はてなキーワード: 収束とは
自粛したら誰に感謝されるの?みたいな内容のものを読んで、自分の自粛に対する考えをまとめようと思う。
いや、自粛の大事さは分かっているよ。自分だってコロナにかかるのは怖い。それに自分がかかるだけならまだしも、一緒に住んでいる親に自分がうつしてしまうこともとっても怖いよ。怖いからこそ、この一年ほとんど家にいた。最近だと家から出るのはバイトくらい。大学だって今年二回しか行けなかったよ。たまーに友達と会ったりもしたけど、それでも会った回数を数えるには両の手で足りる。ディズニーも行ってない、ライブも行ってない。人が集まりそうな場所は極力回避して生きてきた。辛かったし、ストレスも溜まったけど、今ここで少し我慢すればきっと元通りに戻ると思ってた。それに医療関係者の悲痛な声もツイッターで見てたから、遊びたくなる気持ちを必死に抑えてた。
でもさ、一年くらいたつけどコロナの感染者って減らないよね。毎日ニュースでは「最多」って言葉を見る。減るどころか増えてるのよ。
でも、そりゃそうだよね。だってみんな遊んでるもん。インスタのストーリーを見ると、楽しそうな投稿で溢れかえっている。ディズニーに行っただの、恋人と旅行に行っただの、数人で飲み会してるだの…。それ見てると、アレ、私が可笑しいのかなって思っちゃう。
私はいっぱいいっぱい我慢してるよ。やりたいこと、行きたいところ、会いたい人、全部我慢してるよ。でも、他のみんなは遊んでるんだね。遊んでる投稿いっぱい見るのに、それでもコロナかかった友達って一人しか見たことないから、やっぱり自粛している私が可笑しいのかな。
みんな遊んでる…。いいな…。私も遊びに行ってもいいかな…、いや万が一かかって親にうつしたら嫌だな。ああ、でも遊びたいな。でもやっぱりコロナは怖い…。
「若者は家にいろ。」「馬鹿な若者が出歩かなければコロナは収まる」「意識が高いからパーティーしても感染しない。感染するのは若者だけ。」
老人はこんなことを言うんだよ?若者だけが悪いの?確かに遊んでる友達多いけど、正直老人も同じじゃない?国の偉い人もたくさん集まって会食してたよね。ニュースで見たよ。菅さんなんか年間で140回会食したって見た。デヴィ夫人はこの前90人くらい集まる大きなパーティー開いたんでしょ?すごいね。
若い、年寄り、関係ないよ。私がいくら我慢したところで、結局人と会って遊びまわっているあなたたちがいる限り私の我慢は報われない。
こんなに何もかも我慢しているのに。振袖着るのも我慢したのに。私の頑張りって意味ないじゃん。頑張ってるのに「若者は家に」なんて言われ続けてさ。
もうさ、我慢して家にいる私がばかみたいじゃん。遊びに誘われても断ってる私が可笑しいみたいじゃん。
私は、少し遊びを我慢すればきっとコロナは収束すると思ってた。でも、実際どう?減ってる?ねえ、あと私はどれくらい我慢したらいいの?
私が間違ってるの?私が変?心配性なだけ???誰も私のこの我慢は望んでない?
結局私が我慢しても、コロナ感染患者は増えてる。人は遊びまわっている。医療は徐々に崩壊していっている。私はあとどれくらい我慢して、人に会う時も後ろめたい気持ちを抱えていなきゃいけないの?
再三いうけど自粛の大切さは分かっているよ。わかってるつもり。でもさ、もう正直辛いんだよ。先が見えないのにずっと我慢を強いられること、そして我慢している私の横で、遊んでパーティー開いてる人達を見ることは。
[追記]
謎の返信がついている。
>何度も言う通り今回の話の発端は「あなたの考えていることがわからない」と言われた牧師の話なんで、
>その話を展開していった果てが「考えてることがわからないと言われる前に何とかしろ」ということになるなら、
>この手の話って不毛なんだなって思う
これは、僕が、自分の言う「ラポール」作りができていなかったようだ。
まず、その点は反省する。
ツリーの議論を読む限りでは、牧師さんのカレーの例で、牧師さんが「何と答えれば」正解だったのか?
