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はてなキーワード: 女性蔑視とは

2017-04-23

http://anond.hatelabo.jp/20170422222351

絵を見た瞬間寒気がした。

また日本の恥海外に輸出されてしまった。

人権意識の高い北欧では間違いなく日本女性蔑視萌え絵問題にされるし、日本イメージは大きく低下する。

萌え系は現実ネット共に一般の目には一切触れない所でやっててくれ。

2017-04-16

家族になろうよかいう感動ソング

いつかお父さんみたいに大きな背中

いつかお母さんみたいに静かな優しさで

いつかおじいちゃんみたいに無口な強さで

いつかおばあちゃんみたいに可愛い笑顔

いつかあなたの笑顔によく似た男の子

いつかわたしとおなじ泣き虫女の子

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ジェンダーな人たちがブチ切れそうな歌詞だけど、不思議と見ない

昔の歌手とか別の歌とかで、女性蔑視だ!とか言われてるの見たことある気がするけど、

やっぱりジェンダー好きな人もいい男無罪なのかね?

2017-04-12

ヨーロッパとかアメリカとかって幼児以外で女の子座りしてるイメージがない。

やっぱり超男尊女卑社会が生み出した女性蔑視のための座り方で日本の歪みなんだろうな。

2017-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20170409214837

トラバ久々だから間違ってたらすみません

あと一応言っておくと、私は女性です。

自由に持論をゴチャゴチャ述べるので、気が向いた人だけ読んでください。

まず大前提としてスカート強要どころかスカート推奨もクソでくだらない風潮っていうのは言っておきます

パンツスーツの悪いところなんかないからね。

それに限らず、日本企業社会も本当にゴミで、自分達がおかしいなんて1ミリも考えないし自浄作用もない。本当にクソだよ。

で、そのうえでファッションにおいてスカートスーツ正式である、とか、スカートスーツのほうが実際には美しい(美しく着こなしやすい)、という話をします。

理由は、

1.歴史的にはスカートスーツのほうが僅かに「正式である

2.男性の体型と女性の体型は異なり、女性特有の体型に対してはパンツよりもスカートのほうがマッチする

のふたつです。

まず、基本的ファッションは「遡る方が正しい」という前提があります保守的であればあるほど堅苦しく、狭く、差別的で、また正式であるということ。

大体同時に女性蔑視であることも伴うので、スカートスーツは「正式」だからこそ「強要する風潮はクソ」であるという持論も、両立します。

正式ということは「正しい」という話ではなくて、ファッションはそういう性質を持つ文化だということね。

ある人の受け売りだけど、要は、カジュアル(庶民)な服装に対して、ドレススーツビジネス的な側面を持つ服装は、正装、つまり政治に参加するようになった市民が、政治を行っていた貴族服装を真似た」っていう経緯が本来あるわけ。イギリスでね。

から、少し前のスーツスタイルというのはジャケットベストパンツの三つ揃いに、シャツネクタイ、革靴が必須で。

あとはハンカチーフだの、紳士たるもの、ハットにステッキ必須だの。

そのもっと前だとカツラ必須だったりね。

バカバカしいけど、バカバカしいことを装って社会階級を示したり、連帯感を持ってきたのが「ファッション」という文化なんだな。

要は、それが貴族のものから市民解放されて、イギリスからいろんな場所を経て日本に来て、サラリーマンなる労働者階級(イギリスでは今も労働者階級スーツを着る階級とは断絶があるけど、日本はその境目が曖昧とされてる)

が着るようになって、「シャツスーツ上下ネクタイ」が最低限の要素として残った、ということ。

たまにネクタイも要らないけど。就活で、かつ女性スタイルでは見ない方が多いかな。

長く話したけど、要は身も蓋もない理由だけど、スカートスーツは「パンツスーツよりも前にあった」という理由でも既にパンツスーツに長じているし、また、

女性ファッションの変遷を見ても、女性パンツスタイルを始めたのはかなり近年になってからのことで、スカートのほうが先んじているから、スカートスーツに軍配が上がる、ということです。

ふたつめに、「スカートタイトスカートよりも広がっているもののほうがカジュアル」だけど、

パンツスキニーよりも幅の広いもののほうがフォーマル

という、スカートパンツのシルエットにおけるフォーマルカジュアル逆転現象もあります。その話がふたつめの理由に繋がるのですが。

スカートは、膝丈前後タイトスカートが最もフォーマルイメージを受け、また、マキシ丈スカートなど、裾が長くなり、広がったほうがカジュアルな印象を受けます。(素材の話もあります割愛します)

パンツに関しては、逆にスキニーパンツなどで脚の太い部分、細い部分を強調したほうがカジュアルな印象を受け、腰から足首まで長さが均一(足首の布は余る)ほうが、よりフォーマルな印象を受けます

これにより、パンツスーツ基本的ブーツカットよりのシルエットのものが多いです。

これは実際に見てみた方がわかりやすいです。

これは歴史的変遷もありますが、同時に、見た時に受けるイメージ(私だけがそう思ってるわけではなくて、ファッションにおいては大体共通見解だと思います)でもあります

そうでなければ、歴史的経緯だけを見たら、

ロリータファッションなどでスカートをふくらませたほうが、女性においてはより保守的、よりフォーマルになるはずだからです。

しかしこれについても、受けるイメージなどという曖昧ものではない説明もできます

まり就活を始め「女性スーツ姿」というのは極めて新しいものであり、また、これは「遡ればマリアントワネット正式である

のではなく、「女性男性政治参加者に近づける」のが目的であるからです。

要は、スカートスーツであれパンツスーツであれ、下半身に関しては「女性特有の凹凸を消す」ことがフォーマルな印象になりやすい、ということです。

女性は太ももが太くふくらはぎが細いので、膝丈のスカートは全体的に凹凸の違和感を無くすということです。

パンツスーツでふとももがパツパツになってしまってる女性、いますよね。

パンツスーツのほうが、どちらかといえば凹凸ができやすいので、全身のIのラインが乱れ、着こなしによりますフォーマルに着こなすのが難しいということです。

スカートでもふとももパツパツの人いますけどね。パンツは全身を眺めた時の、落差、違和感が目立ちやすいのです。(そんなことないと思う方がそう思うのは自由です。)

よって、上記の二つの理由によりスカートスーツのほうがパンツスーツよりは「正式」なのです。

実際はそこまで考えておらず単なる押し付ける側のスケベ思考なので、早く選ぶ側が隠した差別もしないほど、本当の意味で「どちらでもいい」になってほしいなと私も思います

2017-04-09

恋愛にも顧客視点とかマーケティングセンス必要だ。」について

https://www.landerblue.co.jp/blog/?p=32171

こちらの記事についてです。

まあ気に入らないからといって口汚く罵倒するのは論外としても、ご本人も仰るように、男性賛同意見が多く、女性からは抗議がくる、というのには何かしら理由があるはずなのです。

かく言う私も、永江氏の文章には引っかかるものが少なからずあります

それはなぜなのか。私なりに考察してみました。



女性服装や化粧は誰のため?

まずひとつ、引っかかるのはここです。


現代社会においては、女性服装や化粧は、もはや異性を惹きつけるためのものではありません。

雑誌メディアでは「モテ服」「モテメイク」などと囃し立てるので勘違いされがちですが、私たち女性は、意識的にせよそうでないにせよ、もしその中から選んだとしても、一番自分感性に合った、自分に一番似合うと思う、もしくはなりたい自分に近いものを選んでいます

それはその本人のアイデンティティでもあります

永江氏の、というかこういう「ナチュラルなままが一番」という言説は男女問わずよく聞かれるものなのですが、現代人が工夫を凝らして身支度を整える時、それはすっかり身支度が整った姿こそが、私たちナチュラルな姿なのです。


「外面より内面を磨くべき」という言説もよく聞かれるものですが、これに反発を感じる女性は、知性があるからこそ、きちんとした身支度を整えることができるのだと信じています

派手であっても知性がなくてはできない、地味であっても知性のかけらもない、ということは多々あるので、派手、地味、ではなく「知性のある装い」と「知性のない装飾」というふうに区別していただきたい。

その意識の差というか、ナチュラルとは何であるのかという認識の差に、女性は反発を感じるのかもしれません。



男性が服など見ていない、中身を見ているのだという欺瞞

もし本当にそうであるなら、女性がどんな格好をしていようとも意に介さず、中身を見るはずなのです。

でもその直後に、マーケティングでは男性すっぴんに清楚な服装が好みなのだと続けておられる。

そこは格好をつけず潔く、男女問わず人というものは、初見では他人を見た目で大部分を判断しているのだと認めていただきたい。

永江氏の文章からは、男性は賢いので女性の中身しか見ないものだ、愚かな女性ばかりが見た目ばかりを繕うのであるというお考えが滲み出ており、ここもイライラさせられる点であります

(きっとそんなことは一言も書いていないと仰るかと思いますが、こういう話題を出してくること自体が、もしかして女性ほとんどはそれを知っている上でアイデンティティを守るためにあえてそうしないのかもしれないということは勘案せず、「女性は全員見た目ばかりと取り繕うことに夢中で、客観的ものを見ることができないのだ」と、ひとつ下に見ているのだということです。)



遺伝子的に優れているとは?

みくりは、就職活動に失敗したために、手っ取り早い就職口として津崎さんとの結婚を選んだわけです。

一度就職活動から逃げたので、逃げるは恥だが役に立った訳です。

それは、「男に寄生しようとか絶対に考えない」と言えるでしょうか?

給料が出る家政婦と、家事をノーギャラで賄う主婦とでは、どちらの方が遺伝子的に優れていますか?

働き者の専業主婦と、自立して稼ぐ叶姉妹遺伝子に、どんな違いがあるのでしょう?




そもそも恋愛マーケティングなど必要ありません。

以上のことを総括します。

まり恋愛マーケティングなどいらないのです、男性の大多数の好みがどうであれ、女性がそれに合わせることはありません。

最初の門戸の広さの話だと仰いましたが、そこは間口を広げる必要はありません。

本当の自分を取り繕ってモテたとして、何になりますか?

最初からスッピンなら「騙された感」が少なくて済むと仰るのであれば、本当の自分を偽って、マーケティング通りに振舞って手に入れたパートナーは、それが偽りであることを明かし本当の自分に戻れば、やはり騙された感があるのでは?

それとも一生、偽りの自分を演じて生きていきますか?

それは私たちの望む恋愛ではありません。


その男性版として、手当たり次第に女性モテたい結果として生まれたのが、恋愛工学だと思います

あれは、学生時代モテなかったルサンチマンと性欲をどう晴らすかが目的なので、相手は誰でもいい。

一夜を共にするのがゴールなので、自分をどれほど偽ろうと問題ありません。

そんなものを、一生を添い遂げる相手を探す恋愛手段として、オススメしないでいただきたく。


男性は、ありのままを受け入れて欲しいという女性要望に疲れていますか?

