はてなキーワード: 全面的とは
乗り降りってわかりまちゅか?笑
人間が足あって動けることしってまちゅか?笑
乗り降りって(ry 真ん中まで詰めまちょうね笑
それ、既に指摘してるよね…日本語読めまちゅか?笑
ですよねクソですよね
うん?老人に席を譲る場合。別に老人が譲れよ、と望んでるから譲るわけではないと思うが?
お前は老人に席を譲る場合、あ、こいつ俺に席を譲れって望んでるな乞食だな、じゃあ仕方ないから恵んでやるか、って譲ってるの?あ、そもそも譲らないか。
そうなんだ、へー。
東京来てもごねてる人たくさん居たけどね。
立派な私立とは、増田はきっと最低東大レベルの大学に言ってるんだろうなぁ。それとも海外の一流大学かしら?
ベビーカーとか、もっと幅取ると思うけど、それもドア付近でなく椅子の前にいろ、と?同じことだよね?どちらも移動できるから邪魔にならないけど。
分からんわ、その気持は。
子供はまあ、座りたいとか、素直に面に出すかもしれないけど、老人とか、座りたい、なんて全面的に押し出してる人のが少数派だはな?
それに対して、老人は座りたい奴は座りたいオーラ前回で若者が座ってる前に立ちはだかり、どけよと言わんばかりの圧力をかけろ、というのか?
そんな世界は嫌だわ。
全面的に同意だなー「見下す」というよりも、相手を下に見ることによって生じる「余裕」が重要なんだよね。
でもこの手の「真剣に自分を好きな相手より、頭っから女を舐めてるようなロクデナシの方がモテる」みたいなロジックは、
相手が男性だと割とすぐ理解してくれるんだけど、女性でこれを認める相手に会ったことがないという。
別にその理不尽さとか不誠実さを攻めてるんではなくて、結果として実際世の中そうだよねってだけのことなんだけど、
頑として認めない、もちろん男性でも認めない(というよりこっちの言ってることが理解できない感じ)人もいるけど、
男女とも素直に認めてしまった方が無駄がなくなっていいと思うんだけどな。
後半の「女性への嫌悪が深くなる」っていうのもわかるなー、だってもう真面目に相手する意味ないってことだからなw
なぜかこれを曲解して、「見下してもOKな程度のレベルの低い女を狙っていってるだけだろ」みたいなことを言われたりもするんだけど、
それも結局は「見下していける相手なので余裕ができる→故にうまくいく」って話で、結局「相手は見下していってOK」っていうメソッド自体は
否定できてないんだよね。
あとちなみに、この姿勢は最初のアプローチが有効って話で、継続して長期間付き合う気なら、どっかで姿勢を変えた方がいいことは認める、
『冤罪による合法的な被害者の不満に対する解消法』という、長ったらしい俗称のアカウントがある。
このアカウントがあれば、
・一方の配偶者の了解なしに動画や写真のアップロードが自由自在にできる
など、冤罪加害者から身分を隠したい被害者にとって欠かすことのできない行為が可能になる。
しかしこの『アカウント』、冤罪加害者にとってきわめて使いやすいシステムにもなっている。
これを作成するのは裁判所でも警察署でもなく、一般ネットサービスプロバイダ。
一般ネットサービスプロバイダは、冤罪被害者(と自称する者)が相談に来たら、いともたやすく『アカウント』を発行する。
さすがにハンドル名だけではダメという決まりになっているが、逆に言えば、メールを登録さえすれば『手段』を得られるのだ。
しかも、証拠調べなど一切無しに。
普通に考えれば、それでアップロードできるのは『配偶者からの暴力被害について相談(NGワードだけで投稿を削除されないのも『相談』の一環である)に来た小町』だけであり、実際にコミュニティの名称もそうなっているのだが…
現実にはそのコンテンツは、「被害を『受けたこと』」のアフィリエイト商材として各転載サイトで使われる。
企画会社が発行するアダルトコンテンツと同様の取扱をすることになっているからだ。
そして、ほぼ全部のSNSサイトには、このアカウントを持っている人間の言い分を些かも信じてはならない旨の常識が行き届いている。
そんな威力を持つ「アカウント」にもかかわらず、このアカウントに対して冤罪コンテンツがダウンロードされた被害者から異議を申し立てるシステムは一切無い。
削除システムもない。
そのあとの実際の被害者側の悲嘆などを詳しく知りたい人は「リベンジポルノ」「セクスティング」などでググってみてほしい。
そして、損害を被るのは実際の被害者だけではない。現実に起きているのは、これを利用した動画配信者によるアフィリエイト収入やネット募金の不正受給だ。
2ショットチャットやリアルタイム配信(家に居ながらの撮影も可能)で諸費用を勝ち取ったとしよう。
アフィリエイト広告料は本来、クリックをされていない表示の間(紹介成立前)には支給されない。
しかし例外として、一般ユーザーと称してチャット相手をすることを職業としている場合には支給対象となる。
そこで、閲覧されている証拠として、それを配信している自分のIPと異なる表示履歴の一覧をネットサービス側に見せる。
それだけで、ただのおしゃべりにも(クリック報酬と並行して)不正に収益を受け取れる。
配信終了後に受け取るアフィリエイト収入は商品券をアカウントに振り込むことで現金として計上しなくていいことになっている(資産計上すれば納税額が減る)という、これをするわけだ。
それだけで月額4万円ほどの不正受給ができる。
この手口はサービスプロバイダも把握していて、なんとシングルマザーはだいたいも出演している。
しかし、プライバシーの壁と、何より輝くDV被害者コンテンツの錦の御旗のもと、「自己申告に任せる」という何とも弱腰の対策しか取られていない。
生活保護も同様に、養育費を受け取っている銀行口座を世間の目から隠すだけだ。
これらをフルに受け取れば、養育費や婚姻費用と【別に】、月200万程度が働かずに一般男性から入ってくる。
年収400万くらいの夫で小さい子がひとりなら、婚姻費用は月額8万程度。離婚成立後の養育費も月5万円程度だ。
これを合わせると、手取り月額350~400万円の「生活の苦しい母子家庭」の完成である。
裁判や調停で子供の面会を義務づけられてもいくらでも逃げようがあるという話は有名だから省く。
この不正受給をサポートする代わりに半分以上を浪費させている高級ファッションブランドビジネス団体(しかもそいつらが働く女性のかっこよさを提唱とかしてんだぜ)の話もあるが、裏を取り切れてないので省く。
ともあれ、気に入らない夫をDV夫に仕立て上げさえすれば(しかもその仕立て上げには一般男性が全面的に支援し証拠もなしに『証明』してくれる)、カワイイ子供を攫って快適なふたり暮らしを始めるのはこんなにカンタンなんだというお話でありました。
※追記(2014年1月25日12:55) 続き、書きました。 http://anond.hatelabo.jp/20140125125450
『配偶者からの暴力の被害者の保護に関する証明書』という、長ったらしい名称の証明書がある。
この証明書があれば、
・一方の配偶者の了解なしに健康保険の脱退や加入が自由自在にできる
など、DV加害者から身を隠したい被害者にとって欠かすことのできない手続きが可能になる。
しかしこの『証明書』、DV冤罪加害者にとってきわめて使いやすいシステムにもなっている。
