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はてなキーワード: 母子家庭とは

2017-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20170420223640

1人暮らししてた20歳とき摂食障害うつ病精神状態めちゃくちゃになって仕事にも行けなくなり、電気ガス水道が止まってホームレス一歩手前のネカフェ住人まで行った母子家庭育ちの中卒女だけど、身体を売るって発想自体がそもそもなかった(顔は悪くはないほうだし非モテでもない)。

「金がない→お水、風俗」という発想にいたる人とは根本的に人種が違うんだと思う。

2017-04-18

子ども被害にあう性犯罪は、男性が考えるほどレアケースか?

性犯罪者存在するからといって、男性保育士排除するのは差別だ。← 正しい。

犯罪というレアケース ← レアケースか?

保育士さん達は子育てプロなんです。それを解った上なら、今回のような話は想像すらしなくなると思いますよ(https://travel.spot-app.jp/hoikuen_nagahashiryo/ 千葉市長の発言) ← いや、プロとか関係ない

■(男性保育士反対の人ことを)プロフィールから過去発言も全部追いかけて / で、調べていくと、“ジェンダーフリー”の生き方を持った方々で、例えば女性の権利を守るために活動している方が非常にこだわっていらっしゃることも分かりました。(https://travel.spot-app.jp/hoikuen_nagahashiryo/ 千葉市長の発言) ← ジェンダーフリー公言してる人じゃなければ、思ってても言わないのでは? 差別主義者と断罪されるとわかってるし。

男性保育士記事をよむたび感じる違和感

多くの男性にとって、子ども被害にあう性犯罪は以下のようなものではないのか?

ニュースしか知らない

被害件数もそれほど多くない

・あったとしても、不審者による事件をまず思い浮かべる(先生保育士加害者の話は、身近に聞いたことない)

で、これ、なんかに似てるなと思い出した。女性ほとんどは痴漢被害にあっているというアンケートだ。

男性が知るべきこと】女性の58.3%は痴漢に遭ったことがあり、その殆ど泣き寝入り

http://sirabee.com/2014/06/24/560/

通勤電車・通学電車に関するアンケート調査

https://www.marsh-research.co.jp/examine/ex1705.html

首都圏在住で、通勤・通学に電車を利用してい人対象アンケートでは83%が痴漢被害にあってるという結果が。

このような結果に対して「嘘だ誇張だ」という男性意見に驚いたけれど、私だって痴漢にあったことを家族にも友人にも彼氏にも話してないから、男性が知らないのも当然かもしれない。

まわりに話してもいいことないし「隙がある」「ブスのくせに自意識過剰」って言われるのがオチから黙っていた。

同じように男性にとって子どもへの性犯罪レアケースでも、女性はよくあることと認識しているような気がした。

男性現実を知らないのではないか

このように考えたのはもちろん自身経験に基づく。

他の人はどうなのか知りたい。男女で結果が異なるのではないか

子ども被害者性犯罪が身近に起こったことがありますか?自分被害にあったことがありますか?】

条件

被害者小学生以下の子ども

加害者仕事子どもに接するひと

被害者もしくは加害者と面識がある(お互いに知り合って話したことがある)

・いい加減な噂などでなくある程度確実であること。

私は3件心当たりがある。

case1:小学生低学年のとき担任先生に罰としてお尻をつねられていた。変なつまみ方だった。今ならわかるがアウト。

case2:仲のいい友達習い事先生から被害にあった。直接聞いた。

case3:親戚の子学童先生から。母から聞き、あなたも気をつけなさいと言われた。

公園変なおじさんに…というような不審者は入れてない。入れたらもっと多くなる。

※3件とも警察沙汰にはなってません。

3件が多いのか少ないのかわからない。

でもきっと、私の兄は何も知らないと思う。

お尻をつねられても何も思わなかっただろうし、母から注意もされず、自分のまわりで起こってる事件に気づいていない。

痴漢と同じで、同じ環境に育ってても男性女性で見てる世界が違う。

「3件は多すぎる、私は1件も知らない」という女性もいそう。

痴漢とは違って被害者のことを知る機会があり、いい家庭の子どもは狙われないので、育った環境によって偏りがあると思う。

私の場合、case2は母子家庭でcase3は障害児だった。

言いたいこと

犯罪があるから男性保育士排除差別

・でも事件レアケースじゃなくよくあることなので、反対する気持ちもわかる。共感がある。

・反対する人をジェンダーフリーとか差別主義ときめつけないでほしい。

女性専用電車に反対の人も、実際に被害にあう女性の多さを知れば少し考えが変わったと思う。

この件も同じような一面を持つのではないか

2017-04-12

片親の子

母子家庭の娘

人生ハードモード

なかなか泣ける

それを責めまくるのはなかなかい

泣きまくってた

2017-04-09

同性カップル里子について母子家庭育ちが思ったこと

男性同士のカップル里子を養育することになったというニュースを聞いた。子供を引き取って育てる、いいことだと思う。これがニュースにならない世界になればもっといいんだろうなと思う。

それはそれとして、SNS勝手なことを言う人たちに、なぜだかどうしようもなく腹が立った。それをうまく言語化できずにいたのだけど、なんとなくまとまってきたので、今回書いてみようと思います

私は母子家庭育ちだ。実の父親の顔も名前も人柄も生死も知らないし、自分ルーツへの興味もあんまりない。母は聡明で美しく、私を中高、そして現在大学四年生になるまで私学に入れて育ててくれた立派な女性だ。母に恋人がいても、私が「今さら父親はいらないから会う気はない。親の都合で苗字が変わるのも耐えられない」と突っぱねたのを母は尊重してくれたので、知らない男に家庭へ介入されることはなく現在まで育った。だから家をいやだと思ったこともなければ、自分を不幸だと思ったこともない。また、私の時代にはシングルマザーというものは既にそれなりにいたのもあってか、母子家庭からといっていじめられたり偏見を持たれたりしたこともない。

今回の件で「子供いじめられそう」「かわいそう」という意見に対して「かわいそうなんて視野狭窄」「いじめる方が悪い」というツイートがたくさんされていた。それは正論だと思った。私は悪意に満ちた人間なので、この人たち正論ふりかざして「自分理解がありますよ」って顔して気持ち良いんだろうなとも思った。

いじめ偏見もないほうがいいし、あってはならない。けれどもこの人たちは、いじめ偏見さえ取り除けば子供が不幸にならないと思っているように見えた。そんなことはないだろう。いじめ偏見けが子供を傷つける。その浅はかさと想像力の欠如に私は腹を立てているのだと思う。

私は同性カップルに育てられたわけではないから実際のところ何が起きるのかはわからないけれど、少なくとも母子家庭育ちで惨めな思いをすることはあった。「どうしてお父さんがいないの?」となんの悪意もない同級生に聞かれたことは一度や二度ではない。私は自分父親がいない理由は知らないから答えようがないので、そういう時は内心「こっちが知りたいなあ」と思いつつ、いつも曖昧な笑みを浮かべていた。「お父さんがいない」って言うと面倒なことになるから、お父さんは遠くで働いてることにしようとたかだか5歳の子供の浅知恵で嘘をついたこともあった。それが嘘だとばれたときの気まずさといったらなかった。「お父さんについて作文を書きましょう」と言われた時に「お父さんがいません」と言い、仕方なくお母さんについて書き、発表したこともある。そういう時、私はどうしようもなく惨めな気持ちだった。そういうことまで想像した上で、いじめ偏見がどうこうあなたたちは言ったんですか。いじめられたわけでもなく偏見を持たれたことがなくても、ちょっとの子とは違う家庭で育った子供が傷つく機会なんて、あなたたちが思っている以上にある。子供時代ってそんなに単純じゃないよ。

