきた頃が遙かなる太古に思える。
子持ち孫持ちがガキの寝顔を見てニヤニヤしているのも、自分から失われつつある睡眠欲求を他人が大いに満たしている姿に謎の満足を重ねているからなんだろうなあ。
当時、クラスメートが書いてたのを思い出す。
俺はというと内心“そういうカルチャー”を下に見ているような、文化人を気取る典型的イタい若造だった。
そんな陰キャと、そのクラスメートは仲が良くも悪くもなかった。
だが、クラスメートだから教室内にいれば姦しい会話は嫌でも耳に入ってくる。
耳にこびりついてしまったので、気になってその小説に目を通したこともあった。
結局、面白かったんだが、面白くなかったんだが、今ではタイトルすら思い出せない。
俺がケータイ小説の潮流を特に感じたのは、確か『あたし彼女』っていう作品が何らかの賞をとったというニュースだったか。
ケータイでメールやブログを書くような文体で書かれた本作は、ある意味で「ケータイ小説」というジャンルを象徴していたように思う。
それは、このジャンルに今まで触れてこなかった人間も巻き込み、賛否両論の渦を起こした。
そして“賛否両論”なんて表現をするときは、えてして“否”が多いものだ。
かくいう俺も“そのクチ”だった。
小馬鹿にする意図で『あたし彼女』の文体を真似てSNSに書き込んだりした。
「完全に駄作だし、こんなのに賞をやる奴らも阿呆」といった具合の振る舞いである。
今でも本作を面白いとは思っていないが、あれにも評価すべき点があったのは確か。
あげつらうこと自体が目的になっていたのは文化人として3流だったな、と我ながら思う。
そんな潮流のケータイ小説にも「定番の材料」といえるものがあった。
今でいうなら“なろう系”の「異世界」だとか、「転生・転移」だとか、「RPG要素」だとかだが。
ケータイ小説でいうと、それは「セックス」だとか「不倫」だとか、「妊娠・中絶・流産」といったものだった。
なぜそういった材料が定番化したのかを分析できるほど俺は有識者ではない。
それでも考察するならば、「自分にも関係なくはないけど、非日常感のあるシリアスな材料」がそれらだったんじゃないかと。
あれらの書き手や読み手には学生が多いと思うし、学生は保健体育で性知識を学んだばかりだから創作で使いやすかったんじゃなかろうか。
はてさて、なんでこんな話を、今さら。
はてブでもホッテントリになったようなので、既に読んだ人も多いだろうか。
作家は普段「りぼん」で描いているらしく、なるほど絵柄もそうだが表現や演出、コマ割なども実に少女漫画って感じだ。
漫画なら何でも読んでた頃は家族が買ってきたマーガレットも貪っていたが、概ね製法は変わってないんだなっていう安心感を覚えた。
そんな製法で作られた本作は、扱われる題材がケータイ小説みたいで不思議と新鮮。
皆にはどう映ったのだろうとブコメを眺めてみると、“リアリティ”があるだのないだの語る様子が目に留まった。
そういえば『あたし彼女』の選者にも、あれ(あたし彼女)を“リアル”だと評価している人がいたのを思い出す。
その妥当性はともかく、その時に俺はケータイ小説の潮流を、ふと感じたのだった。
潮の満ち引きは海が枯れない限り続くのかもなあ、みたいな?
特殊詐欺に遭ったお客様が来店。ちょうど私と優秀なの派遣の人とでシフトに入っていた時間帯で、この手のトラブルに強いAさんは出勤前だった。
対応は私がしたんだけれども、結果としてはこれはヤバいやつだと思った時には後のまつりとなってしまっていた。
詐欺の内容について。
お客様がパソコンを利用している最中に急に画面がフリーズして、「ウイルスに感染しました」というメッセージが表示されたという、典型的なやつ。信じてしまったお客様が、偽のサポートセンターに電話をしてしまい、オペレーターの指示通りにPOSAカードを4万円ぶん×3枚を「コンビニで」(←重要)買い求め、詐欺サイトにPOSAカード番号を入力するという形で、金を騙し取られるというもの。
私がお客様の会計を担当した時に、まず高齢者が同じPOSAカードを3枚持ってきて、各4万円ぶんで買いたいという時点で何で? と思ったものの、お客様があまりにもかくしゃくとした人なので、まあ大丈夫だろうか? とつい日和ってしまった。
「パソコンの修理にこれが必要だっていうんだよね。でも俺が何か間違えたのか、何度番号入れてもこれじゃ送れてませんってなって。そんで、何件もコンビニ回ってカード買い直しててさ。何度やってもなぜかダメなんだよね」
と言い出したのだ!!
