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2024-04-11

anond:20240411232627

かいよね

近所で3頭飼ってて川辺をいつも黒づくめの格好で3頭一緒に散歩させてる男性がいる

一匹はピンクハートマークの毛染め?をされてていつもインパクトあるなって思ってみてる

他のも刈り方がなかなかアバンギャルド

2024-03-31

冬終わって泣いてる

北海道民

寒くて雪が多くて除雪で腰は痛いし暖房費もかかるし大変だけど冬一番好きで冬終わってしまったのが寂しすぎて泣いてる

路面のアスファルトはもうほぼ出てて冬靴の底がすり減るし今日ついに夜歩いても全然寒くなくて本当にちょっと泣きながら帰ってきた

寒くて雪が多くて暖房費もかかるし除雪も大変だけど冬はヒグママダニハエも出ないし(クモは出る)不審者も出足が鈍くて森も街も夜遅くまで気にせず歩けるサイコーの季節(ただし猛吹雪の日を除く)

川辺の道はきれいだし河畔の雪原には青紫の影がくっきり落ちてウサギとか狐の足跡が延々続いてるし街の道を歩いても小型犬中型犬大型犬足跡がずっと続いてて散歩の記録がいつまでも残ってるから何が歩いたかありありとわかってかわいいし夜降ってくる雪は見上げればいつまでもずっときれいだし雪の結晶も肉眼で見られて外灯できらきらして最高だしコート着てればその下の格好はあんまり気にしなくていいし毛も剃らなくていいしあったかコーヒーは常においしいし遠くのスーパーから溶けるのを気にせずアイスを買ってゆっくり歩いて帰ってこられるし汗かかないから街中まで1時間以上歩いても平気で行けるし冷凍パスタも溶けないしストーブの前でぬくぬくしてた猫の思い出もよく蘇ってくる

こんなにも冬最高なのに毎年終わってしま

悲しい

日陰の雪を探して踏みに行っては名残を惜しむ三月

春くんな

2024-03-12

静岡

ーー美しい国なのだ


そのころ都知事男性が何度か擁立されたがうまくいかず、女性統治しはじめて数世代を経ていた。

歴代女性都知事は初代の名を襲名し、鏡を奉じて男性側近に補佐を受けつつまつりごととまじないとを能くしていた。


相模湾西部熱海市近郊の海上伊豆七島領有をめぐって勃発した静岡県との抗争に際して、初代から数えて第17代目となる百合子は旗艦神田」上で如上のセリフを口にした。

この時代東京都統帥権都知事が有した。百合子は政治的には東京都知事であり、軍事的には東京辺境領戦姫巫女肩書き世襲する。いわゆるエクストリームシヴィリアンコントロール体制時代にあった。

なお付言すると、東京辺境領の名は京都臨時政府(京臨)による侮蔑的呼称であったものを、関東人がアイデンティティ形成の中で好んで自称するようになった歴史的背景がある。


緒戦において豊富な物量と都税による作戦を展開。酒匂川での会戦勝利し現今都軍は湯河原本陣を置く。

静岡県伊東市まで伸びるJR東日本は内通済みだ。往古の契約である伊豆急行国鉄との境界と、静岡県神奈川県との境界差異を利用した政治的戦略である

伊豆七島のある相模湾沖に睨みを効かせる必要は当然あるものの、静岡県府は遥か西方だ。

県民による「静岡県東西に長いですからなぁ〜」が現実味を持っていやらしく聞こえてくる。


静岡には不思議兵科がある。

古い時代伊豆熱川にもたらされた甘蕉鰐(バナナワニ)なる生物を飼い慣らし、軍事作戦に同行させる兵科だ。

甘蕉鰐兵は甘蕉鰐と寝食を共にし、巧みに甘蕉鰐を動かし、酒匂川でも川辺故に都軍を脅かした。

その大隊伊豆の国市駐屯しているという。半島から攻めるにしても三島に出るにしても睨みが効く位置にある。

意外に、静岡は粘り強く戦うかもしれない。

東西に長い。静岡本府を落としても浜松がある。

浜松の手前には、300年前に先祖リニアさえを止めた大井川がある。

大井川にも特殊兵科がある。鉄道機関車の正面に面妖な顔面を据えた戦術機関車がいくつも配備されていると聞く。

季節は春。海上に吹く風さえ穏やかだ。ここから先もう少し伊豆半島を南に進むと、早咲きの桜も見られるという。

あるのは人の諍いだけ。東京辺境領戦姫巫女は遥か西への長い戦旅のことを思う。

2023-12-01

これは……アメフト部に親を殺された男が……アメフト部破壊するまでの物語

※この増田イメージです。実在人物団体事件との関係保証するものはありません。

男の名は天太太郎

彼の母親は平凡な公務員だったが、ある日の宴会とある大学の元アメフト部員が宴会芸でやったタックルにより首の骨を折り帰らぬ人となった。

失意の中町をさまよった天太太郎は辻占い師から「お前の入った部活薬物汚染により取り壊されるだろう」という予言を受ける。

その予言を真に受けた彼はその日からアメフト練習を始める。

薬物という言葉からヒントを受けドーピングを繰り返した天太太郎の戦績は輝かしいものとなった。

順調に結果を出し、遂に目的アメフト部へ入部、薬物を部内へと広めるため人脈を作り始める。

そんなある日、彼は試合前の検査に引っかかってしまう。

彼の検査結果は。

性別詐称」。

ドーピング審査を通るため彼は試合前に双子の妹の尿を仕込んでいたのだ。

DNAこそ同じだったがホルモンの成分が丸っきり違っていた。

もしもこれが男女逆であれば即座に罰則を受けただろう。

しか猶予が生まれた。

機転を利かせたアメフト部員の「だが待ってほしい。性別詐称は女が雑魚から問題なのだ。逆なら別にいいのではないか?」という言葉議論を深めたのである

残された時間はもう少ない。

まだ部活に薬物を広めきっていないまま表舞台を去る訳にはいかない。

もう性転換しかない。

そう思いながら川辺を歩く彼の前に、ピンク色の象が現れる。

そして天太太郎魔法少女になった。

魔法の力により「めちゃくちゃ男っぽく化粧をするのが上手い女。骨格も気合で変えていただけで、デフォルトは女のもの」という状態を手に入れた。

彼は固有魔法に「顔と手足の力を変える能力」を選んだのだ。

魔法少女天太太郎はいからか三匹のおともを連れ歩くようになる。

吸血鬼狼男、そしてフランケンシュタイン

この街人知れず守り、魔を退ける男性魔法少女のことを人々はいからかこう呼ぶようになる。

「退魔クン」と。


※退魔くんは大麻なんかしていません。

2023-11-07

北海道民ワイ、熊出地帯に住んでる

あいつらが伝って街に降りてくる川筋とか山の際きわに結構近いとこな

クマ気にせんかったらええとこなんやけどクマをひとたび気にしだすとなんでこんなとこに街開けてしもてご先祖ここに住んだんやろと思ってまう

毎年注意して歩いてはいるけど今年まじで怖すぎて死にそう

あいつら早朝と夕方に出没することが多いけどワイは家を出るときも家に戻るときも大体その時間

夕方も怖いけど最近は夜10時以降の目撃情報も多くて怖くて怖い

とっぷり暮れて人通りも車通りも少なくなってから時間帯に帰宅するときマジで怖すぎて半泣きしながら家まで半走りで帰ってる

ヒグマ怖いよう、お金たまったら本気で引っ越したい

ヒグマ引っ越し資金をためるぞ

その前に自治体はボーボーの川辺草木を刈ってくれ~~~~こわいね

2023-09-23

anond:20230923001723

「ほう ほう 蛍来い こっちのみーずは甘いぞ」と歌いながら蛍舞う川辺弱者男性が川に放尿しているのを見ました

2023-09-10

線香花火は嫌いだ

中年男性の苦い思い出話なので花火ソムリエの人は読まなくていいやつ。

 