という意識になっているような印象を受けている。
「正解じゃないこと」を話したために、相手の反応が悪くなって・・・・。
少なくとも自分が昔そうだったので。
毎回正解は違うんだよね。
そう言うと、「そんなの覚えられないよ」って話になるかもしれない。
「毎回正解が違う」のは、「相手が伝えてきたこと」をベースに作る必要があるから。
(「相手が伝えてきたこと」は、相手自身にとっては100%当然のこと。それをベースにしたメッセージは、当然受け入れられやすい)
「おうむ返し」はそのための1つの型に過ぎない。
そのやり方を身につければ、そんなにやることのバリエーションはない。
感情や五感で感じたことを付け加える時もあるけど、それも汎用性が高く、パターンは少ない。
お互いに意見の相違が起きにくい、ざっくり表現で返すことがポイント。
難しいことではないんですよ。
頭悪そうに見えるお兄ちゃんが、口から出まかせのようなことを言いながら、
お客さんや、上の人に気に入られているのを見るじゃない?
やっていることは、きっと複雑ではないんですよ。
うまくいくコミュニケーションをするには、他の人が開発したコミュニケーション・パターンを
(自分で考えてしまうと、相手の反応が読めないことから、毎回迷ってしまうので・・・。少なくとも自分はそうだった)
一通り情報は伝えたと思うので、またじっくり消化してもらえれば幸いです。
まぁタイトルの通り。
どんなに菅政権の支持率が下がっても、野党は全力で頓珍漢なことを主張して負けようとすると思う。
だってこの状況で政権を引き受けるなんて罰ゲーム以外の何物でもないからだ。
今年の任期満了まで待ってもコロナが収束しているとは思えんし、途中で政権を引き継いで何とかなるとは思えない。
ウイルスが蔓延した状態でロックダウンをしても感染拡大が止まらないことは、今のロンドンが証明している。
ワクチンが完全に普及し、コロナ禍が収束する2022年以降の選挙で政権を奪取し、日本を建て直すという戦略を組むのではないだろうか。
コロナのこの騒動で思ったんだけど、いや前から思ってたんだけど確信に変わったというか、日本人って未だにファンタジー社会で生きてるんだなと。
政府のコロナウィルス対策についても「こうすれば科学的な検知で収束していく可能性が高い」ではなくて「収束してほしいと思ってるんだから収束すべき」としか思えないことばかりやっている。
GoToキャンペーンについてもそう。「コロナは感染してほしくないんだから感染しないはず」みたいなのを感じる。
「あーどうにかコロナ収まってくんねーかなー」って思ってれば収まると思っている。
昔元寇が来たときに、貴族連中はひたすらお祈りしてて、そのおかげで勝ったとかまことしやかに言ったそうだけど、この頃から何も変わってないな。
石破 茂 です。
謹んで新年のお慶びを申し上げます。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
昨日、一都三県を対象とした緊急事態が再宣言され、昨日発表された東京の感染者も過去最多の2447人となりました。
感染者の増加は確かに重大事ではありますが、冬になって空気中の水分が減って飛沫が遠くまで飛びやすくなるのは当然のことですし、寒冷地では換気の機会も減少することも考えられます。PCR検査数の増加によって陽性者が増えるのもまた当然のことです。
かくなる上は、感染者数ばかりに注目することなく、限界ある国家資源や医療資源を、重症者と死亡者を減少させることに重点化して配分すべきなのではないでしょうか。
「どうすれば重症化・重篤化しないか、どうすれば死に至らないかが重要であり、対策も情報発信も、このことを重視すべき」と昨年の感染初期よりテレビなどでも何度か申し上げてきたのですが、なかなかそうはなりません。