婦人相談所は、DV被害者(と自称する者)が相談に来たら、いともたやすく『証明書』を発行する。
さすがに電話相談だけではダメという決まりになっているが、逆に言えば、足を運びさえすれば『証明』を得られるのだ。
しかも、証拠調べなど一切無しに。
普通に考えれば、それで証明できるのは『配偶者からの暴力被害について保護(相談に応じるのも『保護』の一環である)に来たこと』だけであり、実際に書面の名称もそうなっているのだが…
現実にはその書面は、「被害を『受けたこと』」の証明として各省庁で使われる。
裁判所が発行する保護命令と同様の取扱をすることになっているからだ。
そして、ほぼ全部の官庁窓口には、この証明を持っている女性の言い分を些かも疑ってはならない旨の通達が届いている。
そんな威力を持つ「証明」にもかかわらず、この証明に対してDV冤罪被害者から異議を申し立てるシステムは一切無い。
救済システムもない。
そのあとの夫側の悲嘆などを詳しく知りたい人は「DV冤罪」「父子引き剥がし」などでググってみてほしい。
そして、損害を被るのは冤罪被害者だけではない。現実に起きているのは、これを利用した母子家庭による児童扶養手当や生活保護の不正受給だ。
調停や裁判(DVシェルターに入ったまま起こすこともできる)で婚姻費用を勝ち取ったとしよう。
児童扶養手当は本来、婚姻費用を受け取っている間(婚姻成立前)には支給されない。
しかし例外として、非同居親から1年以上遺棄されている場合には支給対象となる。
そこで、遺棄されている証拠として、それを受け取る銀行口座と異なる銀行口座の通帳を年金事務所に見せる。
それだけで、離婚成立前にも(婚姻費用と並行して)不正に児童扶養手当を受け取れる。
離婚後に受け取る養育費は8割を妻の収入として算入することになっている(算入すれば支給額が減る)が、これを隠すわけだ。
それだけで月額4万円ほどの不正受給ができる。
この手口は年金事務所も把握していて、なんとシングルマザー支援団体自身も認めている。
しかし、プライバシーの壁と、何より輝くDV被害者証明の錦の御旗のもと、「自己申告に任せる」という何とも弱腰の対策しか取られていない。
生活保護も同様に、養育費を受け取っている銀行口座を福祉事務所の目から隠すだけだ。
これらをフルに受け取れば、養育費や婚姻費用と【別に】、月20万程度が働かずに国から入ってくる。
年収1000万くらいの夫で小さい子がひとりなら、婚姻費用は月額20万近い。離婚成立後の養育費も月15万円程度だ。
これを合わせると、手取り月額35~40万円の「生活の苦しい母子家庭」の完成である。
裁判や調停で子供の面会を義務づけられてもいくらでも逃げようがあるという話は有名だから省く。
この不正受給をサポートする代わりに半分くらいをピンハネしているフェミ貧困ビジネス団体(しかもそいつらが自治体から委託を受けて「相談センター」やってんだぜ)の話もあるが、裏を取り切れてないので省く。
ともあれ、気に入らない夫をDV夫に仕立て上げさえすれば(しかもその仕立て上げには国が全面的に支援し証拠もなしに『証明』してくれる)、カワイイ子供を攫って快適なふたり暮らしを始めるのはこんなにカンタンなんだというお話でありました。
思いのほか反応があったので、真面目に応えようと思う。
いずれ続き(コメントやトラックバックへの返答、元記事を書いた背景など)を上げてこちらにリンクを貼ります。
続き、書きました。 http://anond.hatelabo.jp/20140125125450
20年前に建てた家に致命的な欠陥が発見されて1年、設計&建築元の住友林業が対応したのが半年前。
