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「日本の注目論文数が世界13位であった」というニュースが今更ながら読売新聞に載っていたので、日ごろ思っていることを書いてみる
出勤前のただのガス抜き
日本「質の高い」論文数はイランに次ぐ世界13位、過去最低でも文科省研究所「下げ止まりの傾向」…自然科学分野 : 読売新聞 https://www.yomiuri.co.jp/science/20240903-OYT1T50055/
国立大学が法人化されてから20年、日本の大学における研究力の低下は歯止めがかからない。
研究力低下に対する危機感は、すでに10年以上前から言われていたが、文部科学省は長いことそれを認めなかった。
この記事のような明確なデータがようやく一般に見られるようになって、今になってあれこれ施策を出してきているが、どれもこれも遅きに失している。
大学の研究力がここまで低下した理由は、個々の教員の能力とかやる気問題ではなくて、完全に政策の問題。
個々の教員の努力でどうにかなるものではないということをはじめに書いておく。
国の研究力は(国内の研究者の数)×(研究時間)。あと金さえあれば向上する。
それがこの20年間、研究時間と金の両方が著しく減少している。
大学には金が無い、という話がネット上には溢れているのでここでは、教員の研究時間が無いことについて書く。
現状、ほんとうに時間がない。まったくない。
(わたしだって、ゆとりのある時間が確保できるのであれば、こんなところで愚痴を書かずに、ゆっくり腰を据えた研究をしている)
その原因の1つは明らかに「教育改革(笑)」に時間を投入しすぎているから。
この20年間、大学は教育改革w、教育改革w、教育改革w、そんなことばかり繰り返してきた。
これは、教育改革しないと文部科学省から予算が降りてこないからだ。
しかし、この教育改革(笑)と言うのは、ひたすらに教員の時間を奪う。それによって研究時間は大幅に減った。
学生はおおよそ4年間大学に在籍するだけで卒業していくから、その変化は感じにくいだろうし、すでに卒業後の社会人には今の大学の実情が見えていないだろう。
この教育改革には、学部改組、新規学科開設、ディプロマポリシーの明確化、カリキュラムマップ整備(笑)、シラバスの整備(笑)、成績評価の厳格化、学生からの不服申し立てへの対処法の整備、成績不振者のサポート、リメディアル教育(高校の内容の再教育)、海外留学支援、インターンシップ支援、情報リテラシー科目、データサイエンス科目の整備などなどがある。
反転授業、アクティブラーニング、グループ活動といった準備負荷の多い科目も増えた。
一般入試で入ってくる学生はひたすらに減少し、推薦、AC入試、各種特別枠で入学してくる学生が大半を占めるような大学もある。
一般入試を乗り越えていない学生は、基礎学力が怪しく学習習慣が身についていないケースも多い。おのずとサポートの負担は増加し(成績の悪い学生は呼び出して面談をしないといけない)、講義のレベルも下げざるを得ない。
アカハラ、パワハラは厳禁である。それようの講習も受けないといけない。学生に寄り添った学生の日常生活の支援、メンタルサポートも必要となってくる。
入試の多様化は入試業務の負荷増大に加え、オープンキャンパス、高校訪問、パンフレット整備、Webページ整備などの負荷も増やす(これらを教員がやっている)。
では、こういった教育改革によって大学を卒業する人材の質は向上したか。
おそらく底辺層、落ちこぼれ層の救済には一定程度貢献したに違いない。まさに我が国が得意とする、足並みをそろえて仲良く卒業しよう。という理想の実現に近づいているわけである。
(それでも、大学の教育は手抜きであって学生は遊んでいる、といつになっても非難される)
全体的に講義のレベルは下がった。授業への出席が求められるようになった。
初年次には、分野横断総合的な学習が重視され、専門を深く学ぶ機会が先送りされた。
その一方で、早くからインターンに参加し就職活動に取り組むことがあたりまえになった。総じて、深い学びの機会は失われている。
では、大学院はどうか。
大学院の重点化、大学院教育の実質化(笑)も、大学教員の負荷を確実に増やした。
修士の学生は増加傾向にあるが、残念ながら修士程度の学生は即戦力にはならない。
博士の学生や専任の研究員が減少し、修士の学生にも教員が手取足取り指導しなければならない。研究成果と言う面においては完全にマイナスの生産性だ。
こうやって育てた修士の学生が博士へ進学してくれればありがたいが、そうはならずに多くは就職してしまう。
ここ数年の博士進学実績は低下基調だ。日本のアカデミアは学生にも見限られている。
こういうった状況をスポーツ界に喩えるならば
国内トップクラスのスポーツ選手に対して、地元の中学高校の部活の面倒をみるのと同時にオリンピック出場を目指せと言うようなものだ。
さて、今後の展望。
これから少子化によって18歳人口が減少するため、ますます大学間の競争が激しくなる。一般入試を経ずに入学する学生が増えて学力は低下する。
活路を留学生に求めることになるため、ますます入試システムが複雑になり、学内には英語コースの設立が求められる。これは、新しく学科を1つ開設するのと同等の労力(つまり時間)が奪われることになる。
文部科学省(財務省)もようやく現状打破の施策を立ち上げ始めた。
博士の学生を増やすための支援を増やし、若手教員比率を高め、若手教員の研究時間確保のための取り組みを大学に求め始めた。
うちには10代の息子がいる。
友達も多くて、いろんなスポーツもやっている。はっきり言っておれより多趣味だ。
自慢の息子なんだが、1つだけ最近気がかりなことがある。
それは、息子が勉強しているところをみたことがない、ということだ。
実際おれも子どものころは遊んでばっかりだった。おかげで成績は下の下。
息子は、テストでは毎回いい点を取ってくるのだ。
この間ついにそのことを本人に聞いてみた。
「何でお前ってそんなに勉強しないの?」
返ってきた答えは意外なものだった。
どうやら、テストの解答があらかじめ出回ってるらしいのだ。
息子いわく、「その解答さえ覚えておけば、毎回90点以上は取れるんだよ」とのこと。
そんなの、ありなのか?
