はてなキーワード: ワンルームとは
仲良くなれると思った
けど、逆だった。
むしろ分断は進んだのだ
びんぼうな中卒家庭に生まれたおれは
均質化していく出会いや話が増えた
おれのインターネットはたくさん生活に何の関係もない難しい話題を提供するようになった
○○社、○○のおれですと、いうとき
おれはおれでしかないのに誰かの物になったかのようで吐き気がして名刺をビリビリに破いた
まちがってるのは おれなのだ
おれもニュースについてたくさん考える
だってニュースはワンルームのおれの世界になんの関係もないから だまることにした
おれはおれだから 忘れないためにおれ以外の事はだまるようにした
地元のヤンキーの友達とつながる ツイッターは みんな自分の話しかしないし
むずかしい事はいわない
それが おれもそう振る舞うのがオトナとしてダメでも、人間としてただしいとおもった
りっぱな社会人になる程に
まわりに似た人があつまるほどに
立派になるじぶんがいやになった
ぼろぼろの服をきてスミノフ片手に
刺青をいれて、ばか正直にキャリアの料金を払っている友達のiphoneで音楽を流し、眠材を飲んでラリってるおれを
翌日にはスーツを着て偉そうなかおをして
情報収集のための
はてなブックマークをみると
かっこわるいから辞めた
おれはただしいオトナになるほど自分がカッコわるくなる気がした
会社でたくさん難しい話をしたら
それを中和するかのように ユーチューブで淫夢やsyamuとか、正しいオトナがみるべきじゃない物をたくさんみて コメントらんで 中高生とケンカした
それを聞きながら、持ち帰った仕事を少し片付けていた
その日
その話は その世界でたくさんされていた
おれは言いたい事があったけど 何かの病気になりそうだから辞めておいた
あれだけたくさんされていた話を ツイキャスのやつらも地元のやつらも ユーチューブのやつらも知らなかった
ツイッターで事件の検索をかけると オトナたちがその話をしていて安心した
おれは事件について何か言おうと思ったけど
めんどくさいしダサいからアニメアイコンのアカウントに切り替えて「おまんこ」という文字列に事件への感想を変換した
おれは
その時別のアカウントでは 女子高生がおまんこを広げた写真をのせて おっさんが気持ちわるいリプライをとばしていた
なんかいらついたから はてな匿名ダイアリーに「hagex事件の本質がわからないクソカスどもへ」 というタイトルをつけて
なんのいみもなくて なんの関係もなくて
そこにも、ここにも 何の意味もなかったけど、そうしないとまともなオトナになりそうで気が狂いそうだった
もし、これをしなくて、おれがうしなう物のない無職だったら ネットの立派なオトナを殺してしまいそうだったからである。
じゃ、
いってきます
二度目の人生にしろ幸福ワンルームにしろ、怒った原因がデマだってのが怖い状況なんだよ。
この間の女性エンジニアがいないとやる気が出ない問題も誤読して批判する声がデカかったし、
どうにかしなきゃマズい時期に来ているのではないかと思うわ。
某ワンルームの放送中止については東日本大震災の直後に『のぼうの城』の放送を中止にしたり、サザンが『TSUNAMI』を自粛したりするようなもんでまあそうなるだろうなという感想だったが、
放送中止に対する意見があまりにも自分と違うものが多かったので個人的な意見。
他の犯罪小説や映画は叩かれないのに、なぜワンルームは叩かれるのか。
放送中止賛成派の主流の意見が「犯罪者の誘拐される側もそれを望んでいたというファンタジーを肯定している」という誘拐犯側の願望が投影されてるからよくない、というものが多かったが
ワンルームのヒロイン幸が「男にとって魅力的な女子中学生か」というと全くもって違うように思う。
自殺をほのめかしたり、中二病ポエムを垂れ流す、誘拐された被害者という立場を利用して強気にでているような描写もしばしばあり。
それに対してすごいのがお兄さんの反応で、
自殺願望やらポエムをきいたお兄さんは「彼女は自分で人生を終わらせる決意のある立派な人間」「14歳とは思えない大人の考え」と称賛。
これってまさに女版俺TUEEEEEEEEEE女子中学生の願望の投影だろ、っていう。
お兄さんは誘拐に対し後ろめたさをもち、幸のために料理を作り、幸の提案に従い新しい名前をつけたり、幸の髪を洗い甲斐甲斐しく尽くす。
そして幸が風呂場で裸になり髪を洗わせようが、手は決してださない。
幸に萌えた!っていう人がいたらどの部分が?と逆に感想を聞きたい。
あのキャラに萌える男って俺TUEEEEEEEEEEEEEEのラノベ主人公に萌える女並みに希少だと思うんだが。
これをみたリアル中二病発病中の中学生女子が「親も学校もみんなクソ!幸色ワンルームのお兄さんのようなイケメンが世の中のどこかにはいるかもしれない。」と夢見てしまう子もいるかもしれない。
ワンルームに対して拒否反応を起こす人(女性が主?)が多いのは、中学生女子の自分の内面を理解し尊敬してくれるイケメンがほしいという願望を理解できて、
そして世の中はこんなに都合はよくないということも知っているから、影響される中学生女子がでることを恐れてるからじゃないかなあと想像してたんだが、
ブコメや他の記事やらみたらまるで違う意見ばかりで驚いたのでかいてみた。
これを「犯罪者の誘拐される側もそれを望んでいたというファンタジーを肯定している」っていうのオタクカルチャーから遠い人の感想?