数時間後に出勤してきたAさんに事のいきさつを説明した。すると、Aさんが言うには、その手の詐欺師がだまくらかすのは直接の被害者であるお客様だけではなく、お客様に応対する我々コンビニ店員の目も欺いているのだという。
というのも、Aさんは何度かその手の詐欺師に引っ掛けられたお客様を応対した事があるのだが、皆似たような特徴のある人だというのだ。
すなわち、高齢の男性で一見かくしゃくとして、明らかな認知症っぽくなくちゃんとしていそうな人。
我々コンビニ店員にとって、詐欺の被害者と判断し難い人物をわざわざピックアップして騙している。
「という訳なんですけど。そもそも増田さんは、何でおかしいと思いつつも、詐欺を阻止することが出来なかったと思いますか?」
そうAさんに問われた。それで考えたんだけれど、正直に言うと、
つまり、詐欺師が被害者にPOSAカードを購入する場所を敢えて「コンビニで」と指定してくるのは、小売店のなかで最もPOSAカードを見つけ易いからというだけではないのだ。
詐欺師は、コンビニ店員の心理もよく把握しており、コンビニ店員にとって歴代の糞客の面影に重なるような人物を、被害者として店に差し向けてくるということ。
高齢で、脳味噌が不明瞭そうには見えず、声が大きくて、怒り易く、コンビニ店員の事を女子供だと思って舐めくさっているタイプの、横柄な客。
そういう客に対して、コンビニ店員は恐ろしさを感じつつも情けを持たないという事を、詐欺師は見抜いているのだ。
とはなかなか言えない。なんなら、はよ帰れやと思っている。
Aさんが言うには、
「そんな客ほど恐れるに足らないです。高齢者がPOSAカードを持って来たら例外なく、余計な事を考えずに『お客様、それは詐欺ではありませんか?』と言っちゃっていい。何故なら、そんな下らない詐欺に引っ掛かってる時点でそいつの認知能力は地に墜ちているんです。そして、詐欺師にとって丸め込み易いって事は、我々にとっても丸め込み易いってことです。被害者は我々を若造だ女だと舐めくさって脅そうとしてきますが、だからって退く事はない。権威の力を借りましょう。『本部の指導で』『警察の指導により』POSAカードを購入するお客様全員に確認させて頂いてます。その程度の事で奴等は丸っと信用するから大丈夫です。認知能力の低下とはそういう事なので」
今日、35歳になった。
予定より5年も長生きしている。
27ぐらいになったらニートになって、そのあと創作活動に打ち込み、失敗したらそこで死ぬ予定だった。
27にニートになる所までは予定通りだったが、創作活動は3ヶ月ぐらいで行き詰まって気付いたらずっとゲームをしていた。
どうせならゲームやりまくって死ぬかと思っていたが、更に3ヶ月ぐらいでゲーム三昧にも飽きた。
年齢的にまだまだ準第二新卒ぐらいの立ち位置で就活が出来たので就活をし、結局ニート半年・就活生半年で社会人に戻っていた。
そこからダラダラ生きながらどこかで「でも予定だと死んでたし、また金溜まったらニートに戻って死ぬか」と思って暮らしていた。
そこから7年働いて、まあ2年ぐらいならまたニート出来るぐらいの金は溜まっている。
どうでもいい。
消費活動への熱意もない。
生きるのも死ぬのもどうでもいい。
あれほどあった「とにかく必死に生きていることに意味を見出したい。無理なら死のう」という気持ちは、生きることの苦しみに対価を求めての事だったんだろう。
正直今いる会社もそこまで良いものでもなく、昭和パワハラオヤジに育てられた4年目ぐらいの若造が昭和パワハラの真似事を後輩にしているのを見るたびに「このサル山に付き合っていくのは本当にしんどい」とげんなりしてしまう。
でも死ぬほど辛いわけでもない。
風俗・酒・ラーメン・パチンコぐらいしか楽しみがないと言う昭和オヤジたちの価値観も何となく分かってくる。
ああいった快楽装置(快楽主義に対してのツッコミに出てくる直接ドーパミンをドーパドーパさせる謎のマシーン)じみたものに脳と人生を委ねてしまうのは想像性がない代わりにある種の確実性と楽ちんさがあるんだろうね。
