「多摩湖」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 多摩湖とは

2019-09-02

週プレは反権力庶民の味方みたいなポーズだが

表紙モデルのギャラも『宣伝になるから名誉から…』で払っていないのか。

えげつないなぁ…

2018-08-17

anond:20180817142319

東京住みなら多摩湖周回とかやった方がいいと思う。日本を走る上で峠は避けられない。

2018-06-09

幸色のワンルームテレビ放映中止になったらネットフェミニズム理想理念を捨てて現実をとったことになる


女性蔑視したり不当な待遇にすることは許さない。もちろん、そのかわり優遇してもらったり特別配慮してもらう必要もない」。これがフェミニズム男女平等理念だと思う。これに対し、いまTwitterにはびこっている「女性優遇するべき。とくべつな配慮をするべき」、というのはフェミニズム似て非なる何かだ。一種男女差別であり、逆バックラッシュといってもいいのではないだろうか。 (いや、ただのポリコレ棒では)

しかし、現実差別が解消されていないいまの状況で「一次的に」「例外として」女性優遇するべきということならわからなくもないかなーと。そういうことを考えている。いわゆるアファーマティブ・アクション問題だよね。(いや、ただのポリコレ棒では)


『幸色のワンルーム』に関して、純粋ロジックで考えるなら放送中止はできないというぼくの考えは変わらない。でも、社会成熟していないという現実配慮してそのロジックを捨てるべきだ、それが成熟した態度だ、ということなら話はべつ。それなら理解できる。ただ、ぼくはそれでも理を通すべきだと思うけれど。なぜなら、理を捨てて現実女性問題配慮を示してしまうとそれはそれで色々とねじ曲がるからフェミニズム思想とはそういうものでしょう。それが、あるいは弱者に寄り添うということなのかもしれないということはわかるけれど、それでも。フェミニズム男女平等を主張する。(いや、ただのポリコレ棒では)

しかし、現実社会はまだ男女平等に程遠い。だから、「現時点では」女性に対する配慮必要だ、という理屈はわかる。しかし、そこで女性に対し特別配慮を示してしまうと、社会改革は進まない。男女平等という理念は浸透しない。これはたしかにむずかしい。ぼくは、やっぱり男女平等理念を浸透させ、社会前進させるためには女性特別扱いするべきではないと思う。しかし、それはぼくがそう思うというだけであって、唯一の正解ではないだろう。じっさい、そのことによって犠牲者は出るわけだし。そのことはよくわかった。なので、「現時点では」女性に対する配慮必要だ、そのためには理念を捨てるべきだ、という考え方は否定しない。(いや、ただのポリコレ棒では)


ただ、ぼくはそちら側には立たない、というだけだ。そういう考え方とは敬意をもって対立する。これ、ぼくが何をいっているのか理解してもらえるかな?女性普遍的特別扱いされるべきだ、という思想アンチフェミニズムとかバックラッシュといっていいくらい退行的だろうしかし、いまここにある問題配慮して「一次的に」特別扱いされるべきだという理屈は、フェミニズムではなくても理解はできるものではある。そちらのほうが現実的なのかも。「一次的に」女性問題配慮女性特別扱いすることを認めたとして、社会成熟して男女が真に平等になる日はそれではいつ来るのか、ということは気になる。(一次的ってなに?辞書で調べたら「まずもって」「第一に」「優先して」っていう意味らしいけど、じゃあ「まずは」って書けば良くない?なんで一次的なんていい方をするの?その表現する意味ある?馬鹿なの?)

一次的にでもフェミニズム理念を曲げてしまったら、いつまでも社会前進しないのではないか(「一次的にでも」っておかしくない?第一にしたんだから妥協産物みたいな表現として使うのはおかしくない?言葉にこだわってる演出をしておきながらなんか言葉の使い方おかしくない?それに社会前進なんで望んでないのでは。というか私もそんなこと望んでない。社会前進なんで曖昧としたものを望んでる人なんているの?)



男女差別社会において、男女平等実践することによる弊害はたしかにあるだろう。それくらいなら女性の抱える問題配慮して男女平等理念はとりあえず捨てるという選択肢はありえる。ぼくはそちら側に立たないけれど、納得のいく話だ。「今日」を取るか「明日」を取るか、という話なのかなあ。(いやだからポリコレ棒では?今日も勝つ、明日も勝つ。すべて勝つ。気合根性だって世界でしょ。理念を捨てたりしないよ。だってポリコレは正しいんだから正義なんだから理屈なんてしゃらくせえ。黙ってろボケ世界だよ。無駄な抵抗だよ。今でも理が重視される世の中だといつから錯覚していた?) 

今日」ではなく「明日」を取る、というと良いようだけれど、それじゃ、その「明日はいつになったら来るの、という問題はある。「今日」の問題から目を逸らしているだけじゃないの、と。それはそうかもしれない。だから、ほんとに正解がある問題じゃないんだよね。(正解はないと言いながら自分のほうが正しいと思ってるよね。理は自分の方にあるけど感情には配慮しますよくらいの立ち位置だけど本当にそうなの?あなた正気は誰が保証してくれるの?)


ぼくはそれでも差別的な女性優遇に反対だけど。(そもそも差別的な女性優遇というこの人の評価は正しいの?ポリコレ棒の人たちの主張はもともと差別的な男性優遇是正して平等に戻してるだけって言い分でしょ。これに対して反論できるの?女性差別的に優遇されているとは思わない、といわれたらどう反論するの?そのあたり感覚で喋ってるだけで、自明のことのように語られてもなぁ)

たとえば、現実女性のために一時的配慮としてある種の表現規制する。それが差別的な社会における一次的な配慮だというとして、いったいいつ差別がない成熟した社会は訪れるのか、という問題がある。だから、「女性の苦しみに寄り添う」ために表現抑制することにも反対かな、と。ただ、そういう気持ちはよくわかるので、そういう立場に立つことが悪いとは思わない。それはたぶんフェミニズムでもなければ男女平等でもないけれど、ひとつ現実的な方策としてありえるとは思う。

(なんかさっきから気持ちはわかるけどフェミニズム女性馬鹿だなって見下すような目線入ってませんかねこの人。というか気持ちだってわかってないだろ。ただのポリコレ棒では)

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん