はてなキーワード: オヤジとは
河井夫妻の事件について、元国会議員の豊田真由子さんや、金子恵美さんが地元でのカネ配り(先輩議員に地方議員にカネ配れとアドバイスされた)について発言しているので、地方議員側からの話をします。
もともと、業界には与野党問わず「目配り、気配り、カネ配り」という言葉があって、この3つができる政治家が優秀な政治家だとされていました。
でもそんな話は中選挙区時代(~1993年)であって、今はこの言葉すら死後になっています。
今の話をする前に、すこし中選挙区時代の話をします。カネ配りはこの時代に盛んに行われたので。
中選挙区制は選挙区の人口によって定数が決まっていて、選挙の上位2人~6人くらいが当選します。なので、ひとつの選挙区から同じ政党の候補者が何人も出馬します。たとえば群馬3区では当選議席数が4で、自民党からは3人(福田、中曽根、小渕)が出馬します。
有権者や、地方議員からすると、同じ自民党の候補者なので、3人に基本的に政策に違いがありません。3人の候補者は政策的な差別化が図れないので、「あの道路は俺が作った」みたいな、どれだけ予算を地元に持ってきたか(利益誘導政治)がアピールポイントになります。さらにその先が、直接的なカネ配りだったり、選挙事務所での食事だったりするわけです。とにかく政策では差がないので、政策以外の差が得票になるのです。
旧群馬3区では選挙メシも有名でした。福田料亭、中曽根レストランとwikipediaの「上州戦争」でも書いてありますね。私の選挙区でもオヤジの話を聞くと、昔は選挙事務所で鰻重が出た、なんて聞きます。うなぎ食べたい。
参議院の選挙は都道府県によっていまでも中選挙区制なので、制度的にはこうなりやすいです。現に河井さんの広島も改選2議席で、自民から2人でたからね。しかもアンリさんは新人で実績(利益誘導)をPRできないから。
戦後、そんな選挙がずーっと続いていたのですが、1988年のリクルート事件が発覚して、カネと政治をめぐる事件が立て続けにおこりました。それで、なんでこんな金権政治になるんだろうと考えたところ、中選挙区制が原因じゃろう、となったのです。
派閥の親分が無理してカネを集める→系列の国会議員に配る→地元でカネが飛び交う のが中選挙区制の行きつく先だったのです。
それでついに1993年の選挙で自民党は大敗し、細川護熙内閣が誕生します。細川内閣は、政策も理念も異なる8会派が集まってできた内閣で「8頭立ての馬車」、7政党に大臣ポストを振り分けたので「レインボー内閣」なんて言われました。この内閣の唯一の政策の共通点は「政治改革」で、結果としてこの内閣のもとで中選挙区制をやめて、小選挙区制にします。
このときに行われた政治改革のポイントは2つです。1つは小選挙区制(1つの選挙区に各政党は1人しか公認しない)にすることで、カネではなく、政策で勝負する選挙構造にすること。もう一つは政治献金に大きな規制を設けることで金権政治の元凶であるカネ集めをできなくする、その代わりに税金から政党交付金(約300億円)をつくってこれを各政党に分配するということでした。
この政治改革から約30年、選挙は確実に変わりました。カネ配りも、選挙事務所での豪華メシもなくなりました。石破茂さんも雑誌とかメディアのインタビューで「小選挙区になって、お金は確実にかからなくなった。誰でも議員に挑戦できるようになった」、「中選挙区制だったら私は議員を続けていられなかっただろう」って何度も言っています。そりゃそうだよね、自民党から1人しかでないなら、カネ配んなくても地方議員はその人応援しないといけないもん。
だから、我々自民党の地方議員も、河井夫妻の事件をみてビックリしています。なんて昭和なんだろうって。うちのじいさんのときの話みたい。
んで、本題に入りますが、もちろん、地元の代議士からお金をもらうことはあります。年間10万円くらい。
正確には、党勢拡大のための組織活動費として、自民党選挙区支部(代議士が支部長)→自民党地方総支部(代議士か県会議員が支部長)→自民党市町村第XX支部(増田が支部長)という形でお金がきます。このお金は政治資金規正法に則り、年にいくらもらって、年にいくらつかったかを報告義務があり、その収支報告書はウェブでも公開されています。もちろんお金を受け取ったら領収書を発行します。