 

二十年は昔の話だけど、抱え込んでると心理的負荷が一向に下がらないというかむしろ記憶結晶化して死ぬまで恨み続けるのだろうなという気がしてきたのでこういう形でテキストとして吐き出す。

 

高校の頃、気の合う人(異性)がいた。(以降、「その人」とよぶ)

文化系部活で一緒で、どちらも対人関係あんまり積極的ではない感じだったのだけれどなんとなく馬が合い、放課後に部室で2人~4人ぐらいでのんべんだらりとしたり、たまに一緒に帰ったり、あれやこれやは略。で、恋愛関係では無かったけど、「周囲からは付き合っているのでは?」と言われ、たびたびそういう噂も立っていた。

 

まあでも、当人からは何か噂が立つたびに「一緒に居るのは楽しいけれど、それはそれとしてあなたのことは異性と見れないし、噂が立つのものすごく 迷惑なのだ」と繰り返し言われ続けていた。その一方で、誤解を受けてもしょうがないような、友達と言うにはちょっと近すぎる距離感でもあった。

当時はそういうふうに言われるのもしょーがないと思っていた……けれど、やっぱり向こうが望むような距離感を保つことに疲れたのと、「自分自身迷惑存在であること」というのを繰り返し言われ続けることがかなり辛かった。いや一緒に居るのは楽しかったけどそれはそれとして。

 

高校卒業してから積極的に連絡を取ることはしなかった。ついでに、大学東京を挟んで日本の反対側ぐらいの地域に行って、物理的な距離も取った。もうこれで「自分迷惑存在であること(を繰り返し思い知らされること)」という思い出から脱することが出来た……と思っていた。

 

のだけれど、大学卒業したタイミング高校同窓会があって。田舎なので一次会が終わったあとは川辺でみんなして花火となり、なんとなくその人と二人きりで向き合ってひたすら線香花火を消費する流れになってた。

なんでそんな(外見上だけは)エモいシチュエーションになってるのだ。意味が分からない。

しかも、いつの間にか線香花火の玉が落ちそうになったら相手の玉と融合して延命みたいなルールまで(向こう主導で)生えていた。なんだそのエモさ。訳が分からないよ。

 

向こうの恋愛感情に火がついてるみたいなことはなく(双方共に「今付き合ってる人が~」という話をしてた)、その人はむかしどおり「お前は迷惑存在なのだ」と思っているのだろうけれど、それでそんな距離を縮めるのやめれ……「そういうの恋人とやればいいでしょ俺じゃなくて」という気持ちと「でもそれはそれとして楽しい」という気持ちがせめぎ合ってこちらの情緒が壊れる。というか壊れた。高校の頃から壊れていたけれど、決定的に壊れた。

 

それから20年ぐらい経つけど、未だにぽっかり時間が空いたときかにいつも心の中で「それはそれとして、お前を異性として見られないのだ」みたいな言葉が延々と反芻されてるし、その人とは最大限距離を置き続けている。

 

男女間の友情が成立しうるか否か」的な問いに一般解は無いけれど、しかし一方が辛みを持ち続けてしま関係性になってしまうとちょっと辛すぎる。そして、若い頃はストレートに「こちらはこんなに辛いのだ」みたいなことを言えなかったし、痛みを率直に言えるような(擦り切れた)年齢になってしまうと今度は「わざわざ合う機会を作って辛みを訴える」というヤバい人になってしまうので言う機会がない。

ぐるぐる。

2023-07-25

ナツマ釣り

最近、天敵が少なくなったからよく釣れるようになったよと釣具屋の親父から聞く

夕暮れごろの神社境内に、赤い提灯を仕掛けておくのが狙い目だとのこと

早速、バケツと竿を持って、釣り場を探す

参道には姿は見えないが先客がちらほらいるらしい

世代の古いお面やら、角のつぶれた玩具の箱やら、尾びれの股が分かれすぎた出目金やら、的屋場所借りした仕掛けから狛犬首に巻いた赤い布や、灯篭の根元に置かれたきんちゃく袋みたいな古典的な仕掛けまで

いたるところから獲物を待つ小さな針がのぞく

太公望気取りを刺激するのも、糸が絡むのも嫌なので、目立たぬ方に歩みを進めて、自然とついた路地裏に陣取って、電柱赤ちょうちんを仕掛けて、日が沈むのを待った

その辺の店の神棚からかっぱらってきたお神酒と、地べたに盛られた塩を肴にしょうもない時間を過ごし、時折寄ってくる野良猫を追っ払う

火に脂のはじける音がして、草履や法被が参道喧騒を連れてくる

人込みは屋台に気をとられたかと思うと、鳥居をくぐって、音頭のなる方へと流れていく

どうも本通りを外れた提灯には見向きもされず、私の仕掛けは間抜けな明かりで地べたを照らすのみだ

しばらくするとひゅうんと音がして、人々の視線が空へと浮かび、的屋は客の視線を戻そうと声と身振りを大げさにしていく

夜の帳が降りたころが釣りの幕開けなのが粋で、空に火薬の花が開いたら帰る合図だと諦めの早い太公望通りすがりに声をかけてくる

ますます見向きもされない仕掛けを前に、空からの破裂音がむなしく響いた

そろそろ潮時かと片付けの準備をしかたころ、赤提灯の下に小さな影が丸い眼をしてやってきた

年の頃は5、6歳の童が水色の甚平を着て、綿菓子の袋を大事そうに抱えている

坊ちゃん迷子か、こっちだよと優しい声音で引き寄せて、童の腰のあたりまで提灯を垂らした

ゆらゆら揺れて降りてきた灯りを不思議そうに触る甚平の袖に針をひっかける

ほれきたと当たりを喜び、竿をひき、糸を手繰り寄せ、本日釣果を胸に抱く

小柄だが朝餉くらいにはなるかとバケツに放り込むと、童は体に見合ぬ大声で泣きさけび始めた

空に打ち出される火薬玉よりも、音頭を鳴らし続ける太鼓の音よりも、酔っぱらいを運ぶ救急車サイレンなんかよりも、一等大きな声が母を求め、窮地を嘆き、バケツの中で暴れ狂う

遠くから童を呼ぶ女の声がして、共鳴しあうように童が声を張り上げると、女の声もさらに大きくなり、だんだん路地裏へと近づいてくる

面倒だからさっさと帰ろうとしたところ、バケツから生臭の匂いがした

童が勢い余って小便を垂れた上に、懐に入れていた金魚袋を振り回したすえ、紐の握りを緩めて手放したらしい

バケツの底のたたきつけられた金魚とお小水とで、興ざめし路地の隅に童を返して、その場を去った

川辺で汚れたバケツを洗い、宿へと戻る

兄弟に空のバケツを見られ、神社ボウズになりに行ったのかい?とからかわれたので

ちげえよ、ナツマを釣りに行ったんだと返した

メチャクチャ小さい蟹 3

1.