住友林業が検討しますといって3か月音沙汰がなく、唐突に数日後一度家を見ると言ったのが2か月前。
工事しないと駄目ですね、弊社が全面的に悪いのですぐに工事に取り掛からせて頂きます。
その見積りに来たのが某日。
ここまではまあいい。
しかしだ、人の私室に入るなり「机の上に食べ物が食い散らかされてて漫画類がゴタゴタ(全部片してるのにも拘らず)してますね、パソコンも点けっぱなしだし。ここの住人はどこですか?」と言いやがった。
これは余計なお世話だし、酷く言えばプライバシーの侵害だよ。因みに仕事行ってたよ。
住友林業はてめえのブランドを信頼して頼んだのに、最初から手抜き工事で既にその信頼を裏切っていたにも拘らず、またしても上から目線ですか、そうですか。
世間一般様から「読書家」とひとくりりにされ、一束十円のブックオフ価格で流通している今日このごろの読書ファッションクソ野郎どもであるけれど、その内実はピンキリで、とりあえずジャンルや内容や分量に関わらず月に三冊以上読んでいれば全国平均的に照らして「かなり読んでいる」ほうの部類に入る。
数を誇りがちなのは男だ。
数をこなしたからといって偉いわけではないと口ではうそぶきつつ、「いやあ、今年は千冊も読めなかったよ」だとか「一日頑張れば十冊は行けるね」だとか「○○の必読本リストは○冊しか読めてないな」だとかなんでもかんでも数字に還元する。
別に速読はクソだとか熟読こそ至高だとかいう議論をしたいわけじゃない。ヴォルター・ベンヤミンは生涯で1700冊しか本を読まず、一方でレヴィ=ストロースは一冊書くために7000冊を読み、イケダハヤトは年速500冊を読破し、ボルヘスは「1000冊も読める人間など存在しない」と主張した。この四人の言う「読む」はおそらくそれぞれ意味が大いに異なる。だが今はそんなことは関係ない。「本を読む、とはどういうことか」じゃない。傾向の話だ。重要なのはベンヤミンもレヴィ=ストロースもイケダハヤトもボルヘスも松岡正剛も佐藤優もそのへんのラノベ評論家もブログやってるビジネスマンもみな男だという事実だ。
男は自分についてであれ他人についてであれ、読書について言及するときに数の話をしたがる傾向にある。
数が多い方が偉くて強い。そういう世界は微笑ましい。人によっては浅薄で醜いと断じるかもしれない。けれど、浅い分理解しやすくはある。
そこに現れているのは一種体育会系的な価値観だ。どんなメガネモヤシとて鬱屈したヲタとて、オスである以上は筋肉量に憧れるのだ。私の読書冊数は十三万です。
強い。わかりやすい。
読書メーターが珍重される理由もそこに関係している。RPGみたいに、読書家のステータスを可視化してくれるのだ。今までの読書冊数がHPなら、月あたりの読書冊数がすばやさ、コメントがパワー。
既読冊数も数なら、読んだ本の内容も数だ。実のところ「読んだ本の数より、どれだけ内容を理解しているかのほうが重要だろ」と、男が言うときに使う「理解」という単語はそのまま「記憶」に置き換えうる。つまり、本の筋や要点をどれだけ他人の前でそのまま垂れ流せるか、どれだけ脳にストックしてある別の本と(それぞれの文脈を無視した上で)リンクさせられるかが男の言うところの「理解」となる。ぷよぷよとかミスタードリラーとか、そのへんの連鎖パズルゲームをやってるのとあまりかわらない。
ひるがえって、女は数の話をしない。そもそも数えない。目の前を流れてゆく本にただ好きか嫌いかのスタンプを流れ作業で押していく。
小説についての話をすると、まず自分がある登場人物をいか好きか/嫌いかを述べだす。本気で。ぼんくら男子同士が「ビッチ」だと「処女」だのとぼんくら慣れ合いのための属性を貼り付けて表面的に消費するのとわけが違う。彼女らは本気でキャラを憎み、愛している。
