はてなキーワード: OJTとは
そういう事を具体的に聞いてくるならきちんと応えればいいけれど
相手は「具体的に」と言いながらも具体性のない「どう思う?」というボンヤリした質問しかしなかった
「そういう時はボンヤリと合わせればいいんだよ」
と言ってるの
そういう場合にボンヤリ合わせてたら結局何もすりあわせられないままなあなあで終わっちゃうでしょ。
「そういう面接じゃなかった」なら、そういう面接に持ち込めばよかった。
「そういうことを具体的に相手が聞いてくる」っていう流れを作るという戦略があってもよかった。
相手が「具体的」なところを求めて来たなら、例えば、仮に、でいいから、具体的なものを出すこともできる。
「ほんの一例で、もっと別の形での工夫が必要になったりするかもしれないので、そこは実際に業務の中でご協力願いたいんです。」と言いおくことができる。
泣かないようにして、かつごまかさないなら、そういう流れにするというのは一つの手段だと思う。
受かるかは別だし「障害者を叱るというのは理不尽だ」という認識から出発している人間が相手だととても難しいと思うけど。
ついでに実務的な事に関して言えば
面接官が「元増田の障害に対して必要なコストが『自分達に対処可能なものか』について気にしてる」んだったら
資材発注までは行き過ぎだったとしても、OJT教育担当の目星をつけて事前に話をしておくための材料は欲しいと思うよ。
貴方は大変真面目で綺麗な方だと思うけど
笑っちゃったw 貴方はって。嫌味?
この
http://anond.hatelabo.jp/20111216142809
増田なんだけど。わたし。
新卒で入った会社で、ことあるごとに「○○ができない人は、仕事なんて出来ません!」と人事から言われてきた。
会議での席次、名刺の渡し方、エレベーターへの誘導、同僚と通りすがるたびの挨拶、勤怠(体調管理)・・・。
意外と先輩社員もできてないんだけど、「ああいう人は、仕事もできてないのよ」「注意してもらえるうちが華なの、今のうちにやりなさい」と。
で、私はこれらがあまり得意ではなかった。
「あなたは立派な大学を出ているから、期待していたんだけどねえ」なんて言われながら。
呼び出される様子をみて、現場の先輩は「人事怖いねー」なんて励ましてくれたけれど、
同期からは「学歴が良いからって、仕事できるわけじゃないんだねー」「なんでちょっとした風邪で休むの?」なんて人事と同じように怒られる始末。(まあ、そりゃあそうだろう。自分が必死で会社に馴染もうと努力している時に、出来ていないやつがいたら良い気分はしない。)
3年目にはようやくビジネスマナーも身に付いてきたけれど(遅い・・・)、
辞めた。
だめな新人時代の印象が強すぎて、仕事ができない環境になっていたからだった。
同じことを伝えているはずなのに、信用されない、必ず反論される、指示に従ってもらえない。
○○できないと仕事ができない、というのは、
ビジネスマナーができないとプログラムを書けないという意味ではない。
勤怠が悪ければ、売上をあげられないという意味ではない。
最低限のことすら出来ない人間は、対等に仕事をしてもらえないのだ。
無断遅刻・欠勤、会議・休憩の時間が守れない、書類の提出期日が守れない、電話の取り方がわからない、敬語が使えない・・・
そういう人たちがたくさんいた。
そういう人でも、売上をあげたり、システムを構築したり、コスト削減をすすめたり、
前の会社では、風邪で休めば「どうしてあなたは体調管理ができないの?」と叱られたのに、
この会社では、「あの人、身体弱いからなー 明日は来るかなー」以上。
前の会社では、始業ぎりぎりに出社すれば「始業時間は、仕事を始める時間ですよ!」と叱られたのに、
この会社では、無断遅刻しても、「まあ、そのうち来るでしょー」→無断欠勤「寝てるのかなーあの案件どうしようw」以上。
驚くことに、利益、時価総額は、今の会社の方が桁違いに高いのだ。
世の中には、こんなに自由な会社があったのか。カルチャーショックだった。
同時に、なぜ私はあんなに叱責されてきたのか。
前の会社の人事を恨めばいいのに、へらへらしている同僚に腹が立つこともあった。
私は社会人失格だという気持ちを抱えながら過ごしてきたのに、この人たちはそんなこと微塵も考えたことがないのだろう。
うらやましい。うらやましすぎて、うらめしい。
そういえば、高校時代は「掃除できないやつは、勉強もできないんだぞ」って先生に教えられて毎日、真剣に、本当に真剣に雑巾がけしてたけど、あれ絶対関係ないよね・・・
○○できないやつは、△△できない
みんなが求める本来の目的に便乗して、めんどくさいことまでやらせようとする策略なんだ、これ。
何はともあれ、私は私のままで許される環境を手に入れたんだ。
私は 自由だーーーーーーーーーーーーー
数人入ってきた新人のうち、約一名がどうしようもない。
研修でマークアップの基礎はそれなりに教え込まれてる筈なのに、
「じゃあOJTでJQuery使ってアプリの開発お願いしたいんだけど。JQueryはこういうので、サンプルソースと資料はこれね」
と作業を振ると
「JQueryがわかりません。というかJavaScriptで書けば良いのにJQueryみたいなFW使う意味が分かりません、使いたくないです」
とのたまう。で、実装も進めず、ネット見てる。
…そりゃ資料は不十分かもしれないけど、ほかの新人は用意した資料と独学で各自実装進めてるよ?
