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はてなキーワード: 赦免とは

2021-07-18

anond:20210718032800

これは俺も思った。

から、「赦免すること=悪事正当化」っていう社会的認知の歪みが生じてるんじゃないかと。

ゆるす

大まかに許可する」と「赦免する」の2つの意味があるよな

英語だとallowとforgiveか

2つの意味にはなんとなく通じるものはあるけど、同じ「ゆるす」という言葉でまとめるのは雑に思える

2021-06-20

土日も労役をさせられている可哀想人間になっています

解放(たす)けてください赦免(ゆる)してください救済(ころ)してください

2021-06-08

anond:20210607234817

満寵

出典: フリー百科事典ウィキペディアWikipedia)』

満 寵(まん ちょう、? - 242年3月)は、中国後漢末期から三国時代の魏の武将政治家。字は伯寧。兗州山陽郡昌邑県の人。子は満偉・満炳・満氏 (司馬榦の妻)。孫は満長武・満奮。『三国志魏志「満田牽郭伝」に伝がある。

目次

1 生涯

1.1 酷吏として出世

1.2 軍人として活躍

1.3 呉との攻防

2 三国志演義

3 脚注

生涯

酷吏として出世

身長は8尺(約190cm)あったと伝えられる。18歳の時に県の役人(督郵)になった。郡内で私兵を率いて乱暴していた李朔という人物は、二度と乱暴しなくなったという。高平県令を代行した際、督郵張苞張飛の子とは別人)の横暴を見てこれを逮捕し、その場で拷竟(=拷問致死)した上で、そのまま自ら官職を捨てて帰郷したという逸話を持つ。

その後、曹操に仕えた。曹洪配下の将が曹氏の権勢を笠に着て略奪を行った時、満寵は速やかにこれを逮捕した。そして曹洪から曹操への働きかけがあった事を知ると、直ちに処刑した。この行為曹操に大いに賞賛された。

楊彪逮捕された際、荀彧孔融に手心を加えるよう頼まれたが、満寵は規則通り(注によると、笞打ち)に訊問した上で、曹操に「処罰するなら罪を明確にすべきである」と直言した。このため曹操楊彪赦免した。

これらの事からわかるように、満寵は于禁と同様に誰に対しても公明正大で法に厳しかったが、傲慢ではなかったので人からまれることはなかった。

軍人として活躍

官渡の戦いの時期には、袁紹郷里である汝南太守を務め、袁氏与党の軍を滅ぼし、農耕に従事させた。

曹操荊州征伐に従い、曹操が帰還すると奮威将軍兼務し当陽県に駐屯した。

孫権国境に攻め入ると、曹操は満寵を召し還して再び汝南太守とし、関内侯の爵位を与えた。

後に、曹仁参謀として樊城に駐屯した。219年、劉備軍の関羽が攻めて来た時は、救援に来た于禁ら七軍が洪水により壊滅し、樊城も水没して崩壊しつつあった。ある人が曹仁降伏を進言したが、満寵は「山の水は引くのが速く、この状況は長くは続かない」と反対した。曹仁は満寵の意見を良しとした。徐晃の援軍を得て関羽撃退されると、満寵は安昌亭侯に進封された。

呉との攻防

曹丕(文帝)の時代には揚武将軍となり、三方から呉を攻撃したときも、それに従軍した。呉との江陵での戦いで功績を挙げて伏波将軍に任命され、新野に駐屯し仮節鉞となった。半年曹真・夏侯尚・徐晃張郃・文聘らとともに朱然交戦したが、戦死者も数多となり、江陵を攻められなかったので撤退した。また、曹丕の南征に従って、敵の夜襲を見破り散々に打ち破ると、南郷侯に進封されたが、最終的に魏軍は呉に敗れた。224年には前将軍に昇進した。

曹叡(明帝)が即位すると昌邑侯に進封された。

228年、曹休司馬懿・賈逵が揚州荊州豫州雍州涼州の五軍の指揮を執り、石亭・江陵・濡須東関三方から侵攻した。満寵は賈逵の軍に胡質達と共に監軍として従軍し、武昌を目指し進撃していたが、揚州方面の軍の指揮を執っていた曹休孫権の計略にかかり大敗したため、犠牲者も数万人以上となり、敗れている(石亭の戦い・「賈逵伝」[1])。また、司馬懿張郃らも江陵を攻め落れずに退却した。

