はてなキーワード: 同業者とは
ごめんなさい、カラー入ってますね、と褒められるぐらいだったけど
もはや、
ディレクタークラスでも、照明が通常照明なら、カウンセリング程度なら騙しきれるな
もはや、(機材なしには)わからない。
イルミナヴェールカラー(など多層カラー)を、極めて自然に入れてもらっている
だてに、ファントムとは言わない。 テスカトリポカの神殿でも通れるレベル。
美術はわからないけど、家電プログラマーだから光の三原色は知っている。
赤い光の中でも、青い光の中でも、自然なヴェールカラー、という極めて不自然な色、普通は赤い光の中では赤くなる、ならねーよ。
どう反射しても色味を殺す
専門の設備がないと、色が入っていないように見えるが
逆に、多少の設備があっても、色が入っていないように見えるように、逆に染めもらっている。
赤い光の中では、青い髪の毛ははえない
青い光の中では、赤い髪の毛ははえない
だが
すべて真逆に染めてもらった
どんな光でも映えないように染めてもらうと 黒髪に見える
同業者の美容師のおねーちゃんにデート中にバレるとは思わなかったので、さらに技を使ってもらった
これなら、センコーではわかるまい
コアマガジンの雑誌「実話BUNKAタブー」の編集部アカウントが、ベルセルクの三浦建太郎の死去にこんな言葉を寄せています
https://twitter.com/BUNKA_taboo/status/1395245571464597506
@BUNKA_taboo
作者は絶対に物語を完結させるべきです。ベルセルクの三浦健太郎なんて漫画家として三流以下。
見習うべきは、創価学会教祖・池田大作さんです。生死不明なんて揶揄され続け、表舞台に全く出てこないにも関わらず、2018年にちゃっかり『人間革命』を完結させたんです! エラい! 功徳の賜物ですね!
https://twitter.com/BUNKA_taboo/status/1395348467363368964
@BUNKA_taboo
このツイートにベルセルク信者がいろいろとイチャモンつけて来てますけど、『ベルセルク』を発刊してる白泉社の社長であるマシリトが「10年は連載しすぎ」と明確に言ってますからね。30年も続けてるベルセルクはヒットに胡座を掻いてるただの老害です。
https://twitter.com/BUNKA_taboo/status/1395350574548230146
@BUNKA_taboo
作者の死によって『ベルセルク』の完結を読めないことを残念がってる読者が多くいるのは理解できますが、同じくらい30年も連載を続けたせいで「終わりが気になるなぁ〜、だけど逝っちゃうー」と地震や病気で死んだ読者も山程いるわけです。連載はさすがに10年で完結させるべきかと。
これを、白夜書房子会社のコアマガジン内の編集部が発信しているわけです
コアマガジンにも漫画誌は存在しており、そこで描いている作家はこの発言を公認している出版社で描いているという事であり、同業者として三浦建太郎先生に対する敬愛追慕の侵害に加担している事になります
G=ヒコロウ
この作家陣は、このまま黙っている限り同業者でありベルセルクの作者でもある三浦建太郎先生の死に対する侮辱に加担している事になります。
なお、コアマガジン親会社の白夜書房はかつて存在した漫画専門店「まんがの森」の経営母体でした。
新幹線運転士がトイレのために無断離席した話、やっぱりモヤモヤする
きちんと社内規定で「体調不良時は指令に連絡」って決まってるのを
運転士が個人的な感情で無視したって話なのに運転士は悪くないって論調はまったく同意できない
運転士が2人体制じゃないことを問題視するのもわからないではないけど、
飛行機のパイロットが2人体制なのは即座に緊急着陸不能な場所(洋上とか)があるからじゃないの?