 近所の小川にでも行こう、とお前は思い立つ。

 ハッキリ言って、近所の小川に行っていられるような気候ではない。なにかが壊れているのかと思うほどに気温は高く、家の外に出るなりお前はほとんど気を失いそうになる。

 眩しく輝く陽光を浴びて世の物すべてが陽炎を放つ中、お前は歩き、小川にたどり着く。水色の塗装が剥げかかった小さなハシゴを降りて、お前は川辺に降りる。近くにある橋の下まで歩くと、日が当たらないぶんわずかに涼しい

 苔の生えたコンクリートを背に、お前は座り込む。座り込んで、目の前を横切る何かに気がつく。

 それはメチャクチャ小さい蟹だ。メチャクチャ小さい蟹が、お前を見てハサミを振り上げる。

 

2.

 牧場に行こう、とお前は思う。お前は牧場になど興味がなく、また牧場は非常に遠い。ほとんどメリットのない、まったくナンセンスといってもいいような決断だが、人生には時折そのようなタイミングがある。

 自動車運転して、お前は牧場に向かう。牧場は人里を離れた山のなかにあるが、とはいえ観光牧場から、道中に不安を感じるような道はない。

 10月の空は澄んでいて、遠くには雲がたなびいている。遠くに馬糞の香りを嗅いで、お前は牧場に来たことを実感する。「ようこそ」と書かれた、大きく古びた看板が立っている。

 お前は牧場に興味がないから、何をしていいかほとんどわからない。迷子のようにふらついて、食堂のような建物に行き着く。まだ昼前だから人影はまばらで、ただソフトクリーム売店の前にだけ人だかりがある。

 人だかりに加わるかどうか考えながら、お前は食堂の古ぼけた椅子に尻を据える。安っぽいプラスチックの机の上に目を走らせると、そこには何か小さい生き物がいる。

 それはメチャクチャ小さい蟹だ。どこからか、羊の鳴き声が聞こえてくる。メチャクチャ小さい蟹が、ハサミを振り上げる。

 

3.

 お前は花火大会を見に行って、さしたる感動も得られずにひとり家路をたどっている。夏の夜風は生ぬるく、虫の声がうるさい。

 川面に揺れる街灯の光に誘われて、お前は渡る必要のない橋を半ばまで渡る。半ばまで渡って、欄干に腕を乗せる。欄干に腕を乗せて、ただ川を見る。見応えのあるものでもない。時折、祭り帰りとおぼしい浴衣姿の人影がお前の後ろを通り過ぎる。

 ふと、欄干の上に何かがいることにお前は気付く。大型トラックが背後を通り過ぎ、橋は大きく揺れる。橋に合わせて揺れているのは、メチャクチャ小さい蟹だ。メチャクチャ小さい蟹が、お前に向けてハサミを振り上げる。

2023-07-11

anond:20230711134843

もう少し経ったら川辺で尻出して寝てるかもな

2023-02-24

天涯孤独

川辺に佇む

橋の影

哀しみは遠く

流れる水に溶け

なかなか文才あるな

2023-02-17

[]新GeoGuessr日記7

無料版。シングルプレイヤー。Classic Mode。マップは「World」。時間は無制限

1問目

賑やかな街角一見してヨーロッパの古い都市かと思ったが、逆方向を見ると高層ビルが建っていた。

目の前の店の看板に「The Oldest Cheese Shop in America!」と書かれている。ほんまかいな。

標識に「Manhattan Br. Bowery」と書いてあるから、これはニューヨークなのかな。

道の名前はわかるんだが、それを地図で探すのが難しい。

グランドアベニューじゃないよ。グランドストリートを見つけたいんだよ。紛らわしいな。

地図を探し回ってようやく見つけた。ロウアーマンハッタングランドストリート

誤差4m。5000ptだった。

最初チーズ店は開業1892年で本当にアメリカ最古のチーズ店らしい。

もつい一週間ほど前にコロナ禍が理由で閉店が発表されたらしい。悲しいね

2問目

綺麗な住宅街石畳道路に真っ白な家屋

たくさん店が並んでいるけど看板文字英語ではないな。

ÄとÅを両方使うのってスウェーデンだけだった気がする。

で、この規模の都市といえばどうせストックホルムじゃないの?

と思ったけど地名がぜんぜん噛み合わないな。

途中で「E14」の道路標識を見つけて、それはストックホルム周辺に無さそう。

どうも北のほうの「Östersund」という街らしい。「Hotel Östersund」ってさっき見かけたぞ。

道路名前から初期地点を割り出す。誤差0m。5000pt。ぴったりだった。

3問目

大きくカーブした道路看板に「Welcome to Edgerton」と書いてあるからEdgertonという町なんだろうな。

「SOUTHERN WISCONSIN NEWS」とも書いてあるのでウィスコンシン州だったりするかもしれない。

これで道路の番号さえわかればなんとかなりそうだが…と言ってるうちに見つけた。国道51番だな。

ちゃんウィスコンシン州だ。いいぞ。

道路を辿ってEdgertonを発見。本当にウィスコンシン州南端だった。

誤差30m。5000ptだった。

4問目

川辺だな。近くに橋がかかっている。

そこまで広くない道の両脇にずらっと駐車されている。観光地なのかな。

看板を見るかぎりフランスっぽい。「A9 A75」とあるのは道路番号かな。

フランス地図A9とA75を探す…「BÉZIERS」という街か。

おお、道路標識に「BÉZIERS」という文字列を見つけた。

しかし「川辺で橋の近く」というわかりやすい目印があるのに地形がピンとこないな。

行き詰まったので回答してみるか。

ううん、BÉZIERSからやや離れた「Agde」という街だった。

詰めが甘かったな。誤差は19km。4938ptだった。

5問目

今回は5問とも都市部だったな。マンションみたいな建物に挟まれた道。

看板を見つけたがこれはスペイン語か…?