医療関係者の献身的な努力によって、アビガン、レムデシベル、ヘパリン、デキサメトゾンなどの薬、人工呼吸器類(ネーザルハイフローやECMOなど)、普及率世界一のCTなど(この多くを今回初めて知りました)を用いた治療法も随分と進歩し、救命率もかなり上がっているはずなのですが、そのような報道もあまり聞くことがありません。漠然とした感染者数よりも、基礎疾患を持つ方や70代、80代、90代の高齢の方の罹患率、感染者数と死亡者数の正確な分析などの方が知りたいと思うのは私だけでしょうか。
日本人が欧米に比べて人口当たりの感染者数や死亡者数が極めて低いのも、同じ都道府県内でも市区町村によって状況が全く異なることにも必ず理由があるはずで、その科学的な分析が進められれば、もっと精緻な政策が打てるのではないでしょうか。
生活習慣の相違、国民皆保険制度の存在、極端な格差社会ではなく分厚い中間層が存在していることは決定的に重要な要素であり、この持続可能性を維持できるかが最大の課題です。
諸外国、特にスウェーデンの対応についても様々な論評がありますし、同政府のコメントも承知していますが、この国において「『寝たきり老人』(とても嫌いな語感です)が居ない」ということとも関連性がある宗教観や死生観の問題が、改めて問われているように思われてなりません。
日本特有の同調圧力とゼロリスク志向の強さも改めて感じています。「自粛警察」などという不可思議至極な活動は、今のところなりを潜めているようですが、戦争中の「パーマネントはやめませう」「ぜいたくは敵だ」「欲しがりません勝つまでは」などという「愛国的な」活動が想起されて、とても嫌な思いが致しました。ヘルスリテラシーの低さについても、自らを省みて、これもまた然りと思います。
日本においては大勢の世論(「空気」)に抗って異論を差し挟むことは忌み嫌われますが、政治は世論に迎合しすぎてポピュリズムに堕してはいけない、よく自重自戒せねばならないと思っております。
失業率が1%上がると自殺者が1,000人から2,000人増えると言われていますが、ここ数か月の自殺者の増加、特に女性の割合の増加はとても気がかりです。また、病院にあまり行きたくない、ということで、がんの定期健診の受診数も大幅に下がっています。
風邪やインフルエンザが「根絶」されることがないように、新型コロナウイルスも「根絶」される、ということはないでしょう。ただし治療法が広く共有され、重篤化を防ぐことができ、ワクチンが広く行きわたり、感染拡大が収束した時に、自殺者が激増し、がんによる死亡者が大幅に増えてしまったとすれば、それは「人類がコロナに打ち勝った」証とは言えないのだと思います。
政権は厳しい状況の中であらゆる方面からの批判に晒されながらも可能な限りの対応をしているのであり、我々は少しでも国民の支持と理解が得られるように努めなくてはなりません。
昨日のアメリカ議会へのトランプ支持者の乱入と死傷者発生の事態について、トランプ大統領に責任がないとはとても言えない状況でした。選挙結果について異議を唱えるだけならともかくも、支持者に対して議会への乱入を扇動するようなスピーチなどは、民主主義の実力行使による否定と紙一重であり、見たくもない光景でした。
トランプ大統領が就任した時、「言を左右して相手を困惑させ、自分にとって最も有利な取引を仕掛ける『サスペンスとディールの大統領』となるのではないか」と申し上げたと記憶していますが、まさにその通りの4年間であったと思います。大統領当選時の勢いをもって議会選挙を経た結果、共和党も明らかに変質を遂げました。昨年の大統領選挙でトランプ氏に投票した米国有権者は7380万人、この人々が更に先鋭化するのかも全く見通しは立ちません。