おれの頭は混乱した。
ぐるぐる考えは巡ったが、
絞りでた一言はこうだった。
息子はキョトンとして、「なんで?」って返してきた。
「だって解答が書いてあるんだよ?それを覚えておけばいいじゃん。」
すると追撃してくる息子。
「下手に自分で勉強しても、時間がかかるし、そっちのほうが逆に点が下がるんだよ」
だから、解答を見せてくれと頼んで、見せてもらった。
そこには、しっかりとした答えが理路整然と書いてあった。
なるほど、これか。
確かにこれさえ見ておけば、90点以上は取れるだろう。おそらくおれでも。
だがどうしても腑に落ちない。
このテストに書かれていない問題がどこかで出たら、どうなるのか?息子はそれを不安に感じないのか?
「大丈夫だよ、そのときはみんな悪い点なんだからさ、おれが悪い点をとっても問題ないでしょ?」
「でもさ・・・」と反論したら、普段は温厚な息子が豹変してまくし立ててきた。
「だから、おれみたいな普通のやつが自分で勉強したって、テストの点が下がるだけなんだよ!!」
「おれは他にやることがたくさんあるから、勉強に時間なんて割けないし!!」
会話はここで終わった。
おれは親として、なんと声をかけるべきだったんだろう。
それで息子は困ったりしないだろうか?
しばらく経って、ふつふつと怒りが湧いてきた。
全く、この解答を作るって決めたのはどんなやつなんだ。
親切に思ってやっているのか?
だが、なんて余計なことをしてくれるんだ。そんなもの、子どものためになんかなりゃあしないんだよ!!
だけど凸したっておれが悪者になるのは目に見えている。
私立の大学にも通わせられるように、今月も新NISAでオルカンを積み立てておく。
立派に父親やってるよ、おれは。
プロスポーツ選手にしろ、オタクが好きな絵師、声優、プロゲーマーでも学力は必要だと俺は思う。
学校の勉強は社会に役立たないと言うけど、学校で勉強するために使った学習能力は他の分野にも応用できる。
そう言うと「勉強出来なくてもプロになった人はいる!」って必ずお前らは言うけど、言ってて気付かないか?それはお前らが認知できる程度の異例中の異例だと。
最初から何の学習もせずその分野で活躍できる天才が。お前らはそれと同じだと言いたいのか?
まぁ小学生、中学生ならそういう時期があっても仕方ない。ただ、お前ら何歳よ?
良い加減気付けよ、自分にはそう言った突出した才能は無いと。そして過去に自分が勉強して来なかった事を後悔して改めて勉強の大切さ気付いてこれからの人生は日々勉強すると。
自分の後輩や子供、ネットのキッズに自分みたいにならないように勉強の大切さを教えろよ。
それから勉強で得た学習能力ってのは潰しが効くんだよ。お前らは負けを認めずいつまでもやりたい夢を追ってることが素晴らしいとアニメや漫画に影響されて信じてるけど、現実は非情だよ。
結局、頭が悪いと何もできない。好きなことだけやってその好きなこと以外の仕事はやりたくないと駄々捏ねたらお前らみたいになる。
本音を言うとお前らは好きなことがやりたいんじゃなくて、好きなこと以外出来ないから他人に迷惑をかけて怒られるのが怖いんだろ?