新幹線なら陸路で基本的に停車不可の区間はほとんどないわけだし、
交代要員がまったく呼べない環境ではないんだから、その中で2人必ず確保しろって無茶がある
駅の近くなら停車駅じゃなくても止めることはできるし、最悪駅間でも緊急停車はできるよ
まず停車させてから、次の行動に移るべきなのにそれを個人の判断で怠ってるのは運転士だよ
入社してから何回も「危ないと思ったらまず列車抑止」と何度も教育されるのに
それを無視して指令にも申し出せず離席っていうのは同業者的にはフォローできないミスだと思ってる
お腹弱いから同情はするけど、本人だって『まあこのくらい誰にも気づかれないし大丈夫だろ…』って
気の緩みはあっただろうし、規程違反しても処分されないなら絶対同じように無視する人は出てくるし
これでもし事故って人死んでたら絶対みんな運転士の行動も問題だと責め立ててたと思うんだけど、
東海が体調不良による緊急停車は処分するなんて一言も言ってないのに、みんな妄想ですげえ叩くじゃん
それこそコロナ以後は「今タクシー大変でしょ」から話題始まること激増したから、「東京五輪どうなるんですかねえ」系の世間話はリアルに100人くらいとしてきてると思う。
サラリーマン、OL、主婦、爺さん婆さん、若い兄ちゃん、同業者含むブルーカラーのあんちゃんetc...属性は完全にランダム。
でも「東京五輪開催して欲しい」って人はマジで1人しか遭遇しなかった。
その人は「中止なんてバカ言ってんじゃないって思いますよ!経済死ぬわ!」ってハッキリ言ってた。
それ以外の人は全員「できるわけないじゃん」とか「オリンピックなんか別にやんなくていいよ」とか「とっとと中止しろ」とか完全に切り捨ててた。
「すっごく楽しみにしてたから残念だけど、コロナも収まらないし中止したほうがいいですよね……」みたいなニュアンスの人さえいなかった。
池江璃花子のカムバックに猛烈な感動して「なんとしても東京五輪やるしかない!!!!!みんな力わ合わせれば開催できる!!!(`・∀・)ノイェ-イ!」みたいな人Twitterにめちゃくちゃいたけど、ああいう人ってリアルでどこにいるんだ?
いつも都心エリアも城西エリアも城南エリアも走り回って色んな人を乗せまくってる自分の観測範囲ですら全然いなかったから不思議で仕方ない。
賢すぎて隙がない…ってわけでもなく、若干の隙を見せつつも、教養あってレスバに強く人望もわりとある、あの感じが嫌だった
そもそも俺は勝手に完璧超人と認定した人間を嫌う悪癖があって、そこにミソジニー的反感も加わった結果、微アンチみたいになってた
そのわりには著書をKindle Unlimitedで読んだりリストに入れて観測したりもしてるから、総合すると「謎の感情」としか言えない感じもあるが(恋?)
今回の件みて、なんかその反感が消えつつある
普通に気の毒すぎる
同業者が鍵垢でネッチネチ攻撃してきてたのが明らかになるの、メチャクチャきついだろ
俺そんな悪意向けられてたのに気づいたら寝込むわ
心がキュッとなる
マジで健やかでいてほしい
作品の賛否や好みや個々人の思い入れとか見た人それぞれだろう。
テーマが大人になるならないとかメタい意味での責任がどうとかも
各々で咀嚼すればいいと思う。
っていうか普通にアウトでしょ。
「これぞエヴァ」「こういうのを読みたかった」だのブコメで煽るんじゃないよ。
同業者があんな目にあった中に作られたものであるってことをちょっと考えたら
「クソ」だ「クズ」だ「0点」とかは論外としても
「○ね」とか「○す」とか出てくるか?