それは、女性本質を見ずに、見た目が清楚な地味な女性こそが好ましいと決めつけてきた男性のみが溜めてこられたツケです。そこはお納めくださいませ。


そこが一番の違和感といったところでしょうか。



追記

なぜ私がそこまでこの件にムキになるのか、そこも考えてみたのですが、私は、「マーケティングではそうである」という一見知的に見える論法が流布されることにより、まだアイデンティティ確立していない若い女性が、服装メイク男性の好みに合わせることこそが理知的な振る舞いであると啓蒙されてしまうことが一番怖いと感じているのかもしれません。

次々と消費されていく商売であれば、とにかく商品を買ってもらうことが利益につながるのですからマーケティングの結果に従うのはもっともなことです。

けれど、こと恋愛などのプライベート個人個人の付き合いでは、これは適応されるべきではありません。

人は、商品ではありません。

どれだけモテたくない人は好きにしたらいいとエクスキューズを入れたところで、モテたい真っ盛りの若い人間にそう啓蒙することは、害悪しかないのではないでしょうか。

モテたくても、相手の好みに流されてはいけません。自分をしっかりと持ってください。自分とは何なのか、何が似合うのか、何が好きなのか、しっかり考えてください。

何かを偽り、異性を手のひらで転がすといったような、相手に対して失礼なことをしてはいけません。

好意のある相手に対しては、尊敬を持って接するべきです。

女性に手のひらで転がされたいという甘えたようなことを言う男性につきあってはいけません。

お母さんの代わりを、永遠にさせられることになります


女性蔑視などということではなく、男女ともに、何に縛られることなく、自分の好きな服装メイクをして、また自分に似合うと思うものを探し、自分自身が満足する自分を探し求め、同時に、そういうしっかりとした自分自身を持つ相手を、自分の好みを押し付けずに尊重して受け入れる。

それこそが最高のパートナーであると、私は思っています

みんな気づいてくれ、ネットカウンターカルチャーから

 世間話をしよう。

 今日では、男性嫌悪なおばちゃんが何かと槍玉に挙げられる。こんなの↓(見なくてよい)

https://twitter.com/kobayashigiriko/status/826378866646081537

これは「女性嫌悪ネットにもいっぱいあるから、男が嫌いにもなる」と読める。なるほどワシも男じゃ。正直、スマンカッタ

しかネット上の伝統的な女性嫌悪は弁護することもできる。

ちょっと昔の、2000年代的なネットの負の側面は加藤智大象徴されると思われる。(※加藤智大2008年秋葉原通り魔事件犯人。この事件加藤17人を負傷させ、うち7名が死亡した)

彼の名言(?)とされるもの

最初からなにもしない奴なんていない

結果が出ないからなにもしなくなる

負け組は生まれながらにして負け組なのです

まずそれに気付きましょう

そして受け入れましょう

お前らには当たり前のように彼女いるからわからないだろうね

顔だよ顔

全て顔

とにかく顔

顔、顔、顔、顔、顔

……00年代ネットでは「非リア(友達が一人もいない人々)」がまだ目立っていて「リア充(話し相手が一人はいる恵まれたヤツラ)」への、どす黒い感情が渦巻いていた(※アンサイクロペディアの該当ページぐらいにしか名残がないけど本来、非リアは完全に孤立した人間の意)

ちょっと昔のネットの中には、こんなへんないきものが、どうもいたらしいのです。ブサイクで、ハゲで、チビで、デブで、ガリガリで、友達が一人もいなくて、家族からも疎まれている。おっさん? おっさんかも。

まり、みんな非リアのことを忘れちまったのです。

どうしてネット女性が「マンコ」「ま〜ん(笑)」と呼ばれたか友達が一人もいない男にとって、女性は全く接点がなくて人間ではなかった。人間以上のもの人間未満のもの幸福社会や抑圧や差別象徴だった。

ちょっと前までネット女性蔑視弱者の声だった。素直な感情だった。

今となってはネット人口が急増したことも気づかない。「リア充爆発しろ」「他人の不幸でメシがうまい」は死語で、非リアの原義も忘れ去られた。普通の人がネットをするようになった。

そうすると素直な感情論でおばちゃんが「女性蔑視はひどい! 男性嫌悪にもなるわ」と言う。男性保育士にザワザワして少年漫画にザワザワして巨乳とか童顔のオタクアートにザワザワしたりする。

言わせてくれ。2ちゃんねるが始まってから我々は全く進歩していない!

男性嫌悪女性嫌悪否定されるものじゃない。どれも弱者の声、どれも素直な感情かもしれない。

でもこれ、結局はカウンターカルチャーですよね? 正義ではないよね?

別に男女の話だけじゃなく。政治にしても。北方領土どうにもならないから反露親米になったり沖縄基地どうにもならないか反米親中親韓になったり。左翼にしても右翼にしても。ただの反発なのではなかろうか?

ネットやってると「四月入社の新社員アドバイス」とかいう、どうでもいい内容がアクセス数を稼ぐわけですよ。あたか会社絶対悪みたいな。みんなはヒラ社員から長時間労働ヤバいとか会社はキツいしか感想がないんだろうけど、経営陣もツラいからね? アレな社員いるからね?

育児話題になったら親を叩いとけば無難みたいな。毒親とか言ってる割にみんなみんな毒子じゃろ。きいつけや。「育児は大変」と「子供は最高」は両立できるんやで。子供テストで0点取ってきた時の正解なんてないからの。


最初の三行だけ読んで脊髄反射レスくれるんだろうなって分かってます。つまりそれなんだよ、ネット性格ってさ。

(※ネトウヨ2ちゃんねる発祥とか、アメリカトランプフランスルペンネット的な風潮から誕生したんではなかろうかとかは、あまりにも安直なのでカットしました)

(※昔のネットには負の側面ばかりじゃなくてアスキーアートのような、創造的な、人生楽しくなかろうがどんちゃん騒ぎで祭りじゃワショーイ的なムーブメントがあった。ヌクモリティガイドラインを読め。ネット出身漫画家作品死ぬほどアニメ化されてんだろ! ネットが好きだ! 俺の想いよネットへ届け!! ハルギニアネットへ届け)

2017-04-08

女性蔑視だのなんだのというが

男の財布をアテにしてる女が多いうちは変わらないんじゃね?