じゃあ何故出来ないかって、そりゃあ学習能力が低いから。勉強してこなかったから。
ただ、学習能力があればスポーツ選手や一般職で挫折しても他の仕事に応用できる。むしろ今の時代はそのパターンで第二の人生で成功する人が多い。それこそお前らの好きなVtuber、YouTuber、絵師、プロゲーマーとか。
なんでプロゲーマーになるって言うガキが批判されてるかわかってない奴ら多すぎ。
言ってる事とやってる事が合ってないからだよ。
例えばプロサッカー選手になるって言う中学生は将来海外でプレイするために中学生の頃から英語を熱心に勉強して、サッカーの名門高校に入るために他の教科も真面目に勉強して学力を付ける。
その上でサッカーの練習も他の生徒の何倍も行う。学校の勉強はサッカーに直接的に関係しないけど、学習する脳みそを作るのにサッカーの戦術に応用できて役立つ。
それに対してプロゲーマーになりたいなんていうガキのほとんどは引きこもりか、勉強嫌い・スポーツも嫌い、ゲーム以外やりたくないっていう逃げる口実にプロゲーマーになりたいと語っている。実際プロゲーマーで活躍してる人は市場のメインが海外だから語学学習してるし、長時間集中するために筋トレしてる。
そもそも今活躍してるプロゲーマーは前職まで他の職業からプロゲーマーになった人が多いし、社会性がある前提でスポンサーも安心して契約してる。ゲームうまくても社不は勝手に自滅してる。
と言うのも、さっきXで10歳からプロゲーマー目指して頑張る少年がテレビで特集されてたスクショにその少年(現在高1)本人がリプして「今もゲームして頑張ってます!でもテレビの偏向報道が〜」なんて言ってたのを見かけて、そいつのX見たらお察しの通り何もやってない。本人からすると何かした気でいるんだろうけど世間から見た「プロ」としての成果は何も見えない。
小学生ならまだしも高1でこれだとテレビが小馬鹿にするのが合ってるやん。偏向報道ではない。
んで、Xで引用の反応見ると案の定「頑張ってる人をバカにするテレビを許さない」「プロゲーマーはまだ世間から認められてないから〜」なんてズレた甘ったれた感想ばかり。
「頑張ってる」なんてのは結果出した人間だけが与えられる言葉で、なんの結果も出してない人間に軽々しく与えるな。まぁ言ってる本人らも大した努力した事なく何の実績も得られず生きてきたから他人を安易に褒めるんだろうな。
なんか、しょーもない奴らばかりだな
教養があると全方位に対しての知識がまんべんなくあるからよいんじゃない?
教養ある人はネットミームにも詳しいし、学力的な知識もあれば芸術方面にも詳しい人が多いだろうし、
地頭が良いだけでしょって言うけど、教養がある≒地頭が良い、なんだよ
地頭ってじゃあ何って言うと、結局自分の持つ情報量が多いから判断が正確にできる可能性が高いんだよ
詐欺に遭いにくいかは見た目だろ?っていう時点で架空請求とかを全く考慮できていないように
「詐欺って言えばこういうケースや、こういうパターンがあるな」って引き出しがいくつもあって、手口はどうか、
どういう対策がとれるかってのを知っている方が詐欺に遭いにくいに決まってるだろ
mRNAワクチンの効力を説明できることが教養じゃなくて、反ワクチンの言っていることを鵜呑みにしないのが教養なんだよ
世の中教養がある方がうまく渡っていけるし、成功する確率が高くなる
不妊治療を繰り返してもなかなか妊娠できず、ようやっと生まれてきてくれた息子は可愛くて仕方ない。
大好きすぎる。
さて、息子には幼稚園の年中の時から公文をやらせており、今は学校の学習内容をできるだけ先取りしようとして教えているが、計算間違いが多すぎて困っている。
(例1)
□ - 3 = 11
18 - □ = 9
みたいな算数の問題で、解き方を何度教えても、解き方を忘れる。よく間違える。
(例2)
九九を何十回、何百回書かせたり、暗唱させたりしているが、いまだに特定の箇所で間違える。
自分も妻も、小学校の時に学校の勉強困った記憶がないので、すごく基本的なところで頻繁に繰り返す我が息子に戸惑っている(夫婦ともに中学受験組)。
息子には何度も説明し、暗唱や計算練習を繰り返し、「これで結構覚えられたかな」と思っても、翌日、または数日後にはもう間違っている。
例えば、下記といった具合。
「まえに、●●に行って、××を食べたよね」(1年位前のこと)
「今度、▽▽にいくって約束したよね」(3か月くらい前のこと)
「昔、このYoutubeみたいので、全部覚えている」(半年くらい前のこと)
運動も大好きで得意。
図工も大好きで得意。
この、努力が積み重なっていかない感じに、夫婦で絶望している。
そこまで勉強の得意でない小学1年生ってこんなものでしょうか。
これで中学受験できるんでしょうか。伸びしろはあるんでしょうか。