同年、曹叡は濡須東関に賈逵・満寵らを命じて再び攻めてきたが、陥落させることができずに負けた[2]。

曹叡は呉・蜀漢に対して完全に専守防衛に行い、賈逵の死後に豫州刺史兼任し、曹休の死後に都督揚州軍事となった。揚州への転勤の際、汝南の民や兵士の多くが満寵を慕って勝手についていったため問題になり、詔勅により親衛兵千人を率いていく事が許され、その他一斉が不問とされた。

230年には征東将軍となった。冬に再び孫権合肥に攻め寄せる気配があったため、兗州豫州の軍を召集する事を上奏し侵攻に備えた。孫権撤退する気配を見せたので、こちらも撤退するよう詔勅が下ったが、満寵は孫権撤退偽装と読み、引き続き備えを怠らなかった。孫権10日ほどしてから再び来襲したが、合肥を攻められなかったので無事に撤退した。

231年、呉の孫布という武将投降を申し入れてきた。王淩がこれを出迎えたいと申し出たが、満寵は投降偽装と読んだため、王淩に自重を求めた。偶然入朝する用事ができたため、留府長史には王淩が兵士要求しても与えてはならないと厳命しておいたが、王淩は自らの督将軍に僅かな手勢だけを与えて孫布を出迎えに行かせた。王淩は呉に敗れ、孫布の夜襲により兵の多く失うことになった。

満寵と王淩はこれ以前から対立しており、満寵が召喚されたのも、王淩の息のかかった者が満寵を老いと疲れにより耄碌していると讒言たからであった。満寵と目通りした曹叡は、満寵が壮健なことを確認できたため[3]、任地に返そうとした。しかし満寵はこのまま朝廷に留まることを願った。曹叡は満寵を馬援・廉頗に準え鼓舞した。

232年、呉の陸遜が廬江に侵攻してきた。部下達がすぐに救援に赴くよう勧めたが、満寵は落ち着いて対処すれば良いとした。軍を整え、陽宜口まで赴いたところで呉軍は既に撤退した。

233年、孫権は毎年のように合肥侵攻を企てていた。合肥城は寿春の遠く南にあり、江湖に近接した位置にあったため、過去の攻防戦においては呉の水軍の機動力の有利さが発揮されやすい展開が多くあった。満寵は上表し、合肥城の立地の欠点を指摘した上で、北西に30里の地に新たに城を築くことを進言した。蔣済がこれを弱気作戦であり、味方の士気を削ぐことになると反対したが、満寵は重ねて上奏し、兵法道理を引きながら築城長所を重ねて主張した。尚書の趙咨は満寵の意見を支持し、曹叡の聴許を得た。こうして合肥新城が築かれた。建設に莫大な費用がかかることもあって、合肥城ともども廃れていった。

同年、孫権合肥に攻め寄せたが、合肥新城が岸から遠い場所にあったため、敢えて上陸しようとしなかった。しかし満寵は、孫権武威を振るっているので、必ず陸に上がることに違いないと判断した。伏兵として歩騎兵を6千用意したところ、果たして孫権上陸したため、伏兵により百人の首を斬った。

234年、孫権は十万の軍勢である呼称合肥新城に攻め寄せてきた(「明帝紀」)。蜀漢諸葛亮の北伐(五丈原の戦い)は孫権呼応して(「満寵伝」)、二十万の軍勢である呼称し祁山に攻め寄せてきた。合肥魏軍が苦戦に陥り、これを恐れていた満寵は合肥新城放棄し寿春へ撤退する作戦を願い出たが、曹叡に拒絶されている(「明帝紀」)。満寵は、合肥新城へ救援に赴き、数十人の義勇兵を募り、松と麻の油を用いて風上より火をかけ、呉軍の攻城兵器を焼き払った上、さら曹操孫権の甥孫泰を射殺した。張穎達とともに力を尽くして戦ったが、呉軍は依然として頑強に猛攻した。魏の中央大軍が迫ったので、孫権は大損害を受ける事を避けて、曹叡の援軍が到着する前に撤退した(合肥新城の戦い)。