地方議員は国会議員と違って、給料以外の集金の手段(政治資金パーティーや政党交付金)を持たないので、基本的に活動はすべて自腹です((野々村竜太郎県議が城崎温泉に行って有名になった、政務活動費という税金が原資の経費があるが、一連のスキャンダルで使途についてチェックがえらく厳しく、文房具か交通費か広報紙くらいにしか使えない。せめて議員として招かれる団体の会合の参加費には使わせてほしい。))。一方で国会議員は給料以外に、文書通信費で1200万、立法事務費で800万、派閥から数百万、党本部から2000万(政党交付金)、パーティーで2000万と、だいたい年間6000万くらい集金できるので、それを原資に活動しています。どこの選挙区でも、与野党問わず、国会議員の支部から地方支部(=地方議員)に組織活動費を出します。代議士は国会が開かれる1~7月、10~12月は永田町に行っていて、週末しか地元にいませんので、その間、地元で党を守り、地域の声を直接聞くのは地方議員ですから。会社組織でいうなれば、本社から支店に補助をだしてるみたいなイメージ。
冒頭の豊田真由子さん、金子恵美さんの発言(先輩議員から地方議員にカネ配れとアドバイスされた)はこの収支に報告義務のある組織活動費の話と、領収書なしの裏金であるアンリさんのお金を混同していて、センスのなさを感じます。きっと、彼女たちはパーティーで集めたお金や、政党交付金を自分1人でガメていて、こうした党勢拡大の組織活動費を地方支部に出さなかったんでしょう。そりゃ落選するわ。
とまあ、河井夫妻の事件は自民党の地方議員もびっくりしているので、当たり前とは思わないでほしいです。
でも、仮にうちの代議士が、去年の統一選挙直後に「当選祝いです。領収書はいりません」といって、30万持ってきてたら受け取っちゃうよなーとはちょっと思う。
選挙ってそれほどつらくて厳しいもの(ほんとに毎回憂鬱になる。新人候補が思ってたよりつらくて途中でやめるのはよくあること)で、カネもかかるから金銭感覚もマヒしているし(普段なら絶対30万なんて怪しいとおもうけど、選挙で多額の金を突っ込んでるから感覚がマジでマヒしている)、当選の直後なんて超絶な解放感で有頂天だし(4年に1回の選挙、オリンピックでメダルをとった感覚をイメージしてほしい)、単純に「あっ、どうも、気遣いありがとうございます」って感じでご祝儀として受け取っちゃう。受け取ったときに「奥さんの集票のため」なんて思わない。広島の地方議員や首長が軒並み「集票のためとは思わなかった」って見苦しい言い訳してるけど(私ですらそう思うから、一般の人からするとマジで見苦しい言い訳にしか見えないだろう)、当事者だったらマジでそう思ってると思う。
リベラルの連中は公正とか平等とか抜かしてるけどそうじゃないんだよな。
俺が男性として苦痛を感じているのは男性としての優越を感じられてないからであって、平等なんていらねえんだよな。
昔のオヤジどもが女をいいように従わせて、どんな無能でも年功序列で昇進して、年上ってだけで年下に平然とパワハラして偉ぶれたように、俺もそうなりたいだけなんだよな。
バブル崩壊とか就職氷河期とかがなければ、たぶん俺もそうなってたはずなんだよな。
弱者だって言うのになんで自民党を支持するの、なんて連中は言うけどさ、野党はそういうのやってくれそうにないじゃん。でも自民党ならやってくれそうなんだよな。
もっと言えば、他の弱者ヅラしてる男も邪魔なんだよな。男がみんな偉くなったら俺が大して偉くないことになっちゃうし。
要は俺だけが救われたいんだよな。
90年代前半は「女子高生ブランド」が最高潮になった時代で、女子高生たちは自分自身の「価値」を知り、世のオヤジたちに提供する存在だった。オヤジたちはその女子高生たちに相応の対価で応え、ギブアンドテイクの関係性が出来上がっていた。
と、オヤジたちは思っていた。
ブルセラ、援助交際、ウリ、テレクラ。これらが週刊誌、ドラマ、マンガで繰り返し描かれることによって、「女子高生はそのように消費してもいい存在」「それによって金を稼ぐことを女子高生も望んでいる」「汚れた女たち」とオヤジたちは本気で思った。だからいきなり女子高生に声をかけて「3万でどう?」と言えたのだ。しかもそれで、けっこう成功した。追加で金がかかることは多かったろうが。