「お母さんは立派にあなたを育ててくれたんだし、お父さんがいないことを恥ずかしがる必要ないよ」と言う人がいる。はい正論ですね。でもうるせーよ。お前は私じゃないんだから、私が何かを思う自由くらい持たせてくれよ。

同性カップルの子にも、そういう圧がかかったらそれこそかわいそうだと思う。たとえばその子いじめられたとして「どっちもお父さんなのはべつに変なことじゃない。胸を張りなさい」みたいなこと言う人、いるだろう絶対。は? お前に関係ねえだろ。その子が何を思って、どうするかはその子自由だ。胸を張りたいならお父さんたちと一緒に胸を張ったらいいし、家庭の事情を隠しておきたいならそれだって全然責められることじゃない。私は、必要に迫られた場面以外では母子家庭ですなんて絶対に言わないで生きてきた。

そもそもなんだけど、どうして同性カップルの子供だったら幸せなんだろう。「同性カップルなら」ってそれがすでにあらゆる方向への差別なので、そういうことを言ってる人を見ると片腹痛い。すべての家庭には色々な問題や不幸が多少はあって当然で、同性カップルの家だろうと何だろうとまったく同じだと思う。同性カップルの家だったら365日24時間幸せというほうがよっぽど怖い。大体「いじめられそうって言うやつは視野狭窄!」「かわいそうじゃない!」と主張しているあなたたちは一体何? 子供自身でもないどころか、子供大人たちの好奇の目にさらされても、無邪気な同級生に家庭について聞かれて傷ついても「それは間違ってる! 差別はなくなるべき!」とせいぜいSNSで言うだけで実際にはなんの責任もとれないくせに、ずいぶん簡単に言うじゃないか

同性カップルとその子供はべつに日本国内セクシャルマイノリティ問題が一歩前進したことの象徴としてあるわけじゃない。ただの家庭の一つでしかない。おおきく取り上げてSNSであーだこーだ騒ぐ。結局それが差別になってんじゃん。自分は誰も差別しないって言うなら、同性カップル里子もらうなんてフツーだよって顔しとけよ。

ただまあ、顔も名前も知らないカップルとそこに里子に行った子が幸せになったらいいなというのには同意する。まわりが何を言ってきても、自分たちが納得する形で生きていけたらそれがいい。ということで終わります

2017-04-06

忘れえぬ人々

ラジオ番組に送った長文をそのまま載せますね(未採用)。思春期あるあるなのかなあ。当時もちろん誰にも言えなかったし今まで誰にも言えてない。たまたま女子同志だっただけで男女間でも男子同士でもあり得る話だとは思う。

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みなさんこんばんは。いつも本当に楽しく拝聴しています大好きです。35歳、女、既婚です。はじめてメールいたします。

私が中学2年生、14歳の頃の話です。

当時、私はゲーム大好きっ子で、今で言うところの「腐女子」であり、ゲームジャンルBL二次創作に手を染めておりました。夜な夜な推しキャラの絵を描き、さらに男×男のカップリング妄想し、その滾る思いの丈と自らの性の芽生えをミックスジュースにして同人誌というカタチにしたためていました。

定期的に地元同人誌即売会(以下イベントします)に出店して、そこそこに売れてファンレターのようなものをもらったり、同じ趣向の友人が沢山できてイベント以外でも会って一緒に遊んだりして、普段学生生活を凌ぐ楽しさでした。

彼女出会ったのはその同人活動きっかけでした。仮にSさんします。

Sさんは私の3つ上のオネーサン。同じゲームが好きで、知人に紹介してもらって意気投合。初めは文通メール文化はまだなかったので)からはじまり電話で話すようになり、そのうち個人的に二人で遊んだりするようになりました。私が年下ということも関わらず、対等に優しく楽しく接してくれて、一人っ子の私は趣味の合う素敵なおねえちゃんができたみたいでとっても嬉しかったことをおぼえています

Sさんとは、好きなゲームBL妄想で盛り上がる他にも、イベントで知り合った共通の友人であるコスプレイヤー男性に思いを寄せていることを打ち明けてくれて、ちょっと現実の恋バナなんかで盛り上がったりもして。

Sさんと二人で遊んでるうちに「M(私のこと)ちゃん、本当に可愛いねえ、すっごい好き」「私、本当にMちゃんのこと大好きなんだよー♡♡」など、ダイレクト愛情表現散見されるようになり、私ももちろんSさんのことは友人として好きだったので、その熱量違和感を感じながらも「うん、私もSさんのこと大好きだよ」と普通に返していました。

二人で遊ぶようになってから4ヶ月程経って迎えたバレンタイン当日。その年のバレンタインはど平日で、私は学校から帰ってきて家でせっせと同人活動にいそしんでいました。夕方7時くらいに家の電話が鳴り出てみるとSさんからでした。

「Mちゃんこからひま?そっちに遊びにいってもいい?」と。

Sさんの家から私の家までは徒歩とバスを組み合わせて40分ほどかかります

「うん、私は大丈夫だけどもう暗くなるし…これから来るの大変じゃないかな?家の人は心配しない?」

大丈夫だよ、どうしても今日会いたくって…」

何だろう?とは思いましたが深追いはせずに、私はSさんがやってくるのを待ちました。

私は母子家庭で二人暮らし、母は看護師夜勤もやっており、ちょうどその日母は夜勤シフトでした。帰ってくるのは深夜1時過ぎ。母が居ない夜に友達が遊びに来るという、ちょっとしたワクワク感と心強さのようなものもあり、遠いところ悪いなあと思いながらも深く考えずに来てもらうことにしてしまいました。

小1時間後、本当にSさんが家まで来てくれました。

「いらっしゃーい」と出迎えた私に「急にごめんね、ありがとう」と言ったSさんの表情はどこか固く、家にあがってからもどこか雰囲気がぎこちなく心配になる私。「平日にMちゃんち来るのはじめてだね」「ああ、そうだね、今日はお母さん夜勤でいないんだ」など他愛のない会話を交わしていましたが、やっぱり顔つきが冴えないSさん

「遠いところ来てくれてありがとう。でも、どうしても今日、って何かあったの?」

「あの…今日バレンタインから。これ、Mちゃんに。手作りしたんだ」

と、手渡されたのは可愛いラッピングが施されたバレンタイン手作りチョコレートでした。

「えっ、そうだったの!私なんにも用意してなかったよー!ありがとう、うれしい!」

素直に驚きと喜びを伝えたら、Sさんは泣きそうとも笑顔ともとれそうな複雑な表情で私を見つめたあと、強く抱きついてきて「Mちゃん、本当に大好き」と囁くように呟きました。

「う、うん?私も好きだよ…?」

「でもきっと、Mちゃんが言う“好き”と私の“好き”はちょっと違うと思うんだ」

「えっ?…」

そしてそっと私にキスしました。ほっぺにでも、おでこにでもなく、くちびるにです。これが私にとってのファーストキスでした。

とにかくびっくりしたけれど、不思議と嫌な感情特には湧きませんでした。その後何を話したのか、どうやってSさんが帰って行ったのかもよく覚えていませんが、すっかり元気な笑顔を取り戻したSさん玄関口で見送った画はしっかりと記憶しています

その次の週末、Sさんの家へ遊びに行くことになりました。

キスのこともあってドキドキはありましたが、あれは何かのきまぐれだろう、きっと普通に友達でいられるだろう、と思っていました。その日、Sさん宅では二人でゲームをしたり同人活動にいそしんだりとこれまで通りの楽しい一日を過ごしました。特にこの間のキス話題も出ませんでした。