自由を建国の精神とするイデオロギー国家、国民の8割が神の存在を信じ、4割が毎週日曜に教会に通う宗教国家、アメリカ国民という意味での民族国家、こういったアメリカの本質はバイデン政権になっても変わることはありません。そうであれば、それぞれの自画像、理想像、基本的な価値観が対立する米中の軋轢は今後一層激しくなり、日本はより一層厳しい選択を迫られることになります。安全保障についての法体系も、装備も、運用も、アメリカ依存から脱却し根本から見直すべきだと思いますし、今までのような問題先送りでは国益を損じると考えます。
それでもなお、同盟国である米国が新政権によってその美点である復元力を発揮し、アメリカ民主主義の理想に立ち戻ることを心より期待しています。
年末年始、生来の怠惰さに加え、雑事に追われて勉強らしい勉強も出来なかったのですが、中川恵一准教授(東大附属病院)の「コロナとがん」(海竜社)、小林よしのり氏の「コロナ論」(扶桑社)、橋爪大三郎氏の「中国VSアメリカ」、同氏の大澤真幸氏との対談「アメリカ」(共に河出新書)、加藤陽子氏の「それでも日本人は『戦争』を選んだ」(新潮文庫)、は極めて示唆に富む大変に興味深いものでした。
合間に久々に再読した、没後50年となる三島由紀夫の短編・中編(新潮文庫)の文章の独特の華麗さにも魅了されたことでした。
週末の日本列島はまた寒波の襲来に見舞われそうです。皆様ご健勝にてお過ごしくださいませ。
感染者数ニュースが出たあとなんJを見に行くと、「東京 +2392」みたいなスレが必ず立っている
面白いのが、前日からひとりでも減ってたら「収束したな」と書き込む勢力がいること(もしかすると最大感染者数更新日にも言ってるかもしれない)
彼らは収束おじと呼ばれていて、多分はじめは本当にそう思ってる人たちだったんだが、今やってる人らは確実に悪ノリだ
あのノリが結構好きだ
「コロナはただの風邪」はガチで言ってる可能性があるが、収束おじさん達は間違いなく冗談だ
歴代最多の2447人→歴代二位の2392人 が収束なわけないのは誰の目にも明らか
なのに相当な人数が「収束したな」と書き込んでいる 奇妙なノリだ
ホントに好きだあのノリ
東京、どうでもええしな
せいぜい笑わせてもらいますわ
結論を先に書く。
2011年からの数年間、東日本大震災という国難に際して、タイミング悪く政権与党は非自民党であった。
2020年そして現在、コロナ禍という国難に際して、タイミング悪く政権与党は自民党であった。
これが逆であったなら、どんなにか国の対応はマシであっただろう。以上。
基本的に誰が政権を握ろうと、能力的な意味では本来できることの幅は大きくは変わらないと私は思う。
ただ1点違うのは、その政党が過去に長期政権を運営し政財界と密接な利害関係を構築しているパイプの太い政党(すなわち自民党)であるか、それ以外の政党であるかである。
前者のメリットは政財界を容易に動かすことができる点、デメリットは政財界との柵によって政策が歪められる点。
後者のメリットは政財界との柵に縛られない政策が取れる点、デメリットは政財界を容易には動かすことができない点。
2011年からの数年間、この国に必要だったのは財界に「動いてもらう」ことだった。
災害復旧と復興・原発事故の処理……これらを円滑に進めるために必要となるのは財界の協力であり、そのコネクションが豊富な自民党が政権与党であったなら(多分に不透明な金な流れが生まれた可能性はあるにせよ)旧来の利権構造に裏打ちされた大企業との協調によって、史実よりもスムーズな事後処理が為されたことであろう。
2020年そして現在、この国に必要なのは財界を「黙らせる」ことだ。
早期・短期・徹底の原則に従い一気に感染を抑え込むことが最善策であることは誰の目にも明らかであるのに、「経済が」と言いながら延々と煮え切らない方針を打ち出し続けている原因は、政権与党が財界とズブズブに癒着して彼らの機嫌を伺わなければ何もできない状態に陥っているからに他ならない。これは自民党の議員が特段に悪者だからという訳ではなく、55年体制から断続的に続く長期政権の歴史によって積み上げられてきた不可避の性質なのである。