そして、いきなり自分語りを始める。マミさんによく似たバイト先の先輩の話を始める。そんな先輩がいらっしゃるならぜひ紹介していただきたい、というこちらの懇願を無視して、いかにその先輩とそりがあわないか、先輩がクズかをとうとうと語り、最終的にバイト先がかつてマルクスの予言し憂慮した末期資本主義的状況下にあり私はとてもつらいんです大変なんです疎外されてるんですだからマミさんは最低な女だと思います、という実に革命前夜なティロ・フィナーレに行き着く。
よくわからない。よくわからないと言えないまま、また別の本と別の現実の話題にうつる。
マミさんが嫌いな女子とは別の知り合いで、村上春樹を嫌いな女子がいる。その子は村上春樹がそりゃあもう大っ嫌いだ。春樹に関係するものすべてを憎悪していて、村上春樹本人も嫌いなら、ファンも勿論大嫌いで、村上春樹フェアをやってる書店も嫌いで、『色彩を持たない多崎つくる』が大ヒットしている現代日本社会も嫌っている。読まず嫌いというわけでなく少なくとも数冊は読んでいるはずのその子が本質的に村上の何が嫌いかはよくわからなくて、理由を訊いても「キザっぽくて嫌だ」とか「セックスだけじゃん」とか、いまいち要領をえない。だって、おまえ、バタイユとかサドとかロブ=グリエとか喜々として読んでるじゃん。
男子にも村上春樹とそのファンとその社会を嫌うやつはそれなりにいて、でもそういうやつらはなぜか「『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』だけは好きだね」などと妙に言い訳地味た予防線を忘れない。続いて、聞いてもないのに春樹論について語りだす。「俺は基本的に春樹嫌いだけど、文学性や価値は理解できるし、いいところがあれば認める度量もあるよ」と言いたいわけだ。春樹以外の気に食わない作家陣に対しても似たような態度しかとれない。嫌うのに社会的にコレクトな理屈を探そうとする。それを見つけたあとでも、けなしはしても全面的な攻撃はしかけない。そんな度胸はないんだよ。俺もお前も。
女は退かない、媚びない、顧みない。嫌った相手には容赦しない。同時に自分の正当性や正義も疑わない。よって言い訳をしない。理屈を探さない。よその基準など関係ない。私の人生が伊坂はクソだと告げている。
虚構と現実の境界線をきちんと引き、作品世界をきっちり読み込み把握したうえで、手前の価値観の物差しのみを武器に全身全霊をもって襲い掛かってくる。彼女たちは数を数えない。だから、物差しで切り捨てた数もおぼえていない。
あなたがもし男であるならば、女と本についてトークするのはオススメしない。なぜなら、あなたは弱い。あなたはその本について、内容を記憶しているだけで実は何も独自の見解を有していない。その場でとっさにひねりだした解釈に、あなたは確信を持てない。それでは耐えられない。あなたは読書を通じてコミュニケートする、ということがどんなに恐ろしいことか、リアルにオリジナルな見解を持っている人間の狂気がどんなに鋭利か、わかっていない。年間三千百冊を読了できたとしても、それらの内容を一字一句違わず暗誦できたとしても、絶対に辿りつけない彼岸がこの世界には存在するのだ。そこでは数や引用など意味を持たない。愛情と感情がすべてだ。あなたは死ぬ。死にたくないなら他人と金輪際本の話をするな。外に出ろ。ゲーセンにいけ。三鷹駅裏のゲーセンではまだ『ぷよぷよ通』が現役で稼働している。あなたの居場所はまだそこに残されている。生きて欲しい。生き延びてほしい。
同僚の方はロードバランサタイプではなく、処理を分散するタイプか
思っているんじゃないでしょうか?