2017-04-05

男女平等を教え込まれて育ったら女性蔑視者になった

幼い頃から男女平等の大切さを母から教え込まれてきた。

母子家庭父親が不在のなか、男らしさとか女らしさが幻想だってことをことあるごとに母から言われてきた。

今でも鮮明に思い出すのは縁日でわたがしを買ったときのこと。

おじさんが女の子からピンクアニメキャラクターが書いてある袋を渡されたときに、母は私にブルーの袋が欲しいならそう言いなさいと聞いてきた。

私自身はわたがしが食べれればどっちでも良かったけれど、なんとなくブルー戦隊キャラクター印刷された袋に交換してもらった。

母がいちいちそういうことに引っかかるたびに、楽しい空気が少し淀むのが嫌だった。

小学高学年になった頃から女子男子に体育で敵わなくなった。足が遅い男子女子ならトップクラスに早い。

私は男女は平等だと思っていたので、純粋に女は男より身体能力が劣っている生き物だと感じるようになった。

オリンピックとか見ても女子選手いくら勝ったって、こんなの男に敵わないんだから価値がないと思えてしまった。

いろんなことに女子のほうが劣っていると感じるようになってしまった。

クラス中が先生に叱られたとき女子数人は泣き出して男子は誰も泣いてなかった。甘えてると思った。

女子だけど女子が嫌いだった。

初潮がきたとき、母は祝わなかった。生物として当たり前の現象で祝うようなことじゃないと言っていた。

月経の仕組みは保健体育で習ったからわかってると思うけど子供を産む産まないは個人選択の自由だと教えられた。

それは当然のことだけど、子供を産まない選択を今からしても何十年も毎月この嫌な一週間を過ごさなければならないこと、精神不安定にして不快感を覚えながら体調も優れない一週間を過ごす性別が鬱陶しくてたまらなかった。

平等を考えていくたびに、

こんなに女は男よりやれないことが多いのに、偉そうに平等を訴えるとかただ男の寛容さに甘えてるだけだ。

家事だって男が覚えたらきっと女よりうまくやるようになる。

自分たち必要性までなくす女は馬鹿だと思うようになった。

短期バイト工場で働いたときに、女はお菓子ダンボールに詰め込む、男は重いダンボールを運び積み上げる作業だったとき、これほど大変さが違うのに同じ賃金を貰うことが恥ずかしかった。

平等ならば性差による体力差を考慮に入れず労働労働として見合った報酬を与えるべきだと思った。

今もずっとそこから抜け出せてない。女が男より優れてる部分ってどこにあるんだろう。

2017-04-01

http://anond.hatelabo.jp/20130518180209

そもそも男性のほうが女性よりもリスクを好むから新規探索性が高いんだよ。新規探索性が高いというのは、即ち「発明家に向いている」という話で、革新的発明男性がしているのは当たり前の話。新規探索性の高い人は、農耕などの地道で退屈な作業には向いてない(そういうのは、安定志向の強い人が好む仕事。)故に発明家は農耕に向いていない。だから、「発明した数」を能力指標とするのは、偏りが大きすぎる。故に、これは性質の話であって、能力の話ではない。

そもそも、文化的女性蔑視が強かった時代には、女性活躍できる条件が揃ってなかったりとか、その時代に話を限定するなら、女性偉人は少なくて、むしろ居なくて当たり前。

もし世の中が転覆して女尊男卑が当たり前の世の中になったとしたら、男性偉人なんて現われっこない。そういう条件がイーブンになって、初めて能力差の話をしようぜ。

それから男性のほうが新規探索性が高いと言ったけど、新規探索性の高い人ほど、安定志向は低いから、例えば新規探索性の高い人が事業を起こしてそれがヒットしたとして、軌道に乗った後はまともな経営にならない。そういう人には安定志向の強いパートナー必要。ちなみに、女性男性より、安定志向が強い。これはあくまで傾向の話であって、新規探索性の強い女性も、安定志向の強い男性も、もちろん存在する(そもそも、新規探索性の高い人自体が、世の中的に少数派。)

ちなみに男女の能力差については、統計的結論が出ていて、男性天辺から最下層までの能力差が激しく開いているのに対して、女性天辺から最下層の能力差がそれほど大きくない。

故に、トッププロ同士で争わせたら、男性が勝つのは当たり前だけれども、最下層同士で争わせると、当たり前に女性が勝つ。平均すると、どっちも大して変わらない。

正直、男性女性とどっちが優れているか?なんて、コンプレックス丸出しの、ナンセンス論議だと思うがね。性差なんかどうでもいいから「人類全体で何ができるか」を考えようぜ。

2017-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20170327110239

abemaTVでやってるブステレビの話か?

あれで怒ってる奴らで「女性蔑視ガー」って言ってるやつがいるけど、

美醜差別男女差別は被ってるところもあるけど別カテゴリなんだよなあ

一緒くたにされてもなんか困る

2017-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20170306040514

男は女叩きができる

女はネットで激しい女性蔑視を受ける

これが一番大きい

2017-03-10

若い頃に子供を産めってやつ

あれに賛成する男性って、ナチュラル

自分が年食ってから若い女と結婚する」構図を想像してるよね。

男性若い頃に同世代女性結婚するべき」と言ったら大反発されるだろうなー。



若いうちの方が子育ては楽だというけど、それは何にでも言える事。何でも若いうちにやった方が楽。

その貴重な若い時間というものを費やすべきは出産育児であり別の事を優先してはいけない、

それは女性だけに課せられた義務であり、男性は違う、

って発想が女性蔑視だと言われているのに、彼らはそうは思い至りもしない模様。

何故女性人生けが制限されなければならないのか。

そもそも、何故女性がどう人生を歩むかを男性命令する権利があると思えるのか。

2017-02-25

セクハラされているぐらいのほうが楽だから良い。」

フェミニストはどうしてネット上の女尊男卑指摘などという、くっそどうでもいいものと戦おうとするのだろう?

戦うべき事柄現実社会の中にいくらでもあるだろうに。



例えば明大集団昏睡事件慶應インカレレイプ事件など、毎年のように習慣的に繰り返されている大学サークル内における強姦事件を予防する為の取り組みとか、

西原理恵子が期せずして暴露してしまったいまだはびこる芸能界での枕営業強要とか、

それらに象徴されるような女性尊厳をすさまじく損なうような事柄というのは、まだまだ溢れていると思うのだけど、

なんでまた表現規制だの男性憎悪だのといった果てしなくくだらないことに躍起になるのだろう?それって女性の権利擁護する為に必要な事?



もっともっと男を苦しめて本当の「女尊男卑」にした方が男もちょっと大人しくなる気がする。



と言っているから、いまフェミニズム的な言動が男を苦しめているという実感があるみたいだけど、例に挙げたような真の女性蔑視者たちは一切苦しんでないと思うよ。

苦しんでいるのは女性とあまり縁のない弱者男性だけだろうね、一体なんでフェミニズム弱者男性蔑視別称になってしまったのやら。



友人にとても美人女の子がいるのだけど、彼女セクハラについてこう言っていたよ。

セクハラされてるぐらいのほうが楽だから良い。」って。

どういう事かというと、別にセクハラされても何も気にならないという意味ではなくて、もちろんセクハラは嫌だし気持ち悪いが、

いざ本当に気に食わない場合は訴え出れば自分は"被害者"という有利な立場に立てるし、

平素はそれさえ我慢しておけば女の子としてチヤホヤされ、大抵のことは大目にみられるので楽である。って。



私は、なんて意識低いんだろうこの子は、と思ったけど、でもこの男女差別的な社会で生きていくには正しい処世術なのかもな、とも思ったね。

フェミニストってそういう世の中を変えたくてフェミニストやってるはずだったよね?でも実際はこの子とやってること変わってないんじゃない?

被害者という美味しい立場を手放さないことそれ自体フェミニズム目的になってしまってるように見えるな。



http://anond.hatelabo.jp/20170224151556

2017-02-24

http://anond.hatelabo.jp/20170224152151

五年前!?おっさんならともかく、今の若い人でもそんなセクハラしてるって聞くと暗澹たる気持ちになるな…

下手すりゃおっさんより女性蔑視がひどいと思う、ネットの影響で

2017-02-16

例のCM炎上問題

これだけネット上で女叩きしておいて、女性炎上に加担してもらおうとかふざけんな

あと、女性蔑視CMだって全部が炎上してるわけじゃないか

男性蔑視CMは少ないんだろ。はっきりいって

2017-02-10

"ちょろそうな奴"を狙っているなら宗教勧誘ナンパキャッチも同じ

私は20代前半、「彼氏いない歴=年齢」の喪女です。

理由があって結婚出産は望んでいませんが、望んだとして叶うことはないに違いありません。

そのような私はきっと「産業廃棄物」と非難されるのでしょう。

から書くのは、この自意識過剰産業廃棄物鬱憤ですので、お暇な方はお付き合いください。

書いていたら長くなりすぎたので要約しておきますと、地味な奴をなめてかかって路上で狙うのはやめてくださいませんかということです。

決して「路上で人に声を掛けることを規制しろ」ではありません。

以前メモ帳を落としたときに拾ってくれたお兄さん、ありがとうございました。

道を聞いてくださる方にはわかる範囲でお答えしています。お役に立てなかったとき申し訳ありませんでした。

私は外見が地味なぶん人畜無害そうに見えるのか、町で道を聞かれたり、怪しげな宗教勧誘を受けたり、キャッチに狙われたりすることがよくあります

以下の内容を書いてどのような反応が飛んでくるかはだいたいわかっているつもりです。

「なら外出するな」、「こういうことを言う女は容姿が云々」、「年を取ったら声を掛けられなくなる。若い女への嫉妬」とかそういうことですよね。

無駄想像力が豊かな人たちですね。勝手に言ってください。私も勝手文句を言います

最近インターネット上で「誠実系ナンパ」なるものマニュアル記事を見かけました。読んでしまった私が全面的に悪いのですが、それでも文句は言います

清潔感や親しみやすさを重視した服装女性慣れしていないように装う、そういうやり方です。

適齢期の女というだけで、形容できないほどひどい顔の私でも、そういう近づき方されることがあるのです。

(99.9%は詐欺だと思っています。残りの0.1%は私のしょうもないプライドです。ゴミのくせに。)

