はてなキーワード: きたろうとは
花椿で連載されていたときから、『ダルちゃん』はすごい!泣ける!と評判だったので、ウェブでまず読んだ。「この主人公、最低」と思った。書籍化されたらしいので、加筆修正なりあるのかな。と思って読んだら何も変わってなかった。
「女性なら共感できる」みたいな煽りもみたけど、勝手にその仲間にしないでほしいと思ったので増田でぶちまける。
『ダルちゃん』は「学校や社会になんとなく馴染めず、うまくな立ち回れなかった」女の話だ。主人公は自身を「ダルダル星人」=ダルちゃん と認識していて、外では「普通の女性」として「擬態している」と思っている……という漫画だ。
話としては
③ダル公、②の男の振る舞いをみて居たたまれなくなった女の先輩に助けられるも、「は?私だって男とアレコレできるんですけど?先輩と違って」と居直る
⑤ダル公、③の先輩に泣きついて何故か仲良くなる
⑥ダル公、職場でうまく立ち回れてない事務の正職員男性(足に障害あり)を助ける
⑨ダル公、女の先輩に詩を読ませる。先輩絶賛。賞も取る。
⑩ダル公の詩は自分との付き合いについてか〜と思った男、「自分を題材にするのはやめてくれ」という
⑪ダル公、私を幸せに出来るのは私しかいない……生きてるって思うのは創作のときだから……と男と別れる
⑫なんか自分だけダルダル星人って思っていたけど、案外世の中にはダルダル星人多い〜!自分だけ擬態してるって思っていたけど、男女関係かく外の姿ってあるし自分が必要以上に「適応しなきゃ」って思ってただけかも!自己実現大事!
⑬終
こういう話。簡単にまとめようと思ったけど長くなった。
まずダル公の先輩は「良い女」で、孤高で屋上で詩を読むタイプの人間なんだけど、一度自分が「あの男は本当にダメだよ「」って助けたにも関わらず、「余計なお世話です!」って返した後輩、まじその時点で見限るべき存在って思わん?て思わなったの?少なくとも友情関係作る女じゃない。仕事上で助けてはやるが絶対にそれ以上は乗ったらいかんでしょ。
そしてダル公!!!!!!!必要以上にプライド高くて、「脚が不自由だし、性格的にもこの人なら自分を傷つけなさそう」みたいな最低の観点で男を選んでおきながら、相手の気持ちを慮らずにポイかよ!彼は脚で第三者から色々なまなざしを受けてきたろうに…とか、何も想像せずに「この人は私の創作活動を邪魔する存在だ!」で切り捨てるなよ。お前の創作活動は男とつきあってないとできないのか。彼氏の人生を切り売りしておいてその言い草はなんなんだ。
『ダルちゃん』は全体的に視野狭窄で、独善的で、人からの優しさを踏みにじり、自分が如何に傲慢かに気付かずに「自己実現」だけ得て終わる。
女だけど、全く共感できなかった。
いい話とも思えないし。結局ダルちゃんは人と真摯に向き合わず、都合の良い『イケてる人の話』しか聞かない。「男に頼らなくても、恋愛しなくても生きていけるヒロイン」にしたかったのかもしれないけど、じゃああの捨て方はなんなんだよ、と思った。竜頭徹尾、彼はダルちゃんにとっての肉棒だった。向き合う関係ではなかった。あの彼氏はダル公との別れの後、滅茶苦茶良い人と出会ってほしいとしか思えない。
そしてダル公は、別にダルダル星人だからうまくいかなかったわけではないよ、プライドが高くて人を振り回してる自覚がなくて、そして自分が傷つけたことは無視して傷付いたとしか思えない、その性格だと思うよ。
ダル公、でも来年あたりは『このマンガがすごい!』あたりに選ばれてそう〜〜〜〜最悪だ……………
勤めている会社が、進出しているエリアで、少し話を聞いたわけで、思ったことをつらつらと。
僕は、多分そのエリアに先遣隊じゃないけど早い段階で、しかも深く関わった社員の一人なのだけど。多分、部署内では一番早かったのではないかな。他の人も行ったことがないではないけど、僕と同レベルにそのエリアの人達と仲間になった人は多分いなかろう。
結局、この仲間というのが大事なんだろうけど。