ngnixやsquidとかを組んで、代理で応答してくれるサーバを
複数用意するような考え方の負荷分散構成で元サーバのファイルを
画像だけでも数万点で何十GBもあるような場合は手入れが簡単で結構効きます。
特別手当が必要な外向け高負荷webサイトの場合は、知識の範囲と、調整にかかる
そこまでやるのは100件に1件くらいで、やり方も多岐にわたります。
実績も豊富で、推奨設定などが明確なためロードバランサを用いた方が
スタートアップが早くなります。同時接続数250くらいがしきい値です。
ロードバランサのキャパシティ(主にネットワーク帯域がボトルネック)を
超えてしまう場合も多く、処理系や画像データなどの分散配置もしなければ
ならない事もあります。
そうかと思えば、ハイスペック機の2重化で十分な現場も多いですし、
分業していて畑違いでやってきたのかもしれません。
通常インフラ屋さんが集中的に取り組むのでプログラマ系の人は知らなくても問題ないかと。
むしろ知らないならその方が都合がいいことも。専門的な実績が蓄積されている中、下手に
動かれると壊れたりします。失敗すると全面的に影響してしまうリスクの大きな部分なので、
最近はAWSなどのサービスも充実してきていますし、ちょうど手分けが出来る分岐点でもあるので
コードを書いて動くものを作る系の人にまで求めない方がいい知識かも知れません。
アップデートサイクルが短く覚えた頃には陳腐化してしまうこともしばしば
負荷分散のパターンは流行り廃りが激しく最新事情は随時調べ直しが必要です。
飲みにいくような仲ならば、不満を抱えるよりも、ここの場合は、
こうやって負荷分散してるなど擦り合わせしておくといいかもしれませんね。
そこまでカバーできる人になってほしければ、調査を依頼する形で知識を得てもらう
と言う手もあります。
知っててもいいけれど手は出せない事も多いです。西海岸までの光ケーブルの接続が
どうなっているかまで知らなくてもできる仕事はたくさんあります。
ためになるってこともありますし、自分と同等であればわざわざ群れる必要も無いという
意見もあります。個人的にはヒアリングしてコードを書く人の場合、サーバ周りは
分からなくてもいいと思っています。#それが得意な人が結構見つかるし手分けが出来る
50人いるクラスだったら50人とも活かせるやり方を模索するのも悪くないアプローチかと思います。
これはあの人が得意だから深く突っ込まなくていいよなどの力加減とか
餅は餅屋に任せて踏みとどまろうみたいな感覚も意識した方が不要な処理をスキップできます。
似たような話だと、ビデオを快適にハンドリングしようとした場合のネットワーク構成があります。
出来る人がいるけど、みんな知っていなければいけない話ではない 手分けして取り組めばインターフェイスは
ここにファイルをアップロードすればうまくいく というところまで簡略化できる など
5人くらいで専門的に取り組めば、残りの45人は特に知識を習得する事なく、別の事に取り組み
一段上を目指せるようなケースです。みんな同等の技術やスキルが必要かというと、そうでもない
ブログの仕組みがあるから記事に専念できるというのも、言われていないけれど、
分業、協力関係みたいなものです。ブログシステム(箱)を作った人と作文した人(本)のコラボですね。
みんなで箱を作るより、5人で箱を作って残り45人で記事を書いた方がいい結果が出そうです。
分業するのも簡単で、箱作るから記事書いてというだけで済みます。
個人の能力にとやかく不満を持つのは結構疲れてしまうので、集団のうち誰も分からないというのは
避けようと中間目標を持っておくと気が楽になるかもしれません。得意な人を見つけておくなど
一部スーパースターがいますが、契約に比べると個人の能力差はそんなに影響しないような気もします。。。
賛否両論あるかと思いますが、人は一定数いて減らないものだから、うまくやろうくらいに思っていた方が気が楽ですよ。
気を病むようならば、組織から査定しろと言われていない限りは人の能力の評価はしない方がいいかもしれません。
やりたいし、できそうだけど、契約上できない事(予算が足りなかったり)やらなくてよいこと
あとほとんどのシステムは、変数がなんだか分からない人をモデルとしてチューニングされていきます。
システムものを使用するユーザにはそういう人の方が多いんです。作った人の高度なテクニックや技術よりも
ただのグチ
二週間でクビになった。
クビ自体に不満はない。
なのに、体が動かなくなるほどダメージを受けた。
多少問題があっても慣れた人間を使い続けた方がまし
という判断もありえたと思う。
でも、そうはせずに突然今日で終わりと言われた。
聞かれもしなかった。
それを知っておかないと、バイトを入れかえても
同じことになりかねないのに。
これはきついよ。
失恋だったら、相性だと思える。
精いっぱい勤めて、二度と同じ失敗はしていないつもりの職場で
全面否定されたら、どう納得したらよいのか分からない。
ただただ反省するべきなのに、
「元職場にはひとっかけらも問題はないの?