正直、とても嫌な気持ちになります。それなら手当たり次第に女に声を掛けている人の方がマシです。

ときどき、「イケメンに声を掛けられたらホイホイついて行くんだろ」などとおっしゃる方をお見かけしますが、そのような気は一切ありません。

私は人さまの顔の美醜について判断する能力もなければ権利もありませんので、そのことについては言及いたしません。ただし、私自身の顔については前述のとおりです。

その内容はといえば、初心者はまず自己評価の低そうな女から手を付けろとか、ではその自己評価の低そうな女の特徴はとかそういう内容です。

この「自己評価の低そうな人の特徴」は、ナンパに限らず「ちょろそうな人の特徴」を言っているのでしょう。

当然、喪女の私はほとんどの項目に当てはまります。好きでやっているのでそれを変えるつもりはありません。

自己評価の低い女性男性に声を掛けられただけで舞い上がるだとか、女性だって声を掛けられたがっているのだとか、迷惑行為正当化しているようです。

冗談休み休みにしていただきたい。

誠実"系"というだけあって、誠実というのはその名称だけで、実態は初対面の人間に対する最低限の敬意さえ持ち合わせていないのです。

自己評価の低そうなおとなしそうな女性は、自分女性と話すことに慣れるための練習台だと思っているのでしょう。ただでさえ低い自尊心ゼロになりそうです。

何も私は「女性蔑視だ」などと叫びたいわけではありません。そんなことには興味ありません。

からすれば、大して困ってもいないのに路上で見知らぬ人に声を掛けること自体迷惑です。

ナンパされて嬉しそうにしたり、自慢げに話したりする女性はご自身女性性に自信のある人なのでしょう。

産業廃棄物の私が人として敬意を払ってもらおうとすること自体が間違っているのでしょう。

それでも私は、顔は醜いかもしれないけれど体は清潔にしているし、人を不快にしない服装を心がけているつもりなのです。

不快な思いにさせられたくはありません。

交差点信号待ちをしているときや、駅のホーム電車を待っているときなど、逃げにくい状況で勧誘する人も卑怯だと感じます

私はただ穏やかに過ごしたい、少なくともひとりで散歩しているときに、「ちょろそうだ」という理由だけで路上で見ず知らずの人に話しかけられたくない、それだけです。

からといって、「声かけないでバッジ」みたいなものが出回ったりしたら自意識過剰だの容姿レベル(そんなもの存在するのか知りませんが)がどうだのと叩かれるに違いありません。

ここでいう「声かけないで」は宗教自己啓発セミナー勧誘ナンパキャッチ、すべてです。

緊急時以外は話しかけるな」を伝えるためには、ピアス穴をたくさん開けたり、髪をもっと派手な色に染めたり、ヤク中になったりするしか方法はないのでしょうか。

それとも一切外出しないか死ぬかということでしょうか。残念ですが、それはできません。

2017-02-04

恋愛工学はアレだけど、正直、森岡氏もビミョーよ

http://d.hatena.ne.jp/kanjinai/20170202/1486027602

森岡正博さんのブログコメント欄にて。

このブログ記事は、「女性蔑視はやめろ。性犯罪はやめろ。相手自由意志を奪ってセックスに持ち込むのは人権侵害だ」という主張をしておけば済むでしょう。

それにもかかわらず森岡さんは、非モテ男が理想的恋愛セックスをやる方法をについて語っておられます。そこが唐突だし、押し付けがましいし、私はあなたのそういうところが本当にイヤです。

  

>>女性蔑視に陥ることなく、ひとりの好きな人と付き合い続けていけるやり方を伝えよう

>>長続きする恋愛必要なのは相手尊重できること、相手立場に立てること、相手共感できること、相手幸せを願えることである。そのベースができてはじめて、我々は恋愛技術性愛テクニックを互いの快楽のために肯定的に開花させることができる

  

↑ 私はこの手の語り口をたいへん欺瞞的に感じるのです。

藤沢某の"恋愛工学"なんかより、むしろこの語り口のほうが不愉快で、とうてい聞くに堪えられないものです。

私は上記のコメント投稿したが、あらためて解説しておく。

  

まず第一に、森岡は個人幸福政治的正しさをまるで一致するものであるかのように語っている。この点こそが彼の最大にして最悪の欺瞞である

私はこの二つのあいだに深い断絶、矛盾対立があると思っている。ふつうの人は誰しも政治的に正しくないことをやりたい願望があるはずだ。もちろん他人に優しくしたり、社会を良くしたいと求めるのは人間の本性だが、同時にまた、自己中心でわがままな願望を持ってしまうことも人間の本性なのである

森岡が言っている「相手尊重できること、相手立場に立てること、相手共感できること、相手幸せを願えること」は政治的に正しい。これは文句のつけどころがない。しかし、例えば私自身の性的欲望をかえりみて言わせてもらうと、そんなものは真っ平ごめんだ。つまり自分さえよければいい、1回だけセックスできればいい、女をやり捨てしてやりたい」と考えてしまうのだ。あと他には「レイプしてやりたい」という攻撃欲求だってある。

さすがにいささか露悪的な告白になりすぎたが、人の欲望というのは、多かれ少なかれ、政治的に正しくないもの反社会的ものを含んでいる。私は決してこの欲望肯定しろと言いたいのではない。無視するな、ごまかすなと言っているのである

例えば「女性蔑視はやめろ。性犯罪はやめろ。相手自由意志を奪ってセックスに持ち込むのは人権侵害だ」という主張について分析してみよう。これは私のような男の欲望無視していない。きっちりと敵対して抑えこむという形式を取っているのだ。

それに比べると、森岡の語りはこの敵対性をごまかしている。ごまかすどころか、味方のふりをして内心に踏み込んでくる。自分にとって何が幸せセックスなのか、それは私が決めるべきことであって、他人から上から目線定義されたくはない。この点で森岡の語りはデリカシーがなく不愉快だ。

  

第二には、森岡の主張に対し、私は倫理的意味においても反感を覚えた。

エサ(※この場合恋愛セックス)を目の前にたらして、それがほしかったらミソジニーをやめろ、人権思想を信奉しろというのである

これほど人をバカにした話があるか。利益誘導によって人を説得するのは、そうすること自体がきわめて倫理に反する。例えばもし長続きする恋愛なんかほしくない、共感なんかいらない、女性蔑視しながらセックスするのが好きだという男がいた場合、森岡は恋愛工学をすすめるつもりだろうか。