235年春、孫権江北に兵を送り屯田を始めさせた。満寵は、収穫の時期に屯衛兵達が各地に点在し、陣が伸びきったのを見て、これを襲撃すべきと判断した。また各地の県長に軍を率いて東上させた。さらに各地の屯衛を撃破させ、穀物を焼き払った。詔勅により軍功が称され、鹵獲品は全て将兵恩賞とされた。

曹叡が没し曹芳(斉王)の時代になった238年3月[4]、老年のため中央召喚され太尉となった。家には余財がなかったため、詔勅により特別物資が下賜された。加増による領邑は9600戸になり、子と孫2人が亭侯とされた。

242年3月[5]死去した。景侯の諡号を贈られた。

子孫の満偉(子)・満長武(孫)・満奮(孫)もまた、身長が8尺あったと伝わる。満偉は人品に優れており衛尉まで上り、満長武は満寵の風格を有していたという。しかし、司馬昭に疎まれ殺害され、父の満偉もまた失脚し、平民に落された。満奮は満偉の弟の子であり、やはり満寵の風格があったという(『晋諸公賛』)。西晋時代尚書司隷校尉となった。

また、満寵のもう一人の子満炳は別部司馬となった[6]。

三国志演義

小説三国志演義』では、劉曄の推薦を受けて曹操の家臣となり、楊奉配下だった旧知の徐晃曹操陣営に引き入れることに成功するなど、物語の初期においては弁舌の士という描かれ方がされている。

2021-03-20

anond:20210320222637

植物時代光合成をしていた分、赦免されるからと思っていたけど違うのか

じゃああれか

化石燃料は埋まってる炭素を(二酸化炭素として)大気中に放出する一方だが、バイオマスは(植物だったときに)空気中の二酸化炭素を取り入れて自らを形作るので、その分を放出しても大気中の二酸化炭素量は結果として変わらないってところかな?

2019-01-17

anond:20190117200356

なんと犯罪者にも人権はあるんだよ

それに実験に協力したら赦免されるわけでもないのに協力せんやろ

2018-11-15

anond:20181115210810

人を欺いたり犯罪を犯した奴が男だからと言って赦免された実例でもあるのか?

2018-08-16

[]喜多七太夫長能

能楽の四座一流のひとつ喜多流の流祖。

1586年生まれ。堺の目医者の子と伝わる。

七歳のとき秀吉の前で立派な能を舞ってみせ、

「七つ太夫」と称賛されたのがそのまま呼称となった。

その後も豊臣家との結びつきが強く、

大坂の陣に参陣して真田幸村のもとで戦ったという。

戦後浪人となっていたが、黒田家などの推挙により能役者として復帰した。

特に秀忠からは寵愛を受け、能楽第一人者として活躍するうちに、

所属していた金剛座から独立を認められて

「北」「喜多」を名乗るようになり「喜多流」を創始した。

秀忠という最大の後ろ盾を亡くしたあとは、周囲の嫉妬に苛まれ

秘曲「関寺小町」を上演したときには、難癖をつけられて謹慎を命じられた。

このとき伊達政宗が家光に掛け合って赦免させたという。

また、上洛途中の桑名で馬子を殴って死なせてしまたこから

桑名藩主・松平定綱と諍いを起こしている。

次第に後継者の正能に出番を譲ることとなり、1651年に引退、1653年に亡くなった。

2018-02-17

http://www.bbc.com/japanese/37713830

同性愛で有罪となった故人数千人を赦免 英政府

ゲイというだけで過去に何千人も刑務所にぶち込んでたような国が、ゲイを一度も犯罪認定しなかった日本LGBT権利がうんちゃらかんちゃらと難癖付けるのって、ぶっちゃけどうなんだろうなあと思う

お前らようやく21世紀になって日本と同レベルになっただけなんじゃねえのかと

戦後しばらくまで黒人差別合法だったアメリカに対しても同じような理由で白けた感情しか持てない

もしキング牧師日本人として生まれていたなら、二十歳で当たり前のように選挙権行使していただろうし、試験さえ合格すれば東大にも入学できただろうし、料金さえ払えばどんな種類のバスにも乗れていただろうね

