はてなキーワード: 貞淑とは
一般性というのが結局欧米の宗教文化を元に法学として成立した一般性じゃん
イスラム法学でそれがどのように解釈されるかもまだ割れてる状況でさも物理と同等レベルでフェミニズムに関する法学が全人類に一般適用できるかのように言うのがおかしい
・アッラーはもともと男と(女)との間には優劣をおつけになったのだし、また(生活に必要な)金は男が出すのだから、この点で男の方が女の上に立つべきもの。だから貞淑な女は(男にたいして)ひたすら従順に、またアッラーが大切に守って下さる(夫婦間の)秘めごとを他人に知られぬようそっと守ることが肝要。反抗的になりそうな心配のある女はよく諭し、(それでも駄目なら)寝床に追いやって(こらしめ、それも効がない場合は)打擲を加えるもよい。だが、それで言うことを聞くようなら、それ以上のことをしようとしてはならぬ。アッラーはいと高く、いとも偉大におわします。
・男たちは妻たちの支援者である。神が一方に他方よりも有利な点を与えたからであり、彼らが財産を費やすからである。よって道徳的に正しい女とは、課せられたことに従う者たちであり、神が大切にしてきたものを守る者たちである。あなた方が抵抗をおそれる女に対しては、諭し、寝床に放置し、そのもとを立ち去りなさい。もし彼女たちがあなた方に従えば、それ以上のことをしないように。本当に、神は高く、偉大であられた。
確かに井筒俊彦は古い法学者の研究者だったから現代ではフェミニズムを適用した後ろに変化しつつはある
でも変化してる最中、受け入れるかどうか実験中ってのは事実としてそうなわけで。
1860年代から1900年代にかけて証明された事実なんてのは西欧で可能だっただけで別に西欧以外の社会が受け入れたわけでもなんでもない
ウラマーの人たちも今必死こいてどうフェミニズム適用するか社会を見ながら考察・解釈してる最中でしょ欧米の論理に不信感だってあるのに
面白い仮説で、途中までメトロノームのように頷いていたが、ここからズレた。
…
男だって同じように弱者男性のために自分たちで行動を起こせばいいだろ。女性にばかり救いを求めるな。
コミュニケーション能力の低さも弱者男性の生きづらさの原因だと言うが、それはただの努力不足だと思う。
女性は社会から幼い頃から気配りや思いやりを求められ、温良貞淑な女性像に適合することを強いられるため、
自然とコミュニケーション能力は高くなる。
…
女性はたくさんの苦労や抑圧を乗り越えて高いコミュニケーション能力を獲得しているのだ。
男はコミュニケーション能力が低いから〜と甘ったれるな。
(強調と省略は引用者)
女性のコミュニケーション能力は社会から強制されたために身についたもの、としつつ、同様の態度を取らない男性を責めている。だが、フェミニズム的に考えて、そもそも女性に強制する家父長的社会こそが問題なんじゃあないのか。結果的にケア能力を高めざるを得ないような気配りや思いやりを求めてくる男性中心社会こそ本来否定すべき対象だろう。抑圧を受け入れてミイラ取りがミイラになってしまうのは、いわゆる内面化だ。女児に男女不平等な優しさを要請するな、と突っぱねるべきだ。
「女は薄っすら好かれる、男は薄っすら嫌われる」というネットミームがある。
私見だが、これは生物の本能に由来するものではなく、社会の底にへばりついた頑固な男女不平等が未だに存在するためではないか。私は昨日、「知らんでぇ」というVtuber3人グループのショート動画を見た。3人が仲睦まじく声を掛け合う動画だったのだが、「女の子3人で可愛い」のようなコメントが人気になっていた。実際は男性一人が含まれるのにも関わらず。これは要するに、人当たりのいい柔らかい態度を取っているのだから女性のように見える、ということが言いたいのだろうが、サブカルチャーの見えやすい部分にさえ、このような価値観が残っている事が女性への優しさの要請が存在する証拠だと思う。
神は本当に子らが「善行」を成すことを望んでいるのだろうか?
しかし、人類史上どの文明においても、悪魔崇拝を除いては、「善行を成すことで地獄に行く」というパターンに納得のいく理屈を与えられていない以上、0.001%以下のほぼ存在しない確率であっても、それにベットしておくことにデメリットはないのだ。
死後の世界で対面した神が、
「私はお前たち人間を心の赴くままに殺し犯し飲み食いするのを楽しむように創造してやったのに、なぜお前は私の願いに逆らって、不殺で貞淑で節制した生き方をしたのだ? 私に逆らったお前は地獄行きじゃ。あそこにいる快楽殺人鬼のように生きれば天国に行けたものを」
という裁きを下さないとどうして言うことができる?