それにそもそも、ここで森岡が使っている“エサ”は空手形に等しい。キモくて金のないオッサンが森岡のメソッド実践しても、まあたぶんぜったいに幸せ恋愛幸せセックスもできない。オッサンではなく若者だって、うまくいかない者はいる。森岡がリベラルフェミニズム正義をふりかざすのは勝手だが、「これを信じれば幸せになれるぞ」という嘘と欺瞞でそれを糊塗することだけはやめてくれ。

  

第三に、リベラル観点から考えてみるなら、森岡の言っていることが正しいかというと疑問符がつく。

森岡のブログ記事は性暴力ダメ人権侵害からダメという政治的な話をしているのかと思ったら、唐突に“僕の考えた最高のセックス”について語り始めた。そしてこれがいかにもポリコレに沿ったものであるからリベラル思想の信奉者たちに受けがよさそうなものだった。

しかし、私は森岡の持論をむやみに賞賛するのはよくないと思う。本来リベラル立場としては、性暴力などの明らかな人権侵害を<悪>と定義してそれを法律抑制するとか、女性差別についてもやはり<悪>と定義してそれを無くしていく方針をとるべきだ。この方針は、個人がそれぞれ内心に持っている<善>・<幸福>の価値観に介入するということと、いくらか重なりあう部分もある。だが、この二つを混同してはならない。われわれが社会構成員に対して<悪>の定義強制することと、<善>・<幸福>の定義強制することは、根本的に性質が異なる。

森岡があの記事で語っている“僕の考えた最高のセックス”の主張は、あからさまに後者に該当する。リベラル立場からは「性暴力犯罪だ」とだけ言っておけばすむし、仮になにか道徳的言及をするとしても「女性蔑視はよくない」という話に留めるべきだ。そのさきは個人自由にゆだねればよく、むしろ安易に優劣をつけたり価値判断をはさむことは慎まなければならないだろう。だから森岡のように「政治的に正しくて理想的セックスを目指しなさい」などと他人要請するのは不適切なおこないだ。

  

第四に、森岡は不謹慎である

彼が非モテの男にアドバイスをすること、“僕の考えた最高のセックス”を力説することは、まったくの自由だと思う。しかし、それは現実に起こった性犯罪事件からめて言うべきことなのか?

森岡は自著『草食系男子の恋愛学』を引用して、「女性蔑視に陥ることなく、ひとりの好きな人と付き合い続けていけるやり方」をすすめている。たしかにそれ自体は素晴らしいことかもしれない。だが、それは性犯罪とは直接関係がない。

これは性犯罪があったとき、男に代替となるセックスの利用をすすめる論法に似ている。すなわち、「風俗に行けばレイプなんかしなくてすむ」とか「嫁か彼女をつかって性欲を発散しておけ」というゲス意見のことだ。もしそれを真顔で言っているならばドン引きだけれども、森岡が今回やっていることからはそれに通底するものを感じる。

  

  

参考:この増田タイトルは、id:zaikabouさんのブコメから拝借しました。

2017-02-03

ミソジニーに毒されないで!!とか

確かに、小学校低学年の頃からインターネット入り浸りだったのがミソジニーっぽい考え方になった原因なのかもしれないけど

中高一貫女子校でクソみてえな女性肯定論に囲まれて過ごした時間よりも、インターネットの方がずっと楽しかたからもうどうしようもない

まあフェミの人たちだって女性蔑視思考に完全に沈みきった女達なんざどうでも良いんだろうけど

でも「ミソジニーに転びかけてる思春期の女」を本当に救いたいなら、やたら女だけが語りかけるのはあまり効果的でない気がする

そういう子は「またうるさいフェミニストが何か言ってるよ、だから女はダメなんだ」くらいにしか思わないだろうし

2017-02-02

トランプ候補デング熱

20日に米国大統領の職に就いたトランプ氏の独走が続いている。いくつもの大統領令サインし、直近のニュースでは その反発として、メキシコ大統領との会談は流れ、自国司法省長官代行からはNoを言われ、海外複数の国から懸念」を表明されている。

昨年7月トランプ氏が共和党大統領候補になった時 いったい何人の日本人が、この(政治経験ゼロ女性蔑視・人種差別発言を繰り返す)人物米国の次期大統領になると考えただろうか? しかしそれは現実となった。




大統領選翌日のことだ。

私は前日の選挙行方ネットでは見ていたのだが、一連の流れをいまひとつ現実のものとして捉えることができないでいた。

いつものように市場へ行くと、その中央付近新聞スタンドが在るのを思い出しそこへ足を運んだ。

そこには同氏の勝利を伝えるいくつものニュースペーパーがきれいに配されていた。

それを見た私は人生で初めて、何かを見て眩暈をおこす、という経験をした。

得意顔のトランプ氏が大写しになったそれは、どう見ても出来の悪い三流映画小道具しか見えなかったのだ。

ここはどこだ。 世界が横滑りして、別のどこかに雪崩れ込んでいくような感覚

ここは本当にフィリピンか? 本当に世界と繋がっているのか? ネット情報も含めみんなで騙しているんじゃないのか?