朝霞の事件とは別に「これに影響される女子中学生がいるかもしれない」とか「これで女子の願望を学んだ犯罪者がお兄さんを演じるかもしれない」っていう意見ならまあわかるよ。
朝霞の事件とは経緯も内容も全く違うが、座間の事件の犯人もツイッターのアイコンをイケメン風のイラスト、首吊り士とかいう中二臭いアカウント名にしたり、若い女性のひきつける中二感を利用してたしなあ。
女「カッコいい王子様に攫われたい」
男「ほら、女が男に攫われたいってよ。やっぱ女の自己責任」
アホ「セクシストの犯罪願望を肯定するな!!!!!!!!!!」
バカ「ほら、作品読んでないアホがなんか言ってるだけじゃん。問題ナシ」
「キモい男に監禁されるのは問題外だけどカッコいい儚げで男らしいイケメンならアリだよね~ 創作で上書き★」
いや、わかるけどさ、だめでしょ実際
この上書きは現実に起きた事件まで「カッコいい儚げで男らしいイケメンに拉致された話」に上書きしちゃう危険があるっしょ
いや、↑の馬鹿丸出しコンボが実際発生してるからそんなこと言っても説得力をまるで感じない
一部のキモオタ(男女)しか見てないpixivではセーフだろうが公共の電波には乗せるな、って現実的なラインじゃない?
カッコいい王子様に攫われたい願望を現実の事件の上書きで表現していいのかって部分で話すべきであって
セクシスト嫌悪とか表現の自由問題とかの軸でどうこう言ってるの、単にワンルーム問題に託けて自分の言いたいこと言ってるだけにしか見えない
何故話題に乗り遅れてしまったかというと実際に漫画を読んでいたにもかかわらず「幸色のワンルーム」というタイトルを覚えていなかったからだ。
というのも、ピクシブの無料漫画で読んでいた程度だったからだ。週に1回ぐらいのペースで少しずつ更新されていくのを細切れに読んでた。
確か、たまたまトップページで「大人気!○○万人突破!」とかそういう宣伝がされていて定期購読のボタンをポチッた。人気作品なら多分面白いんだろうなと思って。
で、実際に読んでみてすげーつまんねぇなこの漫画と思った。
つまんないというより、セカチューとかああいうのを読んだ時の感想に近い。稚拙というか。なんちゃって創作みたいだな、と。
「ここは私の本当の居場所なんかじゃない」「もっとふさわしい場所がある」「素敵な王子様に私を見つけ出して欲しい」
自分を始めそういった甘えたな感情を持ち合わせている人間は多いと思うけど、そんな心をくすぐる作品だった。ストレートに言うと作品から幼稚なオナニー臭がぷんぷんしてくっせぇと思った。
サクッと見切りをつけてもよかったが、くっせぇと思いつつも惰性的に読み続けて今に至る。
ピクシブの無料漫画はいつのまにか更新が途切れていくものが多いが(無料だから仕方なし)、「幸色のワンルーム」はちゃんと更新されていくのでちょっとした暇つぶしにはよかった。
漫画は読んでいたが、実際にあった誘拐事件をモデルにしてるのでは?という疑惑は初めて知った。
「幸色のワンルーム」という漫画は自分にとって徹頭徹尾若い女性読者の心をくすぐるくっせぇ作品という認識だったので、
「お前も本当は望んでたんだろう、ぐへへ…」という被害者叩きの感情を肯定した問題作だという文脈での批判のされ方は大分乖離があった。
そういう批判をしてる人たちって実際に漫画を読んでいるのだろうか。あれって多分そういう作品じゃないと思うよ。
着想自体は例の誘拐事件かもしれないが、漫画を読んでみると実際は「プチストーカーするぐらい私のことが大好きで、顔の悪くない(←ここ重要)男性が私をまるごと面倒見てくれたらな♡」っていうくっせぇ作品でしかないから。少女漫画の王道っすよ。
セカチュー読んで「実際に苦しんでいる白血病患者がいるのに、オナニー作品に使うんじゃない」っていう批判の妥当性ぐらいしかないと思うね。
追記