私が「じゃあ、時間からそろそろ帰るね」と、帰り支度をしようとしたとき「やだ、帰っちゃやだ、大好き」と言ってまた抱きしめられて、キスされました。何度かキスをされるうちに、舌が入ってきましたが、私はまた拒否もせず、受け入れてしまっていました。

その日から一緒に遊んだ日の最後は、こんなふうに抱きしめられてキスされることが多くなってきました。私からしようとしたことは一度もありません。拒否をするほど嫌だったわけでもなく、実際キスという行為はやわらかくあたたか気持ちいいもので、拒絶することでSさんとの友情関係が崩れることを避けたかったこともあり、背徳感を抱えたままその関係を続けていました。

そんな関係が3ヶ月位経ったあるとき、私はとあるバンド出会い雷を打たれたように骨抜きになってしまいました。そのバンドのことで頭が一杯の毎日TV雑誌などを追いかけるのはもちろんのこと、同人活動土俵にもそのバンドを持ち込んで、また、同じバンド好きの新しい友達が沢山できました。私とSさんはともに受験生となっていましたが(私は高校受験Sさん大学受験)、電話は週に2、3回ほど、月に2回ほどは一緒に遊んでいました。ですが、Sさんは他の友人たちと一緒のときでも手をつないできたり抱きしめてきたりと過剰なスキンシップが多く、私はちょっとうざったいなあと思い始めていました。

だんだん私の興味がバンド一番になっていることに気付いて、Sさんはひどく寂しさを覚えてしまったのだと思いますバンド関係の友人と遊びに行くことにはじまり、そのうちSさんも交えて共通の友人と居るとき私が他の友人と話しているだけでも深い嫉妬をするようになりました。友人がいてもお構いなし、その場の雰囲気が悪くなるくらいあからさまに不機嫌になり、悲しそうな顔をするのです。周りの友人にも「SさんはMちゃんのこと好きすぎじゃない」「SさんってMちゃんにベタベタしすぎ」などとからかわれることも多くなってきて、私は正直もう面倒くさくなっていました。当時のモットーは友人関係は広く浅くみんなと公平に、束縛するのもされるのも本当に苦手でした。これ以上踏み込まれたくない、と私のSさんに対する態度はだんだん冷たくなり、そうなるとSさんがひたすら謝ってすがるようにさらに甘えてくることに辟易し、電話も合う頻度も自然と減っていきました。自分からきちんと嫌なことを嫌だとは伝えずに、冷たい態度をとることで私のことを嫌いになってもらってうやむやのまま自然消滅すればいい、と思っていました。私にとってSさんを傷つけ続けていることよりも、あの熱量の高い束縛から開放された安堵の方が大きかったのです。子どもですね。

その後、私はバンドに熱を上げつつも勉強を続け、無事志望校高校合格Sさんから東京大学への進学が決まったとの連絡が来ました。

Sさん東京へ行く前に駅前マクドナルドで待ち合わせて二人で会いました。10月頃、同人誌即売会ですれ違って話したのが最後だったので、ずいぶん久しぶりでした。お互いの合格を祝って、近況やこれから新生活についてぼんやりと話して、元気で頑張ってね、と言って普通に別れました。もちろん、好きだという言葉も抱擁もキスもありませんでした。

その後、一度だけSさんに会いました。私が19歳の夏でした。

私は高校卒業して東京専門学校へ進学しました。1年生の夏休みのことです。帰省して久しぶりに地元同人誌即売会へ参加しました。その後、居酒屋へ流れて友人たちと飲みに行ったのですが、そこに遅れて現れたのがSさんでした。3年以上振りの再会。私たちはぎこちない笑顔で「ひさしぶり」くらいの最低限の挨拶を交わして、私を避けるようにして遠い席に座ったSさん。それぞれ周りの友人たちと盛り上がり、Sさんとは全く話しませんでした。ただ、居酒屋の喧噪にまぎれてSさん自分彼氏の話で盛り上がっているのが、ぼんやりと聞こえてきたのでした。

現在、私は同人活動からも一切足を洗って、イベントなども10年以上参加していません。当時の友人たちとも疎遠になっていて、Sさんがどこで何をしているのかは一切わかりません。

毎年バレンタインの時期になると思い出す、私にとっての忘れ得ぬ人です。

長文乱文失礼しました。

2017-04-05

男女平等を教え込まれて育ったら女性蔑視者になった

幼い頃から男女平等の大切さを母から教え込まれてきた。

母子家庭父親が不在のなか、男らしさとか女らしさが幻想だってことをことあるごとに母から言われてきた。

今でも鮮明に思い出すのは縁日でわたがしを買ったときのこと。

おじさんが女の子からピンクアニメキャラクターが書いてある袋を渡されたときに、母は私にブルーの袋が欲しいならそう言いなさいと聞いてきた。

私自身はわたがしが食べれればどっちでも良かったけれど、なんとなくブルー戦隊キャラクター印刷された袋に交換してもらった。

母がいちいちそういうことに引っかかるたびに、楽しい空気が少し淀むのが嫌だった。

小学高学年になった頃から女子男子に体育で敵わなくなった。足が遅い男子女子ならトップクラスに早い。

私は男女は平等だと思っていたので、純粋に女は男より身体能力が劣っている生き物だと感じるようになった。

オリンピックとか見ても女子選手いくら勝ったって、こんなの男に敵わないんだから価値がないと思えてしまった。

いろんなことに女子のほうが劣っていると感じるようになってしまった。

クラス中が先生に叱られたとき女子数人は泣き出して男子は誰も泣いてなかった。甘えてると思った。

女子だけど女子が嫌いだった。

初潮がきたとき、母は祝わなかった。生物として当たり前の現象で祝うようなことじゃないと言っていた。

月経の仕組みは保健体育で習ったからわかってると思うけど子供を産む産まないは個人選択の自由だと教えられた。

それは当然のことだけど、子供を産まない選択を今からしても何十年も毎月この嫌な一週間を過ごさなければならないこと、精神不安定にして不快感を覚えながら体調も優れない一週間を過ごす性別が鬱陶しくてたまらなかった。

平等を考えていくたびに、

こんなに女は男よりやれないことが多いのに、偉そうに平等を訴えるとかただ男の寛容さに甘えてるだけだ。

家事だって男が覚えたらきっと女よりうまくやるようになる。

自分たち必要性までなくす女は馬鹿だと思うようになった。

短期バイト工場で働いたときに、女はお菓子ダンボールに詰め込む、男は重いダンボールを運び積み上げる作業だったとき、これほど大変さが違うのに同じ賃金を貰うことが恥ずかしかった。

平等ならば性差による体力差を考慮に入れず労働労働として見合った報酬を与えるべきだと思った。

今もずっとそこから抜け出せてない。女が男より優れてる部分ってどこにあるんだろう。

2017-03-31

家の事を考えると本当につらい

母は働きながら光熱費・食費を出してるけど貯金はもう5万無い

母子家庭でもなんでもない普通家族生活してきたかった

なんで病弱の身体で母に迷惑をかけて生まれてきたんだ 結局それが原因で離婚になって家の状況はますます特殊になったし

これって自分のせいか 全部自分が招いたことなのかな 生まれてこなきゃよかった

家のこと考えなければ心も軽くなるのにな

教育困難校は大変だったけど夜間定時制地獄以外の何物でもない

教育困難校に勤務してるけど、もう無理

これを読んで県内一二を争う底辺校比喩ではない)勤務時代を思い出してニヤニヤしていた。

ニヤニヤできる理由簡単で、「ああ、昔はこんなこともあったなあ」と。

てっぺん手前は日常茶飯事、家庭訪問に行ったら数時間軟禁修学旅行に行けば生徒が補導

インターンシップに出せば受け入れ先と喧嘩、みたいな。

でも今に比べれば楽だったと思っている。そう、俺の勤務先は定時制高校、もちろん夜間。

まず日本語が通じない。比喩じゃなくって。外国籍が全体の1割近く。

日本国籍だけど親(母親)が外国人フィリピンタイ)で日本語が怪しいのを入れると2割ぐらい。父親はやけに高齢(70過ぎ)パターン

発達障害普通知的障害(軽中度)とか普通にいる。中学校特別支援学級だったのも全体の1割強。(この時点で1/3が何らかの理由日本語を相応に使いこなせない)

なのに療育手帳を持っている生徒が少ないのが不思議

あとは不登校文科省の指針(年間30日以上)に当てはめると7割ぐらいが不登校。年間欠席100日超(残りは適応指導教室に行ってて出席扱い)×3年とかい強者ゴロゴロ

当然高校生の授業なんかできないし、やってもそもそも理解できない上に教室にいない。統失とかリスカとかじゃ何とも思わない。

学校全体でも半分以上、旧俺のクラスで8割弱が欠損家庭(母子家庭父子家庭保護者が父母以外の家庭)。どうして児相保護されないのかというレベルネグレクトもたくさん(だから服が同じやつ・臭いやつが多い)

たばこで捕まるやつが少ないのは、金がなくてたばこに手が出ないからだ。「働きながら学ぶ」定時制高校で、正社員が全校で二人だっけ。




だがそんな俺も今年は耐えられそうにない。今年のクラスはひと味違う。

まず特別支援学級出身者が一クラスに2割以上(通級は現時点で不明)、具体的な人数ぼかすために割合で書いてるけど、特別支援学級特別支援学校高等部の学級設置基準超えてるからね?

全日底辺校で続かなくて辞めたやつがこれも2割ちょい。

保護・準要保護自動車を持っているので生保が降りない)でこれも半分近く。例の不登校基準に該当しないやつ(「するやつ」ではない)が数人。

親が1級手帳持ちとか、あと今はやりの代理ミュンヒハウゼン症候群臭いのも何人かいて(中学校からの引き継ぎは「子供が具合が悪い(嘘)、と言って休ませる」)面倒。

モンペとかクレーマーというか、そういうレベルじゃないのがもうてんこ盛りらしい。

ただ、中学校からこういう風に情報が来るのはまだましなレベル。特学在籍は要録の写し見ればわかるようになってるけど通級(普通級に所属して時折特学で授業をやる)だったことを隠す中学校は多い。個別支援計画も引き継がなかったりする。

で、4月がもうすぐ来るわけだよ。なんの対策もできない状態で。

どうか俺が次の年度末を迎えられるように祈ってくれ、頼む。

2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170324165811

例えばワイとか「子供社会で育てればいいんじゃね」派なんだけど、なんでかって母子家庭だったからなんだね。

父親離婚しててまだ生きてるらしいが会ったこともないし顔も分からん

そんな中で母親への愛情があるかって言うとほぼ無いし、ワイを育てたといえるものは人ではなくてむしろ漫画とかアニメとかそういったカルチャーだったんだよ。

それでもそれなりにまともな大人にはなれたんだし、「親は無くても子は育つ」って体感しちゃってる手前、別に親子愛にこだわる必要いかなーって思うんよね。

増田は血のつながったお兄ちゃんとか家族愛情感じたり依存したりしてるのかもしれんけど、世の中意外とそうでもない人は多いんよ。

2017-03-04

貧乏低学歴彼氏のいる院卒アラサー女は私だ

職場出会った業者男の子と付き合っている。顔が好みで、若いのに仕事も良くできるところに惹かれて私からアプローチした。

彼氏は謎の大学を出ている。全然いたこともない名前だったので検索したら、偏差値35だった。

彼氏実家貧乏だ。むかーし父親離婚してから母子家庭団地暮らし

それ聞いても、「ふーん」としか思わなかった。話していて機転も効くし身なりもきれいだった。

でも、付き合ってそろそろ1年ぐらい。戸惑いを隠せない。

彼の家族や親戚はみんなブルーカラー。彼も高校定時制に行って働くつもりだったけれど、節目節目でお母さんに「普通科高校に行きなさい」「大学に行きなさい」って言われて、底辺私立高校Fラン私立大学に推薦で入ったらしい。

一方、両親が地方公務員の私は、兄の背中を見て自然中学受験して田舎トップ校に行き、東大目指して浪人までして、東大実戦も東大オープンもA判定無双してたのに、本番では早稲田まで落ちて都内国立女子大入学。一生もの学歴コンプレックスを負った。大学院東大にいったが、所詮ロンダリング

勉強していい大学出ないと貧困連鎖は止まらいから、私が彼なら遮二無二机に向かうだろうし、せめて地方国立大に行くんじゃないだろうか。高校公立を目指して努力するだろう。彼の人生選択が、ほんとうに想像付かない。

案の定、いまわたしはダラダラ公務員やって、彼のほうがよっぽど忙しくて難しいことやってるのに、収入はたいして変わらない、というかいずれ私のほうが稼ぐようになる。

私なんか東大でも早慶でも国公立医学部でもないか友達の中ではダントツ低学歴だし、大学院の同期の中でも一番の低収入なのにおかしな話だ。

私の実家では、夜遅くテレビ禁止だったし、家に本棚がいっぱいあって、そこから好きなものを選んでは読んでいた。今も図書館に行くのとAmazon書籍を買うのが好きでテレビはそろそろ捨てたい。

彼氏の家に行ったら、本棚がなかった。世帯用みたいに大きなテレビが鎮座してて、彼は帰るや否やスイッチを入れる。しかも何を見てるわけでもない。久々に覗かされた番組からは、無駄な雑音とポリティカルコレクトネス概念存在しないかのような悪意のない差別が垂れ流されていた。テレビの前のふたりの会話は、断片的で、どこかに流れていった。

政治観も私も私の友達もみんなゆるやかな左派なのに、彼はネウヨだ。「そんなのは教育のない人がいうことだよ辞めて。」ってたしなめそうになって、言いようもなく虚しくなった。

友達からは「何でその層と出会ってしまたかなぁ…」って呆れられた。私も、生きてる社会レイヤーが違うなぁって時々思う。「深入りする前に別れなよ。どうせ話のつまらなさに我慢できなくなるよ。」「将来、子ども受験のことで揉めるよ。」とも言われた。

それでも離れられないし、愛おしい気持ちが溢れるのは、彼が優しくて、しかも何の遠慮もいらないから。

私もそうだけど、言葉ラリーで遊んでる人間は、たいてい表面だけ合わせて裏では舌を出してる。気遣い言葉に心がこもってないのは、高度な脊髄反射と言ってもおかしくないレベル趣味とか生活スタイルとか、変なとこには拘って逆に常識から無頓着

彼のことばはとき愚鈍とき陳腐だけど、私を値踏みせず受け入れてくれて愛情深い。私が提案したことに「いいね、すごいね」って賛成してくれる。友達といるときみたいに笑いすぎて死にそうになる事はないけれど、穏やかに甘えさせてもらっている。そして、家事をそつなくこなしたりパソコンを直したり、彼にしかできないこともたくさんある。私が女性からという理由でサブに回らせたりも、絶対にしない。

具体的に話せば話すほど、私が彼をワカラナイとしてるところも好きなところも、知識基盤社会を盾にした弱者への差別とその合わせ鏡ではないかと情けなくなる。

大学院社会科学を齧り中道左派を気取って、格差社会とか子ども貧困とかに心を痛めているはずだったのに。大好きな日本国憲法にも差別ダメ絶対って書いてたのに。彼の環境にも人生選択にもほんとうに想像が及ばないのだけれど、それって、心理的に橋をかけるべきところに壁を作っているのは、私だ。