っていうか君JavaScriptの基礎とかもちゃんと理解してないよね?コピペより先のレベルでものごと理解できてないよね。
で、判らないなら判らないなりに聞きに来ればいいのに聞きに来ない。
頑張ってヒアリングすると「何が分からないのかよく判らないです」ときた。
「じゃあ頑張って判らないところを言葉にしてみない?」と振ると不貞腐れて、明らかに機嫌悪くなる。
初対面の人がちょっと身の上話したり世間話したら、そこで得られる少ない情報から拡大解釈してとにかく責め立てたり優位に立とうとするクセでもあるのかってぐらい。
否定しないです。
ただ、ちょっと付け加えるポイントがあって、私自身、学生時代ずっとマイノリティな活動ばっかりしていました。ちなみに、増田以外で入り浸っているサイトはふたば☆ちゃんねるです。もう8年にもなるそこそこのヘビーユーザーです。
学生時代は何かを企画したり、今までに学校に無かった事を始めてみたり、そういう事ばっかりやってきました。無難とか、なぁなぁとかより、変な事をやってみよう。隠れた需要を掘り当ててみようって学生でした。
だもんで、マイノリティな感性の人間なので、バランスを取る為に無理に一般的なレールに乗ろうとがんばっていたフシがあります。今もそうです。
あと、幼い頃にキツイ虐めを受けて。それを格闘技を始めて自分に自信を持つというやり方で克服したので、挫折した人への理解と言うか、普通じゃない道をひた走る人への理解はあるつもりです。
バイトをしてる女性と結婚したくないってのはそれとは別で、せっかく大学や専門学校出たなら何らかのプロフェッショナルとして働いた経験があってほしいだけです。
増田は善人じゃないよ。ただ単に自分のことを善人だと思いたいだけの人。
増田は、根っからの思いやりの結果善人になっているタイプじゃない。他人から否定的な態度をとられるのが怖いから善人をやっているタイプ。
否定され続けた人生でした。ただ、いつも誰かが共感してくれました。
「お前は大多数に理解されないけど、たまにすごく好いてくれる人がいるタイプだな」と、大学の恩師に言われました。そう思ってます。
善の道は最強の道です。話し合いで最強のやり口は、外堀を固めた上で相手の他に中立な人を挟み、主張の中に相手の得も盛り込んだ落としどころを作る事です。
善くあろうとする事は結果的に最強の身の守り方である事は、飲酒運転をつぶやいて人生棒に振ってる方々を知っていれば共感してもらえると思います。
あと、恥ずかしい話ですが。幼い頃スーパー戦隊の「フラッシュマン」「ライブマン」等が大好きで、ヒーローショーに連れて行ってもらっていました。
そこで、怪人に捕らえられてステージにあげられた私を、ヒーローが助けてくれて、「悪に屈しない強い男になるんだ」みたいなメッセージを受け取りました。
その名残のようなもので、明らかに他人に迷惑をかけた、とか、約束や時間を破ったとかに対して激しい自己嫌悪を産むようになりました。食欲も失せて体調も驚くぐらい悪くなる。逆境だとむしろ活力が湧いてくるのに。
だから、変な善人なんです。ただ、思いやりはあります。母から一番もらったものが思いやりだと思っています。
自分が少し苦労するだけで誰かが楽になるのであれば、世の中から喜びの総量が1つでも増えたら単純に嬉しいって思います。良い事をすると他者の為だけでなく、自分の心もいい気分になるから、自分の為に善い事をしてます。そんな善もあっていいと、俺は思います。
あと、マザコン疑惑とかはてブにガンガン出てるけど違うっつーの!
もう乳離れしてるっつーの!別に俺のカーチャン探してるワケじゃないし。ただ、結婚するなら頭良くてちゃんとプロとしてお仕事してる人がいいよねーってだけなんだけど。あと太ってないのと賭け事しない事とタバコ吸わない事。
それ以外だったら、人に言えない趣味として陰惨な事件の記録読むのが好きですとか、801同人読んでますとか全然大丈夫ですよ。と言うか、ふたば☆ちゃんねる住人の時点で大概の一般的に理解を示されない趣味もほぼ全部大丈夫です。あそこマジで奇人しかいねぇ。
元々は取材記者になりたくて、学生時代に色んな仕事をしている人を取材していました。
飲食店だったり、伝統工芸だったり、娯楽施設や学術施設の保守や営業だったり、ほんとうに世の中には膨大な数のプロフェッショナルとしての仕事があって、世の中には自分と違う道を歩む、知ろうとしなければ知らなかったヘンな事で満ちあふれていて、そんなヘンな物が大好きなんです。
だから、そのどれも選ばず、OJTすりゃ1日でだいたい覚えられるアルバイトしてるっていうのが、自分が好むプロフェッショナルさと真逆行っててヤダなーって思うんです。ここら辺は好みです。
プロフェッショナルささえあれば、顔が光浦靖子だとか、ハリセンボンの細い方だとか、全然オッケーですよ。顔に特大のほくろがあるとか、やけど痕があっても大丈夫です。過去にそんな人を好きになった事もあるので。まぁ、その人は精神的に豪傑な人だったのでバッサリ振られましたが。
結婚相手に問題解決力を望むのは、自分の仕事が問題解決をするのが中心だからっていうのもあります。共通の方向性みたいなものが欲しいんですね。
困難は頭を使えば解決できる!今まで誰もやろうとしなかったやり方で利益を産んだり損益を減らす事はできる!アイディアを評価されるって気持ちいい。みたいな仕事をしています。
だから、アイデアが豊富な女性と知り合うとどうしても仲良くなりたいって思ってしまいます。別に子どもを奥さんに任せっきりにしたいとかじゃないです。
無責任に任せるより、みんなで知恵を絞り合って、最終的に悩んでいる本人が解決できるような、もしくは納得した上で行動して解決できるような話し合いが好きです。
仕事では話し合いに応じない古い人を、外堀を埋めて話し合いのテーブルにつかせてプレゼンをして、新しいやり方を通す仕事もしています。
最後に
でも、好みの相手を求めるって普通じゃない?そして、躓いてどうしようも無いと辛くなるのも普通じゃない?