それこそ0.0001%でもそうなる可能性はあるし、死後の世界や神の本当の意図なんて誰にもわからないのだから、「神が人間に悪行を望んで善行を否定するはずがない」と言うのは悪魔の証明ではないか。
6億裁判に勝った当時の暇空は、お金があれば学歴払拭できる、子供は自由にしてあげたい、と結婚や育児への願望みなぎらせてた
本人が教育虐待を父親から受けて名門中学受験→ついていけず不登校→父親を刺す事件→退学、というルートを辿ったから子供は好きにさせてあげたかったんだろうな
でも暇空の子供を産んでくれる女は現れず、親になることを許されなかった暇空は今でも過去を払拭できない
暇空は父親について毒親であったとよく語る一方で母親についてはあまり触れない
父親が勉強しろと暇空を殴った際に、「母親は止めようとしていた」とか「母親も一緒になって殴ってきた」とかそういう描写がない
母親がその時なにをしていたか書かれない、なにもしなかったのではないか
恐らくは、「高学歴高収入なエリート父」と「専業主婦で夫に物申さず虐待を傍観する母」の組み合わせだったんだろう
古式ゆかしい貞淑で家事はちゃんとこなすが子供を守り通す強さはない母親
その母親への反発からか、暇空が過去に片思いした女性や交際できた女性というのは「美人だがすぐに他の男にもなびく、ビッチでメンヘラで愛した分だけ愛し返してはくれない女」ばかりだったという
本当に付き合えたことあるのか?風水系の女では?と疑われてはいるが、暇空の過去の記述を本当だとする
結婚するつもりで同棲してた女が、「ただ優しいだけのおちんぽ騎士」に奪われたことがその後のフェミ嫌いの動機となっている
当時の暇空は裁判真っ只中で、金はそこそこはあったが大富豪ではなかった
裁判に勝って金持ちになれば結婚できるし育児もできるはずだった
でもそうはならなかった
占領米軍の性暴力に触れた増田に影響されて「帝国日本の戦時性暴力(京都大学,2013)」という論文を斜め読みし始めたんだけど、第1章のテーマが、いわゆる「銃後の妻」の浮気についての話でそっちが面白くなってしまった。そもそも、出征した兵士も自分の奥さんが浮気してんじゃねーかと気になって仕方なかったみたいで、前線から実家近辺の警察とかに問い合わせる奴が相次いだらしくてまあ悲喜劇なんだけど、「このままじゃ兵士の士気がヤバい!」てことで、全国で警察が極秘に、予防のための講習会を開いて妻らを組織化したり、名簿作って「浮気してないか」監視をしたり周辺に聞き込みしたり、妊娠したら本当に旦那の子か調査したり……と、隣近所、地元、妻同士、警察と何重にも監視の目を行き届かせたらしい。その上、いざ実際に浮気が起きたら兵士本人には知らせず、かといって姦通罪は親告罪であるため、間男を「住居不法侵入」という名目で処罰していた(たとえ妻が了承しても「戸長」たる夫の許可がない住居の立ち入りは不法侵入にあたるという理屈らしい)とか、いろいろ苦労して浮気を防ごうとしたらしい。ああ、「銃後の妻の貞操」つーのは、こうやって国家が必死こいて作り出した神話だったのかー……という奇妙な納得と言うか感心というかが得られて、なかなか有益だった。
いや、なんか当時を扱った小説とかでも、戦時中の出征兵士の奥さんてなんか妙に貞淑に描かれてるイメージがあるじゃん? で、それが「戦前の道徳教育」のおかげ(逆に言えば”戦後風俗の乱れ”)みたいなこっちの勝手な思い込みがあったんだけど、そんなの思いこみだよ、と頭を小突かれた気分で、やっぱそういう”美しい”話というのは大体神話に過ぎないということを再確認させられたのだった。
なお、実際のところは、そうやって警察が取締りしてさえも、結構な数のかーちゃんが浮気したらしい。まあ、生命の危険のある状況に若い男女がおかれたらそらそうなるやろ、って感じで浮世の道理である。下は内務省資料、引用は上記論文から。
出征兵士の奥さんで浮気する奴がいていろいろヤバいので、こっそり呼び出して注意したり間男を転勤させたりとかヤバい処置したけど、その件数が全国でもうヤバい。
(原文)
不義の悪評ある留守宅に対する措置
応召者妻にして留守中素行不良にして風評に上る者ありて一般遺家族への影響及出征者の士気等も顧慮し適切なる方策を講ずる要あるもの時に発生する状況にあり、因つて之に対し隠密の間に説諭を加へ、或は姦夫の雇傭主と懇談を為し之を他に転ぜしむる等の方法を講じて遺家族及び出征者の名誉保持に善処したる事例は瀧川警察署管下其の他に於て相当数に上り居れり。(内務省警保局,1939)