地平線までまっすぐ続いてそうな広い道路がある。

道路標識に「MADRID」とあるのでマドリード周辺なのか。

いや逆向きの標識に「BARCELONA」とあったのでだいぶ遠い都市標識に書いてるパターンかこれ。

うーん、地名道路番号から考えると、どうもバレンシアみたいだな。

道路名前人名がそのまま付けられてて探しづらい…が、それらしい道路を見つけたぞ。

南北に伸びるJuan XXIII通り。そこから緩やかにカーブしたFederico Alcácer Aguilar通り。

初期地点はたぶんこのあたりだろうから回答。誤差10m。5000ptだった。

結果

トータルスコアは24938ptだった。

2022-12-25

買い物に行く途中の細い川の護岸の上ではだかの少年たちが遊んでいた。ひとりはボクサータイプの短めの海パンだけを履き、もうひとりは上半身には白いTシャツ、下はボクサータイプ海パンTシャツのすそにかくれてまるで下半身裸のように見えた。川のなかに海パン姿の少年がひとり見えた。背格好は高一か高二くらい、iPhoneをかざしてなんだか楽しそうに盛り上がっていた。

真夏ならともかくこの季節にいったい何をしていたのか見当もつかない。だいたいここは住宅街の真ん中、川辺もその裏の塀もぜんぶコンクリートでおよそ川遊びをするような場所ではない。それから少年たちの海パンは股下がほとんどない短めのボクサー、まるで昭和時代の半ズボンみたいなタイプだった。こんな海パン、いまでも中高生で履く子がいるんだ。少年たちの肌は真冬の昼の光をうけて白く光っていた。

2022-10-25

anond:20221025173552

親父にしばかれた思い出でずっと忘れられないことがある

休日家族ででかけたピクニックかなんかで、山の中のアスレチックに親父と二人で行った

入場口とかなく、なんか無料適当に遊べる感じのコースだった

途中から調子にのって親父を置いて一人でずんずんと進んだ

コースを外れてしまったのか、もともとそこはちゃんと管理されてなかったのか

崩れかけたつり橋があった

気にせず渡った

しばらくして親父を待っていたか何かしてたら大声で親父が呼んでいた

引き返して合流したらめちゃくちゃ殴られた

そこら辺の記憶はもう曖昧だが、危ないとかそういう感じの注意だったと思う


親父にしばかれた思い出がそれだけだったら、

(今思い出したが、子供だけで川辺遊んだのがバレた時もめちゃくちゃしばかれた)

愛情があるからこそきつく怒られたという感じで、プラスに働いただろう

今でもあれは自分が悪いし、あの怒り方でひどすぎたとはあまり思わない

残念ながら親父はしょうもない理由日常的に暴力をふるうタイプだったか

それ以外にもしばかれまくってて、なんだかんだ人の顔色をうかがう気弱でメンタル弱い人間になったけど

適宜が適宜で済むなら可能性はあるが、親側がそんなコントロールできるできる可能性低いし、子供側も色々だから暴力なんて滅べばいいとは思う

2022-06-08

このように、兄の信康や秀康、弟の忠吉などは、武勇や知略に恵まれた名将と評価されている。事実、信康は武勇に優れ、秀康も秀吉にその人物評価され、忠吉も関ヶ原本戦島津豊久を討つという武功を挙げている。それに対して秀忠には、武勇や知略での評価は乏しく、またその評価ができるような合戦経験していない。ただし、秀忠は2代将軍だったため、後半部分で秀忠は温厚な人物だったと弁護している(「仁孝恭謙」と、儒教倫理上での最高の評価をしている)。しかし、当の徳川家による史書でさえ、秀忠の武将としての評価は低かった。

それでも後継者となったのは、家康が秀忠を「守成の時代」の主君に相応しいと考えていたからだと言われている[17](家康は唐の太宗の治世について記した『貞観政要』を読んでおり、貞観政要には「守成は創業より難し」という一文が存在する)。父の路線を律儀に守り、出来て間もない江戸幕府の基盤を強固にすることを期待されたのであり、結果として秀忠もそれによく応えたと言える。

為政者としての評価

公家諸法度、武家諸法度などの法を整備・定着させ、江戸幕府の基礎を固めた為政者としての手腕を高く評価する意見もある[注釈 6]。娘の和子を後水尾天皇に嫁がせ皇室牽制、また紫衣事件では寺社勢力を処断し、武家政権の基礎を確立させた。家康没後は政務に意欲的に取り組んでおり、家康が没した直後の元和2年(1616年7月小倉藩主の細川忠興は息子・忠利に「此中、公方様御隙なく色々の御仕置仰せ付けられ候」(最近将軍様政務に余念がない)と書き送っている[19]。

秀忠に将軍職を譲った後の家康がそうであったように、家光に将軍職を譲った後の秀忠も、大御所として全面的政務を見ている。作家海音寺潮五郎は「家康は全て自分で決めた。秀忠はそれには及ばなかったが半分は自分で決めた。家光は全て重臣任せであった。」としている。

江戸上洛の途中、三島宿で鰻を獲ると神罰が当たるという三島明神の池で鰻を数尾獲った小者がいた。そのことを耳にした秀忠は小者を捕えると宿の外れで磔に処した。「神罰を畏れぬ者はいずれ国法をも軽んじて犯すに違いない。それでは天下の政道が成り立たぬ。神罰覿面とはこのことよ」と言った。一罰百戒、厳罰主義の秀忠らしいエピソードである

大名たちの家族関係には些細なことにも気を配り、それを解決する時には茶目っ気もあった。小倉藩細川忠興は父・幽斎譲りの脇差「大三原」(『享保名物帳』の同名の刀とは別物)を愛刀としていたが、嫡子忠利が所望しても与えないので、親子関係がぎくしゃくしていた[25]。どういうわけか、この事情は秀忠の耳にも及んでいた[25]。そこで、ある年、細川父子を伴として浅草川に水浴に出かけ、忠興にも一緒に川で水を浴びるように誘った[25]。忠興も、水浴びとなれば、大三原を腰から外さざるを得ない[25]。秀忠は、忠興より先に水浴びを済ませ、川辺に置かれていた大三原を手に取ると、一人川に入らず側に控えていた忠利に気を利かせて、「余がこれを拝借し、取り次いで、そなたに下賜してやろう。(将軍仲介しているのだから、)越中(忠興)のやつもまさか異議は申すまい」と堂々と宣言して、大三原を忠利に与えてしまった[25](『細川忠興公年譜』[26])。このときのやりとりは実は忠興にも聞こえてはいたのだが、将軍の声には逆らえず、しぶしぶ従ったという[25]。秀忠の大物ぶりに感化されたのか、忠利は後に大三原を気前よく弟の立孝に譲っている[25]

2022-05-05

カモに餌やり。

 「石の卵」という本を見た子供が、内部に宝石の入った石を探したいと騒ぐので、家族川原に行くことになった。

 ところが、川辺キャンプ場の駐車場に車を停めて川原を目指して歩いたところ、川原へ通じる小道の全てが封鎖され、「立ち入り禁止」の立札が立てられていた。

 車へ戻り、堤防沿いや川にかかる橋を通過してみたりして気づいたが、連休中でしかもいい天気なのに、川原には川遊びをする人々どころか釣り人さえ一人としていない。いつの間にか、川原全体が立ち入り禁止区域になっていたようだ。

 子供宿題の絵日記ネタが無くなったと泣いた。

 そんな訳で石拾いは諦め、翌日、市営のちょっと大きな公園に行った。お目当ては、公園の中心にある池だ。そこではザリガニ釣りと鯉に餌やりをすることが出来るのだ。

 公園に着くと、まずは散歩がてらぐるりと一回り。ここに来たのは数年ぶりだが、昔とほとんど変わっていない。芝生や樹木は手入れがなされてさっぱりとした様子。遊具では沢山の子供達が遊んでいる。噴水は十分おきに水を吹き上げる。そこに水着姿の幼児達が水浴びに興じている。