別に完成された女性じゃなくて、そういう傾向があればいいなとしか思ってないんだけど。とにかく、恋愛は向いてない。時間的余裕も無いから、いつかお見合いでいい人と出会えたらいいなぁと思います。
一年前のこの時期、私も皆さんと同じように毎日OJTと研修に励んでいました。
今でも部内では下っ端で、雑用ばかりの毎日ですが、そんな私にも後輩ができました。
その後輩を見ると1年前の自分を見ているようで懐かしく感じると共に、その頃の自分に伝えておきたい事が色々と浮かんできました。
これを見た新入社員や、就職活動中の人が私と同じ轍を踏んでほしくないのでここに書いておこうと思います。
1.高いモチベーションは危うい
入社当初、私は色々と燃えていました。「私が会社を変える」とかも思っていました。
けど、そんな高いモチベーションは長く続きません。大きすぎる目標は、気を抜くと見えなくなってしまいがちです。
それは一日の目標でもいいです。その小さな積み重ねが大きな目標に到達するための階段になるのです。
2.寡頭制を受け入れよう。
私の会社は、会社紹介のパンフレットで「誰でも発言しやすい雰囲気」みたいなのを売りにしていました。
こういう事をいってる会社は多いと思います。けど、実際は違います。
どんな会社だって寡頭制はあります。そしてそれは民主的な部分を打ち出している部分でこそ、顕著です。これは本当に不思議です。
そんな不条理な中、会社で上手く立ち回るためにはどうしたらいいか。
それはやっぱり上の人と仲良くなる事です。
私は今でこそ仲の良い先輩ができてなんとかやっていますが、
入社当初は研修に没頭するあまり上の人との交流をあまりしていませんでした。
「のみにけーしょんなんてアホくさ」とか思っていましたが、実際はそうでもないです。マジメです。
3.客観視しよう
学生時代の私は、はてな界隈で一年目からガンガン仕事をしてるPGや、中卒でバリバリ働いているエンジニアの方を見て
「私もこうなりたい」と思っていました。それは段々と「私もこうなれる」という思いに変わっていきました。
しかし、それはムリです。冷静に考えるとすぐに分かる事ですが、若さは時に自分自身を過信します。
世の中には天才とそうじゃない人(ここではあえて「無能」としておきます)がいて、数少ない天才が目立っているので
現実を見つめ、自分のできる範囲の事を精一杯取り組むべきです。それは一番最初に書いた事にも繋がっていきます。
こんなところでしょうか。
読み返してみると後ろ向きですね。
内定をいただいて以来、業務関係の連絡が全くない会社とその会社に新入社員として入社した人の話です。
入社式でした。小さなIT企業なので3畳ほどのスペースで辞令を社長からいただきその後簡単な自己紹介をしました。4月中は研修を行うと聞いていましたが、実際は資格の勉強と社会マナーなどが収録されているDVDを2週間、プログラミング実習を別課題各1週間だと聞かされました。その時、やたらOJTというい単語を上司の口から出ていましたが、OJTという単語を確実に勘違いしている。
4月4日~
コンサル主催のセミナーにも向かいましたが、基本社内で資格の勉強をずっとしておりました。渡されたDVDは会社のPCで見ることはできませんでした。おそらく、大量の常駐ソフトによるメモリ不足、コーデック関係のどちらかだと思います。再生30秒ごとに数分止まるという無駄な時間が過ぎていき、とてもイライラしたことを覚えています。本当に私は今月入社することになっていたのだろうか。その割にはあまりにも準備がされていなかった。DVDを見せるなら正常に再生できるか。何か説明をするのならあらかじめ話す内容を決めておいているのか。そして大抵の説明の最後に「なにか質問はありますか?」と聞いてくる。質問するほどの内容を説明していないのにこの自信はなんなのだろうと思いました。DVDは結局個人的に借りて家で見てレポートを書くことにしました。会社のPCで再生できるように奮闘した結果がかくかくな再生では非常に時間の無駄だった。
会社への不安と不条理さと試されている感が交錯しながら2週間を終えました。
来てそうそう配属について連絡がありました。配属といっても自社開発はなく客先常駐のプロジェクトでした。「新人 PG 架空の経歴書 事前面接」このあたりのキーワードでピクピク来る人とは仲良くなれそうです。研修後半の課題が出されました。使っているPCがとても遅い。コンパイルが遅い。IE起動が遅い。無駄な常駐ソフト。
新人が一人で客先常駐って時点で、完全に終わってることを自覚しなさい。 - @katzchang.contexts のエントリを何回か見ました。元の増田が削除されているのが残念です。
どうやら新人が一人で客先常駐に行かされるらしいです。その事前面接をしました。前述したとおり架空の経歴書を渡され、ある事ない事しゃべってきました。どこの会社も行っているからという理由は弊社でそれを行う理由にはならない。もう今週くらいになると自分自身でキャリアプランニングをしている。最長2年の間に架空ではない経歴書を書けること。いつ会社を辞めるのか。それまでに自身に課さねばならないタスクはなにか。それらをGWにじっくり考えるつもりだ。
その他
話の中で人があまり出てきていませんが、ほとんど接しなかったためです。今年の新入社員は私一人だけでした。一日中会社にいてやること済ましてそのまま帰ることも何度もありました。たまに掛かってくる上司の電話口から声が小さい事を指摘されました。ずっと黙ったままの作業していて、発する声が元気なわけありません。それ以降、ぶつぶつつぶやきながら作業をすることにしました。社内には私しかおりませんので当然注意する人もおりません。
意味がわからん、 嫌いだったら、 おいいね。っつっといて、こっちで直して。 1年ぐらいでさようならだろ。普通。
嫌いだったら、手間隙かけて、わざわざ コメントして 伸ばさねーよ。逆じゃねーか?