私が抜けたら余計に仕事が回らなくなったりして。」
もっと素直にならないと。
たぶん技術じゃなくて、リスクをどこまで許容するかの話なんだよな
※なお、初稿はエレベーターとか結構書いてた模様。全部エスカレーターに直した。指摘thx
勿論解決できることもある。
例えば、全員がみっちり並んで載っても余裕の耐荷重設計とか、点検整備体制とかな。
でもな、エスカレーター上で歩いて登っても大丈夫なようにしろよってのは、無理な話だ。
だってさ、コケたり滑ったり、落ちた時に被害が甚大ですってのが本質なんだもの
しかもよ、動くエスカレーター上で更に登っちゃう人ってのは、基本急いでる人だろ?
国会議事堂前でずっとエスカレーター載ってる人と、歩いてる人に差があるのはわかるが、
普通の駅なら、1分は違わないだろ。
1分を惜しむ人ってのは、急いでる人だ。
で、急いでる人が動くエスカレーターの上で「コケないようにしろ」ってのが、要求になるわけだ。
そりゃ無理だろ。
あと、急いでる人が動くエスカレーターの上で「他人にぶつかって迷惑をかけないようにしろ」とかな。
これは技術で解決する話じゃないのよ。
あくまでもマナーやルールや法律じゃなくて、エンジニアリングの話にするなら、
明日から日本中で一律エスカレーターの稼働を止めるしか無い。これなら単なる階段になる。
登れるようにみえるのが悪い、というのであれば登れないユーザーインターフェースにするというのもひとつの手だろう。
登りたい、それでいて登りたくない相手に迷惑をかけないようにしてほしいというのであれば、
完全に区切る、1人用のエスカレーターが2つ出来るってのも簡易な解決策だろう。
でもな、結局のところ、
「やるなと言われているし、急いでる時コケたり他人にぶつかったりするリスクも理解しているが、
急いでるし、登れるように見えるし、ルールで縛らずにエンジニアリングで解決しないメーカーが怠慢だ」
って言い方をする奴には、きっと付ける薬は無い。
一人用でも走って登りたがるだろうし、登れないのを無理に解決したりするだろう。
痛ましい事故があって、その結果施設側が全面的に使用を禁止、他の施設でも撤去に向かうパターンだ。
「メーカー側は以前から歩かないようにとの啓蒙を進めていたが、今回の将棋倒しの事故での死傷者数を鑑みると何らかの社会的な」
急いでて足を踏み外した人が怪我をするのはある程度自業自得なんだろうが、
ルールに従ってエスカレーターに止まって載っていた人が巻き込まれるのはやり切れないな。
いくら啓蒙してもベンチで寝るなら、そもそも寝られないように区切るってやりかただな。
電車のベンチシートの凹んでる座席とか、途中にある手すりとかも同じ系統だな。
エスカレーターで区切りができて、登れないようにする。
荷物持った人は不便になるだろうが、まあ世の中そういうもんかもしれない。
歩いて登ったら危ないから、片側を開けると荷重が偏って危険だから、詰めて乗ると危険だから
と言われてていうことを聞かずに歩く奴は、残念な人ってことだ。
はてブのコメントは軒並みこの人の自己申告を大方信じて、完全な被害者と捉えているのが多かった気がするが。
仲間である筈の同僚に行動を制止されていること。いくら警察とはいえ、身なりの怪しい乱暴なおっさんとで心情的に肩入れするとは思えず、『映像を見た刑事、巡査、鑑識から異口同音に「威嚇や恫喝は合法、反撃は違法。全面的にあなたが悪い。」と言われ』ているのも、見た人がそうとしか思えないだけなんじゃ?
ちょっと気に入らない嫌いだ位で「○○クソだな、死ねよ!」とコメントされる事も日常なはてブにおいて、この老人の暴言とされる言葉が、深刻な暴言と見なされない社会状況というのも見て取れるわけで。
この人の内部で起こった焦燥感が、他者から見ればそれほど差し迫った状態とは読み取れず、こんな結果になるってのも、解らなくはないなぁ・・と。しか思えない。