はてなキーワード: 集中力とは
>・ムービーが我慢出来ない
>・メッセージは読まない
>>>読みたくなるようなメッセージの出し方を工夫していない
>>>ナビゲーションが適切でない。
目的や方向がいつでも確認できるようになってない。
再プレイの時にはて、どうすんだっけ?で 無理ゲー化するとかたまにある。
>「○ボタンを押しながら×」の動作ができない
>>>チュートリアルの不備 つーか なんでWiiで同時押し・・・
>・諦めが早い
>>>謎解きなんて、パズルゲーム買ったのならともかく、その他のゲームでやられたら1度で諦められも文句は言えない。
好みの問題すぎる。
ちなみに、謎解きは大好きだが、たとえば、アクションゲーム買ったときに謎解きがあったら許せないタイプ。
謎解きアクションゲームとして売っていればOK.
>・集中力が持たない
>>>つか、ゲームは1日15分とかなかったっけ? ないし40分も集中持てば十分だと思うが・・・
なんでもいいけど、他人をやや下に見る文章に見えてどうかとおもった。
個性とか個人差とか、好みの問題に起因する所が多すぎる。
個人的には某アクション系ゲームの アクションの真っ最中にムービーインされて、ブチ切れそうになる事もあるので・・・
ムービー見ろってのは暴論だと思う。
近しい人がいわゆる「ゆとり教育」世代、
且つ趣味がゲームだったので、Wiiをプレイさせてその姿勢を観察してみた。
・ムービーが我慢出来ない
1分超えるとスキップできないかとコントローラーをカチャカチャ押し出す
・メッセージは読まない
したがって↓
メッセージを読まないから、会話が終わった瞬間どうして良いかわからなくなる
何かあるたびに「次どうするの?」
・「○ボタンを押しながら×」の動作ができない
何度挑戦しても全く学習しないので、最終的に私が片方のボタンを押したままにしてあげていた
・諦めが早い
謎解き系の仕掛けには2,3度挑戦してわからなかったら諦める
事細かく教えて上げるとその通りに一応プレイする
・集中力が持たない
ゲームは好きだけど、プレイしていられる時間はもって40分程度
健康的ではあるが
■結論
翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。
彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである。
村上的ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツをアイロンがけしている、など)が
突然非日常(不思議な電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。
言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、
たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。
村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界のあいだで翻訳をしている。
言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ。
村上の車の後部座席に戻ろう。
多くの企業の本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。
およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。
木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。
靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。
自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。
同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。
(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)
オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。
山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。
室内のもう一つの棚には村上の人生と作品にまつわる思い出の品々がある。
彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニー・ウォーカーを描いたマグカップ。
はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真(1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。
壁にはレイモンド・カーヴァーの写真、グレン・グードのポスター、ジャズの巨匠の肖像がいくつか。
村上がもっとも好きなミュージシャン、テノールサキソフォンのスタン・ゲッツの写真もある。
私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。
『1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である。
それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。
同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。
村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。
「オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」
彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。
「シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから、日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」
「シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。
彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。
「The Many Sides of Gene Pitney」。
カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカのクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。
村上は13歳の時、このレコードを神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。
針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初のヒット曲「Town Without Pity」。
劇的な、ホルンの即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。
「若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」
終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。
『1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。
彼は読み直したといい、それは退屈だったという。
(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)
「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマック・マッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間が人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」
『1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」
「オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。
「ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分は政治好きな人間だと思うけれど、政治的メッセージを誰かに向けることはない。」
とはいえ村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治的メッセージを大々的に言明している。
2009年、批判のなか彼はイスラエルでエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルとパレスチナについて語った。
この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本の原子力行政を批判した。
一度目はまったくの被害者としてだったが。
バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。
「市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」
演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。
人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。
「これは日本にとって転機になると、日本人のほとんどが考えていると思う」
「悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格と目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」
その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国をモデルケースとして見ているのか、と尋ねた。
「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」
地下鉄サリン事件、阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。
地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。
彼は深さのメタファーを多用することで知られる。
登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。
(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。
毎日机に向かい、集中力に満たされたトランス状態の中で、村上は村上的キャラクターになる。
それは、自らの無意識の洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である。
「僕は東京に住んでいる。ニューヨークやロサンジェルスやロンドンやパリのように文明的といっていい世界だ。
魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。
魔法的リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。
書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」
執筆しないとき、自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。
彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。
彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。
人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。
実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。
1995年サリンガス事件があったとき、村上は被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、
その結果を分厚い2冊組の本として出版した。
のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語に翻訳された。
この会話が終わったとき、村上はランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日のランニングを通して学んだ」と彼は書いている)
身軽で、安定していて、実践的だ。
たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上は自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。
それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。
そんな言い方をした理由はすぐに分かった。
というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。
もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、
地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。
道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。
そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。
上へ、上へ、上へ。
しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。
海ははるか下に見えた。
それは秘められた巨大な水世界、日本とアメリカのあいだの、人が住まない世界だ。
その日見たかぎり、水面は静かだった。
そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。
大通りのサーフショップ、漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。
空気は湿っていて塩のにおいがした。
私たちは並んで浜まで走った。
村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。
セミについても話をした。
何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。
走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂のエアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。
最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。
が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。
飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。
最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。
見たことがないほど変な蝶だった。
浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、
私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。
それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。
蝶が去ってまもなく、村上は階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。
見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分のボトルから水を飲み、私を見上げて言った。
「日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」
「学生は勉強が仕事だ」とか「いい成績をとってればそれでいい」とか言うくせに,
社会人になると「勉強ができるだけ仕事はできない」とか言い出すからこの世界は理不尽.
勉強しかできない風に育った私はどうすればいいんだ,と,途方に暮れながら就活している.
死にたい.
とよく思う.生きていくのが不安で苦しく思う.
*
記憶はないけれど,母はきっと相当悲しんでいたんだと思う.
それが影響してか,母を悲しませまい,苦労させまいと,
自分はひたすらいい子ちゃんに育った.
勉強をがんばって,通知表ではよくオール5をもらった.委員長もやった.
公立の中学へ行き,公立の高校へ行った.
やりたいことも,夢も希望もなかったけど,
そのうち見つかった時のために,選択肢が広がればいいかと思ってた.
3年生までをサークルもせずにだらだら過ごし,
就職活動が盛り上がってきて,なーんにもできない自分に絶望している.
*
やりたいことの選択をいつも先延ばしにしてきた.
そのつけがいま回ってきたけど,やっぱりやりたいことなんて分からない.
集中力がない,逃げてばかり,計画性もない,効率悪い,アイディアも出せない.
研究室は優秀な人が多くて,自分のくずさがよく分かって悲しい.
作業量が多いのもつらくて,進捗報告は毎週すごいプレッシャー.
あってもうまく言えなかったりで,だめだって手応えしかなかった.
こんなくず,入ったってまともに働ける気がしない.
研究室に迷惑をかけてる申し訳なさと,逃げ出したい弱い気持ちでいっぱい.
くずには相応な,名も知らぬ会社にそっと入って,そっと辞めるのが似合ってるのかな.
体を売るか?女を売るか?でも,コミュニケーションだってできないくずなのに.
染み付いた「母を悲しませまい」という気持ちはなくならず,
頼れないな,学費は返さなきゃな,こんなくずに育ってごめんな,と思ってる.
*
いつか,こんな風にくるくる悩んでた頃を,懐かしく思えるのかな.
それか,地球はやく滅びればいいのにな.
あぁ,生きるのがツラい.
贅沢な悩みだこと.