今の世の中そうだけど、他人のガキを怒らねーだろ。 他人にコメントするのはスゲー労力なんだよ。 嫌いな奴は何も言われない。もしくは褒め殺し。
そういう事は載ってない。そしてそれが何より大事だ。
うん。まさにそうだね。だが・・・OJTでそれを教えるときに、オープンソースを知らなければ まず最初にするコメントは、オープンソースあるけど、どうする?
そして、増田みたいにいろいろ言ってくるから、何度でも受け答えして、多角的に判断していくしかなかろ。
なんで、オープンソースじゃなきゃ許さんという理論になるんだ?説明と交渉と説得だろ。
逆に、折れを説得してOKとったら、OKっつったんだから、今度は会社の他の人に、俺が、それを説得しに行く義務ができるんだから、説得ぐらいはしろと。
だから、コストの問題だろ。OpenSSLは例だけど OpenSSL相当のドキュメント書くのと OpenSSLを採用した理由を書くのではドキュメントの量が違うし
いまどき、OpenSSLを使うのに、そんなに長いドキュメントが必要か?それこそ問題だろ。
別に 自分で書くのは悪いことじゃないよ。何度も何度も言ってるけど、そういうふうに指示を取るなって事だよ。
具体例として、OpenSSLを上げたときに、これはOpenSSLと仮定してくれな。実際は違うけど。
具体例として、OpenSSLなら、実際に作るよりも、使ったほうが早い場合のほうが多いし、今回はそうだろう。という話だよ。
オープンソースは何でも神なんて、ヒトコトもいいってない。
別段、オープンソースを社内のライブラリに置き換えてもらっても結構。
仮に 自社製品のSSLライブラリがあって、うちはコレを売ってるのに、 なんで OpenSSL使ったのダメだろ。ってコメントでもOK。
教えてくれませんでしたから>>> ・・・うーん、それも一理あるが・・・ 次回から、自社ライブラリとかは調べてから、つくってね。
これは、こうだろ。
大変申し訳ありませんでした、私の指示ミスでございました。とか、言うわけ無いだろ。外注ならともかく。
どっちでもいいなら自由にさせたらいいじゃない。
会社なんだから、レビューとチェックがあって、報告して、相談しながらやるのは当たり前。
なんども言っているが、求めているのはOpenSSLよりも、自分で作ったほうが コストパフォーマンスが高いということを証明しろ。って言ってるだけ。
そもそも、自由には義務がつきまとうが、自由に書きたければ、説得する義務はあるだろ。
よくわからんが、そのとおりだろ。同じことを言ってる。
あたりまえだが、そんなコメント出す段階で、その部分のドキュメントに多くのコストを掛ける金はない。
他方 オープンソースはOpenSSLクラスで本やに本があるレベルだからねぇ・・・いくらなんでも程度問題。
自由にやらせてみろって言ったり 事細かに指示しろっていってみたりよくわからんが
それこそ、事細かに指示したらロボットができちまうよ。自主性を求めてるんだからこの程度は有りの範囲と判断してだしてるから問題なし。
1ヶ月もほっといたわけじゃないし。
そもそも、つくれといった部品とはちがうサブで使う部品を、持ってくればいいのに、作っちまったって話だから。指示しようもない。
怒ってるわけでもなんでもない。コメント。
1ヶ月もほっといたら、
だから、怒ってない。再発防止も含めて、学習も含めてコメントするのは妥当。
仕事頼んで、適宜レビューしてそのタイミングで引っ掛けてるんだから、問題ないっしょ。
よくわからんけど、増田の話は理想論的で、現場の状況 状況でこっちも、適宜コメントしてる。ってのが抜けてるんじゃない?
OJTなんて、一人ひとり、相手によって違うんだから、気をつけてやっても失敗することもあるし・・・難しいんだよ。
いずれにしろ、相手によって、細かく教えるか、やらせてダメなとこだけ言うかなんて違う。
それに対して、王道の理想論持ってこられても現場は回らないよ。
いずれにしろ、レビューってのは、こっちの意見を投げる場であって、命令を投げる場ではないからねぇ・・・
反論があるなら、していいんだから。自分のを書きたいなら、とことん、こっちのほうがいいと主張すればよろしいとおもう。納得すればOKだすんだから。
そうじゃない。書いたものを10年間 更新し続けられるか?って話。
時間と予算がある初期開発では作られるが、あとあとの予算がなかったり急だったりしたときに入るメンテナンスで変更が入って、ドキュメントが置いて行かれるってのはよくある話。
まぁ、だからコメントしたわけだが・・・コメントしたことに突っ込んどいて、コメントすること言われても、スゲー困る。
また、甘えないで欲しいんだけど、大学卒業していれば、研究を始める前に他人の研究というものを調べるのは当たり前の行為。
さすがに、有名なものを調べずに作っちゃったとしたら、学士号を持つ人にとっては落ち度だし、仮に修士号だとするとミスだね。
レポート書くときには参考文献とか、いろいろ書くでしょ。大学で習ったことと同じことをして欲しい。参考文献0じゃぁねぇ。
調査して見つからないならともかく・・・OpenSSL波に有名なものを見つけられなかったら、それはそれで・・・
うん、だから、教育コストを掛けて、実地させて、繰り返し、実例で教えているわけだが・・・何が不満なの?