でもそういったものに頼り切ろうと割り切れるほどは人生が終わってないからSEKIROとかやったりして俺はまだ大丈夫だって言い聞かせているが実際には五十歩百歩な自覚はある。
こんな状態でも生きられるし別に社会人やっているのも最近は特に苦痛もない。
仕事で怒られが発生してもどうせお互いに社会人演じてるだけだと分かってきているから「(コイツの演技つまんねーな……和ドラかよ……)」と心の奥で突っ込んでればいいだけだと理解ってしまっているわけで。
あとはクソみたいな人生をダラダラ過ごして40~90のどっかで癌が見つかって死ぬだけだ。
どうせこんな人生を絞り出しても人を魅せるような物語やデザインが垂れてくる見込みはないんだし、本当にもうただただダラダラグダグダすりゃいいだけなんだなあ。
ふぇ~~~~~つまんね~~~~~~~気持ち的にはクッソらくちんだけど~~~~悟り開いちまったか~~~~~。
もう
最近2019年版のどろろにハマった。Amazonプライムにて面白そうだと思い視聴した結果、見事深みにハマってしまった。
特に百鬼丸の性格や見た目などが好みどストライクだったので、それだけでアニメを一気見してしまうほどだった。
その後、原作も電子で購入し全て読み、流石は手塚作品だと大いに感銘を受けた。
百鬼丸のキャラはアニメの方では大幅に変えられていたけど、原作の気の良いお兄ちゃんと言った感じのキャラも捨てがたい。
当時の事情ゆえ、打ち切り的な中途半端な終わり方をしてしまったのは名残惜しいけれども、体を奪われてしまうので、取り返す為の冒険と戦いの物語や初めは少年だと思ったけど、実は少女だと発覚するヒロインなどの要素は噂通り時代の先を行っており、今でも十分に楽しめる。
そして、それらを見終わった後、タイトルにある「どろろ Re:Verse」の存在を知り、そちらも課金して最新話である15話まで一気読みした感想をここに書き記す。
脚本家はなんでも手塚作品のファンとの事だが、今の所、大本である原作どろろに対するリスペクトがまるで感じられない。
そもそもこの漫画は新アニメ版の続編という位置付けで作られている事が早い段階で分かるのだが、まだその新アニメのどろろファンとして描いてるなら分かるが、マジで原作の方のリスペクトは皆無である。
しかし、どろろというタイトルを冠していなければ、ヒロインであるロロの出生の秘密や百鬼丸の体に隠された幾つもの謎に迫るストーリー、作画の綺麗さ及びクオリティの高さなどで個人的にはそこそこ面白いと感じた。
ただし、あくまで別物として完全に割り切る事が出来ればの話なので、無理な人とっては徹底的に受け付けない漫画である事は断言出来る。
さて、ここからは具体的にこの作品が続編物としてどのような問題があるのか挙げようと思う。
ただ、筆者はどろろシリーズに関してはにわかもにわかなので、作品知識に関して間違っている箇所や誤解している箇所があるかもしれない。
なので、今回はそこら辺のツッコミはやや浅めにするもののどろろファンというよりも他の手塚作品ファンとしておかしい部分の指摘にのみ留めておこうと思う。
ちなみに筆者はブラックジャックや火の鳥を8割程読了済み、ブラックジャックのみアニメをチラホラ見てて海のトリトンやILなどを齧った事がある程度の知識である。
感想は「どろろRV」(長いのでこう略称する)読了前提だが、今の所全部読むには課金しなきゃいけないので出来る限り話の説明を入れつつ、書いていく。
というわけで早速書いていくのだが、問題は大まかに三つ+αに分けられる。
・百鬼丸、おまえどうしちまったんだよ
・何故世界観変えたし
・その他
・百鬼丸、おまえどうしちまったんだよ
まず、この漫画を読んで真っ先に鼻につくのがこの点。
前述した通り、どろろRVは新アニメ版の続編であり、百鬼丸本人は続投という形でW主人公の片割れとしてメインを張っている。
必然的に出番は多いし、活躍もするのだが今作では生い立ちの設定から性格まで違和感の塊になってしまっている。
今作の百鬼丸は何故か不死身になっており、前作の最終回から400年以上経っている。そして、400年後の現代でも生きている精神年齢おじいちゃんキャラになっている。
これは作中でもはっきり明言されており、作者も意図してそういうキャラにしているようだ。