 変わった点はというと、芝生の半分くらいは沢山のポップアップテント占拠されていて、子供達が走り回る場所ではなくなっていたことくらいか

 だが、ふと気がついたが、うちの子供達は既にこういう公園で遊ぶような年齢ではなくなりつつあるのかもしれない。テントの合間をぬうように走り回る子供達より、我が子らはだいぶ大きい。うちの上の子小学五年生だ。下の子は二年生で小柄な方だが、それでもこの場所では少し浮いているかもしれない。

 池に行ってみると、昔のように畔には燕子花が葉を伸ばし、浅瀬は蓮の葉に覆われている。そして、池の中央にかかる橋から池に餌を投げ込んでいる人々がいた。どうやら今も池の鯉用の餌が売られているようだ。

 そこで、子供達を連れて公園入り口まで戻り、管理事務所に入った。昔は事務所の窓口で鯉の餌が売られていたはずだ。ところが、今は販売システムが変わっていた。事務所の裏口で「鯉・カモの餌」と「ザリガニ釣りキット」がそれぞれカプセルに入れられた状態販売されているのだ。1個100円なり。

 昔、子供達がまだ幼児だった頃は、どんなにせがまれても鯉の餌やりやザリガニ釣りはさせなかった。池の深さはそれなりにあるのに、周囲に柵などが全く設置されていないからだ。子供達が池に落ちるのを畏れた。だが、今では子供達も大きくなったことだし、これからこちらがここへ遊びに来ようと誘っても子供達の方が億劫がるかもしれない。もしかしたら、これが最初最後の機会になるかもしれないと思った。

 子供達は大喜びだ。上の子は鯉とカモの餌がいいと言い、下の子ザリガニ釣りキットを選んだ。鯉とカモの餌は思ったより多く入っていた。ザリガニ釣りキットは、タコ糸の先に小さな鉛の玉スルメの切れっぱしをくくりつけたものだった。それを園内で適当な木の枝を拾って結び着けて使うのだ。

 上の子に私がつき、下の子には夫がついた。私と上の子は池に餌を投げ込み易い、開けた場所に移動し、夫と下の子ザリガニがいそうな、浅瀬で草の陰になっている場所へと移動した。

 池の中を泳ぐ魚影は、昔に比べてだいぶ少ないように見えた。だが、一匹一匹がとても大きい。昔見たのよりも全長が倍くらいありそうな錦鯉が、泥水の中を悠々と泳いで行く。上の子はただの黒い鯉よりも錦鯉に餌を食べて欲しいらしく、餌を一粒ずつ、腕を振りかぶって遠投するが、まったくのなしのつぶて。どうやら、鯉達は全く腹を空かせていないらしい。風上の方から、ふやけた餌粒がいくつも漂ってくる。

 黙々と餌を投げ続ける上の子の横で、私はしゃがみ込み、時々水底に光る小魚の影や水面を漂う餌粒の合間をすいすいと泳ぐアメンボを眺めた。

「あーあ、全然食べてくれない」

 と、上の子が嘆いた時だった。燕子花の葉陰からカルガモが二羽、クワクワッと鳴きながら泳ぎ出て来、水面に浮かぶ餌粒を食べ始めた。ただ水の流れ任せにたゆたっていく餌粒を、カモはまるで生きている虫を捕まえるかのように、律儀に大げさに嘴を左右に振って、食んだ。そして、クワクワクワッと、まるで我々のことを「餌くれる人」と理解しているかのように見上げて鳴くのだ。時々田んぼの近くを散歩中に見かける彼らとは、ずいぶん態度が違う。用水路に浮かんでいる時の彼らは、人の気配がするやいなや、バタバタと飛び立ち、逃げてゆくというのに。人を見分けているというより、場所を見分けているのだろうという気がする。

 間近で見るカルガモは、思ったよりも目が顔の中心よりも上にあって、しかも目付きが鋭い。剣呑な目の真ん中の瞳孔は、鳩のそれと同様に虚ろだ。確か、渡辺崋山だったか……、江戸時代の終わりごろに、師匠の絵を手習いにするのではなく、自然花鳥風月を直接手本にして描く絵師がいたけれども、彼らの観察眼はかなり自然に忠実だったのだなあと、しみじみ思う。今目の前にいるカルガモは、私の子時代ワイドショーで持て囃されていた、雛を沢山連れて道路を横断するカルガモの親よりも、江戸時代の写実画によく似ている。

 上の子は、鯉を狙って餌を投げつけている間に投球のコントロールがよくなり、高確率でカモの真正面に餌を投げ込んだ。ところが、そういう時に限って、カモ達の食い付きは悪い。上の子の贔屓は、二羽のうちの後方にいる方で、これは前方に出て盛んにクワクワッ鳴いて餌を強請る奴よりも小柄で控えめに見えた。上の子は手前のカモに一粒投げたら、後ろのカモに二粒連続で投げた。だが、後ろのカモがきょとんとしている隙に手前のカモが自分に投げられた餌そっちのけで後ろのカモの分を横取りしてしまう。

「あー、ずるいーっ。なんで自分のを食べないのぉ!?

 上の子文句言い言い餌を投げる。ぼんやりと浮かぶだけの後ろのカモと、その周りを忙しなく動き回って餌を独占する、手前のカモ。後ろのカモがこちらに真っ直ぐ顔を向けたままほぼ動かないので、真正から見たカモの顔つきの不気味さがよく見える。ウサギなんかと同じで、目が顔の左右に着いているので、真向かいに向き合っても視線が合うことはない。カモのような鳥が真正から絵に描かれることが少ないのは、我々人間の顔とは違う顔をしているからであり……はっきりいって、正面から見ると別に可愛くないからでもあるんだろうな。

 と、考えていてふと気づいた。単に視野問題なのだ。私は上の子に餌を一粒貰い、後ろのカモの左脇を狙って投げた。すると、すかさず手前のカモも反応したが、後ろカモは横取りされる前に餌を食べた。やっぱり、目の前に落ちた餌は、見えないので気付き難いようだ。後ろのカモに与えようとして投げた餌はちょうど、手前のカモの視界をよぎって飛んでゆく。

 そのことを上の子に伝えたところ、上の子は二匹のカモに代わる代わるに餌を食べさせることに成功した。

 カモ達の食欲は底なしに見えたが、少しすると食べ飽きた様子で、餌を拾うのを止めてただ水を嘴で掬って飲んだ。水を飲むときは首を真上に長々と伸ばして、軽く嘴を左右に振りながら嚥下する。

 ふと、後方のカモがブルッと尻を振った。茶色い水中にあってもオレンジ色の鮮やかな、しんなりとした脚の周りを白いもやが漂っていく。

「すごい、うんちしたー!」

 なるほど、カモは水面に浮かんだままで排泄をするのか。野鳥の排泄なんて、カラス電線から飛び立ちざまに排泄をしてゆくところくらいしか見る機会がないので、いいものを見た気がする。Eテレ動物番組でも、なかなか映さないのではないか。せいぜい、ツバメの雛が親の顔に尻を向けて、ゼリー状に固まった糞を排泄して、親に糞を巣の外に捨てて貰う場面くらい。