まさか、その程度で減俸するわけでもあるまいに。
この時期、世の先輩たちは新人に仕事や作業を教えることが増える。
そこで教える側の気を付けることを当たり前のことかもしれないけど2つ書く。
・教えた直後に理解しているかを確かめながら教える
・分からなかったことはすぐに質問させる
少人数の方が教える質は高くなる。
前提として、知識は知識の上に成り立っていることがままあり、一つの知識が理解出来ないとよほど理解力がある人ではない限りその先のことは、教わってもほとんど理解できなくなってしまう、ということがある。
「何も分からない多くの人」に教えるとき、教わっている人の理解度に関わらずテンポよく進めなければ全体の効率が落ちるので一方通行の話になりがち。
そこで理解度を犠牲にしている分、質は落ちるというわけです。
少人数に教える場合は「僕の言ってることが分からなければ何でもすぐに質問して」とでも言って、理解度を均一に保つことが容易になります。
これで先輩にありがちな「あ、それも説明しないと伝わらないか」ってことを防げます。
また質問しない新人相手には今のは分かった?ということを逐一確認すればいい。
よくある一度説明してから後で質問を受け付けるのではなく、その場で質問してもらう方が、仕事等でOJTやレクチャーをする場合には新人たちの理解度は上がるんだと思います。
ただ、どうしても大人数に教えなければならない場合、単純な仕事・作業ではなく社会人的マナーや考え方を教える場合などは当てはまらないかも知れない。
あと行き過ぎると「教えて君」を育てることにも成りかねないので、こういう場合は質問してもいい、こういう場合は調べてと言うなど別な方法が必要かも。そのやり方、いいヒントあったら教えてください。
「サラリーマン」と括ってしまうことで拡散してしまうものがあると知りつつ、ひとつの視点を提案してみたいです。
あ、三十手前職歴なしのたわごとです。
あとは貶すなり加えるなり好きにしてください。
帰属意識という点で、あらゆる伝統技能職や専門職よりも職人(あるいは奉公)精神を求められるのが、現代のサラリーマンなんじゃないか。
そう考えることで、よくわからない精神的敷居の高さ、正社員にあらずんば人にあらず的な空気、新卒>>>>>>既卒+経験、という現象の一旦が説明できないだろうかと思う次第です。
変なタイトルつけちゃったけどさ。私が言いたいのはね。
そうした職人精神とか、「社畜」の心意気みたいなのは、あってもいいと思う。立派に働いている友人たちは尊敬してる。
でも、それが日本的な相互監視と相まってできた「空気」に追い詰められた人が「自死」を選んだとき、その人の弱さのせいみたいに言うのは、やっぱりおかしい。
だから、私はもうすぐここから逃げるつもりです。
何度負けたって、それが死でなければ、人生は続くのだから。
「空気」を喜ばせるより、こんな私でもいて欲しいと言ってくれる人を喜ばせるために、これからは生きてくつもりです。
名前つけるのは迷うよね。
それって会社の資産だから、ちゃんとした名前をつけたほうがいいと思う。
1、英文字系
CMSとかOJTみたいに3文字程度で意味を表すっていう伝統があるみたいだ。
この名前の問題点は「名前を聞いただけではそれがどういう会社なのかさっぱりわからない」という点にある。
文系的ではないんだな。
機械の部品みたいな会社だ。下請け専門の会社とかライブラリとかの部品にすごくこだわりのある会社ならふさわしいのかも。
2、地名、人名系
地名や人名を元にする会社はその地域やキーマン(通常社長)のリソースに深く依存している。
地域のための会社であったり、人との個人的な繋がりが重要であればいい名前なのかも。
ただし、今となってはやや古臭い感じがする。
3、美文系
例えば、オラクル、ディーバ、ニフティ、ソネット(ソネットエンタテインメント)など。
オラクルは神託って意味で、言葉そのものにイメージを引き起こす一定の力がある。
単語として美しい単語をつけることで、その言葉の力を借りることができる。
問題点としては、ある程度の実態が伴っていないと空卒に響く可能性があることだ。
どちらかと言うとなんらかのエンタテインメント要素を含んだ会社に相応しいネーミング方法だと思う。
官庁や公企業などの硬い会社と取引する場合には、浸透するまでは違和感があるかもしれない。
また、会社の名前を聞いただけでは何をやっているかわからない。
4、技術用語系
シンプレクス・テクノロジー、テクマトリックス、ワークスアプリケーションズなど。
これは聞いただけで「あ、IT系の会社なのかな?」と直感を働かせることが可能。
一般的な単語を使用しておくと将来、会社が業務内容を多少変更しても違和感がない。
ただ、こういう会社はものすごく多いので、競争入札などの何らかの競争がある場合には字面的に埋没する可能性がある。
「技術的なことならなんでもやる」という何でも屋体質の人はこういう名前をつけてもいいのかも。
5、あとは上記の言葉の組み合わせ
言葉を組み合わせる会社はたくさんあるんだけど、長くなるとカッコ悪くなる。
会社のイメージが曖昧になるという問題がある。グループ会社の場合は仕方ないが。
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まずは、自分の会社がどういう会社なのかを認識することが重要だと思う。
「他の会社とどこが違うのか?」ということをよく考えてネーミングしたほうがよい。
http://d.hatena.ne.jp/dondoko9876/20100118/1263799034
「日本の韓国統治は善政か否か」問題で久しぶりに面白いエントリーを読んだ。正直、日本の韓国統治は悪だ、という議論は感情論ばかりが横行するので辟易していたのだが、こういう数字に基づいたエントリーが出てくるとちゃんと議論になる。実際、コメント欄でも、すれ違いはあるものの真っ当な議論になっているように思う。
でもさ、『ちゃんと学術的に認められた歴史書を読み直されるよう、お勧めいたします。』って書くならさ、もう一歩踏み込んでもいいと思うんだ。学問の主戦場たる英語の論文の数々に。ここ20年間、様々な定性定量分析が積み重ねられてるのに、それを無視するなんて余りにももったいない。
結局、日本も韓国もこの件ではバリバリの当事者な訳で、どうしたって中立的な議論は出来ない。純粋に学術的に中立的な議論をしても、その裏の政治的思惑を勘ぐられるのがオチだ。なら、第三者たる欧米の、それも世界最高峰の大学で教鞭を執る学者の議論を参照することは決して無意味な事じゃないはずだ。