もちろん、そのような「価値の提供」をする女子高生はそんなに多くはなかった。当たり前だ。しかし、爆発的に「そういうイメージ」が浸透した。女子高生は清純かビッチか、どちらかしかいないような錯覚が生まれた。
そして、ウリやエンコーに応えるビッチな女子高生はそのまま性的対象になった。説教しながらセックスする対象になった。
一方、「今時珍しい」清純な女子高生もまた、そのまま性的対象になった。汚れた女どもの中で、この子は違う。そうして癒しのセックスの対象になった。
大分アバウトだが、このようにして「女子高生」というブランドが性の匂いと不可分になっていった。もちろん、それ以前から性的対象のカテゴリではあったが、一般にも決定的に浸透したのはこの時代だろう。
もはや「そういう子もいる」ではなく、「今時の女子高生はみんなやってる」と思われるほどに浸透した。痴漢やオヤジたちだけではなく、世の中の一般的な人々に、そういうイメージが知れ渡ったのだ。
なので、今更かつての女子高生に「あれは本当に嫌だった」と言われても、「持ちつ持たれつだったじゃないか」「お前たちも汚れた女だったじゃないか」という意識はどこかに残っている。だから本気で「すまなかった」という声はオヤジたちからは出てこない。釈然としない気持ちが残るからだ。
「だってお前ら高かったじゃん」と言いたいのだ。
「嫌だったかもしれないけど、その分こっちも懐痛めてたんだしさぁ」
「むしろお前らのほうが得してただろ?」
「俺を振ってオヤジと腰を振りやがったくせに」
そう言いたいわけだ。
もちろん、これは「女子高生を消費してもいい空気」が犯人なので、一部を除いて女子高生たちには責任はない。しかしこの「一部を除いて」と言わないといけないのがネックになる。それで金を稼いだ女子高生が確かに存在したことが問題をややこしくさせる。
オヤジどもが突くのはこの点だ。確かに金を得た女子高生はいたのだ。オヤジたちをあざ笑い、金を持って行った女子高生が存在した。
それがあるから、「本当に嫌だった」を素直に聞き入れられないのだ。
今でいうパパ活とは比較にならないほど広汎に「ヤレるイメージ」がついたのがあの時代だ。一度に動く金額は現代のほうが上だろうが、総額ではあの時代が圧倒的に上だろう。
ちょっと遊んでる風の女子高生には、必ず「ウリをやってる」という噂が立った。"清純"な女子高生が眼鏡をやめてコンタクトにしたりしたら、「オンナになった」とかささやかれた。
山本直樹のマンガ「Blue」の時代だ。そういう空気感だった。
なので、「当時の遊んでる女子高生像」がどうしても頭から離れない。
90年代前半の女子高生は下劣なオヤジとギブアンドテイクの関係だった、と、オヤジたちは思っていたから、女子高生の消費が止まらなかったということは言えるだろう。
ただ電車に乗っているだけで痴漢にあい、服を切り裂かれ、日常の中で脅威にさらされた女子高生たちは大変気の毒な時代だった。
なぜそのような目にあったかと言えば、「世間が女子高生をそのように扱ったから」としか言えないような気がする。
俺自身も、当時付き合っていた彼女がエンコーしていた事実があった。今でいえば脳が破壊されるというやつだ。
そういう経験もあって、正直なところ、心のどこかでかつての女子高生に同情ができない気持ちがある。申し訳ない。
ともあれ、まぁ、「あの時代」はこんなもんだったんじゃねーかなということを書いてみた。
アメリカでコロナが流行るとヒヨコを買ってきて育てるって話し、
その後そのヒヨコってそろそろ成鳥になってる頃だと思うんだけど、
午前中は事務所にいない方が、
なんやかんやで、
なんか季節の変わり目だなぁーって思っちゃったりもするわ。
麦茶がなんだか風味豊で芳醇な感じがしない。
つまりは薄いってこと。
贅沢に1回沸かすごとに麦茶パック2つは使いたいところね。
こちらの方だと香ばしさがより感じられるし、
私1回やってみたいんだけど、
普通にノンアルコールビールになっちゃうんじゃないか?って夏休みの自由研究にしたいぐらいなんだけど、
結局これはまだだれも成し遂げていない偉業じゃない?
