はてなキーワード: 自己実現とは
ああ、オヤジの「居酒屋若者論」か、などと言わずに、聞いてほしい。
キミが生まれた20年前、偉大なる社会主義国家、ソヴィエト連邦が消えた。ベルリンの壁崩壊から2年後のクリスマスに、かって革命を夢見た全共闘世代は涙したものだ。
新聞には「資本主義が勝利したのではない。アメリカの一極支配は必ずや滅ぶ」と投書が載った。
人民を革命へと駆り立てたのは、資産家や資本主義社会への反発、不信、抵抗。ゆるやかな社会改良による解決がないわけじゃないのに、プロレタリア独裁を宣言し、ぶつかり、傷つく。
その心象が、若者の共感を呼んだ。ロシア民謡は小学校の教科書にも採用されたほどだ。
全共闘運動に詳しい社会学者の小熊英二さんは毎年、大学の授業で『共産党宣言』を読ませ、感想を問うてきた。ここ数年「暴力的なだけじゃないか」「私有財産の何が悪いのかわからない」と、批判的な意見が増えているという。
教室に居並ぶのは、親や世の中に従順な若者たち。キミと同い年なら、石川遼くん?
でも、就活の道は険しいし、滑り落ちたら、はい上がるのは難しい。時代は、国家がノルマを課したころよりずっとずっと生きづらい。
だけどキミたちは「自分にスキルが欠けるから」と、どこまでも謙虚だ。格差も貧困も「自己責任さ」と、受け入れてしまっているようにみえる。
ソヴィエトはどこへ行ったのか。
全共闘世代の仙谷由人さんには「かつて若者は暴力装置であった」と言われそうだ。
「大学解体」と「自己否定」のスローガンで機動隊と攻防戦を繰り広げたのは過去。大学全入時代で自己実現を勘違いする若者に、暴力で社会を変革するエネルギーはない、と仙石さんは語る。
革命を夢見るよりも、自己責任を受け入れて、親しい仲間と「いま、ここ」の身近な幸せをかみしめる。そんな価値観が広まっているという。
なるほどね。いくら「若者よもっと立ち上がれ」と言っても、こんな社会にした大人の責任はどうよ、と問い返されると、オヤジとしても、なあ……。
でも、言わせてもらう。
私たちは最近の社説でも、世界の政治は若者が動かし始めたと説き、若者よ当事者意識を持てと促した。それだけ社会が危うくなっていると思うからだ。
だから、くどいけれど、きょうも言う。成人の日ってのは、そんなもんだ。
ともあれ、おめでとう。
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起きてから寝るまで英語表現700 完全改訂版 - 吉田 研作
夫を性処理玩具としてみている訳ではないが、承認欲求を満たすために誘っているというのは
否定できない。
夫も自分に積極的に欲情しないので(彼から誘われたのはここ数年ない)
本当に、情としてセックスしてくれているのだと思う。
子はまだないので、子作りには協力してくれる。
それで十分だと思えない自分がつらい。
体力、仕事のストレス、夫の体調、ついでに自分の体調等で月に一回くらいとなる。
回数の問題なのか、セックスの質の問題なのか、あるいは私の精神上の問題なのか。
この現状を不満とおもうのは。
精神的に成熟すれば、セックスの可否に感情は左右されなくなるのだろうか?