そのエリアの人達ってのは僕の勤める会社の親会社ではないけど、主要なお客様な会社の人達で、だから僕にとっては他社の人達で、むしろだいぶ気を使わなければならない人達なのだけど、まぁ、何個かのプロジェクトを無事に終わらせるために協力しあって、結果、多分自分の会社の人達よりも仲良くというか、仲間意識が僕にはあった。
だからこそ、最近進出した同じ会社の他の人達から、その人達の悪口というか、都合の悪いことへの愚痴を聞くと、なんとなく、嫌な気持ちになるのだ。多分、彼らの立ち位置を分かっているからこそ、そしてうちの会社としてそこは上手くやらなきゃならないところだと分かっているから。上手くいなせない、うちの会社の方々があかんのだ。お互いの立ち位置を分かった上でこそ交渉は成り立つものだろう。
でまぁ、僕が一切関わらなかった、そのエリアでのある仕事について、うちの会社の仕事について、それはだいぶ悪い評判が聞こえてくるのだ。無駄に時間をかけてる割に仕事が進んでいないだの、コミュニケーションがうまく取れていないだの。
そのプロジェクトを担当したのは、年上ではあるけど僕と同期で、まぁ、僕はそこそこ頑張ってると思う。彼は、結婚して、友達もいっぱいいて、家も建てて、多分、世間体的には彼女いない歴イコール年齢で友達もろくにいない母親と同居の僕なんかよりよっぽどリア充で、きちんとしたまともな人生を歩んでる。けれど、まぁ仕事について言えば、多分、僕の方がずっと、コミュ力が高いらしいのだ。馬鹿げた話だ。
多分、今までそのエリアで仕事してきたのは、自分のことを言うのもなんだけど、自分を含めて、お客様にとって優秀な、社員ばかりだったのだ。
それが、僕の会社のスタンダードとも言える彼らが、出てきて、イメージがガラリと変わる。彼らが、うちの会社のスタンダードなのだ。
仕事には、仕事に関わらず向きとは向きがあるし、それは多分他者には無理やり変えようのない事実。そんな、向かない彼らをいかにして優秀に育て上げられるか、そこに、会社の今後はかかっているだろうに。
「できる」ところを見繕って見せてはいるけれど、裏側はそこまで「できない」人達ばかり。それがうちの会社だ。
それが、勘違いをして膨張しすぎている。
これから、いつ化けの皮が完全に剥がれるか、怖いようでいて楽しみなものだ。
それとも、化けの皮は剥がれないまま会社は存続してゆくのだろうか。
組織をでかくしていくには、できない人をいかにできるように育てるか、向かない人をいかにしてできるように育てるか、それが大事だと思うんだけどな。できる人ばかりが集まるわけではなかろーに。
それくらい、分からないではなかろーに。
僕も一線を引くことにしてるし、さて、これから彼らを会社はどう使ってゆくだろう?
怖いようでいて、楽しみ。楽しみなようでいて、メチャクチャ怖い。
それというのも日本にも四季があるせいで、もともと人類の生まれた場所はもっと暖かいところだった。
という印象だが、アフリカの全部が暖かいというわけでもないだろうから、どの程度の真実かはわらかない。
それなのになぜ冬のあるところに住むようになったかというと、まるで人類の持って生まれた知的好奇心で古いところを捨てて新しい土地を求めて移動したかのように説明されているが、とても本当とは思えない。
人口が増えた時に、強い集団が元の土地を専有して弱者を追い出したのだろう。追い出された方の集団は仕方なく住みにくいところに移動したと考えるべきだ。
そもそも海に生まれた生物が陸上に進出してきたのだって、全然進出ではなくて同じように追い出されて仕方なく住みにくい陸上に移動したのだろう。陸上生物はやむなく陸上で生きているのである。こんなに生きにくいのも無理に陸上に合わせているからである。ずっと海に住み海のために進化していたら、重力の影響も少なく楽できたろうに。
同じように人類だってずっと四足歩行していたら、胃下垂にもならず足腰の痛みもなく楽に生活できたのだ。知恵を身に着けたのは直立二足歩行の結果かもしれないし、それ以外の理由があるのかもしれないが、いずれにしても結果的にそうなっただけで、知恵を身につければ進化できると考えて苦労したわけではないだろう。
強いものに楽できる環境を奪われた結果なんとなく進化して、なぜか元の強いものより楽できたりすることもあるけれど、生き残った者がたまたま振り返ればそうなっていただけである。多くの場合、快適な環境を追い出されたものは単に死んでいるはずだ。
それは叱ってくれたり正してくれる身内になってくれること。
そこまで行かなくても「自分のイエスマンにならない」身内になってくれること。
アラフォー超えた年齢のそれなりの立場の子なしの生活ブログとか見て、「そりゃねーだろ」と思っても、コメント欄読むと賛同意見ばかり。
「掃除片付けはこうするべし」→「さすが○○さん!参考になります」
「料理の味付けはこうするべし」→「さすが○○さん!我が家もやってみます!」
こんなのばっか。
片付けとか完全に他の同居人を想定したものじゃないし、料理の味付けは個人の好みの押し付けになってる。
このブロガーに仮に子供がいたら「そんなのねーよ、クソまじー」とか遠慮なく文句を言うことができ、当人の目を覚まさせることができたろう。
よく有名人が変なことした時に「子供にも叱られた」と話すが、これ別に言い訳してるんじゃなくて、みんな本心からの一言だろう。ネットの匿名の批判なんかよりも、顔の見えないマスコミのバッシングなんかよりも、家の事情を知らない第三者のおせっかいな助言なんかよりも、一緒に生活してる血を分けた別れられない絆がある子どもの一言が一番話を聞くことができるというのは当たり前だ。
こういう自分とは違う人格で、自分より若い世代で、且つ、ぴったり寄り添うこともないが別れることもない人物は自分の子供以外に持つことは不可能だ。
原因となったのは私がいた部署の直属の上司で、私が転職活動をしている時に何かと世話をしてくれた一回り以上も年上の既婚男性だった。
いろいろな事情があったが、簡単にまとめるとそのクソ男は外面だけが異常によくて弱い者には高圧的になるジャップオスの典型的なタイプで、私が就職をして少しした頃から隠れてものすごいパワハラとかセクハラとかをしてきた。
私だけが残業になるようにわざと終業時間間際に仕事をまわしたり、1人で残っているところに不自然に顔出ししてきたりして、やめる直前にはかなり露骨に出張に二人だけで同行させようとしてきたり、聞いてもないのに妻と比較して私を持ち上げつつ、仕事で下げて「やっぱ俺がいないとだめだな」という洗脳にかかってきていた。
そこそこ給料のよい会社だったが、これ以上は無理と思って退職をしたものの、数ヶ月はそいつに言われ続けてきた「お前は女として欠けている部分が多すぎる」「俺が見つけてやらなかったらお前は一生職が見つからなかった」というようなことが頭をぐるぐるして外に出るのも怖かった。
でも半年くらいして生活のためにと立ち直ってなんとか今の職業に就けた。
それがつい先日、前の会社への就職を相談していた別の友人が私が辞めたということを遅ればせながら知ったらしく、クソ男に連絡をして話をしたということを聞いた。
何でもそのクソ男は「俺がいながら守ってやれなかった」「もうちょっと頑張ればきっといい仕事もできたろうに、残念だ」というようなことを大げさに言っていたのだと言う。
私はあまり人に対して怒るというのは苦手な方だが、それを聞いたときには本当に腸が煮えくり返ると思った。
わかりたくもないが、世の中にはああいう本当に世界が自分本位にできていると信じ込めるような無垢な悪人がいるのだなと思ってしまった。
田中真紀子を更迭した後に小泉の支持率下がった>気持ち悪かったが分からないでもない。あのおばちゃんのアジテーションが小泉を当選させたところはあるから
でも、だから更迭には慎重にならないという思考にもしなってるんだとしたら、いくら落ちこぼれ首相とはいえさすがに頭が悪すぎる。
安倍政権の支持率の基盤は、小泉時代よりも更に強固になった浮動票の固まりがたまたま転がり込んできてるからってだけで、「小泉旋風における田中真紀子的なもの」は存在しない。
加計と南スーダンの件は、菅が会見で強い言葉で抗弁しすぎたせいでにっちもさっちもいかなくなってるから、菅も本来ならかなりやばいはずではあるのだが。
特に南スーダンについては、誰の責任だろうがあの事態が明るみになった時点でヤバすぎる案件。それなのにあの強弁。最初の段階で平謝りして稲田の首を生贄にすりゃ消火できたろうが、残念ながら安倍政権は9条改憲・軍隊明記を目標としてるのでそれはできなかった。それやったら最下層の支持母体である日本会議初めとした極右どもが離れてく可能性あるだろうし。
安倍の母体の極右勢力は9条改憲&侵略戦争も辞さずというキチガイだらけなので、そういう意味では「小泉政権における真紀子」=稲田というか「改憲のための布陣」ではあるのだが、自称穏健右派=浮動票の固まりは、さすがにシビリアンコントロールが効かない体制になってしまってる(南スーダン日報の件がそれを白日の下に晒した)自衛隊を軍隊化して9条改憲することに、100%もろ手を挙げて賛成するとは思えない。
本当はこんな文章を誰かに見られる形で書くのは恥ずかしくて仕方ないのだが、あまりに苦しいため吐き出させてください。
低レベルな愚痴吐き出し、自分語りなのでやな人はスルーしてください。
自分は育った家庭が、10畳一間に家族四人、父親重度のアル中で暴れる(酒が原因で若くして死んだ)、母親過剰な教育ママ(自覚無し)というユニークな環境だった。
家が一部屋しかなく両親からの監視、重圧、虐待から逃れようがなかった。
アダルトチルドレンの御多分にもれず人生がぐちゃぐちゃだが、その一番の理由は超テレビっ子世代にも関わらずテレビを禁止された事だと思う。
小中学校では、同級生の話している内容が全くわからず、会話が不可能なので人付き合いを学ぶ機会を完全に奪われた。
常に友達の輪に入ることができなかった。
通知表に友達に話しかけることができない子といった旨を書かれたことがあるが、どうしようもなかった。
ゲームだけは何故か1日1時間許されていたので、ゲームの話題しかできない日陰者だった。
当然オタクの友達しか作れないのだが、俺自身は全くオタク志向がないので上手くいかず。
中学校時代はゲームの話題しかできないのと、極端に人と接するのが苦手なのが気味悪がられて、もちろんいじめの標的になった。
やり返す性格なので表立っていじめられることは回避したが、集団で俺に聞こえるように悪口を言うというスタイルのいじめに毎日毎日さらされた。
ストレスで中学生にして額が数センチ後退し、重度のアレルギーになった(何もなくても常に激しい腹痛と下痢、じんましんが出っぱなし それは今も治らない)
結局しつけにより勉強だけは人並みより出来たのでそれなりの大学に入れたが
大学では友人、知人ゼロというのがあまりに苦痛で、行けなくなってしまった。
大学ひとりぼっちというだけなら珍しく無いかもしれないが、自分の場合それまで鬱積してきたものに耐えられなくなった形だ。
中退してしばらくストレスで体を壊して何も出来なかったが、その後社会に出ても、ろくに人付き合いの経験が無いものだから全く上手くいかなかった。
かなり歳がいってからその後本などから必死で学んだところ、人付き合いに関しては良くなった(あまりに遅きに失したが)ので我ながら決して根っからコミュニケーションが苦手では無かったという事実が、逆に辛い。
全て自分のせいだったらどんなに楽だったことか。諦めがついたろうに。
小さい頃もたまたま話題があった子と一瞬仲良くなることは多々あった。
これを誰かに話したところでテレビ禁止のせいで人生がめちゃくちゃになったなんて突飛な珍説として一笑に付されるのがオチだろうから誰にも言えないのだが、自分なりに深く考えた結果、どう考えてもそれが一番自分の人生で重大だ。
父親の虐待など、人が聞いたらそちらの方がインパクトは大きいだろう事もあったが、自分としてはテレビ禁止さえ無ければ人生が全然マシだったろうと確信している。