でも子どもがノンアルコールビールを醸造することに成功しても、
うーん!ビールに近いですな!って
果たしてノンアルコールビールの味のテイストを味わって判定することが出来るのかしら?
そう思ったわ。
より近いビールに近づくように私も、
うふふ。
これは美味しいわ!値段相応以上のニトリもビックリするぐらいのスケール!
正にアメリカン!
アメリカのそういうベーコンレタストマトサンド食べたこと無いけど。
思わずハンバーガーをスタンディングスタイルで食べるときに片手を壁に付けてテリーマン食いしたいところよ。
ちゃんと蕎麦湯にもできるお蕎麦です!ってのはわざわざパッケージにも書いてあったりするから、
あんまりここら辺のお蕎麦屋さんでは調子に乗ってオヤジ蕎麦湯!ってイキりまくり禁止の貼り紙がお店にしてあって笑ったわ。
今日もピンクグレープフルーツウォーラーを
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
多感で世間知らずで、バカも利口もいて、将来があったりなかったり、お金があったりなかったり。
そういう高校生たちが野球という最低なスポーツの餌食になっているのが不憫で仕方がない。
自分で選んだ未来だからといっても、野球はあまりに裾野が広い地雷だ。上下関係や野球道具の高さなんかは序の口。一番つらいのは学校単位での優劣があること。自身の運動神経は、チームというグズの中で埋もれてしまう。
球技というもののなかでも野球は特にアンバランスだ。野手なんかは誰も気にしない。全てはバッターと投手だけの世界。そんな世界でちょっと足が速いとかジャンプ力がいいだけでは全く注目されることはなく、才能を枯渇させる。
本来その人に適したスポーツや学問や芸術が合っても、野球の中では全てが意味をなさない。野球に特化させられ、野球以外は全部無駄と教えられる。それが高校野球の真価。
彼らは頭を丸めさせられ、20年前の指導しかできない大人からの恫喝を受け、親は出費に苦しみ、甲子園に出れなければグズと言われ、チームの誰かが痴漢すれば活動は停止。
甲子園が全ての世界。そして甲子園にいったら土を集めなければならない。ブラスバンドは野球部の付属品となり、ビールまみれのオヤジたちが野次を飛ばす。あまりに理不尽だ。
性欲が強くて、正直、身近にいるちょっとかわいい女子とはチャンスがあればセックスしたいと思ってる。
だから会社に行く前は絶対に一回抜くし、寝る前にも一回か二回抜く。
で、セクハラに関するマニュアルっぽい本だとか記事はこまめにチェックして、普段の言動には絶対にそういう側面が出ないように気をつけている。
自分が訴えられるのが怖いという気持ちもあるけど、それ以上に、身近にいる女性に不快な思いをさせたくない。
姉と妹がいて、痴漢やセクハラオヤジのイヤさもよく聞いてる。それに自分も高校生のときに痴漢されたことがあって、その体験からもセクハラには気をつけようと強く思っている。
しかし酒が入るとどうなるかわからない。男同士での飲み会で泥酔したとき、結構ドギツめの下ネタをかまして回りを引かせたことがあるらしい。記憶にないけど。
それを女性がいる席でやってしまわないかと考えるだけで震える。だから絶対に異性の前では酒を飲まない。
マジで怖い。
遠く離れた部署にいたりしてほとんど会わない同期について、思うところがあるので書いてみる。
○同期その1
一時期は自分にとって一番親しい人だと思っていた。入社してすぐのときは一緒に遊びに行ったりすることも多かった。が、よくよく発言を聞いていると明らかに私のことをバカにしており、こっちから「遊びに行こうよ」とか言うと嘘くさい理由で断ってきたり、メールだったら全然返事を寄越さなかったりした。