毎年、就職活動の時期になったら現れるのが、
「自己PRで、どのように長所を大きく言って、どのように短所を小さく言うべきだろうか」
はっきり言って愚問です。
何かの本を読んで「長所は良いように言って、短所はなるべく柔らかに」なんていうテクニック的なことを学んだらしく、
「短所は『ひと筋になりすぎることです』などと言ったら、逆に集中力があることをアピールできる」
など、小賢しいことを考え始めます。
そういう小手先のテクニックは意味がないというか、採用担当者は長所をプラス、短所をマイナスという風に捉えているわけではないのです。
むしろ言うなれば、小賢しいテクニックを使わない正直さがプラス、
小賢しいテクニックを使おうとする狡猾さがマイナス、というぐらいです。
単純に、面接官はその人の個性を見たいためであり、こんな長所があり、こんな短所があるという個性を見ているのです。
長所を誇張して短所を隠すといったことをやっても、 それだけリアルな個性ではなくなるので、
「こいつ、なんか変な奴だな。信用できないな」
と思われて終わりです。
ここまでだったら別にいいんです。別に間違ったことを言ってるとは思わない。
ただ、これをやられるとキレそうになる。
分かりやすく、スポーツで喩えてみましょう。
あなたは、サッカーチームの監督で、これから入部する選手を面接していると思って下さい。
入部を希望する選手に対して、「あなたは、どんな選手なの?」と尋ねた時に、
「自分はフォワードとして積極的に得点へ結びつけます。そしてディフェンダーとして守りもかなり固いと言われます。
また、ゴールキーパーの経験も1年間ほどあります。短所を挙げるなら、練習をしすぎてしまうということでしょうか」
「こいつ、良く思われようとしてるだけだな」と思いますよね。
というのも、サッカーはチーム戦ですから、いろんなポジションがあるわけで、
「自分はどの位置でも活躍ができます。短所はありません」などと暗に言ってくる奴よりも、
「自分は攻撃が得意です。守備が苦手です。短所はちょっとスタミナに自信がないことです」
と、端的に正直にきちんと申告してくれる選手のほうが、「なるほど、ではこういう場面で使えるな」と判断できますよね。
ポジションとそれに求められる能力がそんな明確に決まってて、それが開示されてるんだー。
ちなみに、私も割と就活は楽勝だったからかれの言いたいこともわかる。
ちゃんと考えて調べれば、ここいらのことはわかるようになってる。
どちらかというと自分のフィルタのほうが大事で、そのフィルタを通して情報を整理すれば大して苦労しない。
考え方次第で、就活の難易度はスポーツと同じどころか、それよりずっと下まで下げられる。
でも、そのやり方がわからんからみんな苦しんどるわけやろうが。
スポーツは予め向こうがフィルタを用意していて、それに合わせて努力するもの。
就活は自分でいろんな挑戦をしていく中で、自分のフィルタに気づき、見つけ出し、そこから会社を観察することを学ぶもの。
全く別のものを一緒にして語るのって、「すでにわかってる人」向けのアピールではあっても、
「わかってない人」向けの説明としては最悪だと思う。 やめたげてよぉ!
私は現在の就活自体が「能力がある人」以外にとってはもう異常なものだと考えています。
将来的に「正常なあり方・自然なやり方」になったときには、彼のような意見はとても貴重だと思っています。
ただ、今のところは、企業が「漠然とした能力がある人のイメージ」を求めている以上、学生がそれに適応すべく偽りに近い形で演出せざるを得ない状況について、学生だけを責めるのはアンフェアだと思います。
こういう話をするなら、まず「就活自体が一部の人間以外にとって異常である」というのを認めてあげた上で話しをすべきです。
まして、正常な世界と比較して、就活自体を正当化するようなことをすべきではないと思います。
(書き手の人間は「正常な状態など何時の時代もない、自分が何とかするしかない」という考えなのか、この部分をそもそも語るまでもない、と扱っているのでしょうが、自分がじっせんするならともかく、他人に語る場合、それはどうかと思う)
・全体的に好奇心が低下
面白いと思えることが減ってきて、世の中のくだらない部分ばかりに
目が行くようになっているのも、よくない傾向です。
これ、80代後半の俺の祖母(アルツハイマー)と同じ症状だぞ。
進むべき場所や、着地点が、いつまでも、わからず。明日、これから、今、何をすべきか、わからず。ただ、情報を、右から左へ、受け流す。何を入れて、何を処理して、何を吐き出すか、わからず。ただ、目の前にあるのは、真っ白い原稿用紙。何かを書きつけるための、原稿用紙。でも、何を書けばいいかわからず。どこから手をつけていいか、わからず。
何をすべきかわからず。ただ何もできず。
ペンは机の上。音楽をつける。一曲が終わらないままに、次の曲に早送りする。いつも、二つ以上のことを、同時にこなそうとして、一つのことも出来ず、ただ、何も生まれず。そうやって生きてきた26年間が、とても無意味に思えて。それでも、何か出来ると自分に言い聞かせて。きっと自分は特別なんだと言い聞かせて。20年後に自分が何をやっているか、わからず、何もわからず。今日もまた、意味もなくインターネットを歩き回り、エロ動画を見つけ、自慰にふけ、また何ごともせずに、トイレに行って、寝るだけ。
何をすべきかわからず。ただ何もできず。
目の前にあるのは、沸いたお湯と、カップ麺と。一杯のビール。それだけ。ただそれだけを、飲んで、食べる。考えがめぐり、テレビをつけ、全てを忘れ。番組が終わり、5分間のニュースが始まると、全てが終わったような気がして、別の番組をやっているチャンネルに切り替え。何をすべきかわからず。ただ目の前の時間を食べる虫を眺め、食パンは干からび、粉をふき、カビが生えている。
何をすべきかわからず。ただ何もできず。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。何もやってないけれど、季節はめぐり、半周遅れでついて行く。何もできず、何をすべきかわからず。何かをしようと思っても、集中力がもたず、常に言い訳をして、次の言い訳を考えている。外に出れば何かが生まれると信じて、外に出て、夕焼けの下散歩をして、何かが生まれると信じて、夜が来て、家に帰る。音がほしくて、テレビをつけ、9時から始まって、何も生まれず、12時が来て、風呂に入り、また眠りにつく。
何をすべきかわからず。ただ何もできず。
空を見上げても、何も感じず、感じようと思っても、何も生まれず、また眠りにつく。
何をすべきかわからず。ただ何もできず。
自分では何かを真剣にやったことがないのかどうか知らないけれど、
真剣ってのは休まず脇目もふらず集中力を切らさず云々カンヌン」みたいなことを言ってくる人がいる。
どうも彼の中に非現実的な「真剣」のイメージがあって、それと違うものは不真面目かなんかに見えるようだ。
いっちゃなんだけれど、私のほうが彼よりパフォーマンス高いわけで。成果も出してるわけで。
彼が私に誇れるのが真面目そうなふりをすることとか、態度だけなのかもしれないけれど、余計なお世話すぎる。
基本的に余計なことで争いたくはないから、譲れるところはどんどん譲って、
先輩の顔も立てて、いい気分になってもらって、優越感持ちながら私のことは放置して欲しいのだけれど、
臨床実習中。
果てしない量の諸々を同時並行でそこそこの責任と重圧のもとにやらなければいけない。
正直ついていけない。今までの怠け癖がたたって知識はない。不器用で技術もない。集中力もない。提出しなくちゃいけない書類は山積み。
やんなければいけないことすべてにちょっとずつ手を出して、無理そうでとりあえず後回しして、貯めていく。
患者様との会話もおぼつかない。そんな不安そうな顔しないでくれ。もっと焦ってしまう。
友人関係もくそみたいなもんで、同期との情報の共有もうまくいってない。
なんで同期は簡単にこなしてるんだろう。俺はそんなに馬鹿なのか。
この道にむいてないことは十分にわかったよ。でもだからと言ってどうすればいいんだ。
今更他の道に進むなんて周りも俺のカスみたいなプライドも許さない。というか何をしても駄目だろう、こんな感じでは。
現実に目を背けビールを飲む。もう少ししたらマイスリーを飲む。何もかも忘れて寝るのが一番の楽しみだ。
たまに目が黄色い。
ハハッ。
定期的にはてなに上がる英語学習法だが、どうせなら受験勉強の時に使った教材でやればいいのに……といつも思ってしまう。
理由は簡単で、一般向け教材と受験向け教材では作り込みのレベルが全く違うから。
とくに単語関係では受験向け教材の方がずっと「覚える」ことに特化している。(アルクあたりの教材を買って失望したのは自分だけではないはずだ)
学生の時にはCDなんて買えなかったかもしれないが社会人ならその辺やりたい放題なのではないか。
おススメは
・DUO
あたりか。体力や集中力がないときでもなんとなくCDを聞いていれば勉強した気になれるが、実はあまり意味はない。
教材は書店に行けばもっと見つかるかも。あとはヒマな時に英語版ウィキペディアを読んだりすればいい。
最近話題のフィリピン英会話だが英作文の添削をやってくれる親切な先生に当たることが少なくなってきたように感じる。