親は馬鹿だから子供に与える影響に頭が回らず軽い気持ちでテレビを禁止したんだろうが、本当にそれさえなければ、友達と楽しく過ごす当たり前の子供時代を経験できたろうし、身体も壊さなかったろう、うつ病にもならなかったろうし、大学を卒業して就職してという人並みの人生も送れていたのにという考えが何故か頻繁に明け方に目が覚め、急に襲ってきて、親への恨みで頭がいっぱいになり非常に苦しい。
恨んだところで人生が戻って来るわけでも、これから好転するわけでもないのに。
同級生に地元の大地主の息子がいるのだが、友達が沢山いて、学年一可愛い子と付き合ってそのまま結婚して若くしてデカイ家を建てて、俺の欲しかったもの全て持ってて、地主の土地ゾーンに足を踏み入れる度泣きそうになる。
現在自分はうつ病で働けなくなり、四畳収納なしの部屋に住んでいる。
もちろん独身だ。
人生は比べちゃいけないとはよく言うが、彼の妻は自分の初恋の相手なため彼の恵まれ方と自分の悲惨さはどうしても無意識に比較してしまう。
目の前に車椅子が必要なくらい太ったおっさんとファッションの権威みたいなおばさんが楽しそうに喋ってる。
外は小雨で俺はカフェで雨宿りしてる。
歩いていけるんだけど、ちょっと疲れたし、なんとなくカフェにいてる。
メニューは全て英語でよくわからないけど、ミルクが読めたので暖かいミルクを買った。
この時期のカナダはダウン着てる人もいればTシャツだけの人もいて服装は本当にバラバラだ。
紅葉はまだ少し先のように感じる。赤い葉もあれば黄色い葉もあり、もう枯れてる葉もある。
カフェには太ったおじさんとファッションおばさん以外にも多くの客がいて店内はほとんど埋まってる。
二面が大きなガラスになっていて外がよく見え、とてもオシャレだ。
こんなオシャレなカフェは俺の住む日本の田舎ではスターバックスしかない。
路線バスの車内、その頃はやっていたフレーズをオタク友達の同級生と叫んでいた。
「ようこのようはヨーダのよう!」
「ようこのようはヨード卵光のよう!」
今になってみれば何が面白いのかわからないが、あの時特有の何かが僕らのテンションを高みへと連れ去ろうとしていた。
傍らでは、母親に連れられた5歳くらいの小さなむすめがそのやり取りを不思議そうな顔をしてみている。
お兄さんたちの面白さを見せてつけてやろう。
友人と言葉を交わしたわけではないが、お互いに何となくそう思ったのを感じ取ることができた我々は、表情や声色を変えながらさらにやりとりをエスカレートさせていった。
ちらちらと苛立つような視線を送り始める母親。次第にうつむいていくむすめ。
笑わせるまであと一息かとさらに力が入る我々。
「よぅこのよぅは妖術師ゲドゥのドゥ!」
「ムハハハハ!この世を破滅に導いてくれる!」
「そうはさせない!」
「ようねーし!なんならドゥとかいっちゃったし!」
ここで停留所に到着。残念ながら親子はここで降りる様子。
とうとうむすめを笑わせることはできなかった。
すれ違いざま、むすめが母親に何かを聞いてることがわかった。
「ねぇ、妖術師ゲドゥってなに?」
その声色は明るくない。
「いいから早く行きなさい!」
小声ながらも叱りつけるような様子の母親。
凍りつく車内。
この場をお借りして、全世界のようこにお詫び申し上げたい。
けさ夢を見ました。
ある女性アーティストの家に撮影に行ってそこで忘れ物をしました。これが2年前に実際見た夢です。(撮影の仕事をしています)
けさ見た夢は、その忘れ物を取りに行ったら家に誰も居なくて、勝手に家に入り忘れ物を探していたら、もう女性は引っ越してて別の男性が住んでいる事に気づき、忘れ物を探しているうちに男性が帰ってきて見つかるという夢です。(その男性はきたろうさんでした。シティーボーイズのほうの。)
探している最中「あ!おれ2年前に見た夢で撮影した家にいま夢の中で忍び込んでる!」と思ったのを覚えています。ですが、これは本当に2年前に実際夢を見たのか、はたまた全部今朝の夢の中の出来事で「これは2年位前の〜」っと勝手に思い込んだのか、自信が無くなってきました。
これは夢占い的になんですか?