2017-10-07

これはデマ『これヨーロッパで主張したらキチガイ扱いされるから

根拠提示していない主張に騙されるなよ…烏合の衆かよ。

https://anond.hatelabo.jp/20171007041557

EU代表部のサイトより

http://eumag.jp/feature/b0914/

死刑を支持できない理由

 死刑に対するEU根底にある考え方は明確だ。(中略)さらに、人権観点のみならず、死刑は「不可逆性」という重大な問題を抱えている。検察官裁判官陪審員さらには既決囚を赦免できる政治家であっても、絶対に間違いを犯さないとは言い切れない。にもかかわらず、死刑は一度執行されてしまえば取り返しがつかない。冤罪(えんざい)による、あってはならない過ちを完全に回避するための最も確実な方法は、唯一、「死刑廃止する」ことなである

2017-01-18

ミニーヴォートリン体験

めんどくさいのでWikipediaよりコピペ抜粋

便衣兵蛮行」を支配地域の視察をする日本将校赦免するのかあ…

>>

また安全区内にあった金陵女学院にも12月13日以降毎日次々に日本兵グループがやってきて、掠奪を行ったり、中国人使用人や女性連行しようとしたため、ヴォートリンは報告を受けるたびにその場に駆け付けて日本兵を退去させるために奔走した。この間に日記に記された主な出来事は下記のとおり[11]。

16日には金陵女学院に対する公式査察中国兵狩り)が行われ、ヴォートリン100人超の日本兵がやってきて部屋を調べて回るのを案内し、日本兵中国人使用人の腕をつかんで兵士として連行しようとするのを引き止めた。

同日 日本兵グループがやってきて中国人使用人を連行しようとするのを引き止めた。彼らは他の男性4人を縄でつないでキャンパス西の丘へ行き、そしてそこから銃声が聞こえた。

同日 丘や街路から時折銃声が聞こえ、夜、少女たちがトラックに載せられて「助けて」と叫びながら通りすぎていくのを目にした。

17日夜 キャンパス大勢日本兵がやってきて中国人使用人を正門付近連行し、尋問を装ってヴォートリン学院責任者を拘束している間に、通用から女性12人が連行される、という事件体験した。日本兵が校舎に入るのを阻止しようとした際にヴォートリン自身も殴られ、また尋問に際して銃撃の恐怖にさらされた。

18日 米国大使館を介して日本大使館を訪れ、自分たちの困難な体験17日夜の事件について報告し、兵士を追い払うための書面を書いてもらった。キャンパスを警備するための憲兵派遣されるようになった。

19日 教職員宿舎内で少女強姦されている現場に駆け付け、兵士を追い払うという「ぞっとする話」を体験をした。

20日本軍の高級将校らが視察に訪れている最中日本兵2人が女性連行しようとしたのを引き止めたが、将校兵士を叱責しただけで放免した。

2016-09-08

ちゃんと「あなたの主張、正しくないです」て指摘しないとダメ

http://possession.hatenablog.com/entry/2016/09/07/230124

「言ってることはわかるがお前のことが気に入らない」を軽視しすぎたらあかんちゃうかな


↑の記事メタブに、(たぶん)自分と同じこと考えてるコメントがあったので、その言葉タイトル拝借しつつ文章にしてみる。(展開したらコメントの人とは意見が分かれるかもしれないが)

↑の記事賛同するような人が「アイヌ殺すなんて言っちゃいけない」という言葉について、「言ってることはわかる」とか「言ってる内容は正しい」って思うとき、ごく穏健に

ツイッターはもはや公の場なんだから文脈理解を阻害するような過激物言いにも非があるのでは」

というような意見ではないだろうか。

でも、今回攻撃を仕掛けた人は、たぶんその同じ言葉に対しての解釈全然違うんだよ。

「どのような意図があろうとその言霊を発した時点で罪人であり、一切の弁明なく平身低頭懺悔しない限り赦免されない。本来全ての日本人アイヌ差別問題については我等と同等の深い関心と全く同じ知識体系を頭に入れる義務があり、今の日本はの現状は誠に嘆かわしい。ましてやあえて拒む者などがいれば、それを敵と認定撃滅する使命がある」

こう理解していると考えないと、普通な

「いやー、状況よくみたら完全に早とちりでした。お騒がせしてすみません。でもせっかくの機会なので、こんな問題もあることを知って、少しでも関心もってくれて、配慮してくれると嬉しいです」