なお「よい教材」を選ぶ基準だが、「覚えよう」と思ってやった時にどれだけストレスなく進められるか、だと思っている
「どうすれば○○が上手になりますか?」の答えを占い師さんに聞きましたが、これは常に同じなんだそうです。答えは2つのパターンを取ります。
「自分が上達したいものを苦手でもいいからとにかくやる。やり続ける」と答える。
先日の茂木さんの集中力に関するエントリなんかがこの例ですね。
2 すでに頑張ってるけど前のめりになってて努力が空回りしている人に対しては
なぜそれが上達したいのかをもう一度考えるために立ち止まるきっかけを与える。
あとは相手にあわせてきめ細かくヤル気が出るように言い方を変えるだけなんだそうですよ。
成功する道はこれだけしかないと割りきってるらしく、なかなか説得力がありました。
ちなみに占い師さんは、お金を払った後だと、素で聞いたことでも素で教えてくれる人が多いですね。
女、32にもなると、結婚してるかしてないか、旦那の経済状況、子供あるなし、
等、置かれているシチュによって話が合わなくなり、一緒にいるのが苦痛になってくる。
学生時代は同じ学年ってだけで仲良くできたけど、
32にもなるとも~不可能。無理無理。
以下愚痴話。(長文ごめんなさい)
この間都会に嫁いだ友人がこっちへ里帰りする事になり、本人が幹事になって集まる事になった。
私は既婚で小梨。友人は既婚農家子供3人、独身、独身の計5人。)
久しぶりに旧友と会えるとあり、忙しいだろうに他県に就職引越しした友人もわざわざ集まってくれた。
幹事に対して、周りの人がおのおの近況報告(自慢話ではない)してたんだけど、
幹事が何か気に障ったのか、あからさまに不快な顔をしてるのに気づいた・・。
私が話している時も、他の人が話している時も、全然楽しそうじゃない。
私自身、幹事に対して失言があったとしたら土下座モノなんだけど、
友人のたわいもない話(自分、彼氏も出来ず、仕事しかないわー・・その仕事もしんどいけど。私一生独身かもー><;あはは(笑))という捨て身自虐でギャグ取ってる話にも
しゃくにさわってる状況を見て、やっぱ根本的に幹事がおかしい。。。と確信。
(自分が幹事で人あつめといて、人の話に不快な顔するって、この集まりなんなのwww
お土産も買って、休みもわざわざ合わせて呼ばれて行った私ら、一体なんなの・・w)
と思ったけど口や態度には出さず、決死の集中力で周りのノリに合わせて平和に終わらせた。
のちに、その幹事が仕事や旦那との仲が上手くいってない、仕事も辞めようか悩んでる・・とメールが来た。
それで聞く話聞く話にイライラしてたんか・・と納得・・。
(憶測だけど、くだんの独身の子が国家資格で仕事しており、一生独身でも有意義に暮らせる、転職も有利、子供も旦那もいないし自由☆
これから素敵な旦那を選べる。普段は可愛い服も買ってのびのび輝いてるって所がしゃくにさわってた様です。)
もーこんな事になるなら、最初っからこういう会を開かず、自分の親にでも思う存分愚痴や話を聞いてもらえばいいんだよ・・
んで、幹事自身の精神状態が落ち着いたら、皆でのびのびご飯食べたらよかったんじゃないのかなー。
自分が辛いって事も、集まりの時に話してくれてたら、古い仲なんだしみんな励ましたり共感してくれてたんじゃないの?
そういう風に「健全な人との関係」を目指すべきだったのでは????と心底思った。
また、幹事自身が負けず嫌いで人と張り合うタイプなので、周りの人みんなが自分より幸せそうに思って、
でも、他の友人も色々と苦労しているし、「自分ばっかり苦労!!!」とか、そんなわけないんだよね。
口には出さないだけで、みんな色々あるんだよー。
幹事本人は周りから心配してもらったり、ちやほやしてもらいたかったのかもしれないけど、
それなら相手の話の相槌くらい、嘘でもいいから打てばいいんだよ・・。
「みんないいなぁ~頑張ってるんだね。」「そういうの大変だよね。辛いのに頑張ってるんだね。」とか言って、
「実は私は・・」って打ち明けたりとかだと自然に話せるし、相手も自分の話を聞いてくれるし慰めてくれるよね。
ただ受け身になって、不快な態度だけして、「察してよ~」ってのは幼稚すぎるわー。ないわー。
もー本当にあの会はすっごく苦痛だったので、もう会いたくない。
あのころがなつかしい。
家で作業していると特にダラダラと怠けてしまい仕事が全く進まない。
で、たまたま近くにあったガムテープを頭に乗せてみたらなんか集中できた。
重さは260gくらいあるんだけど頭に乗せるとなんか安定する感じ。
他の人にも通用するのか分からなけど、集中力を高めたい人は試してみて!