 そういえば、冬に下の子を連れて散歩をしていたら、田んぼの真ん中でアオサギが糞をしているのを見かけた。まるで水道蛇口のように、長々と糞を噴き出し続けていた。食ったらすぐ全部排泄する。それが空を飛ぶ鳥の習性だ。

 餌を全て投げ終わったので、夫と下の子の所へ行ってみると、下の子ザリガニ全然釣れないと愚図っていた。下の子はすぐに癇癪を起こすが、案外粘り強い性格なので、取れないが食い付きはするからと、釣り上げるまで諦めないと言った。だが、夫の方が気短なので、早く帰ろうと言い出した。

 夫は、釣り場選びから釣糸の垂れ方まで下の子に口出しをしただけでもう疲れたらしい。池の周りには、夫と同じように子供以上にマジになってしまった父親達と、うんざりして別のことをやり始めた幼児があちこちにいる。

 どうしてもザリガニが釣れないので、鯉とカモの餌をもう一つ買って下の子に与えた。カモは目が左右に着いているため、真横はよく見えるが真正面はよく見えないようだ、と教えると、下の子はカモの体側にぶつけるように餌を投げた。カモは即座に反応してくるくる回りながら餌を取った。下の子がそうして黙々と餌を投げてると、やはりザリガニ取りに飽きたらしい幼児が我々の横にとことこ歩いて来て、ハルジオンの花をカモに向かってぽいぽい投げた。数メートル先の池畔では、その子父親が虫捕り網を手に持って、

「○君、ザリガニはー!?

 と怒鳴っていた。

 帰宅後、釣果が何もなかったので、日記が書けないと下の子が愚図った。でもカモに餌をやったじゃないかと宥めすかせ、日記を仕上げさせた。絵は下の子自分で描いたが、文章ほとんど私が書いたようなものだ。カモは横から餌を投げられるとよく食べる、と。カモの様子ばかりで「楽しかったです」や「面白かったです」などの自分自身の気持ち一言も書かれていない絵日記。そういうタイプの絵日記を、学校宿題として提出するなんて、子供時代には思いもしなかったなあ。

2022-04-19

全てが平坦になっちゃった

40後半に突入しもう家庭や子供もつ希望出世への気力もなくなり、現状維持でとりあえずは食べてはいけるけどコロナで出かけることも友達に会うことも少なくなり、うるさい辛気臭いテレビなんかも観る気も起きない、で、っていう、なんか人生が急にフラットなっちゃった


もしかしてコロナのせい?

ふさぎがちな気分の時はランニングしてどうにか健康気持ちを保ってるけど、時々世話しに行く年老いた親がいるので好きだったジム水泳やはどうしても感染が気になって行けない。ナーバスになってしまう。気の置けない友人達に飲みに誘われて行ってみたが感染が気になって気になって終始引きつってビクビクしていた。親がいなければもっと肩の力ぬいてコロナと向き合えるのかな?コロナに楽観的な人達にはどうしても嫌悪感を覚える。性格か?


もしかして更年期

映画小説漫画を見ても描かれている内容が全て他人事に思えて頭に入ってこない。あんなに好きだった音楽聴く気にならない。体を動かしたり自然を眺めるのは気分がいいので車で軽くドライブして川辺でぼーっとするのは好きだけど。わけもなく虚しくなったり溜息ばかりが出る日常。鬱なのか?私だけなの?更年期?皆経験するの?


音を奏でてた人生が急に静かになってシーンとなって平坦になっちゃった。なんだこれ?

2022-03-24

上半身だけ裸の男の色っぽさ

川辺の野外温泉かいくと人混みのなか上半身裸の若い男がいる。

顔に関係なしにそんな男の姿に不思議な色気を感じる。

なんでだろ。

三年前富山釣鐘温泉いったときも上裸の眼鏡学生が汗だくで温泉掘ってた。

女は人前で乳首なんか出せないけど、男はいかにも当たり前みたいに出せる。

そんなパーツに誰も欲情しないだろ、みたいな。

女としては「おいおいちょっと乳首みられること恥ずかしがれよ」なんだけど。

みんな目のやり場に困ってる感じなんか意に介さない。

ある意味上半身裸は男らしさの証明なんだろうなとは思う。

2022-01-25

2022のJ1から降格するチームの予想

鳥栖広島福岡、柏の中から3つ。

昨年は、大分仙台横浜FC徳島清水鳥栖から4つの予想だった。

今年も予想は下の方は外しようがないくらいイージーだね。

鳥栖

昨年は予想外だったけど、2年連続で戦力の大部分を入れ替え&1部グレードダウンしつつ、監督も交替になったのでは流石に難しいだろうと思う。

強化部自体はい仕事をしたし、補強も予算を考えれば最高に近い結果を出したと思う。個人的には好きなチームだけど監督愛媛を21位にした川井さんだし良い結果を想像するのは難しいね

まず予想が外れるとは思えないくらいには鉄板

広島

補強はないけど流出もなく、レンタルバックでJ2でも評価の高い方の選手を戻してるので、戦力的には昨年と大きな差はないとは言える。

ただし昨年は決定機を外す数ではリーグ上位だった攻撃陣は変わらず、川辺というリーグ屈指だったボランチの抜けた穴は野津田で埋まるとも思えず、監督も未だに入国できない。

昨年の徳島コースだろう。まぁ鉄板

福岡

昇格初年度は、あまり対策されず、運に恵まれ勝利を拾って予想外に順位を保てたという印象しかない。本来で言えば14位相当だったと思う。

2年目になるとスカウティング対策されて、思うようには戦えなくなるのは、大分横浜FC前例を見るまでもない。選手は維持できているがアシスト王のサロモンソンの退団は大きく響くことになると思う。

残留出来るかどうかギリギリラインかなと。入れ替え戦に回れば生き残りそうだけど。

ネルシーニョ戦術が、もうシンプルに底が割れてる上に、主力が流出してしまった影響は小さくない。

いい選手はいるのだけど、ネルシーニョに対して選手が不満があったとしても口にしたら干される強権ぶりだし、もう勝てない状況でも5年契約の縛りでチームの雰囲気は良くないんだろう。

そうでもなければ柏から個人降格してでも選手が出ていく理由がない。チームがそういう状態の時だから、連敗しようもんならガラガラと崩れていくし、福岡とどちらが残れるかなって感じ。