逆に彼は、正論を吐くふりをして、素朴にヘイトを連ねる私といて息苦しくないのだろうか。

私には兄がふたりいる。次兄は東大卒で、長兄は知的障害者だ。親は、長兄について差別された悔しさを下のふたりへの教育に注ぎ込んだ。もちろん金銭的にも。次兄の中学受験成功から、周囲が掌を返したと親は言う。家族の長兄への当たりは厳しく、私も長兄が可愛そうだと思いながらも生理的嫌悪感を拭えないし将来への重い負債に見える。地方のとても歪な家庭である

から大学時代から東京でたくさん出会ってきたほんとうに何不自由なく育ってほんとうに自然に一流大学に行ったリベラルインテリ・シティボーイには引け目を感じて、結婚での家族ぐるみでの付き合いを考えると踏み出せなかった。

結局、私の周りには差別が幾重にも絡まり合って、がんじがらめにされているのだ。私の偏見まみれでしなやかさを失った精神は、そこからすり抜ける術を持たない。

彼はもうすぐ私を実家に呼んでくれるらしい。私は学歴至上主義の親に彼氏存在すら伝えていない。こんなに素敵な彼なのに。

逡巡しているうちに私には30歳の足音が聞こえてくる。

2017-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20170227094535

仮面ライダー響鬼は偶々知り合った母子家庭男の子に男の背中を見せて

弟子に取るか悩む男の話でしたけど、そういうのは育児に含めちゃ駄目ですかねえ。

2017-02-25

発達障害のやつが羨ましい

いいよな。

発達障害者には配慮を。

発達障害に合わせた仕事を。

なんて気を遣ってもらえてさ。

俺はただの無能だよ。

貧乏母子家庭で育って勉強わからんまま底辺高校卒が最終学歴

仕事してもミスも多いし極度のコミュ症で人間関係もうまくいかないし。

遅刻無欠勤くらいが俺がまっとうにできること。小学生かよ。

だって仕事を真面目にやってるつもりだし、もっと仕事できるようになりたいって思うし、人間関係だってうまくいけばいいのにって思って努力しているんだ。

でも、どんなに努力をしてもダメなんだ。

努力しているつもりでも結果が伴わない。社会では、それは努力をしていないも同然と言う。

はいつも、仕事できないやつ、空気読めないやつというキャラになって嫌われていく。

いっそ発達障害だったら世間に「発達障害なら大変だね」「ふつうじゃないんだからしょうがない」って思ってもらえたのかな。

何の障害もない健康体だけど、著しくバカから人生詰んでる。

もう死にたい

俺の遺伝子だけは残しちゃいけないんだ。

生きていれば丸儲けだなんてはてブコメントでよく見かけるけど、生きているだけで辛いか死にたいよ。

死んだほうが絶対に楽だ。でも死ぬ勇気なんて一生出ないんだろうな。

どうしたらいいんだろうな俺は。

2017-02-24

育児家事女性仕事と誰が決めた? Byイクメンという言葉が嫌い

2010年 流行語大賞 イクメン

私はその年に初めて子供を産んだ。

そもそも何でイクメンなんていう言葉

流行語になったんだろう?

何でを考えると日本が見えてくる。

悲しい事に我が家では今でこそ数少なくなったが

パパとよく喧嘩する。

家事育児

家事育児女性がやるべきなんて誰が決めたんだ?

復職とともに大ゲンカする回数も増えた。

些細な事で大きな喧嘩になるのだが、

根本男性家事育児自分がやるべき仕事として

全く認識してない事が原因。

自分の子供なのに…まるで赤の他人事のように言う。

冷凍食品いちゃもんもつけられる。

私は冷凍食品だって時間を割いて厳選した食材

詳細を見て選んでいる。

時間という労力をかけているのだ!

家族健康の為によりよい製品を選ぶ!

いったい日本女性はいつまで耐えるのだろう?

日本教育やマスメディアの過ちが全てのガンを産んだ!

長時間労働というガンを産んだのも、

家庭を顧みない男性が働く人間象徴のように

もてはやされてきた事が今の歪みの原因〜。

過労死なんてほんと馬鹿げている!

こんな事が当たり前なんて絶対にイカレた社会

貧困家庭母子家庭が多いのも、

結婚仕事を辞める=キャリア捨てる。

離婚した → 再就職給料激減=貧困

結婚とともに働かなくてお気楽専業主婦

なんて考えが貧困を産んでいる。

子供にとって家庭円満こそが一番!だけど、

離婚しても豊かな家庭環境は大切だよね。

歪んだ思想が産んだ産物

子供社会にとって宝なのに。

子供が主とならない日本社会構造は最悪。

いつか日本は無くなってしまうかも。

保育園問題はいつまで続くのかな?

家庭円満共働きライフスタイル

いつになったら日本では当たり前になるのか?

まらない夫婦喧嘩なんてしたくはない。

イクメンてなんか偉そうな感じに聞こえるのは

私だけなのかしら?

そもそも当たり前の事をしているだけなのに

ほんと不愉快言葉

日本人思想のものが変わらない限りは

歪んだ構造のままなんでしょうね。

ああ悲しきニッポン

2017-02-21

笑いのカイブツ読んだ

cakesの一週間無料購読で全部読んだ。

本当に「生きる才能」がないなと思った。ちょっと他人に気を遣うだけで楽になることは沢山あるのに、もっとまともな食事をしたらいいのに、全然できない。

劇場で偉い人に媚びへつらってる先輩作家とか、仕事をタダで丸投げしてくる先輩作家とかを嫌悪する気持ち理解できるしこの性格の人なら同化したくなくて馴染むことができないのは当然だと思うけれど。

バイト先で適当に働きすぎなんだもん。彼のバイト先が本業の人にとっては迷惑すぎる。すぐにバックれるし、常に寝不足だし、客商売なのにひどい顔付きらしいし。

こんなに人が嫌いなのにお笑いが好きなのは不思議だと何度も思った。でも途中で彼女ができて凄く素直に愛情表現してるし(フラれるけど)お母さんには愛されてるし(母子家庭貧乏大学に行けなかったけど)優しくしてくれた芸人さんなんかには凄く感謝してるし、挫折していった芸人のことをリスペクトしてるんだよね。根底には優しい気持ちがあるというか、とても人間味がある。

「生きづらい」「この世はコミュ強者以外には地獄」みたいな増田でも見るような人の気持ちが少しは理解できて、読んでよかった。

自分のような人間がこういう人達に言えることは何もないんだ。そっとしておくしかないんだね。(別に自分コミュ強者ではないが、ここまで不器用ではない。彼はお笑いに潔癖すぎ、突き詰めすぎでそうでない人にとっては存在自体が常に自分非難してるように感じられるのではないだろうか。)

オードリーラジオは聞いたことがないし伝説ハガキ職人存在全然知らなかったけど、途中に出てくる大喜利漫才台本面白かった。才能が表舞台で発揮できないのはとても残念。でも芸能界って旧弊っぷりがすごいもんね、知らんけども。

2017-02-20

中途半端な貧しさ

長期休み以外は週に3、4回は会っていた、親友ともいえる友達がいる。仮にAとする。

Aの家は中途半端に貧しい。母子家庭だが上の子ふたり私大に入れられるし、本人はバイトをしていない。学費のためにバイトに追われるレベル貧乏ではないということだ。

しかし、寒がりなのにコートが買えず、ペラペラの服を重ね着している。それで凌げる訳もなく、いつも寒いと言っているし健康被害も出ている。

2000円のアクセサリーを「高い」と言う。700円を超えるランチも「高い」と言う。「8000円のコートって安いよね」という発言共感してくれない。些細なことだが、こういったことの積み重ねにより、確実に「違う」と分かっていた。

いちばん引っかかるのは、毎年ずっと1000円程度の誕生日プレゼントをくれていたことだ。私は、はじめはそのくらいで様子を見て、仲が深まってきたら金額を上げていくのが普通だと思っている。しかし、Aはそうではなかった。金額を隠す努力をしないので、容易に1000円程度だと分かってしまった。

からしかったナイキスニーカーをもらった、ディナーに行くとサプライズケーキが出てきた、といった友人たちの話を聞くと「そういうことだよなぁ」と思ってしまう。

お金が無いからではなく、上記のようなことを私にやる価値がないと思っているからかもしれない。「お互いに親友だと思っている」という確信が持てるほどの色々な出来事があったのに、プレゼントの内容だけでそんな風に疑ってしまう。

最近は別の友達とよく遊んでいるのだが、とにかく楽だ。バイトをしていないという点ではAと同じだが、上ふたり大学院に入れられるくらいの家庭で育っている。10000円を超える服を着こなし、当然暖かいコートも持っている。何にでも興味を示し、私が声をかければ交通費だけで15000円ほどかかる場所でも一緒に行ってくれる。海外旅行にも乗り気である

オシャレな店で1000円ほどのランチを食べ、ショッピングを楽しみ、疲れたカフェお茶する、という王道の遊び方ができるというだけでかなり楽しい都心に出ても食事ショッピングしか楽しめないようなところに住んでいるからだ。

交通費のかからない場所を探したり、高いと思っていなくても「まぁあそこは高いからね〜」と言ったり、持ち物の値段を言わないようにする努力をしなくてもいいのがこんなに楽だとは思わなかった。

Aはガチ貧乏ではないので、お金のかからない遊びを知っている訳ではなかった。こういうところが、中途半端貧乏の不幸だと思う。

成人しているのに100均や300均で買ったもの誕生日プレゼントに選ぶセンスお金のかかる遊びが制限される不便。新しいものに興味を示せない感性

これらが貧しさにより生み出されたものだと分かっていても、一緒にいる上でがっかりしたり、傷ついたりしてしまう。

誰にも相談できず困っていたが、いま、Aとは縁を切ることにした。

当たり前だけど、合わない人と無理に仲良くする必要はないよね。

2017-02-18

23歳くらいまで家族と一緒に住んでいた。母子家庭だったが母親はがんがん働いていたので、おかげさまで生活に困ることなく成人できた。むしろ品のいい車を乗り回すくらい裕福だった。(お金や車、家を持っていたのは母であって私ではないが)

私と弟が大きくなると、母は週末、当時の彼氏(現再婚相手)のもとへ車で出かけていた。反抗期のけんかくらいはしても親子仲は良好だったし、彼の存在家族内で公認だったので行ってらっしゃいという感じだった。

土曜の夜はたいていいなくて、日曜の夕飯前に帰ってくる。週末いないことに特別さみしさやいらだちは覚えなかった気がするのに、やはり日曜の夜に母が帰ってくるのは嬉しかったらしい。

私の部屋は2階にあって、駐車場で車が出入りする音がよく聞こえる位置にあった。日曜の夕方小一時間夕寝をする習慣があったが、母が帰ってくると独特のエンジン音がするので、それが目覚ましだった。どんなに眠くても、バイト仕事で疲れていても、エンジン音がすると嬉しくて安心して、ふらふらしながら1階の玄関まで降りて「おかえり」と言って、母が買ってきてくれるご飯やおかずを受けとる。冬は母の手がいつも冷たかった。

独特なエンジン音とは、某社のわりと高級車だからだと思っていたが、どうもその頃その会社製品に搭載されるようになった当時の新しいエンジンだったようで、戸建てが並ぶ近所には同じ会社の車はあってもどれも違うエンジン音だった。

今では町中でそのエンジン音を耳にする。そのエンジン音を聞くと、今でも母がご飯を買って帰ってきた日曜の夜を思い出して、嬉しさと安心がよみがえる。

2017-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20170211125646

母子家庭で育った身としては、父親クズだってことを知ってて良かった。

別に他所の家を見ても羨ましくないし、むしろ自由に生きれることに喜びすら感じてる。

同じように、母親に関しても人を見る目がない、よく言えば等身大人間、悪く言えば親だけどダメ人間だと思ってた。

2017-02-03

地方出身の私が大学卒業前に考えてしまったこと

2016年ミスコン話題になった大学に通う学生です。

3月卒業する予定なのですが、4年間で感じてきたことを身バレ無しで書きたいと思い、投稿してます

何を感じたかというと、常に話題になりつづけている「格差」です。

ここでいう格差とはピラミッド上位層の中に限定した中での格差(つまり上の上と上の下の格差)かもしれませんし、もっと広義での格差かもしれませんが、私の中でも曖昧です。文章を読むにつれて伝わっていけばいいなと思っています

私は地方出身で、首都圏に身寄りもないので一人暮らしをしています家賃は5万円台です。

家賃以外の費用はすべて自分で賄うことを条件に上京しました。

もちろん高卒で働かなければ家庭が維持できないほどの貧困家庭ではなかったということです。

母子家庭なので国や地方自治体からの援助があり、そのため働くことな上京できた可能性がありますが、このあたりは母親にまかせっきりなので詳しくはわかりません。

学費バイト代から払ってしまうと生活がままならないので、学生支援機構奨学金学費に充てています。いわゆる一種と二種の両方を全額借り、学費を払い、余剰分は実家母親に預けています

上京するまでは月々8万円ほど稼げば十分に暮らしていけると思っていました。

食費3万円、光熱費携帯など固定費2万円~3万円、自由に使えるお金として2万円~3万円。

高校生の頃は月5000円のお小遣いだったので、自由お金が約2万円というのはとても魅力的に感じていました。

しかし実際は全く8万円では足りず、毎月15万円ほどは必要でした。

試算との差額の多くは交友費です。

私は貧乏ということを周りに印象つけられたくなかったので、誘われた飲み会旅行にはなるべく参加しようとしました。

それだけで月5万円以上は必要となったわけです。

周りの友達の多く(体感では8割ほど)は両親から仕送りや小遣いで飲み会旅行に参加します。

比較お金のない友達でも、アルバイト代が全額小遣いになり、生活費全般はすべて仕送り奨学金で賄っていることがほとんどです。

貧乏というレッテルを貼られたくない」というプライドだけで、毎月約70時間、年間800時間以上をアルバイトに費やしてしまいました。

アルバイト時間が多い分だけ失ったものがあると考えると、とてもつらいです。

4年間で約3000時間以上です。もし全くアルバイト必要なければ6000時間を超えるでしょう。

難易度の高い資格試験に挑戦できたでしょうし、プログラミングにも手を出せたかもしれません。

何百冊もの本を読むこともできました。

もちろんすべて可能性でしかありませんが。

4年間多額の交友費を使っていたことでサークルゼミなどの友達とたくさんの思い出ができましたし、それが無意味だったとか無駄だったとか言いたいわけではありません。

しかったですし、実際遊んでいるときに「このお金時間)があれば…」と考えることもありません。

アルバイトで得た経験人間関係否定したくありません。

私は文系で、大学研究室でいわゆる日本格差問題について議論することがあります

この時間が最もつらかったです。

正直私以外は格差問題について基本的に上から視点しかしません。

両親の収入によって子供文化資本的な格差がある、教育格差がある、なども問題存在を認めながらも他人事しかないようです。

解決しなければいけない問題ではありますが、本人が直面している問題ではありません。

この、格差問題との距離感の違いが必ず浮き彫りとなり、つらかった。

私が母子家庭に生まれなければ、この大学での一般的な家庭に生まれていれば、見栄やプライドがなければ、地元大学入学していれば、と卒業を前にした今どうしても考えてしまます