ガムテープじゃなくても頭に乗せやすい少し重量のある物体だといいと思う。
今ネットで調べてみたら頭にみかんを乗せると集中して本が読めるっていう話が出てきた。
http://www.tbs.co.jp/gacchiri-academy/onair/20100723_2_2.html
やっぱり頭に物体を乗せると集中できるのか。すごい発見だ。
「環境を考えて」とか「電気の無駄遣い削減」とか思ってるんだろうか。
糞暑いが故に低下した作業効率を工数に換算したり、集中力低下によるエンバグなどによる工数増加分を考えると、一人あたり500~1000円/時くらいは余計にお金かかるんだけど、その辺どう考えてるんだろうか。
とか書いてる間に、32.5℃になった。
でも今死ぬのは毎晩毎晩終電まで仕事に付き合ってくれてる先輩に申し訳ない
完全な善意からではなく、単に私の仕事が期限までに終わらないと先輩が責められるからだとは知っている
私の要領を得ない質問に「何でそんなことも出来ないんだ」と言われるたび、
申し訳なさと情けなさで泣きたくなり、そして死にたくなる
一年半働いて、自分の向上心の無さ、集中力のなさがよく分かった
辞めたところで次の仕事を見つける気にはならないし、たとえ見つかったところで頑張ろうという気にもならない
2年前に一ヶ月休職した先輩が未だに腫れ物扱いで遠巻きにされていたり、半年の休職後に復職した先輩が「どの面下げて戻ってきたんだ」「復職できる図太さがあるのに鬱病だなんて仮病もいいところだ」なんていわれている現状を見ると、鬱病だろうが何だろうが、休職→復職は難しいんだと思う
両親は悲しむだろうか。
それとも、親元に帰るつもりもなければ仕送りをする程の稼ぎもなく、結婚も出産も人生の計画に無い娘に価値は無いから良いだろうか。
職場には迷惑がかかるだろうか。
セクハラだパワハラだ恒常的長時間労働だ、と方向違いの問題になったら上司に迷惑がかかるだろうか。
それとも個人的の精神的な問題として済ませてもらえるのだろうか。
上司も先輩も同僚も、誰かに責められるようなことにならなければいいが、「誰も悪くない」なんて遺書があるのは白々しいだろうか。
http://anond.hatelabo.jp/20110902184753
通常、事業を立ち上げた時点では、本人は24時間働けますか?状態で頑張らないと成功なんておぼつかない。専業主婦は24時間家族の面倒みられますか?状態なので、起業したのと同じくらいの心理的圧力がかかっているんだ。専業主婦が起業しようと思ったら、3つの条件が必要だ。旦那さんが自分の面倒を自分でみられること。義両親も両親も介護もお追従も必要としていないこと。子供が自分の面倒を自分でみられる状態になっていること。
つまり、「妻」でも「母」でも「嫁」でも「娘」でもなくて良い場合のみ、経済的なバックボーンを持ちながら起業ということが出来る。
奥さんが専業主婦であることを望む男性が、「妻」でも「母」でも無いことなんて許すわけないから、離婚しないと起業は無理だろうね。
ただし、いわゆる「山師仕事」なら、専業主婦のほうが叶えやすいかも知れない。家族の面倒をみなくて良い時間だけ「小説」だの「マンガ」だの「水墨画」だのに時間を掛ければいいわけだから。だけど、本当に夢を叶えて、それで食べていける状態になったら、やっぱり専業主婦をやっている時間は作れないだろうと思う。シチュー煮ながらプロット書けるほど、集中力分散できる人間は、そう多くはないだろうから。
以上。小説書いてて、お師匠さんについて、ちょっとのめり込み過ぎたとき、フライパンを置き忘れたコンロに豚肉をぶちまけてしまった専業主婦より。