考えないように過ごせば概ね幸せだけど、時々気付くとどうしようもなく虚しくなる。
そもそも上昇結婚というのが、要するに、それしか社会的に上昇する手段が無い時に、すがる手段なわけで。
上昇結婚を狙うのが、自分の立場の上昇に有利か、あるいは純粋に自分が稼ぐほうが上昇に有利かを考えた上で、結婚以外上昇しづらいと判断すれば、それは上昇結婚を夢見るでしょう。より現実的な選択肢ですから。
逆に言えば、社会へ出て充分に立場の向上が狙えないからこそ、上昇結婚にあこがれるわけで。
現時点での給与よりも、将来性を考えるわけです。
例えば亭主と子供を充分に養っていける見込みが、日本では女性が就職しても立たない。
上昇結婚を狙うことそのものが、女性の社会進出にガラスの壁があることの何よりの証左だと思うんですよね。
勤労意欲なんて、DNAで優位に差があるという話は聞きませんし、ほぼ後天的な要素と見て間違いないでしょう。
働けばちゃんと男性と同じく地位も給料も上昇するという、期待ができる状態で、初めて上昇結婚よりも、仕事での自己実現を目指したくなるわけですから。
安価な労働者を増やしたいっていう経済界の生臭い要求を聞こえの良い宣伝文句でラッピングしただけだよ。
「どうせ女は入社して数年で結婚して出産・子育てのために早期退職するんだから、給料が安いうちに合法的に切り捨てられてすげー便利!」と。
だからさあ
安く使い捨て(人生の軸足を家庭におく人がパートタイム的に働くだけだから、的な)る女性労働力はずーっと昔からあったんや
結婚したらやめてねっていう
それよりあとの近代の、
主婦ではいけない、賃金や待遇を改善、女性も一生働く、仕事で自己実現!
っていう男女共同参画的な取り組みとその頓挫の気配の話をしてるんや。
Webサービスやアプリをつくって公開するのが好き。またブログもよく書く。その為、非プログラマーの人達にもよく知られているので”スーパープログラマー”のような評価で持ち上げられがちだが、プログラマーたちの評価はそれほど高くなくそのギャップに悩んでいる。よく起業する。
自分が使っているプログラミング言語(やエディタ)のライブラリを作って公開するのが好き。プログラミング活動が自己実現に直結したエコシステムも持っている。勉強会やオフ会によく行くので友達も多く、望んだ職場に出会えることが多い。延々とtwitter をやっている
大企業の製品の開発現場に生息する。業務の為に必要なプログラミングを学習したので目的に特化したスキルをもっている。その反面、自主的な学習意欲は少く体系的な知識がないので潰しがきかない。プログラミング以外が好き
todesking
そうしないと、流れ流され、自分でも不本意なところへ漂流してしまうかもしれない。
もう、万人に通用する幸せのモノサシが与えられる時代じゃなくなったんだと思う。
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良い高校に入って、良い大学に入って、良い企業に就職して・・・
サークルに入ってる間は、サークルの目指す価値に身を捧げてきた。
でも、これも自分で考えついた目標ではなく、与えられた目標だったように思う。
良い企業に就職して、というのには失敗してしまったかもしれない。
もちろん、このご時勢に仕事にありつけるだけ、ありがたいことだとは思う。
でも、今すごく危機感を持っている。私は、目指すべき指標を失ってしまった。
来春からの仕事は、私の中では「食うための仕事」として納得された。
やってみないと分からないが。でも、今の段階では生きがいとか、幸せ、とは結びつかない。
そもそも、仕事に過剰に「自己実現」だの「自己成長」だの言うのが変なんじゃないか。
多くの人にとって、おまんま食うための手段だろうし、それでもいいと思うんだ。
みんながみんな、ジョブズやら、孫正義のように、リーダーになりうるヴィジョンを持ってるわけじゃない。
「お前が消えて喜ぶ者にお前のオールをまかせるな」
誰かのモノサシによっかかって、『自分は不幸せだ』と嘆くよりも、
個人の時代なんだな。辛いけど、強い個人であらねば。
ちょっと面白かった。そろそろアメリカみたいに宗教団体に注目しないと政治わからなくなるかもな。
幸福の科学や創価学会が自前の政党でがんばろうとしてる限りは安全だけれど、自民や民主の支持母体になったら怖い。
まぁ日本の選挙参謀にそんな壮大な絵を描ける人がいるとは思えないけど。
カツマーが流行ったのがリーマン・ショック以前、それなりに経済がまともだった時期なのも理解できる。カツマーって自己実現主義だからね。
彼女の著作の一覧を見てみると、たしかに2008年以降筆が鈍ったと言うか、社会全体に対して独自の建設的な提言がほとんどされなくなっている。
というか、彼女の言いたいことってもともと処女作がすべてで、ソレ以外は付録でしかないわけで、彼女自身が変わったわけではないかも知れないけれども。
にしても最近の著作はひどい感じだ。もう自己実現欲求に絞ると、エライ人と対談するとか、旅に出るとかしか書けなくなるのだろう。リアリティの問題で。
それでもネタが尽きたのか、自己実現者という上の立場から「まじめは駄目だ」「高学歴なだけでは駄目だ」と、至らぬものを批判する段階に移行している。
正直言って、彼女がダメになったわけではないが時代の流れ的との兼ね合いで、一世を風靡する力はなくなってる。
リーマン・ショック以降に「起きていることは全て正しい」と言い切れる人ならまたちがったんだろうけれど。
無能パクリの例は炎上マーケティングの人達とかでいいんじゃない?