正直に言って、大人が読むに堪えないレベルのティーン向けファンタジー作品なんだよ。実際に起こった事件を想起させるような現実感は皆無と言っていい。悪役の教師を罠にハメて論破してボコるお兄さんのスパダリっぷりとか笑うぞ。
被害者叩きのベースになってる「実は被害者も喜んでた」っていうセクシストの願望思い込みを美化強化追認しちゃ駄目だろ。自分らの娯楽の為に被害者の尊厳を積極的に踏みつけるお前らこそ感情的だと自覚しろ。
別のエントリーでスターがいっぱいついてたブコメだけど、こういうのって本当に読んでるのかな?と思う。
セクシストの妄想とは別に、「素敵なお兄さんが私を攫ってくれないかなー」っていう女子のわがままな願望が存在するのよ。そんな女の子の妄想から始まった作品なんだって。
そこらへんを認識せずに、セカンドレイプする男どもを許さないって怒ってる人ってちょっとズレてるというか、ブコメ見て違和感ありまくりだった。
「幸色のワンルーム」は許されるのか~誰が彼女を監禁しているのか? - レインボーフラッグは誰のもの
http://rainbowflag.hatenablog.com/entry/2018/06/03/204703
この批判記事書いた人も認める通り、あの漫画と事件は似てないんだよね。
まぁこれなら被害者本人や家族が訴えたとしても柳美里『石に泳ぐ魚』のように名誉毀損で出版差し止め損害賠償とはならないだろうと踏んで出版社やテレビ局は世に出したんだろうし。
仮に、あの漫画のファンに多いらしい被害者と同年代のティーンの女の子たちが漫画と事件をどちらも知っていたとしても、実際に人物と出来事は全然似ていないわけだから、常識的な理路を辿るなら、
漫画・ドラマ → 共感できるキャラクターと刺激的な設定の面白いフィクション
現実の誘拐監禁事件 → キモ男の犯罪、許せない。被害者の子かわいそう、頑張って立ち直って欲しい。
という認識のまま、現実とフィクションが混線することはなかったはずなんだよね。
わざわざ
「作者はあの事件を巡る『実は誘拐犯と被害者は相思相愛だった』などというセカンドレイプ言説から漫画の着想を得たに違いない、そしてセカンドレイプ言説を好む人々があの技術的には稚拙な漫画をドラマ化するまでの人気作に押し上げたのだ」
なんて火付けしなければ。
もうこれ完全に裏設定になっちゃったよね。いかにもティーンの子が好みそうな。
作り手はあくまでフィクションです野暮言うなよってライン守ってたのに。
被害者の子が中学の同級生から何年か遅れで大学や専門学校に入ってとして、年下のクラスメートから「ねぇねぇ、中学の時にちょっと流行った漫画あったよね、ドラマにもなった。ネットで叩かれてるの見たんだけど、作者が自分で考えたって言ってるのは嘘で実はモデルにした事件があってね……」なんて話題を振られる可能性を作っちゃったわけだ。
あーあ、って感じ。
なんのために「この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません」って建前があると思ってるんだろうか。
まさかの保守な女性保護を語る男性フェミニスト。日本のフェミニズムはお気持ちフェミニズムなので、女性の権利は大事だよね女性を庇わないと…だって女性はかわいそうな被害者なんだから保護して守ってあげないとみたいな耳障りのいい事をいう保守な男性が侵入するのを防げないんですよね。— 多摩湖♡7月3日多摩湖バー京都エデン (@tamako_han) 2017年9月1日
「女性を蔑視したり不当な待遇にすることは許さない。もちろん、そのかわり優遇してもらったり特別に配慮してもらう必要もない」。これがフェミニズムの男女平等理念だと思う。これに対し、いまTwitterにはびこっている「女性を優遇するべき。とくべつな配慮をするべき」、というのはフェミニズムと似て非なる何かだ。一種の男女差別であり、逆バックラッシュといってもいいのではないだろうか。 (いや、ただのポリコレ棒では)