しかし、実際の百鬼丸というのは到底400年以上生きた老戦士特有の渋さや落ち着き、思慮の深さといった物が見えてこない。
所謂彼は、粗悪ななろう小説やラノベ小説に出てくるやれやれ系主人公に成り果てており、どう甘く見ても外見通りの20代半ばの若造のようなメンタリティである。
そのうえ若い女性かつほぼ初対面であるメインヒロインのロロをラブホに連れ込んだのは、ある程度の理由付け(自分やロロが真っ当な人間では無い為ちゃんとした宿泊施設には受け入れて貰えないなど)があったので、目を瞑るとしてもなんでシャワー後、裸でホイホイ出てくるんだ。
体目当てじゃないのは分かってるけどいい年した女を匿う為にラブホは百歩譲って仕方なかったにしても、もう少し場所を考えて行動しろよ、気持ち悪い。デリカシーが無くて、何ともムカつく。
前作の百鬼丸にもデリカシーは無かったが、それは特殊な生い立ち故に仕方が無かった。
しかし、今作はその生い立ちの言い訳は効かず、作中の描写で400年以上生きていて社会生活の中に身を投じているにもかかわらず、この体たらく。
あんたより何百年も年下のブラックジャックの方がよっぽど大人びててかっこよかったよ。
正直、コールドカプセルの中で400年以上眠ってて10年だけ現代で生きてましたとか記憶を引き継いで転生しましたとか言われた方がずっとしっくり来る。
ツッコミはまだ続く。百鬼丸の目的というのは実はまたしても体を喪失してしまったので、取り戻す為だと言う。
なにやってんの?本当に、なんでまた体無くしてんの?
正直、ここは別の理由付けにした方が良かった。
一度奪われたものを取り返したはずなのに、また無くすってなんやねん。
あの腕の仕込み刀をやりたいが為にそうするしか無かったのだろうけども、ぶっちゃけ400年以上生きる不死身体にしたんならサイボーグとかミュータントにして腕が変形するとかにしても良かったのでは。
それで別目的にすりゃいいのでは。
どうしても体無くした設定にしたいなら相当理由付けをしっかりしてなきゃ到底納得出来ず、また身体を無くした400年以上生きてる癖に大間抜けのうつけ者という印象は拭えない。
でもこの作品の脚本レベル的にあんまり期待出来る理由付けにならなさそうだな…
百鬼丸とロロを狙う敵キャラは目鬼というセクシー系の女キャラなのだが、謎にレズビアン設定でロロの事を何かしらの陰謀で狙うのはともかくとして、性的な意味でも狙ってきてるのが何ともきもい。
ここで誤解しないで欲しいのだが、そういう同性愛的な設定がキモいと言っているわけではなく、別件で萌えという形で好意的な感情は持てる事は明記しておく。
そうではなく、目鬼の場合はロロだけでなくほかの女の子にも手を出し、会って早々ロロの髪の毛を舐める等、単純にセクハラ的な行動が気持ち悪い。
これで目鬼が男であっても同様の感想を抱くだろう。セクハラは同性間でも成立するのだから。
そのうえ平気で犬は蹴り上げるなど、とにかく言動が不愉快極まりない。
そして、これは目鬼に限らず、どの敵キャラや脇キャラにも言える事だが、敵キャラを愛嬌があるように描きたいが為に挿入されるギャグやコミカル描写が尽く滑ってて超寒い。
やっぱ手塚先生のギャグセンスって偉大なんだとしみじみと感じた。
悪役だからムカつくのは当然なのだが、前作のどろろは敵キャラであっても同情の余地があったり、共感することの出来る深みのあるキャラとして丁寧に描かれていたので尚更、違和感が強い。
敵キャラはどいつもこいつもイキリ散らしてて、癪に障る言動しかしない。
・何故世界観変えたし
これに関しては当初は肯定派だった。
現代に受け入れて貰う為に世界観の設定や見た目のデザインの刷新などは必要だと思っている。
新どろろもキャラデザや設定を大幅に変更したもののそれなりに受け入れて貰えたので、必要な処置だったと思う。
どろろRVもそのように擁護する予定だったが、上記のような惨憺たる内容を見て考えを変えた。
はっきりいって脚本家は、室町末期の日本初め現代以外の日本を描写できないから、世界観変更という形で逃げたのだろうなと感じる。