母親に話せるわけもなく、同じ大学友達に話せるわけもなく、高校友達と頻繁に会うこともできず、つらいです。

金銭的なコンプレックスが非常に強いので、給与水準の高い業界就職します。

もし子供もつことができれば、子供をこんな気持ちにさせないように頑張って働こうと思います

2017-01-21

結婚したい、出来ない

今私は大学2年、早生まれなので19歳。

田舎である地元と同じか少しデカイくらいの規模の場所一人暮らしをしてる。

この間成人式に出席したとき友達ではないけど顔見知り程度のコが結婚していてすでに2歳児の子持ちになっていて恐ろしいと思った。その子高校中退していた。多分これから年を重ねるにつれてこの手の話は珍しくない、むしろウンザリするほど話題に上がるだろうな。

翌日汽車で戻りながら、私は結婚出来ないということをぼんやり考えていた。

理由はここで挙げる以外にも細々したものがいっぱいあるけど特にこの3つに絞った。

1つ目は顔が悪いということ(子供を産みたくない)。

次にめんどくさがりということ。

3つ目に結婚に夢見すぎということ。

まず1つ目、私はブス。地味な顔なくせに化粧でマシにならないタイプの一番最悪な顔。中2と高1のとき男にいじめられた。正直これは顔のせいだけではなく舐められやすい態度と鈍臭さが相まってのことだと思った(今考えてみれば)。それで腹の立つ顔(ブス)してるんだからあいじめたくもなるんだと思う。女子友達普通に居た。(あと私はブスなので子供を産みたくない。未来の私の子供が私に似た顔で生まれたら私の子供が可哀想だ)

次に、私はめんどくさがり。

部屋はきれいな時と汚いときがある。

部屋のきれい度はわたしの疲れ度合いと比例している。1度に片付けるタイプだ。始めたら終わるまで一気に片付けるけどそれまでの時間が長い。だから常にきれいな部屋を保つのには向かない。料理も、自炊をめんどくさがってひと月に数回程度しかしないので、部屋の掃除とか料理の腕が求められる(と思われる)結婚は出来ないだろう(誰もそんなズボラな女とは結婚したがらない)。

3つ目に結婚に夢見すぎということ。

でも親は離婚してる。

普通親が離婚してたらあんまり夢見ないだろうと思うかもしれないけれど私は夢見てしまってる。なぜなら私はブス(鈍臭い)で交際経験皆無(処女)なのでそれが美化されてる。

あと最後にいうと

私は年上の人しか好きになったことがない。中学生から今まで、私は中高年のおじさんが好きだった。

何故ならそれは同級生男子と会話することがないので必然的に目に入る男は全て先生になるから。見る回数が多い分好きになるんだろう。単純接触効果かな。悲しいね……。

あと同級生男子は私にとって恐怖の対象で、向こうは私を虐める以外、男にとっての私はどうでも良い存在(眼中にない)ので接触しない。だから好意の抱きようがない。それと母子家庭から足りない部分(父)を補おうとしてるんだろうかっていう予想が自分的にはしっくりくるけどちょっとポエミーで恥ずかしいし、人には言えない。でも上記の理由の方がもっとみっともないのであんまり認めなくない、事実だけども。出来れば目をそらしていたい。

ちょっとまとまってないけどまあこんなにマイナス要素があれば結婚出来ないのは当たり前だと思う。努力しろよって話なんだけど得られるか分からない対価に対してそこまで頑張れるかっていうとそうじゃない。受験勉強や今なら公務員試験勉強なら同じく得られるか分からないけどある一定保証(あるいは水準)はあるから頑張れる。

今の私の武器になるもの(婚活において有利なもの)なんて若さしかない。

これももうすぐ無くなってしまう。

結婚したいなら大学卒業して就職が決まったら即婚活すべきなんだろうな。無理だろうけど。

私がこんなに結婚したい理由は2つほどある。

1つは既婚っていうだけである一定の人間性が無条件で認めてもらえるような、その称号というか身分がとてつもなく欲しい。2つ目は誰かに愛されたい、1人が寂しい(あと○ックスしてみたい、子供はいらない)。書き出して見るとロクでもない理由しかないな。

2017-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20170111175221

自分が自信がなくなったという小さい理由離婚したがりさらには次のパートナーを作ることまで予定している。

そんなことは書いてないよ…

離婚したいといい出したのは妻

理由母子家庭が得られる公的制度を使いたいから(身内には離婚したとは言わない、偽装離婚

偽装離婚とか言い出す妻とやっていける自信が無いから、本気の離婚を考えてる

小さい理由じゃないよ?読み取れてる?

さら子供学校幼稚園やらの費用を一切払う気はなく妻に押し付ける気満々。

これは母子家庭になったら国の補助で0円って意味だろ…

完全に読めてない

文章読めないアホであることは自覚してくれ

2017-01-06

ありふれた不幸と承認欲求

リアルの人に話すとウザがるぐらいには重く、ネットで話したとしてもネタ的に面白みがない。共感されない。

ただの不幸自慢になってしまう。

私の不幸は重いけどありふれたものなんだ。別にありふれた不幸なのは良い。

ただ共感されない不幸であるのが辛い。

そう気づいたのはいつだろう。多分大学に入ってからだと思う。

それがしんどくてずっと孤独だった。辛かった。私は特別不幸ではない。だけど、繊細かつ情緒不安定なので、自分の不幸を引きずってしまう。それで構ってくれないのが嫌でこうしてSNSで吐き出してしまう。ネットの反応欲しさに。

リアルだと重くてウザく、ネット的にはありふれた不幸。すなわち他の人が聞いて面白みがない私の不幸は以下の通りである

まり整理されてなく読みづらいし、面白くもないがもし興味あれば、最後まで聞いて欲しい。

私の家族は、はじめアルコール依存症の父と若干精神的に不安定で私が高校卒業するまでしつけ時に体罰を繰り返す母、私と弟2人と妹の6人家族だった。

両親は昔から折り合いが悪く、私の目の前で何回も夫婦喧嘩を何回も繰り返した。小学生の頃父は酒を飲んで1週間帰ってこないことが何回もあった。母が夫婦喧嘩時機嫌を悪くしてご飯だけ置いて夜帰ってこないこともあった。

弟が父の事務所からお金を盗んだ時、私のせいにされて、私が謝る手紙を書くまで(1週間ぐらい)家を出て帰ってこなくなった。

時東京に住んでいたのだが、遠方の母親実家に父が酔っ払った状態で殴り込みめちゃくちゃにされたこともある。(小5の夏)

この他、私の見ていないところで父から母へのDVがあったようだ。(よく知らんけど小学校入る前にパトカー来たこともあるし)

こんなんだから、当然家庭崩壊が起きる。小6に離婚。その後母親実家があるところへ引っ越し学校も転校した。

これでハッピーエンドかと思ったが実際は違かった。引っ越す前の小学校では出来ていた友達が転校先では出来ず、周りから浮いてしまったため中学いじめターゲットとされてしまう。

高校からはいじめには遭わなかったが、中学時代をひきずり友達が一人も出来ない状態である。いつも教室で一人だった。一人で行動し、一人で弁当を食べた。

から学校が嫌いだった。でも行かないと怒られるため中学高校はそれぞれ1日ずつしか休んでいない(大学不登校気味だが留年しない程度に単位は取ってる)