しかし、現実差別が解消されていないいまの状況で「一次的に」「例外として」女性を優遇するべきということならわからなくもないかなーと。そういうことを考えている。いわゆるアファーマティブ・アクションの問題だよね。(いや、ただのポリコレ棒では)
『幸色のワンルーム』に関して、純粋にロジックで考えるなら放送中止はできないというぼくの考えは変わらない。でも、社会が成熟していないという現実に配慮してそのロジックを捨てるべきだ、それが成熟した態度だ、ということなら話はべつ。それなら理解できる。ただ、ぼくはそれでも理を通すべきだと思うけれど。なぜなら、理を捨てて現実の女性の問題に配慮を示してしまうとそれはそれで色々とねじ曲がるから。フェミニズムの思想とはそういうものでしょう。それが、あるいは弱者に寄り添うということなのかもしれないということはわかるけれど、それでも。フェミニズムは男女平等を主張する。(いや、ただのポリコレ棒では)
しかし、現実の社会はまだ男女平等に程遠い。だから、「現時点では」女性に対する配慮が必要だ、という理屈はわかる。しかし、そこで女性に対し特別な配慮を示してしまうと、社会の改革は進まない。男女平等という理念は浸透しない。これはたしかにむずかしい。ぼくは、やっぱり男女平等の理念を浸透させ、社会を前進させるためには女性を特別扱いするべきではないと思う。しかし、それはぼくがそう思うというだけであって、唯一の正解ではないだろう。じっさい、そのことによって犠牲者は出るわけだし。そのことはよくわかった。なので、「現時点では」女性に対する配慮は必要だ、そのためには理念を捨てるべきだ、という考え方は否定しない。(いや、ただのポリコレ棒では)
ただ、ぼくはそちら側には立たない、というだけだ。そういう考え方とは敬意をもって対立する。これ、ぼくが何をいっているのか理解してもらえるかな?女性は普遍的に特別扱いされるべきだ、という思想はアンチ・フェミニズムとかバックラッシュといっていいくらい退行的だろう。しかし、いまここにある問題に配慮して「一次的に」特別扱いされるべきだという理屈は、フェミニズムではなくても理解はできるものではある。そちらのほうが現実的なのかも。「一次的に」女性の問題に配慮し女性を特別扱いすることを認めたとして、社会が成熟して男女が真に平等になる日はそれではいつ来るのか、ということは気になる。(一次的ってなに?辞書で調べたら「まずもって」「第一に」「優先して」っていう意味らしいけど、じゃあ「まずは」って書けば良くない?なんで一次的なんていい方をするの?その表現する意味ある?馬鹿なの?)
一次的にでもフェミニズムの理念を曲げてしまったら、いつまでも社会は前進しないのではないか。(「一次的にでも」っておかしくない?第一にしたんだから妥協の産物みたいな表現として使うのはおかしくない?言葉にこだわってる演出をしておきながらなんか言葉の使い方おかしくない?それに社会の前進なんで望んでないのでは。というか私もそんなこと望んでない。社会の前進なんで曖昧としたものを望んでる人なんているの?)
男女差別社会において、男女平等を実践することによる弊害はたしかにあるだろう。それくらいなら女性の抱える問題に配慮して男女平等の理念はとりあえず捨てるという選択肢はありえる。ぼくはそちら側に立たないけれど、納得のいく話だ。「今日」を取るか「明日」を取るか、という話なのかなあ。(いやだからポリコレ棒では?今日も勝つ、明日も勝つ。すべて勝つ。気合だ根性だって世界でしょ。理念を捨てたりしないよ。だってポリコレは正しいんだから。正義なんだから。理屈なんてしゃらくせえ。黙ってろボケの世界だよ。無駄な抵抗だよ。今でも理が重視される世の中だといつから錯覚していた?)