twitterにしてもfacebookにしても人から売ってるわけじゃないってのが、
元の増田の論点だろ。
俺の論点を君の例で言うなら、myspaceが思いつかないなら起業するなってこと。
ゲームはよくわからないからzyngaの事情はわからないけど、もしそうだとしても
zyngaにパクリが多いからと言ってパクリが正当化されるわけじゃないし、
本当にパクリなら巨額賠償で長続きしないだろ。
それともzyngaがパクられてる方ってこと?
これはmixiやgreeが海外進出するあたりで賠償の対象になるだろうね。
百万回焼き直されたビジネスモデルで、無能起業家の自己実現に付き合わされる社員の身にもなってみろって。
そんな奴はフランチャイズでもやってりゃいいんだよ。
数多くの男が、心を煩わされ、病み、憔悴し、時に、恐れ、逃げ回わったメンヘラビッチ。
この問題を、真剣に捉える必要がある。これ以上、被害が拡大しないために・・・。
メンヘラビッチは、特に、ゆとり世代のネット充女子に、多数生息する。
彼女らは、承認欲求から、数多くの男を、ある種、身体を伴い、虜にしてきた。
彼らを救わなければいけない。そして、もうこれ以上、被害を増やしてダメだ。
「なぜ、ここまで、20代、特にネット充に、メンヘラビッチが多いか。」
そして、本質的な問題は、「自己表現とか、自分らしくという名の弊害」であると考える。
※以下、文章は、個人的な積年の恨み節で、書くことを了承いただきたい。
何にもねぇ自己主張の強い女子らが、「らしく」「らしく」と多用する。
彼女らのコミュニケーション活動を通じた自己実現の過程を考察すると、
リアルとバーチャル(←あえて)の二つの外部環境と対峙しているのだ。
そして、「らしく」生きたい思いを
「らしく」いられないのは、
そこには、全くコミットせず、
「らしく」なれないけど、
いつかは、なりたい、私らしさを、夢見ながら。
なりたい自分のような他者と関わることができる。
関わり続ければ、少なくとも、バーチャルでは、
「なんか、こんな人とも繋がってる私はスゴイ。」である。
しかし、それは、私ではない。
彼女らは、ソーシャルメディアの無数の情報を読み、理想をポストし続ける、動物的に。
そして、「らしさ」を持続するためには、バーチャルに、住み続けなければならない。
恒常性が求められるのだ。
自己成長のために、本来するはずの「リアルの自身を再定義して、内部環境(精神と思考)を掘り下げる」行為はせず、
リアルにおいては、自分らしくなく、ネットにおいては自分らしそうという狭間で、
最終的には、
ココではない、どこかに、行きたいけど、
いけないので、承認欲求が高まる。
その不安定性を埋めるのが、リアルで、ビッチになることなのだ。
少しでもルックスがよければ、うってつけである。
なぜなら、彼女らは、リアルでは承認されてはいないが、ネットでは承認されている。
最も簡単な行為は、触れるである。・・・触れたあと、互いの承認行為として、最も簡単なのはry。
みなさん、所詮この程度なのだ。
大いに刹那的な今を生きよう。
そして、精神性を、持ち込むな。
スポーツや音楽やWEBテキストでフジテレビへの抗議活動を成功させることができるビジョンが見えるのか。すごい才能の持ち主だな。
能力も才能もない個人でも一か所に群れることで大きく主張できるのがデモってもんだろ。
主張に賛同できるかどうかが問題であって、お祭り騒ぎとか恥ずかしさとか自己実現とかは過程にあるかもしれないが、デモへの参加とは関係がない(ことにしておくもの)。