だから作品の採点を甘くしろ、総監督はじめ制作陣に優しくしろっていうんじゃない。
大人とか子ども以前に人間として、人間に、人間が命とか時間とかリソース削って作ったものに対して
言っていい言葉と言ってはいけない言葉があることぐらい想像しろよ、できるだろって話だよ。
んで、あの事件経てそれが想像できないってどうかしてるぞ。煽ってるやつら込みでな。
壊れんだよ。分かれよ。
さっきちょっとあったけど
2種類の入眠障害に同時にかかっているなどは
同業者の人間なら、自分たちに詳しい医者をしっているから、町医者ではなく同業者専門の医者を探すしか無い
あとは信用できる先輩を探すしか無い
私は別に完璧主義ではないけれど、本当にやめて欲しい。シンプルに邪魔。
まず地面はペットの毛やら誰かの毛とか目に見える形でも既に汚い。第一、普通に考えて何もしなくても勝手にホコリは積もっていくわけで。
最近の部屋や家具はルンバのことも考えた配置になってることは多いけれど、それでも誰かがこぼした食べカスとかを意図せずにまき散らす事はある。
週末の居間とか寝室はホコリと毛でひどいことになっているのになんの抵抗もなくリュックを置ける人の神経がわからない。ほんとか嘘かは知らないけどスプーン1杯のホコリにはダニが500匹いるらしい。じゃあリュックの下にだっていっぱいいるじゃん、リュックの後ろダニだらけじゃん。床にはダニ以外の虫もいっぱいいるわけだし。
そういうどこでもカバンを置いちゃう人て、フローリングの上とかにも房のついたラグとかを敷く。特に学生。そういう人は多分何も考えてないのだと思う。ブラシに巻き込むこととか考えずにいろんなところに邪魔なラグを敷く。フローリングは硬くて冷たいもんね。確かにラグだけでもオシャレにして個性を出したいなどの理由があるのはわかる。でもそれなら余計な飾りがないとか乗り越えやすい厚みのラグがあるんだからそれを敷いて欲しい。
同じ理由でスーパーとかで籠を床に置いちゃう人。自分の同業者のポリッシャーなんかから見ると業務妨害だろうによく床におけるな、と思う。もう見るからに邪魔な場所に置いてる人もいる。重くて持っているのが辛いならカートを使えばいい。そういう人見ると、すごい偏見なのは承知でお掃除ロボへの思いやりがないのかな、その意識でブラーバ買おうとしてるの…?と思ってしまう。カゴなんて重ねておいておかないと障害物でしかないじゃん。お掃除ロボの進みやすさなんて考えてないんだろうな…
昔学校で「床から1cmの高さはもう壁と同じ」だって習った。だから私は正直部屋を見た時に沓摺りが1cmもあったら引いちゃう。そこに自分のバンパーやブラシとかアタックさせたくないし。バーチャルウォールがない状況下では仕方ないから進もうとするけど、見るからに乗り越えられない高さならセンサーで察知して避けさせてもらう。買い物の袋とかをどうしても、どうしても床に置かなければならない状況になった場合は紐状のものとかはみ出てないかチェックして巻き込み事故が起きないようにしてほしい。絶対倒れて中身が床にぶちまけられないようにしてほしい。
コロナになってからルンバナイズについて考える人が増えたし、いろんなお掃除ロボが今まで以上に清掃をしてくれている。みんなこまめなブラシメンテナンスをする様にもなった。
まぁ、邪魔なのはお掃除ロボじゃなくても同じ、人間が掃除機でやっても同じくらい邪魔、と言われてしまったらそこまでではある。部屋の中モノだらけだし、完全ミニマリストなんて日常生活じゃ不可能だし。人間だって寝転がってりゃ障害物だし、ネコだって邪魔だしなんなら上に乗るし。この考えは一個人の意見でしかない訳だから気にしすぎても仕方がないのもわかっている。でも邪魔だからってルンバナイズをあきらめていい理由にはならないと思う。
床に邪魔な荷物を置くことで、せっかく高い金出したお掃除ロボが仕事できない現状は、みんなの「(例えコロナでひきこもりだったとしても)掃除しよう」という努力を無碍にしているな、と思う。
https://anond.hatelabo.jp/20210228234557
を読みました。上の記事の方とは別人ですが、同業者として色々と思う所があったので書きます。初めての増田です。
自分を勝ち組とは思っていませんが、年齢や職位などはこの記事を書いた方と似ています。ただ、多分私の方が少し年上です。