もしも現政権が自民党以外の(過去の政財界の柵に縛られない)政党によるものであったならば、一部財界の「自分たちだけは……」という要求に屈することなく、(多少の偏りはあるにせよ自民党に比べれば相対的な意味で)等しく全体に痛みを強いる、よりドラスティックな対応によって早期かつ最小限のダメージで感染を収束させ、社会全体での総合的な経済へのダメージをより少なく抑えられた可能性は高いだろう。
無論、いずれのケースも事前にこのような災厄を想定することは困難であった訳で、たまたま2011年が非自民であり2020年が自民であるという最悪の目を引いた我が国国民のクジ運の無さに、ただただ心を落とすばかりである。
結論を先に書く。
2011年からの数年間、東日本大震災という国難に際して、タイミング悪く政権与党は非自民党であった。
2020年そして現在、コロナ禍という国難に際して、タイミング悪く政権与党は自民党であった。
これが逆であったなら、どんなにか国の対応はマシであっただろう。以上。
基本的に誰が政権を握ろうと、能力的な意味では本来できることの幅は大きくは変わらないと私は思う。
ただ1点違うのは、その政党が過去に長期政権を運営し政財界と密接な利害関係を構築しているパイプの太い政党(すなわち自民党)であるか、それ以外の政党であるかである。
前者のメリットは政財界を容易に動かすことができる点、デメリットは政財界との柵によって政策が歪められる点。
後者のメリットは政財界との柵に縛られない政策が取れる点、デメリットは政財界を容易には動かすことができない点。
2011年からの数年間、この国に必要だったのは財界に「動いてもらう」ことだった。
災害復旧と復興・原発事故の処理……これらを円滑に進めるために必要となるのは財界の協力であり、そのコネクションが豊富な自民党が政権与党であったなら(多分に不透明な金な流れが生まれた可能性はあるにせよ)旧来の利権構造に裏打ちされた大企業との協調によって、史実よりもスムーズな事後処理が為されたことであろう。
2020年そして現在、この国に必要なのは財界を「黙らせる」ことだ。
早期・短期・徹底の原則に従い一気に感染を抑え込むことが最善策であることは誰の目にも明らかであるのに、「経済が」と言いながら延々と煮え切らない方針を打ち出し続けている原因は、政権与党が財界とズブズブに癒着して彼らの機嫌を伺わなければ何もできない状態に陥っているからに他ならない。これは自民党の議員が特段に悪者だからという訳ではなく、55年体制から断続的に続く長期政権の歴史によって積み上げられてきた不可避の性質なのである。
もしも現政権が自民党以外の(過去の政財界の柵に縛られない)政党によるものであったならば、一部財界の「自分たちだけは……」という要求に屈することなく、(多少の偏りはあるにせよ自民党に比べれば相対的な意味で)等しく全体に痛みを強いる、よりドラスティックな対応によって早期かつ最小限のダメージで感染を収束させ、社会全体での総合的な経済へのダメージをより少なく抑えられた可能性は高いだろう。
無論、いずれのケースも事前にこのような災厄を想定することは困難であった訳で、たまたま2011年が非自民であり2020年が自民であるという最悪の目を引いた我が国国民のクジ運の無さに、ただただ心を落とすばかりである。
https://news.yahoo.co.jp/articles/5dd57841de75b6973d6926b510fa38cc29ae70e9
さすがに腹が立ったのでかく。
は?ふざけんな。
お前らが締まりがないから、ちょっと頭の緩めの国民はまあいっかってなんだろうが。
百歩譲って対面のミーティングは必要でも、飯は食わなくてもいいだろ。オンライン活用しろ。
なんでこんな簡単なことができない?
もしできないのであれば、コロナ禍で政治家として向いてない。まじで議員辞めちまえ。
本人のITリテラシーの問題だとしても秘書なり、スタッフは使えるだろ。指示しろ、もしくは教えてもらえ。
そんなこともできないのに、さらに難しいコロナ禍でどうやって感染者数抑えつつ、経済回すかなんて考えられるわけないだろ。
仕事なめてんのか。
本当に仕事ができないし頭が悪いとしか考えられない。無能だ。完全に無能だ。普通に会社にいたら仕事振らずに自宅待機させるやつだわ。
腹たっったついでに言わせてもらう。
どう考えてもコロナを収束させるて医療現場の疲弊を取り除くのが優先度高いだろ。
なんでGoToだけそんなにやりたいんだよ。観光と飲食が潰れなければ、医療現場が死んでもいいのかよ。
どう考えてもコロナ禍はしばらく続くから、観光や飲食で働いている人が、手が足りてない職種に職を変えられたりするような支援したほうがWinWinだろ。
本当に施策が場当たり的で、先を見てない。コロナ後はいろんな事業をオンライン主体にしたほうがよいし、機械化無人化していくほうが良いだろうが。
対面でしかできない仕事を継続させることに金をかけてどうすんだ。本当に観光業や飲食業が数年もてば良いのかよ。意味あるか?こどもでも思いつくぞ。
医療が死んだらいちばん困るのはどう考えても高齢化が激しい政治家だろうが。なぜそんな簡単なことも考えられない?
本当に無能すぎる。多分何も考えてない。雰囲気で政治やってる。
クソッタレが。
会食するやつはまじで一回全員政治家やめろ。
デヴィ夫人お前もやぞ!
そういう空気になってるからこそ、それを打破してもらいたいと思ってる。
「自粛で収束する段階は過ぎた」→知ってる。でもまだ希望は持っていたいという願望もある。
「要請では減らない」→わかってる。だから「できる限り強い」今まで以上のことをしてほしい。
「対策が成功したとは…」→それもわかってる。そもそも対策といえるほどの対策はしていない。
「配慮に期待してる」→強制できるならしてもらいたいが、実際そこに期待するしかない。でも他の言葉のほうが良かった?団結とか。
・1000人超えた時点で尾身さんは「自粛で収束する段階は過ぎた」と言っていた。いまさら。
・そもそもいくら自粛をしても、「元の生活」にはもう戻らない。
・「要請を出して感染者を減らして…」→「要請」では減らない。PCR増やして面で制圧して隔離一択。
・「日本は初期の感染を…」→東アジア諸国は全て低かった。ファクターXは誰も解明していないが日本の「対策」が成功したという可能性は低い。
当方、都内で飲食店を経営している。10席程度の小料理屋。妻と2人で切り盛りしている。
接待では使われないが、夫婦や気の合う仲間同士2~3人ないし1人で引っ掛けるような時に使う店。
昨年からかなり厳しいが、持ち帰りをやったり常連さんに助けてもらったりして秋くらいからどうにか持ち直しつつあった。
コロナ対策としては客の手指消毒・検温の徹底、提供する料理と飲料は必ず小分け(瓶ビールや徳利は廃止)、メニューを板書式に変更する、席数を減らすなどかなりやってる。
正直「5人以上の会食」は起きない。まあマスクなしで会話はあるが。
そうした店まで十把一絡げで時短要請と言う名の休業要請をするのはどうなのか。8時以降の時短だったら営業する意味ないのでまあ休業だわな。(経営者には雇調金は出ないのよね)
飲食店ばかり目立つから目の敵にするが、クラスターでは会社も割と多いのに、そうしたところはテレワーク要請。休業要請じゃないんだね。
やるならすべての業種を道連れにしてくれよ。なんで飲食ばかりターゲットにするんだ。
医療者にも腹が立つ。いや頑張ってるのは分かるし、彼らがいないと社会が成り立たないというのも理解する。
だが、いま医療体制も足らないとか言ってるが、じゃあこの1年何してきたんだ。
医療従事者は頑張ってる?そんなの分かるが、こっちだって頑張ってるよ。なんで飲食店ばかりに押し付けるんだ。
仮に医療体制が今の10倍受けられるようになってれば、いまの感染者数でも問題なかった訳だろう。感染者数の絶対数ではなく、キャパシティに対して溢れそうだから緊急事態宣言なんだろ。キャパシティ増やせばいいじゃない。
去年の3月とかより増えてるんだろうけど、その増やし方は結局足りてないわけで。医療制度や人的リソースの確保やら色々問題があるのだろうし、それは国や基礎自治体や制度や医療者自身や様々な問題が複雑に絡み合っているんだろうけれど、そうした総括や反省もせず医者自身は無辜のように振る舞い「キャパオーバーになるから緊急事態宣言しろ」って盗っ人猛々しいと思ってしまう。
「首を刈ってやる」という脅迫も……“8割おじさん”西浦教授がそれでも語る「第三波、第四波は絶対来ます」(2020/8/4(火) 11:45配信)
「野球に例えると、まだ2回表で新型コロナウイルスが攻撃している段階です。僕たち理論疫学の研究者は強固な対策を行わなければ流行が収束しないことを『メジャーエピデミック(大規模流行)』と呼んでいます。それを第二波だと定義すると、今は本当の意味で分岐点にさしかかっている。数年間にわたる長期戦を想定した対応が必要です」
第3波は「必ず来る」 第2波経験、北海道の備え(2020年6月20日 11時30分)
札幌医科大の横田伸一教授(微生物学)も知事と同じく「見えないウイルスの動き」を危惧する。
「札幌市でクラスター(感染者集団)が発生した昼カラオケと、同じような環境がほかにないとは言えない。ウイルスが病院や高齢者施設などに入り込んだとき、感染が一気に拡大して第3波となるおそれがある」
一方、札幌医科大の當瀬(とうせ)規嗣教授(細胞生理学)は、国内の地域間往来の自粛要請の解除や、今後、徐々に進むであろう海外渡航制限の解除を心配する。當瀬教授は「人の往来が復活すれば、感染拡大の危険性が高まることは避けられない。空港などの検疫体制を強化してウイルスの流入を抑えることは可能だが、複数の国を経由してくる人など、把握が難しいケースもある」と警戒する。
北海道医療大の塚本容子教授(公衆衛生学)は「条件さえそろえば第3波はいつ起きてもおかしくない」としたうえで、こう指摘する。「人の移動が活発化すれば、感染が広がるのは仕方がない。大きな波になるかどうかは、私たちの行動にかかっている」
なお、11月には「今が正念場だ。今の逃すと対策が手遅れになる」という警告が、更に多くの専門家から出ていた。これは検索すればすぐ見つかる。あなたこそ、情報の入手源が偏っているのでは?
経済か命かという二択に対して、この国はどちらも選択することなく、結果的に両者を失おうとしている。
しかし今となってはそんなことはどうでも良く、これからどうしていくか、というのが重要だ。
経済を優先するという試みは失敗した。
命のみを見ていては経済は息絶える。
結果として我々は「ニューノーマル」と呼ばれる新しい生活様式を受け入れる他はないことがわかった。
飲食店も娯楽も企業も、新しい形にアップデートされなければならない。
それには産業構造の変化に巻き込まれる人、他者との繋がりを重視する人などに多くの苦痛を与えることとなる。
まだ楽観論が多いこの社会ではその変化は許容されないだろう。
しかし、その変化を受け入れるまでコロナは収束することはなく、経済は縮小を続ける。