それに、10年前と違って、我々はほぼ自由にこれらの議論にアクセスできる。Google Scholarで”Japan Korea colonization”を検索してみるだけでいい。10回くらいクリックすれば議論の形はある程度つかめてしまう。いい時代になったもんだ。
で、2時間ほど仕事をさぼって論文を流し読みした結論。それは、
ということ。ついでに言うと、欧米の開発経済学者と何度か話した時も、この結論をある種自明のように語っていたので、現在でもこのコンセンサスは有効であるように思う。私自身は門外漢なので断言は出来ないが。
日本の植民地政策の総論として、大体平均的な見解になっているのは、Bluce Cumings(シカゴ大教授)の以下の下りだと思う。
エトウ教授は日本の悪徳はヨーロッパの植民者のそれと何ら変わるところがなかった、と述べている。それは正しいのかもしれないが、一方でその美徳はヨーロッパ人のそれとは全く異なっていた。日本人には、信じるに足る「自らを正当化する神話」は存在しない。少なくとも何人かのフィリピン人は、アメリカの植民地主義は独立というゴールへと至るための良き教師であると信じていたが、日本は良き教師ではなかった。少なくとも幾人かはイギリスはインドにとって自由民主主義の良き模範であったと信じているが、日本は良き模範でもなかった。日本がもたらした美徳の数々は、倫理的には(philosophically)正当化するのは難しいが、実際的には(practically)容易に受け入れられるものだ:軍事的成功、強力な国権の運用、急速な経済発展、そして近代的な工業セクター。それゆえ、1945年に韓国人達は日本の植民地主義に対する全面的な拒絶を唱えて解放を謳歌したが、その一方で日本がもたらした様々な影響からは抜け出すことが出来ないという、二律背反に直面することになったのである。
ちなみに、このCumings教授は北朝鮮よりの言動が過ぎると批判を受けているくらいであって(英語のWikipedia参照)、決して日本よりのスタンスを取っているわけではない。むしろ、日本の植民地政策は朝鮮が政治的に分断される一因となったと書いている(人となりの雰囲気はこの辺りのブログで分かるかもしれない。http://d.hatena.ne.jp/uedaryo/20090208/1234060826)。それでもなお、36年間の日本の経済政策については、むしろ肯定的な言及が多い。日本の植民地政策についての興味深い言及もあるので、興味のある人は以下のリンクを読んでみると良いだろう。英語は平易なので、特に苦労なく読めるはずだ。
B. Cumings (1984), “The legacy of Japanese colonialism in Korea”, RH Myers and MR Peattie eds., The Japanese Colonial Empire: 1895-1945, Princeton UP.
http://brightrising.com/pdf211/week10/Bruce%20Cumings%20%27The%20Legacy%20of%20Japanese%20Colonialism%20in%20Korea%27%20-The%20Japanese%20Colonial%20Empire-%20p.%20478-496.pdf
似たような議論としては、
LG Reynolds (1983), “The Spread of Economic Growth to the Third World: 1850-1980”, Journal of Economic Literature.
G-W Shin (1998), “Agrarian Conflict and the origins of Korean Capitalism”, American Journal of Sociology.
CJ Eckert (1991), Offspring of Empire, U of Washington Press
などがまとまっている(最後のは読んでないが)ので、興味のある人は参照して欲しい。Google scholarで検索すれば他にも沢山出てくる。個人的にはReynoldsが俯瞰的にまとめていて良いと思う(アクセス権がないと入手が困難だが)。
さて、ここからが本題だ。欧米の碩学達はなぜ「日本の植民地政策は有益であった」と結論づけたのだろう。正直、上のリンクを読みやがれの一言で済ませてしまっても良いのだが、一連の議論がある程度まとまっている論文を見つけたので、以下で抄訳してみたい。プリンストン大学のAtul Kohli教授の論文なのだが、まず彼は94年に「日本の植民地政策は、戦後の韓国の経済発展に重要な貢献を成した」という論文を発表したのだが、これにS. Haggard(UCサンディエゴ校)、D.Kang(ダートマスカレッジ)、C-I Moon(延世大学)の3人が「いやいや日本の影響なんてたいしたことないから」という反論論文(以下HKM)を寄稿した。これに対して更に「いや、君たちの言うことはおかしい」という再反論をKohliが行った、という流れになっている。この最後の再反論の論文が短くまとまっていて論点も明確なので、これを取り上げてみることにしよう。
HKMではKohli論文に対して4点の反論を試みている。まず、日本統治下での韓国の経済成長と、終戦後の韓国の経済成長とを過大評価しているという点。『私の原論文では、主によく知られたS-C Suh (1978)のデータに基づいて、植民地時代の米の生産量は年率2%相当の伸びを示しており、その相当量が土地1単位辺りの収量の増加によると議論している。生産性の向上は、日本政府による計画的な灌漑、品種改良と肥料の使用を反映したものだ。
日本の行動が利己的なものであって、多くの韓国人はこれらの植民政策の恩恵を受けていなかったという不快な事実に関係なく、安定的で近代的な農業生産の成長は植民地主義の歴史の中でほぼ無類の成果であった。この経験は韓国を他のアジア諸国(除日台)から一線を画す存在にした。そして、この経験はその後の韓国の経済成長へ貢献する一要素となったことは間違いない。』