くらいの、ちょっとこっぱずかしい勘違いとやんわりとした要請で終わる場面で、ああい常軌を逸した行動に走ってしまうことの説明がつかない。

実際、はてブコメントにも、上記ほど露骨な言い方ではないけど、方向性としては同じことを言っているのが散見される。

まり問題についての関心や教条自分たちが満足する水準や体系で持たないこと自体が人として劣っており、社会的に「是正」「啓蒙」されるべき、という宗教的原理主義だ。

こういう人の耳に、どんな文脈でも「正論だ」なんて言葉を入れてはいけない。それは「アイヌ殺す」と同様、言霊としてしか受け止められない。

ちゃんと「あなたの主張、正しくないです」て指摘しないとダメなのだ

「態度が悪い」なんて彼らの正統性正当性ではない)、信仰に一片の痛痒も与えない指摘ではなく、「なぜアイヌ殺すがいけないのか」の中身を掘り下げその異常な考えの言質を引き出し、そこを否定しないといけないのだ。


【参考増田

敬虔なる信仰告白

http://anond.hatelabo.jp/20160908185445

縁なき衆生の嘆かわしい無自覚ぶり

http://anond.hatelabo.jp/20160908195737

2016-07-11

十 日本共産党日本人民共和国憲法草案)(一九四六、六、二九

http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/02/119/119tx.html

前文

第一章 日本人民共和国

第二章 人民基本的権利と義務

第三章 国会

第四章 政府

第五章 国家財政

第六章 地方制度

第七章 司法

第八章 公務員

第九章 憲法改正

前文

天皇制支配体制によつてもたらされたものは、無謀な帝国主義侵略戦争、人類の生命と財産の大規模な破壊人民大衆の悲惨にみちた窮乏と飢餓とであつた。この天皇制欽定憲法によつて法制化されてゐた様に、天皇が絶対権力を握り人民権利を徹底的に剥奪した。それは特権身分である天皇を頂点として、軍閥官僚によつて武装され、資本家地主のための搾取と抑圧の体制として、勤労人民に君臨し、政治的には奴隷的無権利状態を、経済的には植民地的に低い生活水準を、文化的には蒙昧と偏見と迷信と盲従とを強制し、無限の苦痛をあたへてきた。これに反対する人民の声は、死と牢獄とをもつて威嚇され弾圧された。この専制的政治制度日本民族自由と福祉とに決定的に相反する。同時にそれは近隣植民地・半植民地諸国の解放にたいする最大の障害であつた。

われらは苦難の現実を通じて、このやうな汚辱と苦痛にみちた専制政治を廃棄し、人民主権をおく民主主義制度を建設することが急務であると確信する。この方向こそかつて天皇制のもとにひとしく呻吟してきた日本の人民近隣諸国人民との相互自由と繁栄にもとづく友愛を決定的に強めるものである

ここにわれらは、人民の間から選ばれた代表を通じて人民のための政治が行はれるところの人民共和政体の採択を宣言し、この憲法を決定するものである天皇制はそれがどんな形をとらうとも、人民民主主義体制とは絶対に相容れない。天皇制の廃止、寄生地主的土地所有制の廃絶と財閥的独占資本の解体、基本的人権確立人民政治的自由の保障、人民経済的福祉の擁護――これらに基調をおく本憲法こそ、日本人民の民主主義的発展と幸福の真の保障となるものである日本人民の圧倒的多数を占める勤労人民大衆を基盤とするこの人民民主主義体制だけが帝国主義者のくはだてる専制抑圧政治の復活と侵略戦争への野望とを防止し、人民の窮極的解放への道を確実にする。それは人民民主的祖国としての日本の独立を完成させ、われらの国は国際社会名誉ある当然の位置を占めるだらう。日本人民はこの憲法に導かれつつ、政治的恐怖と経済的窮乏と文化的貧困からの完全な解放をめざし、全世界民主主義的な平和愛好国家との恒久の親睦をかため、世界平和、人類の無限の向上のために、高邁な正義と人道を守りぬくことを誓ふものである

第一章 日本人民共和国

一条 日本国人民共和制国家である

二条 日本人民共和国の主権人民にある。主権は憲法に則つて行使される。

第三条 日本人民共和国の政治は人民自由な意志にもとづいて選出される議会を基礎として運営される

四条 日本人民共和国の経済は封建的寄生的土地所有制の廃止、財閥的独占資本の解体、重要企業ならびに金融機関人民共和政府による民主主義規制にもとづき、人民生活の安定と向上とを目的として運営される