2021-12-30

はてなーが知らない「COVID-19診療の手引き 罹患後症状のマネジメント

んふふふwww 久しいですな、はてなー諸氏www

ミクロン株の問題もあり、最近ブコメ増田で「コロナ後遺症がこわい」という意見をよく目にするでござるwww

でも、具体的には知らんようでwww ヌプフォwww

しょうがなかろうなあwww

拙者調べだと、コロナ後遺症についてのTVニュースは全局で11月に9回、12月に4回程度www 新作アニメの本数より少ない始末www

感染症対策報道と比べたら川辺における砂金www

よろしいwww

後遺症界隈の”ホットトピックス”について拙者がレクチャーするでござるよwww デュフフフフフwww

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス-2(SARS-CoV-2)www

呼吸器にとどまらず、症状が全身に広がる。しかも長期にわたる後遺症が残りやすいというのが厄介な点でござるなwww

この後遺症こそが「コロナ後遺症」www

後遺症が残る仕組みはいまだに未解明。初期に感染して寝たきりのままという人もいるでござる。

で、最近話題になっているのが「COVID-19診療の手引き 罹患後症状のマネジメント」www

コロナ後遺症診療ガイドでござるなwww

12月1日に厚労省から発行され、ようやく後遺症者が適切な医療ケアを受けられるようになると期待されていたwww

だが、この手引きの評判がよろしくないwww

悪影響すらあるのではないかと言われている始末www ニンニンwww

そこで、先日「筋痛性脳脊髄炎の会」が改訂を求める記者会見を開いたんでござるよwww ブフォッwwww

んwww

「筋痛性脳脊髄炎の会」?www

スマヌスマヌwww ついつい拙者の知識レベルで話してしまったwww Format "拙者の知識レベル":\\wwwww

慢性疲労症候群CFS)www

名前イメージとは違って大変な病気でござるwww

たとえば家事勉強をしたあと、何日も起き上がる事すら出来ないといった症状が出たりする。寝たきりの人も多いんでござるよwww フゴッwww

疲れやすいだけの症状だと誤解されやすい事もあって、イギリスカナダでは筋痛性脳脊髄炎(ME)という病名が使われておるらしいぞよwwww

まり、「筋痛性脳脊髄炎の会」はME/CFS(筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群)の患者会という事でござるなwww

んん?www どうして患者会が「罹患後症状のマネジメント」に対する記者会見をするのかって???www

デュフフコポォwww オウフドプフォwww フォカヌポゥwww

それは諸兄らwwwww コロナ後遺症が引き金になって、ME/CFS発症する可能性があると言われているからでござるwwwwwwwww

患者会は昨年5月から厚労省研究体制要望書を出したりwww フル回転でござるよwwwwwwww コポォwww

それではwww 「罹患後症状のマネジメント」は何がよくなかったのかwww

「筋痛性脳脊髄炎の会」は、問題点を6つにまとめたのでござるよwww

1. 診療の手引き編集委員会の中に神経免疫専門家が一人も入っていない

2. COVID19を契機にME/CFS発症する可能性が明記されていない

3. 明らかな異常所見がないからといって精神的な問題とすべきではない

4. 罹患後症状が続く人の中には回復しない人がいることが明記されていない

5. 運動によって悪化する患者がいることが詳しく説明されていない

6. WHO定義では新型コロナへの感染がprobableな(感染可能性が高い) 症例も含んでいることが書かかれていない。

言い換えるとwww

1. ギョエェェー!? 神経免疫系の難病発症する可能性があるのにwww その専門家がいないなんて、どうやって詳しく書くつもりでござるかwww

2. ME/CFSや他の難病がどんなもの解説しないと、マネジメントどころじゃないと思うでござるが?www ドプフォッwww

3. 神経免疫系の病気検査が難しく精神疾患と誤診しやすいのにwww 明らかな異常所見がないからといって、簡単精神的な問題に切り替えるフローにしてたら見逃しまくるでござるがwww

4. とても少ない割合だけど1年半以上生活困難な当事者存在するでござるよwww つまり長期の支援障害者としての支援等)が必要になる人がいる事も書いて欲しいでござるwww

5. リハビリ憎悪増悪に注意喚起とあるでござるが、悪化のみならず寝たきりにすらなる可能性があるのでござるwww より慎重に判別しないとwww

6. 貴様は~~~~! だから2ちゃんねる馬鹿にされるというのだ~~~!! この!!! WHOは「感染疑い」についても書いておったろう!! 日本特にPCR検査を抑えていた経緯があるわけだから検査者が多かろう!! だから疑い者も同じように対応する事の明記が必須でござろうが!! デュクシッ!!



患者会陳情を続けている。

自民党公明党、立件民主党維新の党共産党

どの党の議員も「ただちに改定すべき」「改定するよう訴えるべきだ」と言っている。

いったい誰が止めているのか。

筋痛性脳脊髄炎の会は、最近作られたNPO法人だ。

2008年に同じ病気患者4人が出会って、患者会発足の希望を語った。そして、2010年前身CFSをともに考える会」が立ち上がった。

国の動きは遅い。

だが、少しでも前身しているのはコロナ禍以前から難病の方々、そして協力して下さる医師研究者の方たちのおかげではないだろうか。

コロナ後遺症者の治療は困難である

通院した病院が十を超える人も珍しくはない。

理由は様々。

コロナ後遺症ではないと乱暴に断定されたり、知識がないので治療ができないとやむを得ず断られたり。

渋谷とあるクリニックでは、今でも午前9時頃から午前3時頃まで診断をしているようだ。それでも、すべての患者を診ることができないとのこと。

コロナ後遺症が恐い」のは、「それを適切に診てもらえない社会」があるからではないだろうか。

当たり前のように地元のクリニックで、しかも適切な形でコロナ後遺症を診てもらえる。

そんな社会が来ることを祈っている。

ME/CFS関連は非常に難しくセンシティブで、いっちょかみの私が書くのもどうかと思いますが……、増田という事で……(敬礼)。

敬礼!出た!敬礼出た!得意技!敬礼出た!敬礼!これ!敬礼出たよ~~!

21.12.21コロナ後遺症診療の手引」への改訂

https://mecfsj.wordpress.com/2021/12/28/21-12-21%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%8a%e5%be%8c%e9%81%ba%e7%97%87%e3%80%8c%e8%a8%ba%e7%99%82%e3%81%ae%e6%89%8b%e5%bc%95%e3%80%8d%e3%81%b8%e3%81%ae%e6%94%b9%e8%a8%82%e6%a1%88/

参考

https://www.asahi.com/articles/DA3S15150594.html

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211221/k10013398081000.html?utm_int=news-social_contents_list-items_001