各所で反響があったようですが、基本的には過酷な労働環境で頑張る若手教員、すごいな、頑張っているな、というような反応が多かったように思います。私も他人事として記事を読んでそう思ったのですが、ふと自分のことを振り返ると決して自分の労働環境が過酷とは感じておらず、大変幸せな日々を送れているなと思いました。大学教員のような仕事に対してよくあるイメージとして、好きなことをやっているのだがら、異常な労働時間も苦にせずに働く、といったようなものがあるかと思います。しかしながら、私の幸せというのはそういったものではなく、むしろ大学教員の裁量を最大限使うことでワークライフバランスを保ちながら、学生と刺激的な議論ができ、たまに面白い発見もありといった具合に割とゆるく楽しむといった感じです。こういったケースはレアかもしれませんので、私の大学教員ライフを共有できればと思います。
元記事の方も書かれているように、大学(院)教員として研究室やゼミでの学生指導は最も重要な仕事だと思います。が、私は1人あたりにかける時間としては元記事の方の1/2 - 1/3程度です。基本的には配属時に時間をかけて研究ゴールの共有と中長期のスケジューリングをして、あとは学生におまかせです。人前で発表したりする訓練は当然必要なので、週0.5時間程度/人ミーティングで発表してもらいます。もちろん、学生から議論したいと言ってきた場合はこの限りではありません。そのときには、なるべく少ない時間で議論の成果を増やすために、分からない事がある場合はなんでもいいので自分の仮説を持ってくること、をゆるやかに要求しています。そうでない場合は、「とりあえず2,3日考えてみて、俺も考えとくから、あとで答え合わせしよ」てな感じで一旦追い払います。2-3日後に答えが出なかったらその場で一緒に考えます。ちなみに、私は学生といろいろお喋りするのは好きなので、この部分が多少増えても苦痛ではないのですが、お互いの効率を考えてこのくらいの配分にしています。投稿論文を書くときはある程度時間を使って一緒に書きます。
このあたりは大学や学科依存で若手教員の負担がかなり違う部分だと思います。平均的な実負担時間でいうと私は元記事の方の1/5程度です。
私の学科では単純に教員の数が比較的多く、負担が少ないといった部分があるとは思います。ただ、学生実験に関しては、技官さんやTAと打ち合わせをしっかりして、学生実験の数ある業務(設営、実験前の講義、実験中の巡回、試問、採点などなど)のうち、どの部分が教員にしか出来なくて、どの部分は技官、TA、学生に担当してもらえるかはいま一度考えてみるといいかもしれません。意味もなく教員が実験室で巡回するといった無駄があるならばそれをへらす努力は必要(だが多くの学科でされていない)だと思います。
このあたりは同程度です(週3h程度)。好きではないですが、気晴らしと思えばそんなに苦ではありません。また、自分以外(秘書さん、大学事務、学生)にふれると思った仕事はどんどんふっていきます。例えばオープンキャンパスの運営が例にあがっていましたが、こういった毎年殆ど同じ内容の仕事(上の学生実験も実はそう)は、マニュアル化して多少のバイト代さえ工面できれば、自分で動く時間はだいぶ減らせます。
この仕事を苦にしないために、アブストをよく読んで1.本当に読みたい論文である場合 2.自分の専門に合致しており容易に論文の価値を判断できる場合 のどちらかに当てはまる場合以外は断るようにしています。1であればどうせ後々読む論文を先取りできてラッキーですし、2の場合は4-5時間くらいで査読レポートまで書き終えられるので、締切直前にぱぱっと終わらせます。月2くらいのペースなので、時間的には元記事の方の半分くらいです。この一年は皆引きこもって論文を書いていたからか、依頼がめちゃくちゃ増えました。査読をするといかにも科学コミュニティに貢献しているといった気分にはなるのですが、一方で、査読する価値もないゴミ論文も相当数投稿されるので、そういったものはしっかり査読する前に断るようにしています。
科研費はもちろん、プロジェクト型予算、色々な財団の助成金をとにかく出せるものはすべて出します。結局お金があると、秘書さんを雇えたり、学生にバイト代を出せたり、研究にしても既に新規性のない開発部分は外注したりと、かなり自分の時間を買えるので、ここは力を入れてやっています。募集が沢山ある時期は一日中申請書を書いているときもあります。