もし学力面で伸びしろ少なそうだったら、別な領域で戦っていけるよう、食べていける能力の伸ばし方を再考しなければと思ってる。
私は女子枠の設置には反対している。
女子枠を設置するなんて、女性の学力が低いとみなしている、屈辱的なものなのではないかと思う。本当にやめてほしい。フェミニストと名乗りながら、馬鹿馬鹿しい理由をつけて女子枠を正当化しないでほしい。一緒にされたくない。(勿論、論理的に女子枠について議論されているフェミニストの方もいます)
私は女子枠がなかった3年前にとある大学の工学部電気系の学科に入学した。
男女比は9.5:0.5ほどで、女子の少なさ故に交友関係の面ではかなり苦労したし、常に孤独感があった。サンプルが少ないため、それが偶然なのかは分からないが、元から少なかった女子のうち半分はいなくなった。正直女子がもう少し多い建築系、化学系に進めば良かったと後悔したことは二度や三度ではない。
けれど、それは女子枠を設置する理由にはならないと考えている。そんな孤独感という感情ごときが枠を奪って、奪われた人の人生を変えていけない。
女子枠の導入として期待される効果に「学生の多様性の促進や学部の活性化」、「優秀な女子学生の獲得」、「学部におけるジェンダーバランスの促進」がある。
多様性っていうのは学力の多様性という意味も含んでるんですかね……。多様な学力の女子が入ることの大学へのメリットが分からない。
むしろ優秀な女子学生は、女子枠で入る女子と一緒にされたくないから避けると思う。私も今、女子枠と数年しか入学年度が変わらないため、一緒にされるのではないかと危惧している。
ジェンダーバランスとは「男女の賃金格差、昇進格差をなくし、男女の採用の公平性を取ること」のようだが、ここでは単に男女比のこととして捉える。女子枠を設置してまでして優秀でない女子を増やして喜ぶのなんて、その入学できた女子くらいなのでは?
この文章が論理的に正しくないことも分かっています、時代的に女子枠を設置することが"正しい"ということも。けれど、フェミニスト全員が下駄を履かせてもらって入学することを良しとしていると思われたくなかったのでこの文章を書きました。
どういう学力が生まれるかということのは発達障害も含めて地域的に完全ランダムなはずだよね?
無入試中学の場合入る子の学力が高めだったとしてもそれに合わせて試験のレベル変えるってこともないはずだしな。絶対評価なら点数差をつける必要がないから。(相対評価のときのことはしらん)
まあ(一見)無能ばっか集まってそうなヤフー知恵袋とかでのレスバトルでならどうせ無能同士なんだしマウントとしてなら有効打たりえるかなと。
ただし運用する上でそもそもその成績って学力どれぐらいにあたるのかというのと、知恵袋にそれ以上の学力がいることは滅多にないことなのかってことなのか知っておきたくて
義務教育中学=私立公立で受験しないと入れないところに入学しなかった場合自動的に籍を置かれる中学、と定義
端的に言えばごくふつうの公立中学のイメージでいいと思うんだけど、この種の中学の定期テストの難易度は全国一律で差がほとんどないはず。
この場合で中学のころタイトルのような得点率だった場合は期待値的に全国上位何パーセントの学力に入る可能性が一番高いのだろうか、という話。
ネットで馬鹿にされたとき俺はたまに「自分は中学でずっと~点だったんだぞ」などと書き名誉回復を図ろうとすることがあるので気になった。これってそもそも恥さらしにしかなってないかもしれないんだよなと。
まあほとんどの義務教育中学で育った子は義務教育中学以外に受験で入って勉強した子の最下位クラスよりも下ではあるのだと思う
でも義務教育中学でもトップ層なら、そんなに偏差値高くない私立公立中学の最下位よりは学力上という期待値も高そうだし、トップ層は模試も受けてそこでそれなりにいい成績とる子からノー勉でも割とできるやつまでそれぞれなはずんだよな。
一体期待値的にどのあたりに落ち着くんだろう?下位40%とかだったらやっぱり恥だよ。
(もっとも中学のころの成績引き合いに出すやつは高校でがた落ちしたりなんかの事情で大学言ってなくて大卒の学歴自体持ってないとかいろいろ察せられたら終わり、そういうあまりにも隙だらけなマウントなんだよな…)
というか、世の中がme too運動やらなんやらでジェンダー平等に舵を切るまで、
ちょうどディズニーがジェンダー平等に舵を切って、アナ雪などが人気になるまで、
九州の人たちは、自分たちの「男尊女卑的文化」をむしろ誇りに思ってアピールしていた気がするよ。
世の中の大勢が変わってから、いろいろなところで九州差別だと言いはじめた。
息子に「九州男」という地方名を入れるような土地って九州以外にはないのではないかな。
これなんかは別にどうでもいいことだけど、有害レベルで郷土愛が強いのかもと感じることは多い。
つまり、郷土愛が強すぎるがゆえに、差別と感じるところが大きいのでは?