また、家もあまり居心地がよくなかった。

母は高校卒業するまでしつけ時に体罰を繰り返し、あざこそは出来なかったけど、キレた時に何発も殴られたり蹴られたりした。

殴られる原因は私にあるんだろうけど、何発も殴る理由がわからなかった。一発でよなくないっすかと。

それが嫌で一度高3の頃家出をしたことがある。この時から私の精神状態はすでに不安定だったんだと思う。

そんなこんなでも首都圏ではないが無事地方の4年制大学に進学することが出来た…が精神状態悪化不登校気味。当たり前だが友達もできないままだ。

これが私のありふれた不幸である

愚痴ばっかりですまん。でも不幸だけじゃなくて恵まれているんだなと思うこともたくさんある。ちゃんと感謝しなきゃいけないことは感謝する。

一つ目は父が養育費を振り込んでくれていて、母も経済観念はしっかりしているため経済的には不自由なく育ったこと

寡婦特別控除児童扶養手当受給しつつだけど)

二つ目無駄になりかけてるけどきちんと教育を受けさせてもらったことである

から、親には感謝はしてる。母子家庭だけど、食べることも、住むところも、進学も何不自由なくさせてもらって、塾にも通わせてもらった。周りから見ればふつうに「恵まれた」家で育ったんだろう。

そして離婚した後夫婦喧嘩は激減し、今はほとんどない。(その代わり父には恋人がいるけど)それに、私が家を出て行った後、母の体罰は無くなったらしい。

からもう終わったことで今は幸せなんだ。そう思って生きようとしている。

私の不幸はありふれたもの。だから気にしないって。小さな幸せを見つけようって。

だけど、今も時々「ありふれた不幸」が小さな幸せを上回ってしまう。それがかなり辛い。

そんな辛さに耐えられない私は、とうとう承認欲求の塊となり、ネット依存症になっている。

ツイッターの裏垢で自分家族愚痴を何度も何度も書いている。

から愛されたかったとはちょっと違うし、ストレス発散させたいためでもない。多分ただ単に愉快犯でも良いから反応が欲しいだけなんだと思う。

それで実際あまり反応がないので口には出さないけどツイッターで「いいね」の数が少ないと他人には当たらないが不機嫌になってしまう。

親がアレだと子どももアレになってしま典型例なんだと思う。父親アルコール依存症。私はネットというかスマホ依存症

この状態は、少なくとも健全状態ではないと思う。病気だと言われても仕方がない。

さすがに、来年社会人になってまでこのような精神状態のままだとマズイとは思っている。

から、一応大学カウンセリングには月一ぐらいで通ってる。ただ中々上手く話せてなくて精神状態不安定なままだ。

その証拠に、面白みもないのに、見てくれる人もいないのに、ただただこんなに長文を書き連ねている。

これも誰かに構って欲しいからだ。

友達相談したら良いじゃない??

たらこんなところに書く必要なんかない。友達というか同学年の人にすらリアルでは話したことがない。話すとドン引きされるってわかるからだ。私が話したのはツイッターの裏垢とカウンセリング先生心療内科先生大学福祉特にケースワークを専門としていて対人援助職の経験があった先生。それぐらいだ。実際専門職の人にしか話していない。

でも専門職の人にはあまり共感されない。それが地味に辛い。私の不幸は共感されないんだって別に周りからありふれたものだと言われても気にしない。

実際私だって、少数派だなと感じることは多くても、私だけが特別」不幸だとも思ってない。

ただ、周りからまり反応がなく(初めて話した時でさえ)共感してもらえなかったのがショックだった。

「あぁ、私の不幸は、しんどい体験は周りの人から見れば、よくわからなくて共感されにくいものなんだなって」

ウザくてごめんよ。でもこれが私の正直な気持ちなんだ。 リアリティが無くて作り話とされちゃうかもしれないんが本当なんだ。

今すごく辛い。ずっと孤独で誰かの反応が欲しい。ずっとずっとそう思ってる。

から頼む個人情報を晒さない程度に、自分のことを構ってくれw

追記:宛先は控えますが、個人でもはてなブログやってて、似てる内容の記事を書いていたりします。もし、これかな?と思う記事があったらはてなスターください。すごく喜びますw

2017-01-03

親不孝息子でごめんなさい。

口に出して言えないから、書く。

10月の半ばごろか、祖父他界した。

俺は両親が離婚していて、母親祖父祖母の家庭で育った。

祖父母親はずっと働いていたが、祖母専業主婦だったので母子家庭にあるいわゆる鍵っ子にはならなくて、祖母感謝である

父親代わりに思っていた祖父には、中学生ぐらいから反抗し、結局高校卒業して東京大学へ行く車の中でも、なんとなく無言だったような気がする。

ウチは決して裕福ではないけども、東京に来ては、事あるごとに親に電話して金を仕送りしてもらっていた。

祖父はなんとなく気まずいから、祖母にずっと無心していた。

東京での俺の生活はひどいもので、週に何人も違う女の子を家に呼んでいたり、

貰う必要のない仕送りを、東京生活はつらいと言って今でも実家から3万円もらいながら社会人をしている。

祖父入院したと聞いたのは、ちょうど亡くなる一年前。

肺がんからの全身転移で、持って半年と聞いていて、急いで帰省した。

自分はもう社会人だけど、帰省する時の飛行機代は母に頼った。

格安航空券を探して、航空会社HPで見た正規料金をもらい、差額で遊んでいた。

春に帰ったときはまだ元気で、思春期ぶりぐらいにまともに話したと思う。

ただ秋口、亡くなる一ヶ月前ぐらいにもう一度帰ったときはもう話すことすらできない状態になっていた。

しっかり受け答えしていた祖父はどこへいったのか、口をポカーンとあけて目をつぶって・・・・・・というだけになっていた。

深くにも手を握ったとき、ぎゅっと握り返されたときは泣きそうになった。

その時は、ちゃんと真面目に生きようと思ったんだ。

祖父がなくなってから初めての帰省が今回。

また飛行機の差額分で遊ぶようになっていた俺。

帰省して、実家で出された飯をたべて、ただ寝るだけ。

おまけに地元元カノと再開してセックスしていた。

時々自分が恐ろしくなるほどの畜生だという自覚はあるが、止められない。

昔、祖父祖母と行ったイトーヨーカドーにも行った。

腕時計がないと言って、腕時計コーナーをみた。1万ぐらいのカシオなら買ってくれそうだったが、20万以上の時計をみていた俺。

さすがに祖母は怒って先にあるきだしてしまった。

ただ、金をためて買うから、といってじゃあ今カシオを買ったことにして1万くれと言った。

からも、ためて自分で買うから、といって小遣いをもらった。

東京に戻ってきてからユニクロのカシミヤセーターが半額のCMを思い出して、これ買っといてと母にLINEしたら、わかったと返事がきた数分後、

ATMお金がなかった、、ごめんね、、来年買ってあげるからねと返信が来ていた。

そのときに、すごく自分が恐ろしくなった。

母がこの先一人になったときに、支えていけるのだろうか。支えていこうという気持ちは生まれるのだろうか。

こんな鬼畜所業を繰り返していて、自分人生はこの先明るくないだろう。

どうか神様、今からでもやり直すチャンスをください。

どうすればいいんだろう俺は。

2016-12-30

宇治の敗因って田中あすかでしょ?

響け!ユーフォニアム見た。

要するにあのメガネ母子家庭娘が練習サボってたか全国大会で銅賞だったんでしょ

なんで誰もそれを指摘しないし、反省しないのよ

メガネは外して夏紀にしてれば銀ぐらいはいけただろ。仮にも関西大会勝ち抜いてるんだし

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