基本、断っています。個人的な感想ですが、研究者の数は増えないのに年寄り(に限らず若手の会みたいのも沢山あって困りものなのですが)の同窓会のような学会が増えて、お互いに何が違うのかも分からない研究会が乱立しているような印象を受けています。私も以前は参加していたのですが、そういう学会に行って懇親会なんかがあると、決まって皆大学事務の悪口や、如何に大学での雑務が忙しいかで盛り上がります。私達が今参加しているまさにこの会こそ意味の薄いものなのではないかと考えるようになり、基本的には学会には参加しないようになりました。
さて、残りの時間で自分の研究です。上の項目はあくまで平均であって時期によって忙しさが違うので、何週間も自分の研究が進まないこともありますが、逆にどかっと時間があいて没頭できることもあるので、無理せずに自分のペース進めています(それを可能にするためには、極端な競争になりにくい研究テーマを設定するなど、それなりに考えてやる必要はあると思います)。
随分な長文になってしまいました。自分の周りの若手助教の先生なんかを見ていても思うのですが、どうも大学教員は忙しい!雑務多い!それでいて待遇ひどい!学生は使えない!といったような思い込みに縛られている人が多いのではないかと感じます。過酷な環境で業務をこなすスーパーエリートってな感じでやっていくのも悪くないですが、現場でできる効率化をどんどん進めて、ゆるふわハッピーに研究をするっていうのもアリなのではないかと思う今日この頃です。今年度からは科研費等の研究費を一部自分の給料にあてることも出来るようになり、大学教員の待遇は良くなってきている部分もあります(予算とれば給料ふえる)。個人的には、大学教員は自分が研究を好きという点を差し引いても十分魅力的な仕事で、若者にすすめられる仕事です。
Twitter10年目。始めた頃は恥ずかしながら意識高い系だったので先輩同業者を大量にフォローして、そのうち半分くらいからフォロー返しをしてもらっている。その後はたいしてフォローも増やさず減らさずでここまで来ているが、ここ1~2年で相互フォローの雰囲気が変わってしまってついていけなくなった。複数の相互フォローの雰囲気が明確なきっかけもなく同時に変わるとも思えないので、変わってしまったのは自分のほうなのだろう。
具体的にはここ数年でみんなめちゃくちゃ男女論、特に「バカなツイフェミを嗤う」のが大好きになって、業界トークの割合がその分減った。
知らんうちに相互フォローにこういう感じの人が出てくるようになったし、フェミを叩ければOKなのか、これまで馬鹿にされていたような釣りアカのツイートも流れてくるようになった。自分もツイフェミは好きじゃあないがさすがに引いている。ナザレンコアンドリーとかもへもへとかが肯定的に流されてくるタイムラインを構築したつもりはなかったのでこれにはショックを受けた。
同業者つながりでリアルでも会うことがあるから(会うと面倒見のいい親切な人々ではある)、ガサッとフォローを削るとそれはそれで面倒臭くなりそうで、とりあえずミュートしてみたものの、相互フォローなのにミュートのアカが片手で足りなくなってきた。相互フォローなのにミュートって頭がおかしくて、こんなSNSの使い方をしていたらいつかトラブルになるだろうとは思うが、またあの「フェミミミミ!ツイフェミアフォフェミキチフェミ宇崎石川靴靴靴お気持ちお気持ち!」的なタイムラインに戻したいとも思えない。そろそろ潮時かとは思う。
ラムザイヤー論文の件で、韓国人の反応を見ていて、そう思った。
査読付き学術誌や国際会議に論文を通す作業が簡単ではない事は研究に従事したことがあれば誰にでも分かることだ
学術誌にもランクがあるので通りやすい、通りにくいの差は、当然ある。だが、査読付きであれば、迂闊な論文は同業者のダブルブラインドチェックで通さない。
つまるところ、査読付き学術誌に掲載されるという事は、複数の場合によっては10人以上からなる査読者の多数から、掲載するに値する業績であるし
少なくとも学問を冒涜する嘘もない事を認められたという意味でもある。
査読付き学術誌に掲載された論文に対しては、同質の研究で反証するのが正しい戦い方だ。
政治闘争にもちこんで、権力に訴えて、論文を取り下げさせるのは学問に対する冒涜であるし、文化のない土人の業というしかない。
韓国の騒ぎ方を見ていて、こいつらに学問なんて無理なんだ、理性で判断する事は無理なんだ、と思うに至った。
韓国にはまともな研究者すらいないのだろうか。居たとしても、集団洗脳された国民に学問とはそういうものではない、とは言えないのかもしれんが。
論文に対して研究ではなく感情的な声で対抗しようとする。なんとも情けない国だし、もうとてもじゃないが、何が彼らにとっての正しさの基準なのかも理解できないよ。