当時の私は人の言葉を文字通りにとる傾向があり、なかなかメールに返事がなくても「忙しいんだな」程度に思って一週間後に同じような誘いをしたりしていた。もはや断りきれないと悟ったときとか、頭数を集めたいときは一緒に遊んでくれたが、もはや年賀状だけの付き合いになっている。
仕事に関しては自信があるらしく、出来ない人間のことはコテンパンに言うのだが、女性としての魅力には劣等感が強く、「オヤジ転がしは得意なのに若いのにはモテない」とぼやいていた。別に不細工ではなかったが、中年太りや経年劣化が始まるのが早く、30代半ばにはかなり太ったブルドッグ顔貌の女になっていた。
激務の部署に行くことが多く、生活が不規則なのと、ストレス解消のために食べることが多いので太りやすいのだと思う。友達は多いように見えたが、仕事やプライベートに不満が多いようでいつも眉間にシワを寄せた表情しか記憶にない。自分と価値観の違う人間のことを認められず、他人の長所より短所が先に目につく性格だったので、それが変わらないかぎり、幸せにはなれないと思う。
○同期その2
優秀だと評判で、彼女を悪く言う人を見たことがない。ただ、私はコミュニケーション能力が低いせいか、頭脳レベルが彼女と違い過ぎるのか、一緒にいてもあまり会話が弾まなかった。
あと、女性として人気があるかというと微妙なところで、しっかりし過ぎて隙がなく、男性に媚びるようなファッションや言動は一切なかった。職業人としては尊敬されるが、若いときからあまり女の子扱いされることがなかった。若い頃の私は、仕事が出来ると言われるより可愛いと言われることの方に重きを置いていたので、彼女の仕事熱心さに感心しつつも彼女みたいになりたいとは思わなかった。
なまじ仕事が出来ると評判だったばかりに、彼女は採用された部署からなかなか動けなかった。その部署から離れて自分の好きなことができる部署に行きたかっただろうに。自分はあまり上司の覚えがめでたくなかったので、希望の部署に行けるかどうかはさておき、「今の部署を出たい」と言うと上司が喜んで外に出してくれた。出世コースから外れたような部署ばかり回る羽目になったが、いろいろな世界を見られるという意味では面白かったと思う。が、基本的に仕事が嫌いなので、「早く辞めたい」「どうしてもこの会社で働くなら楽な部署に行きたい」と思って過ごしていたが、そんなヤツでも首を切らずにそこそこの給料をくれるので、辞められずに現在に至る。
そして優秀なる同期その2はうちの会社に見切りをつけて辞めてしまった。今のままでは永久に好きな仕事をやらせてもらえないと思ったのだろう。私はその後彼女がどんな仕事をしているのか詳しく知らないが、SNSの投稿を見るかぎりそれなりに時間の余裕のある仕事につき、趣味を満喫しているようである。
私は彼女ほど優秀ではないので、結局今の会社にしがみついている。本当は彼女が転職して上手くやっているようなら自分も辞めてやろうと思ったのだが、比較的楽なはずの今の部署でもひぃひぃ言いながら仕事をしているので、シビアな職場では生きていけそうもない。
老後を迎える頃、私と同期その1その2はどんな人生を送っているだろうと思う。今の会社は金銭面ではそれなりの待遇をしてくれるが、やりがいを求めてあえてそういう組織を離れた人間がどうなるのか。もはや皆50代に入ろうとしているので10年後が見ものだと思う。
漫画やアニメに出てくる父親キャラって作者の世代による父親像が反映されてると思うんですよ。
波平さんは「ザ・頑固オヤジ」だし、ちびまる子ちゃんの父はいつもヘラヘラして何の仕事してるかわかんないし(実際は八百屋だったらしいけど変えてしまったから作者が「父親の仕事姿」を想像できなかったんではないかと思う)野原ひろしは平日は毎日クタクタ。土日は家でゴロゴロ。
平成に入ってからは、作者が「父親が仕事でいつも家にいなかった」世代が増えてきたからなのか父親不在の家族も出てきた。これは高橋留美子の作風の影響が大きいけど。