五条 日本人民共和国はすべての平和愛好諸国と緊密に協力し、民主主義国際平和機構に参加し、どんな侵略戦争をも支持せず、またこれに参加しない。

第二章 人民基本的権利と義務

六条 日本人民共和国のすべての人民法律の前に平等であり、すべての基本的権利を享有する。

七条 この憲法の保障する基本的人権不可侵権利であつて、これを犯す法律を制定し、命令を発することはできない。

政府が憲法によつて保障された基本的人権侵害する行為をなし、またかやうな命令を発した場合は人民はこれに服従する義務を負はない。

八条 人民日本人民共和国の法律自己の良心以外にはどんな権威またはどんな特定の個人にたいしても服従または尊敬を強要されることはない。人種、民族、性別、信教、身分または門地による政治的経済的または社会的特権はすべて廃止され今後設置されえない。皇族、華族の制度はこれを廃止する。称号、勲章その他の栄典はどんな特権をも伴はない。かやうな栄典の授与はあたへられた者にたいしてのみ効力をもつ

第九条 人民民主主義的な一切の言論、出版、集合、結社の自由をもち、労働争議および示威行進の完全な自由を認められる。

この権利を保障するために民主主義政党ならびに大衆団体にたいし印刷所、用紙、公共建築物通信手段その他この権利を行使するために必要な物質的条件を提供する。

民主主義大衆団体の国際的聯繋の自由は保障され助成される。

第十条 人民に信仰と良心の自由を保障するため宗教と国家、宗教と学校は分離され、宗教的礼拝、布教自由とともに反宗教的宣伝自由もまた保障される。

第十一条 人民は居住、移転、国外への移住、国籍の離脱ならびに職業選択の自由もつ

第十二条 人民の住宅の不可侵通信の秘密法律によつて保護される。

十三条 人民は身体の不可侵を保障され、何人も裁判所の決定または検事の同意なしには逮捕拘禁されることはない。

公務員による拷問および残虐な行為絶対に禁止される。

十四条 何人も裁判所で裁判を受ける権利を奪はれず、裁判は迅速公平でなければならない。

第十五条 人民を抑留、拘禁した場合、当該機関例外なく即時家族もしくは本人の指名する個人に通知しなければならない。また本人の要求があれば拘束の理由は直ちに本人および弁護人の出席する公開の法廷で明示されなくてはならない。

第十六条 何人も自己不利益な供述をすることを強要されない。強制、拷問または脅迫のもとでの自白もしくは不当に長期にわたる抑留または拘禁の後の自白は、これを証拠とすることはできない。何人も自己不利益な自白だけによつては有罪とされず、または刑罰を科せられない。

第十七条 被告人はどんな場合にも弁護の権利を保障され、事件の資料について精通する権利と法廷において自国語で陳述する権利とを保障される。

第十八条 どんな行為もあらかじめ法律によつてこれにたいする罰則を定めたものでなければ刑罰を科せられない。刑罰は犯罪重要さに応じて科せられる。何人も同一の行為のために二度処罰されることはない。

十九条 死刑はこれを廃止する。

第二十条 国家は裁判の結果無罪の宣告をうけた被告人にたいしては精神上、物質上の損害を賠償しなければならない。

二十一条 受刑者の取扱ひは人道的でなければならない。受刑者の労賃と労働時間は一般企業の労働条件を基準として決定される。

女子の被拘禁者にたいしては特にその生理的特性にもとづく給養を保障し、妊娠、分娩の際には衛生的処置を保障しなければならない。

第二十二条 刑罰は受刑者共和国市民としての社会的教育を目的とする。受刑者にたいして合法的に科された刑罰を更に加重するやうな取扱を行つた公務員はその責任を問はれる。

二十三条 受刑者を含む被拘禁者にたいして進歩的民主主義出版物の看読を禁止することはできない。

第二十四条 勤労にもとづく財産および市民としての生活に必要な財産の使用・受益・処分は法律によつて保障され、その財産は相続を認められる。社会的生産手段の所有は公共の福祉に従属する。財産権公共の福祉のために必要な場合には法律によつて制限される。