頭がクラクラしている。

ダメだ、何でもいい、何か考えなくては、と思ったところに新聞見出しが目に入ってきた。

OMG! It's Trump

偶然か、ニ紙がその見出しとなっていた。

英語学者の私はその O M G というちょっと見慣れない略語について考え、後ろのTrumpという固有名詞を頼りに、もしかしてオーマイゴッド」の略!?と閃いた。

答え合わせをするために店番の女性に何の略か訊いてみることにした。

しかしその女性新聞を取るなり本文とにらめっこを始めて、一向に答えが出る気配ではない。

客として訪れた男性に改めて訊いてみたところ、やはりオーマイゴッドとのこと。



オーマイゴッド…

私の中に現実感というやつがあるとするなら、それは明らかに退潮していった。

なんてこった、現実確認するためにここに来というのに。




私がまっすぐ歩けないほどの高熱を発し、隣市の公立病院へ行ってデング熱と診断されたのは その数日後のことだった。

あのクラクラデング熱の初期症状に拠るものか、トランプ氏の「歴史的勝利への不適合からきたものか、今となっては分からない。


分かっていることといえば、破天荒大統領とそれに相応しい政令が当面の間続くということだけだ。

ネット情報に拠るとデング熱回復後も数週間にわたって疲労感、倦怠感、現実感の無さが続くことがあるらしい。

お〜い、私の現実感〜、早く戻ってこ〜い




2017-01-31

女性蔑視やモノ扱いすると受け取れるようなCMにうるさい皆さん

小池栄子のやってるENEOS

「安い電気に変えるか、稼ぎのいい夫に変えるか」

なんてやつは完全に

「夫=金稼ぐだけのモノ扱い」

で、電気と同じように変えがきくものという扱いそのものなのに、非難の声をあげたりしないんですかねぇ。

2017-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20170125103556

メタ的に言うと「なにこの幼女、中身おっさんだろ?wこんな幼女存在しねーからw」っていう批判を避けるために

転生要素を使って中身をおっさんにしてしまい、作者がおっさんから幼女気持ちとか内心かけなくても、

内心おっさん幼女なら書きやすいから転生というギミックを挟んで中身おっさん幼女にした、

というのがこの作品の根幹。

その成り立ちなら、中身おっさんでガワ幼女いくら書いても突っ込まれことなく、読んでもらえるからそういう設定にした、というだけの話。

幼女の体であることのギャップとかほんの極わずかにしかアニメで出てこないし、TS要素を書く気は恐らくさらさらないと思う。

フェミ云々にしては男から女に変えるっていうのは主人公が女から男に変えられても本人にとっては悲惨だったからそこは別に女性蔑視になってない。

女の心で男の社会に放り込まれ生活するほうがもっと苦痛だろうし。

2017-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20170119204834

水龍敬というエロ漫画家は叩かれて当然だと思いますけどね。

あそこまで女性蔑視な絵は初めて見ましたよ。

2017-01-13

しろ童貞を叩くのが正義って価値観がある

http://anond.hatelabo.jp/20170111203605

妖怪ウォッチの人なんかも気に食わない男を指して「精神童貞」と呼んでる

はてなフェミにはもともと「彼女を作れない男は女をモノ扱いしているのが原因」って前提があるから

童貞女性蔑視者ということで、むしろ叩くのが正義

童貞を嗤うのはセクハラではないのか、というツッコミに対しては女は抑圧に苦しんできたかミサンドリー無罪、と言うロジックがある)




想田和弘が「アメリカでは白人男性容赦なく蔑みの対象にされる」って言ってたけど、

白人男性同様日本人男性日本では強者だ(ということになっている)から

強者下半身事情いくら笑おうが政治的正しさとは何ら抵触しないし、むしろそのほうが政治的に正しいってわけ

2016-12-14

[] #9-2「映画ミカタ

映画の内容は、たぶん面白かった。

俺はそこまで映画を観るわけではないので相対的にどうかは分からないが、映像は綺麗だし、アクションシーンも盛り上がっていた。

ストーリーも設定の割に意外と分かりやすい。

オサカがどう感じたかは分からないが、感想を言いたくてウズウズしているようなので、直に分かるだろう。



俺たちは映画館近くの喫茶店に入る。

席についた途端、オサカはまくし立てるように語り始めた。

しかし、監督個性が色濃く出てたな。彼の既存作品と似ている演出散見される」

「そうなのか?」

「まあ、元々あの監督映像作品ルーツ特撮といえるからな」

正直いうと、俺はその監督をよく知らない。

なぜ映画ストーリーだとか内容ではなく、いきなり監督の話をし始めるのか、俺にはよく分からなかった。

監督一人で映画ができているわけじゃないし、映画に出ているわけでもないんだから、他に話すことはありそうなものだが。

スタッフスタジオなどの体系から作品を読み取るってのは重要なんだ。特に監督はその作品の核なんだよ。制作途中で監督が変わって、グダグダな出来になった映画を数え切れないほど観てきたからな」

「すまん、ピンとこない」

「例えるなら、ゼルダでいう宮本茂なんだよ」

「ああ、絵本でいう西野みたいなものか」

「それはちょっとよく分からないが……」

「まあ、監督の話はほどほどに、ストーリーとか構成の話をしようぜ」

「そうだなあ、アクションシーンは盛り上がっているけれども意外に動的じゃなく、静的な構成だったな……」

「へえ」

「だから登場人物が今回の出来事を経ての精神的な成長は、実のところそこまでじゃないんだ。それぞれが自分の元の人格から構成された言動と、その中で出来ることをやっている」

オサカは喜々として語り始める。

俺は適当に相槌を打ちながら、オサカに奢らせるメニューをどうするか考えていた。

すると突然、後方から妙な怒号が飛び交いはじめる。

その人たちは、恐らく先ほど俺たちと同じ映画を観ていた人だろう。




「なぜ主要人物が男だったところを女ばっかりにしたのか」

「なんだと、女性蔑視だ!」

領民の扱いもおかしい」

時代背景や、設定、演出戦争を蜂起させる」

チキンホーク、故にターキー!」

おいおい、何だか俺たちとはあまりにも別ベクトルなことになっているぞ。

映画の話ではなく、もはや政治の話だ。

オサカはオサカで気にせず感想を述べようとしていたが、徐々に不機嫌になっていくのが見て取れる。

こりゃあ、オサカが爆発する前に、ここから離れたほうがいいかもしれない。

(#9-3へ続く)
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