まあ、実にグロテスクな話である。とーちゃんを兵士に送り出して浮気するかーちゃんがグロテスクなんではない。間男でも、それを取り締まる警察でもない。ただ、それらを含んだ戦時の風景が全体としてグロテスクとしか言いようがないんである。戦争を美しいというのは、よほど頭のネジがぶっ飛んでいるか、それともメディアに手もなく踊らされている奴だけだ。
子供がそのような環境で育ったら、女児は「自分の裸は誰にでも見せていいものなんだ」と思って育ち、男児は「女性の裸体はいつでも誰でも見ていいものなんだ」と思って育つと自分なら予想するけど、そこはどう考えているんだろう。
こういうこと言っている人って、自分にこの先娘ができたとして、その子が同性の裸が平然と飾られている場で育ってもいいということなのか?
或いは、自分の彼女がもしそういう環境で育って、「女性の裸は誰にでも見せていいものだ」と考えて誰にでも見せていたとしても付き合いたいと思うのか?
それとも、自分が直接関わる女性には貞淑であってほしい、その人のプライベートな部分は親しい異性である自分だけが独占したいという感情はそのままに、広告などに登場する立場の女性は完全に性的消費をしていい「モノ」として認識していて、リアルでは関わらないからどうでもいいのか。
すなわち、世の中の女性を「自分と実際に関わりがあるから自分以外には性を隠すべき女性」と「自分に関係ないので誰でも好き勝手裸を見たり触ったりしてもよい女性」に分けたい、ということなのか?
【DJ SODAに有利な事項】
┗①性被害者である事実をもって非貞淑さを責めることはセカンドレイプ
【DJ SODAに不利な事項】
┠貞淑さはもともと持たない
┃┃┗最前列まで寄ってエロパフォーマンスするのはいつものこと
┃┗特に強く触れたのは女だった
┃┠それホントでござるか〜?という真っ当な疑い
┃┃┗(証拠動画の拡散があったが、本人がガードマンの手であると否定)
アホ「これだから男は」
┗やったのは女
有利の天秤にドカンとデカイ錘が乗っているのだが、不利の天秤にドスドス中規模の錘が乗っていくので、その評価によって個々人の天秤の傾きが異なってしまう……のだと思った。
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最近「鋼鉄紅女」という近未来ロボットSFを読んだ。以前はてブにも紹介する記事が上がってきていたので知っている人も結構いるだろう。
https://huyukiitoichi.hatenadiary.jp/entry/2023/05/26/080000
で、この記事を読んだのと表紙がめちゃくちゃかっこよかったから読んでみることにした。
幼馴染で御曹司のイケメンと異民族出身の最強パイロットで狂暴で恐れられてるけど主人公にはどこか優しいイケメンと同時に付き合う!!??
いや、一つ一つ見てけばまあわかるのよ。
舞台が強烈な男尊女卑社会であること、その上弱いパイロットはほぼ確実に死亡してしまう設定を考えれば主人公に強さは必須だろう(彼らが乗る「霊蛹機」と呼ばれる巨大ロボットは男女一組で乗り”気”を送り込んで操縦するのだが、”気”が弱い方はもう片方の”気”に押しつぶされて死亡してしまい、また女性は霊圧が男性より低いということになっているため女性パイロットは男性パイロットの為の使い捨ての消耗品として扱われている)。
主人公がイケメン二人と付き合うことも女性のみに貞淑を強いる社会に対する反抗としてわかる(男性パイロットは英雄視され多くの女性パイロットを侍らせている一方女性パイロットは男性パイロットのため貞操を守ることが求められる)。
男同士で付き合うことも異性愛規範を暗黙の前提とした社会への反抗として理解することができる。
でもそれ全部複合したら腐と夢願望同時に叶えようとするヤバ・オタクの妄想にしか見えなくて面白かった。
前「三体」の二巻読んだときにもオタクの妄想としか思えない女が出てきて面白かったんだけど中国SFってそういう傾向があるんかね?(「鋼鉄紅女」は厳密には中国SFではないが)
みんなも是非読んで確かめてくれよな!