第二十五条 人民は性別を問はずすべての国家機関公務員に選任される権利もつ

第二十六条 人民は個人または団体の利害に関しすべての公共機関に口頭または文書請願または要求を提出する権利もつ。何人もこの請願または要求をしたためにどんな差別待遇もうけることはない。

第二十七条 女子法律的経済的社会的および文化的諸分野で男子と完全に平等の権利もつ

二十八条 婚姻は両性の合意によつてのみ成立しかつ男女が平等の権利もつ完全な一夫一婦を基本とし純潔な家族生活の建設を目的とする。社会生活において家長および男子の専横を可能とする非民主的な戸主制ならびに家督相続制はこれを廃止する。夫婦ならびに親族生活において女子にたいする圧迫と無権利とをもたらす法律はすべて廃止される。

第二十九条 寡婦およびすべての生児の生活権利国家および公共団体によつて十分に保護される。

第三十条 人民労働権利もつ。すなはち労働の質と量にふさはしい支払をうける仕事につく権利もつ。この権利民主主義経済政策にもとづく失業の防止、奴隷的雇傭関係および労働条件の排除、同一労働に対する同一賃銀の原則生活費を基準とする最低賃銀制の設定によつて現実に確保され、労働法規によつて保障される。

第三十一条 勤労者の団結権、団体交渉・団体協約その他団体行動をする権利は保障される。被傭者は企業の経営に参加する権利もつ

第三十二条 労働の期間および条件は労働者健康、人格的威厳または家庭生活破壊するものであつてはならない。十八歳以下の未成年者はその身心の発達を阻害する労働にたいして保護され、十六歳以下の幼少年労働は禁止される。

三十三条 人民は休息の権利もつ。この権利は一週四十時間労働制、一週一日・一年二週間以上の有給休暇制、休養のための諸施設ならびに労働法規によつて保障される。

第三十四条 勤労婦人は国家および雇主からその生理的特性にたいする配慮をうけ、産前産後の有給休暇、母子健康相談所、産院、保育所等の設備によつてその労働と休息の権利を保障される。

第三十五条 人民老年、疾病、労働災害その他労働能力の喪失および失業の場合に物質的保障をうける権利もつ。この権利国家または雇主の負担による労働災害予防設備、社会保険制度の発展、無料施療をはじめとする広汎な療養施設によつて保障される。

第三十六条 家のない人民国家から住宅を保障される権利もつ。この権利国家による新住宅の大量建設、遊休大建築物大邸宅の開放、借家人の保護によつて保障される。

第三十七条 すべての人民教育をうけ技能を獲得する機会を保障される。初等および中等学校教育は義務制とし、費用は全額国庫負担とする。上級学校での就学には一定条件の国庫負担制を実施する。

企業家はその経営の便宜のために被傭者の就学を妨げることはできない。

第三十八条 日本人民共和国は人民科学研究芸術的創造自由を保障し、人民のあらゆる才能と創意の発展を期し、研究所実験所、専門的教育機関、文化芸術諸施設を広汎に設置する。

第三十九条 日本人民共和国は民主主義的活動、民族解放運動学術的活動のゆゑに追究される外国人にたいして国内避難権を与へる。

第四十条 日本人民共和国に居住する外国人の必要な権利法律によつて保障される。

第四十一条 人民日本人民共和国の憲法を遵守し、法律を履行し、社会的義務を励行し、共同生活の諸規則に準拠する義務をもつ

第三章 国会

第四十二条 日本人民共和国の最高の国家機関国会である

四十三条 国会主権管理人民にたいして責任を負ふ。

第四十四条 国会はつぎの事項を管掌する。

一 内外国政に関する基本方策の決定

二 憲法の実行の監視

三 憲法の変更または修正

四 法律の制定

五 予算案の審議と確認

六 政府首席の任免と首席による政府員の任免の確認

七 国会常任幹事会の選挙国会休会中において常任幹事会の発布した諸法規の確認

八 人民から提出された請願書の裁決

九 日本人民共和国最高検事局検事の任命

十 会計検査院長の任命

十一 各種専門委員会の設置

第四十五条 国会法律の定める定員数からなる代議員によつて構成される一院制議会である

第四十六条 日本人民共和国の立法権国会だけがこれを行使する。

第四十七条 代議員として選挙され、かつ代議員選挙する資格は、政治上権利を有する十八歳以上のすべての男女に与へられる。選挙権被選挙権は定住、資産、信教、性別、民族、教育その他の社会的条件によるどんな差別、制限をも加へられない。