なぜなら、400歳以上にも関わらず、お子ちゃまメンタリティのイキリ百鬼丸やウザイだけの脇キャラと言ったダークマターが誕生している時点で室町末期の舞台設定を調べて、丁寧に描くなんて高等な事が出来るように思えないからだ。
前作の主な敵キャラは侍もしくは鬼神や妖怪だったが、今作は妖怪は続投なもののヤクザやゴロツキ、ホームレスといったものに代用されているが、まあ陳腐。
時代物で戦の惨さをメインテーマに扱っていた作品がそこらへん全部ぶん投げて、手垢まみれでベタベタなヤクザがどうのゴロツキがどうのだのやり始めたら個性の喪失という他無い。
・その他
細かいものだと、前作で言うどろろ枠のロロの女バレが早すぎるのだ。
どろろは原作だと終盤、新アニメだと中盤に実は少女だと発覚するがこの漫画は一話の時点で女バレする。
いやいや、少年かと思ったら少女だったはどろろのアイデンティティなのにそりゃねーだろ。
男(という体裁の女)の相棒書けないからこういう雑な処理したのかな…
ここまで散々作品をdisり倒したけど前述の通り、褒められるべき点も多数存在する。
まずは作画。ベテランの人を呼んであり、戦闘シーンは中々に迫力がある。
絵柄が女性向けとか00年代のエロゲとか言われているが、慣れてしまえば問題無い。
作画の崩れも殆どなく、私も一応絵を描く身なので構図やデッサンなどは参考になる。
またシナリオも新どろろの続編であることと百鬼丸が新どろろの人物と同一である点を無視すればそこそこ面白い。
主人公兼ヒロインのロロはベタな設定ながらも今のところ応援できる良いキャラだし、見た目に関しても作画含めて可愛い。
どういう出生になったのか謎も多いキャラなので、テンポの早い展開も含めて、少しづつ解き明かされていく流れは中々に爽快感がある。
百鬼丸も気になる点はあるものの割とかっこいい面もあり、これはこれで魅力的だとは感じられるので、嫌いになりきれない節がある。
ただ、これが新どろろの百鬼丸だとは到底思えないので、勝手に別人だと言うことにして読むのが必須。
何故、体をなくしたのか?何故不死身なのか?などの謎の要素は作者としても、シナリオの引きとして使うぐらいには何かしら考えがあるようなので、そこら辺が解き明かされるのは楽しみに出来る。
でもやっぱあんま期待しない方がいいな…
以上である。
総評を述べるならば「どろろの続編としては擁護不可能だが、オリジナルとして見ればそこそこ面白い」である。
正直ここから先は読もうか読まないか迷っているのだが、取り敢えず購入したコインの話数分だけでも読んでみようと思う。
出来ることなら他の人にも読んで色々と感想を聞かせて欲しいからこのような記事を書いたのだが、これを書く前に他の人の感想を探したらどこにも見当たらないのだ。
あったとしてもTwitterなどで数行程度のものか未見の人が見た目だけの感想を述べてるのみ。
まだ無料分が7話しかないのを加味してもYahooニュースや5chなどでも取り上げられたにも関わらず、絶望的な感想の少なさでどうしようも無かったのだ。
結果、私はこうして自分の思いの丈を長文でぶちまけるしか道は無かったのだ。
そもそもこの作品が連載されているピッコマはなろう系作品が人気の漫画アプリであり、脚本家の別作品も所謂なろう特有の異世界転生チーレム系が主である。
そんな人なので、どろろをなろう風味にして続編書けば、人気出るだろうという甘い考えでこれを書いたんだろうなというのが透けて見える。
正直、どろろが好きな人ってなろう系好きな人とあんま被らないと思うんだよな…
少なくとも自分はなろう系全く興味無いし…
余談
ピッコマでは一話終わる毎にいいね数が書いてあるのだが、どろろRVは話数を重ねる毎に凄い勢いでいいね数が減っており、大丈夫だろうか。
有料の部分だけで見ても最初は1147いいねだったが最新話は31いいねと2桁も違う結果になっている。
私は普段ピッコマは読まないのでいいね数の平均や基準は分からないし、流石に徐々に増えていくとは思うが、かなり心配になってくる。
まあ、でもそりゃそうだよな…
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