なぜ疑問があるのですか、どのような疑問なのですか?
ちなみに私はその時代に合ったものなら『性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持することが公共の福祉の内容をなすことについて疑問の余地がない』には賛成です。
そう考えた時、レイプはダメ。痴漢はダメ。合意の上であっても11歳相手に性行為や類似行為(手コキさせる等)はダメ。それは当然であるが、それは既に強制性行罪や強制わいせつ罪で規定されている。
刑法175条が必要だというならば当然、「レイプはダメ以下略」以上のところに『最低限の性的秩序』があり、それを維持することに何らかの利益があるはずだが、俺はそれが分からない。
ついでに言うならば俺は性的秩序に関して言うならば『成人したら、ヤリチンやビッチでも良いし、貞淑でも良い。そのことで好き嫌いは構わないが、法的もしくは社会的に差別されない。パートナーを裏切ることへの制裁に関する法は必要』が理想だと思うのだが、元増田は違うのだろうか?
俺より先に言及した人がいるが、各都道府県の青少年育成条例で規程されている。
個別に文句を言いたいことはあるのだが(有害指定された書籍が18禁扱いで売れなくなることについて取次に改善を求める必要があるなど)大枠としては合意する。
国の法律で定めることについては憲法の定める検閲の禁止を直撃し得るだろうな。
俺は性行為の同意は“理想的には”本人が性行為やその影響について理解しているかという能力で判断されるべきだと思っている。もちろんそれは不可能だから年齢で区切るしかないという点は同意する。
そして、『一般的な15歳が最低限持っている程度の性行為や影響に関する理解が無い者は性行為をするべきではない』とするならば知的障害者へのセックスボランティアはボランティア側が強制性行として違法にされるべきなのだろうか。そこを考えると、むしろ現状の13歳未満という区切りの方が妥当だと考えている。
大分前に知り合いの絵を描ける人に子ども向けの会誌のイラストを発注したことがあるのね。
「イラストレーターには女性もいる。女性は貞淑にしろというのは女性差別だ」
みたいな感じで非難された。
護りたいのは公然とマスターベーションしたいっていう露出狂のごとき痴漢欲求な。
女性は貞淑であれというのか! などと言ってもないことに反論しだす。
オタクってなぜか性欲を表に出したがるんだよな。
この増田(や瀬川深、町山智浩など)の「アカの他人でマウンティング欲求を排泄」っていう言動、性欲ひけらかしオタクどころか、痴漢に近いんよな。性欲以外の欲は清潔だから俺は上等みたいな自認っぽいけど、逆やで
そういうあなたは性欲ひけらかしオタクどころか痴漢ではないか——『Whataboutism』
この手の統一教会と同じ主張をしているという自覚のないカスはさっさとイスラム圏にでも亡命して帰ってくんなよ。性の話を大っぴらにすべきでないというのは女は貞淑であれというミソジニーそのものなので。
特に女性が責められてるわけではないのに女性を盾にしてる——『ラブジョイ抗弁(同情論証)』
主張にない、女性は貞淑であれ、を論破している——『ストローマン』
その主張を支持する者の中にはろくでもない連中がいる。故にその主張は間違った内容である——『連座の誤謬』
そういう偏見を社会に植え付けてきたのがフェミニスト。「性的消費」というレッテルを萌え絵やオタクに貼り、社会悪だと10年間もバッシングしてきた。朝日新聞やハフポストなどの左派メディア、社会学者達も同調した
なぜ偏見なのかを説明せず、無関係なフェミニストの横暴を強調——『燻製ニシンの虚偽』
皆さん、これが所謂「projection」というものですよ。増田本人が性欲ひけらかす無恥者、という事です。しっかり覚えていってくださいね
筆者が projection をしてたとしても、筆者の主張の正しさとは関係ない——『対人論証』
しっかり覚えていってくださいね、などと生徒に教える心理学者のような振る舞いで説得力の向上を狙っている——『権威論証』
そして反論してる側のブコメの詭弁は放置して、元増田の詭弁術だけを指摘するあなたもまた、