HKMはこれに反論を試みているが、『HKM自身が提示した資料によれば、1911年から38年までの植民下の韓国の農業成長は3.17%増加しており、私の提示した数字よりも更に高い。』Dehliはなぜ彼らはこの事実をちゃんと議論しないのかと指摘した上で、もう少し細かい議論をしている。さらに他の研究を引いて、Myers and Yamada (1984)は1920年から40年までの農業生産の伸びを年率1.15%、S-C Suh (1978)は穀物生産が25年間で45%、米は30年間で100%増加したと推計しており、『これらのデータを前にして、植民政策下の韓国の農業生産と米の生産が植民経済の基準から言ってかなりの増加を示したことを誰が疑うのだろうか?』と問うている。
『より重要なのは、これらの、特に米の生産の成長の源泉は何かと言うことだ。Suh (1978)とMyers and Yamada (1984)の双方が、この時期に耕地の大幅な拡大や、農業への労働者の大量投入は見られないと指摘している。これらが強く示唆するのは生産性の向上である。HKMは生産性の向上はあくまで緩やかなものに過ぎなかったと主張するが、30年間で60%もの生産性の向上(Suh, 1978)を緩やかと表現するのは不可能だ。籾付米の栽培パターンの変化は韓国農業に“生物学的革命”が起こったことを示している:品種改良された種籾を使用する水田は倍に増え、肥料の投入量は10倍になり、灌漑された農地は年率10%近いスピードで拡大し続けた(Suh, 1978, Myers and Yamada, 1894, Ishikawa, 1967)。
これらの改善は明治時代の農地革命の日本から韓国への計画的な普及の成果(Suh, 1978, Myers and Yamada, 1984)であった。日本の植民地政府の韓国農業改革の努力によって、“近代的な農業革命が開始され”、日本や台湾と同様に、“これはアジアにおける近代農業改革の端緒となったと言って良いだろう”(Myers and Yamada, 1984)。更に、他の研究者達が指摘するように、この革命は終戦後も引き続き行われた。これでもなお、「ユニークな植民地の運営は大戦後の韓国の経済発展への足がかりとなった」ことを否定することが出来るのだろうか?』
日本の工業政策の影響については、『HKMは3つの伝統的な-そしてあまり説得的ではない-理由から反論している。曰く、工業部門は殆ど日本人が所有していた。曰く、その殆どは北朝鮮に位置していて韓国の経済発展には関係ない。曰く、どちらにせよ、朝鮮戦争であらかた破壊されたので関係ない。
日本人への所有権の集中という最初のポイントは説得的とは言えない。韓国の1965年以降の経済成長においても、企業の所有権はかなり集中していた。こっちは問題ではないとでも?日本の資本について言えば、「外国資本ニ支配サレタ工業化ハ真ノ工業化トハ言エナイ」的な議論は、既に説得力を失って久しい。第2に、工業資本が朝鮮戦争で破壊されたという点は私が原論文で指摘済みの点である。繰り返すが、当時の工業資本の約半数は南朝鮮にあったのである。さらに、南朝鮮にあったのは繊維工場のような軽工業資本であって、北の重工業に比べて輸出産業としては離陸しやすかったはずである。』
Kohliは、更に反論として、脱植民地運動と朝鮮戦争の破壊からの急速な回復は、韓国人が近代工業を運営した経験があったからこそであること、(2) 工業資本が戦争で破壊されたのは事実としても、知識は消え去らないこと、近年のRomer (1993)などの内省的成長理論においても知識の重要性が強調されていること、などから、日本の植民地時代の「正の遺産」は韓国の経済発展に寄与したとしている。
政治プロセスの話をしているのだが、「てめーの読み違いだよ」という話なので省略。
『主にEckert (1991)の重要な著作に依って、私は原論文で日本の植民地主義が韓国で資本主義が孵化するためのフレームワークを構築した、と論じた。』『HKMはEckertはある特定の例しか研究しておらず、日本の植民地政策の影響がなかったとしても、韓国固有の資本主義がいずれ芽生えたはずだ、と主張している。』
これに対する反論として、Kohliは3点の反論を挙げている。(1) Eckert (1991)の“韓国の資本主義は日本の統治の下で、日本の公式な承認(official Japanese blessing)をもって花開いた”という議論は依然として受け入れられており、仮に例証の少なさが問題だとしても、多くの研究者がいくつもの例証を発見しつつある(例えば、Ho Su Yolの研究によれば、韓国の企業家の数と、韓国人所有の企業の規模は、1930年代に共に増加している。(2) 歴史にifはありません。 (3) 『確かに、植民政府は利己的な動機で動いていた。確かに、多くの企業は日本人に所有されていた。しかしそれでも、その政府で、企業で、多くの韓国人が働いていた。そして、その過程で日本式の資本主義はゆっくりと、しかし確実に韓国に根付いていった。更に言えば、多くの韓国人起業家がそのビジネスをスタートさせたのはこの時期なのだ (Eckert, 1991)。確かに、有力な財閥企業の多くは大戦後に設立されている。しかし、資本主義というのはある日突然芽生えるものではない。多くの財閥企業(現代、三星、Lucky Starなど)の創業者達が最初に事業を興したのは植民地時代なのである。』
最後に、日本政府による朝鮮人労働者の使役の問題について。『私は原論文で、韓国での日本人は、きわめて抑圧的でそして日本自身のそれによく似た労使関係の構築に寄与した、と主張した。マネージャー達は若い韓国人を雇い、OJTを施し、愛社精神を植え付け、とんでもない長時間労働を要求し、そして国家権力を後ろ盾として労働組合や政治的な活動を禁じた。さらに、“サンポ”システムで「産業愛国クラブ(industrial patriotism clubs)」を組織して経営者と労働運動のリーダー達を同じクラブの一員とし、彼ら労働運動のリーダー達を経営者が雇い挙げる仕組みを作り上げた。この厳格なアメとムチのシステムは日本人経営者に「生産性上昇よりも低い賃金アップ」という恩恵をもたらしただけでなく、政治運動を無視して生産性向上に集中させることを可能にした。この仕組みは韓国政府に受け継がれ、その高度成長期まではこの仕組みは維持された。』
以下結論が続くが省略する。残念ながら、この論文は大学関係者以外はアクセス権がないので、興味のある方は大学図書館で以下を当たって欲しい。
A Kohli, (1994), “Where do high growth political economics come from?”, World Development.