「今日」ではなく「明日」を取る、というと良いようだけれど、それじゃ、その「明日」はいつになったら来るの、という問題はある。「今日」の問題から目を逸らしているだけじゃないの、と。それはそうかもしれない。だから、ほんとに正解がある問題じゃないんだよね。(正解はないと言いながら自分のほうが正しいと思ってるよね。理は自分の方にあるけど感情には配慮しますよくらいの立ち位置だけど本当にそうなの?あなたの正気は誰が保証してくれるの?)
ぼくはそれでも差別的な女性優遇に反対だけど。(そもそも差別的な女性優遇というこの人の評価は正しいの?ポリコレ棒の人たちの主張はもともと差別的な男性優遇を是正して平等に戻してるだけって言い分でしょ。これに対して反論できるの?女性が差別的に優遇されているとは思わない、といわれたらどう反論するの?そのあたり感覚で喋ってるだけで、自明のことのように語られてもなぁ)
たとえば、現実の女性のために一時的な配慮としてある種の表現を規制する。それが差別的な社会における一次的な配慮だというとして、いったいいつ差別がない成熟した社会は訪れるのか、という問題がある。だから、「女性の苦しみに寄り添う」ために表現を抑制することにも反対かな、と。ただ、そういう気持ちはよくわかるので、そういう立場に立つことが悪いとは思わない。それはたぶんフェミニズムでもなければ男女平等でもないけれど、ひとつの現実的な方策としてありえるとは思う。
(なんかさっきから気持ちはわかるけどフェミニズムや女性は馬鹿だなって見下すような目線入ってませんかねこの人。というか気持ちだってわかってないだろ。ただのポリコレ棒では)
7月放送予定のドラマ「幸色のワンルーム」を関して、肯定派と否定派で激しいやり取りが行われている。
この件に関しては、Togetterなどで確認できるので、興味があれば確認してほしい。
事前に立場をはっきりさせておかないと非常にややこしくなるため、初めに宣言を行わせてもらうことにする。
・漫画の内容について:非常に考えさせられる、変に批判する前にきちんと読み込んでほしい
・ドラマへの抗議について:不当、どちらかというと後述する理由で放送したうえで社会に訴えるべきである
書籍になる際に若干ストーリーの修正が行われており、かなり考えさせる内容となっていた。
幸色のワンルーム - pixivコミック | 無料連載マンガで公開されている無料分だけ読んでもらってもわかるように、
主人公の幸は親、教師、同級生などから虐待、性的要求、いじめを受けている。
家と学校というのは学生にとって世界の7割近くを占める程依存度が高い空間であるのだが、そこに彼女の居場所はない。
先日、5歳児の虐待死の事件が報道されたが、あれとかなり似通った状態にまで追い込まれていたことになる。
そんな時に、その世界から連れ出してくれる人間が現れたら、幸と同じ選択をする可能性も出るだろう。
作品・ドラマ化の批判者は、「そんな白馬の王子の模倣が出る」或いは「他の誘拐された子供も
実はこのように幸せだったのではないかと錯覚するものが出る」といった的外れな意見を持ったようだ。
流石に誘拐したいとかいう怪しいお兄さんについていって今より状況が好転すると考えるとは思い難い。
もしそんな判断をするような、虐待を受けている児童は自分の置かれた状況がフラッシュバックし、
この話を読む余裕などないだろう。
このドラマについてはもっと話題にするべきだと思われる点は、幸ほどではないにしろ社会から
だが悲しいことに民事不介入などの要因もあり、明らかに虐待の痕跡が見つからない限り児相も
警察も役には立ちにくい。
ましてや学校内の教師からのセクハラ、性的虐待、同級生からのいじめ、性的暴行などはかなり
隠されているものもあると思われる。
物語では誘拐犯によって救われてしまってはいるが、本来は誘拐犯ではなく、しかるべき公的機関が
救ってあげてほしいのだ。
ただ、予算が少なく職員も確保しにくいために稀に救いの手からこぼれてしまうこともあるのがつらい、
もっと動きやすいように職員の数を増やしたり予算を組み込んで取り組むべき問題なのだ。
批判してドラマを取りやめさせ、子供を虐待の檻に閉じ込める人々の言葉など聞く必要はない
きちんと作品もドラマも許容したうえで、「こんなに優しい誘拐犯は現実にはいないけど、
代わりに救ってくれる公的機関はある。だから虐待におびえないできちんと相談してほしい。」
そういうメッセージとして使っていくのがよいのではないだろうか。