第四十八条 代議員選挙比例代表制にもとづき平等、直接、秘密普通選挙によつて行はれる。

第四十九条 代議員はその選挙区選挙民にたいして報告の義務を負ふ。選挙民は法律規定に従つて代議員を召還することができる。

第五十条 国会は四年の任期もつ選挙される。

第五十一条 国会代議員の資格を審議する資格審査委員会選挙する。国会は資格審査委員会の提議により個々の代議員の資格の承認または選挙無効を決定する。

第五十二条 国会は必要と認めた場合にはすべての問題に関して査問委員会および検査委員会を任命する。すべての機関および公務員はこれらの委員会要求に応じて必要な資料と書類を提供する義務を持つ。

五十三条 国会の会期は年二回を原則とする。臨時国会国会常任幹事会の決定および代議員三分の二以上の要求によつて召集される。

第五十四条 国会代議員数の三分の二以上の出席によつて成立する。

第五十五条 法律国会において代議員の単純多数決によつて成立し、国会常任幹事議長および書記の署名もつて公布される。

五十六条 国会における議事はすべて公開とする。

第五十七条 国会議長一名、副議長二名選挙し、議事の進行、国会内の秩序の維持にあたらせる。

第五十八条 代議員国会の同意がなくては逮捕されない。国会の休会中は国会常任幹事会の承認を必要とし次期国会の同意を要する。

第五十九条 国会には代議員の三分の二以上の決議にもとづき解散を告示する権限がある。

第六十条 国会任期が満了するかまたは国会が解散された場合には、四十日以内に総選挙施行される。

第六十一条 総選挙施行後三十日以内に前国会常任幹事会は新国会召集する。

第六十二条 国会は二十五名の国会常任幹事会を選挙する。

六十三条 国会常任幹事会は議長および副議長各一名を選挙し、議長日本人民共和国を代表する。

第六十四条 国会常任幹事会はつぎの事項を管掌する。

一 国会召集および解散、総選挙施行の公告

二 国会休会中政府首席による政府員の任免の確認 ただしこれについては国会の事後確認を必要とする

三 国会の決定による人民投票の施行の公告

四 政府の決定および命令のうち法律に合致しないものの廃止

五 赦免権の行使

六 国際条約の批准

七 外国における日本人民共和国全権代表の任命および召還

八 日本駐剳外国代表者の信任状および解任状の受理

九 民主的栄典の授与

第六十五条 国会任期が満了するかまたは国会が解散された場合には、国会常任幹事会は新たに選挙された国会によつて、新国会常任幹事会が選出されるまでこの権限を保持する。

第四章 政府

第六十六条 政府は日本人民共和国の最高の行政機関である。政府首席国会によつて任命され、首席の指名にもとづき国会承認をえた政府員とともに政府を構成する。

第六十七条 政府は国会にたいして責任を負ひ、国会の休会中は国会常任幹事会にたいして責任を負ふ。各政府員は政府の一般政策について全体的に、個人的行動については個人的責任を問はれる。

第六十八条 国会が政府にたいする不信任案を採択した場合には政府は総辞職する。

第六十九条 政府は次の事項を管掌する。

一 一般的中央行政事務遂行のために現行諸法規にもとづいて決定又は命令を発布し、かつその執行を検査すること

二 各省およびその管轄下にある国家の諸機関を統一的に指導すること

三 日本人民共

2015-01-16

PermisとPardonnéについて

例の一文を邦訳するにあたって一番の障害は "pardonné" の宗教的含意に相当する概念日本語圏に存在しない、少なくとも浸透していないことだよね。

日本語ではどちらにも「ゆるす」があてられてきた経緯があるけど、これはLとRの違いみたいなもんで、我々には区別がつきづらいだけで実際には全然違うところがある。

関口氏の主張を自分なりにパラフレーズすると、

アスペ日記も指摘するとおり)「許す」と「赦す」の使い分けはないけれど、「許可」や「特許」、「赦免」や「恩赦」の使い分けはあるわけで、

そこから連想される含意の差異に仮託して「すべては赦される」と訳出する方が文化翻訳観点でより自然だったよね、ということだと思う。

 
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