S Haggard, D Kang, CI Moon (1997), “Japanese colonialism and Korean development: a critique”, World Development
A Kohli, (1997), “Japanese colonialism and Korean development: a reply”, World Development.
念のために書くが、別に権威ある意見が全てだと言っているわけではない。自分の足でデータを探して考えるのはとても大切なこと。でも、それだけではたどり着けない議論というのがあることも分かってもらえればありがたい。上で紹介したKohliは帝国主義と経済発展が専門分野で、日々そんなことばかり議論する毎日を送っているはずだ。そういう人たちがたどり着いた「日本の植民地政策にはありきたりのvices(悪徳)と、ユニークなvirtues(美徳)がある」という結論には、それだけの重みがあると私は思う。
・メモを取る
・自分なりに復習する
・手順とか前任や先輩が作ったのあれば何度も読む
その上で、分からない所を具体的に聞く。
同じ事は何度も聞かない。(そのためのメモ)
あいてがボソボソグダグダになってら、自分からどんどん意欲的に質問する。
先回りした質問でもいい。
うっかり間違い、勘違いしててもいい。
叱られるかもしれないが、分からないままや、勘違いしたままよりずっといい。
何がどう分からないか、自分はどう考えてるのかを自分の言葉で聞く。
能力のアピールなのか、やたらと「分かってます」連発の新人は、
正直教える気が失せる。
(本当に分かってるならいいんだけど、大概そうじゃない)
先輩は一人じゃないと思うから、適度に他の先輩にも聞けるといい。
(自分が苦痛なのは、相手も苦痛だって思いやりの気持ちは忘れずに。
それは社会人としての壁だからなぁ。
そもそも相手が下手とか陰湿とか、何もかも相手の責任にするのはダメ。
OJTって、本来もっと幅広い教育・支援なんだから、双方の協力・信頼関係が大切。
もっと甘えていいと思うし、甘えるべきだと思う。
忘れないでほしいのは、新人って、どこの職場でも希望の星なんだよ。
このご時世だから、気に入らない、自分に合わない、で簡単に辞める人間が多いから。
だから、みんな元増田に成長してほしいし、貪欲になって欲しいはずなんだ。
あと、残業だけど、それは必要な作業?
単に新人で慣れてないからグダグダ残業なのか、みんなきっちりやってる仕事のひとつなのか。
見てると、結構前者が多い。報告書とか、慣れれば5分10分で終わる物を、
30分も1時間もにらめっこしてる。
手が遅いのは仕方がないけど、一番無駄なのは自信がなくて提出を遅らせてるだけの奴。
背中を押してもらえるし、教えてもらえるし、時間短縮にもなる。
むしろ慣れていかないと。
来月以降、夏季休暇あるんでね?
もうすぐ三ヶ月目・・・。
春から、新卒で働いてる。
別に事務職だし大丈夫だろうと、就職課の「考え直せ」的な遠まわしの忠告も無視して入ってしまった。
今思えば、ちゃんと聞いておけば良かったかもしれない・・・・
もっと酷い会社なんて、ゴマンとあるだろうし、まだ「大丈夫」ではあるけど・・・・
やっぱ・・・・OGが悉く辞めただけはあるかなぁ・・・・と思う。
OJTらしきものはあるけど、なってない
ボソボソ指示してくる先輩
全然聞こえない、ハッキリ喋れよ・・・
わからないから、こっちは、どうすれば良いのかわからない
もう一度お願いしますと言っても、「お前、ちゃんと聞けよ」という顔をあからさまにして、不機嫌になる先輩
自分はわかり難い喋り方してるくせ、私がうろたえてると、ちゃんと言いたいことは、はっきり言わないと~とネチネチ言ってくる
こういう人が複数・・・・
事務職ばかりの閉鎖的な空間のせいか、陰湿な人間が多いのだろうか・・・・
明日から、また5日仕事だと思うと、ため息ばかり出る。
胃も痛いなぁ・・・頭も、なんか変
のどが変
家にいると、気が付いたらボーっとしてる
すごくしんどい
精神的にもしんどいけど
残業が毎日あって、体力的にもしんどい
どうもバカらしくなってきた
何でこんなことしてるんだっけ??なんて思ってしまう
今は、誰だってしんどい時期なんだろうとは思うけど
どんどん気分が沈んでいくのがわかる
不況な世の中だけど、来週に新社会人の方々が入社されたり、現場に配属されたりする訳ですが。
・・・先輩となる受け入れ側の(OJT担当になっちゃった)オイラは地味に不安・・・。
何人か新人受け入れてはOJT終了や当人の人格問題でサヨナラしてきた訳だが、それでもやっぱりこの季節になると、業務を遂行出来るように教えられるか本当に不安。
色々と準備しているが、本来の業務最優先で受け入れ用ドキュメント無いし、今まで割と現場叩き上げ主義だったのが災いしてドキュメントの説明不足が深刻・・・。
・・・それ以前に、該当業務出来るのがオイラだけってのが一番深刻な気がするなぁ・・・。
とりあえず、ちゃんと受け入れられるかなぁ・・・。・・・もし、私の後輩となる増田さんが居たらまだまだ未熟者で、先代の負債(ドキュメント不足)を拭い切れてない駄目な先輩だけど宜しく&一緒に不足してたり説明不足のドキュメント充実させて行こうな(こらw)