https://www.mhlw.go.jp/content/000860932.pdf

https://www.nhk.jp/p/gendai/ts/WV5PLY8R43/blog/bl/pkEldmVQ6R/bp/p0DAXVbbQR/

https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=18723

https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2021/3450_01

https://www.nhk.or.jp/seikatsu-blog/400/107007.html

https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/143/

2021-06-15

anond:20210614234310

隅田川水上バスから見る景色が好き

浅草からお台場までにかかっている橋はどれもデザインが違っていて見ていて飽きないし、川辺風景が変わっていくのも面白い

もちろん隅田川沿いを歩いても楽しめる

流石にお台場までは歩くのは無理だけど

2021-05-21

川辺のでけー石持ち上げたら、きもちわりー虫が発狂したように動き回るじゃん

あんな感じ

2021-01-01

晴れた川辺に上がる凧を見上げて、ぼんやり散歩しながら、これ以上人生に何が必要なのかと思った。

劣等感に駆られる人生など辞めて、早くドロップアウトしたい。

底辺には、「戦わない」というこの世で唯一の幸せに満ちていると思う。

2020-12-27

anond:20201227183328

いや、別に補助金を貰うのは構わないというか、寧ろ彼には貰って欲しいぐらいだ

それで承認欲求バリバリ迷惑行為をしなくなるなら治安の面でも良いのではないだろうかw

ただ、ブコメであまりにもギフテッドギフテッド書かれているので、ギフテッドかいわゆる天才定義

と言っても、今さっきWikipedia見るまで自分なりの定義勝手に考えていたわけだけど、

なんか引っ掛かるというか、ギフテッドってこういう話だったかなと思ってつい書いてしまった

饒舌になるのは良くないな

プログラミングでも天才的に優れている人はい

というか、歴史的にも天才と呼んで間違いない人はいるわけだけど、

それもレベルとかフィールドが色々だったり、

あと、自分の得意分野だと優れていると分かるけど、無関係の分野だと評価されないだろうなあと思う人もいるわけで、

特にゲームとかメガデモみたいな世界だと、グラフィックスとかの数学コードが他の分野の人から評価されない可能性があるわけで、

そういう意味でも、欠片?をちゃんと解こうと思ってなかったし、多分、解けないんだろうけど、

あと、マインクラフトのnotchもMENSA会員だったと思うけど、

マインクラフトもそうだけど、そんなに複雑で難しいことを敢えてしなかったのが斬新だったというか、

彼はボトムアップコードを書いていくタイプだと自分は思っているのだけど、

優れているしMENSA会員なんだろうけど、notchがギフテッドなのかはちょっとからない

というか、自分は凡人以下だと思うけど、難しい幾何学や数式を解くだけがギフテッド天才基準でないのであるなら、

自分で言うのもおこがましいけど、自分天才的な面はあると自覚している

というより、自分天才的な面があるし、自分から見れば他人の中に天才的な、先天的な才能の一面を見ることがある

それがトラック運転手だろうがレジ打ちだろうが、そこにそういうものが見出だせると自分は思っている

から、あらゆる職業従事している人を尊敬はしている

自分にはとてもできないことができてる時点で十分凄いと思うから

尊敬はしているが、人間性とかはまた別であって、人間性問題があるなら人としては信用できないわけで

まあ、天才だって食っていかなければならないわけで、俺は天才だ!だから雇え!というのはレオナルド・ダ・ヴィンチもそうだっただろうと思う

飛ばないヘリコプターとか構造的にどうよみたいな戦車の絵でパトロンから兵器発明研究開発する名目お金を貰う必要があった

そのお金がなければ生きていけないし、川辺で流体の絵を描いたり、墓場から死体を掘り起こして解剖してスケッチすることもできなかっただろう

レオナルド・ダ・ヴィンチギフテッド?というか天才の部類ではあるだろうし、

意図的に、俺は天才!と演出することも天才が生きていくためには必要なのかもしれないかもなあ…、うーん、わからん

しかし、ダ・ヴィンチ川辺の流体は渦がちゃんと描かれていたり流体シミュ的にも面白いなのだけど、

観察眼はあったんだろうけど、理解して描いていたか

描いたものから流体力学的な気づきがあったかはよく分からんのだよなあ

夏への扉よろしくダ・ヴィンチは実は未来から過去へ飛ばされたタイムトラベラーで、訳あって未来に戻れなくなった、

というなら分かってて描いた可能性もあるけど、そんなこともないだろうし

でも、あの飛べないヘリコプターも考えようによっては「いい線」行ってるとは思うんだよなあ

惜しいというか、そこじゃない感があるんだけど

うーん、自分から言い出して分からなくなってきた

天才とはギフテッドとはなんなのか考え直してきます

ごめんなさい

2020-09-28

[] #88-11「マスダの法則

≪ 前

勝負は決戦前から始まる。

その日の俺は学業を終えた後、夜遅くまでバイト従事していた。

家路に着く頃には、肉体的にも精神的にも神経的にもクタクタだ。

時間も真夜中近く、明日学校が待っているから今すぐ寝てしまいたい。

しかし、この時の俺は空腹だった。

寝たいのに腹が減っているというのは、日常における最も煩わしい状態だろう。

空腹感は微睡みを掻き消すが、そのくせ食欲は判然としない。

何か食べる必要はあったが調理する気力なんて残っていないため、インスタント食品しか選択肢はなかった。

となると、自宅にあるもので手早く作れるのはプレートの冷凍食品だ。

しかし手軽に作れるからといって、軽い料理であるかは別の話である

1つの皿に押し込められた料理群は腹を満たしてはくれるが、いずれも消化に悪い。

シャワーを浴びた後も胃腸には溜まったままだ。

これだけでも堪ったものではないが、ダメ押しは就寝前に流し込んだエナジードリンクだろう。

ケミカルな味わいはホットミルク代替品としては不適切であり、カフェイン砂糖が織り成すハーモニー本末転倒だ。

そこに、いまだ腹に残ったままの未消化物が合わさるのだから強力無比といえよう。

しかし人体というものは意外と丈夫なのか、これが若さというやつなのか。

俺はそのままベッドに横たわり、十数分ほどで夢の世界へ迷い込んでいった。

…………

俺は地平線に立っている。

たことも来たこともない場所だったが、ここは地平線という確信があった。

地平線上には、人がまばらに行き交っている。

人々は互いに目もくれず、俺の視界を右から左へ過ぎ去っていく。

なぜか誰も服を着ていなかったが、俺は意に介さない。

ふと、自分も服を着ていないことに気づく。

鏡がないので全体像は分からないが、その裸体はマネキンのように無機質に見えた。

突如、風が吹きすさぶ

纏わりつく空気を阻むものはなく、俺はただ逃げるしかなかった。

しかし体が上手く動いてくれない。

何も着ていないはずなのに、何だこの鈍さは。

からの「動け」という命令に、四肢が渋々と従っているような感じだ。

このままでは風に殺されてしまう。

危機を感じ、俺は近くにあった川辺へ倒れこむように潜り込んだ。

水の中ならば風にはやられないだろう。

しかし、いつまでもそうしてはいられない。

呼吸ができず息苦しくなっていく。

かといって、水面から顔を上げれば風が待ち構えている。

まらず水を吸い込んだ。

……肺に酸素が行き渡る感覚

なんと、水中でも呼吸ができている。

これならば逃げられるぞ。

俺は風をやり過ごすため、更に奥深くへと潜っていく。

つの間にか、川は海となっていた。

この時点で、俺の目的深海の果てを目指すことだ。

潜る、潜る、どんどん潜る。

だが、その最終地点に待っていたのは太陽の光だった。

深海の果ては地上。

俺は潜っているんじゃなくて上がっていたんだ。

その事実に打ちひしがれる間もなく、海から高負荷の斥力が襲いくる。

抗う術もなく、俺は地上へと放り投げ出された。

その先には“無”が溢れており、自分が落ちているのか、それとも昇っているのかすら分からない。

前後左右、四方八方、全てが不明空間

何も分からなかったが、もう助からないという諦念だけはあった。

俺はそっと目を瞑る。

その時、ふと一つの考えが浮かんだ。

「あ……夢か」

そう自覚したと同時に、俺の意識現実世界へと引き戻された。

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